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寺が「お金を貸していた」話① ― 江戸で“借金整理”が始まった ―(しかも相手は武家だった)  天保末期(1840年代前半) #72 

前回までは高利貸しについてご紹介してきました

が、

― 江戸の金融は、意外なところにあった ―

江戸時代、寺は祈る場所だった。
……だけではありません。

実は、お金を貸す側でもありました。

しかもその相手は、町人だけではない。
武家や有力層にまで及んでいた可能性があります。

そして問題は、その先に起きます。

――貸した金が、返ってこない。

今回から紹介する史料は、
そんな“貸付金の処理”をめぐって、幕府内部で議論された記録です。


■ 幕府が動いた「貸付金問題」

まずは、史料の冒頭を見てみます。

宮門跡方其外貸附金取計方之儀ニ付評議 

現代語訳 
「門跡寺院などの貸付金をどう扱うかについての検討」

『諸色調類集 32巻』第6巻,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2548842/1/85 (参照 2026-05-09)


ここで出てくるのは、「宮門跡方」。
つまり、皇族・門跡クラスの寺院です。

その貸付金について、「取計方」――
どう処理するかを、幕府がわざわざ評議している。

これはつまり、

👉 放置できない問題になっていた

ということです。


■ 「寺が貸す」という構造

ここで少し立ち止まって考えてみます。

なぜ寺が、お金を貸すのか。

現代の感覚だと、
寺院=宗教施設であって、金融とは距離があるように思えます。

しかし江戸時代の寺院は、

  • 領地(知行)を持ち

  • 寄附や修理料を受け取り

  • それを運用する

という、ひとつの経済主体でもありました。

その運用のひとつが、「貸付」です。

つまり、

👉 寺院は“資金の供給者”でもあった

ということになります。


■ では、何が問題だったのか

問題はシンプルです。

貸した金が、きちんと回収できるのか。

ただし今回のケースは、
単なる貸し倒れの話ではありません。

貸す人が――

  • 宮門跡

  • 有力寺院

  • 各地の宗教勢力

といった、借入人が困っているからと言っても、簡単に借金の先延ばしなどを強制できない存在だった。

ここに、この問題の難しさがあります。


■ 幕府は「整理」に乗り出す

この史料が書かれた背景には、
金銀の流通や貸借関係を整理しようとする動きがあります(まだ勉強中ですが、裁判制度や債権者保護などについての動向が関係していると思われます)

しかし、ここで問題になるのが、

  • 寺社の貸付はどう扱うのか

  • 通常の貸金と同じでいいのか

という点でした。


■ このシリーズで見るもの

この史料を読み進めると、

  • 寺社による貸付の広がり

  • 幕府の「一律処理」の方針

  • それに対する例外の主張

  • そして最終的な判断

が、かなり具体的に見えてきます。

つまりこれは、

👉 江戸の金融制度が、どこまで“平等”だったのか

を考える材料でもあります。


■ 次回予告

では実際に、どのくらいの範囲で貸付が行われていたのか。

次回は、史料に並ぶ寺院・門跡の名前を手がかりに、
その“広がり”を見ていきます

参考資料

画像から読み解きをサポートしてくれるツール 
「ふみのは」


例文が豊富です。典型的な言い回しに慣れるには良いと思います


最初の頃は不要ですが、解読に慣れてきたら辞書が必要です。まだ辞書の力をいかせていない気がします・・

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