そろそろ断捨離か。ガジェット集めすぎ問題。
※本記事はワタシが執筆および検証を行い、最終的な誤字脱字の確認・校正にのみAIを活用しています。
どうも、はむおっちです。
ワタシはガジェットが大好きだ。
好きすぎるがゆえに、気になるものがあると触ってみたくなる。
触ってみたい。
試してみたい。
使い比べてみたい。
その結果、気がつけば部屋の中はガジェットだらけになっている。
これはもう、趣味というより”癖(へき)”だ。
ガジェット収集癖なのだ。
どう頑張っても使いきれない
ガジェットに囲まれた生活は楽しい。
テンションも上がるし、所有欲も満たされる。
だが、現実は厳しい。
どう頑張っても使いきれない。
どう工夫しても使いこなせない。
「これはサブ用途で〜」
「これはこの場面で〜」
そうやって役割を与えても、
結局はメインのガジェットしか使わなくなる。
部屋の片隅で埃をかぶっているガジェットを見ると、
なんだか申し訳ない気持ちになる。
そのガジェットだって、
誰かが本気で考えて、設計して、作ったプロダクトなのだ。
本来なら、もっと活躍できるはずだ。
きっと、世の中のどこかには、
そのガジェットを必要としている人がいる。
定期的にくるエセミニマリスト魂
ワタシはミニマリストに憧れている。
スッキリした空間。
厳選された道具。
「本当に必要なものだけ」に囲まれた生活。
かっこいい。
しかし現実はどうか。
ガジェットを買う。
試す。
また買う。
気がつけば、ミニマリストとは真逆の環境が出来上がっている。
一応、「ガジェットマキシマリストだから」と開き直ってはいる。
だが、本心ではわかっている。
ワタシはミニマリストになりたい側の人間なのだ。
このどうしようもない矛盾。
この中途半端な立ち位置。
ワタシはこれを
エセミニマリスト
と呼んでいる。
そして最近、そのエセミニマリスト魂が、また震え始めている。
何を断捨離するのか
さて、断捨離をすると決めたとして。
問題はここからだ。
何を手放すのか。
どれも微妙に役割が違う。
どれも微妙に使い道がある。
そして、どれにもそれなりの思い出がある。
「これはあの時に買ったな」
「これはあの用途で使ってたな」
そう考え始めると、手が止まる。
結果、
「今回は見送るか」となる。
果たして、ワタシは断捨離に向いていないのだろうか。
断捨離後のワタシという最大の問題
さらに厄介なのが、その先だ。
ワタシは断捨離をする際、
だいたい中古買取ショップに持ち込む。
するとどうなるか。
新たな軍資金が、
“手に入ってしまう”のだ。
これは非常に危険である。
お金ができる。
心が軽くなる。
空間が空く。
そして数日後、
Amazonから段ボールが届く。
断捨離とは何だったのか。
物を減らして、
金を増やして、
また物を増やす。
完全にループしている。
このループを断ち切れるかどうか。
それが、ワタシにとって最大の課題だ。
何度も何度も同じものを買う
そして、思い切って手放したガジェットたち。
しかし、しばらくするとまた同じものが欲しくなる。
iPadなど何度購入したものか。
しかも同じiPadを短期間にだ!!
いや、自分でもわかっている。
じゃあ手放さなければいいじゃないか。
だが、なにかもったいない気持ちを優先してしまう。
ガジェットが好きだからこそ、ガジェットに輝いてほしいと思ってしまうのだ。
まとめ
ワタシはいつもガジェットを溜め込んでしまう。
しかし、どれも本当に魅力的なプロダクトばかりだ。
しかし、どれも何度もほしくなるほど魅力的なのだ。
だからこそ、手放すのは惜しい。
だが、使われないまま眠らせておくのも違う気がする。
きっと、
他の誰かが、
もっと楽しく、もっと有効に使ってくれるだろう。
そう自分に言い聞かせながら、
ワタシは今日もAmazonを見ながら断捨離を検討する。
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