【論点】日本版FARAで個人登録と組織登録のどちらを採用すべきか? 外国代理人登録制度の設計論
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 問題の所在
外国影響力規制や外国代理人登録制度を設計する際、登録義務を「個人」に課すのか、「組織」に課すのかは、制度の骨格を決定する重要な論点である。
個人登録方式を採用すれば、実際に誰が外国主体のために活動しているのかを直接把握しやすくなる。他方で、法律事務所、コンサルティング会社、PR会社、シンクタンクなどでは担当者の異動や交代が頻繁に発生するため、個人単位で登録・更新を求めると大きな事務負担が生じる。
逆に組織登録方式を採用すれば管理は容易になるが、組織名だけでは実際に誰が政治家、官僚、メディア、世論に働きかけているのかが見えにくくなる。
この論点の本質は、制度が何を可視化しようとしているのかという点にある。外国主体のために活動する「組織」を見せたいのか、それとも実際に影響力を行使する「人」を見せたいのか。制度の透明性と実務上の運用可能性が真正面から衝突する論点である。
2. 論点の分解
(1) 選択肢
A案 個人登録方式
外国主体のために活動する個人を登録主体とする方式である。
ロビイスト、弁護士、コンサルタント、PR担当者など、実際に活動を行う者が直接登録義務を負う。
透明性は高いが、登録件数や更新件数が増加しやすい。
B案 組織登録方式
企業、法律事務所、PR会社、シンクタンク、NGOなどの組織を登録主体とする方式である。
登録管理は比較的容易である一方、実際の活動者が見えにくくなる可能性がある。
C案 組織登録+個人開示方式
登録主体は組織としつつ、その組織内で活動する主要担当者や責任者の情報も開示させる方式である。
組織単位の管理のしやすさと個人単位の透明性の両立を目指す折衷案である。
(2) 考慮要素
透明性
個人登録方式は、実際に誰が外国主体のために活動しているのかを最も明確に示すことができる。
一方、組織登録方式では組織名しか見えず、実際の活動者が不明確になる可能性がある。
実務負担
個人登録方式では担当者の異動、退職、兼務などのたびに更新が必要となる。
組織登録方式は更新頻度を抑えやすく、制度運営コストも比較的低い。
責任の所在
個人登録方式は責任の所在を明確にしやすい。
しかし実際には組織の方針や契約に基づいて活動している場合も多く、個人だけに着目すると組織の関与が見えにくくなる。
回避行為への対応
組織登録だけでは実際の活動者を隠す余地が生じる。
逆に個人登録だけでは法人格や複雑な契約構造を利用した活動実態を十分に把握できない場合がある。
個人名か役職名か
日本でC案を採用する場合でも、個人名を登録させるのか、それとも「政府関係部長」「公共政策担当役員」などの役職名で足りるのかという問題が残る。
個人名登録は透明性が高いが、異動時の更新負担が大きい。役職名登録は運用しやすいが、実際の活動者が見えにくくなる。
3. アメリカ(主にFARA)でどう扱われているか
米国の外国代理人登録法(FARA)は、単純な個人登録方式ではない。
FARAでは、「person」に個人だけでなく法人、パートナーシップ、団体等も含まれる(22 U.S.C. §611(a))。また、「agent of a foreign principal」は、外国主体の命令、要請、指示又は支配の下で一定の活動を行う者として定義されている(22 U.S.C. §611(c))。
登録義務は22 U.S.C. §612(a)に規定されている。
実務上は、法律事務所、PR会社、コンサルティング会社などの組織が主たる登録主体となり、その組織内で実際に活動する役員や従業員についても個別の情報開示が求められる。
そのため、米国制度は制度構造としては C案(組織登録+個人開示方式) に最も近い。
もっとも、個人単位の開示が極めて詳細であるため、実質的にはA案(個人登録方式)に近い透明性を有している。
採用している方式は、C案に近い制度である。
4. 諸外国ではどうなっているか
英国
英国のForeign Influence Registration Scheme(FIRS)は、National Security Act 2023 Part 4(第4部)に基づく制度である。
FIRSは、政治的影響活動を対象とする制度と、特定の外国政府等との関係を対象とする制度の二層構造を採用している。
制度上は個人も対象となり得るが、実際には外国主体との取決めの当事者を中心に登録義務を設計している。
そのため、制度構造としては B案(組織登録方式) に近い。
オーストラリア
オーストラリアのForeign Influence Transparency Scheme Act 2018(FITSA)は、外国主体のために行われる一定の活動について登録義務を課す制度である。
登録対象活動はPart 2、登録義務はPart 3を中心に規定されている。
制度上は個人と組織の双方を対象としているが、実務上は組織による登録と担当者情報の開示を組み合わせた運用が行われている。
制度構造としては C案(組織登録+個人開示方式) に近い。
カナダ
カナダでは従来、Lobbying Actによるロビー活動規制が存在していたが、外国影響力規制の文脈ではForeign Influence Transparency and Accountability Act(FITAA)が重要である。
FITAAは、Countering Foreign Interference Actの一部として2024年に制定された。
もっとも、カナダ司法省の法令ページによれば、2026年時点では同法は未施行(not in force)の状態にある。
FITAAでは、「person」に個人だけでなく法人、信託、パートナーシップ、ジョイント・ベンチャー、基金その他の法的主体が含まれる。
また、制度の中心は外国主体との「取決め(arrangement)」に置かれており、外国主体との取決めに基づいて一定の政治的・政府的活動を行う者に登録義務が課される。
そのため、制度構造としてはB案的要素を持ちながらも、全体としては C案(組織登録+個人開示方式) に近い制度と評価できる。
フランス
フランスでは、2016年12月9日法律第2016-1691号(いわゆるSapin II法)に基づく利益代表者登録制度が存在する。
この制度は外国影響力規制ではなく、一般的なロビー活動の透明化制度である。
制度の運営は、公共生活透明性高等機関(HATVP)が担当している。
登録主体は主として組織であるが、実際の活動者に関する情報も一定程度把握される。
制度構造としては C案(組織登録+個人開示方式) に近い。
5. 日本にあてはめると
日本でこの論点を考える場合、制度の透明性だけでなく、日本企業や団体の実務との整合性も重要になる。
日本企業では担当者の異動、兼務、出向が比較的頻繁に行われる。そのため、個人登録方式を採用した場合には、登録変更や更新の負担が大きくなる可能性がある。
一方で、組織登録だけでは、実際に誰が政治家、官僚、審議会委員、メディア、業界団体などに接触しているのかが把握しにくい。
特に外資系企業、日本法人、法律事務所、コンサルティング会社、PR会社などが関与する場合には、組織名だけでは実態把握が困難になる可能性がある。
そのため、日本法との整合性や実務負担を考慮すると、組織登録を基本としながら主要担当者を開示するC案が有力な選択肢となり得る。
もっとも、その場合でも個人名をどこまで公開するのか、役職名で足りるのか、異動時の更新義務をどこまで課すのかといった設計上の課題が残る。
6. 考え方の整理
この論点の本質は、「外国影響力を誰の単位で可視化するのか」という問いにある。
個人登録方式は透明性を最大化できるが、制度負担も大きくなる。
組織登録方式は管理しやすいが、実際の活動者が見えにくくなる。
組織登録+個人開示方式は両者の中間に位置するが、誰を開示対象とするのかという新たな設計問題を生む。
結局のところ、この論点は登録手続の問題ではない。外国影響力規制が本当に可視化しようとしているのは、活動主体となる組織なのか、それとも実際に影響力を行使する個人なのか。
日本版FARAを設計するとき、国民が知るべきなのは「誰が雇われているか」なのか、「どの組織が関与しているか」なのか。それとも、その両者の関係そのものなのだろうか。
