「ドクトル・ジバゴ」あらすじ解説【デビット・リーン】
前半ダレます。それを乗り切れば感動の後半が待っています。しかし乗り切りにくい。長すぎるからです。
原作は(私は読んでいませんが)ロシア(ソヴィエト)人の作家パステルナークです。彼の父はトルストイと親しい関係でした。つまりこれは「戦争と平和」のロシア革命バージョンです。
あらすじVer.1
ジバゴの母は中央アジアで死にます。遺品はバラライカひとつだけでした。彼女はバラライカの名手でした。

成長したジバゴは医者になり、激動のロシア革命期を中央アジア→モスクワ→ウクライナ→モスクワ→ウラルと移動して、最後モスクワで心臓マヒで死にます。

ジバゴの兄が弟の遺児らしき女性を中央アジアで見つけます。本人は幼児のころに母と別れた(父のジバゴとは会ったこともない)ので、ジバゴ兄の話を聞いても半信半疑です。

しかし別れ際に、彼女がバラライカの名手であることが判明します。

ジバゴの血は受け継がれていました。
(あらすじVer.1・終わり)
章立て
とりあえず章立て表を作りまして

場所でまとめるとこうなります。

見事なものです。こういう構成作れるという事は、リーン監督は本物です。綺麗な上下対称になっています。
ラストで中央アジア(モスクワ)となっているのは、ジバゴ兄が中央アジアに居ながら、弟のモスクワでの死去を語るからです。中心の灰色の部分が、兄と弟(腹違いです)が初めて邂逅する場面です。

冒頭とラストの黄色は、兄がジバゴの遺児と思われる女性と話すシーンです。


最も重要なのは青の部分です。前半の青の主役は実はジバゴではなくコマロフスキーという金持ちです。


後半の青はジバゴが主役です。つまり前半青のコマロフスキーと後半青のジバゴは対になっています。
あらすじVer.2
1,中央アジア
ジバゴ兄は弟の遺児と思しき女性と会話をします。

ジバゴ兄は政治的地位の高い人のようです。「将軍」と呼ばれています。腹違いの弟ジバゴが、中央アジアで母と死に分かれた時点から話はじめます。母の遺品はバラライカ一つでした。ジバゴ母はバラライカの名手だったのです。


2,モスクワ
成長したジバゴは医学を修めながら詩作もする前途有為な青年になります。許嫁もあり、充実した生活を送ります。

ある日女性が男性に発砲する事件に出くわします。撃たれた男性はコマロフスキーと言って、昔ジバゴ父と会社を共同経営していました。父の死後、財産はコマロフスキーが着服しました。憎いです。でもジバゴは医者です。丁寧に傷の手当をしてあげます。

撃った女性はラーラといって、母がコマロフスキーの愛人です。コマロフスキーは欲望の塊ですから、娘にも手を出してレイプしてしまいます。怒った娘は報復、発砲したわけです。発砲したラーラは、若い恋人が現場から連れ去ります。


この若い恋人はストレルニコフといって、共産主義革命に情熱を燃やす人物です。
3-1、ウクライナ
そうこうするうちに第一次世界大戦が勃発します。ジバゴは従軍医師としてウクライナにゆき、部隊の崩壊、反逆を目にします。

帝政ロシアの社会矛盾は限界に達していたようです。ジバゴはそこでラーラと邂逅します。向こうはジバゴを知りませんが、ジバゴは事件を目撃したのでラーラを知っています。二人はしばらく現地に留まり医療活動続けますが、病人も居なくなったので別れます。

3-2、モスクワ
ジバゴはモスクワに帰ってきます。妻と息子と妻の父が居ます。それはめでたいのですが、家の大部分は残念ながら見知らぬ他人が使っています。革命でプロレタリアートの共有財産になったようです。難儀な住環境です。

4,モスクワ
そうこうするうちに、ジバゴは腹違いの兄と初めて出会います。

兄は党の偉い人のようです。人も殺しているみたいです。冷血です。頭は良いです。
兄はジバゴに、お前は危機的状況にある(つまり元ブルジョワだから粛清される危険性がある)、早急にここを立ち去れとアドヴァイスします。ジバゴは理解しました。兄は弟から詩集をもらい、別れます。

ここが全体の中心、折り返し地点です。ここから怒涛の、壮大な後半がはじまります。
5、列車の旅
ジバゴ一家は列車の中にもぐりこんで、ひたすら東に向かいます。なにしろ1910年代です。列車速度はスローです。しかもロシアです。移動距離は長いです。ゆけどもゆけども汽車の旅です。居住環境も劣悪です。みなさん我慢強いです。

途中焼野原になった村を目撃します。ラーラの恋人ストレルニコフが焼き討ちにしたらしいです。理想に燃える革命家だったのに、今やただの冷血漢に成り下がったようです。でも出世はしています。

停車中に外に出たジバゴは、赤軍に拉致されます。引っ張ってゆかれるとストレルニコフが居ます。スパイ容疑をかけられますが、話すと納得してくれます。ジバゴの詩の愛読者だったようです。実はあなたは昔から知っている、奥さんの発砲事件も知っている、彼女とはウクライナで一緒に医療活動やった、と言うと釈放してくれます。冷血漢に見えて(実際そうなのですが)、いいところありますね。

とにかくジバゴ一家は目的地に到着します。

6,ウラル近辺
ジバゴ一家はウラル近辺で生活します。近くの街の図書館に足を延ばすと、なんとラーラに再会します。そういえばストレルニコフは妻と別居中とか言っていました。ジバゴはラーラ宅に行って同衾します。奥さんいるのに二股です。

しかし奥さんの妊娠も順調です。仕方なくラーラに別れを宣告します。ラーラはけなげに了解します。ジバゴはひどいです。

ひどいことするとどうなるか。ラーラ宅から屋敷への帰り道に天罰くらいます。パルチザンに拉致されます。

なんと2年間も拘束されます。医者は戦闘に不可欠だからです。雪原をパルチザンとさまよっていると妻たちが去ってゆく幻影を見ます。

ジバゴはたまらずパルチザンから逃走します。とりあえず近場のラーラ宅にゆきます。妻と息子は既に国外に逃げたようです。

少し落ち着いてラーラ宅で生活していると、コマロフスキーが来ます。

ストレルニコフは失脚した。よってラーラは(ストレルニコフの妻だから)危険にさらされている。一緒に東に逃げないか。欲望丸出し人間のコマロフスキーでも、少しは良心あるみたいです。でもジバゴとラーラは拒絶します。やっぱり信用できないからです。


しかし危険なのは事実なので、二人は田舎の屋敷に移動します。屋敷はアナ雪みたいになっていました。


狼の声を聞きながら、ジバゴは詩作に打ち込みます。タイトルは「ラーラ」です。

するとまたコマロフスキーがやってきます。部下も従えて偉そうです。出世しています。
「ストレルニコフが銃殺された。ラーラが危機だ」

ストレルニコフは党内の争いで敗れて粛清される予定でした。しかし逃げて捕まらなかった。だから党はラーラを殺さなかった。なぜならば逃亡中のストレルニコフが妻のところに立ち寄る可能性があったから。しかしストレルニコフは死んだ。つまりラーラを殺して全てを闇に葬って差し支えなくなった。だからラーラは危機なのです。
ジバゴも流石に決断します。妻子の安全最優先です。しかし出立の直前、なんのかんの言い訳して、ジバゴは残ります。詩人だからです。ロシアの大地を愛しているからです。

窓から見れば、妻子(とコマロフスキー)を乗せた馬車が遠くに消えてゆきます。彼らは東に行くのです。

ラーラのお腹には、ジバゴの子どもが居ます。冒頭でジバゴ兄と会話する娘です。


7、中央アジア
舞台は冒頭に戻ります。ジバゴ兄は、弟がモスクワで心臓マヒで死んだこと、ラーラが娘を探していたが見つけられなかった事を語ります。聞くのはラーラの娘、ジバゴの子どもです。

ジバゴ兄は遺児に援助を申し出ます。彼女は検討すると言います。別れ際、ジバゴ兄は彼女がバラライカを抱えているのに気づきます。


彼女は誰に習わずとも名手になったようです。ジバゴの母と一緒です。弟の血は確かに受け継がれていたのです。彼らが働く中央アジアのダムには、その時美しい虹がかかっていました。

(あらすじVer.2・終わり)
悪党コマロフスキー
コマロフスキーはなかなかの悪党です。ジバゴの父と会社を共同経営していました。父の死後、ジバゴたちに渡るはずの遺産は全て着服しました。お金があるのでラーラ母を愛人にしています。ところが娘にも手を出します。親子どんぶりというやつです。

コマロフスキーの浮気を疑った母は(浮気相手が娘とも知らず)絶望して服毒自殺未遂を図ります。ジバゴが現場に行ってラーラ母を救います。ジバゴはその時はじめてラーラを目撃します。

コマロフスキーはラーラの婚約者のストレルニコフと会談します。ストレルニコフはとんがっています。コマロフスキーはラーラに「あいつはダメだ」と告げます。

そしてストレルニコフへの対抗心からから、ラーラに襲い掛かってレイプしてしまいます。

怒ったラーラはコマロフスキーへ報復として発砲。気が強いです。

傷ついたコマロフスキーを看病するのは今度もたまたま居合わせたジバゴです。

後半ではコマロフスキーは、ロシア沿海州にまで足を延ばして、結局かなり出世します。欲望満載にして強靭なキャラです。
対称構造
ところが、本作は前半の青、モスクワと後半の青、ウラル近辺が対になっています。前半の青の主役はコマロフスキー、後半の青の主役はジバゴです。両者も対になっています。

ジバゴは善良そうな顔をしていますが、コマロフスキー同様二股をかけます。後半の青の部分で、ジバゴは妻が居るのに、

ラーラと浮気します。

コマロフスキーとジバゴは似たもの同士なのです。ただ一方が生命力が強く、一方が詩的であるというだけです。コマロフスキーはウラジオストックまで行って引き返してきますが、ジバゴはウクライナまで行って引き返してきます。対称的な、しかし共通するものがある二人を、対称構造でまとめています。これが脚本構成上本作の最大の工夫になります。

実はヒロインのラーラも、二股です。ストレルニコフの婚約者であるにもかかわらず、

コマロフスキーの気を引こうと派手なドレスで誘惑します。

コマロフスキーのレイプは早急すぎたかもしれませんが、ラーラにその気が無かったと言えばウソになります。図書館でジバゴと再会すると、一応ストレルニコフの妻なのですが、ジバゴとあっさり同衾します。
つまり三人とも、似たもの同士なのです。浮気者、欲望強めです。
小さな善意
三人は小さな善意を持つ点でも共通です。
ジバゴは、コマロフスキーの愛人(ラーラ母)の自殺未遂を看病する。

コマロフスキーの銃創を手当する。

ウクライナで傷病兵を治療する。

医者ですので、なんやかんやで善根を施します。仕事には一生懸命です。
一方のコマロフスキーも、ジバゴとラーラのカップルの救助を2回にわたり行います。一回目はつまみ出されてひどい目に合うのですが、それでも懲りずに再度訪問します。
彼は中央アジアで砲撃に遭い、その時生まれていたラーラとジバゴの遺児の手を放してしまいます。だから大きな善意ではありません。でも小さくとも確実に善意はあります。
ラーラは官憲に傷つけられたストレルニコフを看病しますし、

ウクライナでは看護婦として最善を尽くします。

正妻が子を産むのを機にジバゴがラーラとの縁切りを切り出した時にも、素直に受け入れます。

では他の人物はどうでしょうか。ジバゴには兄が居ます。腹違いです。
兄の母の死後、ジバゴの父はジバゴの母と知り合ったのでしょうか。違うと思います。もしそうならば、ジバゴ兄とジバゴは一つの家族の元で生活していたはずです。でもジバゴ母の葬式に立ち会ったのはジバゴだけです。

成長してもジバゴ兄とジバゴは疎遠です。手紙で一度やり取りしただけです。つまり別々の家で生活していたはずです。つまりジバゴ母は愛人です。ジバゴ兄は正妻の子で、ジバゴは妾腹です。つまりジバゴ父も二股なのです。元来欲望の強い家系なのです。
そしてジバゴ兄は、弟と死後ラーラと知り合います。遺児探しに協力します。

やたら簡潔に表現されていますが、一時肉体関係持っていたという意味です。ただジバゴ兄に関しては、その時正妻がいたかどうかの記述がないので二股かどうかはわかりません。
いずれにせよ本作のジバゴ、コマロフスキー、ラーラ、ジバゴ父、ジバゴ兄、なかなかの欲望満載キャラです。欲望の長編物語と言えそうです。ソヴィエトは革命期には特に倫理的に乱れたそうでして、そんな世相を反映させているのかもしれません。以下参照ください。
そもそもロシア革命勢力の人々の間では、「人々が欲望を追求してゆけば自然に理想社会が実現する」という考えが支配的でした。その考えに批判的な人もいました。
本作は、肯定的とまでは言いませんが、欲望追及に非常に寛容です。登場人物全員そうです。
つまりこれは、人々が怒涛のように欲望を追求し、その一方で人々が小さな善意も持ち続ける作品です。
「ドクトル・ジバゴ」と名付けられていますが、ジバゴは主役ではありません。全員が主役であり、人々の総体としてドラマは成り立っています。
「戦争と平和」の後継
トルストイの「戦争と平和」は人々の気持ちが集まって歴史を作ると主張します。集まってナポレオン戦争に勝ったと。
しかし本作はより小規模です。人々の小さな善意は集まって、何になったでしょう。ジバゴの遺児になりました。

人々の小さな善意がなければ彼女はそもそもこの世に生まれてきていません。そして彼女は、ジバゴの母と同じく、バラライカの名手です。もしも彼女が男の子を生んだら、その子は詩人になるかもしれません。女の子を生んだら、みたびバラライカの名手になるかもしれません。小さな善意が集まって、激動のロシア革命期を、文化の水脈が生き続けたのです。
「戦争と平和」では人間の生命は、巨大な水球の一部に例えられます。本作ではより日本人にわかりやすく、個々の生命は大河の一滴であると見ています。だからラストシーンは、ダムにかかる虹の絵です。

長大な作品ですが、ラストシーンまで見ると大きな手ごたえを感じることができます。生命も文化も滔々たるたる流れであり、何事にも動ぜず流れ続け、後継を生み続けます。
そして現にこの作品も、「戦争と平和」の後継作品なのです。ダムにかかる虹はジバゴの遺児をあらわすと同時に、本作全体もあらわしています。
大自然
ジバゴ兄を演じているのはイギリスの名優アレック・ギネスです。

「戦場にかける橋」では硬骨漢ニコルソン大佐を見事に演じました。

「アラビアのローレンス」では正反対の役柄、女性的なファイサル王子を演じました。なんでもできる人です。

本作ではジバゴ兄を演じています。冷血な秘密警察です。出世して将軍になりました。出番は少ないです。赤の部分です。

最初と、折り返し地点と、最後だけです(2、モスクワで一瞬映ります)。冷血なキャラですから、演技も最低限、ほぼほぼ無表情です。でも彼でなくてはこの役はこなせません。
ラストでジバゴの娘がジバゴの母と同じくバラライカの名手であると知って、彼はほんの少し、ウルっと涙ぐみます。この繊細な演技が彼以外の俳優では無理だからです。




大げさに感激したのではクサくなって全てが台無しです。
小さすぎる表情の変化では観客はジバゴ兄が感激していることがわかりません。
ここでは感情を抑制しながら、同時にわかりやすく演じる必要があります。難しい役です。だからリーン監督はこの役をギネスに割り振りました。ここ以外のシーンは無表情です。他の俳優でも難なくこなせます。つまり事実上ラストの数秒間の為、だけの出演です。
正しい配役でした。この数秒間で名作が完成しました。たった一振りで試合を決める四番バッター最後の打席です。

もっとも最後の打席に至る伏線も同じくらい重要です。
ジバゴ兄は人間の営みよりはるかに大きな、大自然の生命の流れを実感して感極まるのですが、デビット・リーン監督は映画全編、特に後半部分で、雄大で美しい自然を、完璧な構図で繰り返し描くことによって、「大自然」という伏線を張り巡らせています。観客は長時間「大自然」の美しさに浸った後ですので、ラストのジバゴ兄の感激に、素直に共感できるのです。
最後の数秒のために、頑張って美しい自然を延々と撮影し続ける。物凄く単純、物凄くベタな戦略なのですが、リーン監督の愚直な努力は実を結びました。作品主題と作劇技術がこれほどまでに理想的に結合してる映画は、極めて稀だと思います。
音楽も大変良いです。リーン監督は音楽は常に良いのです。バラライカがキーアイテムになるストーリーですから、トレモロで奏されるバラライカの音もちゃんと入っています。
よくできたYoutube動画がありましたので置いておきます。動画冒頭に、ラストのギネスの名演技も含まれています。是非ご覧ください。
私なりに選んだ風景のスクリーンショットも置いておきます。よくぞこれだけ撮りました。


































