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「冬物語」あらすじ解説【シェイクスピア】

ペチカ

Winter's Taleですから、冬に暖炉で語られるお話です。
ペチカの歌みたいな雰囲気でお考え下さい。

つまり荒唐無稽です。馬鹿馬鹿しいと言ってもよいです。でも名作です。

あらすじ

前半と後半に分けられます。

前半

シチリア王宮殿に滞在中のボヘミア王、そろそろ国に帰ると言い出します。

ボヘミア王

シチリア王は、引き留めますが、ボヘミア王は聞きません。ところがシチリア王妃が説得するとボヘミア王は聞き入れます。
それは良かったのですが、ちょっとシチリア王妃とボヘミア王が親密すぎます。不倫しているのではないかと、シチリア王は疑い出します。

シチリア王

王妃は妊娠9か月くらい。ボヘミア王が来たのも9か月前。

シチリア王妃

妄想しすぎて興奮したシチリア王は、家臣カミローにボヘミア王の暗殺を命じます。

カミロー

カミローは自分の王が錯乱しているのを知っていますから、そのことをボヘミア王に告げて、ボヘミア王と一緒にシチリア王宮を脱出します。
残されたシチリア王は、それ見たことかと王妃を投獄します。王妃は牢獄で女の子を出産することになります。

貴族の妻ポーライナは赤子を牢獄から持ち出してシチリア王に見せますが、

ポーライナ

王は不義密通の子だから捨ててこい、とポーライナの夫に命じます。

やがて裁判が開かれます。有力な証拠として、デルフォイの神託が運ばれてきます。アポロン神の裁定は

「王妃は貞淑、ボヘミア王は無実、カミローはまことの家臣、シチリア王は嫉妬した暴君、赤子は夫婦の子」でした。

シチリア王はもちろん神託を受け入れませんが、そこに急報が届きます。大事なシチリア王子が、

シチリア王子

母の身の上を案じた余り死亡したのです。
悲しいニュースを聞いて裁判中のシチリア王妃、つまり王子の母もショックで倒れ、運び出されて手当されたのですが、その後死亡したという報告が届きます。
シチリア王はさすがに後悔します。自分の嫉妬から妻と息子を失ったのです。
そのころポーライナの夫は、ボヘミアの海岸に女の子を捨てにきていました。

ええ、ボヘミアは内陸国ですから海岸はありません。長野県の海岸といっしょです。おとぎ話です。

シチリア王女

しかし熊に襲われてポーライナの夫は死にます。女の子も危ないのですが、通りかかった羊飼いと息子に拾われます。

羊飼いと子

中間部

ここで16年の歳月が経過します。「時」が擬人化して登場します。面白いです。
Gemini翻訳でお届けします。

ある者には喜びを、ある者には試練を、そしてすべての人に試みを。
善と悪の両面を持ち、過ちを生み出しもすれば、暴きもする。
私こそが「時」である。今ここに翼を広げよう。

私自身の、そしてこの素早い歩みの罪に問わないでいただきたい、
16年もの歳月を一気に滑り抜け、その大きな空白の間に
何が育まれたかを見せぬまま去ることを。
法を覆し、自らが生み出したわずか一時間のうちに、
慣習を根付かせ、あるいはそれを圧倒することさえ、私の力のうちにあるのだから。

私は私のまま通り過ぎよう、古の秩序が生まれる前も、
今受け入れられている秩序の中でも、私は私であった。
それらをもたらした時代を私は目撃してきたし、
今をときめく最新の物事に対しても、同じように振る舞うだろう。

今の輝きを色褪せさせ、古びたものに変えてしまうのだ、
ちょうど今の私の物語が、皆さんに古臭く感じられるように。
皆さんの忍耐が許してくださるなら、
私は砂時計を引っくり返し、場面を大きく進めることにしよう。
まるで皆さんがその間、眠りについていたかのように。

(中略)

彼女(赤ん坊)の身にこの後何が起きるのか、私は予言などしない。
「時」がもたらす報せは、その時が来れば自ずと明らかになるものだ。
一人の羊飼いの娘と、彼女にまつわるその後の出来事、
それこそが「時」という物語の主題なのだ。

もし皆さんが、これまでにこれより酷い時間の使い方をしたことがあるなら、
この物語の進行を許していただきたい。
もし一度もないというのなら、この「時」自ら言っておこう、
皆さんが今後も決して、無為な時間を過ごすことがないよう心から願っている、と。(終)

後半

16年後のボヘミアでは、相変わらずボヘミア王に(元シチリア王家臣の)カミローが仕えています。二人は王子の最近の行動に不安があって、お忍びで王子の動向を探りにゆきます。
羊飼いに拾われたシチリア王女は、美しい女性に成長していました。ただ本人は自分がシチリア王女と知らない。

シチリア王女

彼女はボヘミア王子と恋仲でした。だから王子は最近勉強がおそろかになっていたのです。

ボヘミア王子

花祭りの日に、羊飼いの娘(と本人も王子も思っている)と王子は二人で楽しみます。しかし変装したボヘミア王にその姿を見られます。ボヘミア王、なんかむかついて怒り出します。口論になって正体を現し、息子を勘当すると言って立ち去ります。
王子はめげません。彼女と二人で駆け落ちすると言い出します。そこで(元シチリア王家臣の)カミローが知恵を回します。

カミロー

いっそ二人はシチリアに行けばどうか。シチリア王にはボヘミア王からの表敬訪問だと言えばよいと。私(カミロー)と、シチリア王とボヘミア王しか知らないことを手紙に書いておけば、シチリア王もあなたがボヘミア王子だと信じるから。
そしてカミローは別の船でボヘミア王といっしょに王子たちを追いかけます。

シチリアには16年前のことを後悔しつづけている孤独なシチリア王が居ます。王妃は死に、息子も死に、娘も捨ててしまいました。寂しい生活です。そこへボヘミア王子が押しかけ、引き続きカミローとボヘミア王が押しかけます。
ぐちゃぐちゃあって、シチリア王とボヘミア王は仲直りできます。実は(船に同乗させられた羊飼いの持っていた証拠によって)羊飼いの娘がシチリア王女であることも判明します。シチリア王はようやく孤独から解放されます。よかったです。

感激している皆は、ポーライナ(前半で王妃の赤子を牢屋から出した女)の邸宅に案内されます。そこに亡き王妃の彫刻があるというのです。

シチリア王妃

彫刻はありました。名人が作ったそうで、生きているようです。王も驚きます。そして彫刻は、動き出します。王妃はポーライナの邸宅に16年間かくまわれていたのです。物凄いご都合主義です。おとぎ話中のおとぎ話です。めでたしめでたし。(あらすじ終)

引退まぢか

シェイクスピア晩年の作品です。この後「テンペスト」を書いて、その後は共同執筆で2本書いて、それで引退です。本作の5年後には死去しています。シェイクスピアの作品は確かに才能は超一流なのですが、近代の小説に比べると挑戦ガッツというべきものが足りない。劇団を食わせていかなきゃいけないので、安全策を取りたがるのも当然です。しかしもっとできるのにと思うことが多いです。
でも引退を意識するようになって、本作はなにか、ふっきれています。王妃の彫像が動き出すとか、ボヘミアが海沿いにあるとか、ご都合主義のお笑い作品なのですが、妙に心に残る仕上がりになっています。物語は時間の中の娯楽です。物語についてとことこん考えた作者は、作家生活の最後に時間そのものをドラマにしました。

作品冒頭、ボヘミア王の家臣とシチリア王の家臣(カミロー)が会話します。

ボヘミア王家臣
(前略)ところで、あの方々には、若きマミリアス王子(この後死ぬシチリア王子)という言いようのない慰めがおありだ。あれほど将来を嘱望される貴公子は、私の知る限り他にはおりませんな。

カミロー(シチリア王家臣)
あの王子への期待については、私も同感です。実に見事な子だ。まさに臣民にとっての良薬(くすり)であり、年老いた心さえ若返らせてくれる。
王子がお生まれになる前は松葉杖をついていたような老人たちでさえ、王子が一人前の男になるのを見届けるまでは、死ぬに死ねないと長生きを願っているほどですよ。

ボヘミア王家臣
そうでなければ、彼らは潔く死を受け入れただろうと?

カミロー(シチリア王家臣)
ええ、他に生き永らえたい理由がなければ、そうだったでしょう。

ボヘミア王家臣
もし王に跡継ぎがいなかったなら、彼らは息子が授かるまで、松葉杖をついてでも生き続けたいと願ったでしょうな。

やがてシチリア王子は死にますが、最後にシチリア王女とボヘミア王子が結婚して子を授かることが期待されます。冒頭の会話はラストで再現されます。

時の狭間

そのラストは名文です。万感がこもります。
シチリア王は皆にあやまり、ポーライナに我々を別の場所に連れて行って欲しいとお願いします。掲載します。ここは河合祥一郎訳でご案内します。

来い、カミロー、 そして彼女(ポーライナ)の手を取れ。その美徳と誠実さは、 広く知れ渡っているし、我ら、 二人の王が今ここで証人になる(筆者中:二人は結婚しなさいとシチリア王は言っている)。この場所を出よう。

〔シチリア王妃に〕どうした、わが兄弟(ボヘミア王)に目を向けてやってくれ。 二人とも赦してくれ。君たちの神々しい眼差しのあいだに 不当な疑念をさしはさんでしまったことを。
この君の義理の息子、こちらの王の息子は、神のお導きによって 君の娘と婚約したのだ。

さあ、ポーライナ、 我々をここから導いてくれ。ゆっくりと語り合える場所へ。
最初に離れ離れになって以来、この大きな時の狭間で それぞれがどんな役を演じてきたのか、互いに尋ね合い、 答え合える場所へ。急ぎ案内を頼む。(終)

彼らはこれから、16年という時の長さを語り合うのです。観客はドラマの終末で時そのものの重さ、長さ、かけがえのなさを実感することが出来ます。シェイクスピアは「時」そのものを描写することに成功しています。引退間近で開き直った天才の剛腕さく裂です。

考えれば、このドラマの主役はカミローとポーライナですね。一見主役に思えないのですが、この二人がヒーロー・ヒロインです。

カミロー
ポーライナ

シチリア王が嫉妬に狂ってボヘミア王の暗殺を命じた時、カミローはとっさの判断でボヘミア王と共にシチリアを脱出します。ボヘミア王が自分の王子を勘当した時、カミローはとっさの判断で王子にシチリア行きを勧めます。そして自分もボヘミア王と共にシチリアに向かいます。

ポーライナはシチリア王妃が牢獄で出産した女の子を牢獄から連れ出し、裁判で失神した王妃を引き受け、死んだことにしてその場を収めます。16年後、かくまっていた王妃を王と再会させます。
しかしポーライナも大きな犠牲を払っています。彼女の亭主は赤ん坊をボヘミアに捨てに行った時、熊に食われて死んでいます。だからシチリア王は、カミローとポーライナの結婚を勧めるのです。

瞬間的な判断に優れるカミローと、粘り強く王妃を支えたポーライナ、二人は時間です。二人でひとつの、時の神様なのです。

構成

反復構成であるのは間違いありません。

問題は1-1と3-3、4-1をどう解釈するか、です。
前述のごとく物語の結末が暗示されていますから、1-1は漱石でよく見られた冒頭集約と考えてもよいです。
となると、3-3および4-1は中間部になります。

つまり全体では「中間部つき反復構成、ただし冒頭集約つき」
となります。これが第一案。
しかしどうもしっくり来ません。表をいじくっていると、これではないかという案が見えてきました。

冒頭集約も中間部もない、反復構成です。ただし欠章があります。5-4に該当する章は書かれていません。書かれていませんが、先ほどのシチリア王の言葉で想像できる仕組みになっています。

さあ、ポーライナ、 我々をここから導いてくれ。ゆっくりと語り合える場所へ。
最初に離れ離れになって以来、この大きな時の狭間で それぞれがどんな役を演じてきたのか、互いに尋ね合い、 答え合える場所へ。急ぎ案内を頼む。

第一案は破棄して、こちらの案を採用したいと思います。わざと欠章を設けて読者に想像させる。こういう作品は他にも色々あるのでしょうが、私は源氏物語しか思い浮かびません。

雲隠れ

源氏物語の各章のタイトル並べてみました。宇治十帖は含みません。

桐壺(きりつぼ)
帚木(ははきぎ)
空蝉(うつせみ)
夕顔(ゆうがお)
若紫(わかむらさき)
末摘花(すえつむはな)
紅葉賀(もみじのが)
花宴(はなのえん)
葵(あおい)
賢木(さかき)
花散里(はなちるさと)
須磨(すま)
明石(あかし)
澪標(みおつくし)
蓬生(よもぎう)
関屋(せきや)
絵合(えあわせ)
松風(まつかぜ)
薄雲(うすぐも)
朝顔(あさがお)
乙女(おとめ)
玉鬘(たまかずら)
初音(はつね)
胡蝶(こちょう)
蛍(ほたる)
常夏(とこなつ)
篝火(かがりび)
野分(のわき)
行幸(みゆき)
藤袴(ふじばかま)
真木柱(まきばしら)
梅枝(うめがえ)
藤裏葉(ふじのうらば)
若菜 上(わかな じょう)
若菜 下(わかな げ)
柏木(かしわぎ)
横笛(よこぶえ)
鈴虫(すずむし)
夕霧(ゆうぎり)
御法(みのり)
幻(まぼろし)
雲隠(くもがくれ)


紅葉賀、花宴、花散里、絵合、松風、胡蝶、蛍、篝火、野分、真木柱、タイトルだけ見ていても風雅の極みです。現代の生活は快適ですが、自然の感受という意味では平安時代のほうがはるかに豊饒なのではないでしょうか。漱石のタイトルもこんな感触あります。そういえば野分という小説も漱石は書いていました。

話戻って、源氏物語の最後の

御法(みのり)
幻(まぼろし)
雲隠(くもがくれ)

で光源氏は死に、その後宇治十帖(薫の物語)が13章続くのですが、光源氏の死を暗示する「雲隠」は、タイトルだけで本文はありません。仮に「冬物語」を欠章ありの反復構成と見ると、限りなく源氏に近づきます。沈黙という名の雄弁、想像という名の描写ですね。

シェイクスピアは、だいたいイギリスの国風文化と考えて間違いありません。関ケ原のころの人ですが、イギリスは他国から征服されていて宮廷言語は長い間外国語だった。そういう環境では自国文化はなかなか発展しません。
しかしやがて国内勢力が盛り返し、国風文化が栄えるようになった。その代表がシェイクスピアです。紫式部と時代は違いますが、環境的には似ています。

置かれた状況が似ると作品も似るのかもしれません。サンプル数が少なくてまだなんとも言えませんが。


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