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短編104「名探偵ホニャンと消えたツナフレークの謎」

あらすじ
自称『シャーロック・ホームズの再来』である名探偵ホニャン。現場で起こった凶悪事件『今朝のツナフレーク失踪事件』の捜査に乗り出すが……。

 ただの猫と侮るなかれ。
 なぜなら、吾輩には偉大な名探偵の霊が宿っていると、信じているからニャ。

 体長三十センチの、ごく普通のチャトラ猫。それが吾輩だ。
 でも吾輩は、重大な秘密を隠している。この小さな身体の中に、偉大なる名探偵シャーロック・ホームズの魂が宿っていると信じている。信じているだけだが。

 名前も立派な賢人から一文字拝借して、吾輩は「ホニャン」と名付けられている。
 人呼んで、名探偵ホニャン。誰もそうは呼んでくれないが。

「ふむ……この静寂な聖域で起こったのは、極めて卑劣な犯罪である。白磁の祭壇から、猫科の血を騒がせる海賊の秘宝が消失したのだ」
 吾輩は、小さな肉球で鼻をこすった。
 目の前にあるのは食事用の皿だ。猫用とは思えないほど華美な装飾で、白磁の美しい器。
 今朝、皿にあったはずのツナフレークが行方不明になった。猫科の血を騒がせるそれは、常に誰かに狙われていると言っても過言ではない。

「なぜだ。なぜ、皿から消えた?」
 吾輩が取り組んでいるのは、世間を騒がす大事件ではない。この屋敷のリビングで起こった、極めて個人的なミステリーだ。

 改めて皿を見つめる。残されているのはかすかなツナの香りと、乾燥した残骸のみ。皿を舐めた痕跡すらないのは、犯人が現場に唾液一滴残さぬ厳格な律儀さを持つ者であることを示唆する。

「さて……」
 顔を上げて、リビングの中を見回す。容疑者は三名。
 ソファに座っているのは、カジュアルな白いドレスに身を包んだ、ニンゲンの女性。家主のお嬢様で、吾輩の飼い主だ。彼女はいつも無邪気な笑顔で、「ホニャンちゃん、ご飯だよ〜」と嬉しそうに笑ってくれるのだ。
 二人目は、お嬢様の身の回りの世話をする執事。彼はたまに吾輩を抱きしめてくれるのだが、なんだか変な匂いがする。科学的に配合された香料の匂いは吾輩の鼻を鋭く突き刺すのだ。
 三人目は、同じ家で飼われている子猫、チビ太。彼は野獣のように常に腹を空かせており、ナイフのように尖っては触る者みな齧りつく、切れたナイフみたいな存在だった。吾輩の餌皿を常に狙っており、前科があるためこの事件の容疑者としては限りなくクロに近い。

「……複雑な事件ニャ」
 しかし、現場に痕跡があるかもしれない。吾輩はもう一度、餌皿の周りをぐるりと回って、下の方に前足を突っ込んで、なにか証拠がないかを探し続けた。
「……ニャ?」
 爪先に引っかかった、ティッシュペーパーの小さな繊維。ティッシュペーパーを使うのは、お嬢様か執事しかいない。
 また、もしチビ太が犯人ならば、必ず床材の微細な擦れが発生しているはずだが、それもない。この時点でチビ太の容疑は論理的に却下された。

 執事の足元に向かって、周囲をぐるりと周る。いつも通り、化学物質の匂いが強いが、その中にヒントがないかと鼻を利かせる。真実を隠蔽する香りの防壁を、吾輩の推理と嗅覚で露呈させてやるのだ。
「おや、どうしましたか?」
 血筋が腰を落として、吾輩の頭を撫でる。そうやってご機嫌を取って吾輩の推理を逸らそうとしても無駄ニャ……ごろごろ……喉が鳴るニャ……。

 執事の膝に前足を乗せて、ぐいと顔に近づけてから匂いを嗅ぐ。犯人ならば口の中からツナの匂いがするはずだからだ。
 くんくん。しかし、そこからは化学物質の匂いしかしない。
 つまり、彼は犯人ではない。

 ということは……。
 吾輩はゆっくりと振り返り、ソファを見つめた。
 そこに座るお嬢様はいつものように、スマートフォンなる薄い板を指で叩いている。

 ――犯人は、お嬢様ニャ。

 吾輩はソファのお嬢様の隣に飛び乗った。
「犯人はお前ニャ! 残るは、この屋敷の絶対的な権力者である第三の容疑者のみ。真実は、常に最も優雅な場所に潜むものなのニャ」
「うん? ホニャンちゃん、どうしたの?」
 吾輩の言葉は当然、御主人様には理解できない。吾輩がなにかを求めているように鳴いたのだと思っているようだった。

 ……いや、しかし証拠は……?
 吾輩は鼻をスンと鳴らして、周囲の匂いを嗅ぎ取る。

 ……わずかに、ツナの匂いがする。吾輩はお嬢様のスカートを前足で押さえつけると、鼻をこすりつけた。
「こら、ホニャンちゃん。爪立てちゃダメよ」
 すんすんすん。確かにツナの匂いがする。どこニャ?

 ――見つけた。
 匂いのもとは、お嬢様のスカートの裾。そこにごく微細なツナ油のシミができていた。
「お嬢様! 貴様の犯行だニャ! 吾輩の獲物を横取りし、その食欲を満たした。そして証拠が残っていることに気づかないとは愚かニャ! 真実はいつも一つなのにゃ!」
 お嬢様は小首を傾げて困ったような視線を我輩を見つめる。あまりに熱く語る吾輩の言葉は理解されず、ただ強烈になにかを欲しがっていると思っているのだろう。

「もしかして、お腹空いたの? でも、朝ごはんは、自分でもう全部食べちゃったでしょ?」

 ――ニャ?

「今朝はすごくお腹減ってたよね。ツナを缶から出す前に飛びついて、奪って食べちゃったじゃない」

 ニャ?

「な、なんニャって……!?」
 吾輩はあまりの空腹に我を忘れ、あまつさえ記憶からも消去していたのだ。
「……まさか吾輩が犯人だったとはニャ……」

 屈辱だ。こんなことニャトソンには言えない。ベーキャー街の壁炉の前で、永久に封印されるべきだ。
 脳内でモリニャーティの残影が高笑いを上げていた。

「ふふふっ、もう。ちょっとだけだよ?」
 お嬢様は笑いながら、ペースト状のスティックタイプのおやつを取り出す。猫まっしぐらなやつだ。
「ニャーン!」
 飛びつく吾輩に微笑みかけながら、お嬢様が封を切ってくれる。とろりと飛び出すご褒美に飛びつき、夢中で貪りついた。論理を破綻させる原罪が我を忘れさせる。
「ほら、慌てないで。一気に食べすぎると、おなか壊すからね」
 言ってお嬢様は微笑んでいた。

 ――その後、お腹がいっぱいになったホニャンは、自分の髭は何本あるかというどうでもいい事件の検分に取り組み始めるのだが、それはまた別のお話――。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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