短編115「煮干しの気持ち」
あらすじ
オフィスの休憩時間、一袋の煮干しを齧りながら、一人の男が思考の海へと潜っていく。かつて広い海を泳いでいた小魚たちが「保存食」へと姿を変え、自分の血肉となる過程とは……。
遠く、広い海……。
僕はそこに思いを馳せながら、塩味を飲み込んだ。
『パリッ』
軽快な音がオフィスに響く。
硬く乾燥した身体が口の中で砕けた。僕は休憩時間に、透明なチャック付き袋に入った煮干しをかじっていた。
からからに干し上がり、小さな魚影の輪郭だけを留めた、めざしたち。白く濁った目、硬く曲がった胴体。光を失ったそれらを咀嚼しながら、思いを馳せ始めていた。
彼らは、海で泳いでいた頃、群れを成して泳いでいた頃、こうして人間の口の中で砕かれることを、少しでも想像していたのだろうか?
塩味が口内に広がる。それは彼らが最後に味わった、故郷の味なのだろうか。
それとも塩水に浸されて天日に晒されるという、過酷な処理の工程で染み付いた、受難の記憶なのだろうか。
彼らは、食べ物という役割を与えられた。だが、その過程で彼ら自身の物語は完全に消去されてしまったようにも思える。
もし、彼らが思考する生き物だったなら。
広大な海を泳ぐ無数の小さな魚の一匹として、彼らが最後に見た景色はどんなものだったんだろう。水面を覆い尽くす網の影か、あるいは、船上に引き上げられたときの、眩しすぎる漁船の灯りか。
僕は、その時の彼らの気持ちを考えてしまう。絶望か、恐怖か、それとも、ただただ状況を理解できない混乱なのか。分からない。
そして、彼らは漁獲された。生きたまま釜茹でにされ、炎天下で徹底的に水分を奪われた。その工程は、彼らの存在を生命から『保存食』へと、容赦なく変質させた。
このカチカチに硬い身体からは、生きていた頃の柔軟さや潮の流れを感じていた記憶など、微塵も感じられない。あるのはただ、凝縮された生命の残滓だけだ。
僕はもう1つ、煮干しを手に取った。頭を齧って、咀嚼する。その頭には、わずかな苦味が凝縮されている。それは、彼らの生の苦さだったのだろうか。
『彼らは僕らの栄養になる。そんなことまで、考えていたんだろうか?』
僕は、このフレーズを静かに反芻する。
人間は、あらゆるものを栄養という言葉で正当化する。それは、彼らの死を無意味なものにしないための、一種の儀式かもしれない。
彼らが僕の体内で分解されてタンパク質やカルシウムとなり、やがて血となり肉となる。それは、彼らが望んだ生の延長なのだろうか。それとも、単なる無慈悲なシステムの一部なのだろうか。
窓の外をぼんやりと眺める。都会の喧騒。
人々はせわしなく働き、誰かの栄養となっている。それは比喩として、つまり労働力や消費という名の栄養だ。僕もまた、この社会の巨大なシステムを維持するために生きる、一つの煮干しのようなものだ。
僕が彼らを食べるという行為は、この社会における無数の小さな栄養消費の縮図に他ならない。
彼らは、自分の生命が一人の人間の、午後の作業効率を上げるためのエネルギー源になるなんて、思いもしなかっただろう。壮大な運命の皮肉だ。
煮干しの塩味が、次第に強くなっていく。冷たい麦茶を一口飲んだ。
彼らは、僕の舌の上で海の記憶を蘇らせる。
それは、水深数十メートルの、冷たく暗い、青の世界。彼らが群れをなして、光の揺らめきを追いかけていた世界だ。そこには、SNSの炎上も仕事の締め切りも、孤独な昼食もない。ただ、流れと、生と、群れの熱だけがあったはずだ。
彼らの生は僕の生とは比べものにならないほど、シンプルで、純粋だったに違いない。獲物を追い、天敵から逃れ、種を繋ぐ。その単純な螺旋が、煮干しという形にまで凝縮されてしまった。
僕は、彼らが栄養としてではなく、『彼ら自身』として、安息を得ることを願わずにはいられない。
もし、食べるという行為が、魂を解放する儀式であるなら。
僕がカリッ、と噛み砕くたびに、彼らの魂がこのオフィスビルの窓を突き破り、遠い彼らの故郷である海へと帰っていく様を想像する。太陽の下で干され、硬い殻に閉じ込められた小さな魚たちが、再び光を浴びて、水の中を自由に泳ぐ。
彼らは自分の身体を捧げることで、僕の生を少しだけ強くした。そして僕は、彼らを食べることでその生を記憶に留めた。わずか一瞬のことでも。
僕は最後の煮干しを丁寧に口に入れ、ゆっくりと噛み締めた。塩味が、じんわりと心に沁みる。
「ごちそうさまでした」
空になった袋を閉じて、静かにゴミ箱に放り込んだ。
小さな煮干したちは、僕の身体の中で静かに、そして確かに、僕の物語の一部となる。彼らの気持ちは永遠にわからない。
けれど、その生命の重さだけは、僕の中にしっかりと刻みつけられたと思う。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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