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【桜城市コラボ小説】ほのぼの柿の木びより⑩〜えるちゃんの夏休み

「あぁ、夏が終わっちゃうな〜」

大学2回生の雨香えるは、さくら浜を歩きながら、大きく伸びをした。

ここ、さくら浜は桜城市にあるビーチだ。今日も晴れて太陽は眩しく、波や砂浜を輝かせていた。
えるはバイト先の女将さんとさくら浜に一泊で遊びに来ていたのだが、昨日は思ってもみない急な展開で、結局半日働いてしまったのだ。

まだ、この海を、夏を、満喫できていない。
お昼に女将さんと別れた後、えるはひとりで浜を歩いていた。
8月と言っても後半になると太陽の力は徐々に弱まっていくのか、秋の気配がどことなく漂ってくる。

波打ち際から、そのままの海の中へ歩いて、肩まで海水に浸かる。この深さまで歩いてくると、水の冷たさが感じられて、えるは水の中にいることを実感するのだった。

まるで海に寝ているかのように、波に揺られて、ぷかぷかと仰向けに浮いてみる。
えるは、水泳が得意だ。海でなら浮き輪もなしに、いつまでも浮いてられた。

「ずっとこのまま、おられたらええのに…」

時折、耳の中に入ってくる海水が音を立てる。その奇妙な音さえも、えるにとっては心地よかった。

しばらくそのままの浮いていたので、気が付くと海水浴場の端のブイまで流されて来ていたようだ。
もうここは足はつかない。重力から開放された足を水の中で動かしている。水圧を感じながら足を伸ばす。ブイに捕まり、直立で海の中に立ってみる。足がつかないので浮いているのだが、底が見えないと心細い。海の中でまるっきりひとりぼっちになってしまったような不思議な感じがする。

えるが、しばし不思議な感覚を味わっていると、浜の方から波の上を滑って音が聞こえてきた。

賑やかな、アップテンポのイントロがかかる。誰かがマイクで喋っているようだ。

「今日はラス・フェスの日やったんや…」

えるは一度海中に潜ると、ブイを勢い良く蹴って、今度はきれいなフォームで浜に向かって泳ぎ出した。


浜には仮設のステージが造られていて、いつの間にか人だかりができていた。
さくら浜のサマー・ラスト・フェスティバル、通称『ラス・フェス』は今年もたくさんの人で賑わっていた。
大きなスピーカーから発せられる音に合わせて、水着姿の老若男女が楽しそうに体を揺らしている。

ステージ上では、先日お披露目されたばかりのサクラ・キャッスル・ガールズが元気に歌い、飛び回っている。
えるもその熱気にほだされて、ステージに近づいていった。
近づくにつれ、どこかで見たことのあるような頭が見えた。
きらきらした、でかいうちわを持って、野太い声援を送っている一団の中に。

「うんんんっ?!あれは…伊那谷さん?」

伊那谷はえるのバイト先である『田舎料理柿の木』によく来てくれる常連さんだ。

見覚えのある伸びた猫っ毛の髪が、音楽に合わせてジャンプするたびに揺れている。
伊那谷の周りも同じようなうちわを持った中年男性が数名いて、何やら楽しそうに談笑している。腕まくりするシャツに汗が滲んでいる。額の汗も夏の太陽にきらきらと輝いていた。

えるは思わず声をかけてしまった。

「あっ、えるちゃん!」

振り向いた伊那谷は驚きの表情を見せたが、直ぐにバツが悪そうに目を逸らした。

「なんや、楽しそうやったんで思わず声をかけちゃいました。曲中にすみません。私もご一緒してよろしいでしょうか…?」

えるは、伊那谷に申し訳なく思った。
伊那谷がアイドルのフェスに参加している事は、きっと自分に知られたく無かったのではないかと思ったからだ。

しかし伊那谷はえるの言葉を耳にすると、急に表情が明るくなった。

「えっ、一緒に応援してくれるの?ほんとに?えっえっ、ありがとう。じゃ、じゃあ、これ持ってよ。」

伊那谷は足元に置いてあった黒い大きなバッグに腕を突っ込み、中から予備のうちわを取り出すと、ハイッと言ってえるに手渡した。
うちわにはカラフルな文字で『サクラキャッスルガールズ・Love』と書いてある。
伊那谷の予想外の反応に、いささか驚いたえるではあったが、うちわを見て素直な感想が出た。

「わあ~!すごい!手作りなんですねぇ!」

「そうそう!まだデビューしたばっかりだから、俺も箱推しなんだけどね。」

少し恥ずかしそうに頭を掻く伊那谷。
店に来てくれる時は、ぼそぼそとしか話さないのに、今日は声も大きいし、ちょっと早口だった。


えるはうちわを手にすると、伊那谷や周りの人達の様子をまねて、曲に合わせてジャンプした。合いの手を入れるタイミングがうまく掴めなかったけれど、みんなと一緒に応援するのは楽しかった。
曲の間奏では、サクラキャッスルガールズのメンバーが一人づつ前に歩いてきて、観客席に向かって手を振ってくれる。
えるは一人一人にうちわを見せて、懸命に手を振った。メンバーと目が合い、手を振り返してくれると、テンションが上がった。
気がつけば、伊那谷や隣のおじさん達と肩を組んでジャンプしている自分がいた。
クライマックスにステージの両側から、破裂音ともにでキラキラのテープや紙吹雪が飛び出せば、両手を上げて、大きな歓声をあげていた。

「いや〜、良かった良かった〜!!」

伊那谷も、えるも、周りのおじさん達も、サクラ・キャッスル・ガールズのステージと自分達の応援を褒め称え合う。肩を叩き合いながら、あそこが良かった、ここが良かったと話している。


いつの間にかびっしょりと汗をかいていた。
そんなえるに伊那谷は黒いバッグから取り出した新しいタオルを手渡した。

「えるちゃん、良かっただろう?なんか、年をとっても楽しいんだよ、こういうの」

えるは礼を言って、受け取ったタオルで額の汗を拭いながら、

「もう、最高でしたよ。会場全体の一体感いうんやろか。祭りって感じや、思いました。ガールズもかわいいし、元気やし、応援したくなる気持ちもわかりますわ。」

と答えた。
伊那谷も首に巻いていたタオルで顔の汗を拭いている。

「だろ?えるちゃんは、いないの?推しとかは?アイドルとか、芸能人とか、キャラとか?」

「えっ?そうですね……」

急に聞かれて、芸能人やらアイドルの顔がえるの頭の中を通り過ぎていったが、推しには該当しなかった。そしてえるには、やっぱりあの人の顔が浮かんでくる。

「私の推しは…女将さんですねっ!」

「えっ、女将さん?柿の木の?……なるほどねぇ、わからなくはないな…そうか、そうか……」

伊那谷は納得したようにうなずきながら、ちょっとにやにやしている。
その顔を見て、えるも急に恥ずかしくなってきた。

「伊那谷さんっ、このこと女将さんには内緒にしてくださいよ。絶対言わんといて下さいいっ!」

「ああ、言わないよ。えるちゃんこそ、俺がサクラ・キャッスル・ガールズを推してること、女将さんに言わないでよ。なんか、面倒くさいことになりそうだから…。」

「わかりました。じゃあ、男と女の約束ですよ。」

そう言って、えるは、真剣な眼差しで伊那谷の顔の前に小指を立てた。

「もちろん、男に二言はない。」

伊那谷はそう答えると、えるに小指を差し出し、二人はしっかりと指切りをした。

ステージからは、次のアーティストが弾く三線の音が流れてき始めた。

えると伊那谷の間に結ばれた秘密の約束を残して、さくら浜の夏が今年も終わろうとしていた。




おわり






オリジナルキャラクター達の住む架空都市【桜城市〜さくらのじょうし】

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なお、こちらの短編小説は桜城市コラボ小説です。
架空都市・桜城市柿の木町にある『田舎料理柿の木』の面々のほのぼのした日常を不定期、基本読切短編にて綴っていく予定です。

田舎料理柿の木』の面々とは?
こんな感じです↓


今回お話の中に登場したサクラ・キャッスル・ガールズは、さんの小説の中に登場します。詳しい設定は『ようこそ、桜城市へ』の記事の中にもありますので、のぞいてみて下さい!


皆さんも架空都市桜城市に遊びに行きませんか?



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