短編37「声なき声」
あらすじ
朝に起きることができない日々を送っていた主人公は、隣の席の男子生徒、川西とのさりげない交流をきっかけに少しずつ元気を取り戻していく。
えらいね。頑張ってるね。ありがとう。
私は、自分自身を褒めて、励まして、心の中でお礼を言うようにした。それは、私だけの内なる言葉。
きっかけは些細なことで、ある日ベッドから起きれなくなってしまった。目覚まし時計を止めてまた眠る。
学校へ遅刻するのが日常になっていて、担任からも注意されているが治らない。
両親も放任というか自由というか、「したいようにやればいい」「思春期とはそういうものなんじゃないか」と、真剣に向き合ってくれない。
それでいいのかどうかは分からない。
でも私は、内なる言葉で自分を奮い立たせていた。
ある日の朝、少し体調が良かった私は、ようやく遅刻せずに学校に着くことができた。重い体を引きずるようにして自分の席につくと、隣の席の男子生徒、川西が「おい」と声をかけてきた。
「?」
何事かと不思議そうな視線を向ける私に、川西は手に持ったパンの袋と紙パックのジュースを差し出す。
「藤沢、これ好きだろ?」
なにが起こっているか分からず、私はその手に持たれたものを見つめる。
タマゴの挟まれたサンドイッチと、乳酸飲料の紙パックジュース。
「うん、大好きだよ。でも、急になんで……?」
私が不思議そうに見上げるのに、川西は照れたように視線をそらす。
「お前、よく遅刻するだろ? 朝ご飯、ちゃんと食べてるか?」
彼はそれだけ言って、私の机にそれを置くと自分の席に戻った。
「あの……っ、ありがとう!」
私はそれだけ言うのが精一杯だった。
「藤沢さん、最近、あまり遅刻しなくなったね」
休憩中、前の席に座る女子生徒が話しかけてきた。
「そ、そうかな……?」
「そうだよ。顔色もなんだか良くなっている気がするし、良かったね」
彼女からそう見えているのが嬉しくて、私は何度か大きく頷いた。
……そうか。こういうのが、さりげない優しさっていうのかな。
学校に来れてえらいね。勉強も頑張ってるね。話しかけてくれてありがとう。
私の内なる言葉は、少し変化している。
そして次第に、私も朝から起き上がれる日が増えていたような気がした。
ある朝、私は内なる声を心の中で囁きながら、学校へ通うための身支度を進めている。
ピロン、スマートフォンがメッセージを受信した音を鳴らす。
メッセージは、川西からだった。
「おはよ!」
なんだろう。言葉って、不思議だな。
直接話さなくても、その行動で自分を支えていれてくれたのだろうな、と私は思った。
私の内なる言葉は、なんだったんだろう。自分にかける声なのは確かだったけど。
どちらかと言うと、他者の支えに気付くための「声なき声」だったのかもしれない。
私は川西に「おはよう。声かけてくれて、ありがとう」とメッセージを送る。
すぐに彼から「どういたしまして。後ほど学校で」と返事が来た。
私は「うん!」という意図のスタンプをポンと返す。
その日学校へ向かう足取りは、いつになく軽やかだったかもしれない。
私もいつか、誰かの力になれるのだろうか。
いや、そうありたいと私は思っている。
いつか、自分以外の誰かを支えられるように。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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