手が届きそうで届かない存在はなぜ、神格化されるのか
あと少しで届きそう。
でも、完全には手に入らないーー。
この“曖昧な距離”が、恋をいちばん強くする。
人の脳は、未完成のものを放っておけない。
結末が見えないほど考え続け、
空白があるほど、都合よく補完する。
情報が少ない相手ほど、理想で塗り固めてしまう。
会えない時間は美化され、
優しい一言は、何倍にも拡大される。
こうして相手は、現実の人間から、
「物語の中の存在」
へと変わっていく。
届かないからこそ価値がある。
不確かだからこそ意味がある。
でもそこには、ひとつ危うさがある。
神格化された相手は、現実の姿を見えなくする。
都合の悪い部分は見落とし、
自分が傷つく可能性さえ、物語の中に溶かしてしまう。
恋が苦しいのは、距離のせいではない。
理想と現実の境目が、曖昧になるからだ。
手が届きそうで届かない存在は、美しい。
けれどー
その美しさは、ときに現実を歪ませる。
恋は、距離で燃え、
近づいた瞬間に試されるのかもしれない…
