「管子」Gemini翻訳、経済関連のみ抜粋
「菅子」に優れた経済思想が書かれているのは知っていた。でもゆきつけの図書館にも「管子」は無い。国会図書館デジタルコレクションには1955年出版の訳本があるが、現代語訳がついていなくて読みにくい。
しかし
で全文は見れる。それでGeminiに翻訳いただいて、経済関係のみまとめてみた。つまり私は翻訳していない。実を言うとたいして読んでもいない。途中でうんざりしたからである。実にくだらん、しょうもない書物である。
原因は著者が複数あり、思想家としての派閥がそれぞれ異なっていることにある。最低でも三種類、道家と法家と農家が混ざっている。おそらく儒家も入っているんだろう。それらは思想として整理されず、それぞれ膨大な量が掲載されている。経済思想の中にも、贅沢を禁止すべきとの考えと、推奨すべきとの考え、両方の記事がある。普通に読めば頭が混濁して回復不能のダメージを食う。だから読者の皆様にも、本音では読むことをお勧めしない。
しかしなにかの参照用に役に立つかもしれない。破棄するのでは必死にコピペした自分の労力がもったいない気もする。よってここにアップしておく。途中で「これは失敗企画だ」と感じたのだが、結局作業続けてしまったが、
そんな無駄作業の中でも、「平準」という言葉を確認できたことだけは唯一収穫だった。6か所程度ある。桑弘羊の平準法に、おそらく先立つ。もっとも管子の編集は戦国時代~前漢なので、桑弘羊の意を受けた御用学者が管子に書き入れた可能性も、無いことはない。
全般的に、市場の機能を生かしつつ、いかに統制的経済で実利を上げるか、という主題である。国家のために色々考えているのは十分偉い。しかし実際この斉の国は最終的に、始皇帝率いる秦に滅ぼされたのである。滅亡の理由は少し読んでいただければわかる。こんな「思考のための思考」をグダグダとエンドレスに繰り広げていいては、当然国は滅ぶのである。その中の一部に良質な思考があったとしても、害をなす部分が多過ぎれば、全体としては単なる有害図書でしかない。ちなみにGeminiは翻訳と同時に解説もしてくれたのだが、本文以上に有害な解説なので全部省いてある。とはいえ分かりにく個所をいくつかご自分で解説作ってもらって参考にする分には問題なかろうと思う。大まかな内容は以下画像ご覧いただきたい。

だいたい全体の15%程度を掲載した格好になる。本当は経済思想の部分ではないのだが、第1編牧民の第1章は掲載した。最低ここさえ読めば「管子」卒業で大丈夫である。それさえ面倒という方は、その中の一文、
「倉廩(そうりん)実(み)つれば、則ち礼節を知り、衣食足るれば、則ち栄辱(えいじょく)を知る」
だけ記憶いただければ、教養としては十分である。
第1編 牧民
1.凡そ地を有ち民を牧する者は
書き下し文
凡そ地を有ち民を牧する者は、務めは四時に在り、守りは倉廩に在り。
国、財多ければ、則ち遠き者来たり、地、辟き挙げられれば、則ち民留まり処(お)る。
倉廩実つれば、則ち礼節を知り、衣食足るれば、則ち栄辱を知る。
上、度(のり)に服すれば、則ち六親固し。四維張らば、則ち君令行わる。
故に刑を省(はぶ)くの要は、文巧を禁ずるに在り、国を守るの度は、四維を飾るに在り、民に順うの経は、鬼神を明らかにし、山川を祇(つつし)み、宗廟を敬い、祖旧を恭(うやうや)しむに在り。
天時を務めざれば、則ち財生ぜず。地利を務めざれば、則ち倉廩盈(み)たず。
野蕪曠(ぶこう)なれば、則ち民乃ち菅(かん)、上、量無ければ、則ち民乃ち妄。
文巧禁ぜざれば、則ち民乃ち淫、両原を璋(はか)らざれば、則ち刑乃ち繁。
鬼神を明らかにせざれば、則ち陋民(ろうみん)悟らず。山川を祇まずんば、則ち威令聞かれず。
宗廟を敬わずんば、則ち民乃ち上を校(くら)べ。祖旧を恭まずんば、則ち孝悌備わらず。
四維張らざれば、国乃ち滅亡せん。
現代語訳
およそ土地を領有し、民を治める者は、その務めは四季の巡りに合わせた農事にあり、守るべきは穀物倉庫の充実にある。
国に財産が多ければ、遠くの者も(その国を慕って)やってくるし、土地が開拓されて生産性が上がれば、民はその地に留まり住み着く。穀物倉庫が満ち足りていれば、民は礼儀節度を知るようになり、衣食が足りていれば、民は栄誉と恥を知るようになる。 君主が法度に従って行動すれば、親族は固く結束する。**四つの綱紀(四維)**がしっかりしていれば、君主の命令はよく実行される。
したがって、刑罰を減らすための要点は、技巧的で華美なもの(贅沢品)を禁じることにある。国を守るための法度は、四つの綱紀を整えることにある。民が従うべき道筋は、鬼神を明確に祀り、山川を畏敬し、祖先の廟を大切にし、先祖や古老に恭しく接することにある。
天の時(季節や気候)に努めなければ、財産は生まれない。地の利(土地の生産性)に努めなければ、穀物倉庫は満たされない。野が荒れ果てれば、民は困窮する。君主が量度を持たなければ、民は勝手なことをするようになる。技巧的で華美なものを禁じなければ、民は(贅沢に走り)風紀が乱れる。(善悪の)両面を考慮しなければ、刑罰はかえって増える。鬼神を明らかにしなければ、愚かな民は悟らない。山川を畏敬しなければ、権威ある命令は聞かれない。宗廟を敬わなければ、民は君主と比較して(不満を抱く)。先祖や古老に恭しく接しなければ、孝行や兄弟愛が不足する。四つの綱紀がしっかりしていなければ、国は滅亡するだろう。
第3編 權修
7.地の辟かれざるは
書き下し
地の辟(ひら)かれざるは、吾が地にあらざるなり。
民の牧せられざるは、吾が民にあらざるなり。
凡そ民を牧(おさ)むる者は。その積む所の者をもって之を食わしむ。
審(つまびらか)にせざるべからざるなり。
その積む多き者はその食多し。その積む寡(すくな)き者はその食寡し。
積むこと無き者は食わず。
或いは積みて食わざる者有らば、則ち民上を離る。
積み多くして食うこと寡き者有らば、則ち民力めず。
積み寡くして食うこと多き者有らば、則ち民多く軸(ずる)をなす。
積むこと無くして徒(いたずら)に食う者有らば、則ち民幸を偸(ぬす)む。
故に上を離れ、力めず、多く軸をなし、幸を偸めば、事を挙ぐるも成らず、敵に応ずるも用いられず。
故に曰く「能を察して官を授け、禄を班(わか)ち賜与(しよ)するは、民を使役するの機(かなめ)なり」と。
野は市と民を争う。家は府と貨を争う。金は粟と貴さを争う。郷は朝と治を争う。
故に野に草を積まずんば、農事先んずるなり。
府に貨を積まずんば、民に蔵するなり。
市に肆(みせ)を成さずんば、家用足るなり。
朝に衆を合せずんば、郷に分かれて治まるなり。
現代語訳
開墾されていない土地は、もはや私の土地ではないも同然である。
統治されていない民は、もはや私の民ではないも同然である。
およそ民を統治する者は、彼らが蓄えたもの(生産物)に応じて彼らを養うべきである。この点は慎重に見極めなければならない。
多く蓄えた者には多く与え、少なく蓄えた者には少なく与え、何も蓄えていない者には与えない。
もし蓄えがあるのに(正当な理由で)与えられない者がいれば、民は君主から離反する。
多く蓄えているのに少ししか与えられない者がいれば、民は努力しなくなる。
少ししか蓄えていないのに多く与えられる者がいれば、民はずる賢くなる。
何も蓄えていないのにただ食料を与えられる者がいれば、民は怠け、まぐれ当たりを期待するようになる。
だから、君主から離反し、努力せず、ずる賢くなり、怠けてまぐれ当たりを期待するようになれば、事業を行っても成功せず、敵に応戦しようとしても役に立たないだろう。
ゆえに言うのだ、「能力を見極めて官職を与え、俸禄や褒美を公平に分配することは、民を動かす上で最も肝心なことである」と。
(健全な社会では)野(農業生産)は市場(商業)と民(労働力)を争う(農業が商業と競争して民を惹きつける)。
家(民間)は府(国家財政)と財貨を争う(民間に財が蓄えられる)。
金(貨幣)は粟(食料)と価値を争う(実物経済と貨幣経済が均衡する)。
郷(地方)は朝廷(中央)と統治のあり方を争う(地方の自治が尊重される)。
したがって、野に無駄な草を積まない(農地を効率的に利用する)ならば、農業生産が優先される(本業に励む)。
国家の府庫に貨幣を積まない(国家が財貨を独占しない)ならば、財貨は民間に蓄えられる。
市場に店が多く立ちすぎない(商業が過度に発達しない)ならば、民の家庭の費用は足りている(自給自足が基本となる)。
朝廷に人々が集まりすぎない(中央集権が過度にならない)ならば、郷里はそれぞれに分かれてよく治まる。
ゆえに、野に草を積まず、府に貨を積まず、市場に店を成さず、朝廷に衆を合せず、これこそ統治の極致である。
第4編 立政
10.寝兵の説勝たば
書き下し
寝兵(しんぺい)の説勝たば、則ち険阻(けんそ)守らず。
兼愛(けんあい)の説勝たば、則ち士卒戦わず。
全生(ぜんせい)の説勝たば、則ち廉恥立たず。
私議自貴(しぎじき)の説勝たば、則ち上令(じょうれい)行われず。
群徒比周(ぐんとかくしゅう)の説勝たば、則ち賢不肖(けんぷしょう)分かれず。
金玉貨財(きんぎょくかざい)の説勝たば、則ち爵服下流(かろう)す。
観楽玩好(かんらくがんこう)の説勝たば、則ち姦民(かんみん)上位に在り。
請謁任挙(せいえつじんきょ)の説勝たば、則ち縄墨(じょうぼく)正しからず。
諂諛飾過(てんゆしょくか)の説勝たば、則ち巧佞者(こうねいしゃ)用いられん。
現代語訳
(非戦論や軍備縮小論を主張する)「寝兵」の説が勢いを得れば、険しい要害も守りきれなくなるだろう。
(無差別の愛を主張する)「兼愛」の説が勢いを得れば、兵士は戦わなくなるだろう。
(ただ生命の保全だけを重んじる)「全生」の説が勢いを得れば、清廉や恥の心が確立しなくなるだろう。
(個人的な意見を重視し、自分だけを尊ぶ)「私議自貴」の説が勢いを得れば、上の者の命令が実行されなくなるだろう。
(徒党を組み、仲間内で結託する)「群徒比周」の説が勢いを得れば、賢者と不肖な者の区別がつかなくなるだろう。
(金銭や財産だけを尊ぶ)「金玉貨財」の説が勢いを得れば、爵位や服装(身分を示すもの)の価値が低下するだろう。
(見世物や遊び、珍しい物を愛好する)「観楽玩好」の説が勢いを得れば、不正を働く者が高い地位に就くだろう。
(口利きやコネによる推薦が横行する)「請謁任挙」の説が勢いを得れば、法や規律が正しく適用されなくなるだろう。
(お世辞を言ったり、過ちを飾ったりする)「諂諛飾過」の説が勢いを得れば、口がうまくずる賢い者が登用されるだろう。
第5編 乗馬
6.市は、貨の準(のり)なり
書き下し文
市(し)は、貨(か)の準(のり)なり。
是の故に百貨(ひゃっか)賤(いや)しければ、則ち百利得ず。
百利得ずんば、則ち百事治まらず。
百事治まらずんば、則ち百用節(せつ)せられん矣。
是の故に事(こと)は慮(はかりごと)に生じ、務(つと)めに成り、傲(おごり)に失す。
慮せざれば則ち生ぜず。務めざれば則ち成らず。傲らざれば則ち失せず。
故に曰く:市は以て治乱を知る可く、以て多寡を知る可く、而して多寡を為(な)す能(あた)わず。
之を為すに道有り。
現代語訳
市場は、財貨(物資)の基準(価格や流通の目安)である。
だからこそ、もしあらゆる物資の価格が安すぎれば、あらゆる利潤が得られない。
あらゆる利潤が得られなければ、あらゆる物事が円滑に処理されなくなる。
あらゆる物事が円滑に処理されなければ、あらゆるものが節約(または不足)されるだろう。
だから、物事は計画(慮)から生まれ、努力(務)によって成就し、傲慢(傲)によって失敗する。
計画しなければ生まれることはなく、努力しなければ成就することはなく、傲慢にならなければ失敗することはない。
ゆえに言うのだ。市場は、国家の治乱を知る手がかりとなり、物資の多寡を知る手がかりとなるが、市場自体が物資の多寡を生み出すことはできない。
(これを実現するには)正しい道がある。
7.黄金は、用の量なり
書き下し文
黄金は、用(よう)の量(りょう)なり。
黄金の理(ことわり)を弁(わきま)うれば、則ち侈倹(しけん)を知る。
侈倹を知れば、則ち百用(ひゃくよう)節(せつ)せられん矣。
故に倹(けん)なれば則ち事を傷(そこな)い、侈(し)なれば則ち貨(か)を傷う。
倹なれば則ち金賤(きんせん)なり。金賤なれば則ち事成らず、故に事を傷う。
侈なれば則ち金貴(きんき)なり。金貴なれば則ち貨賤なり、故に貨を傷う。
貨尽きて然る後に足らざるを知るは、是れ量を知らざるなり。
事已(や)みて然る後に貨の余り有るを知るは、是れ節を知らざるなり。
量を知らず、節を知らざるは不可(ふか)なり。
之を為すに道有り。
現代語訳
黄金は、価値尺度(使用の基準)である。
黄金の経済的な原則を理解すれば、(国家の経済が)奢侈(ぜいたく)に傾いているのか、それとも倹約に傾いているのかを知ることができる。
奢侈や倹約の状況を知れば、(国家の)あらゆる支出が適切に調整されるだろう。
だから、過度な倹約は事業を損ない、過度な奢侈は財貨(物資)を損なう。
過度な倹約をすれば、黄金の価値が下がる(デフレ傾向)。黄金の価値が下がれば、物資が安くなりすぎて利潤が出ず、事業が成就しない。だから事業を損なうのである。
過度な奢侈をすれば、黄金の価値が上がる(インフレ傾向)。黄金の価値が上がれば、物資の価格が相対的に安くなり、物資が希少になる(あるいは生産が追いつかない)。だから財貨(物資)を損なうのである。
財貨が尽きてから初めて(それが)不足していると知るのは、「量」(適度な量)を知らないことである。
事業が終わってから初めて財貨が余っていたと知るのは、「節」(節度)を知らないことである。
「量」を知らず、「節」を知らないのは良くない。
これを行うには正しい道がある。
第35編 侈靡
2.問うて曰く、「時を興し化(な)すこと若何(いかん)?」
書き下し文
問うて曰く、「時を興し化(な)すこと若何(いかん)?」
「侈靡(しみ)より善きは莫(な)し。有実を賤め、無用を敬せば、則ち人は刑づくべし。故に粟米を賤しんで珠玉を敬うが如くし、礼楽を好んで事業を賤しむが如くせよ。本の殆きなり。
珠は陰の陽なり、故に火に勝つ。玉は陰の陰なり、故に水に勝つ。その化は神の如し。故に天子は珠玉を蔵し、諸侯は金石を蔵し、大夫は狗馬を畜い、百姓は布帛を蔵す。
然らずんば、則ち強者は能く之を守り、智者は能く之を牧う。貴き所を賤しみ、賤しき所を貴ぶ。然らずんば、鰥寡独老之を得ざるに与る。均しき之の始めなり。」
現代語訳
尋ねて言いました。「時代を隆盛させ、人々を教化するにはどうすればよいでしょうか?」
「贅沢(侈靡)に勝るものはありません。実用的なものを軽んじ、無用なものを尊重するならば、人々は(その価値観に)従うでしょう。だから、粟や米といった食料を軽んじて、珠玉(宝石)を尊ぶようにさせ、礼儀や音楽といった教養を好んで、生産的な事業を軽んじるようにさせなさい。これが、国家の根本を危険にさらすことになります。
珠(真珠)は陰(水)の中の陽(火)の性質を持つので、火に勝る。玉(宝石)は陰の中の陰の性質を持つので、水に勝る。(このように、珠玉には)その変化は神業のようである。だから、天子は珠玉を収集し、諸侯は金石を貯蔵し、大夫は犬や馬を飼い、百姓は布や絹を貯蔵するのだ。
もしそうでなければ、力のある者がそれを守り、知恵のある者がそれを管理するようになるだろう。そうすれば、本来貴ぶべきものを軽んじ、本来軽んじるべきものを貴ぶことになる。もしそうでなければ、男やもめや女やもめ、身寄りのない老人たちは、何も得ることができず、平等な社会の始まりとはならない。」
13.衆にして約す。実を取りて言を譲る
書き下し文
衆にして約す。実を取りて言を譲る。陰を行いて陽を言う。人の禍有るを利し、人の患無きを言う。吾独り是れを有せんと欲するに、若何?是の故にその時に財を陳ぶるの道は、以て行うべし。今や利散じて民察す。必ず之を身に放じて然る後行わる。
公曰く、「謂う所何ぞ。」
長喪を以てその時を𪑺り、重送葬を以て身財を起し、一親往き、一親来るは、親を合する所以なり。此れ衆約と謂う。
問うて用うるに若何?
巨瘞堷は、以て貧民を使わしむる所以なり。美壟墓は、以て文明する所以なり。巨棺槨は、以て木工を起す所以なり。多衣衾は、以て女工を起す所以なり。猶尽きざれば、故に次畜有り、差樊有り、瘞蔵有り。此れを作して相食らわしむる。然る後民相利し、守戦の備合す。
現代語訳
「大勢の民衆を一つにまとめ、実質的な利益を確保しながらも言葉では謙譲し、陰で(私的な利益を)行いながら表向きは(公共の)道理を語り、他人の禍を自らの利益とし、他人の悩みがないことを語る。私は一人でこれらを全て成し遂げたいのだが、どうすればよいか?」
(管子答えて曰く)
「昔は、財貨を(天下に)陳列する道(=財貨が流通する仕組み)があれば、それによって統治を行うことができた。しかし今は、利益が分散し、民衆の目が肥えている(=知識がある)。だから、必ず君主自身が(贅沢を)実践してからでなければ、その政策は実行されないだろう。」
桓公が言いました。「それはどういう意味ですか?」
「長い喪期間を設けて(生産活動の)時を削り、盛大な葬儀を行うことで個人の財産を使わせ、一族の者が葬儀に赴き、また帰ってくることで親族の結束を図る。これを衆約(大衆をまとめる策)と言う。」
「(それを)どう活用するのか?」
「巨大な墓地の盛り土(巨瘞堷)は、貧しい民衆を使役する(=雇用を創出する)ためである。美しい陵墓(美壟墓)は、文化文明を興隆させるためである。巨大な棺や外棺(巨棺槨)は、木工の仕事を興すためである。多くの衣服や衾(おおい)は、女工の仕事を興すためである。
それでもまだ(贅沢が)尽きなければ、次に家畜を飼わせたり、垣根を作らせたり、埋蔵させたりする。これらを作り出し、互いに(経済的に)食い合う(=利益を求め合う)ようにさせる。そうして初めて、民衆は互いに利益を得て、守備と戦争の備えが整うだろう。」
第72編 海王
1.桓公、管子に問うて曰く、「吾、台雉に藉らんことを欲す、何如?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「吾、台雉に藉らんことを欲す、何如?」
管子対えて曰く、「此れ成を毀つなり。」
曰く、「吾、樹木に藉らんことを欲す。」
管子対えて曰く、「此れ生を伐るなり。」
曰く、「吾、六畜に藉らんことを欲す。」
管子対えて曰く、「此れ生を殺すなり。」
曰く、「吾、人に藉らんことを欲す、何如?」
管子対えて曰く、「此れ情を隠すなり。」
桓公曰く、「然らば則ち吾、何を以て国を為さん?」
管子対えて曰く、「唯だ山海を官るを可とするのみ。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「私は高台や雉(キジ)から(利益を)徴収したいと思うが、どうだろうか?」
管子は答えました、「それは既にあるものを破壊することになります。」
(桓公は)言いました、「私は樹木から(利益を)徴収したい。」
管子は答えました、「それは成長しているものを伐採することになります。」
(桓公は)言いました、「私は六畜(家畜)から(利益を)徴収したい。」
管子は答えました、「それは生きているものを殺すことになります。」
(桓公は)言いました、「私は人々から(利益を)徴収したいと思うが、どうだろうか?」
管子は答えました、「それは民の真情を隠してしまうことになります。」
桓公は言いました、「それでは、私は何を基盤として国を治めればよいのか?」
管子は答えました、「ただ山と海の産物を国家が管理するのがよいでしょう。」
2.桓公曰く、「何謂ぞ官山海とは?」
書き下し文
桓公曰く、「何謂ぞ官山海とは?」
管子対えて曰く、「海王の国は、謹(つつし)んで塩筴(えんさく)を正す。」
桓公曰く、「何謂ぞ塩筴を正すとは?」
管子対えて曰く、「十口の家は、十人塩を食す。百口の家は、百人塩を食す。終月、大男は食塩五升少且(しょうしょ)、大女は食塩三升少且、吾子(童子)は食塩二升少且。此れ其の大なる歴(はかり)なり。塩百升にして釜(ふ)と為す。
令(いま)、塩の重きこと升に分彊(ぶんきょう)を加うれば、釜五十なり。升に一彊を加うれば、釜百なり。升に二彊を加うれば、釜二百なり。鍾(しょう)二千、十鍾二万、百鍾二十万、千鍾二百万。万乗の国は、人数開口千万なり。禺筴(ぐうさく)の商、日に二百万、十日に二千万、一月に六千万。万乗の国、正(せい)には九百万なり。(しかし)月の人三十銭の籍は、銭三千万を為す。
今、吾、之を諸君吾子に籍するに非ずして、二国の籍有る者六千万。(もし)君、令を施して曰く、『吾、将に諸君吾子に籍せん。』と為さば、則ち必ず囂号(ごうごう)せん。今、夫れ之に塩筴を給すれば、則ち百倍上に帰す。人、此を以て避くること無し。数なり。」
現代語訳
桓公は言いました、「『山と海の産物を国家が管理する』とは、どういうことか?」
管子は答えました、「海に面する王者の国は、慎重に塩の管理(塩筴)を正しく行います。」
桓公は言いました、「『塩の管理を正しく行う』とは、どういうことか?」
管子は答えました、「十人の家族は十人分の塩を食べ、百人の家族は百人分の塩を食べます。一ヶ月に、成人男性は塩五升と少し、成人女性は塩三升と少し、子供は塩二升と少しを消費します。これが塩の消費量の大体の目安です。塩百升で一釜とします。
さて、塩の価格を、一升あたりに『分彊』(最小単位の重さ、または価値)を加えるごとに、一釜あたりの価格を五十に、さらに一彊加えれば百に、二彊加えれば二百とします。(このように価格を上げていくと、)鍾(大容量の単位)で二千、十鍾で二万、百鍾で二十万、千鍾で二百万となります。(これは利益の積み重なりを示唆。)
万乗の国(大国)では、人口が千万人に達します。(塩の消費量から算定される)国家の塩の利益は、一日あたり二百万、十日で二千万、一ヶ月で六千万(銭)になります。万乗の国の税収は、本来ならば九百万(銭)ほどです。(ところが、)月に一人あたり三十銭の税金(人頭税)を徴収すると、三千万(銭)の税収になります。
もし私が、今、諸君や諸子(国民)に直接税を課さずに、二カ国分(約六千万銭)もの税収を得ているとしましょう。もし君主が命令を下して『私は諸君や諸子に税金を課すだろう』と言えば、必ずや大いに不平の声が上がるでしょう。しかし、今、この塩を(専売制によって)供給すれば、利益が百倍にもなって国家に帰ってきます。人々はこれ(塩)を避けて消費しないわけにはいきません。これこそが(経済を動かす)道理なのです。」
3.今、鉄官の数曰く
書き下し文
「今、鉄官の数曰く、
『一女必ず一鍼一刀有り、若(も)し其の事立(た)たば。耕者必ず一耒(らい)一耜(し)一銚(ちょう)有り、若し其の事立たば。行服連軺輦(れんしょうれん)する者必ず一斤(きん)一鋸(きょ)一錐(すい)一鑿(さく)有り、若し其の事立たば。不爾(しか)せずして事を成す者、天下に有ること無し。』
令(いま)鍼の重きこと一を加うれば、三十鍼一人之籍(せき)なり。刀の重きこと六を加うれば、五六三十、五刀一人之籍なり。耜鉄の重きこと七を加うれば、三耜鉄一人之籍なり。其の余の軽重は皆此に准じて行えば、然らば則ち臂を挙げ事を勝(な)し、服藉せざる者無し。」
現代語訳
「さて、鉄を管理する役所の計算によれば、こう言います。
『一人の女性は必ず針一本、刀(小刀)一本を持っていれば、その仕事は滞りなく行われるだろう。
農耕を行う者は必ず耒(すき)、耜(くわ)、銚(かま)を一本ずつ持っていれば、その仕事は滞りなく行われるだろう。
旅行や運搬に車を使う者は必ず斤(まさかり)、鋸(のこぎり)、錐(きり)、鑿(のみ)を一本ずつ持っていれば、その仕事は滞りなく行われるだろう。
そうでなければ、仕事を成し遂げる者など、この天下にはいない。』
そこで、針の価格を(原価に)一単位加算すれば、針三十本が一人の納税額(籍)に相当する。刀(小刀)の価格を六単位加算すれば、五本で三十(=六かける五で三十)、つまり刀五本が一人の納税額に相当する。農具の鉄(耜鉄)の価格を七単位加算すれば、農具三本が一人の納税額に相当する。その他の鉄製品も、軽重に応じて全てこの基準に準じて価格を設定すれば、人々は腕を動かして仕事を成功させることができ、それでいて(間接的に)税金を負担しない者はいなくなるだろう。」
4.桓公曰く、「然らば則ち国に山海無くば王たらざるか?」
書き下し文
桓公曰く、「然らば則ち国に山海無くば王たらざるか?」
管子対えて曰く、「人の山海に因りて之を借り、名(なづ)けて海有りの国と為し、塩を吾が国に讎(う)る。釜十五を以て吾受け、而して官、之を百を以て出す。我、未だ其の本事を与えざるも、人の事を受く。重きを以て相い推(お)せば、此れ人を用うるの数なり。」
現代語訳
桓公は尋ねました、「それでは、国に山や海(からの専売収入源)がなければ、覇者(または王者)になれないというのか?」
管子は答えました、「もし自分の国に山や海(からの直接的な資源)がなくても、他国の山や海(からの産物)を利用して(自国のものと)見立てればよいのです。
例えば、海に面した国だと称して、他国から塩を自国に(安く)買い付けます。釜あたり十五(の価格)で私が受け取り、そして国家がそれを(釜あたり)百(の価格)で販売するのです。私はまだその本業(生産)をしていないにもかかわらず、他国の仕事(生産)を利用して(利益を)得ることができます。このように、(重い、つまり高価な)価値を通じて互いに取引を推進すれば、これこそが他者を利用する道理なのです。」
第73編 國蓄
1.国に十年の蓄え有りて、而るに民は食に足らざるは
書き下し文
国に十年の蓄え有りて、而るに民は食に足らざるは、皆その技能を以て君の禄を望む也。君に山海の金有るも、而るに民は用に足らざるは、是れ皆その事業を以て君上(きんじょう)に交接する也。
故に人君は其の食を挾(さしはさ)み、其の用を守り、余り有るに拠りて不足を制す。故に民は上に累(つな)がれざる無し。
五穀食米は、民の司命(しめい)也。黄金刀幣は、民の通施(つうし)也。故に善き者は其の通施を執りて、以て其の司命を御(ぎょ)す。故に民力得る可くして尽くされる也。
現代語訳
国に十年分の備蓄があるのに、民衆が食糧に不足しているのは、皆が自分の技芸をもって君主からの俸禄(給与)を期待しているからです。君主が山や海の産物から得た財(金)を持っているのに、民衆が生活必需品に不足しているのは、これらは皆自分の生業(仕事)をもって君主に結びついているからです。
ゆえに君主は、食糧を掌握し、生活必需品を管理し、余剰をもって不足を統制することができます。そうすれば、民衆は誰一人として君主に依存しない者はいなくなるでしょう。
五穀や米は、民衆の生命を司るものです。黄金や刀貨、布貨(貨幣)は、民衆の流通手段です。ゆえに善き君主は、その流通手段を掌握し、もって民の生命を司る食糧を制御します。そうすることで、民衆の力は尽くされる(最大限に引き出される)ことができるのです。
2.夫れ民は親しく信じて利に死す
書き下し文
夫れ民は親しく信じて利に死す。海内皆然り。民は与(あた)うれば則ち喜び、奪えば則ち怒る。民情皆然り。先王は其の然るを知る。故に与うるの形を見せ、奪うの理を見せず。故に民の愛、上に洽(あまね)く可き也。
租籍なる者は、強いて求める所以(ゆえん)也。租税なる者は、慮りて請う所也。
王覇の君は、その強いて求める所以を去り、その慮りて請う所を廃す。故に天下、楽(たの)しんで従う也。
利、一孔より出ずれば、その国敵無し。二孔より出ずれば、その兵屈せず。三孔より出ずれば、兵を挙ぐるに以てすべからず。四孔より出ずれば、その国必ず亡ぶ。
先王は其の然るを知る。故に民の養を塞(ふさ)ぎ、其の利途(りろ)を隘(せま)くす。故に与うるは君に在り、奪うは君に在り、貧しきは君に在り、富めるは君に在り。故に民の上を戴くこと日月のごとく、君を親しむこと父母のごとし。
現代語訳
そもそも民衆というものは、親しみ信頼を寄せ、利益のためならば命を懸けるものです。天下のどこでも皆そうです。民衆は与えられれば喜び、奪われれば怒るものです。民の感情は皆そうなのです。先王はそれがそうであることを知っていました。だから、与えるという形を見せ、奪うという道理(実態)は見せなかったのです。だから民の愛は、上に広く及ぶことができたのです。
租籍(人頭税や人からの強制徴収)というものは、力ずくで求めるものです。租税(通常の地税や国税)というものは、(政府が)考慮して(民に)お願いして徴収するものです。
王や覇者たる君主は、その力ずくで求めるものを取り去り、その(民の抵抗を)考慮してお願いする(間接税ではない直接税)ものも廃止します。だから天下は喜んで従うのです。
利益がたった一つの経路(一孔)から出れば、その国に敵はいません。二つの経路から出れば、その軍隊は屈しません。三つの経路から出れば、軍隊を起こすことができません。四つの経路から出れば、その国は必ず滅びます。
先王はそれがそうであることを知っていました。だから、民衆が自ら財を得るための道を塞ぎ、その利益を得る経路を狭くしました。ゆえに、与えるも奪うも君主次第、貧しくするも富ませるも君主次第なのです。だから民衆が君主を戴くのは日月のように、君主を慕うのは父母のように(自然で揺るぎないものに)なるのです。
3.凡そ国を為す将に、軽重に於て通ぜざれば
書き下し文
凡そ国を為す将(まさ)に、軽重に於て通ぜざれば、以て籠(ろう)を為して民を守るべからず。民利を調通すること能わざれば、以て大治を制するを語るべからず。
是の故に万乗の国に、万金(ばんきん)の賈(こ)有り、千乗の国に、千金の賈有り。然る者何ぞや?国、利を失うこと多ければ、則ち臣はその忠を尽くさず、士はその死を尽くさざる也。
歳に凶穰(きょうじょう)有り。故に穀に貴賤有り。令に緩急有り。故に物に軽重有り。然るに人君、治めること能わず。故に蓄賈(ちくこ)をして市に游び、民の給せざるに乗じ、百倍その本をなす。
地を分かつこと若し一ならんも、強き者は能く守る。財を分かつこと若し一ならんも、智者は能く収む。智者には什倍人の功有り、愚者には本を賡(つな)がざる事有り。然るに人君、調すること能わず。故に民に相百倍の生(せい)有る也。
夫れ民富めば則ち禄を以て使役すべからず、貧しければ則ち罰を以て威すべからず。法令の行われざるは、万民の治まらざるは、貧富の斉しからざる也。
且つ君、錣(てつ)を引きて用を量り、田を耕し草を発(ひら)く。上はその数を得たり。民人食する所、人、若干灸畝(きゅうぼ)の数有り。本を計り委(い)を量るに則ち足る。然るに民、飢餓して食せざる者有るは何ぞや?穀の蔵する所、有る也。
人君、銭を鋳し幣を立てるは、民庶の通施(つうし)也。人、若干百千の数有り。然るに人事及ばず、用足らざるは何ぞや?利の併(あわ)せ蔵する所、有る也。
然らば則ち人君、能く積聚を散じ、羨(えん)不足を鈞(なら)し、併せ財を分かち利を分け、而して民事を調するに非ずんば、則ち君、本を彊め耕を趣(うなが)し、自ら幣を鋳して已むこと無きも、乃ち今、民をして下相い役せしむるのみ。悪(いずく)んぞ以て治と為すを得んや?
現代語訳
そもそも国を統治しようとするならば、「軽重」(物価の変動とそれに伴う経済の均衡)に通じていなければ、民衆を統制する「籠」を設けることはできません。民衆の利益を適切に調整し、行き渡らせることができなければ、偉大な統治を語ることはできません。
このため、万乗の国(大国)には万金を持つ商人が現れ、千乗の国には千金を持つ商人が現れます。それはなぜでしょうか?国が多くの利益を失っているからです。そうなれば、家臣は忠誠を尽くさなくなり、兵士は命を懸けなくなります。
年ごとに豊作や凶作があるため、穀物には高値と安値があります。命令に緩急があるため、物には軽重(価値の変動)があります。しかし、君主がこれをうまく統治できないため、貯蓄を持つ商人(蓄賈)が市場で活動し、民の生活が苦しいのに乗じて、元値の百倍もの利益を得ています。
土地を均等に分配したとしても、強い者(有力者)はそれを守り通すことができます。財産を均等に分配したとしても、賢い者(ずる賢い者)はそれをかき集めることができます。賢い者は人々の十倍もの利益を上げることができ、愚かな者は元手を失うような失敗をします。しかし君主がこれを調整できないため、民衆の間には互いに百倍もの財産差があるような生活が生まれてしまいます。
そもそも民衆が富めば、俸禄(給与)で使役することはできません。貧しければ、刑罰で威嚇することもできません。法令が施行されないのは、万民が治まらないのは、貧富の差が等しくないためです。
さらに、君主は耕作地を測量し、税用を算出し、田畑を耕し雑草を取り除きます。国家は、その生産量の数値を得ています。民衆が消費する食糧について、一人あたり何畝の土地から得るかの数値があります。元々の備蓄量を計れば食糧は十分足りるはずです。それなのに、民衆の中に飢え苦しんで食糧がない者がいるのはなぜでしょうか?それは、穀物が一部に「蔵されている」(私的に貯蔵され、流通していない)からです。
君主が銭を鋳造し貨幣を定めるのは、民衆の流通手段です。人々はそれぞれ多くの貨幣を持っています。それなのに、仕事がうまく回らず、生活費が不足しているのはなぜでしょうか?それは、利益が一部に「併せ蔵されている」(集中して貯蔵されている)からです。
そうだとすれば、君主がもし蓄積された財を分散させ、余剰と不足を均等にし、集中した財と利益を分け与え、民の経済活動を調整することができなければ、たとえ君主が農業生産を奨励し、耕作を急がせ、自ら貨幣を鋳造し続けても、結局は民衆が互いに(経済的に)使役し合うだけでしょう。どうしてそれで天下を治めることができるでしょうか?
4.歳、美に適すれば、則ち市糶に予る無く
書き下し文
歳、美に適すれば、則ち市糶(してき)に予(あずか)る無く、而して狗彘(くし)人の食を食らう。歳、凶に適すれば、則ち市糴(してき)釜十繈(せん)、而して道に餓民有り。然らば則ち豈(あに)壤力固(まこと)に足らず、而して食固に贍(た)らざる也哉?
夫れ往歳(おうさい)の糶賤(ていせん)にして、狗彘人の食を食らう。故に来歳(らいさい)の民足らざる也。
物、賤に適すれば、則ち且(まさ)に力すれども予る無く、民事その本に償わず。物、貴に適すれば、則ち什倍にして得る可からず、民その用を失う。然らば則ち豈、財物固に寡(すくな)く、而して本委(ほんい)足らざる也哉?
夫れ民利の時を失い、而して物利の平らかならざる也。
故に善き者は民の足らざる所に委施(いし)し、民の余り有る所に事を操(と)る。夫れ民、余り有れば則ち之を軽んず。故に人君、之を軽きを以て斂(おさ)む。民、足らざれば則ち之を重んず。故に人君、之を重きを以て散(ち)らす。
軽きを以て斂(おさ)め積むに、重きを以て散行す。故に君必ず什倍の利有りて、而して財の櫎(かく)得る可くして平らかなる也。
現代語訳
年が豊作に恵まれれば、市場では穀物が安くなり(糶)、(売っても利益が少ないので)誰も買おうとせず、犬や豚が人の食べるものを食べてしまう。(穀物が安すぎて流通せず、捨てられるか家畜の餌になる。)
年が凶作に陥れば、市場では穀物が釜あたり十繈(という高値)になり(糴)、道には餓えた民がいます。そうだとすれば、いったい土地の生産力が本当に不足しているのでしょうか、あるいは食糧が本当に足りていないのでしょうか?いや、そうではないのです。
先の年(豊作の年)に穀物が安すぎて、犬や豚が人の食べるものを食べた。だから次の年(凶作の年)に民衆が食糧に不足するのです。
物が安くなりすぎれば、人々は(利益が出ないため)努力しても(生産の)成果が得られず、民の生業は元手に見合いません。物が高くなりすぎれば、十倍もの高値でも手に入らず、民はその必需品を使うことができません。そうだとすれば、いったい財物が本当に少ないのでしょうか、あるいは基本的な備蓄が本当に不足しているのでしょうか?いや、そうではないのです。
それは、民衆の利益を得る機会が失われ、物資の価格が不均衡であるためなのです。
ゆえに優れた君主は、民衆が不足している時に(物資を)分配し、民衆が余剰を持っている時に(物資を)買い取ります。
そもそも民衆は、物資が余剰にあると(その価値を)軽んじます。だから君主は、安価な時にそれを(税として)徴収して貯蔵します。民衆が不足していると(その価値を)重んじます。だから君主は、高価な時にそれを放出して(市場に)供給します。
安価な時に徴収し蓄積し、高価な時に放出して流通させることで、君主は必ず十倍もの利益を得ることができ、国家の財産は(常に市場に)平準化されて安定することができるのです。
5.凡そ軽重の大いなる利は
書き下し文
凡そ軽重の大いなる利は、重きを以て軽きを射(う)ち、賤を以て平を泄(も)らす。万物の満虚は、財に随い准平(じゅんぺい)して変ぜず。衡絶(こうぜつ)すれば則ち重き見(あらわ)る。
人君は其の然るを知る。故に之を准平を以て守り、万室の都をして必ず万鍾の蔵有らしめ、繈(せん)千万を蔵せしむ。千室の都をして必ず千鍾の蔵有らしめ、繈百万を蔵せしむ。
春は以て耕を奉じ、夏は以て芸(うん)を奉じ、耒(らい)耜(し)械(かい)器(き)、鍾鑲(しょうじょう)糧食は、畢(ことごと)く君に贍(そな)うることを取らしむ。故に大賈(たいこ)蓄家、吾が民を豪奪するを得ざるなり。然らば則ち何ぞや?君、その本を養うに謹(つつし)める也。
春に賦して以て繒帛(ぞうはく)を斂(おさ)め、夏に貸して以て秋の実を収む。是の故に民に廃事無く、而して国に失利無し。
現代語訳
およそ「軽重」(物価の調節)による大きな利益とは、
高価な時に(物資を)市場に出して(=重きを以て)、
安価なもの(=軽き)を抑え、
安値な時に(物資を)外部に放出することで、
(物価の)安定を図ることです。
万物の(市場の)満ち足りた状態や不足した状態は、財(物資や貨幣)の量によって均衡が保たれ、変化しません。物価のバランスが崩れれば、高価なもの(重き)が顕著になります。
君主はそれがそうであることを知っています。だから、この均衡(准平)を保つことで(経済を)維持します。
万戸の都(大都市)には必ず万鍾(大容量の単位)の穀物倉を設け、千万銭を蓄えさせます。千戸の都(中規模都市)には必ず千鍾の穀物倉を設け、百万銭を蓄えさせます。
春には耕作に必要なものを、夏には除草に必要なものを、耒、耜、その他農具、さらに穀物や食糧を、全て君主から供給させます。そうなれば、大商人や富裕な蓄財家が、我々の民から(物を)強奪することができなくなるのです。それはなぜか? 君主がその根本(民の生活と生産)を養うことに慎重であったからです。
春には賦課して絹織物を徴収し、夏には(民に)貸し付けて秋の収穫物で回収します。このため、民衆には仕事を中断することがなく、国には利益を失うことがありません。
6.凡そ五穀なる者は、万物の主也
書き下し文
凡そ五穀なる者は、万物の主也。穀貴ければ則ち万物必ず賤しく、穀賤ければ則ち万物必ず貴し。両者敵と為せば、則ち倶(とも)に平らかならず。故に人君、穀物の秩(ちつ)相い勝つのを御(ぎょ)し、而してその平らかならざるの閒に事を操る。故に万民に籍(せき)無くして、国利君に帰する也。
夫れ室廡(しつぶ)を以て籍するは、之を成を毀(こぼ)つと謂う。六畜を以て籍するは、之を生を止むと謂う。田畝(でんぽ)を以て籍するは、之を耕を禁ずと謂う。正人(せいじん)を以て籍するは、之を情を離すと謂う。正戸(せいこ)を以て籍するは、之を贏(えい)を養うと謂う。
五者、用いること畢(ことごと)くすべからず。故に王者、徧行して尽くさず也。
故に天子は幣に籍し、諸侯は食に籍す。
中歳(ちゅうさい)の穀、糶石(ていせき)十銭。大男は四石を食し、月に四十の籍有り。大女は三石を食し、月に三十の籍有り。吾子(童子)は二石を食し、月に二十の籍有り。
歳凶穀貴、糴石(てきせき)二十銭なれば、則ち大男は八十の籍有り、大女は六十の籍有り、吾子は四十の籍有り。
是れ人君、号令を発し収嗇(しゅうしょく)して戸籍するに非ず。彼れ人君、その本委(ほんい)を守ること謹(つつし)み、而して男女諸君吾子、籍に服せざる者無き也。
一人廩食(りんしょく)すれば、十人余りを得る。十人廩食すれば、百人余りを得る。百人廩食すれば、千人余りを得る。
夫れ物多ければ則ち賤しく、寡(すくな)ければ則ち貴し。散ずれば則ち軽しく、聚(あつ)まれば則ち重し。人君は其の然るを知る。故に国の羨(あま)り不足を視てその財物を御(ぎょ)す。穀賤しければ則ち幣を以て食に予(あた)え、布帛賤しければ則ち幣を以て衣に予える。物の軽重を視て之を准を以て御す。故に貴賤調すべし、而して君その利を得る。
現代語訳
そもそも五穀(米、麦、粟など)は、あらゆる物資の主役です。穀物が高くなれば他の全ての物の価値は必ず安くなり、穀物が安くなれば他の全ての物の価値は必ず高くなります。この二つが対立すると、どちらも安定しません。ゆえに君主は、穀物の価格が互いに影響し合うのを制御し、その不安定な状況の間に(市場を)操作します。そうすることで、万民に直接の税金(籍)がなくとも、国家の利益は君主の元に帰ってくるのです。
家屋を基準に税を課すこと(室廡籍)は、「既にあるものを破壊する」ことと言われます。家畜を基準に税を課すこと(六畜籍)は、「生産を止める」ことと言われます。田畑を基準に税を課すこと(田畝籍)は、「耕作を禁じる」ことと言われます。正規の人員(兵士など)に税を課すこと(正人籍)は、「民の感情を乖離させる」ことと言われます。正規の戸口に税を課すこと(正戸籍)は、「無駄な蓄えを養う」ことと言われます。
これらの五つの徴税方法は、全てを用いるべきではありません。だから王者は、これら(のうち必要なもの)を広く行いますが、全てを使い尽くすことはありません。
ゆえに天子(天下の君主)は貨幣を基盤に税を課し、諸侯は食糧を基盤に税を課します。
平年の穀物は、一石あたり十銭で売買されます。成人男性は月に四石を消費し、四十銭の税金に相当する負担をします。成人女性は月に三石を消費し、三十銭の税金に相当する負担をします。子供は月に二石を消費し、二十銭の税金に相当する負担をします。
年が凶作で穀物が高騰し、一石あたり二十銭で売買されるならば、成人男性は八十銭の税金に相当する負担をし、成人女性は六十銭の税金に相当する負担をし、子供は四十銭の税金に相当する負担をします。
これは、君主が特別に号令を発して徴収したり、戸籍に基づいて税を課したりするわけではありません。君主がその基本的な物資の貯蔵を慎重に守っているため、男性も女性も、諸君も子供たちも、誰一人として(この間接的な税)を負担しない者はいなくなるのです。
一人が食糧を納めれば、十人が余剰を得ます。十人が食糧を納めれば、百人が余剰を得ます。百人が食糧を納めれば、千人が余剰を得ます。(これは、国家による食糧管理の波及効果を示唆。)
そもそも物資が多ければ安くなり、少なければ高くなります。分散すれば価値が軽くなり、集中すれば価値が重くなります。君主はそれがそうであることを知っています。だから、国の余剰と不足を視て、その財物を制御します。穀物が安ければ、貨幣を与えて(安く)穀物を買い入れ、布帛が安ければ、貨幣を与えて(安く)布帛を買い入れます。物資の軽重(高安)を視て、それを「准」(平準法)によって制御します。そうすることで、物価の貴賤(高低)を調整でき、君主はその利益を得ることができるのです。
8.玉は禺氏より起り、金は汝漢より起り
書き下し文
玉は禺氏(ぐうし)より起り、金は汝(じょ)漢(かん)より起り、珠は赤野(せきや)より起り、東西南北、周を距(へだ)たること七千八百里。水絶え壤断え、舟車通ずること能わず。
先王、その途の遠きこと、その至るの難きことを為(おも)えり。故にその重(おもき)に用を託し、珠玉を以て上幣と為し、黄金を以て中幣と為し、刀布を以て下幣と為す。
三幣、これを握れば則ち暖を補うこと有るに非ず、これを食すれば則ち飽きを補うこと有るに非ず。先王、以て財物を守り、以て民事を御し、而して天下を平らげたり。
現代語訳
玉は西方の禺氏(地名)で産出され、金は汝水と漢水の流域で産出され、真珠は南方の赤野(地名)で産出されます。東西南北にわたり、中心地からはるか七千八百里も離れており、川で隔てられ、陸地で断絶され、舟や車では行き来することができません。
先王は、その道のりの遠さや、それら(貴重な品)を入手することの困難さを考えました。ゆえに、その(品物の)「重さ」(価値)に貨幣としての役割を託し、珠玉を「上幣」(最高額貨幣)とし、黄金を「中幣」(中額貨幣)とし、刀貨や布貨(青銅貨幣)を「下幣」(低額貨幣)としました。
これら三種類の貨幣は、手に握っても暖かさを補うことはなく、食べても腹を満たすことはありません。しかし先王は、これら(貨幣)をもって財物を管理し、民の経済活動を制御し、もって天下を安定させたのです。
9.今、人君、籍を民に求むるに
書き下し文
今、人君、籍(せき)を民に求むるに、令して曰く、「十日にして具(そな)えよ。」と為さば、則ち財物の賈(こ)は什去一(じゅうきょいち)ならん。
令して曰く、「八日にして具えよ。」と為さば、則ち財物の賈は什去二ならん。
令して曰く、「五日にして具えよ。」と為さば、則ち財物の賈は什去且(しょ)ならん。
朝に令して夕に具えれば、則ち財物の賈は什去九ならん。
先王は其の然るを知る。故に万民に求めずして号令に籍する也。
現代語訳
もし今、君主が民衆に税金(籍)を求める際に、命令して「十日以内に用意せよ」と言ったとしましょう。そうすれば、財物(商品)の価格は(民が急いで売るため)十分の一下がるでしょう。
もし命令して「八日以内に用意せよ」と言ったとしましょう。そうすれば、財物の価格は十分の二下がるでしょう。
もし命令して「五日以内に用意せよ」と言ったとしましょう。そうすれば、財物の価格は十分の七も下がるでしょう。
もし朝に命令して夕方には用意せよと言えば、財物の価格は十分の九も下がってしまうでしょう。
先王はそれがそうであることを知っていました。だから、(直接)万民に(税を)求めず、国家の「号令」(経済政策)によって財源を確保したのです。
第74編 山国軌
2.桓公曰く、「行軌数奈何?
書き下し文
桓公曰く、「行軌数(こうきすう)奈何(いかん)?」
対えて曰く、「某郷の田若干、人事の准若干、穀重若干。曰く、某県の人の若干、田若干、幣若干にして用を中(あた)うるに、穀重若干にして幣を中うるに足るか?終歳、人の食するを度(はか)るに、その余り若干。曰く、某郷の女の事(こと)に勝(た)うる者、終歳、その功業を績(つむ)こと若干。功業を以て時価に直(あた)らせてこれを櫎(たくわ)え、終歳、人己(おの)が衣被(いひ)の後、余衣(よき)若干。別に群軌し、相い壤宜(じょうぎ)せよ。」
現代語訳
桓公は言いました、「『軌数』(法則に基づいた計算)を行うにはどうすればよいのか?」
(管子は)答えました、「ある郷(地域)の田畑はどれくらいで、そこでの人々(人事)の基準はどれくらいか、穀物の価値(重さ)はどれくらいか、という具合に(把握します)。
また、ある県の人口はどれくらいで、田畑はどれくらいか、貨幣はどれくらいあれば(生活に)適当で、穀物の価値はどれくらいあれば貨幣の価値に適当か?一年間を通して、人が消費する食糧を計算し、その余剰はどれくらいか。
また、ある郷で仕事に熟練した女性たちは、一年間を通してどれくらいの仕事(織物など)を成し遂げ、その成果(功業)を時価に換算して蓄える。一年間を通して、人々が自分たちの衣服を揃えた後、余剰となる衣服はどれくらいか。
そして、様々な『軌』(基準や法則)を区別し、それぞれの『壌宜』(地域の実情)に合わせて適用するのです。」
3.桓公曰く、「何謂ぞ別に群軌し
書き下し文
桓公曰く、「何謂ぞ別に群軌し、相い壤宜(じょうぎ)とは?」
管子対えて曰く、「莞蒲(かんぼ)の壤有り、竹箭(ちくせん)檀柘(だんしゃ)の壤有り、汜下漸沢(はんかぜんたく)の壤有り、水潦(すいろう)魚鼈(ぎょべつ)の壤有り。今、四壤の数、君は皆善く官し守る。則ち財物に籍して、人畝に籍せず。
十畝の壤、君、軌を以て守らざれば、則ち民且(まさ)に之を守らん。民に過(あやまち)有れば移(うつ)り力を長(と)り、本を以て得と為さず。此れ君の失也。」
現代語訳
桓公は言いました、「『様々な『軌』(基準)を区別し、それぞれの『壌宜』(地域の実情)に合わせて適用する』とは、どういうことか?」
管子は答えました、「ガマやアシが生える湿地の土地があり、竹やクワ、その他木材が育つ土地があり、水が溜まり湿地となる土地があり、水害が多く魚やスッポンが獲れる土地があります。
今、この四種類の土地(とその産物)の法則について、君主がすべて適切に管理し保持するならば、財物(土地から得られる特定の産物)に対して税を課し、個々の田畑の面積(人畝)に対して税を課す必要はありません。
もし十畝の土地を、君主がその法則(軌)に基づいて管理しなければ、民衆が勝手にそれを管理しようとするでしょう。民衆に間違いがあれば(君主の統制を)超えて勝手に力を伸ばし、本来の土地の用途以外で利益を得ようとします。これは君主の失策です。」
4.桓公曰く、「軌意安出?」
書き下し文
桓公曰く、「軌意安出(きいあんしゅつ)?」
管子対えて曰く、「陰(ひそか)にその軌に拠らざれば、皆下にその上を制す。」
桓公曰く、「此の若きの言は、何を謂う也。」
管子対えて曰く、「某郷の田若干、食する者若干。某郷の女事若干、余衣若干。」
謹んで州里に行いて曰く、「田若干、人若干、人衆にして田、食に度(はか)らざること若干。」曰く、「田若干、余食若干、必ず軌程を得る。此れ調の泰軌(たいき)也。然る後に調を立てて環乗(かんじょう)の幣を立つ。
田軌のその人の食に余り有る者は、謹んで公幣を焉(これ)に置く。大家は衆(おお)く、小家は寡(すくな)し。
山田閒田(かんでん)曰く、「終歳その食、その人に足らざること若干なれば、則ち公幣を焉に置く。以てその准重(じゅんじゅう)を充たさん。
歳豊年、五穀登る。高田(こうでん)の萌(ぼう)に謂いて曰く、『吾が子に幣を寄する所若干、郷穀の櫎(たくわ)え若干。請う、子の為に什減三(じゅうげんさん)せん。穀を上と為し、幣を下と為す。高田、閒田を撫(な)で、山田、穀を被ること十倍せざらん。山田は君の幣を寄せしを以て、その足らざるを振(たす)く。未だ淫失(いんしつ)せざる也。高田は時を以て主上を撫で、坐して長じ十を加う也。』
女貢織帛、苟(いやしく)も国に合する奉(ほう)なる者は、皆これを置いてこれを券(けい)し、郷の櫎(たくわ)え市の准(じゅん)を以てす。」
曰く、「上(かみ)に幣無く穀有れば、穀を以て幣を准(はか)る。穀を環(めぐ)らして筴(さく)に応じ、国の奉は穀を以て決す。反(かえ)って准賦(じゅんふ)して軌幣し、穀廩(こくりん)の重きこと十を加う有り。」
謂(い)うに大家貲家(しか)に曰く、「上且(まさ)に游(あそ)びを修めん。人、若干幣を出せ。」
謂うに隣県に曰く、「実有る者は皆左右すること勿(なか)れ。足らざれば、則ち且に人の馬の為にその食民を仮(か)らん。」
隣県四面皆穀を櫎え、坐して長じ十倍す。上下に令して曰く、「貲家幣を仮(か)さば、皆穀を以て幣を准(はか)る。幣を直(ちょく)してこれを庚(か)えん。穀を下と為し、幣を上と為す。
百都百県、軌、穀に拠りて、坐して長じ十倍す。穀を環(めぐ)らして幣を仮すに応じ、国の幣の九は上に在り、一は下に在り。
幣重ければ則ち万物軽し。万物を斂(おさ)め、これに幣を応ず。幣下(くだ)れば、万物皆上に在り。万物重きこと十倍。官府は市の櫎(たくわ)えを以て出し、万物隆(さか)えて止まる。国軌は未だ形(あらわ)れざるに布(し)き、その已に成れるに拠り、令に乗じて進退し、民に求むること無きを、之を国軌と謂う。」
現代語訳
桓公は言いました、「『軌』(基準や法則)の真意はどこにあるのか?」
管子は答えました、「もし密かにその『軌』(基準)を掌握しなければ、下(民間)が上(国家)を制御することになります。」
桓公は言いました、「この言葉はどういう意味か?」
管子は答えました、「ある郷の田畑はどれくらいで、食べる人はどれくらいか。ある郷の女性の仕事はどれくらいで、余剰となる衣服はどれくらいか。(といった情報を把握します。)
そして、慎重に州や里(地方行政単位)を視察して、こう言うべきです。『田畑はこれくらい、人はこれくらい。人が多すぎて田畑が(食糧の)量を満たさないのはどれくらいか。』あるいは、『田畑はこれくらいで、余剰の食糧はこれくらい。必ず(適切な)法則と基準を得ることができる。これが(経済)調整の究極の法則である。』その後に調整策を確立し、循環流通を促す貨幣制度を確立します。
田畑の生産基準において、その土地の住民が消費する食糧に余剰があるならば、慎重に公の貨幣(政府発行の貨幣)をそこに置きます。(その際、)大家族には多く、小家族には少なく(配分します)。
山間部の田畑や、休閑地(閒田)については、こう言います。『一年を通してその食糧がその住民の消費量に不足するならば、公の貨幣をそこに置く。それによってその(土地の)価値を(基準に)満たし、安定させよう。』
年が豊作で、五穀が実り豊かであるとします。(その時、)生産性の高い田畑の農民たちにこう告げます。『私(君主)があなた方に貸し付けた貨幣はこれくらいで、郷(地域)の穀物の備蓄はこれくらいだ。どうぞ、あなた方のために(返済額を)十分の三減免しましょう。穀物を主とし、貨幣を従とします。(豊作の恩恵で)高田が休閑田を助け、山間の田畑は十倍もの穀物を産出しないでしょう(=本来の生産性を維持しつつ助ける)。山間部の田畑は、君主が貸し付けた貨幣によって、その不足を補うことができます。まだ(利益を)失ったわけではありません。(一方で、)高田は(豊作の)時機に乗じて君主を助け、(その利益は)何もしなくても十倍にも増えるでしょう。』
女性が織る絹織物で、もし国家の徴収基準に合致するならば、それらを全て買い取り、証書(券)を発行し、郷(地域)の備蓄や市場の基準に従って管理します。
さらにこう言います、『もし国家に貨幣がなく穀物があるならば、穀物をもって貨幣の価値基準とする。穀物を流通させて政策(筴)に応じさせ、国家の歳入は穀物によって決定する。逆に(貨幣の)基準に基づいて(穀物を)賦課し、貨幣を制度化すれば、穀物倉の価値は十倍にも増加するだろう。』
裕福な商人や富豪たちにはこう告げます、『国家は(大規模な公共事業や遠征など)の事業を修めるであろう。人々はそれぞれこれくらいの貨幣を出せ。』
隣接する県にはこう告げます、『実際に備蓄がある者は皆、私的な取引を控えるように。もし不足するならば、軍馬のために食糧を(国家から)貸し与えよう。』
すると隣接する四方の県は皆、穀物を備蓄し、何もしなくても(穀物の価値が上がって)十倍にも利益が増えるでしょう。
上下の者たちに命令してこう告げます、『富豪たちが貨幣を貸し付けるならば、皆、穀物をもって貨幣の価値基準とするように。貨幣を(穀物に)直接換算して更新(庚)する。(つまり、貨幣の価値が下がり、)穀物が主となり、貨幣が従となる。』
百の都市、百の県は、穀物に基づいて基準を確立し、何もしなくても(穀物の価値が上がって)十倍にも利益が増えるでしょう。穀物を流通させて貨幣の貸し付けに応じさせれば、国家の貨幣の九割は国家にあり、一割は民間に流通するようになる。
貨幣の価値が高ければ、他の全ての物資の価値は安くなる。あらゆる物資を(国家が)徴収し、それに対して貨幣を支給する。貨幣の価値が低ければ、他の全ての物資の価値は全て高くなり、物資の価値は十倍にも重くなる。(国家は)官府の備蓄を市場に出して(物価を)平準化し、物価が高騰すればそれを止める。
このように、国家の『軌』(統治基準)が、まだ具体的な形になる前から(政策として)敷かれ、すでに形成された(市場の法則)に基づいて、命令によって(経済を)進退させ、民衆から直接何かを求めることがない。これを『国軌』と言うのです。」
5.桓公、管子に問うて曰く、「籍せずして国を贍う
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「籍(せき)せずして国を贍(まかな)う、為すに道有りや?」
管子対えて曰く、「軌、その時を守り、天財を官すれば、何ぞ民に求めんや?」
桓公曰く、「何謂ぞ官天財(かんてんざい)とは?」
管子対えて曰く、「泰(たい)春は、民の功繇(こうよう)。泰夏は、民令の止むる所、令の発する所。泰秋は、民令の止むる所、令の発する所。泰冬は、民令の止むる所、令の発する所。此れ皆民の時を以て守る所以(ゆえん)也。此れ物の高下の時也。此れ民の相い并兼(へいけん)する所以の時也。君は諸(こ)れ四務(しむ)を守れ。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「直接税を課さずに国を維持する方法はありますか?」
管子は答えました、「(経済の)法則がその時宜を守り、国家が天からの恵み(天然資源)を管理すれば、どうして民衆に(直接税を)求める必要があるでしょうか?」
桓公は言いました、「『国家が天からの恵みを管理する』とは、どういうことか?」
管子は答えました、「春には、民衆が力を出し合う時です。(国家はこれを見て)民衆の命令を止めたり、命令を発したりするのです。夏には、民衆の命令を止めたり、命令を発したりする時です。秋には、民衆の命令を止めたり、命令を発したりする時です。冬には、民衆の命令を止めたり、命令を発したりする時です。これらはすべて、民衆が時期に応じて生活を営むべき時です。これは、物資の価格が高騰したり下落したりする時期です。これは、民衆が互いに富を併合したり、兼併したりする時期です。君主はこれらの『四務』(四季の業務)を掌握すべきです。」
6.桓公曰く、「何謂ぞ四務とは?」
書き下し文
桓公曰く、「何謂ぞ四務(しむ)とは?」
管子対えて曰く、「泰春、民の且(まさ)に用いる所なる者は、君既にこれを廩(りん)せり。泰夏、民の且に用いる所なる者は、君既にこれを廩せり。泰秋、民の且に用いる所なる者は、君既にこれを廩せり。泰冬、民の且に用いる所なる者は、君既にこれを廩せり。
泰春に功布(こうふ)し日、春には縑衣(けんい)、夏には単衣(たんい)、捍(かん)、寵(ちょう)、纍(るい)、箕(き)、勝(しょう)、籯(えい)、屑(せつ)、●(きゅう)若干。日の功、人を用いること若干。貲(し)の家無き者は、皆械器(かいき)勝(しょう)籯(えい)屑(せつ)●(きゅう)公衣(こうい)を仮(か)す。功已(おわ)れば公衣折券(せっけん)を帰す。故に力は民より出で、而して用は上より出ず。
春十日、耕事を害せず。夏十日、芸事を害せず。秋十日、斂実(れんじつ)を害せず。冬二十日、除田(じょでん)を害せず。此れ之を時作(じさく)と謂う。」
現代語訳
桓公は言いました、「『四務』(四季の業務)とは何か?」
管子は答えました、「春に民衆がまさに必要とするものは、君主がすでにそれを備蓄してあるのです。夏に民衆がまさに必要とするものは、君主がすでにそれを備蓄してあるのです。秋に民衆がまさに必要とするものは、君主がすでにそれを備蓄してあるのです。冬に民衆がまさに必要とするものは、君主がすでにそれを備蓄してあるのです。
春には(農具などの)功布を施し、(農作業の)日数を定め、春には絹の衣を、夏には単衣を(支給し)、また防具、日よけ、縄、箕、籠、竹かご、屑籠(くずかご)、熊手などをそれぞれ必要に応じて供給します。一日の作業(功)に対して、必要な人数を割り当てます。
財産(貲)のない貧しい家には、皆、農具や籠、公用の衣類を貸し与えます。作業が終われば、公用の衣類と貸し付けの証書(折券)を返却させます。ゆえに、労働力は民衆から出ますが、必要な物資は国家から供給されるのです。
春の十日間(の作業)は、耕作の妨げになりません。夏の十日間は、除草作業の妨げになりません。秋の十日間は、収穫作業の妨げになりません。冬の二十日間は、田畑の手入れの妨げになりません。これを『時作』(時機を捉えた公共事業・労働動員)と言います。」
7.桓公曰く、「善。吾、軌官を立てんことを欲す
書き下し文
桓公曰く、「善。吾、軌官(きかん)を立てんことを欲す、之を為す奈何?」
管子対えて曰く、「塩鉄の筴(さく)、以て軌官を立つるに足る。」
桓公曰く、「奈何?」
管子対えて曰く、「龍夏の地、黄金九千を布(し)き、幣を以て金を貲(うなが)し、巨家は金を以て、小家は幣を以てす。
周岐山より崢丘の西塞丘に至る者は、山邑(さんゆう)の田也。幣を布(し)き貧富に称(かな)いてこれを調(ととの)う。
周寿陵より東へ少沙に至る者は、中田也。幣を以てこれに拠り、巨家は金を以て、小家は幣を以てす。
三壤(さんじょう)既に撫(な)でて、国穀、再什倍す。
梁渭陽瑣(りょういようさ)の牛馬、斉衍(せいえん)に満つ。請う、これを駆(お)い顛歯(てんし)し、その高壮を量りて、曰く、国師旅(こくしりょ)と為す。戦車の駆(お)い就(な)るに、子の牛馬を斂(おさ)めん。
上(かみ)に幣無くば、請う、穀を以て市の櫎(たくわ)えを視て子の牛馬を庚(か)えん。上(かみ)の粟(ぞく)二家を為し、二家その粟を散じ、反(かえ)って准(じゅん)じて牛馬を上に帰す。」
現代語訳
桓公は言いました、「よろしい。私は『軌官』(物価や市場を管理する役所)を設置したいのだが、どうすればよいか?」
管子は答えました、「塩と鉄の国家管理策(筴)があれば、十分に『軌官』を設置することができます。」
桓公は言いました、「どういうことか?」
管子は答えました、「龍夏(地名)の地では、黄金九千(の貨幣)を流通させ、貨幣で金(財産)を促進し、大富豪は金(地金)を使い、小富豪は貨幣を使わせます。
岐山から崢丘の西の塞丘に至る地域は、山間部の村落の田畑です。貨幣を流通させ、貧富に応じて(富を)調整します。
寿陵から東へ少沙に至る地域は、中程度の生産性の田畑です。貨幣をもってここに拠点を置き、大富豪は金(地金)を使い、小富豪は貨幣を使わせます。
これら三種類の地域(土地)の民を既に安定させたならば、国の穀物は再び十倍にも増えるでしょう。
梁と渭水の北の陽瑣の牛馬が斉の平野に満ち溢れています。どうぞ、(国家が)これらを買い集め、年齢や歯の状態、高さや丈夫さを測って、国の軍隊(師旅)の軍馬としましょう。戦車が出撃する際には、あなたの牛馬を徴収するでしょう。
もし国家に貨幣がなければ、どうぞ穀物をもって市場の備蓄状況を視て、あなたの牛馬を評価し、(それに応じた穀物を)お渡ししましょう。(国家が)備蓄した穀物で二つの富豪家を形成し、その二つの家が穀物を市場に流通させることで、(国家が)安定した基準で牛馬を国家に帰属させるのです。」
8.管子曰く、「請う、民に貲を立てん」
書き下し文
管子曰く、「請う、民に貲(し)を立てん。田倍すれば、内にはその外を有すること毋(なか)れ。外は皆貲壤(しじょう)と為す。被鞍(ひあん)の馬千乗、斉の戦車(せんしゃ)の具。此に具わらば、民に求むること無し。
此れ丘邑(きゅうゆう)の籍を去る也。国穀の朝夕は上に在り。山林廩(りん)械器(かいき)の高下は上に在り。春秋冬夏の軽重は上に在り。
田疇(でんちゅう)を行く。田中に木有る者は、之を穀賊(こくぞく)と謂う。宮中四栄(しえい)、その余りを樹(う)つを曰く、女功を害す。
宮室械器、山に非ずんば仰ぐ所無し。然る後に君、三等の租(そ)を山に立つ。曰く、『握(あく)以下なる者は柴楂(さいさ)と為す。把(は)以上なる者は室奉(しつほう)と為す。三囲以上なる者は棺槨(かんかく)の奉と為す。柴楂の租若干、室奉の租若干、棺槨の租若干。』」
現代語訳
管子は言いました、「どうぞ、民衆の中に富裕な者(貲)を設けましょう。田畑が(通常の)倍もあるような富裕な者については、(その資産の)内部(核となる部分)以外は私有を認めず、外部は全て国家の資産とします。
千乗もの鞍をつけた馬(軍馬)や、斉の戦車の装備品を(国家の備蓄として)ここに揃えることができれば、民衆に(直接)求める必要はありません。
これは丘邑(農村)からの税金(籍)を廃止することになります。
国家の穀物の日常的な備蓄は(国家の)管理下にあります。山林からの農具(械器)の価格の高下も(国家の)管理下にあります。春秋冬夏の物価の軽重も(国家の)管理下にあります。
田畑を巡ると、畑の中に木が植えられているものがあります。これを『穀賊』(穀物の生産を妨げる賊)と呼びます。(宮殿の)四方の庭園で、その余った土地に木を植えることは、女性の生産活動(織物など)を妨げると言われます。
宮室の建築や器具(械器)は、山林がなければ頼るものがありません。(だから)その後に君主は、山林に対して三種類の租税(税金)を設けます。
曰く、『手のひらで握れる程度の大きさの木材は柴楂(薪や粗末な枝)とする。腕で掴める以上の大きさの木材は室奉(家屋建築材)とする。三抱え以上の大きさの木材は棺槨(棺桶や外棺材)とする。柴楂の租はこれくらい、室奉の租はこれくらい、棺槨の租はこれくらいと定める。』」
9.管子曰く、「塩鉄、軌を撫で、穀一を廩して」
書き下し文
管子曰く、「塩鉄、軌を撫(な)で、穀一を廩(りん)して十、君常に九を操る。民、衣食して下に繇(ゆ)くも、安んじて怨咎(えんきゅう)無し。
その田賦を去り、以てその山を租す。
巨家、その親を重く葬する者は、重租に服す。小家、その親を菲(うす)く葬する者は、小租に服す。
巨家、その宮室を美しく修むる者は、重租に服す。小家、陋(いや)しく室廬を為す者は、小租に服す。
上(かみ)、国民の貧富に軌を立てること、繩(なわ)を以て之を加えるが如し。之を国軌(こくき)と謂う。」
現代語訳
管子は言いました、「塩と鉄(の専売)によって(経済の)法則(軌)を整え、穀物(生産の)一割を国家が蓄えれば、その九割は常に君主が掌握することになります。(残り一割は民に還元されるという解釈も可能。)民衆は衣食が足りて生活できれば、不平不満もありません。
その田畑への直接税(田賦)を廃止し、代わりにその山林(からの産物)に税を課します。
裕福な家で、親を盛大に葬儀する者には、重い税金を課します。貧しい家で、親を質素に葬儀する者には、軽い税金を課します。
裕福な家で、宮殿のような立派な家屋を建てる者には、重い税金を課します。貧しい家で、粗末な家屋を建てる者には、軽い税金を課します。
国家が国民の貧富に応じて(課税の)基準(軌)を定めることは、まるで縄を当てて(真っ直ぐに)測るように公平であるべきです。これを『国軌』と言います。」
第75編.山権敷
1.桓公、管子に問うて曰く、「請問、権数けんすう」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、権数(けんすう)?」
管子対えて曰く、「天は時を以て権と為し、地は財を以て権と為し、人は力を以て権と為し、君は令を以て権と為す。天の権を失えば、則ち人地の権亡(ほろ)ぶ。」
桓公曰く、「何為ぞ天の権を失すれば則ち人地の権亡ぶとは?」
管子対えて曰く、「湯、七年旱(ひでり)し、禹、五年水す。民の𥼷(こめ)無くして子を売る者、湯は荘山の金、幣を鋳(い)て、民の𥼷無くして子を売る者を贖(あがな)う。禹は歴山の金、幣を鋳て、民の𥼷無くして子を売る者を贖う。故に天権失すれば、人地之権皆失する也。
故に王者、歳、十分の参を三年と少半を守り、成歳(せいさい)三十一年、十一年と少半を蔵(かく)す。参の一を蔵するも、以て民を傷(そこな)うに足らず、而して農夫は力を尽くして敬(つつし)み作(な)す。故に天地を毀(そこな)い、凶旱(きょうかん)水泆(すいいつ)するも、民の溝壑(こうがく)に入りて乞請(きつせい)する者無き也。此れ時を守りて天権を待つ道也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『権数』(国家の権力を行使する上での法則や手段)とは何ですか?」
管子は答えました、「天は時を司る権限を持ち、地は財物(資源)を司る権限を持ち、人は力(労働力)を司る権限を持ち、君主は命令を司る権限を持ちます。もし天の権限(天候や季節の法則)を失えば、人や地の権限も失われます。」
桓公は言いました、「なぜ天の権限を失うと、人や地の権限も失われるのですか?」
管子は答えました、「殷の湯王の時代には七年間も日照りが続き、夏の禹王の時代には五年間も水害がありました。民衆が食糧(𥼷)がなくなり、子供を売るような事態になった時、湯王は荘山の金を使って貨幣を鋳造し、子供を売った民衆を買い戻しました。禹王は歴山の金を使って貨幣を鋳造し、子供を売った民衆を買い戻しました。
このように、もし天の権限(異常気象)によって災害が起こり、それに対応できなければ、人(民衆の生活)や地(国の経済基盤)の権限も失われてしまうのです。
だからこそ、賢明な君主は、毎年、十分の三(約三割)の食糧を三年と少しの間、備蓄し続けます。こうして合計三十一年間備蓄すれば、十一年と少しの備蓄ができるのです。三年間でその年の収穫の三分の一を備蓄すれば、民衆を傷つけることなく(負担をかけずに)、農民は真剣に、そして精力的に耕作に励みます。
こうすれば、たとえ天が災害をもたらし、凶作や旱魃、あるいは洪水が起こっても、民衆が溝や谷に身を投げて物乞いをするようなことはなくなります。これこそが、時宜を守りながら天の権限(自然の摂理)を待ち受ける(=それに対応する)道なのです。」
2.桓公曰く、「善、吾、三権の数を行わんと欲す
書き下し文
桓公曰く、「善、吾、三権(さんけん)の数を行わんと欲す。為すに奈何?」
管子対えて曰く、「梁山の陽、綪絤(せいけつ)夜石(やせき)の幣、天下に有ること無し。」
管子曰く、「以て国穀を歳、一分を守る。以て五年を行えば、国穀の重きこと、什倍(じゅうばい)異日。」
管子曰く、「請う、幣を立つ。国銅を以て二年之粟(ぞく)顧(かえり)みる。黔落(けんらく)を立て、力を天下と調(ととの)うに重し。彼重ければ則ち射(しゃ)せられ、軽ければ則ち泄(も)る。故に天下と調う。泄るる者は権を失う也、射せらるる者は筴(さく)を失う也。天権を備えずんば、下相い求めて備え、下を准(じゅん)じて陰(ひそか)に隷(れい)す。此れ刑罰の起る所にして、乱の本也。故に平らかなれば則ち平らかならず、民富めば則ち貧しきに如かず、委積(いせき)すれば則ち虚(むな)しきのみ。此れ三権の失也已(のみ)。」
桓公曰く、「三権の数を守るに奈何?」
管子対えて曰く、「大いに豊かなれば則ち分を蔵し、阨(あい)も亦た分を蔵す。」
桓公曰く、「阨は益する所以(ゆえん)也、何ぞ分を蔵せん?」
管子対えて曰く、「隘(あい)なれば則ち益し易し也。一は以て十と為すべし、十は以て百と為すべし。阨を以て豊を守り、阨の准数(じゅんすう)一にして上(あ)がるは十、豊の筴数(さくすう)十にして九を去らば、則ち吾が九は数に余(あま)り有り、筴豊なれば則ち三権皆君に在り。此れ之を国権(こっけん)と謂う。」
現代語訳
桓公は言いました、「よろしい、私は『三権』(天・地・人の権限)の法則を実践したい。どうすればよいか?」
管子は答えました、「梁山の南には、赤や黒の模様が入った夜光石のような貴重な貨幣は、天下に他にはありません。」
管子は言いました、「(この貴重な貨幣を基盤として、)国家の穀物を毎年その一割を備蓄します。これを五年行えば、国家の穀物備蓄の重要性は、以前の十倍になるでしょう。」
管子は言いました、「どうぞ、(新たな)貨幣を制定しましょう。国家が発行する銅貨は、二年分の穀物備蓄を担保とします。
(また、)民衆(黔落)を定住させ、その労働力を天下の(経済)調整において重要な要素とします。彼らの(労働力の)価値が高まれば(国家に)徴発され(射)、低くなれば(労働力が)流出します(泄)。だから天下と調整するのです。(労働力が)流出する者は(自身の)権限(力)を失い、徴発される者は政策(筴)の意図を失います。
もし天の権限(自然の法則)に対する備えがなければ、下(民衆)は互いに(困窮を)補い合おうとし、下(民衆)を(国家が)基準化して密かに隷属させることになります。これこそが刑罰が起こる原因であり、乱の根本です。
ゆえに、(物価が)平らであれば不平が生じ、民が豊かであれば貧しい方がよく、備蓄はかえって空虚になってしまいます。これらは『三権』の失策なのです。」
桓公は言いました、「『三権』の法則を維持するにはどうすればよいか?」
管子は答えました、「大豊作の時には(余剰分を)備蓄し、不作の時(阨)にも同様に(備蓄すべき分を)備蓄します。」
桓公は言いました、「不作の時は(物資を)増やすべき時なのに、なぜ備蓄するのですか?」
管子は答えました、「不足している時(隘)こそ、増やしやすいのです。一は十にもなり、十は百にもなります。不作の時(阨)を捉えて豊作の時の備蓄を維持し、不作の時の基準価格を(通常の一から)十まで高騰させ、豊作の時の政策価格を(通常の十から)九まで引き下げれば、私たちの(国家の)備蓄は余剰となり、豊作の時期には『三権』が全て君主の手に集中します。これを『国権』と言うのです。」
3.桓公、管子に問うて曰く、「請問、国制?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、国制(こくせい)?」
管子対えて曰く、「国に制無く、地に量有り。」
桓公曰く、「何謂ぞ国に制無く地に量有る?」
管子対えて曰く、「高田(こうでん)十石、閒田(かんでん)五石、庸田(ようてん)三石、その余は皆荒田(こうでん)に属す。
地量百畝は、一夫の力也。粟賈(ぞくか)一、粟賈十、粟賈三十、粟賈百。
その流筴(りゅうさく)に在る者、百畝は中千畝の筴に從う也。然らば則ち百乗は千乗に從い、千乗は万乗に從う也。故に地に量有り、国に筴(さく)無し。」
桓公曰く、「善。今、大国を為さんと欲す。大国は天下を為さんと欲す。権筴に通ぜずんば、その能無からん者矣。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『国制』(国家の統治制度)とは何ですか?」
管子は答えました、「国家には固定的な制度はありませんが、土地には(生産力の)基準(量)があります。」
桓公は言いました、「『国家に固定的な制度がなく、土地に基準がある』とは、どういう意味ですか?」
管子は答えました、「生産性の高い高田は(一畝あたり)十石、休閑地(閒田)は五石、並の田畑(庸田)は三石(の収穫がある)。残りは全て荒田に分類されます。
土地の広さ百畝は、一人の男の労働力に見合う基準です。穀物の価格は一(単位)、十(単位)、三十(単位)、百(単位)と変動します。
(国家の)流通政策(流筴)の対象となるものは、百畝の土地が、千畝の土地に対する政策と同じように扱われます。そうであるならば、百乗(の兵力を持つ国)は千乗(の国)に従い、千乗(の国)は万乗(の国)に従うでしょう。
ゆえに、土地には(生産力の)基準がありますが、国家には(画一的な固定された)政策(筴)はありません。」
桓公は言いました、「よろしい。今、大国になろうとしています。大国は天下を支配しようとします。(しかし、)『権数』(権力行使の法則)や『筴』(政策)に通じていなければ、成功することはできないでしょう。」
4.桓公曰く、「今、権数を行わん奈何?」
書き下し文
桓公曰く、「今、権数(けんすう)を行わん奈何?」
管子対えて曰く、「君、広狭の数に通じて、狭を以て広を畏(おそ)れざること。軽重の数に通じて、少を以て多を畏れざること。此れ国筴の大者也。」
桓公曰く、「善、蓋(おお)い天下、海内を視(し)て、誉を長くして止むること無きは、為すに道有りや?」
管子対えて曰く、「有り。軌、その数を守り、流を准平(じゅんへい)し、未だ形(あらわ)れざるに動きて、事の已に成れるを守る。物一なれども、十は是れ九を以て用を為す。徐疾の数、軽重の筴也。一は以て十と為すべし、十は以て百と為すべし。十の半を引いて四を蔵す。五を以て事を操るは、君の決塞(けっそく)に在り。」
桓公曰く、「何謂ぞ決塞(けっそく)?」
管子曰く、「君、仁を高からしめざれば、則ち国は相い被(こうむ)らず、君、慈孝(じこう)を高からしめざれば、則ち民、その親を簡(あなど)りて過ちを軽んず。此れ乱の至る也。
則ち君、請う、国筴の十分の一なる者、表を樹(た)てて高きを置かん。郷の孝子を聘する幣は、孝子の兄弟衆寡、師旅の事と与(あずか)らず。表を樹て高きを置くも、高きは仁慈(じんじ)孝。財散じて軽く、軽に乗じてこれを筴を以て守らば、則ち十の五は上に有り、鉉(げん)五、事を行うが如く、日月(じつげつ)の終(おわ)りて復(かえ)るが如し。此れ長く天下を有(たも)つ道、之を准道(じゅんどう)と謂う。」
現代語訳
桓公は言いました、「今、『権数』(国家の権力行使の法則)をどのように実践すればよいか?」
管子は答えました、「君主が(国土や人口の)広狭の法則に通じ、狭いからといって広い(国や勢力)を恐れないこと。(物価の)軽重の法則に通じ、少ないからといって多い(物資や富)を恐れないこと。これこそが国家の政策(国筴)の最も重要なものです。」
桓公は言いました、「よろしい。天下を覆い、海内(全土)を統治し、その名声が長く途切れないようにするには、何か方法がありますか?」
管子は答えました、「あります。(経済の)法則(軌)がその基準(数)を守り、(物価や財物の)流通を平準化し、まだ形になっていない事態に先んじて行動し、すでに形成された事態に対応すること。
一つの物資であっても、十のうち九は(国家にとって)利用価値があるようにします。(経済の)緩急の法則、これが『軽重の政策(筴)』です。一は十にもなり、十は百にもなります。
(国家が)十の半分の(財源)を引き出して四を蓄える。そして残りの五を使って事業を運営するかどうかは、君主が(経済活動を)開放するか(決)、閉鎖するか(塞)の決断にかかっています。」
桓公は言いました、「『開放するか閉鎖するか(決塞)』とは、どういう意味か?」
管子は答えました、「もし君主が仁を重んじなければ、国家は互いに助け合わず、君主が慈悲や孝行を重んじなければ、民衆は親を軽んじ、過ちを軽視するでしょう。これこそが乱の起こる原因です。
ですから君主は、どうぞ国家の政策の十分の一(の財源)を使って、孝行な者を表彰し、高い地位を与えましょう。郷里の孝行な息子を招くための費用は、その孝行な息子の兄弟が多かったり少なかったりしても、軍事や遠征の任務には参加させません。
このように孝行な者を表彰し高い地位を与え、(そのための)財を分配して(民衆の)負担を軽くし、この『軽い』状態を利用して政策(筴)で(国家の権益を)守れば、(国家の)財源の五割は常に国家の管理下にあり、残りの五割は事を行う(経済を動かす)ように、まるで太陽や月が満ち欠けして再び現れるように(循環し続けます)。これこそが長く天下を治める道であり、これを『准道』(公平な道)と言うのです。」
5.桓公、管子に問うて曰く、「請問、教数?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、教数(きょうすう)?」
管子対えて曰く、「民の能く農事に明らかなる者には、黄金一斤を置き、食八石に直(あたい)す。民の能く六畜を蕃育(はんいく)する者には、黄金一斤を置き、食八石に直す。民の能く樹蓺(じゅげい)する者には、黄金一斤を置き、食八石に直す。民の能く瓜瓠(かこ)葷菜(くんさい)百果を樹てて蕃(はん)袬(や)く(=豊かに実らせる)者には、黄金一斤を置き、食八石に直す。民の能く民の疾病を已(や)ます者には、黄金一斤を置き、食八石に直す。民の時を知り、曰く歳且(まさ)に阨(あい)せん、曰く某穀は登らず、曰く某穀は豊ならんという者には、黄金一斤を置き、食八石に直す。民の蚕桑に通じ、蚕をして疾病せしめざる者には、皆黄金一斤を置き、食八石に直す。
謹んでその言を聴き、これを官に蔵し、師旅の事に与(あずか)る所無からしむ。此れ国筴の者也。
国用相い靡(び)して足り、相い困揲(こんちょう)して𠸆(た)る。然る後に四限(しげん)高下を置き、之を徐疾駆屏(くへい)し、万物を筴を以て守る。五官技(ごかんぎ)有り。」
桓公曰く、「何謂ぞ五官技?」
管子曰く、「詩は物を記す所以(ゆえん)也、時は歳を記す所以也、春秋は成敗を記す所以也。行は民の利害を道(い)う也、易は凶吉成敗を守る所以也、卜は凶吉利害を卜(うらな)う也。民の能く此れなる者には、皆一馬の田、一金の衣を置く。此れ君をして迷妄(めいもう)せしめざる数也。
六家(りくか)の者、既にその時を見、豫(あらかじ)め蚤(はや)く閑(ひま)の日、之を受けしむ。故に君は時を失うこと無く、筴を失うこと無く、万物興り豊かにして利を失うこと無く、遠く得失を占(し)り、以て末教(まつきょう)と為す。詩は人の辞を失うこと無く記し、行は道を殫(つく)して義を失うこと無く、易は禍福凶吉を乱さずして守る。此れ之を君柄(くんへい)と謂う。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『教数』(教育や人材育成の法則)とは何ですか?」
管子は答えました、「農事に詳しい民衆には、黄金一斤(の褒美)を与え、これは食糧八石に相当します。六畜(牛、馬、羊、鶏、犬、豚)を繁殖させるのが得意な民衆には、黄金一斤を与え、食糧八石に相当します。果樹や作物を栽培する能力のある民衆には、黄金一斤を与え、食糧八石に相当します。瓜やヒョウタン、野菜、あらゆる果物を豊かに実らせる能力のある民衆には、黄金一斤を与え、食糧八石に相当します。民衆の病気を治せる者には、黄金一斤を与え、食糧八石に相当します。時を知り、『今年は不作になるだろう』、『この穀物は不作だろう』、『この穀物は豊作だろう』と予見できる民衆には、黄金一斤を与え、食糧八石に相当します。養蚕に精通し、蚕を病気させない者には、皆、黄金一斤を与え、食糧八石に相当します。
これらの人々の言葉を慎重に聞き、その知識を国家の記録として保存し、彼らが軍事や遠征の任務に関わらないようにします。これこそが国家の政策(国筴)の要点です。
国家の財用は、互いに浪費せずとも十分であり、互いに不足し、苦しむことがあっても満たされるでしょう。
その後に、四つの上限と下限を設け、それらを緩急自在に動かし制御し、万物を政策(筴)によって管理します。そして、五つの官僚的専門技術があります。」
桓公は言いました、「『五つの官僚的専門技術』とは何ですか?」
管子は答えました、「『詩』は物事(=民衆の感情や風俗)を記録するためのものです。『時』は歳(=季節や年間の変動)を記録するためのものです。『春秋』は(歴史上の)成否を記録するためのものです。『行』は民衆の利害を導き出すためのものです。『易』は吉凶や成敗を把握するためのものです。『卜』は吉凶や利害を占うためのものです。
これらの能力を持つ民衆には、皆、一頭の馬を養える田地と、黄金一斤に相当する衣類を与えます。これこそが、君主が迷い惑わないための法則なのです。
(詩・時・春秋・行・易・卜という)六つの分野の専門家たちは、すでにその時機(=知識が役立つ時)を把握しており、あらかじめ早い時期に暇を与えて、その知識を(国家に)受け入れさせます。
ですから、君主は時機を失うことがなく、政策を誤ることがなく、万物は豊かに繁栄し、利益を失うことがありません。遠くの事柄の得失をも予測し、これを『末教』(末端の教育、あるいは最終的な教え)とします。
『詩』は人々の言葉(=実情)を失うことなく記録し、『行』は道を尽くして義を失うことがなく、『易』は禍福、吉凶を混乱させずに把握します。これこそが『君柄』(君主が掌握すべき大綱)と言うのです。」
8.桓公、管子に問うて曰く、「軽重、准施せり。筴、此に尽きるか?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「軽重、准施せり。筴、此に尽きるか?」
管子曰く、「未也。将に神用宝(しんようほう)を御せん。」
桓公曰く、「何謂ぞ神用宝を御せん?」
管子対えて曰く、「北郭(ほくかく)に闕(けつ)を掘りて亀を得る者有り。此れ数里の地を検する也。」
桓公曰く、「何謂ぞ亀を得て百里の地を検する?」
管子対えて曰く、「北郭の亀を得る者、之を平盤(へいばん)の中に過(すす)ましむ。君、請う、十乗の使、百金の提を起し、北郭の亀を得る家に命じて曰く、『若(なんじ)に服中大夫(ちゅうたいふ)を賜う。東海の子、亀に類し、若に託舎(たくしゃ)す。若に大夫の服を賜い、以てその身を終えしめん。若を労するに百金。』之の亀は貲(し)無しと為し、泰臺(たいだい)に蔵す。一日、之を四牛を以て釁(いけにえ)し、宝日(ほうじつ)貲無きを立つ。
還(かえ)って四年、孤竹(こちく)を伐つ。刃氏(じんし)の家の粟(ぞく)、三軍の師を食するに足るべし。行(ゆ)くこと五月、刃氏を召して命じて曰く、『吾に貲無き宝此れに有り。吾今、将に大事有らん。請う、宝を以て子に質(しち)と為し、以て子の邑粟(ゆうぞく)を仮(か)らん。』刃氏、北郷(ほくきょう)して再拝、粟を入れて、敢えて宝質を受けず。桓公、刃氏に命じて曰く、『寡人老いたり。子の為す者は此の数を知らず。終に吾が質を受けよ。』刃氏帰りて、革(あらた)めて室を築き籍を賦して亀を蔵す。
還って四年、孤竹を伐つ。刃氏の粟、三軍五月(いつげつ)の食に中(あた)る。
桓公、貢数(こうすう)を立て、文行、中七年、亀、中四千金、黒白の子、当に千金。凡そ貢制(こうせい)、二斉の壤(じょう)に中(あた)り、筴を以て貢を用う。国危うければ宝を出し、国安ければ流れを行う。
桓公曰く、「何謂ぞ流れを行う?」
管子対えて曰く、「物、豫(あらかじ)め有れば、則ち君は筴を失い民は生を失う矣。故に善く天下を為す者は、二豫(にょ)の外に操る。」
桓公曰く、「何謂ぞ二豫の外?」
管子対えて曰く、「万乗の国、以て万金(ばんきん)の蓄飾(ちくしょく)無かるべからず。千乗の国、以て千金の蓄飾無かるべからず。百乗の国、以て百金の蓄飾無かるべからず。此を以て令と進退す。此れ之を乗時(じょうじ)と謂う。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『軽重』(物価調整)はすでに実施された。国家の政策(筴)はこれで全て尽くされたのか?」
管子は言いました、「まだです。これから『神用宝』(神秘的な力を持つ宝物)を利用して(天下を)統治しようと考えています。」
桓公は言いました、「『神用宝を利用して統治する』とはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「北郭(城の北門の外)で地面を掘り起こして亀を見つけた者がいます。これは、数百里の土地(の豊作)を予兆するものです。」
桓公は言いました、「なぜ亀を見つけることが百里の土地を予兆するのですか?」
管子は答えました、「北郭で亀を見つけた者に、それを平らな台の中央に置かせましょう。君主はどうぞ、十乗の使者(=大勢の使節)と百金の手土産を遣わし、亀を見つけた者にこう命じてください。『あなたに中大夫の位を授ける。東海の霊亀(神の使い)があなたの家に宿った。あなたに大夫の服を与え、一生涯安泰に過ごさせてあげよう。労苦に報いて百金を与える。』
この亀は『貲無き(=価値を測り知れない)宝』とし、泰台(国家の重要な場所、宗廟か)に保管します。ある日、四頭の牛を生贄としてその亀に供え、(これによって)『宝日貲無き』(=価値を測り知れない宝が常に存在すること)を確立するのです。
四年後、孤竹(地名、他国)を攻めました。刃氏(人名)の家には、三軍の兵士五ヶ月分の食糧を賄えるほどの大量の粟(穀物)がありました。五ヶ月後、(軍を率いて)引き返した際、刃氏を召し出してこう命じました。『私にはここに価値を測り知れない宝がある。私は今から重大な事業を行うつもりだ。どうぞ、この宝をあなたに担保として預け、あなたの村の粟を貸してもらえないだろうか。』
刃氏は北を向いて二度拝礼し、粟を献上しましたが、宝を担保として受け取ることはあえてしませんでした。(国家の威光と宝の神秘性を畏れたため。)桓公は刃氏に命じて言いました、『私は老いた。私の後を継ぐ者(為子者)は、この(経済の)法則(数)を知らないかもしれない。だから、どうか私の担保を受け取ってくれ。』刃氏は帰り、家を改めて築き、土地台帳を整え、亀(の置物か)を(大切に)安置しました。
さらに四年後、孤竹を攻めました。(その時、)刃氏の粟は、三軍の兵士五ヶ月分の食糧にちょうど足りるほどでした。
桓公は『貢数』(貢納の基準)を定めました。文書で七年間(の計画)を実行し、霊亀の価値を四千金、黒白(の動物、あるいは陰陽の象徴)の価値を千金と定めました。おおよそ貢納の制度は、斉の二つの地域(の生産力)に見合うものであり、政策(筴)によって貢納を利用します。国が危うければ宝を出し、国が安泰な時には『流れ』(流通)を実践します。」
桓公は言いました、「『流れを実践する』とはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「物資が事前に(国家の統制を離れて)蓄えられてしまう(豫)と、君主は政策(筴)を失い、民衆は生計を失います。だから、天下を善く治める者は、この二つの『豫』(私的な事前蓄積)の外で(=国家が介入し、それを許さないように)経済を操るのです。」
桓公は言いました、「『二つの豫の外』とは何ですか?」
管子は答えました、「万乗の国(大国)には、万金に相当する備蓄品がなければなりません。千乗の国には、千金に相当する備蓄品がなければなりません。百乗の国には、百金に相当する備蓄品がなければなりません。これをもって君主の命令(令)と連動させて経済を進退させるのです。これを『乗時』(時機を捉える)と言います。」
第76編・山至敷
1.桓公、管子に問うて曰く、「梁聚」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「梁聚(りょうしゅう)、寡人(かじん)に謂(い)いて曰く、『古者(いにしえ)は賦税(ふぜい)を軽くして籍斂(せきれん)を肥やせり。下(しも)より取るに此れに順(したが)う者無き矣。梁聚の言、何如?』」
管子対えて曰く、「梁聚の言、非なり。彼(かれ)賦税を軽くせば、則ち倉廩(そうりん)虚(むな)し。籍斂を肥やせば、則ち械器(かいき)奉ぜられず。械器奉ぜられざれば、則ち諸侯の皮幣(ひへい)衣(き)られず。倉廩虚しければ、則ち倳賤(じんせん)禄(ろく)無く、外(そと)は皮幣天下に衣られず、内(うち)は国倳賤なり。梁聚の言、非なり。
君に山有り、山に金有りて幣(へい)を立つ。幣を以て穀に准(じゅん)じて禄を授く。故に国穀(こくこく)斯(ここ)に上(かみ)に在り、穀賈(こくか)什倍す。農夫は夜寝(やしん)蚤起(そうき)して見使(けんし)を待たず、五穀は什倍す。士は半禄(はんろく)にして君に死し、農夫は夜寝蚤起し、力(ちから)を尽くして作(な)すこと止むこと無し。
彼、善く国を為す者は、之を使役すると曰わず、使役せざるを得ざらしむ。之を貧しくすると曰わず、用ゐざるを得ざらしむ。故に民をして使役せざるを得ざる者有ること無からしむ。夫(そ)れ梁聚の言、非なり。」
桓公曰く、「善。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「梁聚が私に言いました、『昔の統治者は賦税(租税)を軽くして、籍斂(人民から徴収する物資)を豊かにしていました。庶民から徴収する方法としてこれに勝るものはありません。梁聚の言うことはどう思いますか?』」
管子は答えました、「梁聚の言うことは間違いです。もし彼が言うように賦税を軽くすれば、国家の倉庫(倉廩)は空になります。籍斂を豊かに(=厳しく徴収を増やす)すれば、武器や道具(械器)は(生産が追いつかず)供給されなくなります。武器や道具が供給されなければ、諸侯から贈られる毛皮や絹などの特産品(皮幣)は着られなくなり(=国力が衰退し、貢物が途絶える)、国家の倉庫が空になれば、(国家の)役人(倳賤)は俸禄を得られなくなります。外には諸侯からの貢物がなくなり、内には国の役人が困窮する。梁聚の言うことは間違いです。
君主は山を持ち、山に金があるからこそ貨幣を鋳造できます。その貨幣を基準として穀物の価格を定め、俸禄として(役人に)与えるのです。そうすれば、国家の穀物は常に国家の管理下にあり、穀物の価格は十倍になります。農民は夜遅くまで寝て、早朝から起き出し、監視されるまでもなく自ら進んで働き、五穀の収穫は十倍になります。
士(武士や官僚)は半分の俸禄でも君主のために命を捧げ、農民は夜遅くまで寝て、早朝から起き出し、力を尽くして休むことなく働きます。
真に国をうまく治める者は、民を使役すると言わず、使役せざるを得ない状況に追い込みます。民を貧しくすると言わず、(国家の貨幣や物資を)使わざるを得ない状況に追い込みます。
だからこそ、民衆を使役せざるを得ない状況にするのです。梁聚の言うことは間違いです。」
桓公は言いました、「よろしい。」
2.桓公又、管子に問うて曰く、「人有りて我を教え」
書き下し文
桓公又、管子に問うて曰く、「人有りて我を教え、之を請士(せいし)と謂う。曰く、『何ぞ百能(ひゃくのう)を官(つかさど)らざる?』」
管子対えて曰く、「何謂ぞ百能?」
桓公曰く、「智者をしてその智を尽くさしめ、謀士をしてその謀を尽くさしめ、百工をしてその巧を尽くさしむ。若此ならば、則ち以て国を為すべし乎?」
管子対えて曰く、「請士の言、非なり。禄(ろく)肥(こ)えれば則ち士死せず、幣軽ければ則ち士賞を簡(かえり)みず、万物軽ければ則ち士は幸を偸(ぬす)む。三怠(さんたい)国に在りて、何ぞ数(わざ)有らん?
彼穀(こく)は十、上(かみ)に蔵(かく)れ、三、下(しも)に游(あそ)ぶ。謀士その慮(りょ)を尽くし、智士その智を尽くし、勇士その死を軽んず。請士の所謂(いわゆる)妄言(もうげん)也。軽重に通ぜざるを、之を妄言と謂う。」
現代語訳
桓公は再び管子に尋ねました、「私に『請士』(士を招き入れること)と称して教えてくれる者がいました。彼は言いました、『どうして百能(あらゆる才能ある者)を官職に登用しないのですか?』」
管子は答えました、「『百能』とはどういう意味ですか?」
桓公は言いました、「知恵ある者にはその知恵を尽くさせ、謀略に長けた者にはその謀略を尽くさせ、あらゆる技術者にはその技術を尽くさせる。もしこのようにすれば、国を治めることができるでしょうか?」
管子は答えました、「『請士』の言うことは間違いです。俸禄が豊かすぎれば、士は(命を懸けてまで)君主のために死ぬことはなく、貨幣が軽くなれば(=価値が下がれば)、士は褒賞を軽視するようになり、万物の価値が軽くなれば(=物資が豊かになりすぎれば)、士は(労せずして得られる)幸運を求めるようになります。
この三つの怠慢が国にあるならば、何の政策(数)があるというのでしょうか?
(真の国家統治においては、)穀物備蓄の十割が国家(上)に蓄えられ、そのうち三割が市場(下)に流通するようにします。そうすれば、謀略に長けた者はその考えを尽くし、知恵ある者はその知識を尽くし、勇士はその死を軽んじるようになるでしょう。
『請士』の言うことは、いわゆるでたらめ(妄言)です。『軽重』(物価調整や経済統制の法則)に通じていない者を、これを妄言と言うのです。」
3.桓公、管子に問うて曰く、「昔者周人」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「昔者(むかし)周人、天下を有(たも)ち、諸侯賓服(ひんぷく)し、名教(めいきょう)天下に通ず。而してその下(しも)に奪わる、何数(なんすう)也?」
管子対えて曰く、「君、壤(じょう)を分かちて貢(こう)入り、市朝(しちょう)同流(どうりゅう)す。黄金一筴(さく)也、江陽(こうよう)の珠(しゅ)一筴也、秦の明山(めいざん)の曾青(そうせい)一筴也。此れ寡を以て多と為し、狭を以て広と為す、軌出之属(きしゅつのぞく)と謂う也。」
桓公曰く、「天下の数(わざ)、軌出之属に尽きる也?今、国穀(こくこく)重くして什倍し、万物軽し。大夫(たいふ)、賈(こ)の子(こ)を謂いて吾が鉉穀(げんこく)を為し、財を斂(おさ)む。穀の重きこと一也、今、九、余(あま)り有り。穀重くして万物軽し。若此ならば、則ち国財(こくざい)九は大夫に在り矣。
国歳(こくさい)反(かえ)って一、財物(ざいもつ)の九者は、皆倍重して出で矣。財物下(しも)に在り、幣(へい)の九は大夫に在り。然らば則ち幣穀(へいこく)の羨(あま)りは大夫に在り也。天子(てんし)は客を以て行い、令は時を以て出(い)で、熟穀(じゅくこく)の人亡び、諸侯は受けて之を官し、朋を連ね与(とも)に聚(あつ)まり、万物の高下(こうげ)を以て民用(みんよう)に合せしむ。内は則ち大夫自ら還(めぐ)りて忠を尽くさず、外は則ち諸侯朋を連ね与に合わば、熟穀の人則ち去りて亡び、故に天子その権を失う也。」
桓公曰く、「善。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「昔、周王朝は天下を治め、諸侯も服従し、その名声と教えは天下に広まっていました。しかし、なぜその下の諸侯に権力を奪われてしまったのでしょうか?何がその原因だったのですか?」
管子は答えました、「(周王朝は、)君主が土地を諸侯に分割して与え、貢物を納めさせ、市場や朝廷では(諸侯の活動が)自由に流通していました。黄金は一つの(基準の)政策であり、江陽の真珠も一つの(基準の)政策であり、秦の明山で産出される曾青(鉱物顔料)も一つの(基準の)政策でした。これを、少ないもので多いものを支配し、狭いもので広いものを支配する『軌出之属』(秩序から外れる原因となるもの)と言うのです。」
桓公は言いました、「天下を治める法則は、『軌出之属』に尽きるということですか?
今、(斉の)国家の穀物備蓄は(私が統制しているので)十倍重く、一方で他の万物の価値は軽いです。大夫(高級官僚)たちは、商人たちに(便宜を図り)、私の『鉉穀』(国家の穀物備蓄の鍵を握る者)となって財産をため込んでいます。穀物の重さ(国家の管理下にある穀物の量)は一つ(=一割)だけなのに、今や九割は余剰として流出してしまっています。穀物(国家の備蓄)が重いのに万物が軽い(=国家統制下にある穀物以外は市場で安値に留まる)という状態です。このようでは、国家の財産の九割は大夫たちの手に渡ってしまっています。
国家の歳入は結局一割しかなく、財物の九割は、皆、倍の重さ(=高値)で外に出て行ってしまっています。財物が民間にあり、貨幣の九割が大夫の手にあります。そうすると、貨幣や穀物の余剰は大夫の手に集中してしまっているのです。
天子(周王)は、(まるで)客人のように(天下を)巡り、命令は時宜に応じて発せられましたが、(国家が財物を適切に管理せず)成熟した穀物(国家の主要財源)を扱うべき者がいなくなり、諸侯はそれを受け入れ、それを自分たちの官僚として登用し、仲間を連ねて集まり、万物の価格を高めたり下げたりして民衆の需要に合わせるようになりました。
国内では、大夫が私腹を肥やして忠誠を尽くさず、国外では諸侯が仲間を連ねて結託し、国家の財源を担うべき者は去って失われました。だからこそ、天子はその権力を失ったのです。」
桓公は言いました、「よろしい。」
4.桓公又、管子に問うて曰く、「終身、天下を有ちて失う勿れ」
書き下し文
桓公又、管子に問うて曰く、「終身、天下を有(たも)ちて失う勿(なか)れ。之を為すに道有りや?」
管子対えて曰く、「請う、天下に施す勿(なか)れ、独り之を吾が国に施さん。」
桓公曰く、「此の若(なんじ)が言、何謂(なんい)ぞや?」
管子対えて曰く、「国の広狭、壤(じょう)の肥墝(ひこう)、数(わざ)有り。終歳(しゅうさい)食余(しょくよ)も数有り。彼、国を守る者は穀を守るのみ矣。
曰く、某県(ぼうけん)の壤、広きこと若干(いくばく)、某県の壤、狭きこと若干、則ち必ず幣(へい)を積委(せきい)せん。是に於いて県州里(けんしゅうり)、公銭(こうせん)を受け、泰秋(たいしゅう)、国穀(こくこく)参(さん)の一を去らば、君令を下して郡県(ぐんけん)の属大夫(ぞくたいふ)に謂い、里邑(りゆう)皆粟(ぞく)若干(いくばく)を籍(せき)して入れしむ。
穀重きこと一也、以て上(かみ)に蔵する者、国穀参分(さんぶん)なれば、則ち二分は上に在り矣。泰春(たいしゅん)、国穀倍重す、数也。泰夏(たいか)、穀を賦(ふ)して市櫎(しきょう)す。民皆上穀(じょうこく)を受けて以て田土(でんど)を治む。泰秋、田穀(でんこく)の存予(そんよ)する者、若干。今、上は穀を斂(おさ)むるに幣を以てし、民曰く幣無しと。穀を以てせば、則ち民の三(さん)は上(かみ)に帰す矣。
重(ちょう)の相因(あいよ)り、時(とき)の化挙(かきょ)、国筴(こくさく)と為さざる無し。君、大夫の委(い)を用いて流れて上(かみ)に帰せしめ、君、民時(みんじ)を用いて君に帰せしめ、軽きを蔵し軽きを以て出し重きを数と為す也。則ち彼、安んぞ自ら還(めぐ)るの大夫独り之を委(ゆだ)ねざらん。
彼諸侯の穀十、吾が国穀を二十ならしむれば、則ち諸侯の穀は吾が国に帰す矣。諸侯の穀二十、吾が国穀十なれば、則ち吾が国穀は諸侯に帰す矣。
故に善く天下を為す者は、謹んで重流(ちょうりゅう)を守りて、天下吾を洩(も)らさず矣。吾が国、歳、凶に非ざるも、幣を以て之を蔵せば、故に国穀倍重す。彼重の相帰ること、水の就下(しゅうか)するが如し。故に諸侯の穀、至る也。
是れ一分を蔵して諸侯の一分を致す。利は天下に奪われず、大夫は以て富侈(ふし)するを得ず、軽を重く蔵する国は、常に十国の筴(さく)有り也。
故に諸侯は服して正(ただ)しきこと無く、臣は櫎(きょう)より従いて忠を以てす。此れ軽重を以て天下を御する道也、之を数応(すうおう)と謂う。」
現代語訳
桓公は再び管子に尋ねました、「一生涯、天下を支配し続けて、決してその権力を失わないようにするには、何か方法がありますか?」
管子は答えました、「どうぞ、(その政策を)天下全体に適用するのではなく、まず我が斉の国だけに適用することをお許しください。」
桓公は言いました、「あなたのその言葉はどういう意味ですか?」
管子は答えました、「国の広さや狭さ、土地の肥沃さや痩せ具合には法則(数)があります。一年を通して食糧が余るかどうかにも法則があります。国を治める者は、穀物(国家の基幹物資)を管理することに尽きます。
例えば、『某県の土地はこれだけ広く、某県の土地はこれだけ狭い』といった具体的な状況に応じて、必ず貨幣を備蓄するのです。
これにより、県、州、里は国家の貨幣を受け取ります。そして、秋の収穫期には、国家の穀物の三分の一を市場に出すようにします。(これを受けて)君主は郡県の大夫たちに命じ、里や邑(小さな村)の全てに、これこれの量の粟を登録して国家に納めさせます。
穀物の価値が一つ(=一定の基準)であれば、国家(上)に備蓄される穀物が三分あれば、そのうちの二分は国家(上)に確保されます。
春の時期には、国家の穀物の価値を倍に高めます。これは法則です。夏には、穀物を(民間から徴収して)市場で売買できるようにします。民衆は皆、国家からの穀物を受け取って田畑を耕します。秋には、田畑の収穫物として残るものがこれこれの量あります。
今、国家が穀物を徴収する際に、貨幣で支払えば、民衆は『貨幣がない』と言うでしょう。そこで穀物で徴収すれば、民衆の持つ財産の三割が国家(上)に帰属します。
このように、価値(重)が相互に影響し合い、時勢が変化する全てが、国家の政策(国筴)とならないものはありません。
君主は、大夫が私的に蓄えた財産(委)を国家(上)に流動させて帰属させ、民衆の労働力や資源(民時)を君主の元に帰属させます。安値で(物資を)蓄え、安値で放出し、高値で買い戻すという(軽重の)法則を用います。そうすれば、大夫たちがどうして(私腹を肥やすために)自ら動かず、国家に全てを委ねないでしょうか。(つまり、彼らは必然的に国家の意図に従うようになる。)
もし諸侯の穀物備蓄が十(単位)で、我が斉の国の穀物備蓄が二十(単位)であれば、諸侯の穀物(資源)は我が国に流入してくるでしょう。逆に諸侯の穀物備蓄が二十で、我が斉の国の穀物備蓄が十であれば、我が国の穀物は諸侯に流出してしまうでしょう。
だから、真に天下を治める者は、厳重に『重流』(国家が物資や価値を重くし、流動させること)を維持し、天下の富が我が国から漏れ出ないようにします。
我が国は、たとえ凶作の年でなくても、貨幣によって(穀物を国家に)備蓄すれば、国家の穀物備蓄は倍増します。
(物価の)『重』(価値の高い状態)が互いに引き寄せ合うのは、水が低いところに流れるのと同じです。だから諸侯の穀物(富)も(我が国に)集まってくるのです。
これは、自国に一分の備蓄をすることで、諸侯から一分の備蓄を引き出すことになります。利益は天下の(諸侯)に奪われることなく、大夫も贅沢に富を蓄えることはできず、安値を高値で備蓄する国は、常に十国の政策(=十国の経済をコントロールする力)を持つことになるのです。
だから、諸侯は抵抗することなく服従し、臣下も国家の政策(櫎)に従い忠誠を尽くします。これこそが『軽重』の法則を用いて天下を統治する道であり、これを『数応』(法則に基づいた対応)と言うのです。」
5.桓公、管子に問うて曰く、「請問、国会」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、国会(こっかい)。」
管子対えて曰く、「君、大夫を失うを伍無きと為し、民を失うを下を失うと為す。故に大夫を守るに県の筴を以てし、一県を守るに一郷の筴を以てし、一郷を守るに一家の筴を以てす。家を守るに一人之筴を以てす。」
桓公曰く、「その会数(かいすう)奈何?」
管子対えて曰く、「幣准(へいじゅん)の数、一県必ず一県の中田の筴有り、一郷必ず一郷の中田の筴有り、一家必ず一家直人(ちょくじん)之用有り。故に時を以て郡を守らざるを無与(むよ)と為し、時を以て郷を守らざるを無伍(むご)と為す。」
桓公曰く、「此を行わん奈何?」
管子対えて曰く、「王者(おうしゃ)は民に蔵し、覇者(はしゃ)は大夫に蔵し、残国亡家(ざんこくぼうか)は篋(きょう)に蔵す。」
桓公曰く、「何謂ぞ民に蔵す?」
「請う、棧臺(さんたい)の銭を散じて、城陽(じょうよう)に諸(これ)を散ぜん。鹿臺(ろくたい)の布を散じて、済陰(さいいん)に諸を散ぜん。君令を百姓に下して曰く、『民富めば君与(あずか)りて貧しきこと無かれ、民貧しければ君与りて富むこと無かれ』。
故に賦(ふ)に銭布(せんぷ)無く、府に蔵財(ぞうざい)無く、貲(し)は民に蔵す。
歳、五穀豊登(ほうとう)し、五穀大いに軽く、穀賈(こくか)上歳(じょうさい)の分を去り、幣を以て之を据(こしら)う。穀は君と為し、幣は下(しも)と為す。国幣(こくへい)尽く下(しも)に在り、幣軽く穀重ければ、上(かみ)は上歳(じょうさい)の二分を下(しも)に分かち、下歳(かさい)の二分は上(かみ)に在り、則ち二歳者(にさいしゃ)、四分は上(かみ)に在り。則ち国穀の一分は下(しも)に在り、穀三倍重し。
邦布(ほうふ)の籍(せき)、終歳(しゅうさい)十銭。人家食十畝に加うるに十、是れ一家十戸也。国の穀筴(こくさく)より出て幣に蔵する者也。国の幣の分を以て百姓に復(かえ)し布(し)けば、四、国穀を減じ、三は上(かみ)に在り、一は下(しも)に在り。復筴(ふくさく)也。
大夫、壤を聚(あつ)めて封(ほう)ぜられ、実を積みて驕(おご)らば、上(かみ)は請う、之を奪うに会を以てせん。」
桓公曰く、「何謂ぞ之を奪うに会を以てせん?」
管子対えて曰く、「粟の三分は上(かみ)に在り、民萌(みんぼう)皆上粟(じょうぞく)を受け、君は蔵焉(かく)すを度(はか)る。五穀相い靡(び)して重く、什三を去りて余(あま)り有り、国幣を以て穀に准(じゅん)じて反行(はんこう)す。大夫に重きを什(じゅう)とする無く、君は幣を以て禄を賦(ふ)す。什(じゅう)は上(かみ)に在り。君は穀を什より出して七を去り、君は三を斂(おさ)め、上は七を賦す。散振して資(もとで)無き者には、仁義也。
五穀相い靡して軽く、数也。郷を以て重きを守りて国を籍(せき)す、数也。実財(じつざい)を出し、仁義を散ずれば、万物軽く、数也。時を乗じて進退す。故に曰く、『王者、時を乗じ、聖人、易を乗ず』。」
桓公曰く、「善。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『国会』(国家財政の管理、あるいは国家の経済的集約)とは何ですか?」
管子は答えました、「君主が大夫(高級官僚)の支持を失うことは、仲間を失うことであり、民衆の支持を失うことは、国家の基盤を失うことです。
したがって、大夫を統制するには県単位の政策を使い、一つの県を統制するには一つの郷単位の政策を使い、一つの郷を統制するには一つの家単位の政策を使い、一つの家を統制するには一人一人の政策を適用します。」
桓公は言いました、「その経済集約の法則はどのようなものですか?」
管子は答えました、「貨幣の基準となる法則として、一つの県には必ずその県の中央にある田地の生産力を基準とした政策があり、一つの郷には必ずその郷の中央にある田地の生産力を基準とした政策があり、一つの家には必ずその家に属する人々の労働力を基準とした(支出の)基準があります。
したがって、時宜に合わせて郡を統治しないのは、協力者を得られないことになり、時宜に合わせて郷を統治しないのは、仲間を得られないことになります。」
桓公は言いました、「これを実行するにはどうすればよいですか?」
管子は答えました、「『王者』(真の覇者)は(財を)民衆の中に蓄え、『覇者』(一時的な強者)は(財を)大夫の中に蓄え、『残国亡家』(滅びゆく国や家)は(財を)箱(個人の手元)の中に蓄えます。」
桓公は言いました、「『民衆の中に蓄える』とはどういう意味ですか?」
(管子は答えました)「どうぞ、棧台(国家の貯蔵庫)の銭を散らして城陽(地名)にばらまき、鹿台(国家の貯蔵庫)の布を散らして済陰(地名)にばらまいてください。君主は百姓に命令を下してこう言いましょう、『民が豊かであれば、君は(彼らと比べて)貧しくなることを恐れてはならない。民が貧しければ、君は(彼らと比べて)豊かになることを恐れてはならない。』
ですから、徴税においては銭や布を徴収せず、国家の倉庫(府)には財産を貯蔵せず、財産は民衆の中に蓄えるのです。
年が豊作で五穀が豊富に実り、穀物の価格が大いに安くなれば、穀物の価格は前年の(高い)水準から下がり、貨幣によって(国家が安値で)それを購入します。穀物は君主の管理下に置き、貨幣は民衆の手に流通させます。国家の貨幣は全て民衆の手にあり、貨幣が安く(流通量が多く)穀物が重い(国家が掌握している)状態であれば、国家は前年の二割を民衆に分配し、今年の二割は国家が確保します。そうすれば、二年で四割が国家に確保されます。そうなると、国家の穀物の一割は民衆の手にあり、穀物の価値は三倍重くなります。
国家が発行する布貨の記録(邦布之籍)は、一年を通して十銭(=価値が固定されている)。一家が十畝の食糧を受け取り、さらに十(単位の収入)を得るのは、一家十戸に相当します。(これは、)国家の穀物政策から生じて、貨幣として蓄えられている(=民衆に還流されている)ものです。
国家の貨幣の一部を百姓に再分配すれば、国家の穀物(備蓄)は四割減少しますが、三割は国家の管理下に残り、一割は民衆の手にあります。これは政策を回復させる(復筴)ことになります。
もし大夫が土地を独占し、封地を与えられ、財物をため込んで傲慢になるようなら、君主はどうぞ、それを『会』(集約、徴収)によって奪い取ってください。」
桓公は言いました、「『会によって奪い取る』とはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「穀物の三分の一は国家(上)にあり、民衆は皆、国家の穀物を受け取り、君主はそれを備蓄量を計算します。五穀は互いに(市場で)流通して価値が高くなり(重)、十のうち三が余剰となり、(これを国家が)国家の貨幣を基準として穀物を流通させます。
大夫は(穀物備蓄を)十割重くする(=独占する)ことはできません。君主は貨幣を俸禄として分配し、十割は国家の管理下にあります。君主は穀物備蓄の十割から七割を放出し、君主は三割を徴収し、財産のない困窮者にばらまいて救済するのは、仁義です。
五穀が互いに(市場で)流通して価値が低くなる(軽)のは、法則です。郷を単位として(国家の財物を)重く管理し、国家に登録するのも、法則です。実物財産を放出し、仁義を広く行えば、万物の価値が低くなるのも、法則です。
時宜に乗じて進退することが重要です。故に言います、『王者(真の覇者)は時機を捉え、聖人(徳治の君主)は変化(易)を捉える』と。」
桓公は言いました、「よろしい。」
6.桓公、管子に問うて曰く、「特に我に命じて曰く」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「特に我に命じて曰く、『天子、三百領、泰嗇(たいしょく)にして大夫を散ぜよ』と。此に准(じゅん)じて行わば、如何?」
管子曰く、「非法家(ひほうか)也。大夫、その壟(ろう)を高め、その室を美しくするは、此れ農事及び市庸(しやん)を奪う。此れ国を便(べん)する道に非ず也。民は以て織りて縿綃(せんしょう)と為すことを得ず、之を地に貍(かく)す。
彼善く国を為す者は、時を乗じて徐疾(じょしつ)するのみ矣。之を国会(こっかい)と謂う。」
桓公、管子に問うて曰く、「請問、争奪(そうとつ)の事、何如?」
管子曰く、「戚(せき)を以て始む。」
桓公曰く、「何謂ぞ戚を以て始む。」
管子対えて曰く、「君人の主、弟兄十人なれば、国を分かちて十と為す。兄弟五人なれば、国を分かちて五と為す。三世なれば則ち昭穆(しょうぼく)祖を同じくし、十世なれば則ち祏(せき)と為る。故に伏尸(ふくし)満衍(まんえん)し、兵決(へいけつ)して止むこと無し。軽重の家、復たその間に游(あそ)ぶ。
故に曰く、『人に壤(じょう)を予(あた)うる毋(なか)れ、人に財を授くる毋れ。』財終(つい)には始(はじ)め有り、四時と廃起(はいき)す。聖人、之を理むるに徐疾を以てし、之を守るに決塞(けっそく)を以てし、之を奪うに軽重を以てし、之を行うに仁義を以てす。故に天壤と同数(どうすう)、此れ王者(おうしゃ)の大轡(たいひ)也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「(ある者が)私に特別に命じて言いました、『天子は三百の領地(軍事単位)を持ち、極めて倹約し、一方で大夫には財を分散させよ』と。これに従って行えばどうでしょうか?」
管子は答えました、「それは法家(公正な統治)の道ではありません。大夫がその領地の畝(壟)を高くし(=私腹を肥やし)、その邸宅を美しくするのは、これこそが農事(生産)や市場での活動(市庸)を奪う行為です。これは国を利する道ではありません。民衆は絹(縿綃)を織ることができなくなり、それを(売る場所がないため)土の中に隠してしまうでしょう。
真に国をうまく治める者は、時機を捉えて、緩急を適切に調整することだけです。これを『国会』(国家の集約統制)と言うのです。」
桓公は管子に尋ねました、「『争奪の事』(国家間の争い、権力争い)とはどのようなものですか?」
管子は答えました、「『戚』(親戚、あるいは近親者)から始まります。」
桓公は言いました、「『戚から始まる』とはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「君主の身分にある者が、兄弟が十人いれば、国を十に分割してしまいます。兄弟が五人いれば、国を五に分割してしまいます。三世代が経てば、昭(長男系)と穆(次男系)は同じ祖先(遠い親戚)となり、十世代が経てば、(祖先の位牌を納める)祠(祏)となるだけです。(つまり、血縁が薄れ、親族間の争いが激化する。)
だから、(親族間の争いによって)死体が野原に満ち溢れ、戦乱は際限なく続きます。その間に『軽重の家』(経済を操る者たち)が再び暗躍するのです。
故に言います、『人々に土地を与えてはならない。人々に財産を与えてはならない。』
財産は最終的には(国家に)戻ってきて始まり(=循環)があり、四季と共に衰えたり興ったりします。聖人(賢明な統治者)は、それを治めるに緩急を以てし、それを守るに開放と閉鎖(決塞)を以てし、それを奪うに軽重(物価調整)を以てし、それを実行するに仁義を以てします。
故に天地と同じ法則(数)を持つのです。これこそが王者(真の覇者)の『大轡』(天下を統御する大きな手綱)なのです。」
7.桓公、管子に問うて曰く、「請問、幣乗馬?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、幣乗馬(へいじょうば)?」
管子対えて曰く、「始めて夫(そ)の三大夫の家を取り、方六里にして一乗(いっしょう)、二十七人にして一乗を奉ず。幣乗馬とは、方六里(ほうろくり)。
田の美悪(びあく)若干(いくばく)、穀の多寡(たか)若干、穀の貴賤(きせん)若干。凡そ方六里、幣を若干用い、穀の重きこと、幣を若干用う。故に幣乗馬とは、幣を国に布(し)き、幣を一国の陸地之数(りくちしすう)と為す。之を幣乗馬と謂う。」
桓公曰く、「幣乗馬の数を行わん奈何?」
管子対えて曰く、「士(し)は資(し)を受けるに幣を以てし、大夫は邑(ゆう)を受けるに幣を以てし、人馬は食を受けるに幣を以てす。則ち一国の穀は上(かみ)に在り、幣は下(しも)に在り。国穀(こくこく)什(じゅう)倍す、数也。
万物財物(ざいもつ)、什(じゅう)の二を去る。筴(さく)也。皮革、筋角(きんかく)、羽毛、竹箭(ちくせん)、器械(きかい)財物、苟(いやしく)も国の器君用(きくんよう)に合する者には、皆上(かみ)に矩券(くけん)有り。君は実(まことに)郷州(きょうしゅう)に蔵焉(かく)す。曰く、某月某日、苟従責(こうじゅうせき)なれば、郷決州決(きょうけつけっしゅう)。故に曰く、『庸に就(つ)く一日にして決す』。
国筴(こくさく)は穀軌(こくき)より出で、国の筴は幣乗馬者也。
今、刀布(とうふ)官府(かんぷ)に蔵され、巧幣(こうへい)万物(ばんぶつ)の軽重、皆賈(こ)に在り。彼、幣重くして万物軽く、幣軽くして万物重し。彼、穀重くして穀軽く、人君(じんくん)、穀幣(こくへい)金衡(きんこう)を操らば、天下定まるべし。此れ天下を守るの数也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『幣乗馬』(貨幣による国家統制のシステム)とは何ですか?」
管子は答えました、「まず、最も力のある三人の大夫の領地を取り上げます。(その基準は、)方六里(一乗)の土地から一乗(軍事単位)の兵力を出し、二十七人が一乗の兵力(の費用)を支えるというものです。『幣乗馬』とは、方六里の土地を基準とします。
田地の肥沃さや痩せ具合、穀物の収穫量の多寡、穀物の価格の貴賤に応じて、(その土地から徴収すべき)貨幣の量も変わります。おおよそ方六里の土地からこれこれの量の貨幣を用い、穀物の価値が重い時には、これこれの量の貨幣を用います。
このように、『幣乗馬』とは、国家全体に貨幣を流通させ、貨幣を国家の全陸地(=経済全体)を統制する基準とすることです。これを『幣乗馬』と言うのです。」
桓公は言いました、「『幣乗馬』の法則を実行するにはどうすればよいですか?」
管子は答えました、「士(武士や官僚)は資材を貨幣で受け取り、大夫は領地から得られる収入を貨幣で受け取り、兵士や馬は食糧を貨幣で受け取るようにします。そうすれば、一国全体の穀物(=主要な資源)は国家(上)の管理下にあり、貨幣は民間(下)に流通することになります。
国家の穀物備蓄は十倍になり、これは法則です。あらゆる財物(万物)は、その価値の二割が(国家によって)取り除かれます。これは政策です。
皮革、筋、角、羽毛、竹、矢、器械といった財物は、もし国家の道具や君主の用に適合するものであれば、全て国家(上)に「矩券」(証明書、契約書)があります。君主は実際に郷や州に(それらを)備蓄します。そして、『某月某日、もし要求があれば、郷(の責任者が)決定し、州(の責任者が)決定する』と定めます。だから『庸に就く一日にして決す』(報酬に応じて一日で決済する)と言われるのです。
国家の政策(国筴)は穀物(穀軌)を基準としており、国家の政策の核心は『幣乗馬』(貨幣による国家統制)なのです。
今、貨幣(刀布)は官府に貯蔵され、巧みに作られた貨幣と万物の軽重(物価)は、全て商人たちの手にあります。もし貨幣が重く(価値が高く)なれば万物は軽くなり、貨幣が軽くなれば万物は重くなります。穀物が重くなれば穀物は軽くなり(=流通量が増えれば価格は下がる)、君主が穀物と貨幣と物価(金衡)を操ることができれば、天下を安定させることができるでしょう。これこそが天下を守る法則なのです。」
8.桓公、管子に問うて曰く、「准衡軽重国会」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「准衡(じゅんこう)軽重(けいじゅう)国会(こっかい)、吾既に聞くを得たり。請問、県数(けんすう)?」
管子対えて曰く、「狼牡(ろうぼ)以て馮会(ひょうかい)の日(ひ)に至り、龍夏(りゅうか)以北、海荘(かいそう)に至る。禽獣(きんじゅう)羊牛(ようぎゅう)之地也。何ぞ此れを以て国筴(こくさく)に通ぜざる哉?」
桓公曰く、「何謂ぞ国筴に通ぜざる?」
管子対えて曰く、「馮(ひょう)の市門(しもん)に一吏、贅書(ぜいしょ)す。事を直(つかさど)るは其の事の若(ごと)し。唐圉(とうぎょ)の牧食(ぼくしょく)の人、養視(ようし)して扞殂(かんそ)を失わざる者は、その都秩(とちつ)を去り、その県秩(けんちつ)を与う。
大夫(たいふ)郷(きょう)に贅(ぜい)して合游(ごうゆう)せざる者は、之を無礼義(むれいぎ)と謂う。大夫はその春秋を幽(かく)し、列民(れつみん)はその門山(もんざん)之祠(し)を幽す。
馮会(ひょうかい)龍夏(りゅうか)の牛羊犠牲(ぎせい)、月賈(げっか)什(じゅう)倍、異日(いじつ)。此れ諸(これ)礼義(れいぎ)に出で、無用の地に籍(せき)す。因(よっ)て捫牢筴(もんろうさく)也。之を通(つう)と謂う。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「(物価の)均衡や調整、軽重の原則、国家財政の集約統制については、私はすでに聞きました。では、『県数』(地方行政区の統制法則)とは何ですか?」
管子は答えました、「狼牡(地名)から馮会(地名)の地に至るまで、そして龍夏(地名)より北、海荘(地名)に至るまで、これらは鳥獣や羊、牛などが生息する土地です。どうしてこの土地(の資源)を使って国家の政策(国筴)を広げないのでしょうか?」
桓公は言いました、「『国家の政策を広げる』とはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「馮の市門には一人の役人がいて、税を徴収し記録します。役人が職務を遂行するのは、その職務の通りです。(これからは、)唐圉のような牧畜に従事する者で、家畜を養育して害を避け、失わないようにする者には、彼らの(都市における)都秩(役職や俸禄)を取り上げて、彼らの(地方における)県秩(県の役職や俸禄)を与えます。(つまり、都市の役人を牧畜地に移住させる。)
大夫が郷里で婚姻を結び、(親族と)交際しない者は、『礼儀に反する』と言います。大夫は自分の年齢(春秋)を隠し、一般民衆はその家の先祖を祀る祠(門山の祠)を隠すでしょう。
馮会や龍夏で(国家が徴収する)牛や羊の犠牲(=家畜)の価格は、月ごとに以前の十倍になります。(これは、国家が家畜の価格を吊り上げ、徴収を強化するため。)
これは、礼儀の名目(礼義)から生じ、無用(=未開拓)の土地に登録されているものです。こうすることで、家畜を国家が掌握する政策(捫牢筴)ができます。これを『通』(国家による統制の貫徹)と言うのです。」
9.桓公、管子に問うて曰く、「請問、国勢?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、国勢(こくせい)?」
管子対えて曰く、「山処(さんしょ)之国、氾下多水(はんかたさい)之国、山地分(さんちぶん)之国、水泆(すいいつ)之国、漏壤(ろうじょう)之国。此れ国之五勢、人君之所憂也。
山処之国は、常に穀(こく)三分之一を蔵す。氾下多水之国は、常に国穀(こくこく)三分之一を操る。山地分之国は、常に国穀十分之三を操る。水泉之所傷、水泆之国は、常に十分之二を操る。漏壤之国は、謹んで諸侯之五穀を下し、工をして文梓器(ぶんしき)を雕(え)らせて、以て天下之五穀を下す。此れ准時(じゅんじ)五勢之数也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『国勢』(国家の地形とそれに伴う特性や対策)とは何ですか?」
管子は答えました、「山がちな国、低地で水が多い国、山と平地が分かれている国、水害が多い国、土地が痩せていて生産性が低い国。これらが国家の五つの地形的特性(五勢)であり、君主が憂慮すべきことです。
山がちな国は、常に穀物の三分の一を備蓄します。
低地で水が多い国は、常に国家の穀物の三分の一を掌握します。
山と平地が分かれている国は、常に国家の穀物の十分の三を掌握します。
水害が多い国は、水害によって生産が損なわれるので、常に十分の二を掌握します。
土地が痩せていて生産性が低い国は、慎重に諸侯の五穀(=豊かな国の産物)を(自国に)流入させ、工匠に美しい梓(あずさ)の木工品を彫らせて、それらによって天下の五穀(=他国の富)を自国に引き寄せます。
これらは、時宜に合わせた五つの『国勢』(地形に応じた統治)の法則なのです。」
10.桓公、管子に問うて曰く、「今、海内を有ち」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「今、海内を有(たも)ち、諸侯を県(けい)すれば、則ち国勢(こくせい)は用いずして已(や)む乎。」
管子対えて曰く、「今、諸侯を䇡(すい)と為し、公州(こうしゅう)の飾(しょく)焉(これ)に、四時(しじ)に乗じて、捫牢(もんろう)の筴(さく)を行わん。東西南北、相い彼(かれ)を用い平らかにして准(じゅん)す。
故に曰く、『諸侯を為(おさ)むれば、則ち万物の高下(こうげ)を以て諸侯に応じ、徧(あまね)く天下を有(たも)てば、則ち幣(へい)を賦(ふ)して万物(ばんぶつ)の朝夕(ちょうせき)を守り、調(ととの)うのみ。利に足る有れば則ち行い、満たざれば則ち止む。王者(おうしゃ)は郷州(きょうしゅう)を時を以て察す。故に利は相い傾(かたむ)かず、県はその所に死す。君は大奉(たいほう)一を守る。之を国簿(こくぼ)と謂う。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「今、天下を治め、諸侯を統率すれば、もはや『国勢』(地形に応じた戦略)は用いる必要がなくなるでしょうか?」
管子は答えました、「今、(この段階では、)諸侯を(国家の)統制のための基準(䇡)とし、(国家の)公的な領地の特産品(公州之飾)をそれ(基準)とします。四季の移り変わりに合わせて、『捫牢』(国家による家畜・物資の掌握)の政策を実行します。東、西、南、北の諸侯(の状況)を互いに比較し、平準化します。
故に言います、『諸侯を統治するならば、万物(全ての物資)の価格を高めたり低めたりして、諸侯の状況に対応する。天下全体を支配するならば、貨幣を分配し、万物(の市場)を朝夕(常に)監視し、調整するだけである。利益が十分であれば(経済活動を)行い、不十分であれば止める。王者(真の覇者)は郷や州(=地方)を時宜にかなって監視する。
だから、(国家の)利益は互いに偏ることがなく、県(=地方行政単位)はその(所定の)役割を終える(=国家に完全に組み込まれる)。君主は『大奉一』(国家の主要財源を一元的に管理する)ことを守る。これを『国簿』(国家の経済台帳、または統制の大原則)と言うのです。」
第77編・地敷
1.桓公曰く、「地の数、聞くを得可き乎?」
書き下し文
桓公曰く、「地の数、聞くを得可き乎?」
管子対えて曰く、「地の東西、二万八千里、南北二万六千里。その水を出だす者、八千里、水を受くる者、八千里。銅を出だす山、四百六十七山、鉄を出だす山、三千六百九山。此れ分壌樹穀(ぶんじょうじゅこく)する所以(ゆえん)也。戈矛(かぼう)の発するところ、刀幣(とうへい)の起るところ也。能ある者は余り有り、拙(つたな)き者は足らず。泰山に封じ、梁父(りょうほ)に禅す。封禅の王、七十二家。得失の数、皆此の内(うち)に在り。是れを国用(こくよう)と謂う。」
桓公曰く、「何謂ぞ得失の数、皆此の内(うち)に在り?」
管子対えて曰く、「昔者(むかし)桀(けつ)、天下に覇(は)たるも、用足らず。湯(とう)、七十里の薄(はく)を有(たも)つも、用余り有り。天、独り湯の為に菽粟(しゅくぞく)を雨(ふ)らし、地、独り湯の為に財物を出すに非ず也。伊尹(いいん)、善く軽重(けいじゅう)を通移(つうい)し、開闔(かいこう)決塞(けっそく)し、高下徐疾(こうげじょしつ)之筴(さく)に通じ、坐起(ざき)の費時(ひじ)也。
黄帝(こうてい)、伯高(はくこう)に問うて曰く、『吾、天下を陶(や)きて以て一家と為さんと欲す。之を為すに道有り乎?』
伯高対えて曰く、『請う、その莞(かん)を刈りて之を樹(う)えん。吾謹んでその蚤牙(そうが)を逃(のが)さん。則ち天下、陶きて一家と為る可し。』
黄帝曰く、『若此の言、聞くを得可き乎?』
伯高対えて曰く、『上(かみ)に丹沙(たんしゃ)有る者は、下(しも)に黄金有り。上に慈石(じせき)有る者は、下に銅金(どうきん)有り。上に陵石(りょうせき)有る者は、下に鉛錫(えんしゃく)赤銅(せきどう)有り。上に赭(しゃ)有る者は、下に鉄有り。』
此れ山の見栄者(けんえいしゃ)也。苟(いやしく)も山の見栄する者を見れば、君謹んで封じて之を祭れ。封より十里を距(へだ)てて一壇(いちだん)を為(つく)る。是れ則ち乗者(じょうしゃ)をして下行(かこう)せしめ、行者(こうしゃ)は趨(はし)らしむ。若し令を犯す者有らば、罪死(ざいし)して赦(ゆる)さず。然らば則ち折取(せっしゅ)するに遠し矣。
教を修むること十年、而して葛盧(かつろ)之山、発して水を出だし、金之に従う。蚩尤(しゆう)受け、之を制して以て剣鎧(けんがい)矛戟(ぼうげき)と為す。是歳(さい)相兼(あいけん)する者、諸侯九。雍狐(ようこ)之山、発して水を出だし、金之に従う。蚩尤受け、之を制して以て雍狐之戟(ようこのげき)芮戈(ぜいか)と為す。是歳相兼する者、諸侯十二。故に天下之君、頓戟(とんげき)一怒(いちど)、伏尸(ふくし)野に満つ。此れ戈(か)の見る本(もと)也。」
現代語訳
桓公は尋ねました、「天下の広さや資源の量(地の数)について伺ってもよろしいでしょうか?」
管子は答えました、「大地の東西の広さは2万8千里、南北の広さは2万6千里です。水を湧き出す水源は8千里、水を受け入れる場所は8千里。銅が産出される山は467山、鉄が産出される山は3609山あります。これらが、土地を分割して穀物を栽培し、戈(ほこ)や矛(やり)といった武器を製造し、貨幣を鋳造する根源となるものです。能力のある国は余剰を持ち、拙劣な国は不足します。泰山で封禅の儀式を行い、梁父山で禅の儀式を行った王は72家ありましたが、(彼らの)成功と失敗の法則は、すべてこの(地の数、つまり資源の量と運用)の中にあります。これを『国用』(国家の財政・資源運用)と言います。」
桓公は言いました、「なぜ『成功と失敗の法則がすべてこの中にある』と言うのですか?」
管子は答えました、「昔、桀王は天下の覇者でしたが、資源の運用が不足していました。一方、湯王はわずか70里の狭い領地しか持っていませんでしたが、資源は余りありました。天が湯王のために豆や穀物を独り占めして降らせたわけではなく、大地が湯王のために財物を独り占めして生み出したわけではありません。伊尹は巧みに『軽重』(物価の調整や経済統制)を操作し、市場の開閉や流通の制御に精通しており、高値・安値、緩慢・迅速といった政策の駆け引きに通じていたからです。(このような経済活動は)座っていても、立ち上がっていても、常に時間を費やすものです。
黄帝は伯高に尋ねました、『私は天下を一つの家族のように統一したい。そのための方法がありますか?』
伯高は答えました、『どうぞ、その生い茂った雑草(莞)を刈り取って、代わりに(有用な作物を)植えてください。私は慎重に、その早期の芽生え(蚤牙)を避けます。そうすれば、天下は(まるで陶器を焼くように)統一され、一つの家族となるでしょう。』」
黄帝は言いました、「その言葉は聞く価値がありますか?」
伯高は答えました、「山の頂に丹沙(辰砂)があるところには、その下に黄金があります。山の頂に慈石(磁鉄鉱)があるところには、その下に銅があります。山の頂に陵石(鉛錫や赤銅を含む石)があるところには、その下に鉛、錫、赤銅があります。山の頂に赭(赭石、鉄鉱石)があるところには、その下に鉄があります。」
これらは山の『見栄者』(外見から資源の存在が分かる目印)です。もし山の外見から資源の存在が分かるところがあれば、君主は慎重にそこを封鎖して、祭祀を行いなさい。封鎖した場所から十里離れたところに祭壇を築き、そこを通る乗り物に乗った者は降りて歩かせ、歩く者は小走りさせなさい。もしこの命令を犯す者がいれば、死罪として赦してはなりません。そうすれば、そこから勝手に資源を採取する者は遠ざかるでしょう。
(このように資源を管理し、)教化を修めること十年、葛盧の山から水が湧き出し、それに続いて金が産出されました。蚩尤はそれを受け取り、加工して剣、鎧、矛、戟を製造しました。その年には、諸侯のうち九カ国が(戦争によって)互いを併合しました。
その後、雍狐の山から水が湧き出し、それに続いて金が産出されました。蚩尤はそれを受け取り、加工して雍狐の戟や芮戈を製造しました。その年には、諸侯のうち十二カ国が互いを併合しました。
だから、天下の君主が一度武器を振り下ろして怒れば、死体が野に満ちます。これこそが戈(武器)の根源なのです。」
2.桓公、管子に問うて曰く
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、天財所出?地利所在?」
管子対えて曰く、「山上に赭(しゃ)有る者は、其の下に鉄有り。上に鉛有る者は、其の下に銀有り。一に曰く、上に鉛有る者は、其の下に鉒銀(ちゅうぎん)有り。上に丹沙(たんしゃ)有る者は、其の下に鉒金(ちゅうきん)有り。上に慈石(じせき)有る者は、其の下に銅金(どうきん)有り。此れ山之見栄者(けんえいしゃ)也。苟(いやしく)も山之栄を見れば、謹んで封じて禁と為せ。封山を動かす者有らば、罪死して赦さず。令を犯す者有らば、左足入れば、左足断つ。右足入れば、右足断つ。然らば則ち其の犯すに遠し矣。此れ天財地利之所在也。」
桓公、管子に問うて曰く、「天財地利を以て功を立て名を天下に成す者、誰子(だれ)也?」
管子対えて曰く、「文武(ぶんぶ)是れ也。」
桓公曰く、「若(なんじ)が此の言、何謂(なんい)ぞや?」
管子対えて曰く、「夫(そ)れ玉は牛氏辺山(ぎゅうしへんざん)に起り、金は汝漢(じょかん)之右洿(うか)に起り、珠は赤野(せきや)之末光(ばつこう)に起る。此れ皆周より距(へだ)たること七千八百里、其の涂(みち)遠くして至る難(かた)し。
故に先王は各々その重きを用いて、珠玉は上幣(じょうへい)と為し、黄金は中幣(ちゅうへい)と為し、刀布(とうふ)は下幣(かへい)と為す。
令疾(れいしつ)なれば則ち黄金重く、令徐(れいじょ)なれば則ち黄金軽し。先王は其の号令の徐疾を権度(けんど)し、その中幣を高下(こうげ)して、下上(かじょう)の用を制す。則ち文武は是れ也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「天の恵みによる財(天財)がどこから産出し、地の恵みによる利(地利)がどこにあるのかを伺ってもよろしいでしょうか?」
管子は答えました、「山の頂に赭石(鉄鉱石)があるところには、その下に鉄があります。山の頂に鉛があるところには、その下に銀があります。また、別の説では、山の頂に鉛があるところには、その下に精錬された銀(鉒銀)があります。山の頂に丹沙(辰砂)があるところには、その下に精錬された金(鉒金)があります。山の頂に慈石(磁鉄鉱)があるところには、その下に銅があります。これらは山の『見栄者』(外見から資源の存在が分かる目印)です。
もし山の外見から資源の存在が分かるところがあれば、慎重にそこを封鎖して立ち入り禁止としなさい。封鎖した山を動かす者があれば、死罪として赦してはなりません。もし命令を犯す者があれば、左足を踏み入れたら左足を切断し、右足を踏み入れたら右足を切断しなさい。そうすれば、そこを犯す者は遠ざかるでしょう。これらが天の恵みによる財と地の恵みによる利が存在する場所です。」
桓公は管子に尋ねました、「天財と地利を用いて功績を立て、天下に名を成した者は誰ですか?」
管子は答えました、「文王と武王がそれです。」
桓公は言いました、「あなたのその言葉はどういう意味ですか?」
管子は答えました、「玉(ぎょく)は牛氏辺山から産出し、金は汝漢の右側にある窪地から産出し、真珠は赤野の端にある光るところから産出されます。これらはすべて周の都から7800里も離れており、その道は遠く、入手は困難でした。
だから、先王たちはそれぞれ、その重要度に応じて(貨幣の価値を)用いました。真珠や玉は『上幣』(高額貨幣)とし、黄金は『中幣』(中額貨幣)とし、刀銭や布銭は『下幣』(低額貨幣)としました。
(国家の)命令が迅速であれば(=市場への介入が積極的であれば)黄金の価値は高くなり、(国家の)命令が緩やかであれば(=市場への介入が消極的であれば)黄金の価値は低くなりました。先王たちは、その号令の緩急を測り、その『中幣』(黄金)の価値を上げ下げすることで、上下(全ての貨幣や物資)の運用を統制しました。これを行ったのが文王と武王です。」
3.桓公、管子に問うて曰く、「吾、国財を守らんと欲し」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「吾、国財を守らんと欲し、天下に税せずして、外、天下に因る可き乎?」
管子対えて曰く、「可。夫(そ)れ水は瞠(みひら)きて渠(きょ)に流れ、令疾(れいしつ)なれば則ち物重し。先王は其の号令の徐疾を理め、内に国財を守りて、外、天下に因る矣。」
桓公、管子に問うて曰く、「其の行事奈何(いかん)?」
管子対えて曰く、「夫(そ)れ昔者(むかし)武王(ぶおう)に巨橋(きょきょう)之粟(ぞく)有り。貴糴(きてき)の数(わざ)。」
桓公曰く、「之を為す奈何?」
管子対えて曰く、「武王は重泉(ちょうせん)之戍(じゅ)を立て、令して曰く、『民、自ら百鼓之粟(ひゃくこのぞく)有る者は行かず』と。民は粟を最も(多く)する所を挙げ、以て重泉之戍を避く。而して国穀(こくこく)二什倍(じゅうばい)。巨橋之粟も亦二什倍。
武王は巨橋之粟二什倍を以て繒帛(そうはく)を市(し)す。軍は五歳(ごさい)民に衣を籍(せき)する毋(なか)れ。巨橋之粟二什倍を以て黄金百万を衡(はか)る。終身、民に籍する無し。准衡之数(じゅんこうしすう)也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「私は国家の財産を守りたいのですが、天下(諸侯)に税を課さずに、外部の天下(諸侯の財)を自国に引き寄せることはできますか?」
管子は答えました、「できます。水が目を凝らして(一方向へ)溝に流れるように、(国家の)命令が迅速であれば物価は重く(高くなり)ます。先王たちは、その号令の緩急を適切に調整し、国内の財産を守りながら、外部の天下の財産を自国に引き寄せていました。」
桓公は管子に尋ねました、「具体的にはどのように行ったのですか?」
管子は答えました、「昔、武王には『巨橋の粟』(巨大な穀物倉庫の穀物)がありました。これは高値で穀物を買い取る政策(貴糴の数)です。」
桓公は言いました、「どのように行ったのですか?」
管子は答えました、「武王は重泉(地名)に軍の駐屯地を設け、命令を出して言いました、『民衆は、自分で百鼓(約2万リットル)の穀物を持っている者は(軍役や徴発のために)出向かなくてよい』と。
民衆は(軍役や徴発を避けるため)自分たちが持つ最も多くの穀物を差し出して、重泉の軍役を避けました。その結果、国家の穀物備蓄(国穀)は二十倍に増えました。巨橋に貯蔵されていた穀物も、同様に二十倍になりました。
武王は、この巨橋に集められた二十倍もの穀物を用いて絹織物を買い入れました。これにより、軍は五年もの間、民衆から衣類を徴発する必要がなくなりました。また、巨橋の二十倍もの穀物を用いて百万の黄金の価値を釣り上げました。これにより、武王は生涯にわたって民衆から(黄金を)徴発する必要がありませんでした。これが『准衡の数』(物価調整と財政均衡の法則)です。」
4.桓公、管子に問うて曰く、「今も亦以て
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「今も亦(また)以て此れを行わん可き乎?」
管子対えて曰く、「可。夫(そ)れ楚(そ)に汝漢(じょかん)之金有り、斉(せい)に渠展(きょてん)之塩有り、燕(えん)に遼東(りょうとう)之煮(しゃ)有り。此の三者も亦以て武王之数に当たる可し。
十口之家、十人娀塩(しょうえん)す。百口之家、百人娀塩す。凡そ食塩之数、一月丈夫(じょうふ)五升少半、婦人三升少半、嬰児(えいじ)二升少半。
塩之重、升に分耗(ぶんこう)を加えれば釜(ふ)五十。升に一耗を加えれば釜百。升に十耗を加えれば釜千。君は菹薪(そしん)を伐り、泲水(せいすい)を煮て塩と為し、正しく之を積むこと三万鍾(さんまんしょう)。陽春(ようしゅん)に至らば、請う、時に籍(せき)せん。」
桓公曰く、「何謂ぞ時に籍せん?」
管子曰く、「陽春、農事方(まさ)に作(おこ)る。民をして垣牆(えんしょう)を築くを得る勿れ、冢墓(ちょうぼ)を繕うを得る勿れ、丈夫(じょうふ)宮室を治むるを得る勿れ、臺榭(だいしゃ)を立つるを得る勿れ。北海之衆(しゅう)も聚庸(しゅうよう)して塩を煮るを得る勿れ。然らば塩之賈(か)必ず四什倍(じゅうばい)。
君は四什之賈を以て河済(かせい)之流を修む。南は梁(りょう)、趙(ちょう)、宋(そう)、衛(えい)、濮陽(ぼくよう)に輸(おく)る。悪食無塩(あくしょくむえん)なれば則ち腫(は)る。守圉(しゅぎょ)之本、其の塩を用うること独り重し。君は菹薪を伐り、泲水を煮て以て天下に籍すれば、然らば則ち天下減ずる無し矣。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「今(現在の斉の状況で)も、武王がやったように(税を課さずに財を徴収する)ことを実行できますか?」
管子は答えました、「できます。楚には汝漢(じょかん)の金があり、斉には渠展(きょてん)の塩があり、燕には遼東(りょうとう)の煮(塩を作るための海水を煮詰める資源、または塩田)があります。この三つの資源も、武王の(成功した)法則に応用できます。
十人家族なら十人分の塩が必要であり、百人家族なら百人分の塩が必要です。およそ一ヶ月に人が消費する塩の量は、成人男性で5升と少し、女性で3升と少し、乳幼児で2升と少しです。
塩の価値(重)は、1升にわずかな増量(分耗)を加えれば釜(穀物の単位)50の価値、1升に1耗(わずかな量)加えれば釜100の価値、1升に10耗加えれば釜1000の価値になります。(つまり、国家がわずかに塩の供給量を調整するだけで、その価格は大幅に変動させられる。)
君主は(冬の間に)薪を伐採し、泲水(斉の主要な塩の産出地)を煮詰めて塩を作り、それを正確に三万鍾も積み上げてください。そして春の時期(陽春)になったら、その塩を使って(民衆から必要なものを)徴収することをお勧めします。」
桓公は言いました、「『春の時期に徴収する』とはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「春(陽春)は農作業が始まる時期です。この時期に、民衆に垣根や塀を築くことを禁じ、墓を修理することも禁じ、成人男性には家屋の建築を禁じ、高台や楼閣を建てることも禁じなさい。また、北海地方の住民にも、雇われて塩を煮詰めること(私的に塩を製造すること)を禁じなさい。
そうすれば、塩の価格は必ず四倍、十倍(=四十倍)に跳ね上がります。
君主はこの高値(四倍、十倍の価格)で(塩を売って得た資金で)、黄河や済水の水路を修復しななさい。南には梁、趙、宋、衛、濮陽といった諸侯国に(塩を)輸送しなさい。食べ物に塩がなければ体が腫れてしまいます。(国家の)防衛の基本として、その塩の利用は極めて重要です。君主が薪を伐採し、泲水を煮詰めて塩を作り、それを天下に(国家の権力で)管理させれば、天下の(富は)失われることはないでしょう。」
5.桓公、管子に問うて曰く、「吾、本を富ませて」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「吾、本(もと)を富ませて五穀を豊かにせんを欲するも可き乎?」
管子対えて曰く、「不可。夫(そ)れ本(もと)富んで財物(ざいぶつ)衆(おお)くして守る能(あた)わずんば、則ち天下に税す。五穀興り豊かにして、巨銭(きょせん)にして天下貴(たっと)ばば、則ち天下に税す。然らば則ち吾が民は常に天下の虜(とりこ)と為る矣。
夫(そ)れ善く本を用いる者は、身を以て大海に済(わた)るが若し。風の起る所を観て、天下高ければ則ち高く、天下低ければ則ち低くす。天下高くて我低ければ、則ち財利天下に税す矣。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「私は国家の基礎となる財(本)を豊かにし、五穀(食糧)を豊作にしたいのですが、そうすることはできますか?」
管子は答えました、「できません。
国家の基礎となる財産が豊かになり、財物が多くても、それを適切に守り管理することができなければ、かえって天下(諸侯や他国)に貢ぎ物をする(税を納める)ことになります。
五穀が豊作になり、(市場に)巨額の貨幣が流通して天下(の物価)が高くなれば、やはり天下(諸侯や他国)に貢ぎ物をする(税を納める)ことになります。そうなれば、我が国の民は常に天下の奴隷となるでしょう。
真に国家の基礎をうまく運用する者は、まるで自分が大海を渡るかのように、風がどこから吹くか(=天下の情勢や経済の動き)をよく観察し、天下の物価が高ければ(自国の物価も)高くし、天下の物価が低ければ(自国の物価も)低く調整します。
もし天下の物価が高いのに、我が国の物価が低いままならば、財利は天下(諸侯や他国)に奪われてしまうでしょう。」
6.桓公、管子に問うて曰く、「事、此れに尽きる乎?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「事、此れに尽きる乎?」
管子対えて曰く、「未だ也。夫(そ)れ斉、衢処(くしょ)之本(もと)、通達(つうたつ)之所出也。游子(ゆうし)は商之所道(しょうししょどう)に勝り、人、本を求むる者は、吾が本粟(ほんぞく)を食し、吾が本幣(ほんへい)に因(よ)る。
騏驥(きき)黄金(おうごん)して、然る後に令有りて徐疾(じょしつ)有り。物に軽重(けいじゅう)有りて、然る後に天下之宝(ほう)は壹(もっぱ)ら我の為に用ゐられん。善き者は非有(ひゆう)を用い、非人(ひじん)を使(つか)う。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「(国家統治の)することはこれで全てですか?」
管子は答えました、「まだです。
斉の国は、交通の要衝(衢処)であり、商業の拠点(本)であり、四方八方に(物資が)通じ、情報が行き交う場所です。旅人(游子)は商人(商)の通る道よりも優位に立ちます(=斉の地利が商取引に有利であること)。
人々が(国家の財の)根源を求める際には、我が国の『本粟』(国家の主要な穀物備蓄)を食べ、我が国の『本幣』(国家の基幹貨幣)に頼るでしょう。
(国家が)駿馬(騏驥)と黄金(=重要な資源と貨幣)を掌握して初めて、命令に緩急をつけ(=経済政策を柔軟に展開し)、万物に軽重(=物価の変動や価値の調整)をつけることができるようになります。
そうして初めて、天下のあらゆる貴重な財宝は、一様に我が国のために用いられるようになるでしょう。真に優れた統治者は、存在しないもの(非有)を動かし、人ではないもの(非人、例えば経済法則や市場そのもの)をも使いこなすのです。」
お待たせいたしました。『管子』の各セクションについて、書き下し文、現代語訳、解説を以下にまとめました。
第78編 揆度
1.斉桓公、管子に問うて曰く、「燧人以来
書き下し文
斉桓公、管子に問うて曰く、「燧人(すいじん)以来、其の大会(だいえ)、聞くを得可き乎?」
管子対えて曰く、「燧人以来、軽重を以て天下を為さざるは未だ有らず。
共工(きょうこう)の王たるや、水処(すいしょ)は什(じゅう)の七、陸処(りくしょ)は什の三。天勢に乗じて以て天下を隘制(あいせい)す。
黄帝(こうてい)の王に至るや、謹んで其の爪牙(そうが)を避け、其の器を利(とが)めず、山林を焼き、増藪(ぞうそう)を破り、沛沢(はいだく)を焚き、禽獣(きんじゅう)を逐い、実を以て人益(ひとます)す。然る後に天下は牧するを得可き也。
堯舜(ぎょうしゅん)の王に至るや、海内(かいだい)を化する所以(ゆえん)は、北は禺氏(ぐし)の玉を用い、南は江漢(こうかん)の珠(しゅ)を貴び、其の禽獣(きんじゅう)の仇(あだ)に勝ち、大夫を以て之に随(したが)う。」
桓公曰く、「何謂(なんい)ぞや?」
管子対えて曰く、「諸侯の子の、将(まさ)に委質(いしつ)せんとする者を令(しむ)に、皆、双武(そうぶ)之皮を以てせしむ。卿大夫は豹飾(ひょうしょく)、列大夫は豹幨(ひょうせん)とす。大夫は其の邑粟(ゆうぞく)と其の財物を散じ、以て虎豹(こひょう)之皮を市(し)す。故に山林の人は其の猛獣を刺(さ)すこと、親戚(しんせき)の仇(あだ)を従(したが)うが若し。
此れ君は冕服(べんぷく)を朝(ちょう)に冕(み)し、猛獣は外に勝(まさ)り、大夫は已(すで)に其の財物を散じ、万人は其の流(りゅう)を受くるを得。此れ堯舜之数(ぎょうしゅんしすう)也。」
現代語訳
斉の桓公は管子に尋ねました、「燧人氏(火を発見したとされる伝説上の帝王)以来、天下を治める上で重要視されてきた大会(大きな原則や方法)について聞かせてもらえますか?」
管子は答えました、「燧人氏以来、『軽重』(物価や経済を調整する政策)を用いずに天下を治めた者は、かつて一人もいません。
共工氏が王であった時代は、地表の七割が水で、三割が陸でした。彼は自然の地理的優位性に乗じて、狭い地形を支配することで天下を統制しました。
黄帝の時代になると、彼は慎重に人々から爪や牙(=武器や争いの原因)を遠ざけ、武器を鋭利にせず、山林を焼き払い、荒れた藪を切り開き、広大な湿地を焼き、禽獣を追い払って、実りによって人々を豊かにしました。そうして初めて、天下を牧するように統治することができたのです。
堯(ぎょう)と舜(しゅん)が王であった時代に至ると、彼らが天下を教化できた方法は、北方の禺氏の玉(ぎょく)を国家の財として用い、南方の江漢の真珠を珍重することでした。彼らは禽獣を討伐する戦い(の成果)をもって、大夫(高級官僚)たちを従わせました。」
桓公は言いました、「それはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「諸侯の子弟で、朝廷に仕えるしるし(委質)として献上する者に、皆『双武の皮』(虎か豹の皮)を用いるよう命じました。卿大夫(最上位の官僚)には豹の飾りを、列大夫(中位の官僚)には豹の帷(とばり)を身につけさせました。大夫たちは、自分の領地の穀物や財物を散じて、虎や豹の皮を市場で買い集めました。そのため、山林に住む人々は、猛獣を刺し殺すこと(=狩猟)を、まるで親戚の敵を討つかのように熱心に行いました。
このようにして、君主は朝廷で威厳ある冕服(礼服)をまとい、外では猛獣が討伐され(=民衆が安全になり)、大夫たちは自らの財物を散じて(=市場が活性化し)、多くの人々がその恩恵(=狩猟の報酬)を受けることができました。これこそが堯舜の統治術(堯舜の数)なのです。」
2.桓公曰く、「事名二、正名五にして、天下治まる。」
書き下し文
桓公曰く、「事名二、正名五にして、天下治まる。」
「何謂ぞ事名二?」対えて曰く、「天筴(てんさく)、陽也。壤筴(じょうさく)、陰也。此れを事名二(じめいに)と謂う。」
曰く、「何謂ぞ正名五(せいめいご)?」対えて曰く、「権(けん)也、衡(こう)也、規(き)也、矩(く)也、准(じゅん)也。此れを正名五(せいめいご)と謂う。
其の色に在る者は、青、黄、白、黒、赤也。其の声に在る者は、宮、商、角、徴、羽也。其の味に在る者は、酔、辛、鹹、苦、甘也。
二五者(にごしゃ)は、童山(どうざん)竭沢(けつたく)し、人君は数を以て之を制す。
味は、民の口を守る所以(ゆえん)也。声は、民の耳を守る所以也。色は、民の目を守る所以也。
人君は二五者を失えば、其の国を亡ぼす。大夫は二五者を失えば、其の勢を亡ぼす。民は二五者を失えば、其の家を亡ぼす。此れ国の至機(しき)也。之を国機(こくき)と謂う。」
現代語訳
桓公は言いました、「物事の根本原理には二つの名があり、正確な尺度には五つの名があることで、天下は治まるというが、どういうことか。」
(管子は)答えました、「『事名二』とは、『天筴』(天の法則、陽)と『壤筴』(地の法則、陰)のことです。これを『事名二』と言います。」
(桓公は)尋ねました、「『正名五』とはどういう意味ですか?」
(管子は)答えました、「『権』(はかりの錘)、『衡』(はかりの竿)、『規』(コンパス)、『矩』(直角定規)、『准』(水準器)のことです。これを『正名五』と言います。
色においては、青、黄、白、黒、赤(五色)です。音においては、宮(きゅう)、商(しょう)、角(かく)、徴(ち)、羽(う)(五音)です。味においては、酸(酔)、辛、鹹(塩辛い)、苦、甘(五味)です。
これら『二』と『五』の原則は、禿げ山を枯らし、湖沼を干上がらせる(=自然を開発し尽くす)ほどに、君主が(明確な)法則(数)をもってこれを統制するものです。
味は、民の口(=食欲や飲食)を守るためのものです。声は、民の耳(=聴覚や情報)を守るためのものです。色は、民の目(=視覚や美意識)を守るためのものです。
君主がこの『二』と『五』の原則を失えば、その国は滅びます。大夫がこの『二』と『五』の原則を失えば、その権勢を失います。民がこの『二』と『五』の原則を失えば、その家を亡ぼします。これこそが国家の最も重要な要諦であり、これを『国機』(国家の機密、あるいは核心)と言います。」
3.軽重之法曰く、「自ら能く司馬を為すと言いて
書き下し文
軽重之法曰く、「自ら能く司馬を為すと言いて司馬を為すこと能(あた)わざる者、其の身を殺して以て其の鼓(こ)を釁(ちぬ)る。自ら能く田土を治むると言いて田土を治むること能わざる者、其の身を殺して以て其の社(しゃ)を釁(ちぬ)る。自ら能く官を為すと言いて官を為すこと能わざる者、劓(はなきり)を以て門父(もんぷ)と為す。故に敢えて姦能(かんのう)にして禄を誣(あざむ)く者、君に至る者無き矣。故に相任寅(しょうじんいん)、官都(かんと)を為せども、重門(じゅうもん)撃柝(げきた)去る能わず、亦之を法に随(したが)う。」
現代語訳
「軽重」の法には次のように定められています。
「自ら『司馬』(軍事を司る官)になれると言いながら、実際には司馬の職務を全うできない者は、その身を殺してその血で軍太鼓を清める(釁鼓)。
自ら『田土を治める』(土地管理や農業を司る官)ことができると言いながら、実際には田土を治めることができない者は、その身を殺してその血で社稷(しゃしょく、土地の神と穀物の神)を清める(釁社)。
自ら『官』(一般の官職)になれると言いながら、実際にはその官職を全うできない者は、鼻を削がれて門番(門父)にされる。
ゆえに、能力がないのに有能を装い、禄(給与)を偽り騙し取るような者が、君主のもとにまで現れることはないだろう。
だから、宰相の任寅(じんいん)が都の長官(官都)を務めていた時でさえ、夜間の門の閉鎖や拍子木の警備を怠ることができなかった(=職務を全うできなかった)場合は、やはり法に従って処罰されたのである。」
4.桓公、管子に問うて曰く、「請問、大准。」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問、大准(たいじゅん)。」
管子対えて曰く、「大准とは、天下は皆我を制すれども、我に無きものなり。此れを大准と謂う。」
桓公曰く、「何謂(なんい)ぞや?」
管子対えて曰く、「今、天下は兵を起こして我に加わるも、臣(しん)の国を謀りて厲(はげ)まし名を定むる能ある者、壌を割きて封ぜよ。臣の車兵を以て進退し、功を成し名を立つる能ある者、壌を割きて封ぜよ。然らば則ち是れ天下は尽く君の臣を封ずるなり。君之を封ずるに非ざるなり。
天下は已(すで)に君の臣を封ずること十里矣(ここ)。天下動く毎に、重ねて君の民を封ずること二十里。君の民は富めるに非ざるも、隣国は之を富ます。隣国動く毎に、重ねて君の民を富ます。貧者は重ねて貧しく、富者は重ねて富む。大准之数(たいじゅんしすう)也。」
桓公曰く、「何謂ぞや?」
管子対えて曰く、「今、天下は兵を起こして我に加わるも、民は其の耒耜(らいし)を棄て、外に出て戈(か)を執る。然らば則ち国は耕すを得ず。此れ天凶に非ず。此れ人凶也。
君は朝に令して夕に具(そな)えを求め、民は其の財物と其の五穀を肆(みせ)にす。讎(あだ)の為に厭(あ)きて去れば、賈人(こじん)は受けて之を廩(たくわ)う。然らば則ち国財の一分は賈人に在り。師(いくさ)罷(や)み、民は其の事に反(かえ)り、万物は其の重(おも)きに反(かえ)る。賈人は其の財物を出し、国幣(こくへい)の少分(しょうぶん)は賈人に廩(たくわ)う。若(も)し此くの如くんば、則ち幣重(へいじゅう)にして三分、財物の軽重(けいじゅう)三分、賈人は三分の間(かん)に市(し)す。国之財物は尽く賈人に在りて、君は筴(さく)無く、民は更に相い制す。君は事に有る無く、此れ軽重之大准(けいじゅうのたいじゅん)也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『大准』(たいじゅん)について伺ってもよろしいでしょうか。」
管子は答えました、「『大准』とは、天下がすべて私を統制している(かのように見える)のに、実際には私が天下を統制している(天下が私に動かされている)状態のことです。これを『大准』と言います。」
桓公は言いました、「どういう意味ですか?」
管子は答えました、「今、天下の諸侯が兵を起こして我が国を攻めてきたとしましょう。
その時、国家のために優れた謀略を巡らし、国を強くし、名を確立できる家臣がいれば、その者に領地を分け与えて封じなさい。また、戦車や兵を率いて進退し、功績を上げ、名を立てることができる家臣がいれば、その者に領地を分け与えて封じなさい。
そうすれば、天下(の諸侯)は、皆、君主の家臣を封じることになります(=敵が有能な家臣を警戒し、その力を削ごうと領地を差し出す形になる)。これは君主が直接封じたわけではありません。
天下の諸侯は、すでに君主の家臣に十里の土地を与えてしまいました。そして天下(の諸侯)が動くたびに、さらに君主の民に二十里ずつ土地を与え続けるでしょう。君主の民は、自ら富んだわけではないのに、隣国が彼らを富ませることになるのです。隣国が動くたびに、君主の民はさらに富み、(隣国の)貧しい者はさらに貧しくなり、富める者はさらに富むでしょう。これが『大准』の法則です。」
桓公は言いました、「どういう意味ですか?」
管子は答えました、「今、天下の諸侯が兵を起こして我が国を攻めてきたとしましょう。民衆は鍬(くわ)や鋤(すき)を捨てて、外に出て戈(ほこ)を持って戦います。そうすると国は耕作ができなくなります。これは天災による不幸ではなく、人災による不幸です。
君主が朝に命令を出し、夕方には軍需物資を準備するように求めると、民衆は自分の財物や穀物を市場に出します。敵が(その財物や穀物に)飽きて立ち去ると、商人がそれらを受け取り、自分の倉庫に貯蔵します。そうすると、国家の財産の一部は商人の手に渡ります。
戦争が終わり、民衆が自分の仕事に戻ると、全ての物の価値は元に戻ります。商人は自分の貯蔵した財物を市場に出し、国家の貨幣の一部も商人の倉庫に貯蔵されます。
もしこのようになれば、貨幣の価値は非常に『重く』(高くなり)三分の一になり、財物の価値は『軽く』(安くなり)三分の一になります。商人はその三分の一の差を利用して売買します。国家の財物はすべて商人の手中にあり、君主には何の対抗策もありません。民衆は互いに(物価によって)制約し合い、君主には何もできることがなくなります。これが『軽重』の『大准』なのです。」
5.管子曰く、「人君は本(もと)を操り、
書き下し文
管子曰く、「人君は本(もと)を操り、民は末(すえ)を操るを得ず。人君は始(はじめ)を操り、民は卒(おわり)を操るを得ず。
其の涂(みち)に在る者は、之を衢塞(くそく)に籍(せき)し、其の穀に在る者は、之を春秋に守る。其の万物に在る者は、貲(し)を立てて行(おこな)う。故に物動けば則ち之に応じ、故に豫(あらかじ)め其の涂(みち)を奪えば、則ち民は遵(したが)うこと無し。
君は其の流(ながれ)を守れば、則ち民は其の高(たか)きを失う。故に四方の高下を守らば、国に游賈(ゆうこ)無く、貴賤相当たり、此れを国衡(こくこう)と謂う。
利を以て相い守らば、則ち数(わざわい)は君に帰す矣。」
現代語訳
管子は言いました、「君主は(財の)根本(本)を掌握し、民衆には(財の)末梢(末)を掌握させてはならない。君主は(物事の)始まりを掌握し、民衆には(物事の)終わりを掌握させてはならない。
(流通の)道筋にあるものは、交通の要衝(衢塞)で国家が管理・登録し、穀物については、春と秋の(収穫時期と端境期の)価格を国家が守り(統制し)、あらゆる物資については、(国家が)価格を定めて流通させるべきである。
だから、物資が動けば(市場が変動すれば)、(君主は)それに対応しなければならない。しかし、あらかじめ(流通の)道を国家が掌握してしまえば、民衆はそれに背くことはできない。
君主が(物資の)流通(流)を守り掌握すれば、民衆は(勝手に物価を吊り上げるなどして)その高値(高)を得ることはできない。
だから、四方(全国)の物価の高低を(国家が)守り統制すれば、国には(利益を求めて自由に動き回る)游賈(ゆうこ、投機的な商人)はいなくなり、物価の貴賤(高低)も適切になる。これを『国衡』(国家の均衡、物価の安定)と言います。
(経済的な)利益を(国家が)互いに守り合う(=国家が利益を集中管理する)ならば、最終的に(富の)法則は君主に帰属するだろう。」
6.管子曰く、「善く商任(しょうじん)を正す者は
書き下し文
管子曰く、「善く商任(しょうじん)を正す者は、肆(し)有るを省(はぶ)く。肆有るを省けば、則ち市朝(しちょう)閒(のどか)なり。市朝閒なれば、則ち田野充(み)つ。田野充つれば、則ち民財足る。民財足れば、則ち君は賦斂(ふれん)するに窮(きゅう)せざるなり。
今則ち然らず。民重くて君重し。重くして軽きこと能わず。民軽くて君軽し。軽くて重きこと能わず。天下の善き者は然らず。民重ければ則ち君軽し。民軽ければ則ち君重し。此れ乃ち財余りて以て不足を満たす之数(わざわい)也。
故に凡そ民の利を調(ととの)うること能わざる者は、以て大治(だいち)を為すべからず。終始(しゅうし)を察せざれば、以て至(いた)るべからず。
左右を動かして重相因(じゅうそういん)せしむるは、二十国之筴(さく)也。塩鉄二十国之筴也。錫金二十国之筴也。五官之数、民に籍(せき)せず。」
現代語訳
管子は言いました、「巧みに商取引と税を正す者は、(市場における)店鋪の数を減らすべきである。店鋪の数を減らせば、市場は静かになり(=流通が抑制され投機が減る)。市場が静かになれば、田畑は豊かになる(=農業に人材が戻る)。田畑が豊かになれば、民の財産は十分になる。民の財産が十分になれば、君主は賦課や徴収に困ることがない。
しかし今の状況はそうではない。民の負担が重くなれば君主も負担が重くなり(=民衆が貧しくなれば税収が減る)、重くなっても(負担を)軽くすることはできない。民の負担が軽ければ君主も負担が軽くなる(=民衆が豊かになれば税収が増えるように見えるが、それを活用できない)。軽くなっても(その財を)重くすることはできない。
天下をうまく治める者はそうではない。民の負担が重ければ君主は軽くし(=国家が介入して民衆の負担を軽減する)、民の負担が軽ければ君主は重くする(=国家が財を蓄える)。これこそが、財産に余剰があるときに不足を補う(=経済を調整する)法則なのである。
だから、およそ民衆の利益を適切に調整できない者は、優れた統治を行うことはできない。物事の始めと終わりを深く観察しなければ、至高の統治に到達することはできない。
(貨幣や物資の)左右(価値の高低)を動かして互いに重なり合う(=相互に影響し合う)ように調整することは、二十カ国(諸侯国)が採用すべき政策である。塩や鉄の専売も二十カ国が採用すべき政策である。錫や金の専売も二十カ国が採用すべき政策である。五つの官職の運営に関する法則は、民衆から徴発(税を課す)べきではない。」
7.桓公、管子に問うて曰く、「軽重之数、悪に終る?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「軽重之数、悪(いずく)に終(おわ)る?」
管子対えて曰く、「四時の更挙(こうきょ)の若く、終る所無し。
国に患憂(かんゆう)有れば、軽重五穀を以て用を調え、積余(せきよ)蔵羨(ぞうせん)を以て賞に備え、天下賓服(ひんぷく)し、海内を有(たも)てば、以て誠信仁義(せいしんじんぎ)之士を富ましむ。故に民は辞譲(じじょう)を高くし、奇恠(きかい)を為す者無し。
彼の軽重は、諸侯服さざれば、以て出戦す。諸侯賓服せば、以て仁義を行う。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「『軽重』(経済統制)の法則は、最終的にどこに行き着くのですか?」
管子は答えました、「それは四季が巡り変わるように、終わるということがありません。
国に患いや心配事が生じた際には、『軽重』の原則を用いて穀物の価格を調整し、必要な物資の供給を整え、積み上げた余剰物資や蓄えられた財産は、(功績を上げた者への)褒賞に備えることができます。
そして、天下の諸侯が(斉に)服従し、天下を掌握することができたならば、その財をもって誠実で信頼でき、仁愛と正義を重んじる士を豊かにすることができます。ゆえに、民衆は(利を争わず)譲り合いの心を尊び、奇妙な悪事を働く者はいなくなるでしょう。
その『軽重』の原則は、(まだ)諸侯が服従しない段階では、(その財をもって)戦に出るための(費用を賄う)ために用います。諸侯が服従したならば、(その財をもって)仁義を行う(=善政を施し、徳治を広める)ために用いるのです。」
8.管子曰く、「一歳耕して、五歳食すれば、
書き下し文
管子曰く、「一歳耕して、五歳食すれば、粟賈(ぞくか)五倍。一歳耕して、六歳食すれば、粟賈六倍。二年耕して、而して十一年食す。
夫(そ)れ富む能(あた)わざるを奪い、貧しき能わざるを予(あた)うるは、乃ち以て天下を為す可きなり。
且(また)天下を為す者は、茲(これ)に処し茲に行うこと、此くの若くして、天下は壹(もっぱ)らる可きなり。
夫(そ)れ天下の者は、之を使(つか)わし而して使わざるが如く、之を用い而して用いざるが如し。
故に善く天下を為す者は、之を使わんと曰(い)う毋(なか)れ。使わざるを得ざるが如く使わしむ。之を用いんと曰う毋れ。用いざるを得ざるが如く用いしむ。」
現代語訳
管子は言いました、「一年耕作して、五年分の食料を備蓄すれば、穀物の価格は五倍になります。(=国家が長期備蓄を行えば、市場をコントロールし、富を蓄積できる)
一年耕作して、六年分の食料を備蓄すれば、穀物の価格は六倍になります。
二年耕作して、(十一年の備蓄ができれば)十一年分の食料を食べられるようになります。
富んでいる者から、その富(を不当に蓄えているもの)を奪い、貧しい者には、その不足を補うものを与えることができる者こそ、天下を統治することができるのです。
また、天下を統治する者は、この(備蓄と調整の)原則に従い、これを実行することで、天下を(一つに)統一することができます。
およそ天下を動かす者は、民衆を動かすのに、あたかも動かしていないかのように見せ、物資を用いるのに、あたかも用いていないかのように見せかけるものです。
だから、天下を巧みに統治する者は、『(民衆を)動かそう』などと言うべきではありません。(民衆が)動かざるを得ないように仕向けるのです。『(物資を)使おう』などと言うべきではありません。(物資が)使わざるを得ないように仕向けるのです。」
9.管子曰く、「善く国を為す者は、
書き下し文
管子曰く、「善く国を為す者は、金石(きんせき)の相い挙ぐるが如し。均重(きんじゅう)なれば則ち金傾く。故に権を治むれば則ち勢重く、道を治むれば則ち勢贏(えい)。
今、穀は吾が国に重く、天下に軽ければ、則ち諸侯の自ら泄(も)るるは、源水の就下(しゅうか)するが如し。故に物重ければ則ち至り、軽ければ則ち去る。有って重きを以て至りて軽きに処する者、我動き而して之を錯(お)けば、天下は即ち我に已(とどま)る矣。
物蔵(ぞう)すれば則ち重く、発すれば則ち軽し。散ずれば則ち多し。
幣(へい)重ければ則ち民は利に死し、幣軽ければ則ち決(すた)れて用いられず。故に軽重は数に調えて止まる。」
現代語訳
管子は言いました、「巧みに国を治める者は、金と石(はかりの錘と物)が釣り合う(鈞重)ようにバランスを取るものである。もし釣り合いが崩れれば(片方が)傾く。だから、(物価を調整する)権(けん、はかりの錘)をうまく扱えば、国家の勢力は重く(強力に)なり、(経済の)道筋をうまく治めれば、国家の勢力は盈(えい、満ち溢れる)だろう。
もし今、穀物の価格が我が国で高く、天下(他国)で低いならば、諸侯は自然と(自国の穀物を売るために)我が国に流れ込んでくるだろう。それは源の水が低い方へと流れていくのと同じである。
だから、物価が『重ければ』(高ければ)物資は(我が国に)集まり、『軽ければ』(安ければ)物資は(我が国から)去っていく。
もし、(我が国に)高値で物資が流入してきたのに、それを安値で(国内に)放置する者(商人)がいるならば、我が国が動いてそれを(適切な価格に)調整すれば、天下の物資はすぐに我が国に留まるだろう。
物資を貯蔵すれば(国家が買い取れば)その価値は『重く』(高く)なり、放出すればその価値は『軽く』(安く)なる。分散させれば(市場に出せば)量は多くなる。
貨幣の価値が『重すぎれば』(高すぎれば)、民衆は(貨幣を得るための)利益に固執して死に物狂いになり、(貨って得た貨幣を)『軽すぎれば』(安すぎれば)、(貨幣が)価値を失って誰も使わなくなる。
だから、「軽重」は(適切な)法則に合わせて調整し、そこで止めるべきなのである。」
10.五穀者、民之司命(しみょう)也
書き下し文
五穀者、民之司命(しみょう)也。刀幣者、溝瀆(こうとく)也。号令者、徐疾(じょしつ)也。
「令は宝より重く、社稷は親戚より重し。胡(なん)ぞ謂(い)うや?」
対えて曰く、「夫(そ)れ城郭(じょうかく)は抜かれ、社稷は血食(けっしょく)せずんば、生ける臣無し。親没(ぼつ)せし後、死せる子無く、此れ社稷の親戚より重き所以(ゆえん)也。
故に城有りて人無きは、之を守平虚(しゅへいきょ)と謂う。人有りて甲兵無く食無きは、之を禍居(かきょ)に与(とも)にすと謂う。」
現代語訳
五穀(穀物)は、民の生命を司るものである。刀幣(貨幣)は、物資流通の溝(水路)のようなものである。号令(国家の命令)は、政策の緩急(徐疾)を調整するものである。
桓公は尋ねました、「『命令は宝よりも重く、社稷(国家)は親戚よりも重い』とは、どういう意味ですか?」
(管子は)答えました、「城壁が破られ、社稷(土地と穀物の神、転じて国家そのもの)が祭祀を受けられなくなれば(=国家が滅亡すれば)、生きていける臣下は一人もいなくなる。親が死んだ後に、その親のために命を捧げる子がいなくなる(=国家が滅亡すれば、親族を守ることもできない)。これこそが、社稷が親戚よりも重いとされる理由である。
だから、城があっても人がいなければ、それは『虚しい城を守っている』(守平虚)と言うべきである。人がいても武器や食料がなければ、『禍と共に住んでいる』(禍居に与にす)と言うべきである。」
11.桓公、管子に問うて曰く、「吾聞く、海内の玉幣に
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「吾聞く、海内(かいだい)の玉幣(ぎょくへい)に七筴(しちさく)有り、聞くを得可き乎。」
管子対えて曰く、「陰山(いんざん)の礝碈(らんえい)、一筴也。燕(えん)の紫山(しざん)の白金(はくきん)、一筴也。発朝鮮(はつちょうせん)の文皮(ぶんひ)、一筴也。汝(じょ)・漢水(かんすい)之右衢(うく)の黄金、一筴也。江陽(こうよう)之珠(しゅ)、一筴也。秦明山(しんめいざん)之曾青(そうせい)、一筴也。禺氏(ぐし)辺山(へんざん)之玉、一筴也。
此れ寡を以て多と為し、狭を以て広しと為すと謂う。天下之数、尽く軽重に尽く矣。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「天下にある玉や貨幣(玉幣)には七つの重要な戦略(七筴)があると聞きましたが、それを聞かせてもらえますか?」
管子は答えました、「それは、
陰山の瑪瑙(めのう)が一つ目の戦略。
燕の紫山の銀が二つ目の戦略。
発朝鮮(古朝鮮)の美しい毛皮が三つ目の戦略。
汝水と漢水の右側にある(黄金の)道筋(産地)の黄金が四つ目の戦略。
江陽の真珠が五つ目の戦略。
秦の明山の藍銅鉱(らんどうこう、曾青)が六つ目の戦略。
禺氏辺山(辺境の山)の玉(ぎょく)が七つ目の戦略です。
これらは、(貴重な資源が)少量しかなくても多量であるかのように、狭い地域からしか産出されなくても広い地域から得られるかのように(価値をつけ、流通を操作する)ことを意味します。天下の(富に関する)法則は、すべて『軽重』(経済統制)の中に尽くされているのです。」
12.桓公、管子に問うて曰く、「陰山之馬、具駕する者千乗
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「陰山之馬、具駕(ぐが)する者千乗。馬之平賈(へいか)万也。金之平賈万也。吾に伏金千斤有り。此を為す奈何?」
管子対えて曰く、「君、請う、正籍(せいせき)する者と与(とも)に皆、幣を以て金に還(かえ)さしめよ。吾は四万に至らん。此れ一為四(いちいし)矣。吾は埴(しょく)を埏(こ)ね鑪櫜(ろこう)を揺(うご)かして黄金を立つるに非ざる也。今、黄金之重(ちょう)一為四なる者、数也。
珠は赤野(せきや)之末光(ばつこう)に起り、黄金は汝漢水(じょかんすい)之右衢(うく)に起る。玉は禺氏(ぐし)之辺山(へんざん)に起る。此れ度(はか)るに周を去ること七千八百里、其の涂(みち)遠く、其の至る阨(あい)。故に先王は度(はか)りて其の重(おも)きを用い、之に因(よ)り、珠玉を上幣(じょうへい)と為し、黄金を中幣(ちゅうへい)と為し、刀布(とうふ)を下幣(かへい)と為す。先王は中幣を高下(こうげ)し、下上(かじょう)之用を利す。
百乗之国(ひゃくじょうのくに)は、中にして市を立つ。東西南北度五十里。一日慮を定め、二日載を定め、三日竟(さかい)を出で、五日にして反(かえ)る。百乗之制、軽重は五日を過ぐる毋(なか)れ。百乗は耕を為し、田万頃、戸万戸を為し、開口十万人を為す。分者(ぶんしゃ)万人を為し、軽車(けいしゃ)百乗を為し、馬四百匹を為す。
千乗之国(せんじょうのくに)は、中にして市を立つ。東西南北度百五十余里。二日慮を定め、三日載を定め、五日竟を出で、十日にして反る。千乗之制、軽重は一旬を過ぐる毋れ。千乗は耕を為し、田十万頃、戸十万戸を為し、開口百万人を為す。当分者(とうぶんしゃ)十万人を為し、軽車千乗を為し、馬四千匹を為す。
万乗之国(まんじょうのくに)は、中にして市を立つ。東西南北度五百里。三日慮を定め、五日載を定め、十日竟を出で、二十日にして反る。万乗之制、軽重は二旬を過ぐる毋れ。万乗は耕を為し、田百万頃、戸百万戸を為し、開口千万人を為す。当分者百万人を為し、軽車万乗を為し、馬四万匹を為す。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「陰山(いんざん)の馬は、千台の馬車を揃えるほどの数がいます。その馬の平均価格は万(銭、または貨幣単位)であり、金の平均価格も万です。私は埋蔵された金が千斤ありますが、これをどうすればよいでしょうか?」
管子は答えました、「君主は、徴税を行う役人に、すべての貨幣を金に換えさせるよう命じてください。そうすれば、私は(金の価値を)四万にまで引き上げることができます。これは(金の価値が)一対四になるということです。私は土をこねたり、炉や送風機を揺らして黄金を造り出すわけではありません。今、黄金の価値が一対四になるのは、まさに(『軽重』の)法則(数)によるものです。
真珠は赤野の端にある光る場所から産出し、黄金は汝水と漢水の右側の産地から産出し、玉は禺氏の辺境の山から産出されます。これらは周の都から7800里も離れており、その道は遠く、入手は困難でした。だから先王たちは、その重要度を考慮してこれらを重用し、それに従って、真珠や玉を『上幣』(高額貨幣)とし、黄金を『中幣』(中額貨幣)とし、刀銭や布銭を『下幣』(低額貨幣)としました。先王たちは、『中幣』(黄金)の価値を上げ下げすることで、上下(全ての貨幣や物資)の運用を有利にしました。
百乗の国(小国)は、中心に市場を設けます。その市場は東西南北に五十里の範囲です。一日で計画を立て、二日で(物資を)積み込み、三日で国境を出て、五日で戻ってきます。百乗の国の体制では、『軽重』(経済統制)は五日を超えてはなりません(=迅速な対応が必要)。百乗の国では、耕作地は一万頃、世帯は一万戸、人口は十万人。軍役を負担する者は一万人、軽装の戦車は百乗、馬は四百匹とします。
千乗の国(中堅国)は、中心に市場を設けます。その市場は東西南北に百五十余里の範囲です。二日で計画を立て、三日で(物資を)積み込み、五日で国境を出て、十日で戻ってきます。千乗の国の体制では、『軽重』は一旬(十日)を超えてはなりません。千乗の国では、耕作地は十万頃、世帯は十万戸、人口は百万人。軍役を負担する者は十万人、軽装の戦車は千乗、馬は四千匹とします。
万乗の国(大国)は、中心に市場を設けます。その市場は東西南北に五百里の範囲です。三日で計画を立て、五日で(物資を)積み込み、十日で国境を出て、二十日で戻ってきます。万乗の国の体制では、『軽重』は二旬(二十日)を超えてはなりません。万乗の国では、耕作地は百万頃、世帯は百万戸、人口は千万人。軍役を負担する者は百万人、軽装の戦車は万乗、馬は四万匹とします。」
13.管子曰く、「匹夫は鰥と為り、匹婦は寡と為り
書き下し文
管子曰く、「匹夫は鰥(かん)と為り、匹婦は寡(か)と為り、老いて子無き者は独(どく)と為る。
君、其の若し子弟師役(しえき)して死する者、父母は独と為るを問うに、上(かみ)は必ず之を葬らしむ。衣衾(いふきん)三領、木(もく)必ず三寸、郷吏(きょうり)事を視(つかさど)り、公壌(こうじょう)に葬る。
若し産して弟兄無くんば、上は必ず之に匹馬(ひつば)之壌(じょう)を賜う。故に親(おや)の其の子を殺して上(かみ)の為に用いしも、苦しまざる也。
君、終歳(しゅうさい)邑里(ゆうり)を行(めぐ)り、其の人力同じくして宮室(きゅうしつ)美なる者、良萌(りょうぼう)也、力作(りっさく)者也、脯(ほ)二束、酒一石を以て之に賜う。
力足るも蕩遊(とうゆう)して作(な)さざるは、老者は之を譙(せ)め、壮者(そうしゃ)は之を辺戍(へんじゅ)に遣(つか)わす。
民の本無き者は之に容彊(ようきょう)を貸(か)す。故に百事(ひゃくじ)皆挙がり、力を留め時を失する民無し。此れ皆国筴(こくさく)之数也。」
現代語訳
管子は言いました、「夫を亡くした男は『鰥』(やもめ)とされ、妻を亡くした女は『寡』(やもお)とされ、老いて子のいない者は『独』(みなしご老人)とされる。
君主が、もし子弟が軍役で死んだ者(その父母は『独』となる)について尋ねてきたら、国家は必ずその遺体を葬らせなさい。衣類と布団は三組、棺の木は必ず厚さ三寸とし、郷の役人が葬儀を監督し、公共の墓地に埋葬させるのだ。
もし子を産んだものの他に兄弟がいない場合(=跡継ぎがいない場合)は、国家は必ずその者に匹馬(=馬一頭を飼える程度の)の土地を賜りなさい。(これによって)親がその子を国家のために死なせたとしても、苦痛を感じることはないだろう。
君主は、一年を通じて村々を巡り、労働力は同じなのに家屋が美しい者(=効率的に働いている者)がいれば、それは良き民であり、勤勉に働く者であるから、干し肉二束と酒一石を与えて褒美を取りなさい。
しかし、労働力があるのに遊んで働かない者は、老人は彼らを叱責させ、壮年の者は辺境の駐屯地に送って働かせなさい。
生計の基盤がない民衆(本無き者)には、生活を支えるための食料(容彊)を貸し与えなさい。
このようにすれば、あらゆる事業が活発になり、怠けて力を無駄にしたり、好機を逃したりする民はいなくなるだろう。これらは皆、国家の戦略(国筴)なのである。」
14.上農は五を挾み、中農は四を挾み
書き下し文
上農(じょうのう)は五を挾(はさ)み、中農(ちゅうのう)は四を挾み、下農(げのう)は三を挾む。上女(じょうじょ)は衣(い)五、中女は衣四、下女は衣三。農に常業(じょうぎょう)有り、女に常事(じょうじ)有り。
一農耕さざれば、民に之が為に飢える者有り。一女織らざれば、民に之が為に寒(こご)える者有り。飢え寒え凍え餓えるは、必ず糞土(ふんど)に起る。故に先王は其の始に謹(つつし)む。
事、其の本を再(ふたたび)すれば、民は𥼷(ゆみば)無きも其の子を売る。本を三(みたび)すれば、若(も)し食を為すがごとし。本を四(よたび)すれば、則ち郷里は給(たり)る。本を五(いつたび)すれば、則ち遠近通じ、然る後に死するは葬ることを得。
事、其の本を再びすること能わずして、上の求め焉(これ)止むこと無ければ、然らば則ち姦涂(かんと)独り遵(したが)うべからず、貨財(かざい)拘(とど)まるに安んぜず、之を法に随(したが)えば、則ち中内(ちゅうない)の民を摲(そこな)う也。
軽重調(ととの)わず、𥼷無き民は理を責めるべからず、子を鬻(う)る者使(つか)うべからず。君其の民を失い、父其の子を失い、亡国之数(ぼうこくしすう)也。」
管子曰く、「神農之数曰く、『一穀登らずんば、一穀を減じ、穀之法は什倍(じゅうばい)す。二穀登らずんば、二穀を減じ、穀之法は再什倍(さいじゅうばい)す。夷疏(いそ)之を満たせ。食無き者には之に陳(ふるき)を予(あた)え、種無き者には之に新(あたらしき)を貸(か)す。』故に什倍之賈(か)無く、倍称(ばいしょう)之民(たみ)無し。」
現代語訳
(農作業の熟練度に応じて、)上級の農夫は五人分の生産力を持ち、中級の農夫は四人分、下級の農夫は三人分の生産力を持つ。同様に、上級の女性は五人分の織物生産力を持ち、中級の女性は四人分、下級の女性は三人分の生産力を持つ。農夫には常に自分の仕事があり、女性には常に自分の仕事があるべきだ。
もし一人の農夫が耕作を怠れば、そのために飢える民衆がおり、一人の女性が織物を怠れば、そのために寒さに苦しむ民衆がいる。飢え、寒さ、凍え、餓えは、必ず(生産の怠慢という)糞土(=汚れた基盤)から生じる。だから、先王たちはその(問題の)始まりに慎重であった。
もし(国家が民衆から財を徴収する)『本』(基本税、または基本徴収)を二倍にすれば、民衆は(弓の弦さえ買う金がなくなり)自分の子供を売ることになる。
『本』を三倍にすれば、まるで飢えをしのぐために食料を求める(切羽詰まった)状態になる。
『本』を四倍にすれば、郷里の(物資や食料が)足りなくなり、
『本』を五倍にすれば、遠方との流通も途絶え、その結果、死んでも埋葬されることすらできなくなるだろう。
もし、(国家が徴収する)『本』を二倍にすることすらできず、しかも上層部(君主)の要求が止まらないならば、不正な道(姦涂)を独りで守り通すことはできず、貨財は留まることなく(他国へ)流出し、もしそれを法で取り締まろうとすれば、かえって国内の民衆を傷つけることになる。
「軽重」(物価の調整)が適切に行われず、(生活の基盤を失った)弓さえ持てない貧しい民衆には道理を説いても無駄であり、子供を売るような民衆は使役することもできない。
君主がその民を失い、父がその子を失うのは、亡国に至る法則である。」
管子は言いました、「神農氏の法則によれば、『もし一種類の穀物が不作であれば、他の穀物(の生産)を一種類減らし(=国家がそれを買い取り)、穀物の価格は十倍になるだろう(=国家が不足分をコントロールし、価値を高める)。二種類の穀物が不作であれば、二種類の穀物(の生産)を減らし、穀物の価格は二十倍になるだろう。(不足分は)遠方からの物資で満たせ。食べるものがない者には、古い(=備蓄された)穀物を与え、種がない者には、新しい(=今年の)穀物を貸し与えなさい。』
だから、(この法則に従えば)穀物の価格が十倍にもなるような高値はなく、不当な利益を得るような(倍称の)民もいなくなるだろう。」
第79編 國准
1.桓公、管子に問うて曰く、「国准、聞くを得可き乎
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「国准(こくじゅん)、聞くを得可き乎?」
管子対えて曰く、「国准(こくじゅん)とは、時を視(み)て儀(ぎ)を立つるなり。」
桓公曰く、「何謂(なんい)ぞ時を視て儀を立つる?」
対えて曰く、「黄帝(こうてい)之王は、謹(つつし)んで其の爪牙(そうが)を逃(のが)る。
有虞(ゆうぐ)之王は、枯沢童山(こたくどうざん)とす。
夏后(かこう)之王は、増藪(ぞうそう)を焼き、沛沢(はいだく)を焚(や)くも、民の利に益(えき)せず。
殷人(いんじん)之王は、諸侯に牛馬之牢(ろう)無く、其の器を利(とが)めず。
周人(しゅうじん)之王は、官(かん)は能(よ)く以て物を備え、五家(ごか)之数(すう)は殊(ことな)れども用は一なり。」
桓公曰く、「然らば則ち五家之数、何を籍(よ)りて善と為すや?」
管子対えて曰く、「山林を焼き、増藪を破り、沛沢を焚けば、猛獣衆(おお)し。
童山竭沢(けつたく)する者は、君の智(ち)足らざる也。
増藪を焼き、沛沢を焚くも、民の利に益せざるは、(統治が不十分である)。
械器(かいき)を逃れ、智能(ちのう)を閉ざす者は、己を輔(たす)くる者也。
諸侯に牛馬之牢無く、其の器を利せざる者は、淫器(いんき)にして民心を壹(いつ)にする者也。
人を以て人を御(ぎょ)し、戈刃(かじん)を逃れ、仁義を高くし、天固(てんこ)に乗じて、以て己を安んずる者也。
五家之数(ごかのすう)は殊(ことな)れども用は一(いつ)なる也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「国家が依拠すべき基準(国准)について聞かせてもらえますか?」
管子は答えました、「『国准』とは、時勢をよく見て、それに合った政策や制度を確立するものです。」
桓公は言いました、「時勢を見て政策を確立するとはどういう意味ですか?」
(管子は)答えました、「
黄帝の時代の王は、慎重に人々から爪や牙(=武器や争いの原因)を遠ざけました(=武器を隠し、争いを避けた)。
有虞氏(舜)の時代の王は、湖沼を干上がらせ、山を禿げ山にするほど徹底的に開発しました。
夏后氏(禹)の時代の王は、荒れた藪を焼き、広大な湿地を焼き払いましたが、それは民衆の利益にはなりませんでした(=治水に失敗した)。
殷の時代の王は、諸侯が牛馬を繋ぐ囲いを持たず(=私有財産を制限し)、武器を鋭利にしませんでした(=武器の生産や保有を制限した)。
周の時代の王は、官僚が物資を十分に備蓄できるよう管理し、五つの家(=家族、あるいは支配下の集団)の経済的な法則はそれぞれ異なっていましたが、その運用目的は一つでした(=それぞれに応じた税制や統治を行い、国家の統一を目指した)。」
桓公は言いました、「それでは、この五つの時代の法則の中で、どれが優れていると言えるのですか?」
管子は答えました、「
山林を焼き、荒れた藪を切り開き、広大な湿地を焼き払えば、猛獣は増えるばかりです(=開発の失敗が環境悪化を招く)。
山を禿げ山にし、湖沼を干上がらせるような者は、君主の知恵が足りないということです。
荒れた藪を焼き、広大な湿地を焼き払ったが、民衆の利益にならなかった者(夏后氏)は、(その統治が不十分であったということです)。
武器を遠ざけ、知恵のある者(=賢者や技術者)を隠すような者(黄帝)は、(かえって)自分の支配を助ける者(=民衆の反発を招かないようにするため)なのです。
諸侯に牛馬の囲いを持たせず、武器を鋭利にさせなかった者(殷の王)は、(そのような財産や武器を)『淫器』(邪悪な道具)とみなし、民衆の心を統一しようとした者なのです。
人をもって人を治め、武器(戈刃)を避け、仁義を重んじ、自然の要害を利用して、自らを安定させた者(周の王)もまた、そうです。
(これら)五つの時代の法則はそれぞれ異なっていましたが、その運用目的は一つだったのです。」
2.桓公曰く、「今、当時之王者は
書き下し文
桓公曰く、「今、当時(とうじ)之王者は、何を立(た)てて可(か)とすべきか?」
管子対えて曰く、「請う、五家を兼用して尽(つく)すこと勿(なか)れ。」
桓公曰く、「何謂(なんい)ぞ?」
管子対えて曰く、「祈祥(きしょう)を立てて以て山沢(さんたく)を固め、械器(かいき)を立てて以て万物を使役(しえき)せしむ。天下は皆利(り)し、而(しか)も謹(つつし)んで重筴(ちょうさく)を操(あやつ)る。
童山竭沢(こたくどうざん)し、利を益して流(ながれ)を搏(う)ち、山金を出して幣を立て、菹丘(そきゅう)を存し、駢牢(へんろう)を立てて、民の饒(ゆたか)となす。
彼の菹菜(そさい)之壤(じょう)は、五穀之生ずる所(ところ)に非ざる也。麋鹿牛馬(びろくぎゅうば)之地。春秋に生殺老(せいさつろう)に賦(ふ)し、施(し)を立てて以て五穀を守る。
此れ無用之壤を以て民之贏(えい)を臧(おさ)む。五家之数(ごかのすう)、皆用いて尽くす勿れ。」
桓公曰く、「五代之王は、以て天下之数(すう)を尽くせり。来世之王者、聞くを得可き乎?」
管子対えて曰く、「譏(そし)りを好(この)みて乱れず、前に変ずるも変ぜず、時至れば則ち為し、過(す)ぐれば則ち去(さ)る。王数(おうすう)は予(あらかじ)め致す可からず。」
此れ五家之国准也。
現代語訳
桓公は尋ねました、「では、今の時代を治める王は、何を確立するのが適切でしょうか?」
管子は答えました、「これまでの五つの時代の統治方法をすべて取り入れ、しかし決して極端に走らないようにすべきです。」
桓公は言いました、「どういう意味ですか?」
管子は答えました、「祭祀や縁起の良い行事を確立することで山や沼を固め(=神聖視し、保護し)、様々な道具(械器)を開発してあらゆる物を活用させます。天下全体が利益を得るようにし、その上で慎重に(経済の)重要な綱領を掌握します。
また、禿げ山や枯れた沼地であっても(=開発し尽くされた土地であっても)、そこからさらに利益を増やし、流通をコントロールし、山から金(鉱物)を産出して貨幣を鋳造し、湿地(菹丘)を保全し、家畜の囲い(駢牢)を設けて、民衆を豊かにするのです。
あの湿地(菹菜の壌)は、五穀が育つ土地ではありませんが、麋(おおじか)や鹿、牛、馬の生息地です。春と秋には、(これら野生動物の)繁殖、狩猟、育成に税を課し、(国家が)施策を立てて五穀(農業生産)を守るべきです。
これは、無益に見える土地(無用之壌)を用いて、民衆の余剰の財産(贏)を蓄えるということです。五つの時代の法則は、すべて利用するが、決して極端に用いて尽くしてはなりません。」
桓公は言いました、「五代の王は、天下を治める法則をすべて使い果たしたようです。未来の王がどのように統治すべきか、聞かせてもらえますか?」
管子は答えました、「非難されても動じず、変化が目の前にあっても(本質は)変えず、時機が至れば行動し、時期を過ぎれば手を引く。王の統治術(王数)は、あらかじめ(すべてを)決定することはできないのです。」
これらが、五つの時代の統治に見られる国家の基準なのです。
第80編 軽重甲
1.桓公曰く、「軽重に数有りや?」
書き下し文
桓公曰く、「軽重(けいちょう)に数(すう)有りや?」
管子対えて曰く、「軽重に数無し。物発して之に応じ、声を聞きて之に乗ずるなり。故に国は天下の財を来(きた)す能わず、天下の民を致す能わざれば、則ち国は成す可からず。」
桓公曰く、「何をか天下の財を来すと謂う?」
管子対えて曰く、「昔者(むかし)桀(けつ)の時、女楽(じょがく)三万人、端譟(たんそう)して晨楽(しんがく)し、三衢(さんく)に聞ゆ。是(ここ)に文繡(ぶんしゅう)の衣裳を服せざる者無し。伊尹(いいん)、薄(はく)の游女(ゆうじょ)を以て、文繡纂組(ぶんしゅうさんそ)を工(たくみ)にし、一純(いっじゅん)粟(ぞく)百鍾(ひゃくしょう)を桀の国に得る。夫(そ)れ桀の国は、天子の国なり。桀は天下の憂い無く、婦女鍾鼓の楽を飾る。故に伊尹、其の粟を得て其の流を奪う。此れを天下の財を来すと謂う。」
桓公曰く、「何をか天下の民を致すと謂う?」
管子対えて曰く、「請う、州に一掌(いっしょう)有り、里に積(せき)五窌(ごしょう)有らしめよ。民、以て正籍(せいせき)と与(とも)にせざる者には、之に長仮(ちょうか)を予(あた)え、死して葬られざる者には、之に長度(ちょうど)を予え、飢えたる者は食を得、寒き者は衣を得、死せる者は葬られ、資(し)せざる者は振(ふる)われを得せしむべし。則ち天下の我に帰する者、流水の若(ごと)し。此れを天下の民を致すと謂う。故に聖人は其の有らざるを善く用い、其の人に非ざるを使役し、言を動かし辞を揺るがし、万民は得て親しましむべし。」
桓公曰く、「善し。」
現代語訳
桓公は尋ねました、「『軽重』には(決まった)法則がありますか?」
管子は答えました、「『軽重』に決まった法則はありません。物事が生じたらそれに対応し、声が聞こえたらそれにつけ込むのです。したがって、国家が天下の財産を呼び寄せることができず、天下の民衆を引き寄せることができなければ、その国家は成り立ちません。」
桓公は言いました、「天下の財産を呼び寄せるとは、どういう意味ですか?」
管子は答えました、「昔、桀(けつ)王の時代、女楽師が三万人もいて、朝早くから大声で歌い踊り、その歌声は四方八方に響き渡っていました。彼女らは皆、美しい刺繍の施された豪華な衣装を身につけていました。そこで伊尹(いいん)は、自身の領地である薄(はく)の遊女たちを使って、刺繍や組紐の制作を巧みにさせました。彼らは一巻きの布で桀の国から百鍾もの穀物を得ました。桀の国は天子の国でしたが、桀は天下の憂いなどなく、ただ婦女や鐘鼓の音楽を飾り立てて楽しんでいました。だからこそ、伊尹は彼らの穀物を手に入れ、その富の流れを奪うことができたのです。これを『天下の財産を呼び寄せる』と言うのです。」
桓公は言いました、「天下の民衆を引き寄せるとは、どういう意味ですか?」
管子は答えました、「(私の意見としては、)各州に一つずつ倉庫を設け、各里(集落)に五つの穀物倉を蓄えさせてください。そして、正規の税を納めることができない民衆には、長期の借款を与え、死んで埋葬されない者には、長期の貸付を行い、飢えている者には食料を与え、寒さに凍える者には衣服を与え、死んだ者には埋葬を施し、財産を持たない者には援助を与えるべきです。そうすれば、天下の民衆は、まるで水が流れるように我々の国に帰順してくるでしょう。これを『天下の民衆を引き寄せる』と言うのです。だからこそ、聖人は自分のものではないものを巧みに利用し、適任でないと思われる者を使役し、言葉や表現を巧みに操って、万民から親しまれることができるのです。」
桓公は言いました、「よろしい。」
2.桓公問管子曰、「夫湯七十里の薄を以て
書き下し文
桓公問管子曰、「夫湯(とう)七十里の薄(はく)を以て、桀(けつ)の天下を兼ねしは、其の故(ゆえ)何ぞや」と。
管子対えて曰く、「桀は、冬は杠(こう)を為(つく)らず、夏は柎(ふ)を束(つか)ねず、以て凍溺(とうでき)を観、牝虎(ひんこ)を弛(ゆる)めて市に充たし、以て其の驚駭(きょうがい)を観る。
湯に至りて然らず。夷競(いきょう)して粟を積み、飢えたる者は之を食(しょく)し、寒き者は之に衣(い)し、資せざる者は之を振(ふる)う。天下湯に帰すること流水の若(ごと)し。此れ桀の天下を失いし所以(ゆえん)也。」
桓公曰く、「桀、湯をして是(こ)の為(な)さしむること、其の故何ぞや?」
管子曰く、「女華(じょか)は、桀の愛する所也。湯之に事(つか)うるに千金を以てす。曲逆(きょくぎゃく)は、桀の善とする所也。湯之に事うるに千金を以てす。内には則ち女華之陰(いん)有り、外には則ち曲逆之陽(よう)有り。陰陽の議(ぎ)合して、其の天子と成るを得たり。此れ湯之陰謀也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「あの湯王が、わずか七十里の領地である薄(はく)をもって、桀王の天下を兼ね取ったのは、どういう理由からですか?」
管子は答えました、「桀王は、冬になっても橋(杠)を架けず、夏になってもいかだ(柎)を結ばず、人々が凍えたり溺れたりするのを眺めていました。また、雌の虎を解き放って市場に放ち、人々が驚き恐れおののくのを見て楽しんでいました。(このような暴政を行っていたのです。)
しかし湯王に至っては、そうではありませんでした。(湯は)敵対者を押さえつけて穀物を貯蔵し、飢えている者には食料を与え、寒さに凍える者には衣服を与え、財産のない者には援助を与えました。その結果、天下の民衆は、まるで水が流れるように湯王に帰順していきました。これが桀王が天下を失った理由です。」
桓公は言いました、「桀王が湯王にこのような(民衆救済の)行動を許したのは、どういう理由からですか?」
管子は答えました、「女華(じょか)は桀王が寵愛する女性でした。湯王は彼女に千金を使って仕えました。曲逆(きょくぎゃく)は桀王が信頼する臣下でした。湯王は彼にも千金を使って仕えました。内には女華の(陰の)影響力があり、外には曲逆の(陽の)影響力がありました。この二人の計略が合致して、湯王は天子となることができたのです。これは湯王の(周到な)陰謀でした。」
3.桓公曰く、「軽重之数、国准之分
書き下し文
桓公曰く、「軽重之数、国准之分、吾(われ)已(すで)に得て之を聞けり。請う、兵(へい)を用いること奈何(いかん)せん?」
管子対えて曰く、「五戦(ごせん)にして兵に至る。」
桓公曰く、「此の言は何かを謂うや?」
管子対えて曰く、「請う、戦衡(せんこう)、戦准(せんじゅん)、戦流(せんりゅう)、戦権(せんけん)、戦勢(せんせい)。此れ所謂(いわゆる)五戦にして兵に至る者也。」
桓公曰く、「善し。」
現代語訳
桓公は言いました、「『軽重』の法則や、『国家の基準』の区分については、私はすでに聞いて理解しました。では、軍事(兵を用いること)についてはどうすべきですか?」
管子は答えました、「五つの段階の戦いを経て、最終的に武力を用いるのです。」
桓公は言いました、「この言葉は、何を意味するのですか?」
管子は答えました、「それは、『戦衡』(経済的な均衡を崩す戦い)、『戦准』(国家の基準を揺るがす戦い)、『戦流』(物資の流通を断つ戦い)、『戦権』(相手の権力を奪う戦い)、『戦勢』(国際情勢を利用する戦い)です。これらが『五つの段階の戦いを経て、最終的に武力を用いる』と言われるものです。」
桓公は言いました、「よろしい。」
4.桓公、死事の後を賞さんと欲し
書き下し文
桓公、死事の後を賞さんと欲し、曰く、「吾が国は、衢処(くしょ)之国、饋食(きしょく)之都、虎狼之所棲(せい)也。今毎戦、輿死(よし)扶傷(ふしょう)す。孤荼(こと)首之孫(そん)、仰(あお)いで倳戟(しげき)之宝(ほう)を望むが如く、吾、与うる由(よし)無し。之を為す奈何(いかん)せん?」
管子対えて曰く、「吾が国の豪家、頡封(けつぽう)食邑(しょくゆう)して居る者、君之を物に章(あらわ)せば、則ち物重し。物を以て章せざれば、則ち物軽し。物を以て之を守らば、則ち物重し。物を以て守らざれば、則ち物軽し。故に頡封食邑、富商蓄賈(ちっか)、積余(せきよ)蔵羨(ぞうせん)、跱蓄(ちちく)之家、此れ吾が国の豪也。
故に君、請う、縞素(こうそ)して士室(ししつ)に就き、功臣世家、頡封食邑、積余蔵羨、跱蓄之家を朝(ちょう)して曰く、『城脆(ぜい)にして衝(しょう)を致し、委(い)の攻囲(こうい)無し。天下に慮(りょ)有りて、斉(せい)独り其の謀に与(あずか)らざらんや?子大夫に五穀菽粟(しゅくぞく)有る者、敢えて左右する勿れ。請う、平賈(へいか)を以て之を子より取り、之に其の券契(けんけい)之歯(し)、釜鏂(ふおう)之数を定め与え、侈弇(しえん)を為すことを得ざらしめん。』
困窮之民、聞き之を糴(か)う。釜鏂止むこと無く、遠く通じて推(お)し及ばず。国粟(こくぞく)之粟、坐(ざ)して長(まさ)りて四十倍す。君、四十倍之粟を出して、以て孤寡(こか)を振(ふる)い、貧病を収め、独老(どくろう)を視よ。窮して子無き者、靡(み)して相鬻(ひさ)ぎ養うを得しめ、溝澮(こうかい)の中に赴かしむる勿れ。若し此の如くならば、則ち士は争い前(すす)んで戦いて顔行(がんこう)と為り、偸(おこた)らずして用を為す。輿死扶傷、死せる者半ばに過ぐるも、此れ何故ぞや?士、戦を好みて死を軽んずるに非ず、軽重之分(ぶん)其れ然らしむる也。」
現代語訳
桓公は、戦死者の遺族に褒賞を与えたいと思い、言いました、「我が国は、四方に道が通じる要衝の地であり、各地からの物資が集まる都市で、虎や狼が棲むような危険な場所でもあります。(常に戦乱の危機に瀕しているということです。)今、戦のたびに死者を車に乗せ、負傷者を抱えて帰ってきます。まるで、ひとりぼっちで親を亡くした孫が、天を仰いで武功の象徴を望むのに、私には彼らに与えるすべがありません。どうすればよいでしょうか?」
管子は答えました、「我が国の有力な豪族で、領地を与えられ、租税を徴収して生活している者たちがいます。君主が彼らに財産(物)の重要性を示せば、財産は重く(価値を持ち)なります。財産で示さなければ、財産は軽くなります。財産で彼らを縛れば、財産は重くなります。財産で縛らなければ、財産は軽くなります。ですから、領地を持つ者、富を蓄えた商人、余剰の財を隠し持つ者、高利貸しなど、これらすべてが我が国の豪族です。
ですから、君主は、(喪服である)白い衣をまとい、戦死者の霊を祀る部屋に赴き、功績のある家臣、代々続く家柄、領地を持つ豪族、富を蓄えた商売人、余剰の財を隠し持つ者、高利貸しの家々を招集して、こう言ってください。『城壁はもろく(外敵の)攻撃を受けやすく、包囲された時には救援が来ないかもしれない。天下に憂慮すべき事態が生じているのに、斉だけがその計画に加わらないでいられようか?あなた方大夫で、五穀(米、麦、粟、豆、黍)を所有している者たちは、決して(私物化して)自分の好きなようにしてはなりません。どうか、公正な価格でそれを私から買い取らせてください。その上で、契約の期限と、斗(ます)の数を決めさせ、決して(相場を)高くしたり安くしたりできないようにします。』
困窮した民衆は、これを聞いて(安価な)穀物を買い求め、斗(ます)の価値は安定し、遠方への流通も滞りなく進むでしょう。国家の穀物(国粟)は、何もしなくても(価値が上がり)四十倍になるでしょう。君主は、四十倍になった穀物を出して、孤児や寡婦を援助し、貧しい病人を受け入れ、独り暮らしの老人を扶養し、貧しくて子供のいない者には、互いに売買して養い合えるようにし、溝や水路に捨てられることのないようにしてください。このようにすれば、兵士たちは争って前線で勇敢に戦い、怠けることなく任務を果たすでしょう。戦死者を車で運び、負傷者を抱えて帰ってくるような、死者が半分を超えるような激戦であっても、なぜそうなるのでしょうか?兵士たちが戦を好み、死を軽んじているわけではありません。『軽重』の原則がそうさせているのです。」
5.桓公曰く、「皮幹筋角の徴
書き下し文
桓公曰く、「皮幹筋角(ひかんきんかく)の徴(ちょう)甚(はなは)だ重く、民に重く籍(せき)す。而(しか)も貴く之を市(いち)す。皮幹筋角、国を為(おさ)むるの数(すう)に非ざる也。」
管子対えて曰く、「請う、令を以て杠柴池(こうさいち)を高くせしめ、東西相(あい)睹(み)えず、南北相見えず。」
桓公曰く、「諾。」
事を行うこと期年(きねん)、皮幹筋角之徴分(ぶん)を去り、民之籍分を去る。
桓公、管子を召して問うて曰く、「此れ何故ぞや。」
管子対えて曰く、「杠池平(へい)之時、夫妻簟(てん)に服(ふく)し、軽く百里に至る。今、高杠柴池せば、東西南北相睹えず、天酸然(さんぜん)として雨(あめ)ふり、十人之力も上る能わず。広沢(こうたく)雨に遇えば、十人之力も得て恃(たの)む可からず。夫(そ)れ牛馬之力、因(よ)る所無く、牛馬絶罷(ぜつひ)して相継いで其の所に死する者相望(あいぼう)し、皮幹筋角、徒(ただ)人に予(あた)えて之を取る者莫(な)し。牛馬之賈(か)、必ず坐(ざ)して長(まさ)りて百倍す。天下之を聞けば、必ず其の牛馬を離れて、斉に帰すること流の若し。故に高杠柴池は、天下之牛馬を致し、民之籍を損ずる所以(ゆえん)也。道(みち)は秘(ひ)の如しと云う。物の生ずる所は、其の聚まる所に若(し)かず。」
現代語訳
桓公は言いました、「皮革や腱、角といった製品に対する税金(徴)が非常に重く、民衆に重い負担を課しています。しかも、市場では高値で取引されている。皮革や腱、角の製品は、国家を治める上で重要なものではないはずです。」
管子は答えました、「(私の意見としては、)法令によって橋や薪を積む場所、貯水池の高さを高くさせ、東西の地域がお互いを見通せず、南北の地域もお互いを見通せないようにしてください。」
桓公は言いました、「よろしい。」
この政策を実行して一年後、皮革や腱、角に対する税金は減少し、民衆の負担も減少しました。
桓公は管子を呼び出して尋ねました、「これはどういう理由からですか?」
管子は答えました、「橋や貯水池が平坦だった頃は、夫婦でも(軽々と)むしろを担いで百里もの距離を簡単に移動できました。しかし今、橋や薪を積む場所、貯水池が高く設定されたため、東西南北お互いを見通せず、空が酸っぱく(=どんよりと)雨が降れば、十人の力でも(物を運び)上ることができません。広大な沼地で雨に遭えば、十人の力でも頼ることができません。(道が不便になったため)牛馬の力に頼る場所がなくなり、牛馬は疲れ果てて次々とその場で死んでいく者が続出し、皮や腱、角はただ人々に与えられても、それを引き取る者がいなくなりました。その結果、牛馬の値段は、何もしなくても百倍に高騰しました。天下の者たちがこの状況を聞けば、必ず自分の牛馬を手放して、まるで水が流れるように斉に集まってくるでしょう。だから、橋や薪を積む場所、貯水池を高くしたことは、天下の牛馬を呼び寄せ、民衆の負担を軽減する手段なのです。(この『軽重』の)道は秘密のようですが、物が生産される場所よりも、それが集まる場所(=市場や国家の統制下)の方が重要である、ということです。」
6.桓公曰く、「弓弩多く
書き下し文
桓公曰く、「弓弩(きゅうど)多(おお)く匡䡔(きょうちん)する者(もの)有りて、民に重く籍す。繕工(ぜんこう)を奉じて弓弩を多く匡䡔する者有るは、其の故何ぞや?」
管子対えて曰く、「鵝鶩(がぼく)の舎(しゃ)は近く、鵾鶏鵠䳈(こんけいこくひょう)の通(つう)は遠し。鵠鵾(こくこん)の所在、君請う、璧を式(しき)して之を聘(へい)せよ。」
桓公曰く、「諾。」
事を行うこと期年(きねん)、上(かみ)に闕(けつ)無き者、前に趨(すう)人(ひと)無し。三月解𠣗(かいせい)し、弓弩に匡䡔する者無し。
召(め)して管子に問うて曰く、「此れ何故ぞや?」
管子対えて曰く、「鵠鵾の所在、君璧を式して之を聘す。菹沢(そたく)之民聞きて、平(へい)を越えて遠きを射る。十鈞(じゅん)之弩(ど)に非ざれば、鵾鶏鵠䳈に中(あた)ること能わず。彼の十鈞之弩は、𩇹擏(こうけい)を得ずんば自ら正すこと能わず。故に三月解𠣗して、弓弩に匡䡔する者無し。此れ何故ぞや?其の家(いえ)其の所に習(なら)うを以て也。」
現代語訳
桓公は言いました、「弓や弩(いしゆみ)には多くの曲がったり歪んだりしたものが多く、民衆に重い負担を課しています。修理工を雇って整備させているのに、弓や弩に曲がったり歪んだりしたものが多くあるのは、どういう理由からですか?」
管子は答えました、「ガチョウやアヒルが棲む場所は(弓矢の届く範囲で)近くにありますが、鵠(くぐい)や鵾鶏(こんけい)が棲息する場所は(弓矢の届く範囲で)遠いです。(そこで、)鵠や鵾鶏がいると聞けば、君主は(貴い)璧(へき)を手にして(その鳥を射止めた者を)招き入れ、褒賞を与えてください。」
桓公は言いました、「よろしい。」
この政策を実行して一年後、朝廷で報告される不備はなくなり、前線で弓矢が不足することもなくなりました。さらに三ヶ月後には、弦を緩めるだけで弓や弩に曲がったり歪んだりしたものが一切なくなりました。
桓公は管子を呼び出して尋ねました、「これはどういう理由からですか?」
管子は答えました、「鵠や鵾鶏がいると聞けば、君主は璧を手にして(射止めた者を)招き入れたと聞けば、沼沢地の民衆(狩人たち)は、平野を越えて遠くの獲物を射るようになりました。十鈞(約30kg)の力を持つ弩でなければ、鵾鶏や鵠を射当てることはできません。そして、その十鈞の弩は、(射る者が)熟練した技術を持たなければ、正確に射ることができません。だからこそ、三ヶ月後には弦を緩めるだけで弓や弩に曲がったり歪んだりしたものが一切なくなったのです。これはどういう理由からですか?人々が自分の家(=専門)で、その技術を習熟したからです。」
7.桓公曰く、「寡人、室屋に藉せんと欲す。」
書き下し文
桓公曰く、「寡人、室屋(しつおく)に藉(せき)せんと欲す。」
管子対えて曰く、「不可、是れ成(せい)を毀(こぼ)つなり。」
「万民に藉せんと欲す。」
管子曰く、「不可、是れ情(じょう)を隠(かく)すなり。」
「六畜(りくちく)に藉せんと欲す。」
管子対えて曰く、「不可、是れ生(せい)を殺(ころ)すなり。」
「樹木に藉せんと欲す。」
管子対えて曰く、「不可、是れ生(せい)を伐(う)つなり。」
「然らば則ち寡人、安(いずく)に藉して可ならん?」
管子対えて曰く、「君請う、鬼神(きしん)に籍せよ。」
桓公忽然として色を作りて曰く、「万民室屋、六畜樹木、且(か)つ藉ることを得べからず。鬼神、乃ち得て藉るべけんや?」
管子対えて曰く、「厭宜(えんぎ)は勢に乗じ、事の利を得る也。計議(けいぎ)は権に因り、事の囿(ゆう)を大(おお)にす也。王者(おうしゃ)は勢に乗じ、聖人(せいじん)は幼(よう)に乗ず。物と皆宜(ぎ)なるか?」
桓公曰く、「事を行う奈何(いかん)せん?」
管子対えて曰く、「昔、堯(ぎょう)の五吏(ごり)、五官(ごかん)食する所無し。君請う、五厲(ごれい)之祭(さい)を立てて、堯の五吏を祭り、春は蘭を献じ、秋は落原(らくげん)を斂(おさ)めよ。魚を以て脯(ほ)と為し、鯢(げい)を以て殽(こう)と為せ。若(も)し此の如くならば、則ち沢魚(たくぎょ)之正(せい)、伯(はく)は異日より倍す。則ち屋粟(おくぞく)邦布(ほうふ)之籍(せき)無し。此れ之を設くるに祈祥(きしょう)を以てし、之を推すに礼義を以てすと謂う。然らば則ち自足して、何ぞ民に求めんや?」
現代語訳
桓公は言いました、「私は家屋に税金を課したいと思います。」
管子は答えました、「それはできません。それはすでに完成したものを破壊することになります。」
(桓公が)「万民に税金を課したい。」
管子は言いました、「それはできません。それは(民衆の)実情を隠してしまうことになります。」
(桓公が)「六畜(牛、馬、豚、羊、鶏、犬)に税金を課したい。」
管子は答えました、「それはできません。それは生命を殺めることになります。」
(桓公が)「樹木に税金を課したい。」
管子は答えました、「それはできません。それは生きているものを伐採することになります。」
(桓公が)「それでは、私はどこに税金を課せばよいのでしょうか?」
管子は答えました、「君主はどうか、鬼神に税金を課してください。」
桓公ははっと顔色を変えて言いました、「万民、家屋、六畜、樹木にすら税金を課すことができないのに、鬼神に税金を課すことができるというのか?」
管子は答えました、「(成功するためには、)状況に適切に乗り、事の利益を得ることが重要です。計略を練るには、権謀を利用し、事柄の範囲を広げることが重要です。王者たる者は時勢に乗じ、聖人は(まだ力のない)幼い(芽)に乗じます。あらゆるもの(時勢、人、資源)と調和することが適切ではありませんか?」
桓公は言いました、「具体的にどうすればよいのですか?」
管子は答えました、「昔、堯(ぎょう)の五人の役人(五吏)は、それぞれの職務で食料を得ていませんでした。(彼らは民衆から税を取らなかった、あるいは民衆のために尽くした意があると考えられます。)君主はどうか、『五厲之祭』(堯の五吏を祀る祭祀)を立て、その祭祀を名目にして、春には蘭を献上させ、秋には(山の)荒野から採れる産物を収穫してください。魚は干し魚にし、大鲵(おおさんしょううお)はご馳走にしてください。もしこのようにすれば、沼地の魚の生産は、以前の何倍にも増えるでしょう。そうすれば、家屋や穀物、布に税金を課す必要はなくなります。これを『祈祥(神を祀ることで福を招くこと)を設けて、礼義(正しい道)をもってそれを推し進める』と言うのです。そうなれば(国家は)自給自足できるようになり、どうして民衆から(税金を)求める必要がありましょうか?」
8.桓公曰く、「天下之国、越より強きは莫し
書き下し文
桓公曰く、「天下之国、越より強きは莫(な)し。今、寡人北(ほく)して孤竹(こちく)離枝(りし)に事(こと)を挙げんと欲すれども、越人之至(いた)るを恐る。此の為に道(みち)有るか?」
管子対えて曰く、「君請う、原流(げんりゅう)を遏(せき)め、大夫(たいふ)沼池(しょうち)を立(た)てよ。令(れい)を以て矩游(くゆう)を楽しみと為せば、則ち越人安(いずく)んぞ敢えて至らん?」
桓公曰く、「事を行う奈何(いかん)せん?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て三川(さんせん)を隠し、員都(えんと)を立(た)て、大舟(たいしゅう)之都(と)、大身(たいしん)之都(と)を立て、深淵(しんえん)塁(るい)十仞(じん)有らしめよ。令に曰く、『能く游(およ)ぐ者には千金を賜う』と。未だ金千を用うる能わずとも、斉民の水を游ぐこと、呉越を避けず。
桓公終(つい)に北して孤竹離枝に事を挙げ、越人果(はた)して至る。隠曲薔(いんきょくしょう)を水斉(すいせい)し、管子扶身(ふしん)之士(し)五万人を有(ゆう)し、以て曲薔に戦を待し、大いに越人を敗(やぶ)る。此れ之を水豫(すいよ)と謂う。」
現代語訳
桓公は言いました、「天下の国々の中で、越(えつ)より強い国はありません。今、私は北方の孤竹(こちく)や離枝(りし)に対して軍事行動を起こしたいのですが、越の人々が攻め込んでくるのを恐れています。これに対処する方法はありますか?」
管子は答えました、「君主はどうか、水源地の流れをせき止め、大夫たちに貯水池を築かせなさい。そして、法令によって水泳競技を盛んにさせれば、どうして越の人々が攻め込もうなどと思うでしょうか?」
桓公は言いました、「具体的にどうすればよいのですか?」
管子は答えました、「法令によって三つの川(水路)を隠し、(見えないようにし)丸い貯水池(員都)を築き、大型船が使える港(大舟之都)や、巨漢たちが集まる場所(大身之都)を設け、深さが十仞(約24メートル)もある深い淵を積み重ねて(=要塞化して)ください。そして、法令でこう布告します、『水泳が上手な者には千金を褒美として与える』と。まだ千金を使っていなくても、斉の民衆が水泳で呉や越(南方の水上生活に慣れた人々)に劣らないようになるでしょう。
桓公はついに北方の孤竹や離枝に対して軍事行動を起こしました。すると果たして越の人々が攻め込んできました。しかし、(管子は)曲薔(きょくしょう)の地を水浸しにし、管子は五万人の水に強い兵士(扶身之士)を率いて、曲薔で越人を待ち受け、彼らを大敗させました。これを『水豫(すいよ)』(水の要害を用いた防御)と言うのです。」
9.斉の北沢、火を焼き
書き下し文
斉(せい)の北沢(ほくたく)、火を焼き、光は堂下(どうか)を照らす。
管子、桓公に入り賀(が)して曰く、「吾が田野(でんや)辟(ひら)け、農夫必ず百倍之利(り)有らん。」
是歳(これさい)、租税九月にして具(そな)わり、粟(ぞく)又(また)美(うるわ)し。
桓公、管子を召して問うて曰く、「此れ何故ぞや?」
管子対えて曰く、「万乗之国、千乗之国、薪無くて炊ぐこと能わず。今、北沢焼けて之に続(つ)ぐ者莫し。則ち是れ農夫居装(きょそう)を得て其の薪蕘(しんぜい)を売る。一束(そく)十倍せば、則ち春には以て耜(し)を倳(もと)め、夏には以て芸(うん)を決(もと)む。此れ租税の九月にして具わる所以(ゆえん)也。」
現代語訳
斉の北方の沼沢地(北沢)で火事が発生し、その炎の光が堂の下まで照らしました。
管子は桓公の元にやって来て祝いの言葉を述べました、「我が国の田畑は開墾され、農民は必ず百倍もの利益を得るでしょう。」
その年、租税は九月にはすべて集まり、穀物の質もまた優れていました。
桓公は管子を呼び出して尋ねました、「これはどういう理由からですか?」
管子は答えました、「大国であれ小国であれ、薪がなければ煮炊きすることはできません。今、北方の沼沢地が焼けてしまい、その薪の供給が途絶えました。そうすると、農民は(自分の手で)薪を生産して売ることができるようになり、一束の薪が十倍の価格で売れるようになります。そうすれば、春には農具(耜)を購入する費用ができ、夏には草取りの道具(芸)を購入する費用ができます。これこそが、租税が九月にはすべて集まる理由なのです。」
10.桓公、北郭の民の貧しきを憂い
書き下し文
桓公、北郭(ほっかく)の民の貧しきを憂(うれ)い、管子を召して問うて曰く、「北郭の者、尽(ことごと)く屨縷(くる)之甿(ぼう)也。唐園(とうえん)を以て本利(ほんり)と為す。此の為に道(みち)有るか?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て百鍾(ひゃくしょう)之家(か)は鞽(こう)に事(つか)うるを得ず、千鍾(せんしょう)之家(か)は唐園(とうえん)を為(な)すを得ず、市を去ること三百灸(きゅう)なる者(もの)は葵菜(きさい)を樹(う)うるを得ず。若し此の如くならば、則ち空閑(くうかん)は以て相給資(きゅうし)する有り。則ち北郭之甿(ぼう)、其の手搔(しゅそう)之功(こう)を讎(あだ)する所有りて、唐園之利、故(もと)より十倍之利(り)有らん。」
現代語訳
桓公は、都の北の郊外(北郭)の民衆が貧しいことを心配し、管子を呼び出して尋ねました、「北の郊外の者たちは、皆、粗末な履物を履いてぼろぼろの服を着ている貧しい民衆です。彼らは菜園(唐園)を主な収入源としていますが、何か良い方法はありませんか?」
管子は答えました、「法令によって、百鍾(の財産)を持つ裕福な家は履物作り(鞽)をしてはならず、千鍾を持つ大富豪は菜園(唐園)を営んではならず、市場から三百灸(約4.5km)以上離れた場所に住む者はアオイ(葵菜)を植えてはならないと定めてください。もしこのようにすれば、(裕福な層が手放した)空き地や仕事は、(貧しい人々が)互いに生活の糧を補い合うために利用できるようになります。そうすれば、北の郊外の民衆は、自分の手で働く労力に見合う対価を得ることができ、菜園の利益は、もともとの十倍もの利益を得ることになるでしょう。」
11.管子曰く、「陰王之国に三有り
書き下し文
管子曰く、「陰王(いんおう)之国(こく)に三有り、而(しか)して斉(せい)与(とも)に在(あ)り。」
桓公曰く、「若し此の言、聞くを得可き乎?」
管子対えて曰く、「楚(そ)に汝漢(じょかん)之黄金(おうごん)有り、而して斉に渠展(きょてん)之塩(えん)有り、燕(えん)に遼東(りょうとう)之煮(しょ)有り。此れ陰王之国也。且つ楚之黄金有るは、中斉(ちゅうせい)に薔石(しょうせき)有る也。苟(いやしく)も之を操(あやつ)ること工(たくみ)ならず、之を用うること善(よ)からざれば、天下倪(げい)して是(こ)れのみ。夷吾(いご)、楚之黄金を居(お)くを得しめば、吾能く農をして耕(こう)せしむる毋(なか)れども食(しょく)し、女をして織(しょく)せしむる毋れども衣(い)せしむ。
今斉に渠展之塩有り。請う、君、菹薪(そしん)を伐(き)り、火を沸煮(ふつしょ)して塩を為(な)し、正して之を積め。」
桓公曰く、「諾。」
十月始(はじ)めて正し、正月(しょうげつ)に至るまで、塩三万六千鍾を成す。
召して管子に問うて曰く、「安(いずく)にか此の塩を用いて可ならん?」
管子対えて曰く、「孟春(もうしゅん)既に至り、農事且(まさ)に起(おこ)らん。大夫(たいふ)繕冢墓(ぜんちょうぼ)を為(な)すを得ず、宮室(きゅうしつ)を理(おさ)めず、台榭(だいしゃ)を立(た)てず、牆垣(しょうえん)を築(きず)かず。北海(ほっかい)之衆(しゅう)、庸(よう)を聚(あつ)めて塩を煮るを得ず。若し此の如くならば、則ち塩必ず坐(ざ)して長(まさ)りて十倍す。」
桓公曰く、「善し、事を行う奈何(いかん)せん?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て之を梁趙宋衛濮陽(りょうちょうそうえいぼくよう)に糶(てい)せよ。彼(かれ)は尽(ことごと)く饋食(きしょく)之国(こく)也。塩無ければ則ち腫(は)れ、守圉(しゅぎょ)之国(こく)、塩を用いること独り甚(はなは)だし。」
桓公曰く、「諾。」
乃ち令を以て之を糶せしめ、成金(せいごん)万一千余斤(きん)を得る。
桓公、管子を召して問うて曰く、「安(いずく)にか金を用いて可ならん?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て賀献(がけん)を出(いだ)さしめよ。正籍(せいせき)する者必ず金を以てすべし。金坐(ざ)して長(まさ)りて百倍す。鉉金(げんきん)之重(ちょう)を衡(こう)を以てせば、万物尽(ことごと)く君に帰す。故に此れ所謂(いわゆる)用いること、河海(かかい)より挹(く)むが若く、馬に給するが若し。此れ陰王(いんおう)之業(ぎょう)也。」
現代語訳
管子は言いました、「『陰王(陰謀によって天下を治める王)』の国が三つあり、斉もその一つに入っています。」
桓公は言いました、「その言葉、聞かせてもらえますか?」
管子は答えました、「楚には汝漢の黄金があり、斉には渠展の塩があり、燕には遼東の塩煮(塩の生産)があります。これらが『陰王の国』です。そもそも楚に黄金があるのは、斉に薔石があるようなものです。(つまり、単に資源があるだけでは不十分で、それをどう運用するかが重要だということ。)もしそれを巧みに操り、うまく活用しなければ、天下の人々はただ傍観するだけでしょう。もし私(夷吾=管子)が楚の黄金を自由に扱えるならば、農民に耕作させずに食べさせ、女性に機織りさせずに着物を着させることすら可能です。(それほど黄金には力がある。)
今、斉には渠展の塩があります。どうか君主は、沼地の薪を伐採させ、(その燃料で)火を沸かし、煮詰めて塩を作り、それをきちんと管理して貯蔵してください。」
桓公は言いました、「よろしい。」
十月から塩の生産を始め、翌年の正月までに、三万六千鍾の塩を生産しました。
桓公は管子を呼び出して尋ねました、「この塩をどのように使えばよいのですか?」
管子は答えました、「孟春(早春)になると、農作業が始まるでしょう。(その時期に)大夫たちは墓の修繕をしたり、宮殿を整備したり、高殿や楼閣を建てたり、塀を築いたりしてはなりません。また、北海の民衆は、人を雇って塩を煮ることを禁じてください。もしこのようにすれば、塩の価格は座して十倍に高騰するでしょう。」
桓公は言いました、「よろしい。具体的にどうすればよいのですか?」
管子は答えました、「法令によって、その塩を梁(りょう)、趙(ちょう)、宋(そう)、衛(えい)、濮陽(ぼくよう)に売却(糶)させてください。それらの国々は皆、物資に乏しい国です。塩がなければ体がむくみますし、特に国境を守る国は、塩の消費量が非常に多いのです。」
桓公は言いました、「よろしい。」
そこで法令によって塩を売却させ、一万一千余斤の純金を得ました。
桓公は管子を呼び出して尋ねました、「この金をどのように使えばよいのですか?」
管子は答えました、「法令によって、(諸侯からの)祝賀の献上物を金で納めさせなさい。また、正規の税金(正籍)も必ず金で納めさせなさい。そうすれば、金は座して百倍に高騰するでしょう。金の重さを国家が基準として定めれば、あらゆる物が君主のもとに集まるでしょう。故にこれを、川や海から水を汲むように(無限に)、馬に餌を供給するように(常に満たされるように)用いるというのです。これこそが『陰王の業(わざ)』なのです。」
12.管子曰く、「万乗之国、必ず万金之賈有り
書き下し文
管子曰く、「万乗之国、必ず万金之賈(か)有り。千乗之国、必ず千金之賈有り。百乗之国、必ず百金之賈有り。君之頼る所に非ず。君之与(とも)にする所也。故に人君為る者、其の号令(ごうれい)を審(つまびらか)にせざれば、則ち一国の中に二君二王有る也。」
桓公曰く、「何をか一国に二君二王有ると謂う?」
管子対えて曰く、「今、君之籍(せき)取り、以て万物之賈を正し、軽く其の分を去り、皆商賈(しょうか)に入(い)る。此れ一国の中に二君二王有る也。故に賈人(こじん)其の弊(へい)に乗じて民之時(とき)を守れば、貧しき者は其の財を失い、是れ重(かさ)ねて貧しき也。農夫は其の五穀を失い、是れ重(かさ)ねて竭(つき)る也。故に人君為る者、其の山林菹沢(そたく)草莱(そうらい)を謹(つつし)んで守る能わざれば、以て天下王と立つ可からず。」
桓公曰く、「若し此の言、何謂(なんい)ぞや?」
管子対えて曰く、「山林菹沢草莱は、薪蒸(しんじょう)之出(い)づる所、犠牲(ぎせい)之起(おこ)る所也。故に民をして之を求めしめ、民をして之に籍せしめ、因りて以て之に給し、私(ひそか)に之を民に愛せしむること、弟之兄に与(とも)にするが若く、子之父に与にするが若し。然る後(のち)財を通じ交殷(こういん)為(な)す可し。故に請う、君之游財(ゆうざい)を取りて邑里(ゆうり)に布積(ふせき)せよ。陽春(ようしゅん)蚕桑(さんそう)且(まさ)に至らん。請う、以て其の口食(こうしょく)筐曲(きょうきょく)之彊(きょう)を給せよ。若し此の如くならば、則ち絓絲(けいし)之籍(せき)分を去りて斂(おさ)まる。且つ四方の至らざる、六時(ろくじ)之を制す。春日(しゅんじつ)耜(し)を倳(もと)め、次日(じじつ)麦(ばく)を獲(え)、次日芋(う)を薄(はく)し、次日麻(ま)を樹(う)え、次日菹(そ)を絶(た)ち、次日大雨且(まさ)に至らんとして、芸(うん)を趣(うなが)し壅培(ようばい)す。六時之を制せば、臣は国都に至るに給(た)る。善き者は郷(きょう)因りて其の軽重、其の委廬(いる)を守らん。故に事至るも妄(みだ)れず。然る後以て天下王と立つ可し。」
現代語訳
管子は言いました、「大国には必ず大富豪がおり、中規模の国には必ず中程度の富豪がおり、小国には必ず小規模の富豪がいます。彼らは君主が頼るべき存在ではありません。君主が共に(経済を)運営すべき相手です。したがって、君主たる者がその号令を明確にしなければ、一国の中に二人の君主、二人の王がいるような状態になります。」
桓公は言いました、「一国に二人の君主、二人の王がいるとはどういう意味ですか?」
管子は答えました、「今、君主が税金を取っても、それは万物の価格を正すものではなく、かえってその(税収の)一部が、すべて商人や財産を蓄えた者に流れてしまっています。これこそが一国の中に二人の君主、二人の王がいる状態なのです。だから、商人は(民衆の)困窮につけ込んで(=国家の欠陥を利用して)、(物資の)時宜を掌握してしまいます。その結果、貧しい者は財産を失い、ますます貧しくなります。農民は五穀を失い、ますます困窮します。したがって、君主たる者が、その山林、沼地、荒地を慎重に管理できなければ、天下の王として立つことはできません。」
桓公は言いました、「この言葉は、どういう意味ですか?」
管子は答えました、「山林、沼地、荒地は、薪や草が出るところであり、家畜が育つ場所でもあります。ですから、民衆にそれら(の資源)を求めさせ、民衆にそれら(の土地)を(国家に)登録させ、それに応じて(国家が民衆に)供給し、(国家が)密かにそれを民衆に愛されるようにすること、まるで弟が兄に、子が父に接するようにすべきです。そうして初めて、財産が円滑に流通し、豊かな交流が生まれます。
したがって、どうか君主は、(国家の)遊休財産(游財)を取り出し、各邑(ゆう)や里(り)に分散して蓄えてください。ちょうど春の養蚕の時期が近づいています。どうかその(蓄えられた財産)をもって、人々の食料や養蚕に必要な道具(筐曲の彊)を供給してください。もしこのようにすれば、絹糸にかかる税金は減少し、しかも(自然と)集まるようになるでしょう。
さらに、遠方からの物資の流通が滞らないよう、四季の六つの時期に応じて経済活動を統制するべきです。春には鍬を準備させ、次の時期には麦を収穫させ、その次に芋を植えさせ、その次に麻を植えさせ、その次に湿地を開墾させ、その次に大雨が来る前に、草取りを急がせ、土を盛り上げて培土させる、というように、六つの時期に応じてそれを統制すれば、官僚は(指示を)国都に至るまで伝えることができます。優れた統治者は、地域の軽重の状況に応じて、その物資の蓄積を管理します。そうすれば、事態が起こっても混乱することなく、初めて天下の王として立つことができるでしょう。」
13.管子曰く、「農耕せざれば、民或いは之が為に飢う
書き下し文
管子曰く、「農耕せざれば、民或(ある)いは之(これ)が為(ため)に飢(う)う。一女織(しょく)せざれば、民或いは之が為に寒(こご)う。故に事、其の本を再(ふたた)びすれば、則ち其の子を売る者無し。事、其の本を三たびすれば、則ち衣食足る。事、其の本を四たびすれば、則ち正籍(せいせき)給(た)る。事、其の本を五たびすれば、則ち遠近(えんきん)通じ、死すれば蔵(おさ)まるを得。今、事、其の本を再びすること能わず、而して上(かみ)之(これ)を求むること止(や)むこと無し。是れ姦涂(かんと)をして独り行く可からず、遺財(いざい)をして包止(ほうし)する可からず。之に随(したが)うに法を以てすれば、則ち是れ下(しも)民を艾(さい)す。
食三升なれば、則ち郷(きょう)に正食して盗む者有り。食二升なれば、則ち里(り)に正食して盗む者有り。食一升なれば、則ち家(か)に正食して盗む者有り。今、操(と)ると反(かえ)らざるの事を、而して四十倍之粟(ぞく)を食(しょく)し、而して民之失(しつ)せざるを求むるは、得可からず。
且(か)つ君、朝(あした)に令し、夕(ゆうべ)に具(そな)うるを求む。有る者は其の財を出(いだ)し、無き者は其の衣屨(いく)を売る。農夫は其の五穀を糶(てい)し、三分(さんぶん)の賈(か)にして去(さ)る。是れ君、朝令(ちょうれい)して一怒(いちど)すれば、布帛(ふはく)流(なが)れ越(こ)えて天下に之(ゆ)く。君之を求むること止むこと無し。民、以て之を待つこと無し。走り亡(に)げて山阜(さんぷ)に棲(す)む。戈(か)を執(と)る士は、顧みて親を見ず、家族失して分かれず。民山中に走り、而して士外に遁(とん)す。此れ戦を待たずして内(うち)に敗(やぶ)る。」
現代語訳
管子は言いました、「農民が耕作しなければ、民衆は飢えることがあります。一人の女性が機織りしなければ、民衆は寒さに凍えることがあります。ですから、(国家が)生産の根本を二倍にすれば(=二つの産業に力を入れれば)、自分の子供を売るような者は出なくなります。三倍にすれば、衣食は足りるようになります。四倍にすれば、正規の税収(正籍)が十分に確保されます。五倍にすれば、遠くとの交通が円滑になり、死者は埋葬されることができます。
今、国家の生産の根本を二倍にすることすらできていないのに、上からの要求は止まることがありません。これは、(税から逃れる)不正な道が横行し、隠匿された財産が止めどなく流出してしまうことを意味します。もし法令でこれを追及すれば、それは下層民をさらに苦しめることになります。
(民衆が)一日に三升の食料があれば、郷(村落)には食料があるにもかかわらず盗みを働く者が出るでしょう。二升であれば、里(集落)に食料があるにもかかわらず盗みを働く者が出るでしょう。一升であれば、家(家庭)に食料があるにもかかわらず盗みを働く者が出るでしょう。(これは、食料が十分に供給されていても、社会が不安定で貧富の格差があれば盗みが生じるという意味。)
今、(国家が)生産に労力を費やさずに、四十倍もの穀物(=以前のセクションで国家が儲けた莫大な富)を消費しようとし、しかも民衆に不正を働かせないことを求めるのは、不可能です。
さらに、君主が朝に命令を出し、夕方にはそれを実現するよう求めれば、財産のある者はその財産を差し出し、財産のない者は自分の衣服や履物を売ることになります。農民は自分の五穀を売り、市場価格の三分の一で手放してしまいます。これは、君主が朝に一つの命令を怒って出せば、布や絹が斉の国から天下へと流出してしまい、君主の要求が止まらないため、民衆はそれを支えきれず、逃げ出して山に隠れてしまうでしょう。武器を持つ兵士たちも、親しい者を見捨て、家族は離散してしまいます。民衆が山中に逃げ込み、兵士が国外に逃亡すれば、これは戦うまでもなく、内部から国家が崩壊するでしょう。」
14.管子曰く、「今、国を為め地に牧民する者
書き下し文
管子曰く、「今、国を為(おさ)め地(ち)に牧(ぼく)民する者、務(つと)めて四時(しいじ)に在り、守(まも)ること倉廩(そうりん)に在り。国、財多ければ、則ち遠き者来(きた)る。地、辟(ひら)き挙(あ)ぐれば、則ち民留まり処(お)る。倉廩実(みの)れば、則ち礼節を知る。衣食足れば、則ち栄辱(えいじょく)を知る。
今、君躬(みずか)ら犁(すき)して田を墾(きりひら)き、草土(そうど)を耕(こう)し発(ひら)き、其の穀を得たり。民人の食(しょく)、人若干(なんが)灸畝(きゅうほ)の数(すう)有り。然れども衢閭(くろ)に飢(う)え餒(う)ゆる者有るは何ぞや?穀(こく)蔵(おさ)まる所有れば也。今、君、銭を鋳(い)て幣(へい)を立て、民と通移(つうい)す。人、百十之数有り。然れども民、子を売る者有るは何ぞや?財(ざい)併(あわ)せらるる所有れば也。
故に人君為る者、積聚(せきじゅ)を散(さん)じ、高下(こうげ)を調(ととの)え、併財(へんざい)を分(わか)つこと能わざれば、君、彊(つと)めて本を趣(うなが)し耕(こう)し、草を発し幣を立てて止むこと無きも、民猶(なお)足らざるが若し。」
現代語訳
管子は言いました、「今、国家を治め、領土で民衆を養う者は、(経済活動を)四季(の巡り)に合わせることに努め、守るべきは倉廩(穀物倉)にあります。
国に財産が多ければ、遠方からも人々がやって来ます。土地が十分に開墾され、耕作が進めば、民衆はその地に留まり定住します。穀物倉が満ち足りれば、人々は礼儀作法を知るようになります。衣食が足りれば、人々は名誉と恥を知るようになります。
今、君主自ら鍬を執って田畑を開墾し、草の生い茂る土地を耕して、穀物を得ました。民衆の食料は、一人当たり何灸畝という計算で(十分な量)あります。それなのに、巷には飢えに苦しむ者がいるのはなぜですか?それは、穀物が特定の場所に隠匿されている(=貯蔵されている)からです。
今、君主は銭を鋳造して貨幣を流通させ、民衆と取引を活発にしています。人々は百十という(十分な)財産を持っています。それなのに、民衆の中に自分の子供を売る者がいるのはなぜですか?それは、財産が特定の場所に集中しているからです。
したがって、君主たる者が、(富の)集積を分散させ、物価の高低を調整し、集中した財産を分配することができなければ、君主がいくら力を尽くして農業の根本を奨励し、開墾を進め、貨幣を流通させ続けても、民衆はまるで(財産が)足りないかのように感じるでしょう。」
15.桓公、管子に問うて曰く、「今、高下を調え、併財を分かち
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「今、高下を調え、併財を分かち、積聚を散ぜんと欲す。然らずんば、則ち世は且つ兼併(けんぺい)して止むこと無く、蓄余(ちよ)蔵羨(ぞうせん)して息(や)まず、貧賤(ひんせん)鰥寡(かんか)独老(どくろう)与(とも)に得ること無し。之を散ずるに道有りや、之を分かつに数有りや?」
管子対えて曰く、「唯(ただ)軽重之家(か)のみ能く之を散ずる耳。請う、令を以て軽重之家をなせ。」
桓公曰く、「諾。」
東車五乗、癸乙(きいつ)を周下原(しゅうかげん)に迎う。桓公、四因(しいん)を問う。癸乙、管子、寧戚(ねいせき)相与(あいとも)に四座。
桓公曰く、「請問う、軽重之数。」
癸乙曰く、「民を重く籍(せき)する者は其の下(しも)を失い、数(しばしば)諸侯を欺く者は権与(けんよ)無し。」
管子、肩を差(く)べて問うて曰く、「吾、吾が民を籍せざれば、何を以て車革(しゃかく)を奉(たてまつ)らん。吾、吾が民を籍せざれば、何を以て隣国を待(まつ)らん?」
癸乙曰く、「唯(ただ)好心(こうしん)のみ可(か)為(な)る耳。夫(そ)れ好心なれば則ち万物通じ、万物通ずれば則ち万物鉉(あらわ)れ、万物鉉るれば則ち万物賤(いや)し、万物賤ければ則ち万物因(よ)る可し。万物の因る可きを知りて因らざる者は、天下に奪われ、天下に奪われる者は、国之大賊(たいぞく)也。」
桓公曰く、「請問う、好心、万物の因る可きは。」
癸乙曰く、「余(あま)れる富、余れる乗(じょう)無き者は、之を卿諸侯(けいしょこう)に責(せ)よ。其の所に足るも、其の游(ゆう)を賂(まかな)わざる者は、之を令大夫(れいだいふ)に責よ。若し止(とど)まれば、則ち万物通ず。万物通ずれば、則ち万物鉉る。万物鉉るれば、則ち万物賤し。万物賤ければ、則ち万物因る可し。故に三准(さんじゅん)同筴(どうさく)を知る者は、能く天下を為(おさ)む。三准同筴を知らざる者は、天下を為むこと能わず。故に之を申ぶるに号令を以てし、之を抗(あ)ぐるに徐疾(じょじつ)を以てす。民、其の我に帰すること流水の若し。此れ軽重之数也。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「今、(富の)高低を調整し、集中した財産を分散させ、積み上げられた富をばらまきたいと思っています。そうしなければ、この世はますます(強者が弱者を)兼併(併合)し、終わりなく富が蓄積され、余剰のものが隠し持たれて止むことがなくなり、貧しい者や身分の低い者、男やもめ、やもめ、独り暮らしの老人は、何の恩恵も得られなくなってしまいます。この富を分散させる方法や、分配する法則はありますか?」
管子は答えました、「ただ『軽重』を専門とする者(軽重之家)だけが、それを分散させることができます。どうか、法令によって『軽重』を専門とする家を設けさせてください。」
桓公は言いました、「よろしい。」
(桓公は)五台の東の車を遣わし、周の下原から癸乙(きいつ)を迎えました。桓公は四つの方面からの来賓を尋ね、癸乙、管子、寧戚(ねいせき)の三人と共に四人で座りました。
桓公は言いました、「『軽重』の法則について教えてください。」
癸乙は言いました、「民衆に重い税を課す者は、その民衆の支持を失います。度々諸侯を欺く者は、権威も信用も得られません。」
管子は肩を組むように(親しげに)尋ねました、「私が民衆に税を課さなければ、どうして軍備を整えられましょうか。私が民衆に税を課さなければ、どうして隣国に対処できましょうか?」
癸乙は答えました、「ただ『好心』(適切な分配への配慮)こそが重要です。『好心』があれば、あらゆる物資は円滑に流通し、流通すればあらゆる物資はその姿を現し(=市場に出て)、市場に出ればあらゆる物資は安価になり、安価になればあらゆる物資は(国家が)利用できるようになります。あらゆる物資を利用できることを知りながら利用しない者は、天下の富を奪われ(=活用できず)、天下の富を奪われる者は、国家の大きな害悪です。」
桓公は言いました、「『好心』と、あらゆる物資を利用できることについて教えてください。」
癸乙は言いました、「余剰の富を持ちながら、それを活用するための『乗』(手段や運用方法)を持たない者は、卿や諸侯に(それを)使うよう促しなさい。(財産を)自分に必要なだけ持っていても、それを(無駄に)使わない遊休資産を持つ者は、大夫たちに(それを)使うよう促しなさい。もし(富の偏在が)止まるならば、あらゆる物資は円滑に流通します。あらゆる物資は流通すれば、その姿を現し、市場に出ればあらゆる物資は安価になり、安価になればあらゆる物資は(国家が)利用できるようになります。
したがって、『三准』(物価の安定、富の分散、公正な税制などの基準)と『同筴』(経済政策の一貫した運用)を知る者は、天下を治めることができます。『三准同筴』を知らない者は、天下を治めることはできません。だから、それを号令によって明確にし、緩急(徐疾)をつけて推し進めるべきです。そうすれば、民衆は水が流れるように我々に帰順するでしょう。これこそが『軽重』の法則なのです。」
16.桓公問於管子曰、「今倳戟十万、薪菜之靡
書き下し文
桓公問於管子曰、「今倳戟(しげき)十万、薪菜(しんさい)之靡(び)、日虚(ひつきょ)十里之衍(えん)。頓戟(とんげき)一譟(いっそう)、而(しか)も靡幣(びへい)之用、日(ひび)千金之積(せき)を去る。久之(ひさしきこれ)且(まさ)に何を以て之を待(まつ)らん?」
管子対えて曰く、「粟賈(ぞくか)平(たいら)にして四十なれば、則ち金賈(きんか)四千。粟賈、釜(ふ)四十なれば、則ち鍾(しょう)四百也。十鍾は四千也、二十鍾なる者は八千也。金賈四千なれば、則ち二金(きん)中(あた)りて八千也。然らば則ち一農之事(じ)、終歳(しゅうさい)百畝(ひゃくほ)を耕(こう)す。百畝之収(しゅう)、二十鍾に過ぎず。一農之事、乃(すなわ)ち二金之財に中る耳。故に粟重く黄金軽(かろ)し。黄金重くして粟軽し。両者衡立(こうりつ)せず。故に善き者は粟之賈を重くす。
釜(ふ)四百なれば、則ち鍾(しょう)四千也。十鍾は四万、二十鍾なる者は八万。金賈(きんか)四千なれば、則ち是れ十金四万也。二十金なる者は八万。故に号を出(いだ)し令を発して曰く、一農之事、二十金之筴(さく)有りと。然らば則ち地は広狭有るに非ず。国は貧富有るに非ず。発号出令に通じ、軽重之数を審(つまびらか)にするを以て然り。」
現代語訳
桓公は管子に尋ねました、「今、十万もの兵士が駐屯しており、その食料(薪菜の靡)の消費によって、毎日十里四方の土地が荒廃しています。また、兵士が一度武器を振り上げて戦うたびに、莫大な戦費(靡幣の用)が毎日千金も消費され、蓄えが減っています。この状態が続けば、どうやって国家を維持していけばよいのでしょうか?」
管子は答えました、「穀物の価格が斗(釜)あたり四十(銭)であれば、金の価格は四千(銭)。穀物の価格が斗(釜)あたり四十(銭)であれば、一鍾(約十斗)あたり四百(銭)になります。十鍾で四千(銭)、二十鍾では八千(銭)になります。金の価格が四千(銭)であれば、金二枚で八千(銭)に相当します。そうすると、一人の農民の仕事は、一年間で百畝の土地を耕作し、その収穫は二十鍾に過ぎません。これは、一人の農民の仕事が、わずか金二枚の財産にしか相当しないということです。だから、穀物の価値が重く、黄金の価値が軽いのです。黄金の価値が重く、穀物の価値が軽い。この二つが均衡していません。だから、優れた統治者は穀物の価格を重く(高く)すべきです。
もし穀物の価格が斗(釜)あたり四百(銭)であれば、一鍾あたり四千(銭)になります。十鍾で四万(銭)、二十鍾では八万(銭)です。金の価格が四千(銭)であれば、金十枚で四万(銭)、金二十枚で八万(銭)に相当します。だから、法令を出してこう言いなさい、『一人の農民の仕事は、金二十枚分の価値がある』と。そうすれば、土地に広狭があるわけでもなく、国に貧富があるわけでもありません。これはすべて、法令の発布と実行の巧みさ、そして『軽重』の法則をよく理解しているかどうかによって決まるのです。」
17.管子曰く、「湩然と鼓を撃たば
書き下し文
管子曰く、「湩然(とうぜん)と鼓(こ)を撃たば、士は忿怒(ふんぬ)す。鎗然(しょうぜん)と金(かね)を撃たば、士は帥然(すいぜん)として筴(さく)す。桐鼓(とうこ)之に従えば、輿死(よし)扶傷(ふしょう)し、争い進みて止むこと無し。口(くち)満(み)ちて用(よう)あり、手満ちて銭あり。大父母(だいふぼ)之仇(あだ)に非ざるも、重禄(じゅうろく)重賞(じゅうしょう)之所使(しょし)也。
故に軒冕(けんべん)朝(ちょう)に立(た)ち、爵禄(しゃくろく)随(したが)わざれば、臣は忠を為(な)さず。中軍(ちゅうぐん)戦を行いて、委予(いよ)之賞(しょう)随わざれば、士は其の列陳(れっちん)に死せず。然らば則ち是れ大臣(だいじん)朝に執(とら)われ、而して列陳之士(し)は賞に執(とら)わる也。
故に父子を子とすることを得ず、兄弟を弟とすることを得ず、妻其の夫を有することを得ず。唯(ただ)重禄重賞のみ然る耳。故に道里を遠きとせずして、能く絶域(ぜついき)之民を威(おど)す。山川を険(けわ)しきとせずして、能く恃(たの)む所有る之国を服(ふく)す。発すれば雷霆(らいてい)の若く、動けば風雨の若し。独り出で独り入り、之を圉(ふせ)ぐ能う者莫し。」
現代語訳
管子は言いました、「(戦場で)ドンドと太鼓が鳴り響けば、兵士たちは奮い立ちます。カランと銅鑼が鳴り響けば、兵士たちは素早く隊列を整えます。そして桐の太鼓(進軍の合図)に従って進軍すれば、死者を車に載せ、負傷者を抱えながらも、争って前進し、止まることがありません。彼らの口には(食料が)満たされ、手には銭が満たされています。(これは)祖父母の仇を討つためではなく、高額な俸禄と報奨によってそうさせているのです。
したがって、高官が朝廷に立っていても、爵位や俸禄が(功績に)伴わなければ、家臣は忠義を尽くしません。主力部隊が戦場に出ていても、分け与えるべき報奨が伴わなければ、兵士はその戦列で死を恐れません(死ぬほど戦いません)。そうすると、大臣は朝廷の(権力争いに)とらわれ、前線に並ぶ兵士は報奨に心を奪われることになります。
だから、父は子を子として扱うことができず(=子の命を惜しまないほど)、兄は弟を弟として扱うことができず、妻はその夫を持つことができません(=夫の命を惜しまないほど)。ただ高額な俸禄と報奨のみがそうさせるのです。だからこそ、遠い道のりも厭わず、遠方の地の民衆をも威圧することができます。険しい山河も障害とせず、頼るものを持つ国をも服従させることができます。(軍を)出動させれば雷鳴のように轟き、行動すれば風雨のように激しく、単独で出撃し単独で帰還し、誰もそれを阻止することができません。」
18.桓公曰く、「四夷服さず、其の逆政
書き下し文
桓公曰く、「四夷(しい)服さず、其の逆政(ぎゃくせい)、天下に游(あそ)びて、寡人(かじん)を傷(そこな)わんことを恐る。寡人(かじん)之行(こう)、此の為に道(みち)有るか?」
管子対えて曰く、「呉越(ごえつ)朝(ちょう)せざれば、珠(しゅ)象(しょう)を以て幣(へい)と為(な)さんか!発朝鮮(はつちょうせん)朝せざれば、請う文皮(ぶんぴ)毤(じょう)を。服(ふく)して以て幣と為さんか!禺氏(ぐし)朝せざれば、請う白璧(はくへき)を以て幣と為さんか!崑崙(こんろん)之虚(きょ)朝せざれば、請う璆琳琅玕(きゅうりんろうかん)を以て幣と為さんか!
故に夫(そ)れ握(にぎ)りて手に見えず、含(ふく)みて口に見えずして、千金に辟(ひら)く者は、珠也。然る後八千里之呉越は得て朝せしむ可し。一豹之皮(ひ)金を容(い)れて金也。然る後八千里之発朝鮮は得て朝せしむ可し。懐(いだ)きて抱(ほう)に見えず、挟(はさ)みて腋(えき)に見えずして、千金に辟く者は、白璧也。然る後八千里之禺氏は得て朝せしむ可し。簪珥(しんじ)して千金に辟く者は、璆琳琅玕也。然る後八千里之崑崙虚は得て朝せしむ可し。
故に物に主無く、事に接無く、遠近相(あい)因(よ)るを以て無くば、則ち四夷は得て朝せざる也。」
現代語訳
桓公は言いました、「四方の異民族が服従せず、彼らの反抗的な政治が天下に広まり、私を傷つけることを恐れています。私(桓公)の行動は、これに対処する方法がありますか?」
管子は答えました、「もし呉(ご)や越(えつ)が朝貢しないならば、真珠や象牙を(独占的に)貨幣(のような価値あるもの)とすればよいのです!もし発朝鮮(北方の地)が朝貢しないならば、美しい模様の皮や毛皮を(独占的に)貨幣とすればよいのです!もし禺氏(ぐし)(西方の地)が朝貢しないならば、白い玉璧(はくへき)を(独占的に)貨幣とすればよいのです!もし崑崙の墟(きょ)(遠い西方の地)が朝貢しないならば、美しい玉石(璆琳琅玕)を(独占的に)貨幣とすればよいのです!
ですから、手に握っても見えず、口に含んでも見えないのに、千金もの価値があるのは、真珠です。そうなれば、八千里も離れた呉や越も朝貢するようになるでしょう。一枚の豹の皮が金と同じ価値を持つようになれば、八千里も離れた発朝鮮も朝貢するようになるでしょう。懐に抱いても見えず、脇に挟んでも見えないのに、千金もの価値があるのは、白い玉璧です。そうなれば、八千里も離れた禺氏も朝貢するようになるでしょう。かんざしや耳飾りにするだけで千金もの価値があるのは、美しい玉石(璆琳琅玕)です。そうなれば、八千里も離れた崑崙の墟も朝貢するようになるでしょう。
ですから、物資に(国家の)主導権がなく、取引に(国家の)関与がなく、遠方と近隣が互いに依存し合わなければ、四方の異民族は朝貢してこないでしょう。」
第81編 軽重乙
1.桓公曰く、「天下の朝夕は定まるべきか?」
書き下し文
桓公曰く、「天下の朝夕(ちょうせき)は定まるべきか?」
管子対(こた)えて曰く、「終身定まらず。」
桓公曰く、「その定まらざるの説、聞くことを得べきか?」
管子対えて曰く、「地の東西二万八千里、南北二万六千里、天子中にして立ち、国の四面、万有余里、民の正籍に入る者、亦万有余里、故に百倍の力有れども至らざる者有り、十倍の力有れども至らざる者有り。倪(げい)にして是なる者有れば、則ち遠き者は疎(うと)んぜられ疾(にく)み怨(うら)み上に、辺境の諸侯は君の怨を受け、民は之と為に善し、缺然(けつぜん)として朝(ちょう)せず。是れ天子其の涂(と)を塞ぎ、熟穀者(じゅっこくしゃ)去り、天下の得て覇たる可きなり。」
桓公曰く、「行事奈何(いかん)?」
管子対えて曰く、「請う、之と与に壌列(じょうれつ)を立てん。天下の旁(かたわら)、天子中立す。地方千里、兼ねて覇の壌三百有余里、佌(し)諸侯は度百里、海に負う子男(しだん)は度七十里。若(も)し此くの如くならば、則ち胸の臂を使(つか)わし、臂の指を使わすに如し。否(しから)ずんば、小なるは民に分つこと能わず、準徐疾(じゅんじょしつ)、羨足(せんそく)らず、下(しも)に在りといえども君の為に憂(うれ)えず。夫(それ)海の泲(さい)を出(い)ずるに止まること無く、山に金木を生ずるに息(や)むこと無く、草木は時に以て生じ、器は時に以て靡幣(びへい)し、泲水の塩は日に以て消え、終(お)われば則ち始め有り、天壌と争う、是れ壌列を立つと謂うなり。」
現代語訳
桓公が言いました。「天下は常に安定させることはできるでしょうか?」
管子は答えました。「一生かかっても安定しません。」
桓公は言いました。「その安定しないという説を伺うことはできますか?」
管子は答えました。「地の東西は二万八千里、南北は二万六千里あり、天子が中央に立っても、国の四方は万里余りあります。人民で正規の戸籍に登録されている者も万里余りいます。そのため、百倍の力があっても届かない者もいれば、十倍の力があっても届かない者もいます。もし目と鼻の先にいる者が正しければ、遠方にいる者は疎外され、恨み、上に不満を抱きます。辺境の諸侯は君主への恨みを持ち、民は彼らと結託して、朝廷に参内しなくなります。これは天子が民の道を塞いでおり、実り豊かな者が去っていく状態です。このような状態では、天下を覇者のものにできます。」
桓公は言いました。「具体的な施策はどうすればよいのでしょうか?」
管子は答えました。「どうぞ、天下に領域の区分を設定しましょう。天下の広大な地域の中で、天子が中央に立つとします。四方千里の地域では、覇者の領域は三百余里に及び、小さな諸侯の領地は百里、海に面した子爵や男爵の領地は七十里としましょう。このようにすれば、胸が腕を、腕が指を動かすように、全てが思い通りになります。そうでなければ、小さな国は人民を分け与えることができず、物価の安定も難しく、利益も不足し、たとえ天下の支配者であっても君主のために心配することはありません。そもそも海から水が湧き出るように尽きることがなく、山から金や木が生えるように尽きることがなく、草木は季節によって生え、道具は時が経てばすり減り、貨幣は日ごとに消耗します。水中の塩は日ごとに溶けて消え、終わりがあれば必ず始まりがあります。天と地と争うように、これが領域の区分を定めるということです。」
2.武王癸度に問うて曰く、「賀献重からず
書き下し文
武王癸度(きど)に問うて曰く、「賀献(がけん)重からず、身君に親しまず、左右友とするに足らず、群臣に善からず、故に穡戸(しょくこ)の戸籍を収めずして左右の用に給せんことを欲せず、之有道か?」
癸度対えて曰く、「吾が国は衢処(くしょ)の国なり。遠秸(えんかつ)の通ずる所、游客蓄商(ゆうかくちくしょう)の道とする所、財物の遵(したが)う所なり。故に苟(いやし)くも吾が国の粟(ぞく)に入り、吾が国の幣(へい)に因りて、然る後に黄金を載せて出ず。故に君請う、重きを重くし軽きを軽く衡(はか)り、物を鉉(げん)にして相因(あいよ)らしめば、則ち国筴(こくさく)成るべし。故に謹(つつし)んで其の度を失うこと毋(なか)れ。民と与に治めるべし。」
武王曰く、「行事奈何?」
癸度曰く、「金は汝漢の右衢より出で、珠は赤野の末光より出で、玉は禺氏の旁山(ぼうざん)より出づ。此れ皆周より距(へだ)たること七千八百余里、其の涂(と)遠く、其の至ること阨(あい)なり。故に先王は其の重きに用うを度とし、因て珠玉を上幣とし、黄金を中幣とし、刀布を下幣と為す。故に先王は高中下の幣を善くし、上下の用を制し、而して天下足れり。」
現代語訳
武王は癸度(きど)に尋ねました。「献上される品が質素で、私自身も君主に親近感がなく、側近は友とするに足らず、群臣ともうまくいっていない。だから、農家の戸籍を調べて徴収し、側近の費用に充てることをしたくないのですが、何か良い方法はないでしょうか?」
癸度は答えました。「我が国は交通の要衝に位置する国です。遠方の穀物が流通し、旅人や蓄財する商人が往来し、財物が集まる場所です。ですから、ひとたび我が国の穀物を購入し、我が国の貨幣を使えば、その後に黄金を積んで出て行くことになります。ですから、君主はどうか、価値の高いものを高く、価値の低いものを低く評価し、それぞれの財物を互いに結びつけ合って利用するようにしてください。そうすれば、国の財政は安定します。ですから、慎重にその基準を失わないようにしてください。民と共に統治することができます。」
武王は言いました。「具体的な施策はどうすればよいのでしょうか?」
癸度は言いました。「金は汝水(じょすい)と漢水(かんすい)の交わる地点の右側から産出し、真珠は赤野の奥深い場所から産出し、玉は禺氏(ぐし)の傍らの山から産出します。これらは皆、周から七千八百余里も離れており、その道は遠く、入手は困難です。そこで先王は、その希少性に基づいてその利用法を定め、それゆえに真珠や玉を上等な貨幣とし、黄金を中等な貨幣とし、刀銭(とうせん)や布銭(ふせん)を下等な貨幣としました。このように先王は、高中下の貨幣をうまく運用し、上層と下層の消費を制御したため、天下は満ち足りていたのです。」
3.桓公曰く、「衡寡人に謂いて曰く
書き下し文
桓公曰く、「衡(こう)寡人に謂(い)いて曰く、『一農の事、必ず一耜(し)、一銚(ちょう)、一鎌(れん)、一鎒(ろう)、一椎(つい)、一銍(しつ)有りて、然る後に農と成る。一車必ず一斤(きん)、一鋸(きょ)、一釭(こう)、一鑽(さん)、一鑿(さく)、一銶(きゅう)、一軻(か)有りて、然る後に車と成る。一女必ず一刀、一錐、一箴(しん)、一鉥(じゅつ)有りて、然る後に女と成る。請う、令を以て山木を断じ山鉄を鼓(う)たん。是れ籍(せき)毋(な)くして用足るべし。』」
管子対えて曰く、「不可。今徒隷(とれい)を発して之を作らしむれば、則ち逃亡して守らず、民を発すれば、則ち下疾(にく)み怨(うら)み上に。辺境に兵有れば、則ち宿怨を懐きて戦わず、未だ山鉄の利を見ざるに、内敗(うちやぶ)るる矣。故に善き者は民と与に其の重きを量り、其の贏(えい)を計り、民其の七を得、君其の三を得るに如かず。雑(まじ)うるに軽重を以てし、守るに高下を以てせば、若(も)し此くの如くならば、則ち民疾(いそ)いで作して上(かみ)の為に虜(とら)えらるる矣。」
現代語訳
桓公が言いました。「衡(こう)という者が私にこう言いました。『一人の農民の仕事には、必ず鍬(くわ)、鋤(すき)、鎌、熊手、槌(つち)、小鎌が一つずつあって初めて農民として成り立ちます。一台の車には、必ず斧、鋸、車軸の留め具、錐(きり)、鑿(のみ)、つるはし、車輪の軸が一つずつあって初めて車として成り立ちます。一人の女性には、必ず刀、錐、針、縫い針が一つずつあって初めて女性として成り立ちます。どうか、命令を出して山の木を切り、山の鉄を叩いて加工しましょう。そうすれば、戸籍に頼らずとも(兵役や徴発によらずとも)、必要なものが足りるようになります。』」
管子は答えました。「それはできません。今、徒隷(奴隷)を動員してそれを作らせれば、彼らは逃亡して仕事を放棄するでしょう。民衆を動員すれば、民は(重労働を強いられて)憎しみ、上に不満を抱くでしょう。辺境に敵兵が現れれば、彼らは以前からの恨みを抱いて戦おうとしないでしょう。まだ山の鉄の利益を得ないうちに、国内が破綻してしまいます。ですから、良いやり方というのは、民衆と共にその価値(重き)を量り、その利益(贏)を計算して、民衆がその七割を得て、君主が三割を得るようにすることに及びません。そして、その価値を軽重(需要と供給)によって調整し、価格を高低(市場価格)によって維持すれば、このようにすれば、民衆は喜んで働き、上(君主)のために尽くすでしょう。」
4.桓公曰く、「請問う、壤数は?」
書き下し文
桓公曰く、「請問う、壤数(じょうすう)は?」
管子対えて曰く、「河𡌧(かせい)の諸侯は、万鍾(ばんしょう)の国なり。磧山(せきざん)は諸侯の国なり。河𡌧の諸侯は常に磧山の諸侯の国に勝たざる者は、豫戒(よかい)する者なり。」
桓公曰く、「若(も)し此の言は何を謂うや?」
管子対えて曰く、「夫(そ)れ河𡌧の諸侯は万鍾の国なり。故に穀衆(おお)くして多く、而(しこう)して理(おさ)まらず、固(もと)より有るを得ず。磧山諸侯の国に至りては、則ち斂(おさ)むるに蔬(そ)を蔵(かく)すに菜(さい)を以てす。此れ之を豫戒と謂う。」
桓公曰く、「壤数此に尽くか?」
管子対えて曰く、「未だなり。昔、狄(てき)の諸侯は、万鍾の国なり。故に粟(ぞく)十鍾(じゅっしょう)にして骸金(がいきん)す。程(てい)の諸侯は、磧山の国なり。故に粟五釜(ごふ)にして錙金(しきん)す。故に狄の諸侯は十鍾にして戟(げき)を倳(さ)すを得ず、程の諸侯は五釜にして戟を倳すを得たり。或いは十倍にして足らず、或いは五分にして余り有る者、軽重高下(けいちょうこうげ)の数に通ずるなり。国に十歳の蓄(たくわ)え有りて、民の食足らざる者は、皆其の事業を以て君の禄を望むなり。君に山海の財有りて、民の用足らざる者は、皆其の事業を以て上(かみ)に交接(こうせつ)する者なり。故に租籍(そせき)は君の宜しく得る所なり。正籍(せいせき)は君の強(し)いて求むる所なり。亡君は其の宜しく得る所を廃し、其の強いて求むる所を斂(おさ)む。故に下怨(うら)み上に、而して令(れい)行われず。民之を奪えば則ち怒り、之を予(あた)うれば則ち喜び、民情固(もと)より然り。先王其の然るを知る。故に予(あた)う所のを見せ、奪うの理を見せざるなり。故に五穀粟米(ごこくぞくべい)は、民の司命(しめい)なり。黄金刀布(こうごんとうふ)は、民の通貨なり。先王善く其の通貨を制し、以て其の司命を御(ぎょ)す。故に民力尽くすべし。」
現代語訳
桓公が言いました。「土地の状況について伺います。」
管子は答えました。「河𡌧(かせい)の諸侯は、豊かな収穫を持つ国です。一方、磧山(せきざん)の諸侯は、貧しい国です。河𡌧の諸侯が常に磧山の諸侯に勝てないのは、後者が常に備えをしているからです。」
桓公は言いました。「その言葉はどういう意味ですか?」
管子は答えました。「河𡌧の諸侯は豊かな収穫がある国なので、穀物は非常に多いのですが、それをうまく管理できていないため、本来持てるはずのものを持ちえていません。それに対して磧山諸侯の国では、野菜を収穫し、食料を貯蔵しています。これを『備え』と言うのです。」
桓公は言いました。「土地の状況はこれですべてですか?」
管子は答えました。「まだです。昔、狄(てき)の諸侯は豊かな国で、穀物十鍾を売ってやっと金を得ていました。一方、程(てい)の諸侯は貧しい国で、穀物五釜で金を得ていました。そのため、狄の諸侯は十鍾の穀物があっても武器を持つことができず、程の諸侯は五釜の穀物で武器を持つことができました。ある者は十倍の収入があっても不足し、ある者は五分の一の収入でも余りがあるのは、物価の軽重高下(需要と供給、価格の変動)の法則を理解しているかどうかによります。国に十年分の蓄えがあっても、民の食料が不足しているのは、皆、自分の事業によって君主の禄(給料)を期待しているからです。君主に山海の財宝があっても、民の生活が満たされないのは、皆、自分の事業によって上層部と結びついているからです。ですから、租籍(通常の税)は君主が当然得るべきものです。正籍(特別な徴収)は君主が強制的に徴収するものです。 亡びる君主は、当然得るべきものを放棄し、強制的に徴収するものを集めようとします。そのため、民は上に不平を抱き、命令が実行されません。民は奪われれば怒り、与えられれば喜びます。民の感情とはそういうものです。先王はそのことを知っていたので、与える利益は見せても、奪う道理は見せませんでした。ですから、五穀米は民の命綱です。黄金や刀銭・布銭は民の通貨です。先王はうまくその通貨を制御し、それによって民の命綱を管理しました。だからこそ、民の力を最大限に引き出すことができたのです。」
5.管子曰く、「泉雨五尺、其の君必ず辱められん
書き下し文
管子曰く、「泉雨五尺、其の君必ず辱(はずかし)められん。食称(しょくしょう)の国は必ず亡びん。五穀を待つ者衆(おお)きなり。故に樹木の霜露に勝つ者は、天より令を受けず。家其の所に足る者は、聖人に従わず。故に奪いて然る後に予(あた)え、高きを然る後に下し、喜ばせて然る後に怒らせば、天下挙(あ)ぐべし。」
現代語訳
管子が言いました。「泉の水位が五尺(約1.5メートル)にまで上がれば、その君主は必ず恥をかくでしょう。食料が乏しい国は必ず滅びるでしょう。なぜなら、五穀に頼る民衆が多すぎるからです。ですから、霜や露に負けない樹木のように、天の命令に左右されないこと。家が自給自足できる者は、聖人の教えにも従いません。だからこそ、まず奪ってから与え、高くしてから低くし、喜ばせてから怒らせるようにすれば、天下を掌握できるでしょう。」
6.桓公曰く、「強本節用
書き下し文
桓公曰く、「強本節用(きょうほんせつよう)、以て存するを為す可きか?」
管子対えて曰く、「以て益愈(えきゆ)を為す可し、而(しか)も未だ以て存するに足らず。昔者(むかし)紀氏(きし)の国、強本節用する者、其の五穀豊満にして理(おさ)むること能わざるなり。四流して天下に帰す。是の若(ごと)くならば、則ち紀氏其の強本節用、適(まさ)に以て其の五穀を尽くして理むること能わず、天下の虜(とりこ)と為る。是を以て其の国亡びて身処る所無し。故に以て益愈を為す可し、而も以て存するに足らず。故に国を善く為す者は、天下下(くだ)らば、我高し。天下軽からば、我重し。天下多からば、我寡(すくな)し。然る後に以て天下に朝す可し。」
現代語訳
桓公が言いました。「本業を強化し、無駄をなくす(強本節用)ことで、国を存続させることができるでしょうか?」
管子は答えました。「それは国をより良くすることはできますが、それだけでは国を存続させるには不十分です。昔、紀氏(きし)という国がありました。彼らは本業を強化し、無駄をなくしていましたが、その結果、五穀が豊かに実りすぎて、それを適切に管理することができませんでした。そのため、余った穀物は四方に流れ出し、他の国々に流れてしまいました。もしこのようであるならば、紀氏が本業を強化し、無駄をなくしたことは、かえって彼らの五穀を尽きさせて管理不能にし、天下の捕虜となる原因となりました。こうして彼らの国は滅び、身を置く場所もなくなってしまいました。ですから、それは国をより良くすることはできますが、それだけでは存続させるには不十分なのです。ゆえに、国をうまく治める者は、天下が低迷するなら、我が国は高くあり、天下が軽視されるなら、我が国は重視され、天下に物資が豊富なら、我が国は希少な物資を持つ。そのようにして初めて、天下に君臨することができるのです。」
7.桓公曰く、「寡人、一士を殺さず、一戟を頓めずして
書き下し文
桓公曰く、「寡人、一士を殺さず、一戟を頓(かが)めずして、方都(ほうと)二を辟(ひら)かんことを欲す。之有道か?」
管子対えて曰く、「涇水(けいすい)十二空、汶淵(ぶんえん)洙疾(しゅしつ)満つること三之於(これに)あり。乃ち請う、令を以て九月に麦を種(う)え、日至(にっし)に穫(か)らん。則ち時雨(じう)未だ下らずして農事を利せん。」
桓公曰く、「諾(だく)。」
令を以て九月に麦を種え、日至に穫らしむ。其の艾(がい)を量るに、一収の積、方都二に中(あた)る。故に此れ所謂(いわゆる)善く天時(てんじ)に因り、地利(ちり)に弁じて、方都を辟くの道なり。
現代語訳
桓公が言いました。「私は一人も兵士を殺さず、一本の戟(ほこ)も損なうことなく、二つの都市(または広い土地)を新たに獲得したいのですが、何か良い方法はありませんか?」
管子は答えました。「涇水(けいすい)は十二箇所に水の涸れる場所があり、汶淵(ぶんえん)と洙水(しゅすい)の合流点はその三倍もの速さで満ちます。そこで、命令を出して九月に麦を蒔き、冬至(日至)に収穫するようにしましょう。そうすれば、季節の雨がまだ降る前に農作業が完了し、農業に利益をもたらすでしょう。」
桓公は言いました。「よろしい。」
そこで命令を出して九月に麦を蒔き、冬至に収穫させた。その収穫量を測ってみると、一度の収穫で二つの都市(または広い土地)に相当する量を蓄積できた。これが、まさに天の時機をうまく利用し、地の利を弁えることで、戦わずして広大な土地を獲得する方法なのである。
8.管子、桓公に入り復して曰く、「終歳の租金四万二千金
書き下し文
管子、桓公に入り復(まう)して曰く、「終歳(しゅうさい)の租金四万二千金、請う、一朝(いちちょう)素賞(そしょう)を以て軍士に賞(しょう)せん。」
桓公曰く、「諾(だく)。」
令を以て鼓(こ)に至らしめ、泰舟(たいしゅう)の野に軍士を期(き)す。桓公乃ち壇に即(つ)いて立ち、甯戚(ねいせき)・鮑叔(ほうしゅく)・隰朋(しゅうほう)・易牙(えきが)・賓胥無(ひんしょむ)皆肩を差(なら)べて立つ。管子枹(ばち)を執って軍士に揖(ゆう)して曰く、「誰か能く陳(じん)を陥れ衆(しゅう)を破る者あれば、之に百金を賜わん。」三問えども対えず。一人の剣を秉(と)りて前に出ずる者有り、問うて曰く、「幾何(いくばく)の人の衆なりや?」管子曰く、「千人の衆なり。」其の人曰く、「千人の衆、臣能く之を陥れん。」之に百金を賜う。管子又曰く、「兵接し弩張(は)り、誰か能く卒長(そつちょう)を得る者あれば、之に百金を賜わん。」問うて曰く、「幾何人の卒の長なりや?」管子曰く、「千人の長なり。」其の人曰く、「千人の長、臣能く之を得ん。」之に百金を賜う。管子又曰く、「誰か能く旌旗(せいき)の指す所を聴きて、将の首を執る者を得れば、之に千金を賜わん。言(こと)能く得る者、千人を塁(かり)し、之に人(ひと)に千金を賜う。其の余、言能く外に首を斬る者、之に人に十金を賜う。」一朝の素賞四万二千金。廓然(かくぜん)として虚(むな)し。
桓公惕然(てきぜん)として太息(たいそく)して曰く、「吾何ぞ以て此を識(し)らん。」
管子対えて曰く、「君患(うれ)うる勿(なか)れ。且(まさ)に外(そと)に名(めい)を其の内(うち)に為し、郷(ごう)に功(こう)を其の親(しん)に為し、家(か)に徳を其の妻子(さいし)に為さしめん。若(も)し此くの如くならば、則ち士は必ず名を争い徳に報い、北(そむ)くの意無し。吾兵を挙げて攻め、其の軍を破り、其の地を并(あわ)せば、則ち特(た)だ四万二千金の利のみならず。」
五子曰く、「善し。」
桓公曰く、「諾。」
乃ち大将に誡(いまし)めて曰く、「百人の長は、必ず之が為に朝礼(ちょうれい)を為し、千人の長は、必ず拝して之を送り、両級を降(くだ)らん。其の親戚有る者は、必ず之に酒四石、肉四鼎(てい)を遺(おく)らん。其の親戚無き者は、必ず其の妻子に酒三石、肉三鼎を遺らん。」
教えを施すこと半歳(はんさい)、父其の子を教え、兄其の弟を教え、妻其の夫を諫(いさ)む。曰く、「礼の此くの如く厚きを見るに、列陳(れつじん)に死せずんば、以て郷(ごう)に反(かえ)る可きか?」
桓公終(つい)に兵を挙げて萊(らい)を攻め、莒必市里(きょひっしり)に戦う。鼓旗(こき)未だ相望まず、衆少(しゅうしょう)未だ相知らずして、而して萊人(らいじん)大遁(だいとん)す。故に遂に其の軍を破り、其の地を并せ、而して其の将を虜(とら)う。故に未だ地を列して封ぜず、未だ金を出して賞せず、萊の軍を破り、其の地を并せ、其の君を禽(とりこ)とす。此れ素賞の計なり。
現代語訳
管子が桓公に謁見し、「一年の租税収入は四万二千金です。どうか、この金を一度に、兵士たちへの賞金として支給することをお許しください。」と進言しました。
桓公は「よろしい。」と答えました。
そこで命令を下し、太鼓を鳴らして、泰舟(たいしゅう)の野に兵士たちを集めました。桓公は壇上に立ち、甯戚(ねいせき)、鮑叔(ほうしゅく)、隰朋(しゅうほう)、易牙(えきが)、賓胥無(ひんしょむ)といった重臣たちも肩を並べて立ちました。管子は太鼓の枹(ばち)を手に、兵士たちに拱手(きょうしゅ)して言いました。「誰か敵陣に突入し、敵兵を打ち破る者があれば、百金を褒美に与えよう。」三度尋ねても誰も名乗り出ません。一人の男が剣を手に進み出て、「何人くらいの敵兵の集団ですか?」と尋ねました。管子は「千人ほどの集団だ。」と答えました。その男は「千人ほどの集団なら、私が突入できます。」と言ったので、百金を与えました。管子はまた言いました。「戦いが始まり、弩(いしゆみ)が張り詰められた時、誰か敵の隊長を捕らえることができる者があれば、百金を褒美に与えよう。」と尋ねました。「何人くらいの隊長ですか?」管子は「千人の隊長だ。」と答えました。その男は「千人の隊長なら、私が捕らえることができます。」と言ったので、百金を与えました。管子はさらに言いました。「誰か軍旗の指示に従い、敵将の首を取ることができる者があれば、千金を褒美に与えよう。それができると言って、千人の兵を率いる者には、一人につき千金を褒美に与える。その他、敵の首を斬ることができると言えば、一人につき十金を褒美に与える。」こうして、一朝にして四万二千金の賞金が使い果たされ、国庫は空になりました。
桓公は驚き、大きくため息をついて言いました。「私はどうしてこれほどのこと(大金を使い果たしたこと)を理解できようか。」
管子は答えました。「君主は心配なさる必要はございません。やがて、兵士たちは外部に対しては自分たちの名誉のために尽くし、故郷に対しては家族のために功績を挙げ、家庭では妻子に徳を示すようになるでしょう。このようにすれば、兵士たちは必ず名誉を争い、恩義に報いようとし、退却する気持ちはなくなるでしょう。私たちが兵を挙げて敵を攻め、その軍を破り、その土地を併合すれば、四万二千金の利益を得るどころか、それ以上の大きな利益となるでしょう。」
五人の重臣は皆、「素晴らしい。」と言いました。
桓公は「よろしい。」と答えました。
そこで大将たちに訓戒して言いました。「百人の隊長に対しては、必ず朝廷での礼をもって接し、千人の隊長に対しては、必ず拝礼して見送り、二階級降下して敬意を表すように。彼らに親戚がいる場合は、必ず酒四石、肉四鼎を贈るように。親戚がいない場合は、必ずその妻子に酒三石、肉三鼎を贈るように。」
この教えを半年間実行した結果、父はその子を教え、兄はその弟を教え、妻はその夫を諭すようになりました。「これほど厚い礼遇を受けて、戦場で命を捨てずに帰郷できるものか!」と。
桓公はついに兵を挙げて萊(らい)を攻め、莒必市里(きょひっしり)で戦いました。まだ鼓(たいこ)や旗が見えず、兵の数も分からないうちに、萊の軍は大いに敗走しました。こうして斉は萊の軍を破り、その土地を併合し、その将軍を捕虜にしました。これは、まだ土地を分け与えて封じず、まだ金を出して褒美を与えていないにもかかわらず、萊の軍を破り、その土地を併合し、その君主を捕虜にした。これこそが「素賞(そしょう)」の計略なのです。
9.桓公曰く、「曲防の戦
書き下し文
桓公曰く、「曲防(きょくぼう)の戦、民多く假貸(かたい)して上事(じょうじ)に給する者有り。寡人、之が為に出賂(しゅつろ)せんことを欲す。之が為に奈何(いかん)?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て富商蓄賈(ふしょうちくか)をして百符(ひゃくふ)にして一馬(いちば)ならしめん。有らざる者は、公家より取らん。若(も)し此くの如くならば、則ち馬必ず坐して長(まさ)りて、百倍其の本(もと)とならん。是れ公家(こうか)の馬其の牧皂(ぼくそう)を離れずして、曲防の戦の賂(ろ)足る矣。」
現代語訳
桓公が言いました。「曲防(きょくぼう)の戦いの際、多くの民が借金をして軍事費を工面しました。私は彼らのためにその損失を補償したいのですが、どのようにすればよいでしょうか?」
管子は答えました。「どうか、命令を出して、裕福な商人や蓄財家たちに、百符(一定の金額を示す単位)につき一頭の馬を出させましょう。もし馬を持っていなければ、公家(国家)からその分の費用を受け取らせます。このようにすれば、馬は必ず座って(何もせずに)その価値が上がり、元金の百倍になるでしょう。これは、国家の馬が牧場を離れることなく、曲防の戦いの補償が十分に行われることになるでしょう。」
10.桓公、管子に問うて曰く、「崇弟蔣弟刃恵の功
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「崇弟(すうてい)蔣弟(しょうてい)刃恵(じんけい)の功、世吾が歳罔(さいもう)、寡人斗升を籍(せき)するを得ず、一を去る。菹菜(そさい)鹹鹵(かんろ)斥沢(せきたく)、山閒(さんかん)㙗𡔁(しんあい)用を為さざるの壌(じょう)、寡人斗升を籍するを得ず、一を去る。列稼(れっか)縁封(えんぽう)十五里の原、強耕して自ら落(らく)と為す、其の民寡人斗升を籍するを得ず、一を去る。是れ則ち寡人の国五分にして其の二を操ること能わず。是れ万乗(ばんじょう)の号有りて千乗(せんじょう)の用無し。是を以て天子と提衡(ていこう)し、諸侯と秩(ちつ)を争わん。之有道か?」
管子対えて曰く、「唯だ号令に籍するを為す可きのみ。」
桓公曰く、「行事奈何?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て師(し)を発し屯(とん)を置き農を籍(せき)せん。十鍾(じゅっしょう)の家は行かず、百鍾の家は行かず、千鍾の家は行かず。行く者は百の一、千の十を能わず、而(しか)も囷窌(きんりょう)の数、皆上(かみ)に見(あら)わるる矣。君、囷窌の数に案じて之に令して曰く、『国貧にして用足らず。請う、平価を以て之を取らん。子皆囷窌に案じて挹損(いっそん)すること能わざらん。』君直(ただ)に幣(へい)の軽重を以て、其の数を決し、券契(けんけい)の責め無からしむれば、則ち積蔵(せきぞう)囷窌の粟(ぞく)皆君に帰せん。故に九州(きゅうしゅう)に敵無く、竟上(きょうじょう)に患(うれ)無し。令して曰く、『師を罷(や)め農に帰らしめよ。用いる所無し。』
管子曰く、「天下に兵有れば、則ち積蔵の粟以て其の糧に備うべし。天下に兵無ければ、則ち以て貧甿(ひんぼう)に賜(たま)わん。若(も)し此くの如くならば、則ち菹菜鹹鹵斥沢、山閒㙗𡔁の壌(じょう)発草せざる無し。此れ之を号令に籍すと謂う。」
現代語訳
桓公が管子に尋ねました。「崇弟(すうてい)、蔣弟(しょうてい)、刃恵(じんけい)といった功績のある土地では、毎年収穫があるのに、私は斗や升といったわずかな税すら徴収できず、その収入が失われています。また、塩漬け野菜の原料となる湿地や塩分の多い土地、山間の未開墾地など、利用されていない土地からも、斗や升といったわずかな税すら徴収できず、その収入が失われています。さらに、整然と耕された土地で、十五里も続く広大な原野では、人々が懸命に耕作し、そこを自分たちの村(落)としていますが、その民からも斗や升といったわずかな税すら徴収できず、その収入が失われています。これは、私の国が五分の一しか掌握できておらず、二割しか支配できていないということです。これでは、万乗の国の称号を持ちながら、千乗の国ほどの力もありません。このような状況で、天子と対等に渡り合い、諸侯と秩序を争うことはできるでしょうか?何か良い方法はありませんか?」
管子は答えました。「ただ命令に頼るしかありません。」
桓公は言いました。「具体的な施策はどうすればよいのでしょうか?」
管子は答えました。「どうか、命令を出して、兵士たちを動員し、屯田兵として農地に配置し、農産物を登録(籍)させましょう。十鍾(約六石四斗)の収穫がある家は動員せず、百鍾の家も動員せず、千鍾の家も動員しない。動員されるのは、ごくわずか、百人に一人、あるいは千人に十人といった程度の人々でしょう。しかし、そのおかげで、彼らの倉庫の穀物の数がすべて上層部(国家)に把握されるようになります。君主は、その倉庫の穀物の数に基づいて彼らに命令してください。『国は貧しく、財源が不足しています。どうか、適正な価格でそれ(穀物)を買い取りましょう。あなた方は皆、倉庫の穀物について、減らしたり隠したりすることはできないでしょう。』君主は、貨幣の価値(軽重)を直接調整することで、その数量を決定し、借用書や契約書のような責任を負わせないようにすれば、蓄えられた倉庫の穀物はすべて君主のものとなるでしょう。それゆえに、国内(九州)に敵はおらず、国境にも憂いはありません。そして、命令を出して『兵士たちを解散し、農作業に戻らせよ。もう用はない。』と言えばよいのです。」
管子はさらに言いました。「天下に戦が起きれば、蓄えられた穀物は食料として備蓄できます。天下に戦がなければ、貧しい民衆に分け与えましょう。このようにすれば、湿地や塩分の多い土地、山間の未開墾地など、今まで利用されていなかった土地も、草一本生えないところまですべて開墾されるでしょう。これを『号令に籍する(命令によって全てを掌握する)』と言うのです。」
11.管子曰く、「滕・魯の粟釜百なれば
書き下し文
管子曰く、「滕(とう)・魯(ろ)の粟(ぞく)釜百なれば、則ち吾が国の粟を釜千ならしめん。滕・魯の粟四流して吾に帰せんこと、深谷に下るが若(ごと)し。歳凶(さいきょう)にして民飢(う)うるに非ざるなり。之を辟(ひら)くに号令を以てし、之を引くに徐疾(じょしつ)を以てし、平を施せば、其の吾に帰すること流水の若し。」
現代語訳
管子が言いました。「滕(とう)や魯(ろ)の穀物が一釜あたり百(の価値)であるならば、我が国の穀物は一釜あたり千(の価値)となるようにしましょう。そうすれば、滕や魯の穀物は、まるで深い谷に水が流れ込むかのように、四方から我が国に流れ込んでくるでしょう。これは、決して凶作で民衆が飢えているからではありません。命令を発して(市場を)開き、物価の変動(徐疾)によってそれらを引き寄せ、公平な制度を施せば、彼らの穀物は水が流れるように我が国に集まってくるでしょう。」
12.桓公曰く、「吾、正商賈の利を殺し
書き下し文
桓公曰く、「吾、正商賈(せいしょうこ)の利を殺し、而(しこう)して農夫の事を益(ま)さんことを欲す。此の為に道有るか?」
管子対えて曰く、「粟重(ぞくちょう)にして万物軽し、粟軽(ぞくけい)にして万物重し。両者衡立(こうりつ)せず。故に正商賈の利を殺し、而して農夫の事を益さんとならば、則ち請う、粟の価金を三百重からしめん。是の若(ごと)くならば、則ち田野大辟(たいへき)し、而して農夫其の事を勧(すす)めん。」
桓公曰く、「之を重くするに道有るか?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て大夫と城蔵(じょうぞう)せしめん。卿諸侯(けいしょこう)は千鍾を蔵(ぞう)せしめ、大夫は五百鍾を蔵せしめ、列大夫は百鍾を蔵せしめ、富商蓄賈(ふしょうちくか)は五十鍾を蔵せしめん。内は以て国委(こくい)と為す可く、外は以て農夫の事を益す可し。」
桓公曰く、「善し。」
令を下し卿諸侯、令大夫城蔵せしむ。農夫其の五穀を辟(ひら)き、三倍其の賈(あたい)を致す。則ち正商其の事を失い、而して農夫百倍の利有り。
現代語訳
桓公が言いました。「私は、正規の商人(正商賈)の利益を抑え、農夫の仕事を奨励したいのですが、何か良い方法はありますか?」
管子は答えました。「穀物の価格が上がれば(重ければ)、他の物資の価格は下がり、穀物の価格が下がれば(軽ければ)、他の物資の価格は上がります。この二つは釣り合うことはありません。ですから、正規の商人の利益を抑え、農夫の仕事を奨励したいのであれば、どうか穀物の価格を三百倍に引き上げるよう進言いたします。このようにすれば、田畑は大いに開墾され、農夫たちはその仕事に励むでしょう。」
桓公は言いました。「その価格を引き上げる方法はありますか?」
管子は答えました。「どうか、命令を出して、大夫たちに穀物倉を築かせましょう。卿や諸侯には千鍾を、大夫には五百鍾を、列大夫には百鍾を、そして裕福な商人や蓄財家には五十鍾を貯蔵させます。これにより、国内では国家の備蓄となり、国外では農夫の仕事を奨励することになるでしょう。」
桓公は言いました。「よろしい。」
そこで命令を下し、卿や諸侯、そして大夫たちに穀物倉を築かせました。農夫たちは自分の畑で五穀を耕し、その価格を三倍に引き上げることができました。すると、正規の商人は商売の機会を失い、農夫たちは百倍の利益を得ることができました。
13.桓公、管子に問うて曰く、「衡数有るか?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「衡(こう)数有るか?」
管子対えて曰く、「衡は数無し。衡は物をして一高一下ならしめ、常に固くすることを得ず。」
桓公曰く、「然らば則ち衡数調す可からずや?」
管子対えて曰く、「調す可からず。調せば則ち澄(す)む。澄めば則ち常なり。常なれば則ち高下二(ふたつ)とせず。高下二とせざれば、則ち万物得て使(つか)うて固くす可からず。」
桓公曰く、「然らば則ち何ぞ以て時を守らん?」
管子対えて曰く、「夫(そ)れ歳に四秋有りて、分に四時有り。故に曰く、農事且(まさ)に作らん、請う、什伍(じゅうご)の農夫を以て耜鉄(してい)を賦(ふ)せん。此れ之を春の秋と謂う。大夏(たいか)且に至らん、絲纊(しこう)の作(おこ)る所、此れ之を夏の秋と謂う。而して大秋成り、五穀の会(あつ)まる所、此れ之を秋の秋と謂う。大冬営室(だいいえいしつ)の中(うち)、女事(じょじ)紡績(ぼうせき)緝縷(しゅうる)の作(おこ)る所、此れ之を冬の秋と謂う。故に歳に四秋有りて、分に四時有り。既に四者の序有り、号を発し令を出し、物の軽重相什(そうじゅう)して相伯(そうはく)せしむ。故に物常に固きこと得るを得ず。故に衡は数無しと曰う。」
桓公曰く、「皮(ひ)、幹(かん)、筋(きん)、角(かく)、竹、箭(せん)、羽毛(うもう)、歯(し)、革(かく)足らず。此の為に道有るか?」
管子曰く、「唯だ曲衡(きょくこう)の数為す可きのみ。」
桓公曰く、「行事奈何?」
管子対えて曰く、「請う、令を以て諸侯の商賈(しょうこ)の為に客舎(かくしゃ)を立てん。一乗(いちじょう)の者には食有り、三乗の者には芻菽(すうしゅく)有り、五乗の者には伍養(ごよう)有り。天下の商賈斉(せい)に帰すること流水の若し。」
現代語訳
桓公が管子に尋ねました。「平衡(ヘイコウ、市場の均衡)には一定の法則がありますか?」
管子は答えました。「平衡には決まった法則はありません。平衡とは、物価が常に高くなったり低くなったりして、固定されることがない状態を指します。」
桓公は言いました。「それでは、平衡の法則を調整することはできないのでしょうか?」
管子は答えました。「調整することはできません。調整すれば、物価は滞ってしまいます。滞れば、物価は固定されます。固定されれば、高低の差がなくなり、高低の差がなくなれば、全ての物資を意図通りに利用して安定させることはできません。」
桓公は言いました。「それでは、どのようにして(適切な)時機を守ればよいのでしょうか?」
管子は答えました。「一年には四つの『秋』(収穫期や生産期)があり、季節は四つに分かれています。例えば、農作業が始まる時期には、十戸ごと、五戸ごとに農夫に鍬(くわ)などの鉄製の道具を支給することを命じましょう。これを『春の秋』(春の生産期)と言います。夏が近づき、絹や綿が作られる時期は、これを『夏の秋』(夏の生産期)と言います。そして、大きな収穫期となり、五穀が集まる時期は、これを『秋の秋』(秋の収穫期)と言います。冬になり、家屋内で、女性が紡績や糸を紡ぐ仕事をする時期は、これを『冬の秋』(冬の生産期)と言います。このように、一年には四つの『秋』があり、季節は四つに分かれているのです。これら四つの時期に秩序があり、命令を発し、物資の軽重(需要と供給)を相互に影響させ、相互に優劣をつけさせるのです。このようにすれば、物価が常に固定されることはありません。だからこそ、平衡には決まった法則がないと言うのです。」
桓公が言いました。「皮、幹(薪)、筋、角、竹、矢、羽毛、歯、革が不足しています。これには何か良い方法がありますか?」
管子は言いました。「ただ『曲衡(きょくこう)の数』を用いるしかありません。」
桓公は言いました。「具体的な施策はどうすればよいのでしょうか?」
管子は答えました。「どうか、命令を出して、諸侯(他国)の商人たちのために客舎(旅館)を設けましょう。一頭立ての馬車で来る商人には食事を与え、三頭立ての馬車で来る商人には飼料と豆を与え、五頭立ての馬車で来る商人には付き添い者をつけてもてなしましょう。そうすれば、天下の商人は水が流れるように斉(せい)に集まってくるでしょう。」
第83編 軽重丁
1.桓公曰く、「寡人、西のかた天子に朝せんことを欲すれど
書き下し文
桓公曰く、「寡人、西のかた天子に朝(ちょう)せんことを欲すれど、賀献(がけん)足らず。此(こ)の為に数(すう)有るか?」
管子対(こた)えて曰く、「請う、令を以て陰里(いんり)を城(きず)かん。其の牆(しょう)を三重に、而して門を九襲(きゅうしゅう)ならしめん。」
因て玉人をして石を刻して璧(へき)を為(つく)らしむ。尺者(しゃくしゃ)は万泉(まんせん)、八寸者(はっすんしゃ)は八千、七寸者(しちすんしゃ)は七千、珪(けい)中(ちゅう)は四千、瑗(えん)中(ちゅう)は五百。璧の数已(すで)に具(そな)わる。管子西のかた天子に見(まみ)えて曰く、「弊邑(へいゆう)の君、諸侯を率(ひき)いて先王の朝(ちょう)に朝し、周室を観(み)ることを欲す。請う、令を以て天下の諸侯をして、先王の廟に朝し、周室を観る者をして、彤弓(どうきゅう)石璧を以てせざるを得ざらしめん。彤弓石璧を以てせざる者は、朝に入ること得ず。」
天子之を許し曰く、『諾(だく)』。号令を天下に下す。天下の諸侯、黄金珠玉五穀文采(ぶんさい)布泉(ふせん)を載せ、斉に輸(ゆ)して、以て石璧を収(おさ)む。石璧流れ而して天下に之(ゆ)き、天下の財物流れ而して斉に之(ゆ)く。故に国八歳にして籍(せき)無し、陰里(いんり)の謀(はかりごと)なり。
現代語訳
桓公が言いました。「私は西方にある天子の都に参内したいのですが、献上する品が不足しています。何か良い方法はありませんか?」
管子は答えました。「どうか、命令を出して、陰里(地名)に城を築かせましょう。その城壁を三重に、門を九重の厳重なものにさせましょう。」
そして、玉職人に石を彫らせて璧(円盤状の玉器)を作らせました。一尺(約30cm)の璧は一万泉(貨幣単位)、八寸の璧は八千泉、七寸の璧は七千泉、珪(板状の玉器)の中程度のものは四千泉、瑗(穴の大きい円環状の玉器)の中程度のものは五百泉と定めました。璧の数が全て揃うと、管子は西方に赴き天子に謁見して言いました。「私の君主は、諸侯を率いて先王の朝廷に参内し、周王室を拝見したいと願っております。どうか命令を出して、天下の諸侯で先王の廟に参内し、周王室を拝見する者は、必ず彤弓(赤い弓)と石璧を携えなければならないとさせましょう。彤弓と石璧を携えない者は、朝廷に入ることはできません。」
天子はこれを許し、「よろしい。」と言いました。そこで天子は天下に号令を下しました。天下の諸侯は、黄金、珠玉、五穀、美しい織物、そして布泉(布状の貨幣)を積んで斉に運び込み、石璧を手に入れようとしました。石璧は流れて天下に行き渡り、天下の財物は流れて斉に集まりました。そのため、斉は八年間、民から税を徴収する必要がありませんでした。これが陰里の計略です。
2.桓公曰く、「天子の養足らず、号令して天下に賦せば
書き下し文
桓公曰く、「天子の養(やしない)足らず、号令して天下に賦(ふ)せば、則ち諸侯を信ぜず。此の為に道有るか?」
管子対(こた)えて曰く、「江淮(こうわい)の閒(かん)に、一茅(ぼう)にして三脊(さんせき)有る者有り。母(もと)其の本(もと)に至る。之を菁茅(せいぼう)と名づく。請う、天子の吏(り)をして環(めぐ)りて封(ふう)じて之を守らしめん。夫(そ)れ天子則ち太山(たいざん)に封じ、梁父(りょうほ)に禅(ゆず)らん。号令して天下の諸侯に曰く、『諸(もろもろ)天子に従いて太山に封じ、梁父に禅する者、必ず菁茅一束(いっそく)を抱(いだ)きて以て禅籍(ぜんせき)と為(な)すべし。令に如(したが)わざる者、天子に従うことを得ず。』天下の諸侯其の黄金を載せて秩(ちつ)を争いて走(はし)らん。江淮の菁茅、坐(そ)して長(まさ)りて其の賈(あたい)十倍し、一束にして百金。故に天子三日即位す。天下の金四流して周に帰り流水の若(ごと)し。故に周天子七年賀献を求めざる者は、菁茅(せいぼう)の謀(はかりごと)なり。」
現代語訳
桓公が言いました。「天子(周王)の財政は不足しており、もし直接命令を出して天下に課税すれば、諸侯は信頼を失うでしょう。何か良い方法はありませんか?」
管子は答えました。「江水と淮水(長江と淮河)の間には、一本の茎から三本の穂が出る、根元まで葉が茂る茅(かや)があります。これを菁茅(せいぼう)と名付けます。どうか、天子の役人に命じて、その生育地を囲んで保護させましょう。そして、天子が泰山(たいざん)で封禅(ほうぜん)の儀式を行い、梁父山(りょうほざん)で禅の儀式を行うとしましょう。天下の諸侯に号令を出してこう言わせるのです。『天子に従って泰山で封禅を行い、梁父山で禅を行う諸侯は、必ず菁茅一束を抱えて禅籍(儀式に必要な登録証)としなければならない。命令に従わない者は、天子に従うことはできない。』そうすれば、天下の諸侯は自国の黄金を積んで、序列を争いながら(菁茅を手に入れるために)駆けつけるでしょう。江淮の菁茅は、何もしなくても価値が上がり、その価格は十倍になり、一束で百金になるでしょう。そのため、天子は位に就いて三日で、天下の金は水が流れるように四方から周に集まるでしょう。周の天子が七年間も諸侯からの献上を求めなかったのは、菁茅の計略のおかげです。」
3.桓公曰く、「寡人多務、衡をして吾が国の富商
書き下し文
桓公曰く、「寡人多務(たむ)、衡をして吾が国の富商(ふしょう)、蓄賈(ちくか)、称貸家(しょうたいか)を籍(せき)して、以て吾が貧萌(ひんもう)を利し、農夫其の本事(ほんじ)を失わざらしめん。此に反(かえ)すに道有るか?」
管子対(こた)えて曰く、「惟(ただ)之を反(かえ)すに号令を以てするを為す可きのみ。」
桓公曰く、「行事奈何(いかん)?」
管子対えて曰く、「請う、賓胥無(ひんしょむ)をして馳(はし)りて南に、隰朋(しゅうほう)をして馳りて北に、甯戚(ねいせき)をして馳りて東に、鮑叔(ほうしゅく)をして馳りて西にせしめん。四子(しし)の行定まる。夷吾(いご)請う、号令して四子に謂(い)いて曰く、『子ら皆我が君の為に四方の称貸の閒(かん)を視(み)て、其の息(そく)を受くるの萌(もろもろ)幾何(いくばく)千家なるか、以て吾に報(ほう)ぜよ。』
鮑叔馳りて西し、反報して曰く、「西方の萌は、済(さい)を帯び河を負い、菹沢(そたく)の萌なり。猟漁(りょうぎょ)し薪(しん)を取り、蒸して食と為す。其の称貸の家は、多き者は千鍾、少なき者は六七百鍾。其の出だすの鍾は一鍾、其の息を受くるの萌は九百余家なり。」
賓胥無馳りて南し、反報して曰く、「南方の萌は、山居谷処(さんきょこくしょ)し、登降(とうこう)の萌なり。上は輪軸(りんじく)を斲(き)り、下は杼栗(ちょりつ)を采(と)り、田猟して食と為す。其の称貸の家は、多き者は千万、少なき者は六七百万。其の出すの中(ちゅう)は伯伍(はくご)なり。其の息を受くるの萌は八百余家なり。」
甯戚馳りて東し、反報して曰く、「東方の萌は、山を帯び海を負い、若(じゃく)の処(ところ)に有り。上は福(ふく)を断ち、漁猟の萌なり。葛縷(かつる)を治めて食と為す。其の称貸の家は、刃恵(じんけい)高国(こうこく)に多く、多き者は五千鍾、少なき者は三千鍾。其の出すの中は鍾五釜なり。其の息を受くるの萌は八九百家なり。」
隰朋馳りて北し、反報して曰く、「北方の萌は、衍処(えんしょ)し海を負い、泲(さい)を煮て塩を為し、梁済(りょうさい)に魚を取るの萌なり。薪を食と為す。其の称貸の家は、多き者は千万、少なき者は六七百万。其の出すの中は伯二十なり。息を受くるの萌は九百余家なり。凡そ称貸の家は、泉(せん)参千万を出し、粟参千万鍾を出す。子息を受くるの民は参万家なり。」
四子已(すで)に報(ほう)ず。管子曰く、「我が君に萌有るを棄(す)てず、一国の中に五君(ごくん)の正(せい)なる有り。然らば則ち国の貧しきこと無く、兵の弱きこと無きことを欲せば、安(いずく)んぞ得る可きや。」
桓公曰く、「此の為に道有るか。」
管子曰く、「惟之を反すに号令を以てするを可と為す。請う、令を以て賀献(がけん)の者をして皆鐻枝(きょし)蘭鼓(らんこ)を以てせしめん。則ち必ず坐して本(もと)の什倍に長(まさ)らん矣。君の棧臺(せんだい)の職(しょく)も、亦坐して什倍に長らん。請う、令を以て称貸の家を召(め)さん。君因て之に酒を酌(く)み、太宰(たいさい)觴(さかずき)を行(めぐ)らさん。」
桓公衣を挙げて問うて曰く、「寡人多務。衡をして吾が国を籍せしめ、子の吾が貧萌を假貸(かたい)し、以て上の令を終うる有りしを聞く。寡人鐻枝蘭鼓有り。其の賈(あたい)純万泉に中(あた)る。願わくは吾が貧萌の為に其の子息の数を決し、券契(けんけい)の責め無からしめん。」
称貸の家皆首を斉(ととの)え稽顙(けいそう)して曰く、「君の萌(たみ)を憂うること此に至る。請う、再び拝して堂下(どうか)に献(けん)せん。」
桓公曰く、「不可。子、吾が萌をして春に以て耜(し)を伝うる有り、夏に以て芸(うん)を決する有りて上事(じょうじ)に給せしめよ。子の力なり。寡人の徳、子を寵(ちょう)する所無し。若し此くの如くにして受けざれば、寡人心に得ず。」
故に称貸の家皆再び拝して受く。出だす所の棧臺の職、未だ参千純に能わざるも、而して四方の子息の数を決し、券契の責め無からしむ。四方の萌之を聞き、父其の子を教え、兄其の弟を教え、曰く、「夫(そ)れ田を墾(ひら)き務を発するは、上の急ぐ所なり。庶(しょ)無きを為す可けんや?君の我を憂うる此に至る。此れ之を反準(はんじゅん)と謂う。」
現代語訳
桓公が言いました。「私は多くの政務に追われている。衡(官職名)に命じて、我が国の裕福な商人、蓄財家、貸金業者から徴税し、その利益を貧しい民衆に分け与え、農夫が本来の仕事を失わないようにしたい。これには何か良い方法がありますか?」
管子は答えました。「ただ、命令によってそれを実行するしかありません。」
桓公は言いました。「具体的な施策はどうすればよいのでしょうか?」
管子は答えました。「どうか、賓胥無(ひんしょむ)を南へ、隰朋(しゅうほう)を北へ、甯戚(ねいせき)を東へ、鮑叔(ほうしゅく)を西へ、それぞれ馬を走らせて派遣しましょう。この四人の行動が決まったら、私(夷吾、管子の名)は命令を出して四人にこう言いましょう。『あなた方全員、我が君主のために四方の貸付状況を調査し、利子を払っている民衆が何千家いるかを私に報告してください。』」
鮑叔は西方に馬を走らせ、帰還して報告しました。「西方の民衆は、済水に接し、黄河を背にする湿地の住民です。彼らは狩猟や漁労をし、薪を集め、蒸して食料としています。彼らが借り入れている家は、多いところで千鍾、少ないところで六、七百鍾です。彼らが出す利子は一鍾につき一鍾です(つまり利子率100%)。利子を支払っている民衆は九百余家です。」
賓胥無は南方へ馬を走らせ、帰還して報告しました。「南方の民衆は、山や谷に住み、山道を上り下りする民衆です。上では車の車輪や軸を削り出し、下ではクワ科の植物の実を採り、狩猟をして食料としています。彼らが借り入れている家は、多いところで千万、少ないところで六、七百万です。彼らの出す利子はその五分の一です。利子を支払っている民衆は八百余家です。」
甯戚は東方へ馬を走らせ、帰還して報告しました。「東方の民衆は、山に接し、海を背にする若(地名)に住む者たちです。上では福(木名)を断ち、漁労を生業とする民衆です。葛の繊維を加工して食料としています。彼らが借り入れている家は、刃恵(地名)や高国に多く、多いところで五千鍾、少ないところで三千鍾です。彼らが出す利子はその五釜分です。利子を支払っている民衆は八、九百家です。」
隰朋は北方へ馬を走らせ、帰還して報告しました。「北方の民衆は、平野に住み、海に接し、海水から塩を作り、梁済(川名)で魚を捕る民衆です。薪を食料としています。彼らが借り入れている家は、多いところで千万、少ないところで六、七百万です。彼らが出す利子はその二十分の一です。利子を支払っている民衆は九百余家です。合計すると、貸金業者の家は三千万の貨幣と三千万鍾の穀物を貸し付けており、利子を支払っている民衆は三万家です。」
四人の報告が終わると、管子は言いました。「我が君主には民衆がいますが、彼らを捨ててはいけません。一国の中に、五つの君主が存在するような(不公平な)状態です。もし国が貧しくならず、軍が弱くならないことを望むのであれば、どうしてそのような状況を放置できるでしょうか。」
桓公は言いました。「これには何か良い方法がありますか?」
管子は答えました。「ただ、命令によってそれを実行するしかありません。どうか命令を出して、賀献(献上物)として鐻枝(きょし)蘭鼓(らんこ)を献上する者には、必ずその価値が何もしなくても元金の十倍になるようにしましょう。君主の棧臺(ぜんだい、税を納める台帳)の職も、同じく何もしなくても十倍になるでしょう。どうか命令を出して貸金業者たちを召集しましょう。君主は彼らに酒を酌んでやり、太宰(たいさい、宰相)は杯を巡らせましょう。」
桓公は衣を正して尋ねました。「私は多くの政務に忙しい。衡(官職名)に命じて我が国を調査させ、あなた方が我が貧しい民衆に金を貸し付け、私の命令に従うことができたと聞いている。私は鐻枝蘭鼓を持っている。その価値は純粋な万泉に相当する。願わくは、我が貧しい民衆のために、その利子の数を決定し、借用書の責任を負わせないようにしたい。」
貸金業者たちは皆、頭を揃えて地に額をこすりつけて言いました。「君主が民衆をこれほどまでにお憂いくださるとは。どうか、二度拝礼して堂下で献上させてください。」
桓公は言いました。「いけません。あなた方は我が民衆が春には鍬(くわ)を使い、夏には草むしりをして、私の政務に協力できるようにしてくれました。これはあなた方の力です。私の徳はあなた方に何か特別な恩恵を与えるものではありません。もしこのようにして受け取らないのであれば、私は心穏やかではいられません。」
そこで貸金業者たちは皆、二度拝礼して(君主の好意を)受け取りました。実際に支払われた棧臺の職の費用は三千純にも満たなかったにもかかわらず、四方の利子の数を決定し、借用書の責任を負わせることをなくしました。四方の民衆はこれを聞き、父はその子を教え、兄はその弟を教え、「農地を耕し、仕事を始めることは、君主が最も急いでいることだ。どうして勤勉に働かずにいられるだろうか?君主が我々を憂いてこれほどまでに尽くしてくださったのだから。」と言いました。これを「反準(はんじゅん)」と言うのです。
4.管子曰く、「昔者癸度、人の国に居り
書き下し文
管子曰く、「昔者(むかし)癸度(きど)人の国に居り、必ず四面天下に望(のぞ)み、天下高ければ亦(また)高し。天下高くして我独り下れば、必ず其の国を天下に失わん。」
桓公曰く、「若(も)し此(こ)の言は何を謂うや?」
管子対(こた)えて曰く、「昔、萊人(らいじん)善く染練(せんれん)す。茈(し)之(これ)を萊に於いて純骸(じゅんがい)す。緺綬(かすい)之(これ)を萊に於いて亦純錙(じゅんし)なり。其の周中(しゅちゅう)十金。萊人之を知る。纂茈(さんし)空(むな)しきを聞き、周且(まさ)に馬を斂(おさ)めんとし、作(はたら)き見(あら)われて萊人に操(と)らる。萊に推馬(すいば)有り。是れ自ら萊は綦茈(きし)を失いて反(かえ)りて馬に準(なぞら)うるなり。故に因る可き者は之に因り、乗ずる可き者は之に乗ず。此れ天下に因りて以て天下を制す。此れ之を国準(こくじゅん)と謂(い)う。」
現代語訳
管子が言いました。「昔、癸度という者が国を治めていた時、必ず四方を見渡し、天下(他国)の物価が高ければ、自国の物価も高くしました。もし天下の物価が高くなっているのに、自国だけが低ければ、必ずその国は天下(国際市場)での支配力を失うでしょう。」
桓公が言いました。「この言葉はどういう意味ですか?」
管子は答えました。「昔、萊(らい)の国の人々は染色や練り絹の加工に長けていました。紫色の染料(茈)は萊では一塊で純粋な骸(通貨単位)の価値があり、組紐の綬(緺綬)も萊では純粋な錙(通貨単位)の価値がありました。しかし、周(中央)ではその十倍の金で取引されていました。萊の人々はこのことを知っていました。彼らは周が紫色の染料の備蓄がなくなり、馬を集めようとしていると聞きました。そこで莱の国は積極的に生産活動を行い、周に染料を供給し、周から馬を手に入れました。これは、萊が自国の得意な染料を手放し、代わりに馬を手に入れることで、市場の基準を馬に合わせたということです。ですから、利用できる状況は利用し、乗じるべき機会には乗じるべきです。このように天下(国際情勢や市場)を利用して天下を支配する。これを『国準(こくじゅん)』と言うのです。」
5.桓公曰く、「斉西は、水潦にして民飢え
書き下し文
桓公曰く、「斉西は、水潦(すいろう)にして民飢え、斉東は、豊庸(ほうよう)にして糶(ちょう)賤(いや)し。東の賤を以て西の貴に被(おほ)わんことを欲す。此の為に道有るか?」
管子対(こた)えて曰く、「今、斉西の粟(ぞく)は、釜(ふ)百泉(せん)なれば、則ち鏂(おう)二十泉なり。斉東の粟は、釜十泉なれば、則ち鏂二泉なり。請う、令を以て人に三十泉を籍(せき)せん。五穀菽粟(しゅくぞく)を以て其の籍を決するを得せしめん。若(も)し此くの如くならば、則ち斉西は三斗を出し、其の籍を決し、斉東は三釜を出し、其の籍を決せん。然らば則ち釜十の粟、皆倉廩(そうりん)に実らん。西の民飢うる者は食を得、寒き者は衣を得、本(もと)無き者は陳(ちん)を予(あた)え、種(たね)無き者は新(しん)を予えん。若し此くの如くならば、則ち東西の相被(あいおほ)い、遠近の準平(じゅんぺい)ならん矣。」
現代語訳
桓公が言いました。「斉の西方では、水害のために民衆が飢えています。一方、斉の東方では、豊作のために穀物の価格が安くなっています。東方の安い穀物で、西方の高い穀物の不足を補いたいのですが、何か良い方法はありませんか?」
管子は答えました。「今、斉の西方の穀物は、一釜あたり百泉の価値があり、それは一鏂(おう、釜の十分の一の単位)あたり二十泉です。斉の東方の穀物は、一釜あたり十泉の価値があり、それは一鏂あたり二泉です。どうか、命令を出して、一人あたり三十泉を徴収するようにしましょう。これを五穀や豆、粟といった現物で納税できるようにさせましょう。もしこのようにすれば、斉の西方の民は三斗の穀物を出すことで納税を済ませ、斉の東方の民は三釜の穀物を出すことで納税を済ませるでしょう。そうすれば、一釜十泉の穀物(東方の安い穀物)がすべて倉に満載されるでしょう。西方の飢えている民衆は食料を得ることができ、寒さに苦しむ者は衣類を得ることができ、元手のない者には古米を与え、種のない者には新米を与えましょう。もしこのようにすれば、東西が互いに補い合い、遠近の物価も平準化されるでしょう。」
6.桓公曰く、「衡の数は吾既に聞くを得たり
書き下し文
桓公曰く、「衡(こう)の数(すう)は吾既に聞くを得たり。請問う、国準(こくじゅん)は?」
管子対(こた)えて曰く、「孟春(もうしゅん)且(まさ)に至らん。溝瀆(こうとく)阮(えん)として遂(と)げず、谿谷(けいこく)上(かみ)に報(ほう)ずるの水(みず)藏(ぞう)に安からず、内は室屋(しつおく)を毀(こぼ)ち、牆垣(しょうえん)を壊(やぶ)り、外は田野を傷(そこな)い、禾稼(かか)を残(そこな)う。故に君謹(つつし)んで泉金(せんきん)の謝(しゃ)を守らば、物且(まさ)に之が為に挙(あ)がらん。大夏(だいか)、帷蓋(いがい)衣幕(いまく)の奉(ほう)給(きゅう)せず、謹んで泉布(せんぷ)の謝を守らば、物且に之が為に挙がらん。大秋(たいしゅう)、甲兵(こうへい)繕(おさ)むるを求め、弓弩(きゅうど)弦(げん)を求む。謹んで絲麻(しま)の謝を守らば、物且に之が為に挙がらん。大冬(だいとう)、甲兵を任(まか)せば、糧食(りょうしょく)給せず、黄金の賞足らず。謹んで五穀黄金の謝を守らば、物且に之が為に挙がらん。已(すで)に其の謝を守らば、富商(ふしょう)蓄賈(ちくか)故(もと)の如く得ざらん。此れ之を国準(こくじゅん)と謂う。」
現代語訳
桓公が言いました。「市場の平衡(衡)についてはすでに聞きました。では、『国準(こくじゅん)』について伺います。」
管子は答えました。「春の初め(孟春)が近づくと、水路や溝は詰まって水が流れず、谷川から流れ込む水は貯水池に安定して貯まらず、屋内の家屋は損壊し、塀は壊れ、屋外の田畑は傷つき、作物も被害を受けます。ですから、君主は慎重に泉金(貨幣)の謝(減価、価値の低下)を守れば(防げば)、物価は自ずと高騰するでしょう。夏の盛り(大夏)には、幕や衣類、覆いなどの供給が不足します。慎重に泉布(貨幣)の謝を守れば、物価は自ずと高騰するでしょう。秋の大きな収穫期(大秋)には、武具の修理が必要となり、弓や弩(いしゆみ)の弦が求められます。慎重に絲麻(絹や麻)の謝を守れば、物価は自ずと高騰するでしょう。冬の最も寒い時期(大冬)には、武具を動かせば、食料が不足し、黄金の褒美も足りなくなります。慎重に五穀と黄金の謝を守れば、物価は自ずと高騰するでしょう。これらの『謝』(価値の低下)をすでに守ることができれば、裕福な商人や蓄財家は以前のように自由に(利益を得ることは)できないでしょう。これを『国準(こくじゅん)』と言うのです。」
7.龍馬に闘うを陽と謂う。牛山の陰。
書き下し文
龍(りゅう)馬に闘うを陽と謂う。牛山(ぎゅうざん)の陰(いん)。
管子、桓公に入り復(まう)して曰く、「天使い(てんし)使者(ししゃ)君の郊(こう)に臨(のぞ)まん。請う、大夫をして初めて左右に飭(ととの)え玄服(げんぷく)せしめん。天の使者ならん乎(か)。」
天下之を聞いて曰く、「神なるかな斉の桓公!天使い使者君の郊に臨む。」
兵を挙ぐるを待たずして朝(ちょう)する者八諸侯。此れ天威(てんい)に乗じて天下を動かすの道なり。故に智者は鬼神を役使し、而して愚者は之を信ず。
現代語訳
龍が馬と戦うことを「陽」という。牛山の陰(北側)。
管子が桓公に謁見して申し上げました。「天の使いが君主の郊外に降り立つでしょう。どうか、大夫たちに命じて、初めて左右の者たちに黒い服を整えさせましょう。それはまさに天の使いでしょう。」
天下の人々はこれを聞いて言いました。「斉の桓公は神がかっている!天の使いが君主の郊外に降り立ったのだから。」
こうして、兵を動かすまでもなく、八つの諸侯が朝貢してきました。これは、天の威光を利用して天下を動かす術です。ゆえに、賢者は鬼神を利用し、愚者はそれを信じるのです。
8.桓公終に神す。管子、桓公に入り復して曰く
書き下し文
桓公終(つい)に神(しん)す。管子、桓公に入り復(まう)して曰く、「地重(ちちょう)なれば、之を哉兆(さいちょう)に投ず。国に榷(かく)有り。風重(ふうちょう)なれば、之を哉兆に投ず。国に槍星(そうせい)有り、其の君必ず辱(はずかし)められん。国に彗星(すいせい)有れば、必ず流血有り。畜丘(ちくきゅう)の戦、彗(すい)の出ずる所、必ず天下の仇(かたき)に服す。今、彗星斉の分(ぶん)に見(あら)わる。請う、令を以て功臣世家(こうしんせいか)に朝(ちょう)し、号令して国中に曰く、『彗星出(い)でて、寡人恐るらくは天下の仇に服せん。請う、五穀菽粟布帛文采(ぶんさい)有る者、皆敢(あえ)て左右(さゆう)する勿(なか)れ。国且(まさ)に大事有らん。請う、平賈(へいか)を以て之を功臣の家より取らん。』人民百姓皆其の穀菽粟泉金(せんきん)を献じ、其の財物を帰し、以て君の大事を佐(たす)く。此れ天菑(てんさい)に乗じて民の隣財(りんざい)を求むるの道と謂うなり。」
現代語訳
桓公がとうとう(権力を)神がかり的に掌握しました。
管子が桓公に謁見して申し上げました。「大地が重くなる(地中に異変が起こる)ときには、それを卜兆に現します。国には榷(専売制)があります。風が重くなる(風に異変が起こる)ときには、それを卜兆に現します。国に槍星(彗星の一種で、不吉な兆候とされる)が現れると、その君主は必ず恥をかくでしょう。国に彗星が現れると、必ず流血の事態が起こります。畜丘(ちくきゅう)の戦いでは、彗星が現れたために、天下の敵に服従させられました。今、彗星が斉の領分に現れました。どうか命令を出して、功績のあった家柄の者たちを朝廷に招集し、国内に号令を出してこう言わせましょう。『彗星が現れたので、私は天下の敵に屈服させられるのではないかと恐れている。どうか、五穀、豆、粟、布帛(ふはく)、美しい織物を持っている者は、皆、勝手に動かしてはならない。国は今、重大な事態に直面している。どうか、公正な価格で功臣の家からそれら(物資)を買い取らせてほしい。』そうすれば、人民や百姓は皆、自らの穀物、豆、粟、貨幣を献上し、財物を国家に差し出し、君主の大事を助けるでしょう。これを『天災に乗じて民の蓄財を求める道』と言うのです。」
9.桓公曰く、「大夫多く其の財を并せて出さず
書き下し文
桓公曰く、「大夫多く其の財を并(あわ)せて出さず、五穀を腐朽(ふきゅう)せしめて散(さん)ぜず。」
管子対(こた)えて曰く、「請う、令を以て城陽大夫(じょうようたいふ)を召(め)して之を請(こ)わん。」
桓公曰く、「何ぞや?」
管子対えて曰く、「城陽大夫は、嬖寵(へいちょう)絺綌(ちけき)を被(き)て、鵝鶩(がぼく)余粖(よまつ)を含む。斉の鍾鼓(しょうこ)の声、笙箎(しょうち)を吹く。同姓(どうせい)入らず、伯叔父母(はくしゅくふぼ)、遠近兄弟(えんきんけいてい)、皆寒(さむ)くして衣を得ず、飢(う)えて食を得ず。」
「子、寡人に尽忠(じんちゅう)せんことを欲して能うか。故に子復(ま)た寡人に見(まみ)うる勿(なか)れ」;其の位を滅し、其の門を杜(とざ)して出さず;功臣の家、皆争いて其の積蔵(せきぞう)を発し、其の資財(しざい)を出し、以て其の遠近の兄弟に予(あた)え、以て未だ足らざるを為(な)し、又国中の貧病(ひんびょう)孤独(こどく)老いて自ら食すること能わざるの萌(もろもろ)を収めて皆与(とも)に得せしむ。故に桓公は仁を推(お)し義を立て、功臣の家は、兄弟相戚(あいなれ)、骨肉相親しみ、国に飢民(きみん)無し。此れ之を繆数(びゅうすう)と謂(い)うなり。
現代語訳
桓公が言いました。「大夫たちは多くが財産を囲い込んで外に出さず、五穀を腐らせていても分け与えようとしません。」
管子は答えました。「どうか、命令を出して城陽大夫(城陽の地位にある大夫)を召喚し、彼にその理由を尋ねましょう。」
桓公が言いました。「どういうことですかな?」
管子は答えました。「城陽大夫は、寵愛を受けて高価な夏の衣をまとい、飼っているガチョウやアヒルでさえ余剰の穀物を食べています。斉の鐘や太鼓の音が鳴り響き、笙(しょう)や箎(ち、笛)が奏でられています。しかし、彼の親戚(同姓)は彼のもとを訪れることができず、叔父や叔母、遠く離れた兄弟も皆、寒さに震えて衣類を得られず、飢えて食料を得られません。」
「あなたは私に忠義を尽くしたいと願っているのですか?もしそうなら、二度と私の前に姿を現さないでください」と、桓公は城陽大夫に言い放ちました。桓公は彼の位を剥奪し、彼の門を閉じさせて外に出させませんでした。すると、他の功績のあった家柄の者たちは皆、争って自分たちの蓄えを開放し、財産を出し、遠く離れた兄弟たちに分け与えました。それでも足りないと感じ、さらに国内の貧しい者、病気の者、孤独な者、老いて自分で食事ができない民衆を皆集めて、分け与えました。そのため、桓公は仁政を推し進め、義を確立し、功臣の家は、兄弟が互いに助け合い、肉親が親しくし、国には飢える民がいなくなりました。これを『繆数(びゅうすう)』と言うのです。
10.桓公曰く、「崢丘の戦、民多く称貸し
書き下し文
桓公曰く、「崢丘(そうきゅう)の戦、民多く称貸(しょうたい)し、子息(しそく)を負いて、以て上の急に給し、上の求を度(はか)る。寡人、業産を復(ふく)せんことを欲す。此れ何ぞ以て洽(あまね)くせん?」
管子対(こた)えて曰く、「惟(ただ)繆数(びゅうすう)を為す可きのみ。」
桓公曰く、「諾(だく)。」
左右の州に令して曰く、「称貸の家を表(あらわ)し、皆其の門を堊白(あくはく)し、其の閭(りょ)を高からしめよ。」
州通之師(しゅうつうしし)折箓(せつろく)を執りて曰く、「君且(まさ)に使い(つかい)を遣わさんとす。」
桓公八使者をして璧(へき)を式(も)ちて之を聘(へい)せしめ、以て塩菜(えんさい)の用に給せしむ。称貸の家皆首を斉(ととの)え稽顙(けいそう)して問うて曰く、「何ぞ以て此(こ)を得たるや。」
使者曰く、「君令して曰く、『寡人詩に聞く、愷悌(がいてい)たる君子、民の父母なり。』寡人崢丘の戦有り。吾聞く、子、吾が貧萌(ひんもう)を假貸(かたい)し、以て寡人の急に給し、寡人の求を度る有り。吾が萌をして春に以て耜(し)を倳(さ)し、夏に以て芸(うん)を決して上事(じょうじ)に給せしむるは、子の力なり。是を以て璧を式ちて子を聘し、以て塩菜の用に給せしむ。故に子民の父母の中なり。」
貸称の家皆其の券(けん)を折りて其の書(しょ)を削る。其の積蔵(せきぞう)を発し、其の財物を出し、以て貧病を賑(ととの)え、其の故貲(こし)を分(わか)つ。故に国中大いに給し、崢丘の謀(はかりごと)なり。此れ之を繆数(びゅうすう)と謂う。
現代語訳
桓公が言いました。「崢丘(そうきゅう)の戦いの際、多くの民が借金をし、利子を負いながら、国家の緊急事態に協力し、国家の要求に応えました。私は彼らの生業と財産を回復させたいのですが、どのようにすれば彼らを公平に救済できるでしょうか?」
管子は答えました。「ただ、『繆数(びゅうすう)』を用いるしかありません。」
桓公は言いました。「よろしい。」
そこで左右の州長に命じて言いました。「借金をしている家(貸金業者)を特定し、その門を全て白く塗り、門柱を高くせよ。」
州の役人が簿(借金台帳)を持って言いました。「君主が間もなく使者を派遣されるでしょう。」
桓公は八人の使者を派遣し、玉璧(ぎょくへき)を携えさせて、貸金業者たちを訪問させ、塩や野菜代として金品を与えました。貸金業者たちは皆、頭を揃え、額を地につけて尋ねました。「どうしてこのような(恩恵を)受けられるのでしょうか?」
使者たちは答えました。「君主が命令して言われました。『私は詩経に「心穏やかな君子は、民の父母である」と聞いている。私は崢丘の戦いを経験し、あなた方が我が貧しい民衆に金を貸し付け、私の緊急事態に協力し、私の要求に応えてくれたと聞いている。我が民衆が春には鍬(くわ)を使い、夏には草むしりをして国家の仕事に協力できるようにしたのは、あなた方の力である。だからこそ、璧を携えてあなた方を訪ね、塩や野菜代を支給しているのだ。ゆえに、あなた方は民の父母のような存在である。』」
貸金業者たちは皆、自分たちの借用書を折り、証文を削り捨てました。そして、自分たちの蓄えを開放し、財産を出し、貧しい者や病気の者を救済し、かつての資産を分け与えました。そのため、国中が大いに救済され、これが崢丘の戦いにおける計略となりました。これを『繆数(びゅうすう)』と言うのです。
11.桓公曰く、「四郊の民貧しく、商賈の民富む。
書き下し文
桓公曰く、「四郊の民貧しく、商賈(しょうこ)の民富む。寡人、商賈の民を殺して以て四郊の民を益(ま)さんことを欲す。之が為に奈何(いかん)?」
管子対(こた)えて曰く、「請う、令を以て瓁洛(かぶらく)の水を決し、之を杭荘(こうそう)の閒(かん)に通(つう)ぜしめん。」
桓公曰く、「諾(だく)。」
令を行うこと未だ一歳ならずして、四郊の民殷然(いんぜん)として益々富み、商賈の民廓然(かくぜん)として益々貧し。桓公、管子を召して問うて曰く、「此れ其の故(ゆえ)何ぞや?」
管子対えて曰く、「瓁洛の水を決し、之を杭荘の閒に通ぜしむれば、則ち屠酤(とこ)の汁(しる)肥(こ)えて流水(りゅうすい)とならん。則ち蟁虻(ぶんぼう)、巨雄(きょゆう)、蓑燕(さえん)、小鳥、皆之に帰(き)せん。宜しく昏(くれ)に飲(いん)じ、此れ水上の楽(たのしみ)なり。賈人(こじん)物を蓄(たくわ)えて売りて讎(あだ)と為(な)し、買いて取ると為す。市未だ央(なかば)畢(おわ)らずして、其の守列を委(す)てて舎(やど)り、蟁蛇(ぶんじゃ)巨雄(きょゆう)を投(なげ)うつ。新に冠(かん)を戴く者五尺、請う、弾(はじ)き挟(はさ)み丸(がん)を懐(いだ)きて水上を遊び、蓑燕(さえん)小鳥を弾き、暮に被(おほ)われん。故に賤(いや)しく売って貴(たか)く買う。四郊の民賤(いや)しく売って、何為(なんす)れぞ富まざらんや?商賈の之人(ひと)何為れぞ貧しからんや?」
桓公曰く、「善し。」
現代語訳
桓公が言いました。「城外の民衆は貧しく、商人たちは裕福です。私は商人たちの利益を抑えて、城外の民衆を豊かにしたいのですが、どのようにすればよいでしょうか?」
管子は答えました。「どうか、命令を出して、瓁洛(かぶらく)の水を堰き止め、それを杭荘(こうそう)の間に通じるようにしましょう。」
桓公は言いました。「よろしい。」
命令を実行してまだ一年も経たないうちに、城外の民衆は確かにますます豊かになり、商人たちはがらんとしてますます貧しくなりました。桓公は管子を呼び出して尋ねました。「これはどういうわけですか?」
管子は答えました。「瓁洛の水を堰き止め、それを杭荘の間に通じるようにすれば、屠殺業や酒造業の廃液(汁)が流れ出て肥沃な水となり、蚊、虻、大きな蜂、ツバメ、小鳥などが皆そこに集まってくるでしょう。夕方には酒を飲み、これが水辺の楽しみとなります。商人は物を蓄えて売ると損をし、買うと得をします。市はまだ半ばも終わらないうちに、商人たちは自分の店を放棄して宿に帰り、蚊や蛇、大きな蜂を放り出します(あるいは、蚊や蛇、大きな蜂に悩まされます)。新しく冠(大人になった証)を戴いた者(若者)は五尺(の高さに達し)、弾弓を携えて水辺で遊び、ツバメや小鳥を撃ち、夕暮れに覆われます。そのため、商人は安く売り、民は高く買います(あるいは、商人は安く買い叩かれ、民は高く売れる)。城外の民衆は安く売る(商品を買い叩かれる)のに、どうして富まないでしょうか?商人たちはどうして貧しくならないでしょうか?」
桓公は言いました。「素晴らしい。」
12.桓公曰く、「五衢の民、衰然として多く衣弊して屨穿す
書き下し文
桓公曰く、「五衢(ごく)の民、衰然(すいぜん)として多く衣弊(いへい)して屨穿(くせん)す。寡人、帛布(はくふ)絲纊(しこう)の賈(あたい)を賤(いや)しからしめんことを欲す。之が為に道有るか?」
管子曰く、「請う、令を以て途旁(とぼう)の樹枝(じゅし)を沐(あら)い、尺寸(せきすん)の陰(かげ)無からしめん。」
桓公曰く、「諾(だく)。」
令を行うこと未だ一歳ならずして、五衢の民皆多く衣帛(いはく)完屨(かんく)す;桓公、管子を召して問うて曰く、「此れ其の何故(ゆえ)ぞや?」
管子対(こた)えて曰く、「途旁の樹、未だ沐(あら)わざる時、五衢の民、男女相好し、往来の市者(ししゃ)、罷市(ひし)し、樹下(じゅか)に相睹(あいみ)て、談語終日帰らず。男女壮に当(あた)り、輦(れん)を扶(たす)け輿(よ)を推(お)し、樹下に相睹て、戲笑(きしょう)超距(ちょうきょ)し、終日帰らず。父兄(ふけい)樹下に相睹て、論議玄語(げんご)し、終日帰らず。是を以て田は発(ひら)かず、五穀は播(ま)かず、麻桑(まそう)は種(う)えず、璽縷(しる)は治(おさ)めず、内厳(ないげん)一家にして三(みっつ)帰らず。則ち帛布絲纊の賈安(いずく)んぞ貴(たか)からざるを得ん?」
桓公曰く、「善し。」
現代語訳
桓公が言いました。「五つの街道沿いに住む民衆は、みすぼらしく、多くの者が破れた服を着て、靴は擦り切れています。私は絹や麻、綿の値段を安くしたいのですが、何か良い方法はありませんか?」
管子は答えました。「どうか、命令を出して、道沿いの木の枝を剪定し、一寸たりとも影がないようにさせましょう。」
桓公は言いました。「よろしい。」
命令を実行してまだ一年も経たないうちに、五つの街道沿いの民衆は皆、多くの者が絹の服を着て、立派な靴を履くようになりました。桓公は管子を呼び出して尋ねました。「これはどういうわけですか?」
管子は答えました。「道沿いの木々が剪定される前は、五つの街道沿いの民衆は、男女が互いに好意を抱き、市場へ行く者も市場を休んで、木陰で出会っては一日中話をして家に帰りませんでした。壮年の男女は、車を引いたり輿を押したりする仕事もせず、木陰で出会ってはふざけ合ったり飛び跳ねたりして、一日中家に帰りませんでした。父親や兄たちは、木陰で出会っては高尚な議論を交わし、一日中家に帰りませんでした。そのため、田畑は開墾されず、五穀は蒔かれず、麻や桑は植えられず、絹糸も紡がれませんでした。家の中は厳しく(仕事の)管理をしても、一日中三人も(外で)帰ってこなければ、絹や麻、綿の値段がどうして安くならないことがあったでしょうか(高くなるのは当然ではないか)?」
桓公は言いました。「素晴らしい。」
13.桓公曰く、「糶賤しく、
書き下し文
桓公曰く、「糶(ちょう)賤(いや)しく、寡人、五穀の諸侯に帰せんことを恐る。寡人、百姓万民の為に之を藏(ぞう)せんことを欲す。此の為に道有るか?」
管子曰く、「今者(いま)、夷吾(いご)市を過ぐ。新たに囷京(きんけい)を成(な)せる者二家有り。君請う、璧(へき)を式(も)ちて之を聘(へい)せん。」
桓公曰く、「諾(だく)。」
令を行うこと半歳、万民之を聞き、其の作業を舎(す)てて、囷京を為(つく)りて菽粟(しゅくぞく)五穀を藏する者、過半(かはん)に及ぶ。桓公、管子に問うて曰く、「此れ其の何故(ゆえ)ぞや?」
管子曰く、「囷京を成せる者二家、君璧を式ちて之を聘す。各々国中に顕(あらわ)れ、国中聞かざる莫(な)し。是れ民、上は則ち功顕(こうけん)にして百姓に名を得、功立ちて名成(な)り、下は則ち其の囷京を実(み)たし、上は上(かみ)の為に君を為(な)し、一挙にして名実俱(とも)に在り。民何為(なんす)るや。」
現代語訳
桓公が言いました。「穀物の価格が安く、私は五穀が諸侯(他国)に流れてしまうことを恐れています。私は百姓万民のためにそれを貯蔵したいのですが、何か良い方法はありますか?」
管子は答えました。「先日、私(夷吾、管子の名)が市場を通りかかったところ、新たに大きな穀物倉(囷京)を建てた者が二軒ありました。どうか、君主は玉璧(ぎょくへき)を携えさせて彼らを訪問し、丁重に招き入れましょう。」
桓公は言いました。「よろしい。」
命令を実行して半年も経たないうちに、万民がこれを聞き、自分の仕事を放り出して、豆や粟、五穀を貯蔵するための大きな穀物倉を建てる者が半数を超えました。桓公は管子に尋ねました。「これはどういうわけですか?」
管子は答えました。「新たに大きな穀物倉を建てた二軒に対し、君主が玉璧を携えて丁重に訪問されました。そのことがそれぞれ国中に知れ渡り、国中でその話を聞かない者はいませんでした。これは、民衆が、上は功績が顕著であるとして百姓に名を挙げ、功績を立てて名声を成し遂げ、下は自分の穀物倉を充実させ、さらに上(君主)のために尽力したとして、一度の行動で名声と実益の両方を得られるようになったからです。民衆が(これを真似しない)理由があるでしょうか。」
14.桓公、管子に問うて曰く、「請問う、王数の守る終始
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「請問う、王数(おうすう)の守(まも)る終始、聞くことを得べきか?」
管子曰く、「正月之朝(ちょう)、穀の始めなり。日至(にっし)百日、黍秫(しょじゅつ)の始めなり。九月歛実平(れんじつへい)にして、麦の始めなり。」
現代語訳
桓公が管子に尋ねました。「王が国家を治める法則(王数)の、始まりと終わりを守ることについて伺ってもよろしいでしょうか?」
管子は答えました。「正月の朝は、穀物を植え始める時です。(冬至から)百日経つと、黍(きび)や糯黍(もちきび)を植え始める時です。九月になり、作物の収穫が平穏に終わると、麦を植え始める時です。」
15.管子、桓公に問うて曰く、「敢えて問う、
書き下し文
管子、桓公に問うて曰く、「敢えて問う、斉は幾何里に方(あ)たるか?」
桓公曰く、「方五百里。」
管子曰く、「陰雍長城(いんようちょうじょう)の地は、其れ斉国に於いて三分の一、穀(こく)の生ずる所にあらず。𣴿龍(たつのと)夏(か)、其れ斉国に於いて四分の一、朝夕の外(ほか)なり。墆(ち)する所の斉地は五分の一、穀の生ずる所にあらず。然らば則ち吾は食を託(たく)するの主(しゅ)に非(あら)ざるか?」
桓公遽然(きょぜん)として起(た)ちて曰く、「然らば則ち之を奈何(いかん)せん?」
管子対(こた)えて曰く、「之を言を以て動かし、之を辞を以て潰(くず)す。以て国の基(き)と為す可し。且(また)君、幣(へい)を籍(せき)して務(つと)むれば、則ち賈人(こじん)独り国の趣(おもむき)を操(と)る。君、穀(こく)を籍して務むれば、則ち農人独り国の固(かた)きを操る。君、言を動かし辞を操り、左右の流れ、君独り之に因(よ)らば、物の始(はじめ)、吾既に之を見たり。物の終(おわり)、吾既に之を見たり。物の賈(あたい)、吾既に之を見たり。」
現代語訳
管子が桓公に尋ねました。「恐れながらお尋ねしますが、斉の国は四方何里にわたりますか?」
桓公は言いました。「四方五百里です。」
管子は言いました。「陰雍(いんよう)にある長城の周辺の土地は、斉の国土の三分の一に当たりますが、そこは穀物が育つ土地ではありません。𣴿龍(たつのと)や夏(か)の土地は、斉の国土の四分の一に当たりますが、朝晩に外(国外)に出なければなりません。斉の土地として耕作できる場所の五分の一は、穀物が育つ土地ではありません。そうだとすれば、私たちは(他国からの輸入に)食料を頼る君主ではないでしょうか?」
桓公は急に立ち上がって言いました。「それでは、どうすればよいのでしょうか?」
管子は答えました。「言葉(言論)で人々を動かし、弁舌で状況を打開する。これによって国家の基盤を築くことができます。それに、もし君主が貨幣に頼って政務を行えば、商人だけが国家の経済を牛耳るでしょう。もし君主が穀物に頼って政務を行えば、農民だけが国家の安定を牛耳るでしょう。君主が言葉を発し、弁舌を操り、あらゆる状況の推移に、君主だけがそれに対応できれば、物事の始まり、私はすでにそれを見てきました。物事の終わり、私はすでにそれを見てきました。物事の価値(価格)、私はすでにそれを見てきました。」
16.管子曰く、「長城の陽は、魯なり
書き下し文
管子曰く、「長城の陽(よう)は、魯(ろ)なり。長城の陰(いん)は、斉なり。三敗し、君二重臣を殺し、社稷(しゃしょく)を定むるは吾なり。此れ皆孤突(ことつ)の地に以て封ぜられし者なり。故に山地は山なり。水地は沢(たく)なり。薪芻(しんすう)の生ずる所は斥(せき)なり。」
公曰く、「食を託(たく)するの主(しゅ)、吾が地に及ぶに、亦道有るか?」
管子対(こた)えて曰く、「其の三原(さんげん)を守れ。」
公曰く、「何を三原と謂うか?」
管子対えて曰く、「君布(ふ)を守らば、則ち麻(ま)に籍(せき)し、十倍其の賈(あたい)。布五十倍其の賈。此れ数なり。君織を以て籍して系(けい)に籍するに、未だ系籍(けいせき)と為さず。系、織を撫(ぶ)して再び十倍其の賈。此くの如くならば則ち云う、五穀の籍。是の故に布に籍すれば則ち之を系に撫し、穀に籍すれば則ち之を山に撫し、六畜(りくちく)に籍すれば則ち之を術(じゅつ)に撫し、物の終始に籍して善く言を以て御(ぎょ)す。」
公曰く、「善し。」
現代語訳
管子が言いました。「長城の陽(南側)は魯(ろ)の国です。長城の陰(北側)は斉の国です。三度の敗戦があり、二人の君主と重臣が殺されましたが、社稷(国家)を安定させたのは私です。これらは皆、隔絶した地で封じられた者たち(魯や斉のような国)です。ですから、山地は山として、水地は沢として(利用価値が低い)。薪や飼料が育つ場所は塩分を含んだ不毛の地です。」
桓公が言いました。「食料を他国に頼る君主が、自国の土地を最大限に活かす方法はあるでしょうか?」
管子は答えました。「その三つの『原(げん、基本原則)』を守りなさい。」
桓公が言いました。「何を三つの原と言うのですか?」
管子は答えました。「君主が布の(価格)を守るなら、麻に課税し、その価格を十倍にし、布の価格を五十倍にしましょう。これが一つの法則です。君主が織物によって課税し、それを糸に課税すると言っても、まだ糸への課税とはなりません。糸が織物を支え、再びその価格が十倍になります。このようにすれば、五穀への課税も同様に言うことができます。だから、布に課税するなら糸を支え、穀物に課税するなら山を支え(山地からの収益を重視し)、六畜(家畜)に課税するならその生産技術を支え、物資の始まりから終わりまでを把握し、言葉を巧みに用いて管理することです。」
桓公は言いました。「素晴らしい。」
17.管子曰く、「国を以て一に籍する臣、右は布万両を守り
書き下し文
管子曰く、「国を以て一に籍する臣、右は布万両を守り、而して右麻は四十倍其の賈(あたい)、術布(じゅつふ)は五十倍其の賈。公は重布(ちょうふ)を以て諸侯の賈(あたい)を決す。此くの如くにして二十斉の故有れば、是の故に軽く賈穀(かこく)制畜(せいちく)を軼(すぐ)るる者は、則ち物、四時の輔(ほ)に軼る。国を善く為(な)す者、其の国の財を守り、之を湯(とう)するに高下を以てし、之を注(そそ)ぐに徐疾(じょしつ)を以てし、一を以て百と為す可し。未だ嘗(かつ)て民に籍求(せききゅう)せず、而して使用河海の若(ごと)し。終(おわ)れば則ち始(はじ)め有り。此れ物を守りて天下を御(ぎょ)すと謂うなり。」
公曰く、「然らば則ち無きを以て有りと為す可きか?貧しきを以て富と為す可きか?」
管子対(こた)えて曰く、「物の生じて未だ刑(かたち)有らず、而して王覇(おうは)其の功を立つ。是の故に人を以て人を求めれば、則ち人重し。数を以て物を求めれば、則ち物重し。」
公曰く、「若(も)し此の言は何を謂うや?」
管子対(こた)えて曰く、「国を挙げて一なれば、則ち貲(し)無し。国を挙げて十なれば、則ち百有り。然らば則ち吾は徐疾を以て之を御さん。左の右に授くるが若く、右の左に授くるが若し。是を以て外内(がいがい)踡(ちぢ)まず、終身咎(とが)無し。王覇の人に求めず、而して終始に之を求め、四時の高下、令の徐疾のみ。源泉竭(つき)る有り、鬼神歇(や)む有り。物の終始を守らば、身竭(つき)ず。此れ源究(げんきゅう)と謂う。」
現代語訳
管子が言いました。「国家を統一して課税する際に、例えば右大臣が布を万両管理し、その布の原料となる麻の価格を四十倍に、麻から作られる高級布の価格を五十倍にする。君主はこうした高価な布を基準として諸侯間の交易価格を決定する。このようにして斉が以前に示したような二十倍もの利益を得ることができれば、穀物や家畜の価格を軽々と上回るほどに、物資は四季の補助(供給)を上回るでしょう。(つまり、経済は飛躍的に発展するでしょう)。国をうまく治める者は、その国の財産を守り、それを高低(市場の需要と供給)で操り、変動(徐疾)で流動させれば、一つを百とすることができます。(その結果、)いまだかつて民衆から徴税を求めることなくして、まるで黄河や大海のように(財物が)尽きることなく用いられます。終わりがあれば必ず始まりがあります。これを『物を守りて天下を御する』と言うのです。」
桓公が言いました。「それでは、何もないところから有を生み出すことができますか?貧しい状態から富を築くことができますか?」
管子は答えました。「物が生み出される時にはまだ形はありませんが、王や覇者はその段階で功績を立てます。ですから、人を使って人を求めれば、人は重んじられます。数を計って物を求めれば、物は重んじられます。」
桓公が言いました。「この言葉はどういう意味ですか?」
管子は答えました。「国を統一して一つにまとまれば、財産はないでしょう。(しかし、国家を細かく区分して)国を十に分ければ、百の利益があるでしょう。そうであれば、私は『徐疾(じょしつ、物価の変動)』によってそれを管理しましょう。まるで左手が右手に与え、右手が左手に与えるように。これによって国内も国外も萎縮することなく、一生涯咎められることはないでしょう。王や覇者は他人から(利益を)求めるのではなく、物事の始まりと終わり、四季の(物価の)高低、そして命令による物価の変動(徐疾)からそれを求めるだけです。源泉には尽きることがあり、鬼神(神秘的な力)には限界があります。物事の始まりと終わりを守れば、身(国家)は尽きることがないでしょう。これを『源究(げんきゅう)』と言うのです。」
第84編 軽重戊
1.桓公、管子に問いて曰く、「軽重安んぞ施さん?」
書き下し文
桓公、管子に問いて曰く、「軽重安んぞ施さん?」管子対えて曰く、「理国の虙戲より以来、未だ軽重を以て能く其の王者を成せる者有らざるなり。」公曰く、「何を謂う?」管子対えて曰く、「虙戲は六峜を作造し、以て陰陽を迎え、九九の数を作し、以て天道に合し、而して天下之に化す。神農は五穀を淇山の陽に樹え、九州の民、乃ち穀食を知り、而して天下之に化す。黄帝は鑽鐩を作し火を生じ、以て葷臊を熟し、民之を食して茲𦝩の病無きに、而して天下之に化す。黄帝の王たる、童山竭沢。有虞の王たる、曾藪を焼き、群害を斬り、以て民利と為し、土を封じて社と為し、木を置いて閭と為し、民始めて礼を知るなり。是の時に当たりて、民慍悪して服せざる無く、而して天下之に化す。夏人の王たる、外に二十虻を鑿ち、十七湛を韘し、三江を疏し、五湖を鑿ち、四涇の水を道き、以て九州の高きを商し、以て九藪を治め、民乃ち城郭門閭室屋の築を知り、而して天下之に化す。殷人の王たる、皁牢を立て、牛馬を服し、以て民利と為し、而して天下之に化す。周人の王たる、六𢚏に循い、陰陽に合し、而して天下之に化す。」公曰く、「然らば当世の王者は何を行いて可ならん?」管子対えて曰く、「并せ用いて俱に尽くす毋かれ。」公曰く、「何を謂う?」管子対えて曰く、「帝王の道備われり、加うべからず、公其れ義を行わんのみ。」公曰く、「其の義を行わんこと奈何?」管子対えて曰く、「天子幼弱にして、諸侯亢強なれば、聘享上らず、公其れ強を弱め絶を継ぎ、諸侯を率いて周室の祀を起すべし。」公曰く、「善し。」
現代語訳
桓公が管子に尋ねた、「軽重の術はどのように施すべきでしょうか?」管子が答えた、「国を治めた虙戲(伏羲)以来、軽重の術を用いずに王業を成し遂げた者はいません。」桓公が言った、「それはどういう意味ですか?」管子が答えた、「虙戲は六峜(ろくか:天地自然の法則)を作り、陰陽の道理を迎え、九九の術(暦法や計算)を編み出し、天の道に合致させました。それによって天下は彼に感化されました。神農は淇山の南で五穀を植え、九州の民は穀物を食べることを知り、天下は彼に感化されました。黄帝は鑽鐩(火きり道具)を作って火を起こし、生肉や臭いものを料理して食べられるようにし、民はこれにより病にかかることがなくなり、天下は彼に感化されました。黄帝が天下を治めたとき、禿げ山を開発し、沼沢地を干拓しました。有虞(舜)が天下を治めたとき、草深い荒れ地を焼き払い、民に害をなすものを排除し、民の利益としました。土を封じて社(土地の神を祀る場所)とし、木を立てて閭(村の門)とし、民は初めて礼を知りました。この時代には、民で不平不満を抱いて従わない者はなく、天下は彼に感化されました。夏が天下を治めたとき、外に二十の大きな溝を掘り、十七の深い池を作り、三江を疏通させ、五湖を掘り、四つの大きな川の水を導き、九州の土地の高さを測量し、九つの沼沢地を治めました。民は城郭、門、里、家屋の建築を知り、天下は彼に感化されました。殷が天下を治めたとき、家畜を飼育し、牛馬を役畜として用い、民の利益とし、天下は彼に感化されました。周が天下を治めたとき、六𢚏(りくしょう:天地の運行や季節の変化)に従い、陰陽に合致させ、天下は彼に感化されました。」桓公が言った、「それでは、現代の王者は何をすればよいのでしょうか?」管子が答えた、「(古の聖王の道を)併用し、いずれか一方に偏って尽くしてしまうことがないようにすべきです。」桓公が言った、「どういう意味ですか?」管子が答えた、「帝王の道はすでに完璧に備わっています。これ以上加えるべきものはありません。公はただ義を行えばよいのです。」桓公が言った、「その義を行うとはどういうことですか?」管子が答えた、「天子が幼く弱く、諸侯が強大で、貢ぎ物を献上してこないのであれば、公は強者を弱め、断絶したものを復興させ、諸侯を率いて周室の祭祀を復興させるべきです。」桓公は「よろしい」と言った。
2.桓公曰く、「魯梁の斉に於けるや、千穀なり
書き下し文
桓公曰く、「魯梁の斉に於けるや、千穀なり、蜂螫なり、歯の脣有るがごとし。今吾魯梁を下さんと欲す、何を行いて可ならん?」管子対えて曰く、「魯梁の民俗綈を為すに、公綈を服し、左右をして之を服せしめ、民従いて之を服せば、公因りて斉をして敢えて為す毋からしめ、必ず魯梁に仰がしめよ。則ち魯梁其の農事を釈きて綈を作らん。」桓公曰く、「諾。」即ち泰山の陽に服を為すに、十日にして之を服す。管子、魯梁の賈人に告げて曰く、「子我に為に綈千匹を致せば、子に金三百斤を賜う。什至れば金三千斤なり。則ち魯梁民に賦せずして財用足るべし。」魯梁の君之を聞き、則ち其の民をして綈を為さしめ、十三月にして管子、人をして魯梁に至らしむるに、魯梁郭中の民、道路揚塵し、十灸相見えず、絏繑して踵相随い、車轂齺騎し、連伍して行く。管子曰く、「魯梁下るべし。」公曰く、「奈何?」管子対えて曰く、「公宜しく帛を服し、民を率いて綈を去り関を閉じ、魯梁と通使する毋かれ。」公曰く、「諾。」後十月、管子、人をして魯梁に至らしむるに、魯梁の民、餓餒相及し、応声の正、以て上に給する無し。魯梁の君、即ち其の民をして綈を去り農穀を修めしむるも、三月を以て得べからず、魯梁の人、糴十百、斉糶十銭。二十四月にして、魯梁の民斉に帰する者十分の六、三年、魯梁の君請服す。
現代語訳
桓公が言った、「魯と梁は斉にとって、多くの穀物を産出し、蜂の毒のように害を与え、歯と唇のような密接な関係にある存在です。今、私は魯と梁を降伏させたいのですが、どのようにすればよいでしょうか?」管子が答えた、「魯と梁の民は習慣的に綈(てい:粗い絹織物)を作っています。公は綈を着用し、側近にもそれを着させ、民がそれに倣って着用するようになれば、公は斉の者に綈を作ることを禁じ、必ず魯と梁から綈を輸入するように命じなさい。そうすれば魯と梁は農業を放棄して綈の製造に専念するでしょう。」桓公は「わかった」と言った。すぐに泰山の南で綈の服を作り始め、十日で完成して着用した。管子は魯と梁の商人に告げた、「もしあなたが私のために綈を千匹持ってくれば、あなたに金三百斤を与えましょう。十回繰り返せば金三千斤になります。そうすれば魯と梁は民から税を徴収しなくても財源が足りるようになるでしょう。」魯と梁の君主はこれを聞き、すぐにその民に綈を製造させた。十三ヶ月後、管子は人を魯と梁に行かせると、魯と梁の城内の民は、道で砂塵を巻き上げ、十歩先も見えないほどであった。人々は縄で結び合うように、かかとを継いで連なり、車の車輪はぶつかり合い、騎兵は連なって進んでいた(皆が綈の生産に集中し、経済活動が活発な様子)。管子は言った、「魯と梁は降伏させられるでしょう。」桓公が言った、「どのようにすればよいのですか?」管子が答えた、「公は今度は帛(はく:上質な絹織物)を着用し、民を率いて綈を捨てるようにし、関所を閉じて魯と梁との交易を断ち切りなさい。」桓公は「わかった」と言った。その十ヶ月後、管子は人を魯と梁に行かせると、魯と梁の民は餓え苦しんでおり、民の声に応じるための財源(税収)もなく、国庫は空であった。魯と梁の君主はすぐにその民に綈の生産をやめさせて農耕をさせるように命じたが、三ヶ月ではどうすることもできなかった。魯と梁では米の値段が百倍に跳ね上がり、斉では十銭で売られていた。二十四ヶ月後には、魯と梁の民の十分の六が斉に帰属し、三年後には魯と梁の君主が降伏を申し出た。
3.桓公、管子に問いて曰く、「民飢えて食無く、寒うして衣無く
書き下し文
桓公、管子に問いて曰く、「民飢えて食無く、寒うして衣無く、応声の正、以て上に給する無し、室屋漏れて居らず、牆垣壊れて築かず、之を為す奈何?」管子対えて曰く、「沐涂樹の枝なり。」桓公曰く、「諾。」令して左右の伯に謂いて沐涂樹の枝を沐せしめ、左右の伯沐涂樹の枝を受く。其の年を闊(とお)して、民白布を被り、清中にして外瘺れ、応声の正、以て上に給する有り、室屋漏れる者居るを得、牆垣壊れる者築くを得。公管子を召して問いて曰く、「此れ何の故ぞや?」管子対えて曰く、「斉は夷萊の国なり、一樹にして百乗其の下に息う者、其の𡌔せざるを以てなり。衆鳥其の上に居り、刃壮なる者胡丸を操り弾を以て其の下に居り、終日帰らず。父老枝を拊して論じ、終日帰らず。市に帰る者も亦惰倪し、終日帰らず。今吾沐涂樹の枝を沐すれば、日中尺寸の陰無く、出入する者長時、行く者疾走し、父老帰りて治生し、刃壮なる者帰りて業を薄し、彼の臣其の三不帰に帰す、此を以て郷不資なり。」
現代語訳
桓公が管子に尋ねた、「民は飢えて食べるものがなく、寒くて着るものがなく、国庫には税収がなく、家屋は雨漏りして住めず、塀は壊れても建て直さない有様です。これをどうすればよいでしょうか?」管子が答えた、「沐涂樹(ぼくとじゅ)の枝を刈り取るのです。」桓公は「わかった」と言った。命じて側近の者たちに沐涂樹の枝を刈り取らせた。側近たちは沐涂樹の枝を受け取った(=枝を刈り取らせた)。その年が過ぎる頃には、民は白い布を身につけ(豊かな証拠)、家の中は清潔で、外の破損は修復され、国庫には税収が十分に入り、雨漏りのする家屋にも住人が戻り、壊れた塀も建て直された。桓公は管子を呼び出して尋ねた、「これはどういうわけですか?」管子が答えた、「斉の国は夷萊(いらい)の国(山が多く、日陰の多い国)です。一本の木の下に百台もの車が休息するような場所は、その木陰が快適であるからに他なりません。たくさんの鳥がその木の上に住み、若者たちは弓や石を手にその木の下にいて、一日中家に帰りません。年老いた者たちは枝にもたれて談笑し、一日中家に帰りません。市場から帰る者もまた、そこに立ち寄ってのんびりし、一日中家に帰りません。今、私が沐涂樹の枝を刈り取らせたので、日中はわずかな日陰もなくなり、出入りする者は長居せず、行き来する者は急ぎ足になり、年老いた者たちは家に帰って生業を営み、若者たちは家に帰って本業に励むようになりました。あの『三不帰(さんふき:木陰で遊んで家に帰らない三種類の者)』が家に帰ったことで、村には活気がなくなり、代わりに生産活動が盛んになったのです。」
4.桓公、管子に問うて曰く、「萊莒と柴田と相并ぶ
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「萊莒と柴田と相并ぶ、之を為す奈何?」管子対えて曰く、「萊莒の山柴を生ず、君其れ白徒の卒を率い、荘山の金を鋳て以て幣と為し、萊莒の柴賈を重くせよ。」萊莒の君之を聞き、左右に告げて曰く、「金幣は人の重んずる所なり。柴は吾が国の奇出なり。吾が国の奇出を以て、斉の重宝を尽くさば、則ち斉は并すべし。」萊莒即ち其の耕農を釈きて柴を治め、管子即ち隰朋をして農を反さしむ。二年、桓公柴を止む、萊莒の糴三百七十、斉の糶十銭、萊莒の民斉に降る者十分の七、二十八月、萊莒の君請服す。
現代語訳
桓公が管子に尋ねた、「萊(らい)と莒(きょ)の国は、柴(薪)の産地である田と隣接しており(※柴は萊莒の特産品)、斉の国と国境を接しています。これをどうすればよいでしょうか?」管子が答えた、「萊と莒の山では柴(薪)が産出されます。君は白徒(しろと:一般民衆から徴用した兵士)を率いて、荘山の金を鋳造して貨幣とし、萊と莒の柴の価格を高く買いなさい。」萊と莒の君主はこれを聞き、側近に告げて言った、「金銭は人々が重んじるものである。柴は我が国の珍しい産物である。我が国の珍しい産物によって、斉の貴重な財貨を全て手に入れれば、斉を併合できるだろう。」萊と莒はすぐに農耕を放棄して柴の生産に力を入れた。管子はすぐに隰朋(しつほう:斉の役人)に命じて農耕を奨励させた。二年後、桓公は柴の買い入れを停止した。萊と莒では米の価格が三百七十(倍)に高騰し、斉では十銭で売られていた。萊と莒の民の十分の七が斉に降伏し、二十八ヶ月後には萊と莒の君主が降伏を申し出た。
5.桓公、管子に問うて曰く、「楚は山東の強国なり
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「楚は山東の強国なり、其の人民戦闘の道を習い、兵を挙げて之を伐たば、恐らく力能く過ぎず、兵楚に弊れ、功周に成らず、之を為す奈何?」管子対えて曰く、「即ち戦闘の道を以て之に与えん。」公曰く、「何を謂う?」管子対えて曰く、「公其の鹿を貴買せよ。」桓公即ち百里の城を為し、人をして楚に之きて生鹿を買わしむ、楚の生鹿一頭当八万、管子即ち桓公をして民と軽重を通ぜしめ、穀を什の六を蔵し、左司馬伯公をして白徒を将い荘山に銭を鋳せしめ、中大夫王邑をして銭二千万を載せて楚に生鹿を求めしむ。楚王之を聞き、其の相に告げて曰く、「彼の金銭は人の重んずる所なり、国の存する所以、明王の功有る者を賞する所以なり。禽獣は群害なり、明王の棄逐する所なり、今斉其の重宝を以て吾が群害を貴買す、則ち是れ楚の福なり、天且に斉を以て楚に私せんとす、子吾が民に告げよ、急ぎ生鹿を求め、以て斉の宝を尽くさせよ。」楚民即ち其の耕農を釈きて鹿を田す。管子、楚の賈人に告げて曰く、「子我に為に生鹿二十を致せば、子に金百斤を賜う、什至れば金千斤なり、則ち是れ楚民に賦せずして財用足るべし。」楚の男子は外に居り、女子は途に居り、隰朋民をして粟を五倍蔵せしむ。楚は生鹿を以て銭を五倍蔵す。管子曰く、「楚下るべし。」公曰く、「奈何?」管子対えて曰く、「楚銭五倍、其の君且つ自ら得て、穀を修めば、銭五倍、是れ楚の強なり。」桓公曰く、「諾。」因りて人をして関を閉じ楚と通使する毋からしむ、楚王果たして自ら得て穀を修む、穀三月を以て得べからず、楚糴四百、斉因りて人をして粟を芊の南に載せて処らしむ、楚人斉に降る者十分の四、三年にして楚服す。
現代語訳
桓公が管子に尋ねた、「楚は山東の強国であり、その人民は戦闘の道を習熟しています。もし兵を挙げて楚を伐てば、おそらく力及ばず、兵は楚で疲弊し、周王室復興の功も成し遂げられないでしょう。どうすればよいでしょうか?」管子が答えた、「まさに戦闘の道をもって彼らに与えるのです。」桓公が言った、「どういう意味ですか?」管子が答えた、「公は彼らの鹿を高く買いなさい。」桓公はすぐに百里四方の囲い(鹿を飼育する場所)を設け、人を楚に行かせて生きた鹿を買わせた。楚の生きた鹿は一頭につき八万(銭)もの値がついた。管子はすぐに桓公に命じて、民との間で軽重の術(貨幣操作)を行わせ、穀物を六割貯蔵させた。また、左司馬の伯公に命じて一般民衆から徴用した兵士を率いさせ、荘山で貨幣を鋳造させた。中大夫の王邑には二千万(銭)を積んで楚に行かせ、生きた鹿を求めさせた。楚王はこれを聞き、宰相に告げて言った、「あの金銭は人々が重んじるものであり、国が存続する所以であり、賢明な王が功績ある者を賞する所以である。禽獣は民に害を与えるものであり、賢明な王が追い払うものである。今、斉がその貴重な財宝をもって我々の害となる禽獣を高値で買うとは、これこそ楚にとっての幸福であり、天が斉を楚に与えようとしているのだ。お前は我が民に告げよ、急いで生きた鹿を求めさせ、斉の財宝を全て尽くさせよ。」楚の民はすぐに農耕を放棄して鹿の捕獲・飼育に専念した。管子は楚の商人に告げた、「もしあなたが私のために生きた鹿を二十頭持ってくれば、あなたに金百斤を与えましょう。十回繰り返せば金千斤になります。そうすれば楚は民から税を徴収しなくても財源が足りるでしょう。」楚の男子は野外に住み着き、女子は道端に住むようになり(鹿の捕獲に没頭する様子)、一方、隰朋は民に五倍の穀物を貯蔵するように教えた。楚は生きた鹿と引き換えに五倍の金銭を貯蔵した。管子は言った、「楚は降伏させられるでしょう。」桓公が言った、「どういう意味ですか?」管子が答えた、「楚は(鹿によって)金銭を五倍に増やしましたが、彼らの君主が自国の食糧生産を修復する前に、金銭を五倍に増やしたことは、かえって楚を強大にしたことになります(=金銭が増えても食糧がなければ意味がないという意味での皮肉)。」桓公は「わかった」と言った。そこで人を派遣して関所を閉じさせ、楚との交易を断ち切らせた。楚王は案の定、自国の食糧生産を修復しようとしたが、食糧は三ヶ月では得られなかった。楚では米の価格が四百(倍)に高騰し、斉は人を派遣して粟(穀物)を芊の南(楚に近い場所)に運んで備蓄させた。楚の民の十分の四が斉に降伏し、三年後には楚が降伏した。
6.桓公、管子に問うて曰く、「代国の出ずる所何ぞ有る?」
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「代国の出ずる所何ぞ有る?」管子対えて曰く、「代の出ずる所は、狐白の皮なり、公其れ之を貴買せよ。」管子曰く、「狐白は陰陽の変に応じ、六月にして一たび見る、公貴く之を買えば、代人其の得難きを忘れ、其の貴買を喜び、必ず相率いて之を求めん、則ち是れ斉の金銭必ず出でず、代民必ず其の本を去りて山林の中に居らん;離枝之を聞かば、必ず其の北を侵さん;離枝其の北を侵さば、代必ず斉に帰せん、公因りて斉をして金銭を載せて往かしめよ。」桓公曰く、「諾。」即ち中大夫王師北をして人徒を将い、金銭を載せ、代谷の上に之き、狐白の皮を求めしむ。代王之を聞き、即ち其の相に告げて曰く、「代の離枝に弱る所以は、金銭無きを以てなり;今斉乃ち金銭を以て狐白の皮を求む、是れ代の福なり、子急ぎ民をして狐白の皮を求めしめ、以て斉の幣を致し、寡人将に離枝の民を来さんとす。」代人果たして其の本を去り、山林の中に処り、狐白の皮を求む、二十四月にして一つも得ず;離枝之を聞き、則ち其の北を侵す、代王大いに恐るるを聞き、則ち其の士卒を将いて代谷の上に葆す。離枝遂に其の北を侵す、王即ち其の士卒を将いて斉に下るを願う。斉未だ一銭幣を亡わず、使を修むること三年にして代服す。
現代語訳
桓公が管子に尋ねた、「代(だい)の国には、どのような特産品がありますか?」管子が答えた、「代の特産品は、狐白(こはく:白い狐の毛皮)です。公はそれを高値で買いなさい。」管子は続けた、「狐白は陰陽の変化に応じて、六ヶ月に一度しか見ることができません。公が高値でそれを買えば、代の人はその入手が難しいことを忘れ、高値で売れることを喜んで、必ず互いに協力して狐白を求めるようになるでしょう。そうすれば斉の金銭は必ずしも流出せず(※金銭を多く見せることで相手を誘惑する)、代の民は必ず本業(農業など)を捨てて山林の中に住むようになるでしょう。離枝(りし:代の北方の異民族)がこれを聞けば、必ず代の北方を侵略するでしょう。離枝が代の北方を侵略すれば、代は必ず斉に帰順するでしょう。公はすぐに斉に金銭を積んで代に行かせなさい(※買い取る意思を示し、実際には多くの狐白を入手できないことを前提とする)。」桓公は「わかった」と言った。すぐに中大夫の王師北に命じて、人夫を率いさせ、金銭を積んで代谷(だいこく:代の国の谷間)の上に行かせ、狐白の皮を求めさせた。代王はこれを聞き、すぐに宰相に告げて言った、「代が離枝に弱いのは、金銭がないからである。今、斉が金銭をもって狐白の皮を求めるのは、これこそ代の幸福である。お前は急いで民に狐白の皮を求めさせ、斉の貨幣を全て手に入れさせよ。私は離枝の民を引き入れるつもりだ(※離枝を討ち、その民を支配下に置こうと目論む)。」代の民は案の定、本業を捨てて山林の中に住み着き、狐白の皮を求めたが、二十四ヶ月経っても一つも手に入れることができなかった。離枝はこれを聞き、すぐに代の北方を侵略した。代王はこれを聞いて大いに恐れ、すぐにその兵士たちを率いて代谷の上で防衛した。離枝は遂に代の北方を侵略し、代王はすぐにその兵士たちを率いて斉に降伏を願った。斉は一銭も失うことなく、三年使者を派遣し続けただけで代を降伏させた。
7.桓公、管子に問うて曰く、「吾衡山之術を制せんと欲す
書き下し文
桓公、管子に問うて曰く、「吾衡山之術を制せんと欲す、之を為す奈何?」管子対えて曰く、「公其れ人をして衡山の械器を貴買して之を売らしめよ、燕代必ず公に従いて之を買わん、秦趙之を聞かば、必ず公と之を争わん、衡山の械器、必ず其の賈を倍せしめん、天下之を争えば、衡山械器、必ず什倍以上。」公曰く、「諾」。因りて人をして衡山に之きて械器を求め買わしむ、敢えて其の貴賈を弁ぜず。斉衡山に械器を修むること十月、燕代之を聞き、果たして人をして衡山に之きて械器を求め買わしむ。燕代修むること三月、秦国之を聞き、果たして人をして衡山に之きて械器を求め買わしむ。衡山の君其の相に告げて曰く、「天下吾が械器を争う、其の買を再什以上ならしめよ」、衡山の民、其の本を釈きて械器の巧を修む。斉即ち隰朋をして粟を趙に漕がしむ、趙の糴十五、隰朋之を石五十に取る、天下之を聞き、粟を載せて斉に之く;斉械器を修むること十七月、糶を修むること五月、即ち関を閉じ衡山と通使せず、燕代秦趙即ち其の使を引きて帰る;衡山械器尽き、魯衡山の南を削り、斉衡山の北を削る、内に自ら量るに械器を以て二敵に応ずる無ければ、即ち国を奉じて斉に帰す。
現代語訳
桓公が管子に尋ねた、「私は衡山(こうざん)の武器製造技術を制したいのですが、どうすればよいでしょうか?」管子が答えた、「公は人を派遣して衡山の武器や道具を高く買い取り、そして(斉国内で)売りなさい。燕や代は必ず公に従ってそれを買うでしょう。秦や趙もそれを聞けば、必ず公と争ってそれを求めるでしょう。衡山の武器や道具は、必ずその価格が二倍になるでしょう。天下がそれを争えば、衡山の武器や道具は、必ず十倍以上になるでしょう。」桓公は「わかった」と言った。そこで人を派遣して衡山に行かせ、武器や道具を求め買わせた。高値であることに異議を唱えなかった。斉が衡山から武器や道具を仕入れて十ヶ月後、燕や代はこれを聞き、案の定人を衡山に行かせ、武器や道具を求め買わせた。燕や代が仕入れを始めて三ヶ月後、秦の国はこれを聞き、案の定人を衡山に行かせ、武器や道具を求め買わせた。衡山の君主は宰相に告げて言った、「天下が我々の武器や道具を争っている。その価格を二十倍以上にさせよ。」衡山の民は、本業(農業など)を放棄して武器や道具の製造技術を磨き始めた。斉はすぐに隰朋に命じて粟(穀物)を趙に輸送させた。趙では米の価格が十五(倍)であったが、隰朋はそれを一石につき五十(銭)で買い取った(=趙の米を高値で買いつつ、斉の価格は安定していることを示唆)。天下はこれを聞き、粟を積んで斉に集まるようになった。斉が武器や道具を仕入れて十七ヶ月、穀物を販売して五ヶ月後、すぐに関所を閉じて衡山との交易を断ち切った。燕、代、秦、趙はすぐにその使者を引き上げて帰った。衡山は武器や道具を全て売り尽くしており、魯は衡山の南を削り取り(攻め取り)、斉は衡山の北を削り取った。衡山は自国の武器や道具が不足しており、二つの敵国(魯と斉)に対抗できないと自ら判断し、すぐに国を斉に献上して帰順した。
