『インディペンデントな日々』 - 第五話 「芽生えかけの自我」
今となっては、作品の発表の場がつねにあるということはFUUDの活動において欠かせない要素なわけですが、そこをどのような場にするのか、という問いに答えることは手探りでした。
ここでみなさんに訊きたい。
自身の身の丈や身の程をご存知ですか?
ぼくはと言えば、知っていたり知らなかったりの行ったり来たりで、なかなか掴まえることができません、いまだに。
・自己顕示欲と技能の質との攻防
・自分を楽しませることの方法や選択肢の少なさ
作品をどう見せるかという問いは、前述したものと向き合う時間でもありました。
初めての作品展はぼくにとって集客以前の問題でした。どう言えばいいですかね? 例えば、ちょっと気になるあの人にどんな服を着て会いに行こう? と考えるような時間だったわけです。
選ぶ、纏う。
そうしなければいけないのは、裸で歩いて会いに行っても伝わるほどには認知度や作品の力がぼくになかったことと無関係ではないでしょう。
かつて「好きなものを描いとけばいいだけなら、そんなラクな仕事はないよ」という皮肉を込めた中堅イラストレーターの発言を商業画専門誌で読んだことがあります。以来、ずっとその発言がぼくの頭の隅にありました。
「それの何がいけないんだろう?」
「なぜ好きをそのまま伝えたらだめなんだ?」
その画家の主戦場はクライアントワークでした。プロとしてその優先順位を伝える記事だったのです。今考えると、ごもっともな発言です。
プロならば取引先・顧客がいます。だからプロなのです。この時期ぼくが迷っていたのはプロの画家としてやっていくのか?ということでした。
結論から言えば「NO」でした。ここで宣言するのはそんなことではない。むしろ、金にならないことだけど夢中で描いた作品たちを見せるんだ、と。FUUDはたのしんでいるじゃないか。何を? 人生を。
そう思ってからは早かった。とりあえず服を着るんだ。気負っててもいいじゃないか、なんせ初デートなんだぜ?(、、意訳が過ぎる)
もうてんこ盛りで準備しました。音楽をかけたい、どうせならレコードを再生させよう、置き場がないならD.I.Y。夢中に夢中を重ねて、鏡を見なければ気づかないくらい当時のぼくは少年でした。











いま、活動3年目にして先述の商業画家氏の言葉を思う。今ならその先を意訳できます。
「好きなものを描いとけばいいだけなら、そんなラクな仕事はないよ」という皮肉=「自分の好きだけじゃ飯は食えないぜ」=「いったい、その相手はあなたの絵に何を求めて関係を結ぼうとしているか考えたことはあるか?」
わかります。しかし、、、
初デートなんですよ、自分自分でいいじゃないですか。と振り返って思うのです。いくら器用にやれたとして、相手の受容に全振りするのはビジネスシーンでお腹いっぱいじゃないですか?(と、結論づけたわけです。)
自分の好き、相手の好き、自分の要望、相手の要望。すべてがうまい具合に、奇跡のようなバランスでそこにあるような、そんな場。それを追いかけるための「はじめの一歩」がたまたま自分の大好き、ってとこからだっただけなんだと。
こうして2024年5月、FUUDはいよいよ自身初の作品展を催すことになるのでした。

今回はここまで。
『インディペンデントな日々』不定期連載中
