【続編】え、日本中の国宝が関西にかき集められてる?part2
現在、万博にあわせて関西で弩級の展覧会がいくつも開催されている、という話をしました。そんな展覧会のひとつ、奈良国立博物館の「超 国宝—祈りのかがやき」展でぜひ見てほしい仏像についても軽く紹介しましたね。
この記事が割とみなさんに読んでもらえたので、調子に乗って(笑)第二弾です。今度は、京都国立博物館の「日本、美のるつぼ」展の見逃せない名宝について。
この展覧会は「古今東西の芸術文化の交流から生まれた日本美術の至宝が一堂に会す、オールジャンル展覧会!」と銘打っているように、お世辞抜きで素晴らしい作品ばかりなのですが、その中から1点だけピックアップして紹介しましょう(そうしないと切りが無いので)。
国宝級の絵巻が里帰り!
今回の「日本、美のるつぼ」展、出品作のほとんどは日本国内から集結したものたちですが、実はアメリカのボストン美術館からわざわざやってきた作品が2つあります。それが《帰去来辞書画巻》と《吉備大臣入唐絵巻》です。
で、ここで紹介したいのは、《吉備大臣入唐絵巻(きびだいじんにっとうえまき・きびのおとどにっとうえまき)》!
《帰去来辞書画巻》は13世紀の中国で制作されたものですが、《吉備大臣入唐絵巻》はこの日本で制作された貴重な平安絵巻のひとつ。まさに今回は里帰りなのです。

日本三大絵巻と呼ばれる絵巻があります。それが《源氏物語絵巻》《信貴山縁起絵巻》《伴大納言絵詞》です。いずれも少し日本美術に詳しい人なら聞いたことがあるでしょう。
《吉備大臣入唐絵巻》を描いたのは、《伴大納言絵詞》の作者である宮廷絵師・常磐光長と推定されています。要するに、三大絵巻に並ぶ超貴重な絵巻なのです。
《吉備大臣入唐絵巻》は、もともと若狭小浜藩(現在の福井県小浜市)の藩主・酒井家に伝来していましたが、大正時代に売りに出され古美術商の手に渡った後、昭和7年にボストン美術館が購入して海を渡ってしまいました。
これは当時、《吉備大臣入唐絵巻》がまだ国宝指定されていなかったために起きたことであり、日本はそれ以上の海外流出を防ぐために、翌年にあわてて「重要美術品等ノ保存二関スル法律」を制定しました。それほどまでに、この絵巻の海外流出が惜しまれたのです。今日本にあれば確実に国宝指定されていたことでしょう。
まぁ、それはもう今さら言っても仕方が無いので、こうしてまれに里帰りしてくれた機会を見逃さずに、じっくり鑑賞したいところです。
どんなお話の絵巻?
《吉備大臣入唐絵巻》のあらすじをざっくり説明します。
吉備大臣とは、遣唐使として唐に渡った吉備真備(きびのまきび)のことです。この主人公・真備が、唐の役人から出される様々な難題を、鬼の助けを借りてクリアしていくという物語です。
もとは全長24メートルの長大な1巻の絵巻でしたが、現在は改装して4巻に分けられています。また細かい説明は省きますが、すでに失われた場面もあるようです。ちなみに今回、日本にやってきているのは第4巻だけです。
吉備真備の名前はどこかで聞いたことがあるかもしれませんね。そう、実在の人物です。遣唐使として生涯で二度、中国・唐に渡っています。ただし絵巻の内容は史実にのっとっているわけではなく、かなり奇想天外です。真備も不思議な術を使いこなす超能力者として描かれています。面白い!

第1巻の冒頭、吉備真備を乗せた遣唐船が、唐の浜辺に到着するシーン。なぜかものものしい雰囲気で待ち構える唐の武官や文官たち。全然友好的ではありません。
なぜかというと、かつて留学生として入唐した吉備真備があまりに博学で聡明だったため、唐の人々は恥をかかされたことを恨んでいて(完全に逆恨み)、今度こそはと待ち構えているのです。とは言え、遣唐使は国と国の間の公式な派遣なので、表だって真備に危害を加えることはできません。さてさて。

唐の役人は真備を案内して、高楼に籠もるように命じます。実はこの高楼、いわくつきの場所だったのです。

件(くだん)の楼に宿る人、多くはこれ在り難し
詞書にはこう記されています。この高楼に泊まった者のほとんどは「在り難し」、つまり死んでしまうというのです。なぜ?

夜中になると、高楼に幽閉されている真備の元に、1匹の鬼がやってきます。これまで高楼に泊まった人々はみなこの鬼に殺されていたのです。背景の木々もざわめいて、おどろおどろしい雰囲気を盛り上げていますね。
と、なかなか引き込まれる最初のくだりなのです。
クールな真備とおっちょこちょいな鬼の「バディもの」
この恐ろしげな鬼。その正体は、なんと真備と同じくかつて遣唐使として唐に渡った阿倍(安倍)仲麻呂(あべのなかまろ)という男でした。故郷に帰ることができず死んでしまい、亡霊となっていたのです。
天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも
この歌はどこかで聞いたことがありますよね。実はこれ、仲麻呂が日本のことを懐かしく思って詠った和歌なのです。
さて、そんな元・仲麻呂の鬼が現れ、真備もあわやとり殺されるかと思いきや、2人は意気投合します。本当は鬼は、日本に残した自分の子孫が健在かを知りたかっただけなのでした。ただこれまでは、それを尋ねようと思って姿を見せるとみんな恐ろしさのあまり死んでしまっていたのです。
しかし真備は、恐れずに鬼の話を聞いてやり、日本にいる子孫の様子も鬼に教えてあげたので、鬼はすっかり真備に懐きます。はじめは恐ろしい様相で現れた鬼でしたが、その後は真備とおそろいのファッションにして、2人はコンビを組みます。

一方、唐の役人たちは真備が高楼に籠もってもピンピンしているので、「あれ、おかしいなー?」と思いつつ次の手を打ちます。はじめは難しい書物を真備に読ませて、分からなかったら笑ってやろうという子どもっぽいことをするのですが、それも失敗するとエスカレートして、唐随一の囲碁名人と勝負をさせて、真備が負けたらもう殺してしまおう、ということになります。
真備・鬼コンビはこれらの難題に力を合わせて挑みます。そうしたくだりは、まさに「相棒」さながらのバディものなのです。
セオリーとして、バディものは2人のキャラが対照的な方が面白いですよね。《吉備大臣入唐絵巻》でも、真備は常に冷静沈着。ほとんど表情を変えないクールな男。一方の鬼は、おったまげたり、ドタバタ走ったり、すべての動きがコメディタッチ。特別な力はありませんが、なんとか真備をサポートしようと悪戦苦闘する様は愛らしく感じます。

さぁ、負けたら終わりのデスゲーム。2人は最後まで唐の役人から出される無理難題をクリアすることができるのでしょうか? なんて、つい言いたくなるぐらい今の私たちが見ても楽しめる《吉備大臣入唐絵巻》。こんなのが、今から900年も前には作られていたんだから驚きです。日本のマンガ文化の源流ここにあり、という感じです。
最初に書いたように、アメリカに渡ってしまった絵巻なのでなかなかお目にかかることができません。里帰りしている今は絶好のチャンスですよ。
***
こんな感じで、日本が誇るエンターテイメント・絵巻の面白さについてもたっぷり語っているのが、『学芸員が教える 日本美術が楽しくなる話』(産業編集センター)です。いよいよ来週5/22頃から店頭にならぶはずなので、興味のある方はぜひ手に取ってみてください!
書店になければAmazonで👇
【図版引用】
『日本絵巻大成3 吉備大臣入唐絵巻』中央公論社、1977年
