擒賊擒王は「リーダーを倒す計略」ではない──意思決定の中心を支配する計略である
人はすべてを自分で判断できない
三十六計第十八計「擒賊擒王(きんぞくきんおう)」は、
「賊を討つなら、まず頭領を討て」
と説明されることが多い。
もちろん、それも間違いではない。
しかし、本当に重要なのは、
なぜ集団は一人を失うだけで機能しなくなるのか
という点である。
意思決定は中心へ集約される
人間の認知資源には限りがある。
すべての情報を集め、
毎回自分で判断することは現実的ではない。
そこで人は、
無意識のうちに
意思決定を誰かへ委ねる。
専門家。
上司。
リーダー。
経験者。
その人の判断を利用することで、
自分で考える負担を減らしているのである。
つまり、
人が従っているのは権威ではない。
認知コストを下げるための意思決定の委譲なのである。
擒賊擒王は意思決定の中心を狙う
擒賊擒王とは、
リーダーを倒す計略ではない。
意思決定が集約されている中心を支配・排除する計略
なのである。
集団が一人に判断を委ねているなら、
その人物が機能しなくなった瞬間、
全員が再び自分で判断しなければならなくなる。
すると、
認知コストは一気に増え、
意思決定は遅れ、
集団は混乱する。
攻撃しているのは人物ではない。
集団の認知構造なのである。
「王」は肩書きではない
重要なのは、
王という肩書きではない。
意思決定のボトルネックである。
社長が広告塔で、
実際には別の人物が経営判断をしているなら、
その人物こそが「王」である。
SNSでも同じだ。
有名なインフルエンサーがいても、
その露出を決めているのがアルゴリズムなら、
本当の意思決定の中心はプラットフォーム側にある。
つまり、
「王」とは地位ではなく、
その階層で最も意思決定が集中している場所なのである。
現代社会でも同じ構造がある
この原理は戦争だけではない。
企業では、
実質的な決裁者を押さえる。
政治では、
世論形成の中心を押さえる。
SNSでは、
インフルエンサーだけでなく、
推薦アルゴリズムやプラットフォームそのものが影響力を持つ。
だから、
インフルエンサーを獲得することも有効である。
しかし、
そのインフルエンサーを生み出し、
露出を決めている媒体を押さえれば、
さらに大きな集団へ影響を及ぼすことができる。
擒賊擒王とは、
より上位の意思決定の中心を見抜く計略でもある。
おわりに
擒賊擒王とは、
「リーダーを倒す計略」
ではない。
「意思決定の中心を支配する計略」
なのである。
人は権威に従っているように見える。
しかし実際には、
認知コストを減らすため、
誰かへ判断を委ねている。
そして、
その委ねられた場所が、
集団全体の行動を左右する。
擒賊擒王とは、
肩書きではなく、認知と意思決定が最も集中している場所を見抜き、そこへ働きかけることで集団全体を動かす計略なのである。
