魏志倭人伝の旁国「〇奴国」の「奴」は助詞の「の/な」
2026/3/2note、2026/4/15noteで述べたとおり、僕は今、魏志倭人伝の旁国の所在地推定(比定)に挑戦しています。旁国比定には、安本美典さん(邪馬台国の会主宰)の著書『「倭人語」の解読』(勉誠出版、2003年)がとても参考になります。何度も繰り返して読んでいます。
旁国に「〇奴国」が多いのはなぜか
この本の中で、安本さんは、旁国に「奴」のつく国名が多いことに着目しました(『「倭人語」の解読』p67)。
僕なりにカウントすると、魏志倭人伝に登場する30ヶ国中、「奴」は9ヶ国(30%)に使われていて目立ちます。
6奴国
14弥奴国
17姐奴国
19蘇奴国
21華奴蘇奴国
24鬼奴国
20烏奴国
30奴国(重複)
31狗奴国
※国名の前の No は魏志倭人伝に登場する順番です。
※魏志倭人伝に登場する30ヶ国:行程記事8カ国、旁国記事21ヶ国、狗奴国
※奴国の重複を除くと、29ヶ国中8ヶ国(28%)
安本さんによると、令制[りょうせい]の九州の郡名(95郡)のうちナ行で終わるのは5郡(5%)しかありません(竹野、大野、三根、玉名、頴娃[ゑの])。
僕は、奈文研古代地名検索システムによって、ナ行で終わる郡だけではなくて、ナ行を含む郡をカウントしました。96郡中11郡(11%)でした(竹野、大野、三根、玉名/那珂(筑前)、宗像、三潴[みぬま]、仲津、直入、彼杵、那珂(日向))。
いずれにしても、魏志倭人伝に登場する国名で、ナ行が30%を占めるのは不自然であることがわかります。
※奈文研古代地名検索システムでは、「頴娃」を「えい/え」と読ませ、「ゑの」という読み方はありません。総郡数が安本さんと僕とで異なる理由は不明ですが、改編による郡の分割が関係しているのかもしれません。
※令制[りょうせい]:8世紀に施行された大宝令や養老令に基づく制度です。10世紀(平安中期)に編さんされた和名類聚抄[わみょうるいじゅしょう=和名抄](巻五~九)に、国・郡・郷名等が掲載されています。
安本さんは、旁国に「奴」が多いのは、いくつかが単に助詞の「の」を表しているからではないかと推定しました(『「倭人語」の解読』p67)。
令制の国名は、「〇〇の国」と、助詞の「の」をつけて読まれます。安本さんは、旁国の「奴」のうち(全部でなくても)いくつかは、それと同じように、助詞の「の」ではないかと考えたのです。
※(例)筑後国:ちくごのくに、肥前国=ひぜんのくに
僕は安本さんの説に賛成です。旁国の「奴」はほとんど「国」の前についていることも、いくつかは助詞の「の」であることを裏づけると思います。
※安本さんも僕も、比率を九州のみで算出していること、郡名のみカウントしていること(郷名は対象外であること)といった偏りはあります。
「奴」は「な」でも助詞となる
上代日本語(8世紀=奈良時代の古代日本語)には、「の」に甲類・乙類の2つの発音があり、区別されていました。「奴」は「の甲」ですが、助詞で使われる「能」などは「の乙」で異なる発音でした。そうだとすると、「奴」は助詞の「の」にはなりえないでしょうか。

安本さんは「奴」は(万葉仮名の「の甲」ではなく)、上古音 /na/ で「な」と読み、「な」が助詞の「の」の意味で使われていたとして、甲類・乙類の発音の問題をクリアしています。
その根拠として、古事記では「速吸門」[はやすいのみなと=豊後海峡](中巻・神武記)とされている記述を、日本書紀では「速吸名門」[はやすいなみなと](神代上)や「速吸之門」(神武紀)と記述している例を挙げています。古事記と比べても、日本書紀の「之」の記述と比べても、「名=な」が助詞の「の」の意味で使われていることがわかります。
安本さんは、日本語の熟語でも「な」が助詞の「の」の意味で使われていることを、たくさんの例を挙げて紹介していて、説得力があります。
まなじり=眼の尻
たなごころ=手の心
みなと=水の門
みなもと=水の元
みなそこ=水の底、など
(例)「19蘇奴国」の読み方
旁国の「奴」は、いくつかが助詞の「の」である可能性が高いことがわかりました。
それでは、「奴」を助詞の「の」とする、具体的な旁国比定の例を見てみましょう。安本さんは、例えば「19蘇奴国」は「奴」を助詞の「の」と見なすと、「蘇の国」[そのくに]と読めるとします。
※倭人語(3世紀の古代日本語)では「蘇な国」[そなくに」だった可能性があると思います。
さらに、「蘇」の上古音 /sag/ の語尾の /g/ を生かして、「さぐの国→さくの国→さかの国」と読め、肥前国佐嘉[さか]郡(現在の佐賀市)が最有力候補とします。

なるほどと思いました。安本さんは「19蘇奴国」だけに適用しているようですが、僕は他の旁国にも適用できると思います。
※トップイラスト:イラストAC(弥生人)を改変
※冒頭に述べたとおり、僕は今、旁国比定の記事を書いています。分量が多くなりすぎないように(すでに7万字を超えてしまいました)、特定の倭人語の発音の紹介を個別記事で外に出して、旁国比定の記事を少しでも軽量化することにしました。この記事が3本目で、あと2本出す予定です。
(最終更新2026/4/28)
