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ブレストをやめて雑談をしよう -東大教授に学ぶクリエイティブな仕事術-

未来予測の本って最近とても人気を博している。最先端のテクノロジーがこれからぼくらの生活や働き方をどんな風に変えていくのかについて知見を得たいと思っている人は少なくないはずだ。

ぼくもこの手の本は大好きでこれまでもたくさん手に取ってきた。テクノロジー業界でずっと働いてきた人間としてはやはり避けられないというか読まずにはいられないという身体になってしまっているようだ。

そんな未来予測本の中でも、ちょっとダントツで面白いなと思う本に出会った。それは瀧口友里奈さんという方が編集された『東大教授が語り合う10の未来予測』という書籍だ。

この本は東京大学の大学院で研究をされている「知の巨人たち」が一堂に介してざっくばらんに未来のテクノロジーや社会について話すというものだ。人工知能(AI)、コンピュータ、半導体、科学、宇宙、医療などの分野で無双しているレジェンド級の東大教授が集まって話すわけだからおもしろいに決まっている。AIの分野で飛ぶ鳥落とす勢いで躍進を遂げてある意味でブランド化までしている「松尾研究室」の松尾豊さんもその凄すぎる知恵や新しい考え方を披露しまくっている。

すごく難しそうな本に見えるかもしれない。でもそこはやはり「本当に頭のいい人」というのは違いを作るものだ。誰もが気になる話題を誰もが分かる平易な言葉で語ってくれるから議論に引き込まれていく。語られる話題には「人間に能力をダウンロードする時代になる?」とか「イーロン・マスクのヤバさとは?」、はたまた「アインシュタインの凄さと、その限界とは」とか「人工冬眠で人間はどこまでもいける」などなど。

未来予測本はややもすると「予測の結果」と「それを支える過度に単純化されたロジック」だけをシェアするという、はっきり言って内容の薄いものになってしまいがちだ。そうなると最新の技術の傾向に基づいた「最も新しく発売された未来予測本」こそが信頼できて、そうでない本は陳腐化した情報を扱っているとして退場が迫られるという悲しい道のりを辿ることになりかねない。

でもこの本は違う。短絡的な未来へのシミュレーションで一喜一憂するのではなく、もっと深い本質の世界へと読者を誘う。時代や業界という垣根を超えて「テクノロジーと社会」というものに対して「どんな知的態度を取るべきか?」という手掛かりを与えてくれる。第一線の東大の教授が「わたしならこう考える」という姿勢を見せてくれることで「どういう風に考えればいいのか?」というヒントを授けてくれる。

ぼくは高校時代にパンクすぎて進学高に通いながらも「東大に行くほどバカじゃない」と言っていた輩だ。そんなこんなの経緯については以下の記事に譲るけれど、なにはともあれこの本を読んで「今までで一番東大というものに親近感を持った」というのが正直な心境だ(笑)。

そんなアホなぼくのことはさておき、話を進めよう。

東大教授が語る「ブレスト」と「雑談」

この『東大教授が語り合う10の未来予測』という本の中で取り上げたいテーマはたくさんある。でもちょっとこれについて語らずにはいられないというものがあるので、それについて触れてみたい。

それは「ブレストは意味ないよね」という話だ。

ブレストというのは「ブレイン・ストーミング」の略で、簡単にいうと「人が集まって自由にアイデアを出そう」という取り組みだ。おそらくこの記事を読んでくださっている方でも大学や職場でブレストなるものをこれまでにやってきたことがある人はたくさんいるんじゃないだろうか。

このブレストについて、この書籍の中で二人の東大教授がとてもおもしろいことを語ってくれている。先に挙げた松尾豊さんと同じくレジェンド教授の暦本純一さんだ。彼らはブレストの効用についてこう語る。

暦本  僕は「ブレストがダメ」説をずっと言っています。でも、いまだに多くの人たちがボードにポストイットを貼って、それを見ながら話し合ったりする、いわゆるブレストを実践していますよね。でも個人的には、そうしたやり方でいいアイデアが出た試しがないんですよ。いきなりブレストだと、インプットのない状態でいきなりアイデアを出そうという話になりますが、これは無理な話です。むしろ、ブレストが終わったあとの雑談でいいアイデアが出ることのほうが多い。「テーマに沿った有意義なアイデアを出してやろう」と考えている時に、いいアイデアは意外と出ないものなんです。

最近はZoomなどのコミュニケーションが盛んになりましたが、Zoomでは雑談がしづらいんですよね。もちろん、アジェンダ(議題)つきの会議はできますが、「ふわっと喋る」みたいな会話は難しい。でも、その「ふわっと喋る」ところに、人間のすごさがあるんじゃないかなと思っています。

松尾 暦本先生は特にそうですが、頭がよすぎる人はほとんどのことをすでに自分で考えてしまっているから、ブレストしてもプラスにならないんですよ。「それ、すでに考えたことがあるな」みたいなことしか出てこない。でも、雑談はテーマと関係ないことを話す場合もありますよね。すると、そこから新しいアイデアが出てくることがある。(略)

これを読んでいて「うんうん」と唸りながら、ほんとにそうなんだよなと深く納得している自分がいた。では「なぜブレストが微妙だと思うのか?」という点について考えてみよう。

ブレストは古い?

もちろんいろんな見方があるとは思う。でも自分自身の経験から正直に言えば、ぼくはブレストが革新的なアイデアに繋がる場面をこれまで一度も見たことがない。ほんとに一度もだ。

よくあるのは"ブレストやりたがりな感じの人"がぼくらの予定を丸一日とか抑えて議論をするというやつだ。通常業務はひとまず放置することが強制され、広い部屋にチームメンバーが集められたかと思ったら決められたテーマについて話すよう仕向けられる。

でも筋道は大体決まっている。冒頭でうんざりすることになるのだ。なぜなら大抵出てくるアイデアというのはほとんど「今まで聞いたことがある類」のものだからだ。その分野に疎いマネージャー陣やチームメンバーは目を輝かせながら「新しそうなアイデア」を鼻高々にスピーチするが、それらは多くの場合「既に語り尽くされた手法」であり、そのテーマについて真剣に仕事をしてきたメンバーからは白い目を向けられる羽目になる。

斬新なアイデアが出るということはまずない。数時間に渡る拘束がやっと終わったかと思ったら、デスクに戻れば未読のメールやメッセージがたまっている。しょんぼりしながら溜まった仕事にありつく。

これがブレストのあるある、じゃないだろうか。

こう書くと「どれだけブレストのこときらいやねん!」と自分でも思う(笑)。けれど実際に何度もこういう経験をしてきたから仕方ない。同じようなご経験をされた方もきっとたくさんいるんじゃないだろうか?

個人的に思うのは「もう人が集まってブレストをするというのは古いやり方なんじゃないか」ということだ。

「シングル・スレッド・オーナー」という考え方

なぜブレストは時間だけ食って徒労に終わることが多いのか?

それは「ぱっと思い付くぐらいの意見であれば一人でも思い付くから」というのがぼくの意見だ。ここで言う"一人"については、「そのテーマについて考え尽くした担当者」であればなおさらだ。

アメリカではシングル・スレッド・オーナー(英語では"Single-Threaded Owner")という考え方がある。これは平たく言うと「1人の人物が1つのプロジェクトに100%責任を持って統括する」というものだ。ビジネスにおける上流から下流までを隅々まで理解してそのすべてにコミットすることを意味する。

これはなにか新しいビジネスやプロダクトを立ち上げるときについてはとても効果的だ。「たくさんの賢そうな人が口々に"それっぽいこと"を言うだけで一向に物事が進まない」というよくありがちなトラップに陥ることなく、権限を与えられた一人のリーダーが結果を出すまでぐいぐいとプロジェクトを引っ張る。ぼくは日本企業から外資系IT企業に転職した時にこういう文化に刺激を受けたし、アメリカで働くようになってからはもっと責任の所在が明確で一人一人のリーダーの推進力がすごいから本当にびっくりした。

こういうと「一人あたりの責任が大きすぎてプレッシャーがすごそう」と思うかもしれない。そして間違いなくそういう部分はあると認めざるを得ない。

でもこれを実践している当事者として思うのは、こういう仕事の仕方のほうが自分でどんどん進められるので楽しいということだ。

アメリカでイノベーションが推進される理由には「やる気と能力がある人材にどこまでも自由にやらせる」という下地があるからじゃないかと思う。

ぼくが思うにイーロン・マスクやOpen AIのサム・アルトマンも「シングル・スレッド・オーナー」なのだ。「一番やる気がある人に、一番権限と自由を与える」という働き方が新しいものを生み出す鍵だという仮説をぼくは持っているし、毎日その考えに確信を強めている気がする。

「一人のリーダー」と「その他のサポーター」でチームを作る

ブレストの話に戻すと「たくさんの人がなにも用意せずにその場で思いついたことを言う」のではなくて「一人の責任あるリーダーが素案を用意してそれについて周りから意見を求める」ことの方が圧倒的に物事は前へと進める。

アメリカ本社で働くようになってから衝撃だったのは「とにかく文章を書く」ということだ。これがなにを意味するのか。それは「一人のリーダーがまずはデータを徹底的に集めて考え抜いて素案を用意する」というプロセスが強制されるということなのだ。PM (プロダクト・マネージャー) は毎月びっくりする量の文章を書いているが、これはみんなで議論するための叩き台を用意する作業なのだ。そしてその叩き台の質が高ければ高いほど、議論の内容も濃くなるし「考え抜かれた上での意思決定」というビジネスとプロダクト開発における最強のアウトプットをもたらすことができる。

書くことの効用については以下の記事にじっくり綴ったのでそちらに譲るとしよう。肝心なのは「一人のリーダーがぐいぐいと引っ張りながら、周りはあくまでサポーターとして支える」という風にチームを構成することだと思う。こうすることでリーダーの推進力を失わず、意思決定者を明確にすることができるので、余計な政治や調整の時間が減る。アメリカではどのプロジェクトでも気持ちがいいほどこのようにチームを築いて構成員の重みづけをしている。そしてこの働き方はかなり効率的で効果的だと自信を持って言える。

雑談というクリエイティブな武器

簡単なアイデア出しのレベルならAIを活用するのがベストだ。ChatGPTに意見を求めればたくさんの方法や考え方に瞬時にアクセスできる。そう、いわゆるブレストについてはもうAIとやる方が生産的だというフェーズに来ている。

でも先ほど挙げた東大教授のお二人(暦本純一さん・松尾豊さん)が言う通り、「雑談」はとても大事だ。ゴールやテーマを決めずに「ふわっと喋る」ことで思い寄らないことが頭に浮かんだり、これまでの考え方では気付けなかった物事のカラクリにあっさり気付けたりする。

そしてこの「ふわっと喋る」ことについてはまだまだAIでは補えない部分がある。なぜならChatGPTやAIは常に「論理的に正しい答え」を出すからだ。

でも人間の雑談はもっと自由だ。質問に答えなくてもいいし、脈絡がなくてもいい。どうでもいい会話からこそ「そういえばこういう考え方もあるかも」とはっとさせられることもしばしばだ。

雑談を意識的に自分の働き方や日常生活に取り入れてみることがクリエイティブになる近道かも。そんなことを考えさせてくれる素晴らしい本でした。



ふらっと雑談してるのかな?

今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。

家の近くの散歩道で。シアトルのダウンタウンを眺めながら。

それではどうも。お疲れたまねぎでした!

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福原たまねぎ きっとおもしろいこと書きますので!