「帝国の動向」 フェルナンド・デル・パソ(前)
寺尾隆吉 訳 フィクションのエル・ドラード 水声社
「帝国の動向」は866ページ…読めるんかい…
(最近、分冊を嫌ってか、結構な鈍器本をよく見かける。「モスカット一族」とか「人形」とか(ひょっとして両方ともポーランド関係?))
ビジャロボス「犬売ります」より。
アドルノとともにこの小説のキーとなっているフェルナンド・デル・パソ(1935-2018)。フランチェスカ達の読書会で取り上げていたのは「メキシコのパリヌーロ」という、ラブレー的な、1230ページ、重さ3.5キロの小説。これはまだ邦訳ないが、今年(2021)またもや?寺尾隆吉氏により同著者の「帝国の動向」が出た。これも結構厚い(600ページ?)で、ゴキブリ退治にも使えそう(笑)
(2021 05/02)
放っておいたら永遠に読まなくなるので? GW用にと今日から読み始め。
第1章「バウハウト城」
時代は19世紀のメキシコ。ハプスブルク家のマクシミリアンと、ベルギー王家(あのコンゴ自由国のレオポルドの妹)の娘シャルロットがメキシコ皇帝夫妻として派遣される。が、ベニト・フアレスの軍により、マクシミリアンは殺され(1867)、シャルロットはベルギーに戻され1927年に亡くなる。これまでのメキシコでの評価は、インディオ出身ともされるフアレスを高く評価し、マクシミリアンの時代はその前段階の搾取の時代とされていた。その評価を再考するきっかけとなったのが、この本「帝国の動向」なのだという。
(同じ主題では、前に「ラテンアメリカ怪談集」収録のフェンテスの「トラクトカツィネ」という短編を読んだ)
さて、小説の構造的な話に移るが、目次見てわかる通り、奇数章の「バウハウト城-一九二七年」(これは固定)と、偶数章の19世紀のマクシミリアン時代の時系列の章が交互になっている。先も述べた通り、1927年はシャルロットが亡くなった年なので、奇数章はシャルロットの死ぬ直前の回想になる。そこに時々メキシコから「帝国の動向」(メキシコの情報)が来るという具合。今は第1章読み終えただけなのでこれだけだが。
言うならば、一方で狂人の妄想によって歴史を破壊しながら、他方で破壊された歴史を構築し直す、そんな矛盾と緊張に満ちた作業が作品の土台をなしている。
(p861-862)
訳者あとがきから。「一方」が奇数章、「他方」が偶数章。
ではでは(厚いから、手が疲れる…)
ケレタロで嵌められたあの目が遠くから私を見つめ、土とサボテンに覆われた丘から驚きの視線を投げかけ、いったいいつの間にこれほどたくさん事件が起こったのだ、そんな問いを向けてくるみたい。聞いているの、マクシミリアン、電話が発明されたのよ、ガス灯も、自動車もよ、マックス、あなたの兄フランツ・ヨーゼフは、最後の古風なヨーロッパ皇帝を自称していたけど、生涯一度だけ自動車に乗ったのよ
(p20)
ケレタロというのはマクシミリアンが殺された場所…このシャルロットの回想というか妄想は、既に第一次世界大戦も終結している時期…なので、こうなる。マクシミリアンが亡くなって60年経っていることになるが、この60年間は、それから60年後(1987年)の間、あるいは今年から逆算しての60年前(1964年)の間より、たぶん社会的・文化的断絶感は比べられないほど大きい、と思う。当時普通にあったものがこの60年間に壊され無くなったものも多い。ちなみに、この第1章のシャルロットの回想はまだまだ違和感少なく読めるレベルだが、p26の見た夢の話辺りは危険な香りも漂う。
信じられなくとも、望まなくとも、どれほど遠くに見えようとも、あらゆる日はいつか必ずやってくる。十八歳になって、初めて舞踏会に参加する日、結婚の幸せを手にする日、そして、最期の日。臨終の日が訪れると、人生のあらゆる日々が一つになる。
(p21)
限りなく臨終の日に近い、バウハウト城で回想しているシャルロットからは、あらゆるこれまでの日々がほとんど重なって見えるはず。この視座はこれからこの小説読み進めるにあたって、たぶん役に立つ。
(30ページ読んでこんなに書いてたら、800ページ越えたらどうなるのだろうか…)
(2024 04/26)
第2章「両ナポレオンの間で」、第3章「バウハウト城」
奇数章…シャルロットの回想、偶数章…史実と連動した物語、となっているが、今のところ興味深いのは奇数章。偶数章では、これまでのところスポットが当たっているのは、マクシミリアンではなく、ルイ・ナポレオン(ナポレオン3世)。
あなたの舌とあなたの目で、二人で一緒に歴史を作り直しましょう。
(p91)
ディヴィッド・リヴィングストンと一緒にアフリカへ行って、メキシコ帝国宮殿のイトゥルビデの間に象の頭を飾るのよ。ボストンのコンサートホールへ行って、ヨハン・シュトラウスを聴くのよ、百組のオーケストラ、二万人の音楽家をメキシコへ連れてきて、首都のアルマス広場でワルツ「皇帝」を演奏してもらうのよ。
(p92)
歴史改変の匂いがちらほら…「皇帝」ワルツ(皇帝円舞曲?)はもちろんマクシミリアンのメキシコ皇帝とかけてある。
(2024 05/01)
第4章「スカートの問題」
そして一八六一年十月三十日、ロンドンで調印された三国協定により、世界の海洋大国三カ国-メキシコの歴史家フエンテス・マレスの言葉を借りれば、「力はあるが気乗り薄な」イギリス、「乗り気だが力のない」スペイン、「乗り気で力もある」フランス-は、三国の臣民とその財産の適切な保護、そして対外債務支払い履行を求めてメキシコ政府に圧力をかけるという、「明白」と定義された目的のため、合同で占領部隊を早急にメキシコ湾岸に派遣することに決まった。
(p108)
この小説の発端がこう記述される。フアレス政府の債務停止宣言を受けての軍隊派遣。マレスの言葉の引用がなかなか皮肉が効いているのだが、何を引用するのかも作家の力量なのだろう。というわけで、フアレス政府は軍隊をベラクルスから引き上げ、三国の部隊はベラクルスに上陸したのだが、ここでの皮肉通り?イギリスとスペインはすぐフアレス政権と協議し撤退してしまう。
次の節は、マクシミリアンとシャルロットの夫妻が、メキシコ皇帝として現地に向かう為に、スペイン語の活用その他を「プロフェソール」に教えてもらっているところ。プロフェソールは在ヨーロッパのメキシコ人。この人の立場もなかなかに微妙(マクシミリアンのメキシコ皇帝即位に全面的に賛成、というわけではないみたい)。場所はミラマール城、トリエステ郊外だという。この時期マクシミリアンは、ロンバルディアとヴェネト(要は北イタリア)の公となっていた。
というわけで、スペイン語の活用とそれに絡めたメキシコの情報が話されていて、読み手も楽しい箇所。
「ジブラルタル総督が送ってくれたアイルランド製の菓子もあります。イギリス風にワインに浸せば絶版です」
「絶品、ですね、ドン・マクシミリアーノ」
(p115)
なんてネタから、三人の思惑がずれていくところまで。
(2024 05/03)
第5章「バウハウト城」
鏡がバラとなり、雲が山となり、山が鏡となる、これも夢の力だから、その気になれば私には、セダーノ・イ・レギサーノの黒髭を糊であなたにくっつけることもできるし、あなたの脚を切ってサンタ・アナの脚を付けることも、もう一方の脚を切ってウラガの脚を縫い付けることも、フアレスの黒い肌をあなたに被せることも、あなたの青い目とサパタの黒い目を取り替えることできる。
(p144)
この手であなたの型を取り、蠟をこね、この体の熱で愛を送ってあなたを溶かし、アーモンド菓子であなたの骨を作ってそれを貪り、石鹸であなたを作って一緒に風呂に浸かりながら体を擦り合い、一つの舌、苦い香りの一つの肌に溶け合うまであなたを舐める、そんなことができるのはこの私だけ。
(p145)
おー、だんだんドノソっぽくなってきたぞ(笑)
p144の文章では、サパタのように時代が異なる人物も混じっているのに注意(といっても、レギサーノとかウラガとか、メキシコの歴史に疎い自分は知らない人物もいるけど、サンタ・アナはなんとか(笑))。ここでは、シャルロットの、メキシコ人として最後まで見られなかった一般のマクシミリアン像への反発が見られる。p145ではメキシコには、アーモンド菓子で人形を作る文化・習慣があるのかもしれない。
この小説、奇数章は1927年シャルロットの空想、偶数章はほぼ史実に沿った年代記形式、ということは前も言ったが、今のところ、少なくとも自分は語り口に明確な差異はそこまで感じられない。こういう構造の小説は語り口の対比を見せつけるタイプが多い、と勝手に思っていたが…そうでもないらしい。
GW中に200ページ行きたかったなあ…
(2024 05/06)
第6章「《見目麗しい大公だこと》」
第6章からプエブラ包囲戦。プエブラを守備するメキシコ側では食糧がなくなっていく。その中の一節。
次には、大豆、レンズマメ、トルティージャ用のトウモロコシ、パン用の小麦など、穀物がなくなり、ある時、まだ営業していた数少ないパン屋の一つに爆弾が落ちると、ボローパン、ロールパン、ねじりパン、フランスパン、様々なパンが飛び散り、小麦粉を入れたずだ袋までいくつも破裂して、空から小麦粉の飴、いや、雪が降り、通りに打ち捨てられた死体のおぞましい腐臭に焦げたパンの臭いが重なって、なんとも不気味な空気が町に立ち込めた。
(p166-167)
昨日、奇数章と偶数章に語り口の差が少ないと書いたけれど、その一つの理由にこうした「もの尽くし」がどちらにも出てくるというのもある。
(2024 05/07)
第6章第2節は「そのとおりです、大統領閣下」。大統領はフアレス、彼と秘書官との対話からなる。偶数章も歴史記述の形式から対話形式、それから…と様々な趣向を凝らす(「それから」の部分は次に読む第3節)。
この対話中、フアレスは異様にマクシミリアンやその親類縁者の容姿を尋ねる。それは、フアレス自身がこのメキシコにおいて肌の黒さで差別的態度を見せつけられてきたから。
「そう、大公の容姿など本来ならどうでもいい、という話ですね、秘書官。とはいえ、事はそれほど単純ではありません。ゴビノーの人種の優越性に関する理論は、白人優位思想、さらには美しい容姿には美しい魂が宿り、その逆も真である、という理論とも表裏一体です。
(p185)
歴史を遡って、中世のイスラム世界が西洋より優位だった時には、イスラムの人々の一部?には「ヨーロッパの人々は白すぎて生命力が足りていない」とかなんとか言われてもいた、という話も思い出す(出典何だっけ?)。
次は軽い…というかおまけ箇所?
「プエブラ陥落が三カ月前…時の経つのは早いですね…すると、まずポーランド、続いてギリシア、そしてメキシコ、というわけですか…そのうちハプスブルク家は神聖ローマ帝国を再興しようとするのかな…」
「とはいえ、ドン・ベニト、ヴォルテールも言ったとおり」ドン・ベニトはまた部屋を歩いていた。「神聖でも、ローマでも、帝国でもありませんでした…」
(p194)
続いて…(ここは中抜きなので会話中だけど鉤括弧抜き)
そして、さっきも言いかけたとおり、ドイツ人には、自らの優越性や世界支配に関する危険な思想が根づいています。フィヒテを読んだことがありますか、秘書官? 確かに偉大な哲学者ですが、ボナパルトがフランス革命の理想を裏切った以上、その理想の達成へと人類を導くことができるのはフランス人ではなくドイツ人だ、という理念をドイツ専制君主の頭に叩き込みました。不条理なことに、フィヒテに続いてヘーゲルが国家を神聖化し、結局のところ暴君を神聖化したのです…
(p195)
そのフアレスが嗅ぎ取ったドイツ思想の危険な部分は、ドイツロマン主義として真剣に考えられ精緻化していった。ただ政治外交とか損得とか国民感情とかだけでは、海外侵略もホロコーストも起こらなかっただろう。
しかし、フアレスはフィヒテやヘーゲルも読んでいたのか、少し意外。この辺読者とともに、ひょっとしたら作者自身も意外に思って立項したのかも。
(2024 05/11)
今日はまず第6章第3節「街と売り子たち」
ここまで偶数章ではいろいろな語りの形式が試されてきたが、ここでは売り子の掛け声と物語進行の地の文が交互に出される。それも目立つのは掛け声の方で、地の文は説明的に添えられるということが多い印象。
掛け声パートはだいたい、売り子の故郷と都会メキシコシティとの比較で形成されている。
それにアルマス広場では、晩鐘の後でフランス音楽が
流れる。俺の故郷じゃありえない。無視されることもあるし、
神父や修道士が通れば、乱暴に帽子を剥ぎ取られることも
確かにある。だけど、ここにはティボリ・デル・エリセオ園があって
日曜日に散歩に繰り出せば、イワシやソーセージの入った
サンドイッチの匂いに溢れてる。俺の故郷には
代書人なんていないから、俺みたいに読み書きできない者は
手紙を書いてもらうこともできない…
いつかあそこへ連れて行ってやるよ、サント・ドミンゴ広場へ、
インクの臭いを嗅いで
紙の上を滑るペンの音を聞くがいい…
(p203)
これは一つの掛け声の一部分だけだが、これ実際にはどこまで掛け声でどこまで内省もしくは独り言なのだろうか。あるいは即席にて歌っている歌なのか。とにかく、ここでちらちら触れられている政治動向が地の文に引き継がれていく。例えばここでは、神父や修道士が通った時に帽子を剥ぎ取られることがある、とあるが、最初はよくわからなかったが、どうやら不敬だ云々とかでそうされることが結構あったらしい。江戸時代の切り捨て御免みたいなものか。フアレス時代には遠ざけられていた宗教界が、フランスカトリックの保護という名目で再び街中に現れ始めたことがわかる…ただ、このあとの展開では極端に宗教界の復興のみするのではなく、信仰の自由一応認めようという雰囲気になり、今までの布告をしてきたフォレイ将軍などが行き場失って公園ベンチでこれら掛け声を聞いている、なんて展開に。
あとは、読み書きできない人々は当時はかなり多かったと思うが、紙やインクや書く行為それ自体が滅多に見たことがない人々が田舎には多数いる、という点。この手の人々には紙やインクも魔術的力を持っていたのだな。
とかなんとか、各掛け声パートでいろいろ世俗的理解ができる構成。
第7章「バウハウト城」
…シャルロットの少女時代の回想。
家庭教師や先生やメイド頭と一緒に数学や地理を勉強していては学べないことを、独りぼっちで宮殿の階段や暗い隅っこにいる時に亡霊たちの口から聞いて学んだような気もするわ、マクシミリアン。
(p231)
親族などからは王族の血の純血を守れ、などと言われていたのに、これら亡霊たちはそれまでにさまざまな交雑?があったと聞かされる。そのうち、こういった亡霊たちが少女シャルロットに迫ってくる。初潮を迎えるまでは難なく守っていたが、それ以降は…
シャルロットの狂気の行方はよくわからず、ケレタロで処刑された時から時間を逆行させて処刑当日にいた独房まで戻らせたい、と念じるところはよくわかるのだが、シャルロットが独り占めしたいのは、この独房にいるマクシミリアンであるらしい。栄光にあった時期では決してなく。
この章ラストは、そのケレタロでの包囲戦(プエブラとは逆に包囲されているのがフランス側)の光景。重税と戦争供出で窓も鉛活字も鐘も皆無になったケレタロでは、マクシミリアンが殺されても何も鳴らなかった、という。印象深い場面だが、シャルロットの章なので誇張され改変されている可能性も大…
(2024 05/12)
第8章「《金の揺り籠を永遠に離れねばならないのか》」
第1節は史実編。マクシミリアンがオーストリアの帝位継承権とメキシコ皇帝とを比べている政治的な推移。
第2節は語り手がメキシコ側になって、メキシコでも蔑視されていそうな人物の、怪しげな語り。カマロン農園に立て篭もったフランス外人部隊への襲撃を語る。
私には煙草なんかなくても蚊など寄ってはきません。みんな私の血が汚れていることを知っていますからね。
(p274)
自分は戦ってはいないただの情報屋であるとか、読み書きはできないとか、もう身につき過ぎているへりくだり方が目立ってはいたが、ここまでくると民族とかいうレベルではなくもっと個人的な事情も気になってくる。この語り手、このあとも登場するのだろうか。
数字は嘘をつかない、それだけです。私は足し算も引き算も習ったことはありませんし、数字なんて、読めもしなけりゃ書けもしませんが、花やハゲタカの数なら勘定できます。日にちや死体の引き算もできます。間違えることなんぞありません。ハゲタカにも間違いはありません。
(p276)
どっちやねん(笑)…最後の一文はまた意味がずれてきて、死がありふれた戦場への言及が入ってきている。この第2節の語り、オチもなかなか。
一方、第3節での手紙は、実は第4章第3節の手紙の返信となっている。兄弟の大西洋を越えた手紙のやり取り。こちらの第8章のアルフォンスがフランスにいて、第4章のジャン=ピエールがメキシコに従軍している。アルフォンスの方が啓蒙的な思想の持ち主っぽい…が、ジャン=ピエールがメキシコにいることを幸い?許嫁のクロードを誘惑してたりもする。ハイチの黒人叛乱の鎮圧とか、イギリスの《ラッダイト運動》の鎮圧…いろいろ論じているが、そんな中から自分的に気になる箇所を…
メキシコ、コロンビア、アルゼンチンなどはいまや《ラテンアメリカ諸国》なのです。ルイ・ナポレオンが《イスパノアメリカ》の旗手を気取るのでは具合が悪いというので、《イスパノ》を《ラテン》と置き換えることで問題を解決し、ついでに現在と未来のカリブにおけるフランス植民地もそこに含めてしまおうというわけです。
(p289)
…知らなかった(そもそも事実なのか…ウェブでの検索結果によればほぼその通りらしいが)…
ちなみに今日、津田沼丸善で「物語 メキシコの歴史」購入。著者は大垣貴志郎。「帝国の動向」副読本? とりあえずざっと読んだところでいうと、第8章第1節のマクシミリアンがギリシアの君主になる案は実際にあったらしい。
(2024 05/19)
第9章「バウハウト城」
…時間がマクシミリアンの死んだ午前7時で止まった城
実はこれは私の思いつき、子供の頃から、石のようにじっと黙っていることにかけて私の右に出る者はいなかったのよ、マックス、指一本動かさず、瞼を閉じることもなく、ほとんど息をすることもなく、胸の動きを止めて、唾を飲み込むこともなく、瞳に光が宿ることもなく、まるで目を開けたまま眠ってでもいるように、いや、眠っているどころか死んでいるように、いや、死んでいるどころか存在すらしないように、じっとしていることができたのよ
(p306)
これは当時の王族の、そして女性教育(躾)の諧謔的誇張表現であるだろう。そうして動かず、言わず、の教育の反動が、この狂乱的な一方的語りになるのだろう。
(2024 05/30)
第10章「マッシミリアーノ、騙されてはいけません」
第1節はミラマールからベラクルスを経てメキシコシティまでの、マクシミリアンとシャルロットの入城。
雪を被った二つの火山、ポポカテペトルとイスタシウワトルの脇を通り過ぎたところで、深い感動が広がり、とはいえ、本当はポポだけが火山で、イスタは違うんですが、とイグレシアス氏が口を挟み、メキシコ渓谷の広がりを印象づけるためにそう呼んでいるんです、コロニッツ伯爵夫人は高度のせいで少し鼻血を出し、ジチ伯爵は少し息が切れていたが、誰もが感動で泣き出しそうだった。
(p333)
行程の最終局面から。地中海から大西洋の航海では、ローマやジブラルタルに寄りながら、メキシコ軍や役人の制服や宮殿改修プランを練っているマクシミリアン。そこにさまざまな声や思い出、それに作者の挿入が行替えもなく現れる。この上の文章もいろいろな断面が並行し、この小説の面白味ある文体を作り上げている。メキシコシティでは(ベラクルスとは違って)歓迎式典が盛大に行われたが、今までも出ていたエピソードである宮殿のベッドが南京虫だらけで、マクシミリアンはビリヤード台に、シャルロットは肘掛け椅子で夜を明かした話が出てくる。
第2節は、インディオらしい伝令を捕らえたデュ・パン大佐の拷問。なかなかきつい場面だが、最後まで伝令は口を割らない。デュ・パン自身も何故これほどまでに強情?なのか不思議がっているよう…第3節では、このデュ・パン大佐はフランスに戻されている。マクシミリアンの命令によって。
第3節、今度は主にヨーロッパ側(それにマクシミリアンやシャルロット)の話が細切れに数珠繋ぎになっている。
メキシコの統治とはシーシュポスの仕事にほかならない。
(p354)
これはシャルロットの祖母マリー・アメリーの挿話から。マリー・アメリーは、マクシミリアン達はメキシコに行ったら殺される、と前に予言していた人物。
続いてはマクシミリアンの秘書が使っていた《インク鉛筆》なるペンの話。水で濡らすか舐めてから書くことができる。
彼の唇と舌はいつも紫色に染まり、それがマックスにはおかしくてたまらなかった。だが、馬車の旅でインク瓶を使うとなれば、でこぼこの多い道中にみんなインクまみれになってしまうし、そうだろう、ブラシオ、手紙や宣告を乾かす術もないから、このペンのほうが便利だった。窓から手を出して乾かしたりして、マクシミリアン皇帝の宣告が風に吹き飛ばされて鳥にでもなったらどうするんだい?
(p365)
なかなかに面白い文章で、特に最後の宣告書いた紙が鳥になる…という箇所は鮮やか…ただ、今思ったのだが、こここの後の何かの暗示でもあるのかな。
だが、メキシコのように何でも起こりうる国では、何か手を打つことなど不可能だった。数カ月後にシャルロットが伝えてくるとおり、メキシコでは、カオスのみならず《無》が尊ばれ、《ピラミッドほど古い不動の》石のような《無》が支配している。
(p366)
この第3節のタイトルが「実生活の場面-メキシコの無」という…だからここは重要箇所だと思うのだが、正直まだ意味を捉えられていない。ひょっとして、第2節のデュ・パン大佐が訝しんだ伝令の強情さとも響き合っているのかもしれない。
マクシミリアンが乾燥粉の使用を嫌がるせいで、ブラシオは書き終わった紙を一枚一枚床に並べてインクを乾かさねばならず、皇帝の執務室はいつも書類の絨毯で埋め尽くされてしまう。
(p371)
あれ、《インク鉛筆》はどこ行ったの?この後の文には、マクシミリアンが報告や指示を全て書面で行うとしたことで、床という床が書類のカオス化が進行している、とある。
そう、愛するシャルロットの言うとおりで、何でも起こりうる国では何も起こらない。ねえ、ブラシオ、あの著名なメキシコの保守派ルカス・アラマンの本は読んだかい? アラマンによれば、メキシコという国は流産なんだ…
(p379)
先程の《無》とつながっているマクシミリアンの言葉。ちなみにブラシオはマクシミリアンの秘書で若いメキシコ人。ルカス・アラマンは「ひょっとして、作者が20世紀辺りの思想家を紛れ込ませたのでは」と勘繰ったけれど、ちゃんと実在する19世紀前半の保守派政治家…
(自分が知らなかっただけで、メキシコの歴史・思想では重要人物らしい。大垣貴志郎「物語 メキシコの歴史」中公新書より)
(2024 05/31)
第11章「バウハウト城」
シャルロット12歳か13歳の頃の夏の終わり頃の午後。シャルロットは桃を食べながら?寝てしまう…
唇に不思議なものを感じて私はすぐに目を覚ましたけれど、しばらくは目を開けずにいた。ハエが口に止まり、私の唾液と混じった桃の蜜を吸っているのがわかって、しばらくそのまま放っておいた。もっと唾液と蜜をあげるために軽く開いた唇の端へ細い脚と口が動き、ハエも私も少しずつ快楽を募らせていった。経験したことのない汚らわしい感触のおかげで、私の皮膚にそれまでとは違う生命が宿ったことがわかった。というより、あの感触は、素肌の腕をカーテンの房に滑らせ、ごくかすかに糸が肌に触れる時のちょっとくすぐったい感じ、肩まで上がった悪寒が背中へと散らばっていく感じにそっくりだったのかもしれない。私の肌と私は、あの感触のために生まれてきたのよ。ハエの脚に、カーテンの房に、花びらに撫でられるために。
(p389)
感覚で全てを書き切ったような、詩的な箇所。ハエはこれからの生涯・歴史の始まり? それとも原始的体験の基層になっていくのか? それと「私の肌と私は」の部分は、先に「肌」が来ることによって、私自身より肌が先に生まれたような、そんな効果を与える。
この後の、p391から392の、メキシコで、マヤ・インディオの女の装飾品で生きた虫に宝石つけてブラウスにつける(これはどこかで聞いたことがある)ものをプレゼントされたり、虫だらけのドレスを着て首から下をびっしり虫で覆われてしまった夢を見たりするところにつながって、(自分が虫苦手なこともあって)深くなっていく。この感触が全てみたいな感性が、この部分の前に書かれている、貰うもの触れるもの全てに毒が塗られているからと、洗ったり捨てたりしている姿と共存しているのが、この時期のシャルロットの精神状況なのだろう。
ということで、第11章読み終えた時点でp399。やっと半分…行ってない…章の数見ても全23章のちょうど半分は次章…
(ここまで読んだのは前々日から前日夜)
続けて今朝分。
第12章「《オーストリア人と呼ぶことにしましょう》」
第1節「《ゼラチンのようです》…」
「オーストリア人」とは、ハプスブルク帝国継承権はもとより大公の地位も失ったマクシミリアンのこと。これを語っているフアレス側からすれば、もちろんメキシコ皇帝ではないので、単に「オーストリア人」ということになる。そして「ゼラチン」とはそんなマクシミリアンの帝国のこと。
というわけで、第1節はベニト・フアレスと秘書官の対話。第6章で登場以来。
まずは、マクシミリアンがチャロというメキシコ風の格好をしているという話から始まって、ハプスブルク家には国籍を超越して諸民族を統治する特権が備わっていると彼らは言っているという言葉を受けて。
しかし、もっとタチの悪いのは、そんな愚かしい話を受け入れたり、黙認したりする国民がいることです。
(p404)
ここなど、話的には19世紀のハプスブルク家への批判だが、現代でも通用しそうな批判。あるいは、現代の方が全国規模化して傾向は悪化しているのか。
メキシコシティを脱出して以来、ずっとあてもなく水に浮いているのではないか、目を覚ましてみると違う国にいて、広大な無のなかで一人ぼっちなのではないか、そんなことです。
(p406)
ここに、p414のメルチョール・オカンポとニューオリンズに飛ばされた時に湖を見ていた時の話が重なって、今彼らがいる北部の砂漠と水が対比をなしている。
その他、p404のチャロ姿のマクシミリアンと比べた時のフアレスの姿の描写を、この間読み切った「メキシコの歴史」の肖像画(p123)と比べて(オカンポも肖像画有り(p126))みたりもした。
(2024 06/05)
第12章続き
第2節「私は文字人です」
植字工の父から銀の植字を受け継ぎ、それを入れた櫃を運びながら、共和派の活動家かつ看板屋となった男の話。冒頭で「ほぼ平和主義者」と名乗り、「ほぼ」というのは一度だけ人を殺したことがある、というまたまた矛盾を孕んだ人物の語り。その最後、太平洋岸グアイマスの町でフランス軍に敗れた共和派が逃れて、そこでフランス軍に属しているメキシコ人水兵がメキシコ軍士官に銃を向けているのを発見する。彼は声を出そうとするが、それに気づいたフランス軍のメキシコ人水兵は、彼に銃口を向ける…
咄嗟に私は、父も言っていたとおり、革命ともなれば一兵卒より文字人のほうが有用かもしれないと思い直しました。そしてその時父のことを思い出したおかげで、大義や人を生かすも文字次第、あの言葉が頭に甦り、すでに皆さまご想像のとおりのことを思いつきました。すなわち、洞穴へ駆け込んで植字入りの櫃を担ぎ、こっそり崖の縁まで進んで水兵に櫃を投げつけたのです。
(p429)
したたか…と言っていいのかどうか…
(そもそも、水兵の銃の銃口が本当に彼に向けられていたのか。もしそうだとすれば彼が洞穴などに向かっている間に撃たれているのではないか。というわけで、彼の臆病な勘違い、あるいは自意識過剰説浮上)
続いて第3節「ミラバジェの皇帝」
「ミラバジェ」は、トリエステのミラマール城が「海(マール)を見る(ミラ)」と命名したのを受けて、メキシコシティのチャプルテペック城を「谷(バジェ)を見る(ミラ)」と名づけた…ただ誰もそう呼んでくれない、とマクシミリアンは嘆く。
この節はマクシミリアンと、海洋学者・気象学者のマシュー・フォンティン・モーリー提督との会話。ここではこんな箇所を。
「閣下は…ブラジルでの体験について話しておられました。黒人のことです…」
「ああ、そうそう、そうでした。猿のように誰も彼もみんな同じに見えるのです…合衆国の黒人とは別物だと思います…ブラジルの黒人は全然違います…」
「合衆国の黒人は長年文明に接してきましたからね、閣下…」
「強い忠誠心と献身を示す逸話もたくさんあって、ソヴァージュ男爵は『帝国日報』に寄稿した報告書にいくつかその例を引いていますよ、提督。南部の黒人は、主人が放棄した財産を守るために同じ場所にとどまったそうです…」
(p434-435)
この時代には、為政者や知識人であってもこういう思考回路だったのか。「長年文明…」云々はもとより、主人の場所にとどまる南部黒人とかいうのも、彼らが(主人とは違って)逃げることもできないからでもあるのに…
(フォークナー「アブサロム、アブサロム!」のディールシーも思い出す)
あと、p437で出てくる「帝国史にまつわる絵画」は、現在どうなっているのだろう? 画家や作品名が出てくるので、どこか(メキシコ? フランス?)で現物あるのか、それとも目録だけなのか。後者だったら「失われたいくつかの物の目録」辺りで…
(2024 06/06)
