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風がやんだあとに

風が吹いていた。
あの頃と同じ風だと、祖母は言った。

 

祖父の七回忌で、久しぶりに幸手へ帰ってきた。
駅を出ると、空はどこまでも高く、蝉の声が遠ざかりはじめていた。
祖母がぽつりと言った。

「権現堂に行かない? ちょうど曼珠沙華、咲いてる頃よ。あの人、好きだったから」

 

私は祖父のことを、あまりよく覚えていない。
優しい人だったことは覚えているけれど、どんな仕事をしていたのか、何が好きだったのか。
聞く機会もないまま、見送ってしまった。

けれど祖母が祖父の話をするとき、どこか嬉しそうで、少し照れているような顔をする。
その表情が、私は好きだった。

 

権現堂を歩くと、風が頬をなでた。
曼珠沙華が一面に咲いていて、その赤が風に揺れるたび、静かに誰かの記憶を呼び起こすようだった。

「よくね、ふたりで見に来ていたの」
祖母が言った。
「“赤い花は縁起が悪い”なんて言う人もいたけど、あの人は『きれいだ』って笑ってた」

「……繊細な人だったんだね」

「うん。強がりだったけどね。ほんとはすごく優しかったの」

 

祖母は立ち止まり、小さな紙を取り出した。
折りたたまれた便箋だった。

「これね、あの人が亡くなる前に書いてた手紙。たまたま見つけたの。あなたに読んでもらおうと思って」

 

私は驚きつつも受け取り、そっと封を開いた。

---

ミサキへ

こうやって手紙を書くのは、いつぶりだろうか。
言葉にすると上手く言えないので、手紙を書くことにしました。

ミサキ、今まで本当にありがとう。
どんなときも、そばにいてくれて。
君と出会えたことが、私の人生のすべてでした。
君を幸せにできたかどうか自信はないけれど、私は本当に幸せでした。

思えば、あの秋の日、曼珠沙華の咲く権現堂が始まりでしたね。
赤く染まった道を、笑いながら歩いた君の横顔が、今でも胸の奥に残っています。
あれからたくさんの季節を越えてきたけれど、あの日の風景は、ずっと色あせることがありません。

そうそう、スズカは何歳になったかな?
あの子は、本当に優しい子に育ってくれましたね。
小さな手を握って歩いた日々が、ついこの前のことのようです。
今はもう、すっかり頼もしくなって、歩幅も大きくなったことでしょう。

だけど、きっとこれから、悩むこともあるはずです。
傷つくこともあるかもしれません。
そんなときは、どうかそっと、あの子の背中を支えてやってください。

家族みんなが、あたたかな光の中で、いつまでも笑っていられますように。
心からの感謝と、変わらぬ愛をこめて。

タカユキより

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読み終えると、胸の奥がじんわりと熱くなっていた。
風が、少しだけ強くなった気がした。

 

「知らなかった。私のこと、こんなふうに思っていてくれたなんて」
私がそう言うと、祖母は目を細めた。

「いつも心配していたわよ」

 

私は黙ってうなずいた。

夏の終わりの風が、頬を撫でる。
曼珠沙華が風に揺れ、その隙間に陽光が差し込んでいた。
まだ満開には少し早いけれど、それでも十分に美しかった。

祖父母が見たのと同じ景色を、今、自分の目で見ている。
不思議と、心が静かだった。

——「風が止むまで、そばにいて」

昔、祖父が祖母にそう言ったらしい。
誰かの隣で、同じ景色を見て、同じ風に吹かれること。
それだけで、いいのかもしれない。

 

「ねえ、おばあちゃん」
「ん?」
「おばあちゃんは、幸せだったの?」
私の問いに、祖母は笑った。

「もちろん、幸せだったわよ」

 

私も、誰かとそんなふうに歩けるだろうか。
風が吹いても、やんでも、心に咲き続ける何かを見つけられるだろうか。

 

風がやんだあと、私は足元の曼珠沙華に手を伸ばした。
そっと触れたその花は、ひどく儚くて、けれどあたたかかった。

 

あの風はきっと、私に教えてくれたのだ。
歩き出していいよ、と。
未来は、ここからだよ、と。




調子に乗ってスピンオフ第二弾を書いてみました。
話は少し飛んで、ミサキと孫娘のお話。
因みにスズカは漢字で「珠沙華」と書きます。

僕は、余白の多い作風が好きなんだなと実感しました。
拙い部分が多いと思いますが、読んでいただけたら嬉しいです。
というか、たぶん、
僕が一番このイベントを楽しんでいるかもしれません(笑)


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