安くない。でも、安さでは選ばなかったから。
■ この値段って、高いですか?
商品ページに価格をつけるとき、いつも少し迷う。
古着の価格ですが、5,000円なら売れるかもしれないけど、8,800円じゃクリックされないかもしれない。
でも、その服を手に取ったときに「これいいな」と思った自分がいて、タグに書く数字がそれよりずっと安いと、なんだか違和感が残る。
「高すぎじゃない?」って思われるかもしれない。
でも、安さだけでは選んでいない。
例えばこちら。
纏った雰囲気そのものが好きなのだ。
■ 価格の“根拠”は、市場だけじゃない
今、古着の価格はどんどん上がっている。
リバースウィーブが2万、デニムジャケットが3万、なんてことも珍しくない。
もちろん、タグの年代とか、希少性とか、そういう相場があるのもわかる。
でも、僕はあまりそういうルールに縛られたくないと思っている。
「市場価値」よりも、「自分の中の納得感」の方が優先だ。
この服に、この値段をつけるのは、それだけ“惚れてる”ということだから。
■ 安く仕入れたから、安く売るとは限らない
たまに「この値段ならもっと下げられるでしょ」と言われることがある。
仕入れ値が上がってるのも確かだし、店側の努力でそうできるのかもしれないのは理解してる。
でも、商品の価値って、
タグの数字だけで決まるものじゃないと思う。
店に届いたあとに洗って、干して、撮影して、整えて。
商品ページを作って、文章を書いて、背景を考えて。
その一着に“新しい空気”を与えていくことにも、時間と気持ちが込められている。
■ 価格というフィルター
在庫が増えて困るはずなのに、それでも手元に置いておきたくなるような服もある。
そういう服は、すこし高くなる。
ネット越しにはわからないんだけど「これを好きになってくれる人に届いてほしい」と思ってるからかな。
価格は、フィルターでもある。
■ 買ってくれた人が、ふと手に取ったときに
うちの古着を買ってくれた誰かが、
「ああ、やっぱりこれ好きだな」と思ってくれたら、それでいいと思っている。
その服がその人の“感性のどこか”に触れてくれたなら、その値段はきっと、意味があった。
■「高い」と感じるか、「合ってる」と感じるか。
僕は、値段を“正当化”したいわけじゃない。
ただ、「この服にはこれだけの価値があると自分は思ってます」っていう、
静かな意思表示として価格をつけている。
安くないかもしれない。
でも、そのぶんちゃんと悩んで、
ちゃんと愛着を持って、選んだ数字だ。
服の価値って、見た目の派手さじゃなくて、
手に取ったときの“心の揺れ”みたいなものだと思うから。
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