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短編80「名探偵の温もり」 黒猫の日常#4

あらすじ
 二日酔いで目覚めたマメの隣には、なぜか全裸で眠るねこにゃんがいた。記憶のない朝、財布がないことに気づいて……?

 頭が割れるように痛む。
 確実に二日酔いだ。重いまぶたを開くと見慣れない天井が見えた。

 時計は午前6時。昨晩の酒好きが集まる匿名オンラインチャットの飲み会は、記憶がほとんどない。
 マメは呻きながら、大きなベッドの上で上体を起こす。

「やっちまったあ……」
 僕は絶望の中で、ぼそりと呟く。テーブルの上を見ると、アルコールの空き缶と食い散らかされたお菓子が散乱していた。
 ここはどこだろう? ホテルの一室?

 すうすう、と聞こえる誰かの寝息。
「……?」
 僕が寝ていたベッドの隣には、1人の女性が無防備に寝ている。

 しかも全裸で。

 その無防備な姿は、まるで美術館に展示された完璧な彫刻のようだった。静謐な美しさが、夜明け前の薄暗い部屋で異様な輝きを放っている。

(――!?)
 腰ほどまで黒髪を伸ばした女性。
 猫耳フードの黒い長袖ワンピースが、壁のハンガーに綺麗にかけられていた。
「ね、ねこにゃん……? まじかよ……」
 彼女は、生まれたままの姿で、静かに寝息を立てている。
 マメの心臓が激しく跳ねた。昨夜、何があった?

「んー……」
 彼女が大きな欠伸をしながら、両手を上げて身体を大きく伸ばす。シーツがずれて地肌が見えそうになって、マメは赤面しながら視線を逸らした。
「……ふあ……ふわぁ……」
 ねこにゃんはゆっくりと瞳をこじ開け始める。シーツで胸を隠しながら、上体を起こした。それから背を向けてベッドに座るマメに視線を向けた。

「……おはよー。二日酔い、してない?」
「あ、いや……頭が痛い……」
「覚えてるかにゃ? マメ、路上で倒れて動かなくなったから、ここまで連れてきたにゃ。つまり、命の恩人」
 もちろん、マメはまったくなにも覚えていない。
「そうだったんだ、ありがとう……あと、その、裸……」
 彼はそこまで言うのが精一杯だった。記憶のない時間になにが起こったのか、まったく覚えていないから。

「あ、別になんもなかったよ。マメ、すでに潰れてたし。ねこにゃんは寝るときはいつも、全部脱がないと安眠できないにゃん」
 ねこにゃんが無邪気にそう言うのにマメはホッとすると同時に、その無防備な肌の白さと隣から伝わる温もりに、全身の血が逆流するような強烈なドキドキを感じていた。
「じゃあ、準備ができたら出ますかね」
 言ってねこにゃんはベッドから降りて、ハンガーにかかった服を取る。それから服を着て、髪をセットして、メイクを以下略。女性は準備に時間がかかるものなのだ。

 ねこにゃんが洗面台から戻ってくると、マメはソファの後ろを覗き込んでいた。
「? どうしたにゃ?」
「その、財布がない……!」
 ねこにゃんは跳ねたように身体を乗り出すと、目を輝かせる。もし彼女に尻尾があったなら、ぴん、と大きく天を穿っていただろう。

「財布探し、面白いにゃん! この黒猫名探偵が、この事件を解決するにゃ!」
 言って彼女は、その場で軽く跳ねた。

「まずは、最後に財布を持っていたのはいつ?」
「うーん……確か、ホテルに入る前に近くのコンビニで買い物した記憶が……」
「にゃるほど。じゃあまずは、コンビニに行くにゃ」

 2人はホテルから50メートルほどのコンビニを訪れる。店員に話を聞くが、財布を預かってはいなかった。それから近くの交番にも向かうが、届けはないという。

「ふぅむ……コンビニからホテルまでの道のり、そこを探すのがいいかにゃ」
 ねこにゃんは顎に手を当てて真剣な表情で推理している。しばらく考えてからいきなり。

 マメの胸に顔を埋めた。彼女の顔がシャツ越しに胸元に触れる。
 ドキドキと激しく叩きだすマメの鼓動は、夜明けの空に響く警鐘のよう。
 彼女はそのまま、すう、と大きく息を吸う。

「!? きゅ、急になにを……!」
「――よし。におい、覚えたにゃん」
 彼女の瞳が金色に光り、その表情はまるで獣が獲物の匂いを追う瞬間のように研ぎ澄まされていた。それから何事もなかったように歩き出した。状況を理解できないマメは石像のように固まったまま。彼女という非日常の渦に巻き込まれ、ただ流れに身を任せていた。
「ほら、行くにゃ」
 その声にやっと現実に戻ってきたマメは、ねこにゃんを追いかけた。

 酔っ払って落ちかけた側溝の闇。倒れて突っ込んだゴミ袋の山。突然抱きついた自動販売機の冷たい影。ねこにゃんの記憶を元に街の裏側を探し続けるが、財布は見当たらない。
「……昨日の僕、本当にこんなこと……反省します……」
 マメは小声で言うが、ねこにゃんは答えない。真剣な目で周囲を見回している。

「もう、諦めた方がいいのかな……」
 ぼそり、とマメが呟く。酔いつぶれたのもそうだが、その光景をすべて見られていたという恥ずかしさと、二日酔いの頭痛が彼を弱気にさせる。
「諦めたらそこで試合終了にゃ」
 マメの機微を気にせず、彼女はそれだけ言う。
 やがて2人は、先程のホテルの前に到着してしまっていた。

 すでに疲労困憊しているマメは、
「付き合ってくれてありがとう。最後に、一応フロントに聞いてみて、それで無かったら諦めるよ」
 と、小さく言う。
 フロントに向かい、絶望の淵に立ちながらも、失くし物がないかを確認した。
「財布、ありましたよ。先程、清掃担当者がベッドと壁の隙間から発見しました」
「そんなオチかーい!」
 ねこにゃんが思わずツッコんだ。

 朝6時半の朝日が繁華街を白く染め始める。ねこにゃんは身体を伸ばして欠伸をする。
「あの、ねこにゃん。お礼に朝ごはんでもどうかな」
「うーん……」
 彼女は少し考えた顔を見せる。その視線はすでにマメを見ておらず、どこか遠くを見つめているようにも見える。
「やめとく。もう飽……じゃなくて、おじいちゃんが危篤だからにゃん」
 言い終わる前に彼女は、まるで風になったかのように走り出していた。
「あっ、えっ……」
 マメは漏れる声をそのままに、右手を伸ばす。けれど、その手はなにも掴めない。ねこにゃんの姿はすぐに、遠くに消えていった。

「……」
 彼は財布を握りしめながら、つい数時間前まで隣で寝ていた彼女の温もりを思い出す。

 ……一体、彼女はなんだったのだろう。
 非日常の嵐が過ぎ去った後の言いようのない喪失感は、まるで電源の切れたテレビのように静寂を呼び寄せる。心臓には、彼女が残した昨晩の熱の残光だけが、彼女の残した唯一の痕跡として残っていた――。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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