教えてください、烏丸先生 #28 理由と条件
教えてください、烏丸先生 #28
最終章・第3話 理由と条件
烏丸先生が、隣にいる。
ふんわり、皮のシートと煙草の匂いがする。
思い出でも、幻でもなかった。
「烏丸先生、もうやめてください」
鶴田先生が、烏丸先生に食ってかかる。
「これ以上、牛山さんをおかしくさせないでください」
「私は、おかしくなんかなっていません」
おかしいのは鶴田先生ですよ、と言おうとして飲み込んだ。
烏丸先生が隣にいるだけで、地に足がついていた。
深く息を吸う。
「鶴田先生、もう一度聞きます。なぜ、ここにいるんですか」
鶴田先生は目の奥に影を落とした。
「牛山さんを、守るためだよ」
スマホを出した鶴田先生は、写真のフォルダをスクロールして、私に見せた。
「烏丸先生に、騙されてるよ」
画面を見せられた私の身体は動かなかった。
烏丸先生の家に行ったあの日の帰りの写真。
抱きしめられた私と烏丸先生の顔が重なっている。
「俺のほうが、牛山さんのこと見てるし、考えてるから」
鶴田先生は、別の写真を見せる。
私が仕事をしている時、杉本のジムに行った時、葛城実結の工房に行った時、陸上競技場に行った時。そして家に帰ってきた時。私の写真が次々と出てきた。
息が浅くなる。
「本当はこの写真も、公開しちゃおうかと思ったんだけどさ」
鶴田先生は、烏丸先生の家の写真をまた見せた。
「そうすると、牛山さんの立場も無くなっちゃうでしょ」
まさか。
「だから、烏丸先生にいなくなってもらったの」
「それって――」
「牛山さん、俺に守られてたんだよ」
鶴田先生は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「烏丸先生の休職は、鶴田先生がそうさせたんですか」
鶴田先生も、烏丸先生も答えなかった。
「こんなに愛してるのに」
鶴田先生の声が、少し変わった。
「なんで、わかってくれないんだ」
一歩近づく。
「いなくなった男より、俺を選べばいいだろ」
また一歩近づく。手を伸ばせば届く距離だった。
「もし」
口が勝手に動いていた。
「もし私が選んだら、写真は全部消してもらえますか」
「おい」
烏丸先生が声を出した。
「牛山さん」
烏丸先生が、これまで見たことが無い顔で私を見た。
烏丸先生が鶴田先生に向き直る。
「休んでる間、俺ものんびりしていたわけじゃない」
落ち着いた低い声が隣で響く。
「何かあった時は、他で世話になれるよう準備はしてるさ」
鶴田先生の目が輝いていた。
「いなくなってくれるんだね」
耳を塞ぎたかった。
結局私は、烏丸先生の力にはなれていないのだろうか。
烏丸先生が私の肩に手を置く。
「牛山さん」
駅前広場に、夜の風が吹いた。
肩に置かれた手が、あたたかかった。
