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果てぬ者たちのための七重奏曲(セプテット) 1話

あらすじ

 旅の楽師である少女アリアは、ウロコの付いた手を持っていた。それ故に彼女は、大陸全体で信仰されるウーニ教と、それを統率する「聖堂会」から迫害を受けていた。
 鱗のついた手を隠しながら、奇妙な形の楽器と共に旅するアリアはある日、ドラークという男に出会う。ドラークは自らを「武器」と称し、「奏者」であるアリアの吹く楽器に反応して無類の戦闘力を発揮する。アリアとドラークは他の「奏者」と「武器」を探し出すと同時に「果てぬ者たちのための七重奏曲セプテット」と呼ばれる曲の楽譜を探すことになる。しかしそんな彼らの前に「聖堂会」が立ちはだかる。聖堂会との戦いの中で、奏者と武器たちは自分たちの正体を知る。

補足

 アリアたち「奏者」と「武器」はそれぞれ7人ずつ存在する。奏者は鱗や翼、ヒレなど異形の特徴を持っており、楽器を携えている。「武器」たちは不老不死であり、無類の戦闘力を誇り、記憶喪失。(なぜ不老不死なのか、なぜウーニ教に迫害されるのか、「奏者」に出会う前に何をしていたか、などを覚えていない)
 彼ら「奏者」と「武器」は、ウーニ教から忌み嫌われ、見つかれば殺される。「奏者」と「武器」は事実、唯一神・絶対神・創造神・万能神・森羅万象とされるウーニ神から呪われ忌み嫌われる身であり、奏者の身体にある異形の特徴や、武器の記憶喪失は、ウーニ神の呪いによるものである。
 武器たちの正体は遥か昔、天上にいたウーニ神に作られたウーニ神の7人の分霊(親機に対する子機)たち。分霊たちは、大地やそこに生きるあらゆる生命を作るための手伝い要員であり、後に「神の遺跡」と呼ばれる実験施設で活動していた。(第1話に登場する「遺跡」が現代的な実験室風であるのはこのため)
 一方、奏者の正体はこの7人の分霊の監視役・秘書役としてウーニ神に作られた天使たち。監視役でありながら分霊たちと親しくなる天使たちに危機感を抱いたウーニ神が彼ら天使たちを殺したことで分霊たちは激怒し、戦いの末にウーニ神を殺害する。
 天から転げ落ちたウーニ神の遺体は、一緒に天から転げ落ちた実験施設に保管されていた大地の元と融合し、そのまま物語の舞台となる大陸そのものとなる。また、実験施設で作られていた各種生物の元もそのまま大陸に定着し、生命として繁栄する。
 一方、7人の天使たちは死に際のウーニ神の呪いで人間になったうえで、神への反逆者の証として異形の特徴を持った人間に転生し続けることになる。一方、分霊たちもまた大地に落ちたうえで、ウーニ神の呪いによって自分の天使(つまり転生を繰り返して現れる歴代の奏者)が死ぬたびに記憶を失い、長い眠りにつくことを決定づけられている。
 ウーニ神はのちに奏者となる天使たちを殺した後(分霊たちの反逆が始まる前)に新しい天使を7人作っており、現在、この新しい天使たちは地上において「聖堂会」のトップ、大都市のトップ、徴税機関のトップ、警察・諜報機関のトップ、奏者を封じ込めるために作られた特殊な声を持つ人造人間部隊「聖歌隊」を作り出す科学研究所のトップなどの形で君臨し、大陸を支配している。この新しい7人の天使たちは民衆に対し、分霊たちのウーニ神への反逆の顛末などは誤魔化しつつ、奏者と武器たちの殺害・排除を掲げている。この新しい7人の天使たちの真の目的は死んで大陸となったウーニ神を復活させて天上に還すこと。それはつまり、人々が生きる大陸そのものを壊すことでもある。
 ウーニ教に排斥されるアリアたち当代の奏者と武器たちは、ウーニ教の信徒でありながらも自分たちに親切にしてくれる人々に出会っており、今生きる人間たちの滅亡も辞さない新しい7人の天使たちのやり方に憤りを覚え、ウーニ神復活の目的を阻止することになる。そのためのカギとなるのが、楽曲(讃美歌)「果てぬ者たちのための七重奏曲セプテット」。かつての7人の天使が7人の分霊のために作り捧げた楽曲であり、天使たちがウーニ神に殺される直接の原因となったもの。石に刻みつけられた楽譜のかたちであり、現在は砕かれたその破片が大陸の各地に転がっており、人から人へ譲られていたり、遺跡泥棒たちの闇市で売られていたりする。
 アリアの持つ楽器のモデルはビュサン(竜の頭のついた金管楽器)と、ベル(トランペット等の音の出る部分)が7つあるトロンボーン。

 「武器」たちのモチーフは七つの大罪と、それにあてはめられる7人の悪魔。ただし、各人の性格や性質は七つの大罪に対応する七つの美徳を当てはめている。
例)・主人公ドラークのモチーフはサタン。性質は「忍耐」(サタンがつかさどる憤怒に対応する美徳)。
・2話ラスト、3話で登場するレヴィのモチーフはレヴィアタン。性質は「感謝、人徳」(レヴィアタンのつかさどる嫉妬に対応する美徳)

 敵にあたる「新しい7人の天使」は2000年代にローマ教皇によって新たに設定された「新七つの大罪」に対応する。具体的には、それぞれが「人体実験」「麻薬生産」などを行っている。

第1話

 晴れた街の片隅に一人の乙女が座り込んでいる。彼女の名はアリア、歳は19。長く伸ばした髪は暗色、丸い瞳は琥珀色。荷物を背負い、肩に何かを担ぎ、今は地図を広げている。広げた地図の上、アリアは現在地から西に向かって指を滑らせ、手書きの「シエンナ」文字の上で指を止める。
(本当に「シエンナ」なんて場所があるのか分からないけど、とにかく旅費が必要ね。……となれば、お仕事お仕事)
 アリアが立ち上がり、その肩に担いだモノを覆う布を外すと、奇妙な楽器が姿を現した。
 それは金管楽器。だが普通の形ではない。本来はアサガオの花のような形をした音の出る部分は竜の頭の形をしていて、しかもそれが7つも付いている。
「そこゆく街の皆様方。本日この日はウーニ神の定めた祭日なれば、一曲聖歌などいかがでしょう!」
 アリアがその顔に晴れやかな笑みを浮かべて往来に向かって良く通る声を上げると、人々は足を止めて彼女の方に視線を向ける。
「旅の楽師か?」
「おもしれぇ形の楽器だな!」
 足を止めた往来の者たちが愉快そうに笑い、ポケットから小銭を出して彼女に渡しながらリクエストする。
「聖歌なんてつまらねぇや。『春の乙女の喜びよ』を頼むぜ」
「祭日だもの、踊らなくちゃ!『こまどりワルツ』をお願い」
「『バッフォンフロップの愉快ないたずら』を!」
 アリアは手袋をした手で小銭を受け取り、苦笑して芝居がかった仕草で深々と礼をする。
(お客様からのリクエストは断れないなぁ)
 仕方がない、とアリアは竜の頭の金管楽器を奏で始めると、通りかかった人々が足を止める。音楽に惹かれて集まった人々は輪になって楽しそうに踊り出し、その中心にいるアリアも楽器を奏でながら嬉しそうに目を細める。
「お姉さん、踊ろ!」
 笑顔を浮かべた小さな子供が演奏中のアリアの手を取って踊ろうとする。そこに、ピィっと鋭いホイッスルの音がして、厳しい声が響いた。
「踊りをやめろ! 散れ!」
「今日はウーニ神の定めた祭日。演奏していいのはウーニ神を讃える聖歌だけだ!」
「まったく、今日はこんなのばっかりだ!」
 武装したウーニ教の僧侶たちが手にした棒を振るい、群衆を解散させようとする。踊りに興じていた人々がうわぁっと驚いたように声を上げる。
「ウーニ教の僧侶だ!」
「無粋な奴らだ!」
 一気に場が混乱し、手袋をしたアリアの手を掴んでいた子供が彼女の手をグイと引っ張る。
「お姉さん、逃げよう!」
 だがその拍子にアリアの手袋が外れ、爬虫類を思わせる鱗がびっしりと生えた彼女の手が露わになる。それを見た瞬間、子供が引きつった声を上げた。
「い、異形の印だ……」
 アリアがとっさに手を隠すが、子供の声が周囲に伝播して、周りにいた人々も動揺し、僧侶たちも一緒になって彼女を取り囲んだ。
「あの楽師が異形の者!?」
「唯一神ウーニ様に背く、罪深き者だ!」
「聖典いわく、悪魔の同類! 存在そのものが罪!」
「生かしておくな!」
「殺せーッ!」
 手を掴まれて、もう片方の手袋が無理やりに外される。そうして詰め寄る人々の殺気立った眼差しにアリアは後ずさり、担いだトロンボーンに触れながら苦い顔をする。そんな彼女の脳裏に浮かぶのは、今際の際の両親の姿とその言葉。致命傷を負いながらも微笑んで、確かに「生きて」と言ってアリアを逃がしたのだ。
(あまり使いたくない手段だけど……父さんと母さんとの約束だから!)
 戸惑いながらも覚悟を決めた顔で肩に担いだ金管楽器……7匹の竜の頭のトロンボーンを吹いた。奏でられるその短いメロディの名は「テーマフレーズ:竜の火炎」。軽快な音が響くのと同時に、トロンボーンの竜の口から勢いよく火が吐き出された。その火勢に群衆がうわぁっと悲鳴を上げて後退し、その隙を突くようにアリアは走ってその場から離脱する。
(早くこの町を出ないと)
 自分の手を見つめ、目尻にわずかに涙を浮かべたアリアは裏路地に飛び込む。それを追いかける僧侶集団がすかさず裏路地に大挙してくるので、ぎょっとする裏路地の荒くれ者たち。だが僧侶たちの「捕まえろ!」「異形の印を持っている!」の声を聞くと、荒くれ者たちは彼女を避けようとしたり、捕まえようとする。そのたびにアリアはトロンボーンから火を吹き、辛くも裏路地を抜ける。
(ちょうどいいところに……!)
 宿屋の裏手と思しき場所に繋がれていた騎乗用の巨大なダチョウのような鳥を見つけると、アリアは素早くそれにまたがる。
「ちょっと借りまーす!」
 すぐさま響く「鳥泥棒だーッ!」という悲鳴を背に、アリアを乗せた鳥は猛スピードで走り、街と外を区切る柵を飛び越え、炎天下の荒野に出る。だんだん小さくなっていく街の影と追跡者たちの姿にホッとしたのもつかの間、鳥は大きく体をゆすって鞍上のアリアを振り落とし、そのままUターンして元居た街に戻っていく。街の方から追手が来る様子はない。
 唖然として小さくなっていく騎乗用の鳥を見送ったアリアは、肩に担いでいた竜頭の金管楽器の無事を確認する。
「あいたたた。……いやー今回ばかりはマジで捕まるかと思った!」
 明るい声でそう言うとゆっくり立ち上がり、自身の頭や腰をさすった。
「でも生きてる! 楽器も無事!」
 そのまま、すぐ近くに建っている古めかしい石造りの遺跡のようなものを目指して意気揚々と歩き出す。
「今回のは完全な事故!」
 アリアが思い出すのは踊り出した往来の人々の楽しそうな顔、踊りに誘い出したあの子供の無邪気な顔。その後の恐怖と驚愕で引きつった顔。アリアの歩調は次第にトボトボと、力ないものになっていく。
「なんで私、こんな手なんだろう……」
 じっと見つめた自身の鱗の生えた手が歪んで見えて、ついにアリアは立ち止まって自身の目をぬぐう。そのまま遺跡の影になった部分に座り込んだ。
(私のこの手のせいで父さんと母さんは殺された……)
 アリアがため息をついてウーニ教の印が書き込まれた遺跡の石壁にもたれかかると、それに反応したようにガコン、と大きな音を立てて壁の一部が大きくへこむ。支えを失ったアリアの身体は当然後ろに倒れこむ。
「えッ、えッ、あわーーーッ!」
 その先は下り坂。彼女は悲鳴を上げながらそのまま身体をあちこちにぶつけながら坂道を転がり落ちていく。ようやくそれが止まったかと思うと、坂道の向こうでガコン、と音を立てて入口が閉ざされた。
「あで、あた、あたたた……。もう、今日の私こんなのばっかり!」
 アリアはヤケクソ気味に叫んで体を起こす。周囲はうすぼんやりと明るく、彼女の視線の先には実験室の残骸のような光景が広がっている。だがその場を探索するよりも前に、肩に担いでいた竜頭の楽器を確認する。大きな金管楽器は傷一つない。
「この楽器が異様に頑丈なのは分かってるけど……」
 首をひねりながら、確認、とアリアは竜頭の楽器を短いメロディーを吹き鳴らす。
「良かった! ちゃんと鳴った」
 見事な音が響き渡り、彼女がホッとしたのもつかの間。背後から、あくびに続いて声がした。
「……嗚呼、良い音だ」
 低い、男の声だった。ビクリと肩を震わせたアリアが振り返ると、ぐったりと壁にもたれかかるような姿で一人の男が座っていた。座っているだけで大柄と分かるような体格で、伸びすぎた癖のある髪が目元を覆っているせいで年齢は分かりづらい。ただ、声の具合からして青年だろう。アリアは驚きながらも彼の方に向き直り、背後に自分の両手を隠して弁明をする。手袋はあの街で片方を落としてしまった。
「ごめんなさい、起こすつもりはなくて! 怪しい者ではありません、私はしがない旅の楽師アリア。申し訳ない、住人のかた。すぐに出て行くので」
「や、俺もここの住人じゃない。……多分」
「多分?」
「……なんで自分がここで寝てたのか覚えてない」
「……記憶喪失ってこと?」
 戸惑いながらアリアが問うと、青年はどこを見ているのか分からない顔で「うん」と曖昧に返事する。そしてグゥと彼の腹の虫が鳴いた。キョトン、としたアリアは背負っていた荷物を下ろしてバー状の何かを取り出して半分に割る。
「お腹が空いてるならあなたも食べる? 携行食料だけど」
「ありがとう」
 表情は分からないものの、軽やかな声で礼を言った青年に、アリアは鱗のある手に割った携行食料の半分を持って差し出す。青年がそれを受け取ると、彼女は素早く手を引っ込めた。だが別段それを気にした様子も無く、青年はマイペースな調子で携行食料をかじりながら、アリアの担ぐ竜頭の金管楽器を指さして彼女に問うた。
「さっきの演奏は君? 楽器はソレ?」
「あ、うん……」
 アリアは携行食料をかじりながら、戸惑いつつも首を盾に振る。すると、青年は淡々とした調子で言った。
「記憶喪失って言ったけど、覚えていることが4つある」
「4つ?」
「1つ、俺の名はドラーク。2つ、俺は『武器』。3つ、『武器』が目覚めるのにも戦うのにも相棒『奏者』の演奏が必要。4つ、『武器』は不老不死」
 ドラークと名乗った男の言葉に、アリアは頭に「?」を浮かべ、首をかしげる。
(この人、何言ってるの……?)
 けれどそんな彼女はそっちのけで、ドラークと名乗る男は言う
「ここで眠っていた俺を起こしたってことは、君が俺の『奏者』だ」
 アリアは90度に首をかしげて「そうかもね……?」と釈然としない顔であいづちをうつ。確かに話の筋は通っているが「奏者」だの不老不死だの、信じられないしよく分からない。不意にドラークが尋ねた。
「旅の楽師と言っていたな、目的地はあるのか?」
 問われて、アリアは幾分か戸惑いながらも答えた。
「……ここから西に行ったところにあるらしい、シエンナって場所。生きてそこに行くのが約束なの」
「約束?」
「死んだ両親との最期の約束よ。果たさないなんて選択肢はないわ」
 そう答えた、迷いなく気高いアリアの横顔を見つめて、至って穏やかな顔でドラークが呟く。
「両親か、良いな。俺にはそういうものが無いから」
 少し羨ましい、と言ったドラークは勝手に話を進める。
「じゃ、武器である俺は奏者である君について行くぞ」
「そんな勝手に……!」
「記憶喪失のせいで自分の素性も分からないから、行くアテも無い」
 それを言われると、アリアは文句を言いきれずグッと黙り込み、取ってつけたように自身の鱗のある手をドラークに見せた。
「こんな手の奴と一緒にいたら苦労するよ」
 アリアがその手を胸元で拳に握り、悲しみと悔しさを顔に表わす。
 ドラークが何か言おうと口を開くが、それを遮るように、突然ガコンと音がして件の坂道の先にある入口が開いた。
「いたぞ、異形の娘だ!」
 声と共にウーニ教の僧兵の一団がなだれ込んできた。さらに出口を封鎖するように、俊足を誇る高速イグアナに乗った聖堂会直属の騎士たちがずらりと並んでいる。遺跡内に入った僧兵たちはアリアに詰め寄り、鱗に覆われた彼女の手を荒っぽく掴み上げた。
「確かにある、異形の印!」
「生まれながらに罪深い者、その証!」
「殺せ!」
 構えられた武器が異端者たるアリアに向けて勢いよく突きつけられる。間違いなく、それは致命の一撃。
(まずい、死……!) 
 だが次の瞬間、琥珀色の瞳に静かに怒りをみなぎらせたドラークが、アリアの手を掴み上げる僧兵を蹴り飛ばし、彼女を解放する。だが喜びもつかの間。
「異形の者を庇う奴もまた罪深い!」
 僧兵の声と共に、ドラークの身体を数本の槍が勢いよく貫いた。流れ出す血が槍を伝って落ちる。只人なら死は免れないだろう。
「ッ!!」
 その様を正面から目の当たりにしてアリアは息をのみ、憤りに近い表情を浮かべる。ドラークはその彼女の手をそっと握った。
「この手が異形の印だと? この手は、素性の知れない者に食料を分ける勇気と慈悲の手」
 ゆっくりとアリアの瞳が丸くなって、輝きを帯びる。ドラークが自身を貫く槍を片手でへし折って抜くと、胴に穿たれた穴が塞がっていく。
「身体を貫かれて死なないなんて……」
「悪魔だ! 聖典に語られる悪魔だ!」
「ウーニ神に背く、罪深き者!」
 僧侶たちの引きつった声を聴きながら、武器を自称するドラークは確信めいた口ぶりで囁くように言った。
「……アリア、奏でてくれ、その竜頭の金管を」
「え」
「君がそれを奏でさえすれば、武器たる俺は君を連れてこの包囲網を突破できる」 
 ドラークの顔も顔も真剣そのものだった。その言葉で、アリアの脳裏によみがえるのはやっぱり今際の際の両親が彼女に放った言葉だった。
「今のうちにあなただけでも早く! 生きて、アリア!」
「シエンナへ行くんだよ、アリア。そして必ず生きるんだ……!」
 燃え落ちる旅のキャンプ、物々しい甲冑と刃物の音、強烈な血の匂い。忘れもしない両親の最期。生きて、シエンナへ行く。それが両親との最後の約束だ。
 アリアは覚悟を決めた顔でキッとドラークの瞳を見つめる。陰になった顔の中、双方の4つの琥珀色の瞳はピカピカを光を放っているように見えた。
 アリアの鱗の生えた手が竜頭の金管楽器を抱えなおし、誇らかな音色が響き渡る。今まで一度も吹いたことのない、聞いたことも無いはずのその短いメロディを、しかし彼女は確かに知っていた。
(知らないはずなのに知ってる、このメロディ……)
 響き渡るメロディは、さながら翼を広げた竜の勇壮さ。その音に導かれるようにして、ドラークに変化があった。彼の長い前髪の合間からその琥珀色の瞳が鋭い光を上げた。
 ドラークの前に巨大な縦長の盾が現れた。その大きさと言えば1.5mはあるだろう。しかし何よりも目を引くのは盾の上下に付いた刺突用の鋭い刃である。さらに、彼の右手を異様なほどに巨大な籠手が覆った。まるで右腕だけが膨張し巨大化したかのように見える、巨大で分厚い籠手である。
 巨体のドラークが左手一本で大盾を片手で軽々と掴んで持ち上げて構えたのと、僧兵たちが構えた武器で斬りかかったのは同時だった。ガツン、と派手な音ですべての攻撃を防いだ。巨大な籠手に覆われた右腕が拳を握って盾の影から飛び出して、僧兵たちを吹き飛ばした。
 アリアが目を丸くするが、よく見ればドラークの脚や右腕は僅かに、けれど確かに震えている。顔を見上げれば脂汗を滲ませている。だがアリアが何かを言うよりも前にドラークは右腕でひょいとアリアを抱え上げた。
「悪い、抱えるぞ。黙ってしっかり掴まってろ!」
 アリアが目を白黒させる。そして抱き上げられているからこそよく分かる、ドラークは確かに震えている。興奮や疲労からではない、恐怖からだ。だが彼女が何かを言う暇もない。ドラークは左手の大盾を正面に構えると、そのまま騎馬隊の待ち構える出口へと真っ直ぐに走り出す。その速さといえば、出口を塞ごうとしていた騎士たちがボーリングピンのように吹き飛ばされるほどである。
「ここは通さ……ぶへッ!」
 ドラークと彼の抱えたアリアが遺跡を出て、悠々と太陽の下に姿を現す。ドラークの構える盾の上下についた刃物が太陽を反射してギラリと光り、先ほどの彼の一撃のすさまじさを見ていた騎士たちが戸惑いを見せる。
「貴様ら、なにを戸惑っている! 異形の者と悪魔を狩ることこそウーニ聖騎士団の誉れであるぞ!」
 だが勇敢な騎士が現れて、刺突槍をアリアめがけて勢い良く振り下ろした。
「ッ、させるか!」
 ドラークが吠え、盾を持ち上げる。巨大な盾の湾曲したシルエットで槍の穂先を受け流してはじくと、騎士が僅かに後退した。その瞬間をアリアは見逃さない。キッと騎士をにらみつけると肩に担いだ楽器に息を吹き込み、ぷわぁっ、という「竜の火炎」のフレーズと共に楽器の竜頭から勢いよく炎を吐き出して騎士をけん制した。突然の炎と熱気に高速イグアナたちが興奮し、派手に暴れて騎手を振り落とす。
「すごいな、火ィ吹くのか、その楽器!」
 ドラークが興奮気味に言いながら、武装を解除して鞍が空になった手近のイグアナを2頭引き寄せる。
「私、赤ん坊の頃にこの楽器と一緒に捨てられてたんですって。両親はそんな私を拾って育ててくれたの」
 カラリとした声で何でもないことのように言いながらアリアはイグアナにまたがり、拍車をかけて荒野を走り出し、ドラークもそれに続く。追え、追え、という声が背後から聞こえてくるが、2人を追いかけるにはまだ時間がかかりそうだった。
「ほんと、どうしてこんな手に生まれてきたのかな」
 手綱を握る、鱗に覆われた自身の手を見つめると、アリアはうつむき涙をこらえているように見えて、ドラークが「アリア」と心配そうに彼女の名を呼ぶ。けれど彼女は朗らかな笑みを浮かべて見せて、ドラークに明るい声で礼を言った。
「助けてくれてありがとう。戦ってた時、震えてるみたいだったけど、大丈夫?」
「こ、怖かった……」
 返事は恥も外聞も無かった。アリアが「へ」と間抜けな返事をしたのも無理ないことだ。
「すげー怖かった!」
「そこは嘘でも大丈夫って言うところじゃないの?!」
「全然大丈夫じゃない! 不老不死とかそういうのは関係なく、戦うのはフツーに怖い! ……それに、人が死ぬところは見たくない」
 見栄を張ることも無く臆面も無くそう言い切り、長い前髪に隠れがちな目に僅かに涙を称えて泣きそうな顔をしているドラークのことばに、アリアは苦笑してから柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう。ほんとに私に付いてくるつもり?」
「行くアテも無いし、武器は奏者の傍にいてこそ力が発揮できる」
 その言葉に偽りはない。あの盾と籠手がその証拠だ。だからアリアはそれ以上言わない。それに、両親と生き別れてからの3年間、一人旅で色々な苦労をしたのは事実だ。
 ふとアリアが元いた街の方から来たらしい商人のキャラバンが近付いて、アリアはマントの下に両手を隠して、彼らとすれ違う。ロバや馬に乗った商人たちは「命からがら逃げだした」とでも言いたげな様子で言った。
「いやぁ焦った。俺は血を見るのが大嫌いなんだ」
「異形の疑いがかかったあのお嬢さん、処刑されちまうんでしょうね」
 そんな会話が聞こえてきて、アリアは怒りと困惑の混ざった顔で「失礼!」と商人たちを呼びとめた。
「あの街で何かあったの?」
 商人たちはぎこちなく首を縦に振る。
「あの街に異形の楽師がいたが、見つからないとかで大混乱よ」
「そしたらその異形っぽい奴が見つかったから、疑わしきは罰せよ、とか何とかで処刑するって」
 アリアの顔が真っ青になった。「ありがとう!」と言って高速イグアナに拍車をかけ、処刑の準備が行われているという元居た街に戻る。
 街の中心部、聖堂前広場に続く道は人でごった返して騒がしい。アリアは両手に布を巻いて隠し、肩に担いだ竜頭の楽器にはマントを被せて隠し、人ごみをかき分けて広場を望む最前列に近づいて、その様子を伺おうとする。広場の中央には大きな台が組まれ、その上でアリアによく似た年恰好の黒髪の乙女が拘束されてうなだれている。その手は赤っぽく、恰好からして確かに彼女もまた旅の楽師らしい。
 後ろからドラークが追いかけてきてアリアの手首をつかみ小声で、けれど鋭い調子で彼女を責めた。
「どうするつもりだ!」
「わかんない、けど止める!」
 真正面から言い切ったアリアの剣幕に、ドラークが顔をしかめる。
「死ぬつもりか! 両親と約束したんだろう、生きてシエンナに行くと」
「ッ……!」
 それを言われると、アリアは反論の言葉を失ってしまう。
 その時だった、聖堂のてっぺんに釣り下がった鐘がカランカランと鳴った。それを合図に広場の中央に巨大な斧を持った首切り役人が現れ、広場の観衆がざわつく。
「これより、異形の楽師の処刑を行う!」
 比較的年若い聖職者が宣言する。途端に「異形の楽師」に仕立て上げられた処刑台の上の乙女が泣きながら声を上げた。
「この手はただの火傷痕です! 信じてください、お願いします!」
 だが聖職者は冷徹だった。
「我ら聖堂会は悪魔とその同類たる異形の者、それと思しき者、それを庇う者、それにくみする者を許しはしない」
 聖職者が腕を上げる。場が一気に緊張し、首切り役人が斧を振り上げる。次の瞬間、どよめきが広がった。巨躯の男が群衆を掻き割って、広場中央に躍り出たからだ。
(ドラーク!)
 その行動の早さとその内容に、アリアは目を見張る。ドラークの行動は無謀、蛮勇、そう表現すべきだろう。この大陸を統べるものがあるとすれば、それは政治でなく、王でなく、金ですらなく、ウーニ教に他ならない。それに逆らうのがどれほどのことであるか。
 広場中央に登場した乱入者を、警備の僧兵が槍で突き刺す。だが不老不死のドラークはそれに構わず、火傷痕の手の楽師を拘束する処刑台の木製の拘束具を素手で破壊してみせた。その様子に僧兵も、処刑を取り仕切る若い僧侶も観衆もぎょっとするが、冷静なのは甲冑姿の首切り役人だった。
「異形の者も悪魔も殺す。それが経典に示されたウーニ神の望み」
 甲冑の奥から鈍い声を響かせて、冤罪で捕まった乙女をめがけて斧を振り上げる。ドラークが振り下ろされる斧の柄を掴んでそれを止め、琥珀色の瞳を震わせて、その場にいる宗教者たちを睨みつけて吠えた。
「なぜ、そう生まれついただけで蔑まれなければならない! そんな理不尽なものが神であってたまるか!」
 自分の背に冤罪で捕まった楽師の乙女を庇いながら、ドラークは周囲を囲い始めた僧兵を相手に戦闘の構えを取る。それを見つめて、アリアは悔しそうな顔をする。
(戦うのが怖いって震えてたのになんて無茶を! それに、あんな大勢に囲まれたらあのを庇いきれない!)
 ドラークは言っていた。「目の前で人が死ぬのは見たくない」と。多分、その気持ちに従ったのだ。そのためなら怖いことにも立ち向かう。例え、恐怖で身体が震えたとしても。
 アリアは唇をかみしめ、キッと顔を上げた。その瞳から鋭い光が放たれる。
(そもそも私はこんなところで何をやってるのよ! あのがあんな目に合ってるのも元々私のせいじゃない!)
 アリアは肩に担いだ竜頭の金管楽器に巻き付けていたマントをほどき、群衆を割って広場に一歩足を踏み出す。
(確かに、生きてシエンナに行くことが父さんと母さんとの約束。二人は私を生かすために命を懸けた。でも、だからこそ、私の生き様は父さんと母さんに誇れるものでありたい! 命を懸けて生かしてよかったと思ってもらえる生き方をするんだ!)
 アリアは周囲のざわめきを受けながら広場中央の処刑台の方に堂々と歩みながら自身の手を隠すために巻き付けていた布を外し、左手を掲げた。その立ち姿と気迫に、僧兵たちが怯んで立ち尽くす。群衆がいっそうざわめく。首切り役人ですら手を止め、アリアの方を見た。広場にアリアの良く通る声が響いた。
「異形の印はここだ! これこそはウーニ神の経典に語られる異形の印、悪魔の同類の者! 先にこの町に現れたという異形の楽師は私だ! そこの娘は全くの無関係。そもそもただの火傷痕か異形の印かも見分けがつかないとは、ウーニ神の僕は随分人手不足のようだ。医者の一人もいないとは!」
 アリアの露骨な煽りにこの場を取り仕切っていた若い聖職者が顔を真っ赤にしてしていきり立つ。一方、壇上のドラークは心底から微笑んでアリアを見つめる。
「……嗚呼、良い音だ」
 次の瞬間、アリアが竜頭の金管楽器を吹いた。あの、竜が翼を広げるような勇壮なフレーズが響く。盾を手にしたドラークとアリア、2人の確信に満ちた互いの眼差しがぶつかり合ったとたん、アリアの耳の奥にまた新しいフレーズが聞こえだす。半ば本能的な動きで、奏者は短く華々しいフレーズを吹き上げた。あの首切り役人を殴りつけていたドラークの盾の下についていた刃が、そのまま首切り役人の甲冑を壊す勢いで発射された。いわばパイルバンカーである。
 派手な音で首切り役人が倒れると、ドラークは右腕でアリアを抱え上げ、彼女もまた2メートルを軽く超えるドラークの巨体にしがみ付く。
 そこに立派な僧服を着た年老いた僧侶が現れ、火傷の手の楽師をその場から保護し、この場を取り仕切っていた若い聖職者を叱りつけた。
「軽率だぞ、ウーニ神の御名を傷つけるつもりか! 遠征隊を出せ、異形の者と悪魔を捕らえよ!」
 そんなやりとりをよそに、火傷痕の楽師はアリアたちに駆け寄ってその手を握り、深々と頭を下げた。顔を上げた乙女と微笑みを交わした二人は兵士たちの包囲網を突破し、高速イグアナにまたがって陽の照り付ける荒野へと走り出し、互いの顔を見て笑みを浮かべた。
「ドラーク、行こう!」
「ああ!」


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