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ぱにがれ課長の苦悩|ホワイト企業で壊れた「主体性」という言葉|考え、行動し、改善せよ それぞれの意味

ホワイト企業で壊れた「主体性」という言葉

――Z世代は、上司の背中をちゃんと見ている

ホワイト企業で働いている。
幹部はバブル世代、私は氷河期世代、部下はZ世代。
その間の世代は、ほとんどいない。
失われた30年のあいだ、採用を止めていたからだ。

会議では、よくこう言われる。

「主体的に考えて、意見がほしい」
「主体的に行動して、結果を出してほしい」

私は氷河期世代だ。
この言葉を、文字通り受け取る世代でもある。
だから、主体的に動いてみた。

現場を見て課題を整理し、
仕組みを考え、再発防止策を作った。
全体が少しでも楽になるよう、形にして報告した。

返ってきた言葉は、こうだった。

「その取り組みは良いですね」
「では、その件は担当でお願いします」
「管理も含めて、全監督に周知してください」

評価はされた。同時に、仕事と責任が増えた。

誰も反対しない。
誰も止めない。
誰も一緒に背負わない。

これが、ホワイト企業における
「主体性」の扱われ方なのだと、少しずつ分かってきた。


興味深いのは、
「主体性」を求める立場にある人たち自身の働き方だ。

会議に並ぶのは、整ったパワーポイント。
だが多くは雛形があり、
数字や文言を当てはめていく形式だ。

本社組織が作った資料をベースに、
要点をなぞりながら説明する。
それ自体は、否定されるべきものではない。

ただ、現場で求められている
「主体性」とは、性質が大きく異なる。

ここで使われている主体性は、
枠の中で、正確に、無難に回す能力だ。

一方、現場で求められる主体性
氷河期ブラックで鍛えられた力は、
枠の外で起きた問題を引き受け、
正解のない判断をする力だ。

同じ言葉を使っているが、
中身はまったく違う。


さらに特徴的なのは、
評価制度への適応が非常に上手い層の存在だ。

彼らは、
主体的に動いている「ように見せる」ことが上手い。

・資料を早く整える
・前向きな言葉を選ぶ
・責任の重い論点には踏み込まない

やっていることは、
既存の枠を丁寧に埋めているに過ぎない場合も多い。

だが、それが成果として扱われる。

なぜか。
評価する側が、プロセスの中身ではなく
「整っているかどうか」を見ているからだ。

ブラックな環境で、
考え、行動し、改善しなければ
生き残れなかった人間から見ると、
ここには強い違和感が残る。

主体性とは、本来
リスクを引き受ける覚悟だったはずだからだ。


そして、その背中を
Z世代は、静かに見ている。

誰が評価され、
誰が疲弊し、
誰が消耗していくのか。

声を上げず、
感情的にもならず、
ただ事実として観察している。

Z世代が慎重なのは、
やる気がないからではない。

主体的に動いた人が
必ずしも守られていないことを、
合理的に理解しているからだ。


考えろ。
行動しろ。
改善せよ。

この言葉は、使う人の覚悟によって意味が変わる。

考えるとは、どこまで責任を持つのかを決めること。
行動するとは、失敗の可能性を引き受けること。
改善するとは、次に同じ犠牲を出さないこと。

それぞれの捉え方は、立場によって違う。

Z世代は、そのズレを見ている。
言葉と行動が一致している背中かどうかを、見ている。

主体性とは、声を上げることではない。
一人で背負うことでもない。

「ここまでは自分が引き受ける」と
言葉にできることだと思う。

どの背中についていくか。
彼らはもう、選び始めている。

対比記事です。

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700棟|現場監督|一級建築士|ぱにがれ 現場は、正解が見えにくい判断の連続です。 この記録が、どこかの現場で 「一度立ち止まる材料」になれば幸いです。 応援としてチップをいただけると、続ける力になります。