海峡の街とレガシーと
やはり近代化遺産はオールドタウンの魅力なんよ
物流レガシーを見て歩く
前回の続きでやんす
産業レガシーを見たが、まだ時間があるので続いては物流レガシーを見て歩きましょう。こちらも、レガシーとなっているものもあれば、現役で使われているものもある。製鉄所と同じだ。
てなことで、戸畑まで移動である。
戸畑も産業遺産が多い場所であるが、明治製菓工場跡の見事な建物なども既に残っていない。ここら辺を残すのは、産業である限り難しいのだとはおもう。故に前述の日本製鉄の遺産の価値にも繋がるのだろう。
てなことで降りた駅の構内には、意外な物流遺産が。


そう、ブルトレや客車列車などの物流遺産だ。特に駅のことは調べてなかっただけに、サプライズである。ただ人の往来ルート横にあるので、じっくりは見れなかったが、展示スペースの都合だからこれもやむなしだろう。

橋と船
戸畑駅からは、若戸渡船を目指していく。洞海湾を挟んだ若松までの渡船だ。戸畑も若松も、この洞海湾で栄えた街である。それ故人の往来も多い。
ここは若戸大橋という非常に大きな橋もかかっており、バスなどもそちらを通っているが、船も若松と戸畑の往来を支える日常の足として根付いている。


渡船と橋だと、普通はどちらかに集約されてしまいそうだが、橋は非常に高いところを通っているためか、近所の往来的な部分はやはり船のほうが有利なのだろう。

また、歴史を紐解けばわかるが、橋を建設する機運になったのが1930年の渡船の転覆による悲劇。今の渡船は安全性は当時より上がっているだろうが、やはり船を安全第一で運行することは重要な使命を持つ仕事なのである。そして橋も60年の歴史があり、実は重要文化財でもある。

渡船はチャリもいけるので、かつて横須賀でやったようにシェアサイクルを借りて渡船してもよかったのだが・・・

若松側には無いんですわステーションが。故にシェアサイクル渡船は断念。ただ、渡航後わかったが、これ若松エリアにもシェアサイクルあるといいよなって。
ちなみに、若戸渡船は北九州市営。2025年に北九州市営渡船が御船印に加盟している。私が訪問したあとに、いよいよ取り扱いを開始したようだ。
てなことで、わずか3分の旅程ではあるが、海を楽しんでいきましょう。若戸渡船は観光客もいるがやはり地元の人が利用の中心。自転車で渡船の人も何人もいるのも印象的だ。自転車に乗る人が現実的な選択肢で戸畑若松を往来するには渡船なのだろう。




港湾のレガシー
渡船で渡った先の若松は、石炭の出荷港でもあっただけに、レガシーが満載である。そしてそれらのレガシーの中には、今でも産業を支える建物として現役で活躍するものがあるのもとても印象的だ。



やはり三菱が産業に関わったウェイトの大きさがよくわかる。何よりこの建物は、飲食店だけではなく現在でも企業のオフィスが入り、現役の施設なのである。オフィスビルのほうの建物の中にも一応入ることが出来たが実際に企業が入り業務をしている様子がうかがえた。


またコスプレ等の撮影場所にも提供しているようだ。館内の様子は検索すれば出てくるのでそちらを参照で。
そして三菱に続いては

古河も財閥であり、同じように産業への結びつきが強かったことが伺える。そして若松が石炭で栄えたことを示す建物も現役で使われている。

港湾の埠頭にも、石炭ほかの積出港として栄えた歴史を伝えるものがある。


こういった港湾地区、観光でシェアサイクルあるといいよな!だけどヘローコニチワサイクリング、ドコモシェアバイクなどのメジャー、九州で強いChariChari、うまく各地を押さえているcogicogi、ecobikeどれも若松にはない。ってことはここは観光シェアサイクルのブルーオーシャンなんじゃない、海に面しているだけになガハハ!
鉄道のレガシー
今回の旅の本来の目的である松山・小倉フェリーの時間も近づいてきているので、若松からJRで戻ることとする。真のウェスト若松こと若松駅へ向かおう。


若松駅はかつては石炭積出で広大な敷地を持っていたのだと思うが、現在はかなり小さい駅だ。利用者を見ると、結構多いのが技能実習生っぽい人。労働者として日本に来ている人が、若松地区にはかなり多い印象があった。運転免許が無い彼らにとって、鉄道は故郷の食材を売っている店まで出かける重要な足でもある。


若松のあたりは非電化。なので蓄電池で走るでんちゃ!が活躍である。


若松から折尾駅に。ここで一旦下車して夕飯を食すことに。
ただ有名な東筑軒はタッチの差で今日はもう閉店。残念だが別の店にしよう。
そして東筑軒が折尾駅で有名だったのは、旧駅時代の駅弁のホーム売りだ。折尾駅も、九州の産業のレガシーと言える駅だったことも有名な話である。鹿児島本線と筑豊本線が立体交差していたその駅は、歴史があるものの同時に不便な面もあり、建て替えが施された。
現在は高架橋駅になっており、まだ駅前広場の整備が残っている箇所はあるが、全体的にはほぼ完成が見えている形だろう。


交通の利便性とレガシーの両立は難しい課題だろう。旧折尾駅の歴史を出来る限り残しつつ、利便性の向上を図ったのは、万人が納得するのが難しいこの手の案件で最大限考えた結果なのだろうかなどと思いながら、駅舎を眺めていた。
いざレガシーフェリーへ
ということで、次回はこの旅の目的の松山・小倉フェリーへ・・・

