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僕と娘と覚醒剤 #004 | 母と娘の関係①


「ママうざい。もう話したくない」


僕と保釈された娘は、無事、保釈地として申請した家に到着した。

保釈中は、許可なくこの家を離れて外泊することは許されないし、裁判所や検察から照会があった場合には、すぐに対応しなければならない。

つまり、ここは僕の家だが、この状況下においては、ゆるやかな拘置所のようなもので、いくつかの決められたルールに従わなかった場合は、保釈金(200万円…グエー!)は没収の上、すぐに本物の拘置所に戻され、そこで裁判を待つ、ということになる。

僕は父親であると同時に、身元引受人という監督官でもあるので、裁判所に対する報告権のようなものを持ち、お前の生殺与奪(と、いうのはいささか大げさだけど)は、パパしだいなのだぞ、と、娘を少し脅しておく。


「うん。はい。わかってます…」


娘は保釈許可決定書を前に、珍しく神妙な面持ちで僕の話を聞いていた。

無事に到着した旨を、元妻に伝えるために電話をかける。

僕と元妻が事務的な話を終えたあと、元妻が娘と話したいというので、iPhoneを娘に渡す。

すぐに不穏な空気が漂い始めた。



正直、わかっていた。

今の状態で、元妻と娘に話をさせるのは、1941年の日本政府にハルノートを突きつけるようなものだと。戦闘開始の合図をするのに等しい行為だと。

しかし僕は、娘を無事にここまで連れてこられたことにホッとしていたのだ。暴れることもなく、逃げ出すこともなく、西が丘から列車で3時間の旅程のすえ、当座の衣料品や食料品の買い物も済ませ、やっと家まで連れてこられたことにホッとしていたのだ。

娘の身元引受人として彼女を保釈させるにあたって、僕が守ろうと決めていたことが複数あるのだが、その中で特に重要な2点は、

・ スマホ(ソーシャルメディア)を使わせない
・ 母親(元妻)とは落ち着くまで話をさせない

で、あった。

呆けていた。ボケていた、忘れていた。人は忘れる油断する。そんなことも忘れていた。つまり全てを忘れていた。アホである。バカである。父親失格である(もともと失格です)。

娘の音声が、喚き声から叫び声に変わる前に、iPhoneを取り上げる。

「そんじゃ、ま、そういうことで」と元妻に言い、通話を切る。

「ママうざいなんなのママうざい死ねママうざいもうやだ」

泣くなよそんなことで、と思いながら、娘の前に座る。


「ほいで?なんだって?」


「なんでもねーし。パパに関係ねーし」


「いや、あるだろ」


「関係ねーだろ!!!」


取り付く島もねぇなぁ…と思いながら娘が話し始めるのを待つ。ま、そのうちなんか言うだろ。言いたいはずだし。

僕は女癖が悪かったので、女性相手の修羅場には慣れているのだ。まさか女癖の悪さが、子供との対話で生きてくるとはなぁ…とかなんとか、どうしようもないことを考える。クズならではの特技だ。人生何が役に立つかわからんもんである。みんな覚えておくといい。



「なんもわかってねーくせに、うっさいんだよ。ママは!うちのこと虐待したくせに!イチからやりなおせってなんだよ!意味わかんねーし!」


元妻の名誉の為に断っておくが、元妻は娘を虐待していない。小学校高学年だか中学生だかのくらいに、娘との言い争いの末、感情が高ぶってしまい、一度ひっぱたいてしまった、という程度である。

子育てしている親なら解ると思うが、それを『虐待』と言い切ってしまうのは、いささかフェアではない。しかし娘は、自分の問題の根本のひとつにはそれ(虐待?)がある、と信じてしまっているのだ。

問題の根本を他責にしているという状態では、問題を解決できない。まず、自分自身の問題の根本責任は自分にある、という状態にもっていかないと、自分で解決できる状態にすらならないからだ。

トラブルが起きてしまった以上、そのトラブルの原因なんぞはどーでもいいのである。それが事実であろうが妄想であろうが勘違いであろうが、各々に主体性を持つ関係者個人は好き勝手に『事実』を歪めて理解してしまう。そして、その状態である限り、見解の一致を見ることは永遠にない。

だから自分が悪かろうが、相手が悪かろうが、自分の問題はキチンと自分の問題として噛み砕き、咀嚼して飲み込み、体内のいろんな消化器官を通過させて、クソとしてトイレに流す、というプロセスを経て前に進まなければならないのだ。くちゃくちゃくちゃくちゃと、口の中で問題を噛みしめて唾液まみれにしたって何も進展しない。

ともかくこれは、保釈後1日目の、このヒリヒリとした状況下で、不安定な関係にある母娘を電話で話させてしまった僕の責任である。

僕も元妻も分かっていたのだ。元妻からも『絶対に衝突しちゃうから、すこしの間だけ距離をおかせてくれ』と、言い含められていたのだ。

しかし、元妻も娘の事が心配で心配でたまらなくって、ちょっと声を聞きたくなってしまったのだろう。気持ちは分かる。しかし僕はそれを断るべきであった。



人間とは、実に矛盾に溢れた生き物で、言葉と行動が一致しない、なんてことがよくあるのである。

それは実に複雑な機能を持つ『こころ』という器官の作用で、これはもう、言語や理論、神経・筋肉動作を超える、理不尽で複雑怪奇な事象を発生させてしまう。

それは『愛』と呼ぶべきか、『憎しみ』と呼ぶべきものなのか、それとも他の生理現象を指し示す特別な何かなのか。確実にいえるのは、こういう作用が世の中の人間関係トラブルの原因の大半を占めているであろうという事実だ。

しかし僕にはそんな難しいことを解決する能力なんかないので、とりあえず自分の生理現象であろう問題を、グズグズとベソをかいてる娘に告げることにした。


「なぁ、腹減った。メシにせんか?」


「ぅえっ!?今ぁ?」


「天ぷら作るとかいってたじゃんか」


「うへ!?天ぷら? えええ.…あー…いーけど…」


そんなわけで、初日の夕飯は天ぷらで、なんだか全てがバカバカしくなった僕と娘は早々に互いの自室に引っ込んで就寝したのであった。

2人であったかいメシを作って食えば、まぁちょっとは落ち着くよね。

アホで泣き虫だけど料理はそれなりに上手