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支援を“決める”前に、寄り添ってほしい ― “惜しかった”と言われた日に考えたこと ―


“制度の中でできること”と、“親が見ている現実”のあいだには、
まだ言葉にならないすれ違いがある。
支援を“決める”前に、寄り添うということを考えた日。



娘・なぴが久しぶりに登校した。
近頃は、週一回の別室登校を目標にしている。

登校後、養護の先生に呼び止められ、少し話した。
娘の近況などを伝える中で、こう尋ねられた。

「親御さんとしては、今のクラスに戻って欲しいですか?」
「もし差し支えなければ、個別級の授業になぴちゃんを参加させてみても良いですか?」

私は「もちろんお願いしたいです」と返答した。


娘は知的障害のないASDで、入学当初から、
通級(情緒クラス)を併用しながら一般級に在籍している。
娘には個別支援級という選択肢もあるけれど、
就学時の判定と本人の希望で、4年生現在も今のかたちに収まっている。

先ほどの私の返答に続けて、先生はこう続けた。

「2年生の時のことが、私としてはとても“惜しかったな”と思っていて。
あの時もっと個別級の良さをなぴちゃんにわかってもらえれば良かった。」

……その言葉を聞いた瞬間、胸がざわっとした。



実は、娘が不登校になったのは、これが初めてではない。
最初は2年生の時。運動会が終わった頃、学校に行けなくなった。
1年生の時からお願いしていた合理的配慮が、いつの間にか手薄になっていたためだ。
結局娘はその年の3月まで、教室に戻ることができなかった。
その間は、今利用している別室で過ごしていた。

その当時も、今のように個別級を勧められた経緯がある。
特性上の感覚過敏や不安感が強い娘を、個別級であれば、少人数で手厚く見守ることができるから、という話だった。
そのため、当時も見学や体験をさせてみた。
ただ、通級の先生方が、
「一般級での合理的配慮がほとんど試されない中で転籍させるのは拙速ではないか」
という考えを示されたことと、
当の娘の「絶対に通級を辞めたくない」という強い意思と、
「女の子のお友達と過ごしたい」という気持ちがあったことを考慮して、
その年の転籍は見送ったのだ。
(個別支援級は男の子の比率が高いが、通級は半々の比率)


養護の先生の胸中には
「あの時転籍させていれば、なぴが今苦しまずに済んでいたかもしれない」という思いがあるのだろう。先生の気持ちもわからなくはない。
ただ、「その言い方はないんじゃない?」というのが親としての率直な気持ちだ。

実際、3年生から再び一般級の教室で過ごせるようになった。
遅刻や、朝の見送りこそ必要だったが、欠席は10日で収まった。
担任の先生の理解と配慮の中で安心して過ごし、友だちにも恵まれ、楽しい一年を過ごすことができた。

しかし4年生になって、再び不登校になった。
担任が変わり、クラスメイトが変わり、娘が環境に左右される子であることは間違いない。
ただ、ここで忘れて欲しくないのは、1年生と3年生は教室で過ごせているということ。
つまり、合理的配慮がなされていれば、一般級でも過ごすことができる子なのだ。

学校側の言い分もわかる。
個別級であれば、娘の求める環境を整えやすいだろう。
だからこそ私も今回、個別級への“お試し参加”を快く承諾した。
ただ、あの“惜しかったな”というセリフは聞き捨てならなかった。
まるで昨年の1年間は“無駄な苦労だった”と言われているように思えた。

私にとっては、あの一年こそが、娘が「もう一度がんばろう」と思え、
「通級よりもクラスにいたい」とはじめて思えた大切な時間だったのに。



養護の先生の言葉を、何度も頭の中で反芻した。きっと先生は、悪気があって言ったわけではない。

「一般級での支援には限界がある」
「個別級の方が、安心して過ごせる」

そのどちらも、学校の立場から見れば正しい。私だって、今のままでは難しいことくらい、痛いほどわかっている。

けれど、親が見ているのはもう少し違う景色だ。
私たちが知りたいのは、「どこまでができて、どこからが難しいのか」。
一般級では何が限界で、個別級では何が叶うのか。

その線引きを正直に伝えてもらえたら、もっと冷静に考えられるのにと思う。
あいまいな優しさよりも、明確な誠実さのほうが、ずっとありがたい。

先生は「個別級ならのびのび過ごせる」と言った。
けれど、その言葉を聞いたとき、私は心の中で思わずつぶやいた。

(そんなことを言ったら、みんな個別級の方がのびのび過ごせるのよ)

大切なのは、今の環境でも“どうすればのびのび過ごせるか”を一緒に考えること。
答えを出すより前に、そこを一緒に模索してほしかった。


通級では、本当に丁寧に支えてもらっている。
娘の特性を理解し、気持ちに寄り添いながら、少しずつ自信を育ててくれる。
娘も通級の日は心の底から楽しそうで、「ここなら安心できる」と笑う。

けれど、その支援が、一般級でうまく活かされていない気がする。
通級で身につけたスキルや、先生とのやり取りが、教室に戻ると途切れてしまうのだ。

通級と学校、放課後デイ、療育センター。
娘を支えてくれる大切な場所はたくさんある。
でも、どれもが独立していて、横のつながりが薄い。

情報を共有し、方針をそろえ、橋をかけてきたのは、いつも親だった。
支援が増えれば安心できると思っていたけれど、実際には、連携を取るたびに新しい調整が生まれる。

みんな娘のために一生懸命なはずなのに、支援が“線”にならない。

だから、親はクタクタになる。

本当に必要なのは、支援の数を増やすことではなく、支援と支援の“あいだ”をつなぐ仕組みだと思う。
親子はいつも、その“あいだ”で生きているのだから。


養護の先生の言葉を思い返しながら、私はふと思った。

先生は先生の仕事をしたのだと思う。
制度や時間の制約の中で、できることを一生懸命考えてくれた。

でも、親が求めているのは、正解ではなく、“一緒に悩んでくれること”なのかもしれない。
「どうしたいですか?」のあとに、「迷いますよね」と言ってもらえたら、それだけでどれだけ救われただろう。


先生が先生の仕事をしたのなら、
私も、親としての仕事をする。

言われた通りに従う必要もないし、
意見が違ったからといって、ケンカをする必要もない。

立場は違っても、目指している場所は同じ——子どもの安心。

だから私は、自分の軸で考える。
娘の表情を見ながら、必要な支援を選んでいく。

そして願わくば、
支援を“決める”前に、寄り添ってくれる先生が増えていきますように。



🕊 追記

正直に言うと、あの日、私はとても腹が立っていた。

その気持ちをいったん飲み込んで、
「冷静に考えよう」「私の感じ方は正しいのだろうか」と、
理性で整理しようとしていた。

でも今は思う。

どんな出来事でも、腹が立っていい。
感情的になる自分を責めずに認めることも、
自分への大切な“寄り添い”なのかもしれない。


🌿その後、学校とのすれ違いをどう乗り越えたかを書きました。



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