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短編81「背徳アメリカンドッグ」

あらすじ
「根本のカリカリ」は、もう食べない。 背徳感をスパイスにして食べたはずのアメリカンドッグは、いつしか懐かしい味を思い出して……。

 ああ、背徳。

 ランチの代わりに、僕は小麦色の誘惑――アメリカンドッグを2つも買ってしまった。なんという贅沢。
 これはダイエットや健康といった現代社会の戒律を破る、甘い罪だ。
 医師からはメタボを指摘されているというのに、この誘惑には勝てない。

 アメリカンドッグというのは和製英語で、英語ではコーン・ドッグと呼ばれる食べ物だったらしい。日本に入ってきたときに小麦粉の衣になり、この名前となったそうだ。

 それが目の前に2つもある。なんと素晴らしいことだろうか。
 来週、健康診断があった気がするが、そんなことなんて構ってられない。僕は眼の前のアメリカンドッグを、背徳感をスパイスにして食べるのだから。

木戸口きどぐちさん、アメリカンドッグ食べません?」
 20年以上前の、果てしなく遠い記憶。確か、大学生のときに付き合っていた後輩とテーマパークに出かけたある日のことだった。彼女との時間はまるでアメリカンドッグのようで、からりとした爽やかさと甘さの混じった、楽しい日々だったのをよく覚えている。

里歩りほは、根本のカリカリ、食べるほう?」
 アメリカンドッグを手に、彼女は僕の質問にいたずらに微笑んだ。
「私! 食べるほう!」
 そこは誰にも譲れない、2人の関係性の『根っこ』みたいなものだ。誰にも侵せない2人の境界線は、そこだけが、頑なに硬かった。
 でも、楽しい時間は衣が剥がれるようにあっけなく過ぎ去って、彼女は記憶の向こう側に消えてしまった。
 いま思えば、僕はケチャップとマスタードを両方かける派だったが、彼女はケチャップだけ派だった。亀裂はそこから始まっていたのかもしれない。

 2本のホットドッグを見つめる。2人で1人だった頃の、僕らの甘い記憶。

 まず、1つ目のアメリカンドッグにケチャップとマスタードをかけてから、かじる。
 すっかりアメリカンドッグの口になっていた僕は、かりっとした衣の歯ごたえを味わいながら、柔らかいソーセージも味わう。口の中に衣のほんのりとした甘さとケチャップの甘さが交わりながら広がっていき、じゅわりとした食感と粒マスタードのぷちぷち感が口と心を満たしていく。
 期待を裏切らない味に、僕はただ身を委ねて、想いを任せていた。

 次に、2つ目のアメリカンドッグへ。ほんのり甘い衣は人生の楽しい表皮。柔らかいソーセージの旨味は人生の芯。その調和こそが僕を惹きつける。半分ほど食べてから、ケチャップとマスタードで味変。
 ちょっぴり惰性の入った食欲は初回の感動こそ忘れてしまっていたが、それでもアメリカンドッグは美味しい。
 懐かしい思い出を味付けしたそれは、いつもより少し切なく、甘くて、淡い記憶の味がした。

 2つのアメリカンドッグは、あっという間になくなってしまった。ここで我に返り、ペットボトルの水を一気に飲む。

 ……なんで別れちゃったんだっけ。理由はよく覚えていない。
「私、木戸口さんと一緒に居る未来が見えないんだ。だから、ごめんね!」
 そんなことをさらりと言って去っていくような、ただ自由で、元気なところが印象的な人だったことを、ふと思い出した。

 今日は、根本のカリカリは食べないことにした。悲しい記憶がまた、思い出されそうだから。
 背徳感をスパイスに食べていたはずが、気づけば甘酸っぱい味になってしまっている。
 2人の関係性の根っこはもう、いまの僕には必要がないから。甘い過去は捨てる。新しい現実の地平を歩くのだから。

 食べ終わった串は、楽しかった過去の残骸。串をゴミ箱に捨てて、会社に戻ろう。

 午後からも仕事が待っている。
 僕は腰を上げると、ゆっくりと歩き出した。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。


作者のひとこと
カリカリは食べる派です。あなたはどうですか?

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