初めての保護猫 第9話(#シロクマ文芸部)
<あらすじ>
妻に先立たれ、やもめ暮らしの75歳の主人公は、買い物帰りに近所の田んぼのあぜ道で、泥だらけになっている猫を『初子』と名付け保護することにした。ところがその猫は妊娠していて、しかも猫エイズキャリアだった。 数日後、5匹の仔猫の出産に立ち会い、仔猫の里親探しをする為、『ポチたま保護の会』主催の里親譲渡会への参加をすることになるり、近所のホームセンターで勤める理恵さんに手伝ってもらうことになった。生後2ヶ月を前に仔猫5匹のワクチン接種に連れて行った。その傍ら、初子がFIVを発症し日に日に弱っていく。
三月になった。
初子を保護してから、もう三ヶ月が経つ。
庭の梅も咲き始めた。メジロが忙しそうに蜜を吸っている。
子猫たちは窓辺に張り付いている。まるで張り込みをする刑事のように、梅の花にやってくる小鳥たちを目で追って、今にも飛び掛かりそうな勢いだ。こんな小さな仔猫にも、すでに狩猟本能が芽生えているのだと思うと頼もしく感じられた。
そんな可愛らしい仔猫たちの姿を眺めながら、長男の拓望にメールを送った。
初子と仔猫たちの写真を添付して、保護していることを知らせた。
孫の結菜も今年は中学生だ。子育ても一段落だろうし、猫を飼ってみないかと誘ってみた。
長女の奈美子にも同じようにメールを送った。
美奈子は結婚はしているが、子どもには恵まれていない。仕事が忙しいだろうが、世話をする対象がいた方が生活にも変化があっていいと思う。
それは自分で実証済みだ。妻に先立たれ正直寂しい毎日だった。最初は厄介者を拾ってしまったと頭を抱えてしまったが、同じ屋根の下で一緒に暮らして世話を焼いていると情が湧く。
拓望も美奈子も動物を飼っていないから、FIVに感染した猫だったとしても関係ないはずだ。
それに可愛い仔猫の写真を見たら結菜が飼いたがるに決まっている。
どちらが先に返信してくれるか楽しみだ。
それから、今日は囲碁サロンへ行ってみることにした。
常連のK氏とY氏は、しばらく足が遠のいていたから心配しているかもしれない。二人とも動物好きだし、K氏は犬を飼っている。
仔猫たちの里親探しの手伝いを頼むつもりだ。
サロンに入ると思った通り、常連のK氏とY氏が対局をしていた。
「よう、久しぶりじゃないか」最初に気付いて声を掛けてくれたのはK氏だった。
「やっているな、どっちが優勢だ?」どう見ても劣勢なY氏に向かって茶化してみた。
「今日はどうも調子が悪い」と頭を搔いて苦笑いのY氏。
「そういえば、猫はどうしたんだ? 片付いたのか?」劣勢なY氏が猫の話題に変えてくれた。
「それが仔猫を5匹も産んだんだ。里親を探さなきゃいけなくなって・・・」ことの経緯を説明しながら、仔猫の写真を二人に見せた。
「どうだ、可愛いだろう。来週譲渡会という催し物にこの仔猫たちを出すんだが、その前にお前さんたちに紹介しようと思ってな」
二人はどれどれと写真を覗き込んだ。
「普通の猫だな」といったのはY氏。
「普通なもんか、可愛いだろう?」
「まあ、仔猫だしな、可愛い盛りだな」K氏は少し興味を持ったようだった。
「どうだ、飼ってみないか? 娘さんは猫飼ってたよな?」
「あの猫はもう死んだよ、心臓が悪かったらしい」
「それなら娘さんに話してみてくれよ。写真送るからさ」そう言いながら、K氏のLINEに仔猫の写真を送った。
「ああ、今度来た時にでも話をしてみるよ」
「ありがとう。それじゃあ、久しぶりに一局手合わせを願おうか」
「おう! 望むところだ」劣勢だったY氏はニヤニヤしながら碁盤の上の碁石を集め始めた。
久しぶりに囲碁ができて(負けてしまったが)今までのストレスがふっと楽になった。
仔猫の譲渡も何とかなるかもしれないと思えるのが不思議だ。
サロンの店主に里親募集のチラシを掲示してもらうようにお願いして帰ることにした。
帰り際に仔猫の餌を買うために、理恵さんがいるホームセンターに立ち寄ったが、今日は休日だったのだろうか? 理恵さんはいなかった。
半日留守にしたが、家に入って思わず息をのんだ。
まるで泥棒が入ったかのように、部屋中が散らかっている。ティッシュペーパーは箱ごとビリビリになっているし、テーブルの上に置いていたコップや本は床に投げ出されていた。襖はところどころ破れているし、カーテンには爪の跡が残り、穴が開いている。猫トイレの砂が部屋中にまき散らされていて、足の踏み場もない。
誰が……? いったい何があったんだ?
仔猫たちはホットカーペットの上で、5匹が団子になってスヤスヤと寝ている。
ケージの中の初子を見ると、申し訳なさそうに目を細め、じっとこちらを見てた。
そうか、子猫たちの仕業か。5匹で大暴れして、疲れて眠ってしまったんだな。それにしても派手にやらかしてくれたものだ。
「初子は悪くないぞ」
そうは言ったものの、どこから片付けたらいいのか…。しばらく呆然としてしまったが、初子の顔を見たら許せてしまう。初子はケージの中にいて、子猫が悪戯していてもどうしようもなかったのだから。
これからは安心して留守もできなくなったな。
まあ、それだけ仔猫たちが元気だということなんだろう。
片付けを終え、お茶を淹れて一息ついた。
スマホを見ると、LINEのアイコンに通知が付いていた。
『辞令が出て、来月から引っ越すことになったよ。だから猫を飼っている場合じゃなくなった。落ち着いたらまた連絡する』と、拓望からメッセージが届いていた。
しばらく転勤はないと言っていたはずなのに……そういえば、結菜は中学受験をしていたはずだ。引っ越し先は通学圏内なのだろうか? 猫のことで慌ただしくしていて、まだ合格祝いをしていなかった。最後に会ったのは3年前だ。今度、訊ねてみよう。
奈美子からはまだ連絡はない。夫婦そろって仕事で忙しいだろうから、最初からあまり期待もしていないが、そのうち返事があるだろう。
もう夜も遅い。仔猫たちはたくさん餌を食べ、静かに眠っている。
「おやすみ」
初子に声を掛け、私も床についた。
