短編127「初恋まみれのコンビニくじ」
あらすじ
帰り道にコンビニエンスストアに立ち寄った健二。そこで売られていたのはなんと、『初恋まみれのコンビニくじ』。最初は気まぐれで購入したのだが……。
思い出すのは、君の笑顔。
無邪気に笑うその顔を、僕はずっと見つめていたんだ。
仕事帰りの最寄り駅、深夜一時。街の灯りもまばらないつもの光景に健二はなんとも言えない溜息をついた。
30歳を過ぎて、会社ではそこそこのポジションを任せられていた。決して嫌いなわけではない仕事だったが、日々の業務に忙殺されている毎日は、有意義なものとは言えないのではないかと、僕は思っていた。
自宅近くのコンビニエンスストアに立ち寄る。明日の朝ごはんと、水の買い足しをしておきたい。商品を持ってレジへ向かおうと歩き始めると、奇妙なPOPが視界に飛び込んできた。
『初恋まみれのコンビニくじ』
「……なんだ、これ?」
一回千円と、安いとはいえない強気な価格設定。景品棚には、シャープペンシルや消しゴムなど、どこか懐かしい文房具や雑貨が並んでいる。
僕は苦笑しながらも、なんとなく気が向いて、一枚のくじを摘んでレジ係へと渡した。
・C賞:記憶のドロップ
めくったくじには『C賞』の文字。店員から渡されたのは、レトロな袋に個包装された、一粒のドロップだった。
(千円で飴玉一個かよ……)
僕はくだらない幻想に促された自分を反省しながら、店を出た。せっかくだからと入口で口に放り込んで、店のゴミ箱にレトロな袋を突っ込む。
「……!?」
口に放り込んだドロップ。舌の上で弾ける甘酸っぱいレモンと、夕立の後のアスファルトのような、不思議な味。
「……ユキちゃん」
その瞬間、脳裏に中学二年生の教室が鮮明に浮かび上がった。窓から入る夏の風と、隣の席で笑う少女、ユキの横顔。
十年以上、心の奥底に沈んでいたはずの恋心。胸が締め付けられるような淡い気持ち。ドロップの甘みと共に溢れ出してきた。
彼女はある日、消えたのを思い出す。
確か中学三年生になったときのクラス替え。彼女とまた同じクラスになれたらいいな、なんて僕の考えは軽く打ち砕かれてしまった。
彼女は、転校してしまったからだ。
そんなことを知らない僕は、それとなく三年生のクラスを見て回った。
でも、そこには彼女の姿はなかった。
転校すると知っていたら、なにかできることがあったかもしれない。プレゼントと手紙ぐらい用意できたのに。
もっと話がしたかった。もっと同じ空気を吸っていたかった。
もっと、もっと……。
「……もっと、思い出したい」
僕は吸い寄せられるようにコンビニに戻ると、残っていたくじをさらに数枚、購入した。
・B賞:運命の消しゴム
次に当たったのは、透明なケースに入ったなんの変哲もない白い消しゴムだった。新品ではなく使い込まれた形跡があり、頭はすでに丸くなっている。
使いかけの消しゴムなんて……と思いながらも、手にした瞬間、指先に柔らかな感触が蘇った。
放課後の教室。テスト期間で残って勉強していたユキが、誤って落とした消しゴム。
机の内から落ちて跳ねた消しゴムは、ころころと転がって、僕の足元で止まった。
「あっ、ごめん」
僕が手を伸ばすと同時に、ユキも手を伸ばした。床の上で二人の指が触れ合う。
静かな教室に、どくん、と自分の鼓動が響く。顔をかっとした熱が包み込み、僕はどうしていいのか分からなくなった。思わずゆっくりとユキの顔を見つめてしまっていた。
彼女は少しだけ顔を赤らめて「……ありがとう」と微笑みながら、静かに言った。
言葉にできなかった、彼女への気持ち。
その放たれなかった衝動が、消しゴムの感触と共に僕の指先を熱くさせた。
僕の衝動は止まらない。レジにある残りすべてのくじを買い占めた。
・A賞:君の声が聞こえる場所
当選したのは、小さなボイスレコーダー。決して高い品ではなく、いままで注ぎ込んだ金額に対して取り戻せるような品物ではなかった。
だが、問題はそうじゃない。
この機械の中に残されているであろう、音声データだ。
起動してみると、一つだけ録音された音源がある。僕は迷わずそのデータを選ぶと、最大音量で再生を始めた。
ザザ……わずかなノイズが走ってから、
「……あ、あ……これで、撮れてるのかな」
と、彼女の声が聞こえた。間違いない、忘れられない、思い出のままのユキの声だ。
「健二くん、聞こえる? 急にいなくなっちゃってごめんね……」
間違いなく、僕の記憶の中にある彼女の声そのものだ。あの日そのままの、明るい声。でもいまその声は戸惑いが含まれ、言葉を手探りで選びながら、震える勇気が音の端々に滲んでいることを、僕には理解できた。
「本当はね、転校する前にちゃんと言いたかった。でも、私にはその勇気がなかったんだ」
十年以上ぶりの独白。僕はそれになにも言えなくなってしまっていた。
ただ、胸をきゅうぅと締め付けるなにかに、思わずみぞおちに手を当てて、シャツを掴んでしまっていた。
「私、健二くんのこと、忘れられなかったよ。健二くんの気持ち、ちゃんと聞いておけばよかった……」
僕はその小さな機械を耳に押し当てたまま動けなくなっていた。自分がどれだけ彼女に救われていたのか、そして、自分がどれだけ彼女を想っていたのかを、改めて思い出してしまっていた。
ぽろぽろと、頬を涙が伝う。懐かしい想いは僕の胸を深く掘り下げて、それに身動きが取れなくなってしまって、ただ泣いた。
・ラストワン賞:思い出との再会
「あの、お客様」
レジ前で動けなくなっていた僕に、店員が遠慮しながらも話しかけてくる。その手には金色のチケットが持たれており、それを差し出しながら続けた。
「ラストワン賞です。五分だけの再会券です」
店員が奥のドアを開くと、そこにはなぜか、夕暮れに染まった屋上が広がっていた。
僕は引き寄せられるようにふらふらと歩くと、その中へと入っていった。
忘れることはない、中学校の屋上。
僕はぐるりと周囲を見回しながら、懐かしいその光景に包み込まれていた。
放課後の匂い。青い空に浮かぶ白い雲。校庭から聞こえる、ブラスバンド部たちが奏でる楽器の演奏。
そして、金網を見つめながら、風に吹かれながら、こちらを向いて待っている少女がいた。
「遅かったね、健二くん」
ユキだった。
あの頃のまま、なにも変わらない彼女がそこにいた。
あのとき、言えなかった謝罪、感謝、そして。頭の中では、色々な言葉がぐるぐると回っている。でも、考えても仕方がない。残された時間もない。
僕は溢れ出す想いをそのまま、素直な言葉にした。
「ずっと、君が好きだった」
それにユキは優しく微笑み、僕の手にそっと触れる。
「知ってたよ。私も、健二くんのこと、大好きだったよ」
そこで景色が切り替わり、僕はコンビニのレジ前に立っていた。
五分間。それはあまりにも短く、けれど十年以上の空白を埋めるには充分な時間だった。
手の中には、ハズレくじの束と、小さなボイスレコーダー。
困惑の中、僕の頬を撫でる夜風は、もう冷たくはなかった。
コンビニを出て、駅前のロータリーを歩き始めたときだった。
ふと、前方を行く親子の姿に目が止まった。
四歳ぐらいだろうか、小さな男の子が「やだー!」とぐずりながら、母親の手を精一杯引っ張っている。母親の方は、困ったように笑いながら、でも優しくその手を握り返していた。
「……あ」
その母親が、立ち止まった拍子に髪を耳にかける。その仕草。
落ち着いたベージュのコートを着た大人の女性。けれど、その横顔には、僕がたったいま五分間だけ再会した、あの少女の面影が、確かに宿っていた。
いまのユキだ。
彼女はもう家庭を持ち、誰かの妻として、誰かの母親として、十年以上の時間を真っ直ぐに生きていた。
僕は声をかけることはしなかった。ただ、遠くから、彼女が子供を抱き上げ、笑いながら雑踏の中へ消えていくのをじっと見守っていた。
僕の思い出は、ここにある。
彼女は、彼女の幸せの中にいる。
僕は深く一度息を吐くと、彼女とは逆方向の帰路へと歩き出した。
魔法が解けた後の夜道は、どこまでも澄み渡り、明日へと続いていた——。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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