29歳シングルマザー | 戸建てを買った話
こんにちは。ichiです。
3歳息子と6歳愛犬と暮らしているシングルマザーです。
離婚、介護、看取り、墓じまい、永代供養、実家じまい、戸建て購入などいくつもの大きな出来事を1年間で経験した私が、その時何を考え、どう決断したのかを、一つずつ振り返りながら整理しています。
今回は、戸建てを購入した話です。
家を買うと決めるまで
前回までの記事で、祖母が亡くなったことをきっかけに家族のお金と向き合い、親族間売買に挑戦した話を書きました。
母の貯金が底を尽きるまで半年。
そして、親族間売買を断念した時点で5ヶ月経っていたので、「半年以内に母と同居する」という目標に対して、残り1ヶ月となっていました。
でも、幸い、すぐに動き出すことができました。
なぜなら、「親族間売買ができないパターン」も想定して、新居決めに向けての内見や母の引越し準備を並行していたからです。
では、なぜ「購入」という選択肢が出てきたのか。
家探しの条件
当時1歳の息子と4歳の愛犬、ゆくゆくは介護が必要になるかもしれない闘病中の母と、フルタイムで仕事をしていた私。
仕事をしながらでも家事育児介護が回るような環境がいい。
心身ともに負荷が少ないほうがいい。
他にも色々ありましたが、結局は「みんなが安心して暮らせる環境」を目指していました。
そのための条件は以下でした。
■MUST
・ペット可
・ピアノが置ける家
→音楽家の母からピアノを手放すという選択肢はなかった
→私自身もピアノがない生活は考えられなかった
・車が停められる家
→母の送迎に必須でした
■WANT
・エリアは地元のままが良い
→母が通っていた病院に通える範囲
・3LDK以上
→母の部屋、私の部屋、息子の部屋が確保できるように
・築年数20年以内
→耐震耐熱や設備など気にしてました
・家賃10万以内
これらをクリアする家を、最初は賃貸で探していましたがまあ〜〜〜物件のないこと。ペット可の時点でまず絞られますし、築年数30年以上の物件しか出てきません。そして2LDKですら家賃15万近くするエリアでした。
そして、こう思ったわけです。
「購入するほうが安いんじゃない?」
家賃を払い続けるより、住宅ローンを組んだ方が毎月の負担は少ないかもしれない。
また、私が個人的に目指していたのは「いつでも人を泊められる家」。
中々外出が難しくなっていた母にとっては、自分の友人に泊まってもらえたら嬉しいだろうなと。それは私にとっても安心です。
そして、息子に寂しい思いをさせないためにも。
離婚して父親がいない分、たくさんの人と交流をさせてあげたいと思っていたので、私の友人や将来の息子の友達に「いつでも泊まりにおいで」と言ってあげられる環境が理想だったのです。
・人が集まる家にしたい
・太陽の光を浴びたい
そんな母の想いを叶えるためにも、「購入」という選択肢も含めて物件を探し始めたのです。
なぜ戸建てにしたのか
価格が高すぎる新築マンション以外は全て内見しました。
その上で、マンション vs 戸建て、中古 vs 新築、それぞれのメリットやデメリット、金額面を試算して費用対効果で考えました。
■中古マンション
⭕️ ワンフロアだから母が移動する時の負担が少ない
❌ ローン返済額が少なくても、
管理費/修繕積立金/駐車場代足すと戸建てと変わらない
❌ 車までの移動が大変(母の通院時や買い物した時など)
❌ ピアノは1台(電子ピアノ)しか持っていけない
❌ 築40〜50年
■中古戸建て
⭕️ ピアノは2台(電子ピアノ+アップライト)持っていける
⭕️ 息子の保育園を変えなくて済む立地
⭕️ 費用負担は1番小さい
❌ 母の部屋からリビングorお風呂まで階段移動が必須になる
❌ 築20年でメンテナンスが必要なのですぐに入居できない
■新築戸建て
⭕️ ピアノは2台(電子ピアノ+アップライト)持っていける
⭕️ 息子の保育園を変えなくて済む立地
⭕️ 4LDKで客間を用意できる
⭕️ 車が2台停められる(旗竿地)
❌ 母の部屋からリビングまで階段移動が必須になる
❌ 費用負担は1番大きい
私は、購入すると決めても、元々一生住み続けるつもりはありませんでした。
あまり考えないようにしていましたが、母はそんなに長く生きられないかもしれない。そして、愛犬の寿命もあと10年少し。
大きくなった息子が、地方の競合高校や大学、海外に行きたいという日が来るかもしれない。
いつ家庭状況が変わるかわからない中で、「住み続ける」という選択肢も「売る」という選択肢も取れた方がいいなと思っていたからです。
短期的にも長期的にも見た金額面の負担、現実的な生活、母と私それぞれの理想や負担など、色々な視点から、母と何度も話し合いを重ねました。
そうして私たちは、「新築戸建て」を選びました。
引越しに向けて
母との同居
家の引き渡しまでに1ヶ月半ほどあったので、その間は私が住んでいた賃貸で母と一緒に暮らすことにしました。
少しでも母の生活を支えられたら。
そんな思いで始めた同居でしたが、私の方が支えてもらったなと思います。
「行ってきます」と言って「いってらっしゃい」と送り出してもらえる。
「ただいま」と言って「おかえり」と迎えてもらえる。
「ねえちょっと聞いてよ」と何気ない会話に付き合ってくれる。
一緒に家事をしながら他愛もない会話をする。
こんな日常が私にとっては救いだったのです。1人での子育てがどれほど孤独だったのか思い知らされましたが、何より、大好きな母がすぐ近くにいることが嬉しかったんだと思います。
しかし、この頃から母の容体は急激に悪化していきます。
引越し準備
新居への引越しには、実家からと賃貸からと、2つのルートがありました。
①実家→新居ルート
ピアノ、母のもの、新居で使えるもの、思い出のものたち。
②賃貸→新居ルート
私、母、息子、愛犬のもの。
到底、私1人だけでは終わらせられない量。
この頃の母は歩くのが相当難しくなっていたので、片付けのために実家に連れていくのも大変でした。実質動けるのが私だけでしたが、1歳の息子がいながらの作業は中々(いや、全然)進みません。
そんな時に支えてくれたのが、地元の友人たちと母の友人、そして遠くから親戚も駆けつけてくれました。
入居前準備、荷物整理、実家の片付け、当日の移動サポートまで。
母が実家に移動できない分、母の友人と親戚が実家に行き、テレビ電話を繋ぎながら作業を進めてくれました。
私の友人は息子の遊び相手になってくれたり、梱包を手伝ってくれたり、母の移動を手伝ってくれたり。
あの時のみんなの存在には、本当に救われました。感謝しかありません。
想像とはかけ離れた新生活
引越しまでも本当に大変でしたが、実際は引越してからの方が大変でした。
母の介護が本格的に始まったのです。
母は、孫との新しい生活をとても楽しみにしていました。
「新幹線のおにぎりを作ってあげたい」
「好き嫌いしないように、色々工夫したご飯を作ってあげたい」
そんな話をよくしていました。
だから、新しく買った冷蔵庫も、ひとつひとつのドアが重たいと大変だからと、母の希望で6ドアタイプ。
けれど、母がキッチンに立つことはありませんでした。
母が新居で暮らせたのは、たった3ヶ月。
一緒にごはんを作ったり、リビングでピアノを弾いたり、新しい曲を作ったり、息子と一緒に遊んだり。
そんな風に、もっと一緒に楽しく暮らせると思っていました。
でも、それは叶いませんでした。
次回は、新居で始まった母との生活について書こうと思います。
