宇宙は最悪のブラック環境!衛星を襲う「放射線」と「脱ガス」の恐怖
前回は、人工衛星の中身を「人間の体」や「車」に例えてパカッと解剖してみました。
宇宙には医者も修理屋も呼べないからこそ「自律的に生き残る仕組み」が必要となります。
では、そもそも人工衛星たちが戦っている「宇宙」とは、一体どんな場所なのでしょうか?
満天の星空、美しい地球、静寂な空間……。
そんなロマンチックなイメージを持つ方も多いかもしれません。
ただ、僕たち宇宙エンジニアから言わせれば、宇宙はロマンの欠片もありません。
精密機械にとっては「人類史上最悪のブラック環境」です。
今回は、衛星を襲う宇宙の恐怖と、それに立ち向かう技術者の苦悩をお話しします。
恐怖その1:脳みそを狂わせる見えない弾丸「放射線」
宇宙がブラック職場である最大の理由は、宇宙空間をビュンビュンと飛び交っている「放射線(宇宙線)」です。
地球の上は、分厚い大気と磁場がバリアになって守ってくれていますが、宇宙空間はむき出しです。
この放射線は、人工衛星の頑丈なアルミの壁なんて軽々と突き抜けて、内部の電子基板(脳みそ)に直接ヒットします。
顕微鏡でしか見えないレベルの超微細な半導体の回路に放射線が当たると、信じられないことが起こります。
内部のデータの「0」という数字が、電気的なショックで勝手に「1」に書き換わってしまうのです。
これを「ビット反転(シングルイベントアップセット)」と言います。
プログラムの数字が勝手に書き換わるわけですから、当然、衛星の脳は大パニックです。
突然おかしな方向に大暴走したり、気絶して通信が途絶えたりしかねません。
前回の記事で「放射線で脳が壊れても自律的に生き残る設計」と書きましたが、それはこの目に見えない弾丸が毎日、雨のように衛星に降り注いでいるからなのです。
恐怖その2:地上では無害なプラスチックが牙をむく「脱ガス」
次に気を付けるべきなのが、空気が一切ない「真空」であることです。
「空気がなければ、サビることもないし楽なんじゃない?」と思うかもしれません。
しかし、空気の圧力がゼロになると、物質のなかに閉じ込められていた成分が、外に飛び出てきてしまいます。
これを宇宙業界では「脱ガス(アウトガス)」と呼びます。
身近な例で言うなら、買ったばかりの新車の匂いや、瞬間接着剤の独特な臭いです。
あの匂いの原因物質が、宇宙の真空空間では、ものすごい勢いで吹き出してくるイメージです。
これがなぜ恐怖なのか。吹き出したガスは、宇宙の極寒のなかで冷やされ、近くにあるものに「結露」としてベッタリとこびりつきます。
もし、そのガスの結露先が、「超高性能カメラのレンズ」であったらどうなるでしょうか?
レンズは一瞬で真っ白に曇り、衛星のミッション(存在意義)である地上を撮影することができなくなります。
一発で数百億円の衛星がゴミになる、エンジニアが最も恐れる現象のひとつです。
だからこそ、宇宙に持っていく部品は、あらかじめ真空の釜に入れてガスをすべて抜ききったり、ガスが出にくい特殊な宇宙用素材(接着剤ひとつとっても超高額です)を選び、さらに試験で問題がないことを確認して使用しています。
恐怖その3:宇宙は暑くて寒い?極端な矛盾を生み出す「真空」
さらに、「真空」であることで気を付けるべきことがもう一つあります。
それが、「熱」です。
前回お話ししたとおり、宇宙空間は「暑くて寒い」という矛盾を抱えています。
さらにそこに「真空」であることが加わると、環境の厳しさが一層増します。
なぜかというと、地球上の電子機器は発する熱の冷却に「空気があること」が大前提だからです。
熱い食べ物にフーフーと息を吹きかけて冷ますのも、熱くなったパソコンがファンを回して空気の流れを作るのも、どれも「空気を当てて熱を奪って冷やしている」のです。
空気がない宇宙は、さながら「巨大な魔法ビン」の中に閉じ込められているようなもの。熱が外にまったく逃げない、超強力な断熱環境なのです。
放っておけば、人工衛星は自分自身が出す熱によって、文字通りオーバーヒートして壊れてしまいます。
では、空気がない真空ではどうしているか?というと、「熱を放射して冷ましている」ことになります。
これは、熱い物(熱したフライパンなど)に手をかざすと熱く感じるのと同じ原理です。
熱いものはその熱を頑張って放射して冷めようとしますが、ご想像の通り空気を当てるよりもすごく非効率です。
そのため、内部の電子機器ができるだけ効率よく熱を衛星全体に伝搬できるように設計したり、衛星全体の熱が効率よく放射できるように設計したり、
一方で冷えすぎないようにヒーターで温めたり、という工夫を凝らして衛星が熱くなりすぎないように、冷めすぎないように細心の注意を払って設計・制御しています。
だから僕たちは、地上で「これでもか」とイジメ抜く
太陽が当たれば120℃の灼熱、影に入ればマイナス180℃の極寒。
容赦なく電子機器を破壊しにくる放射線。
レンズを曇らせる脱ガスの罠。
そして、そもそも打ち上げ時のロケットの「凄まじい振動と爆音」。
こんな最悪の環境へ、精密機器の塊である人工衛星を送り出すわけです。
しかも「修理は絶対に不可能」という条件付きで。
エンジニアとして、あなたならどうしますか?
答えはひとつしかありません。
「宇宙に行く前に、地上で宇宙より過酷な環境を作って、これでもかとイジメ抜く」のです。
これが完成した衛星を待っている「環境試験」の目的です。
巨大なビル(試験棟)の中に、衛星を丸ごと閉じ込める「巨大な真空釜(熱真空チャンバー)」があります。
そこを宇宙に近い真空にし、周囲の壁をマイナス180℃に冷やしながら、超強力なヒーターで太陽を再現して人工衛星をジリジリと炙り熱試験を行いす。
さらに、ロケットの打ち上げに耐えられるか試すために、これまた「超巨大な音響室」に衛星を入れ、実際に周囲からロケット発射時と同様の爆音量を流し、激しい揺れと衝撃を再現する試験(振動試験)を行います。
もちろん、ただ闇雲に痛めつければいいわけではありません。本番前に衛星を壊してしまっては元も子もないからです。
だからこそ僕たちは、実際の宇宙で経験する最悪の環境を、入念に検討して設計に反映しています。
そして、試験による負荷と、宇宙に行ってからの運用期間のすべてを足し算しても、衛星の寿命や「許容範囲」を絶対に超えない――。
その安全は確実に確保したうえで、衛星が宇宙空間に耐えらえるか、「安全かつ徹底的なイジメ(試験)」を仕掛けているのです。
何か月もかけて行われるいくつもの試験をクリアするたびに、衛星は本物の「宇宙機」へと脱皮していきます。
地味で、泥臭くて、プレッシャーで胃が痛くなるような毎日の連続ですが、この徹底的な「いじめ(試験)」があるからこそ、人工衛星は過酷な宇宙で何年も何年も輝き続けることができるのです。
ここまで4回にわたって、人工衛星のビジネスモデル、中身の仕組み、そして宇宙の過酷な環境と、設計の舞台裏をお話ししてきました。
いわば「人工衛星とは」の基本を、実際に衛星を作っている側からお届けしました。
ここからは、さらに一歩ディープな世界へ進みたいと思います。
次回からは、教科書には絶対に載っていない、実務をくぐり抜けてきた人だけが知る「運用の深淵・舞台裏」をお届けします。
最初となる次回は、衛星の打ち上げ直後かつ命運を分ける最大の山場、人工衛星打ち上げ後の初期運用のお話です。
また、今回取り上げた厳しい宇宙環境のうち、「放射線」についての解説や、具体的に衛星としてどのような対策・設計をしているのか、そしてこの「放射線」が今後の宇宙ビジネスに与える影響についてディープダイブしてみています。こちらも是非どうぞ!
(本投稿は、画像や文の一部に生成AIを使用しています。)
