【10】骨のお守りは誰のために
手の平に固いものと生温かいものの感触が同時にあった。
ゆっくりと瞼を開けると見覚えのある天井が目に映る。
ナナのお店だ。
だが、確かうつ伏せで施術をしてもらっていたはず。
起き上がったコウはぬるりとした感触に手の平を見る。染まった赤色の視界に思考が追いつかない。右手には包丁が握られている。
「は……?」
喉がからからで声がかすれている。ぼんやりする頭で何とか記憶を辿ろうとするが、不快感を伴う臭いで思考がままならない。鉄と鼻につんとくる臭い、その中に甘さがある。なんとも言えない臭いだ。
体中が気持ち悪い。
立ち上がろうとして一面に広がる赤い海に息を飲む。
「こっちです!」
扉が開く。ナナの声に続き、足音と共に男性警察官二人が施術室へ足を踏み入れた。
驚愕した彼らは視線を交わし即座に行動に移す。
若い警察官は無線で応援を呼ぶ。年嵩の警察官はじっとコウを睨みつける。
「きみがやったのか?」
落ち着いているものの重くのしかかる声音にコウは言葉が出ない。
何を言っているのかわからない。部屋を見渡したコウは、血の中に横たわる人物に震える。
恐怖の表情で見つめてくるケンがいるのだ。
「俺じゃない!」
サイレンが近づく。
「ナナに、彼女にマッサージをしてもらうために来ただけだ!」
「でも鍵がかかっていたんだろう?」
「はい。お店に忘れ物を取りにきたら彼が……」
「知り合い?」
「高校の剣道部で一緒でした」
なるほどと警察官は頷いた。
ナナは震えている。コウを見る瞳も信じられないと言った感じだ。
ナナに気を取られていたコウは若い警察官に手錠をかけられたことに気づかなかった。
「彼らはどうしてこのお店に?」
ナナは涙を流しながら首を横に振った。
「わかりません。私への嫌がらせ、でしょうか?」
「どういうことですか?」
「はい。実は、私、高校の時に付き合っていた彼氏がいたんです」
警察官は無言で話を促す。
「ユウという名の彼氏です。私と付き合うようになって、剣道部の仲間にいじめられ始めたんです」
「いじめですか。ユウさんは誰にいじめられていたんですか?」
「ガクくんと、そこに倒れてるケンくん、それと彼」
ナナはコウに視線をやる。
「コウくんです」
「……………………は?」
立ち上がろうとしたコウは若い警察官に押さえつけられる。
「俺はいじめてない!」
「彼はそう言っていますが?」
ナナは冷ややかな瞳でコウを一瞥した。
「コウくんはユウがいじめられているのを知っていて無視したんです。同罪でしょう」
「違う! 助けようとしたんだ! でもガクやケンに痛めつけられて、ユウが助けなくていいって言ったんだ!」
「それでも! ユウの手紙には憎んでるって書いてた!」
「はあ⁉ 手紙⁉ そんなものあるなんて聞いてない!」
「言うわけないでしょう! 彼の家族と私に宛てた手紙だったんだから」
コウは目を泳がせた。助けようとしたのに。助けはいらないと言ったのに。ユウが憎んでいるなんて信じられない。影から支えていたつもりでいたのに。
「コウくんだけでも味方でいてくれたらユウは自殺しなかったかもしれないのに!」
大粒の涙を流すナナにコウは言葉を失った。
