エッセイ - 喪失、傷を癒す、その他のこと 〜 なぜ自分語りなのか③(完結)
子どもの頃から、どこか諦めたような気もちで場の要請(ヒトの社会性?ヒト社会の規範性?)を眺めてきたように思ってきたと綴った前回。
素人が学術的な単語を扱う危うさを承知で書くならば、たんに「幼児的独我論(childhood solipsism)」とでも指し示されるだけのこと、なのかもですけども。
この「諦めたような気もち」というのも今あらためて振り返っての記述で、当時のぼくは何かこう、えもいわれぬ居心地の良さと悪さを同時に抱えていたように思います。
「生命」については、その後もたびたび問題になります。例えば、幼稚園児のときに造花と生花を見比べたときや、小学生の国語の授業で「ごんぎつね」を学習したとき(の先生の物言いやクラスメイトの反応を見たとき)。中学生になって宮沢賢治の「よだかの星」を読んだときや、高校生になって中原中也の詩(とそれを評したとされる小林秀雄の言葉)を読んだとき。
問いの答えを知りたい。
生命というものに触れたい。
それが思春期なのだと言わんばかりにぼくは恋をします。そうです、触れたかったのです。(その辺りで自身に起きたあれやこれやの出来事は、青年期に村上春樹「海辺のカフカ」第28章を読んだ刹那すべてを理解した気になる、という経験を経ることで以降いったん問う主題ではなくなりました。ありがとう、村上春樹。)
書ききってしまうことを目的に綴っているこのエッセイ。ぼくがこの一連のエッセイを書き出すきっかけになった「喪失、傷を癒す」という言葉から思い浮かべたのは、幼少期から二十代くらいまでの自分自身が抱いていた「生命」のイメージでした。ぼくはその言葉が孕む温もりや柔らかさ、微細な震え、匂い、煌めきなどを思い出します。
あれは「生命」だったのだろうか?
あれを「生命」だと言うのだろうか?
実感から言えば答えはノーです。
ぼくは自身が生命体であること、その確認の機会を常に失い続けているような気がしています。また、それは、傷口のない傷のようなものだとも思うのです。FUUDが絵を描く、という行為は、その傷を癒す(ことができるかもしれない)行為でもあるのではなかろうか。と、そんな事を思って書き出したこのエッセイも③回目でようやく着地しそうです。
やはりFUUDはいかにも私小説的だなあと、そんなことが確認できたいい機会になりました。
FUUD、これからもドローイング、ドローイングでいかせていただきます。何卒ご贔屓に!
(了)
①はこちら↓
