旁国のこの漢字はどう読む?「好・呼・華」「姐」「鬼」
古代日本語にハ行はなかったが
ハ行の漢字「好」「呼」「華」はどう読む?
魏志倭人伝の旁国に使われている漢字のうち、「好」「呼」「華」は、日本語の音読みではカ行ですが、古代中国語の上古音・中古音では子音が /h,x/(ハ行)です。「好」は「你好」(ニイハオ)の「好」なのでおなじみだと思います。旁国の4ヶ国に使われています。
※「好古都」「不呼」「呼邑」「華奴蘇奴」の4ヶ国
中国語では、「好」「呼」「華」の発音は、時代とともに以下のように変化しています(上古音・中古音は王力系統。現代はピンイン)。
好 上古音 hu → 中古音 hɑu → 現代 hao
呼 上古音 ha → 中古音 hu → 現代 hu
華 上古音 hoa → 中古音 hwa → 現代 hua

一方、上代[じょうだい]日本語(8世紀=奈良時代の古代日本語)にはハ行の発音はなく、パ行→ファ行→ハ行と変化したことがわかっています。旁国で使われている漢字のうち、「百」の上古音・中古音(王力系統)は /peak, pɐk/、「不」は /pǐwə, pǐuət/、「巴」は /pea, pa/ と、子音は /p/(パ行)です。ハ行になったのは江戸時代とされています。

では、「好」「呼」「華」は、倭人語(3世紀の日本語)ではどのような発音だったのでしょうか。主に、ハ行・ワ行・カ行の、3つの説が出されているので紹介します。
ハ行説
ハ行説は、魏志倭人伝で当てられた漢字の上古音・中古音の発音が /h,x/(ハ行)であることを根拠とし、倭人語(または3世紀の九州方言)にはハ行があったとします。
ハ行だったとすれば、例えば、「好古都」は「はかた」と読め、博多に比定できます。博多の比恵・那珂遺跡は奴国の王都ですが、奴国の発祥は須玖岡本[すぐ・おかもと]遺跡(春日市)ですから、博多に別の国があった可能性はあるかもしれません。

ワ行説
安本美典さん(邪馬台国の会主宰)はワ行説をとります。「呼」は万葉仮名で「を」と読むことを根拠とします。「好古都」を「をかだ」と読ませて、古事記にある「竺紫之岡田宮」(筑紫の岡田の宮=神武東征の経由地)と推定します(安本美典『「倭人語」の解読』(勉誠出版、2003年)p90)。安本さんは日本神話を重視しますので、日本神話に寄せた説だと言えます。
※日本書紀では「筑紫国岡水門」(神武天皇紀)、「岡県主」「岡浦」「岡津」(仲哀天皇紀)などと出てきて、奈文研古代地名検索システムでは「筑前国遠賀[おんが]郡」の異訓を「おか」としています。
ただ、安本さんも「卑弥呼」の読み方は「ひみこ」だとしていますので((安本美典『「倭人語」の解読』(勉誠出版、2003年)p123~)、「呼」の発音が場合によって「を」と「こ」で分かれるのはどうしてなのか、説明が必要だと思います。
カ行説:カ行なら郡名の比率に近づく
僕は、2026/4/21note(「〇奴国」の「奴」は助詞の「の/な」)で紹介した安本さんの手法にならって、「令制の九州の郡名」と「魏志倭人伝の国名」で「ハ行・ワ行・カ行を含む国名」の比率を比べてみました。その結果は下表のとおりです。赤枠で囲った部分を確認してください。
※魏志倭人伝の国名の発音は確定できませんが、ハ行・ワ行・カ行の可能性のある漢字の国名をカウントしました。
※「好」「呼」「華」はハ行・ワ行・カ行のいずれにもカウントしていません。「好古都」のカ行は「古」、「不呼」のハ行は「不」をカウントしています。

結果をまとめると以下のとおりです。

ハ行・ワ行は、「令制の九州の郡名」と「魏志倭人伝の国名」での比率はほぼ見合っています。一方、カ行を含む九州の郡名は58%もあるのに対し、魏志倭人伝の国名では33%しかなく不自然です。
/h,x/(ハ行)の漢字がすべてカ行だとすれば、比率は43%になり、九州の郡名での比率(58%)に近づきます。よって、「好」「呼」「華」はすべてカ行で読むのがいいというのが僕の結論になります。
※カ行 (10+3)ヶ国 / 30ヶ国 =13/30=43%
※2026/4/21noteで紹介したとおり、ナ行については、九州の郡名では11%しかないのに、魏志倭人伝の国名では30%もあって不自然です。そのため、安本さんは魏志倭人伝の「奴」のいくつかは助詞の「の/な」だと考え、僕もその説に賛成です。
※ただし、比率を九州のみで算出していること、郡名のみカウントしていること(郷名は対象外であること)といった偏りはあります。
ハ行の漢字の謎は残る
僕は「好」「呼」「華」をカ行で読みますが、謎は残ります。
同じカ行の発音なのに、カ(ガ)行の「古」「吾」「狗」が使われたり、ハ行の「好」「呼」「華」が使われたりしたのはなぜか
「好古都」では、「好」(子音はハ行)と「古」(カ行)の両方が使われている。発音には区別があったのか
「呼」はどうして万葉仮名では「を」と読まれたのか
「姐」の発音を中国語の方言で調べる
「姐」/tsia/ はどう読む?
魏志倭人伝の国名のうち、もう1つ、子音の読み方が難しいのが、「17姐奴国」の「姐」です。「姐」の上古音・中古音は /tsia, tsǐa/ です(王力系統)。現代北京語にそのままずばりはない発音で、どのような発音なのか、よくわかりません。僕は中国語の方言に残っているのではないかと推測し、小学堂DB(台湾)で調べてみました。
気の遠くなる作業でしたが、推測どおり、客家[はっか]語(中国南部の言語)の福建省寧化県[ねいかけん]の方言に、/tsia/ の発音が残っていました。例えば、「接」の発音が /tsia/ で同じです。強いてひらがな表記すれば、「つぃゃ」のような発音であることがわかりました。
【僕の調べた方法】
まず、小学堂DB(台湾)で、/tsia/ の発音をもつ漢字を探します。
トップ画面で「快速連結」の2行目の「漢字古今音資料庫」をクリック
左上の「現代」のタブをクリック
プルダウンで表示された方言をクリック
左サイドバーに表示された入力画面で、「聲母」(子音)に /ts/、「韻母」(母音)に /ia/ を入力して、「確定送出」をクリック
その方言で /tsia/ の発音をもつ漢字があれば、表示される
方言を上から順番に1つひとつクリックしていって、「客語」(客家語)の「姐」と「借」が /tsia/ の発音をもつことを確認しました。
次に「姐」「借」の実際の発音を Forvo の「客家語 の発音辞書」で調べました。ところが、客家語はまだ登録数が少なく、「姐」「借」は発音が登録されていませんでした(涙)。再び、小学堂DBの作業を続けました。
※Forvo:オンライン発音辞書。ネイティブスピーカーが自分の声を録音して登録していて、発音が聴けます。
表示された方言のうち、「客語」の「汀州片」の「寧化(福建)」の方言で、「接」も /tsia/ の発音をもつことを新たに確認しました。「接」は Forvo に登録されていて、発音が聴けた時は感動しました。
※汀州[ていしゅう]片:福建省西部の方言
「姐」は「つ」
もちろん、古代と現代で発音が同じとは限りませんが、同じ小学堂DBで、発音記号が同じであれば、ほぼ同一の発音と見なしていいと思います。
「姐=接」の発音は「汀州片・寧化(福建)」の方言から、/tsia/(つぃゃ)のような発音であることがわかりました。現在の北京語(ピンイン:jie)では /tɕie/(ちぇ)ですから、全然違います。
「姐」の発音は、/t/ を重視してタ行説と、/s/ を重視してサ行説があるようです。確かに、「つぁ」と「ちゃ」の中間のような発音ですから、どちらもありえます。
※「ちゃ」と「さ」の発音は、「お父さん」「お父ちゃん」などからわかるとおり近いです。
しかし、旁国の国名では、タ行には「都」「對」「投」「台」と、明らかにタ行(ダ行)の漢字が使われ、サ行には「斯」「蘇」と、明らかにサ行の漢字が使われています。わざわざ、タ行・サ行の漢字と異なる「姐」が使われたということは、タ行でもサ行でもない発音だと考えるべきではないでしょうか。僕は「姐」は「つ」を表したと考えます。
「つ」は五十音ではタ行に含まれていますが、/t/ の発音ではなく、現代日本語の中でも異質の発音です。文字どおり、ローマ字(ヘボン式)で表せば、/tsu/ になります。/tsia/(つぃゃ)の実際の発音を聴いても、「つ」が一番耳に入ってくると思います。

ちなみに、「令制の九州の郡名」では、「つ」を含むのは、96郡中の9郡 (9%)です。「魏志倭人伝の国名」では、30ヶ国の1ヶ国(3%)しかありません(對馬)。「17姐奴国」を加えれば7%になります。
※「つ」を含む郡名(9郡):上座・下座[つくら]、上妻・下妻、仲津、築城、松浦、藤津、八代、肝属[きもつき=大隅国]、薩摩

「鬼」は三重母音?
この記事は、旁国の国名に使われている漢字の子音の中で、読み方が難しい漢字を紹介するつもりでした。ところが、「鬼」という漢字も読み方が難しいことに今ごろ気づきました。難しいのは「鬼」の母音ですが、追加で紹介します。
「鬼」/kǐwəi/ はどう読む?
「鬼」は「22鬼国」「24鬼奴国」で使われています。
「鬼」の発音記号は、上古音・中古音とも /kǐwəi/ です。これは強いてひらがな表記すれば、「きうぇい」のような発音になります。中国語には「好」(hao)、家(jia)のように二重母音がありますが、/kǐwəi/ は二重母音どころか、まるで三重母音です。「鬼」は現代中国語では二重母音の /gui/ で、三重母音の名残があります。
「鬼」は、旁国の国名では「き」と読まれたと思います。なぜなら、旁国に使われている漢字のうち、「き」と読める漢字が他に1つもないからです。
※「支」は万葉仮名で「き」と読むとされていますが、僕は「ち←てぃ」と読むと考えています(2026/3/2note参照)。
「令制の九州の郡名」には、「き」を含む郡名が96郡中の18郡(19%)もあります。「き」を表す漢字が1つもないのは不自然です。「鬼」が「き」を表したのだと思います。
※「き」を含む郡名(18郡):築城、国東、基肄、小城、杵嶋、彼杵[そのき]、菊池、飽田[あきた]、益城、葦北、臼杵、宮埼、肝属、日置、甑嶋[こしきしま=薩摩国]、指宿[いぶすき]、給黎[きいれ]、高城
「鬼」「貴」は発音が同じ「き乙」
「鬼」は万葉仮名では「ま」と読みます(借訓=漢字の訓読みを万葉仮名に採用したもの)。「鬼」を借音で「き」と読んだ場合の甲類・乙類はどちらでしょうか。
これは意外と簡単に答えが出ます。「鬼」は以下のとおり、「貴=き乙」と上古音・中古音が同じであり、「鬼」が借音の万葉仮名で使われたとすると、「き乙」になります。

魏志倭人伝の旁国の漢字のうち、読み方が難しかったり、または読み方が特別な漢字の個別記事はこれで終わりです。5月には旁国比定の記事を投稿できるよう、がんばります。
※トップイラスト:イラストAC(弥生人)を改変
(最終更新2026/5/25)
