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#125 教師は盾なのか~安全教育における「命を守る力」~

先日、勤務校で不審者対応訓練が行われました。
学校では毎年行われる大切な安全教育の一つです。

訓練後に、ある記事を読みました。

「ちからの種|教育サポート」さんの
『さすまたを持たされた教員に何が求められているのか』

この記事を読みながら、私自身も改めて考えさせられました。学校では不審者対応訓練になると、さすまたの使い方を学びます。

もちろん、子どもたちの命を守るためです。


ですが、記事にもあるように、教員は警察官でも警備員でもありません。それでも、もし本当に危険な状況や不測の事態が発生した場合、最初に子どもたちの前に立つのはわたしたち教師です。

先日、都心の小学校で火災が発生したというニュースがありましたが、子どもたちも先生方も、そして保護者の皆さんもどれほどの恐怖と不安が襲っていたことかと思います。

このような時、教師は「怖い」という恐怖を一瞬で捨て、不測の事態に立ち向かわなければなりません。

子どもの命を守ることは教師の大切な役目です。教師としてだけでなく、親としてももちろん同じです。これは決して忘れてはなりません。もちろん、その覚悟が私にもあります。

ですが、同時に忘れてはいけないことがあります。

それは、教師もまた守られるべき命であるということです。

教師にも家族がいます。
帰りを待つ人がいます。
そして何より、教師も一人の大切な人間です。

私は訓練を行いながら、そして先日の勤務校での不審者訓練を振り返りながら、教師として子どもたちの命を守ることについて、別の角度からも考えていました。

それは、「命を守る力」は決して訓練の日だけに身につくものではないということです。当たり前のことですが、この当たり前がいかに重要かということをきちんと心に留めておかなければなりません。

静かに話を聞くこと。
指示を理解し、動くこと。
慌てずに行動すること。
周りを見て判断すること。

普段の学校生活で求められていることばかりです。

ですが、非常時にはそれが命を守る行動になります。

もし普段から話を聞くことが苦手であったり、自分勝手な発言や行動ばかりしていたりすると、本当に危険な場面で自分自身だけでなく周りの命も危険にさらしてしまいます

教師がどれほど子どもたちを守りたいと思っていても、教師一人の力には限界があります。

だからこそ大切なのは、「守られるだけの子ども」を育てることではなく、「自分でも命を守れる子ども」を育てることなのだと思います。

学校安全とは、さすまたを上手に扱えることではありません。
避難経路を覚えることだけでもありません。

日頃から人の話を聞き、自分の行動が周りに与える影響を考え、いざという時に命を守る行動ができること。

その力を育てることこそ、安全教育の本質ではないでしょうか。

教師は子どもたちを守りたいと思っています。だからこそ、子どもたちにも自分の命を守る力を身につけてほしい。そして、自分の行動が周りの命を守ることにつながることを知ってほしい

学校で守られるべきなのは、子どもたちの命だけではありません。学校安全教育の観点だけでなく、さまざまな場面において教師は誰かの盾となり、戦っている現実があります。

教師の命もまた、大切にされるべき命です。
教師が犠牲になることを前提としてはいけない。
ここを絶対に忘れてはならないと思っています。そして、これについても皆が考えてほしい、と一人の人間として感じています。

子どもも教師も、お互いの命を大切にできる学校。
それは訓練や特別な日に培われるものではないのです。

そんな学校でありたいと、今回の訓練と記事を通して改めて感じました。

※今回の記事は、ちからの種|教育サポートさんの『さすまたを持たされた教員に何が求められているのか』を読んで考えたことをまとめました。ちからの種|教育サポートさん、考えや思いを深めてくださる記事をありがとうございました。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。

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