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初めての保護猫 第10話(#シロクマ文芸部)

※第9話はこちら

<あらすじ>
 妻に先立たれ、やもめ暮らしの75歳の主人公は、買い物帰りに近所の田んぼのあぜ道で、泥だらけになっている猫を『初子』と名付け保護することにした。ところがその猫は妊娠していて、しかも猫エイズキャリアだった。 数日後、5匹の仔猫の出産に立ち会い、仔猫の里親探しをする為、『ポチたま保護の会』主催の里親譲渡会への参加をすることになるり、近所のホームセンターで勤める理恵さんに手伝ってもらうことになった。生後2ヶ月を前に仔猫5匹のワクチン接種に連れて行った。その傍ら、初子がFIVを発症し日に日に弱っていく。
 ワクチン接種を終えた仔猫たちを、いよいよ譲渡会へ参加することになったが・・・。

 思い出すのは、初子を保護したあの日のことだ。
初子を保護する前までは、ひとり自由気ままに暮らしていた。好きなものを好きな時に食べ、退屈になったら趣味の囲碁に没頭できた。テレビだって好きな時代劇や映画を思う存分楽しめた。時々息子や娘が訪ねてきて、そんな生活習慣を改めるように注意する時もあったが、概ね幸せだと思っていた。
 ところが、こうして猫を世話するようになって、自分勝手に過ごす時間が減っていった。たった一匹の猫に翻弄される日々だ。
 そのうえ仔猫を5匹も産んだことで、自分の健康よりも気がかりな問題が山積みになった。
 妻に先立たれて自由奔放にしてきたバチがあったのかもしれない。
 でも、初子の食欲に心配したり、子猫たちの世話に疲労困憊したとしても、なぜか充実感を感じている。仔猫たちがじゃれ合う様子を眺めて、つい微笑んでしまう。
 そんな生活も、もうすぐ終わろうとしている。いや、終わってほしいと願いながらも、寂しさを持て余している。
 
 いよいよ仔猫の譲渡会に出掛ける日がきた。
 ポチたま保護の会主催の譲渡会は、地元のコミュニティセンターで行われることになっていた。
 ケージの中の初子に、
「心配するな。仔猫たちには優しい里親を見つけてやるからな」と声をかけ、5匹の仔猫を2つのケージに入れてタクシーに乗り込んだ。
 
 会場に辿り着くと、既にポチたま保護の会の小湊さんと理恵さんが準備で忙しそうにしていた。
「中瀬さん、お疲れ様です。仔猫ちゃんたちはこちらのケージに入れてください」
 案内されたのは、5匹の仔猫がある程度自由に遊べる大きめのケージで、すでに理恵さんが、仔猫たちのアピールポイントを書いたボードをセッティングしてくれている。
「仔猫たちのコーナーになるので、きっと皆さん見てくれると思いますよ」理恵さんが笑顔で対応してくれた。
 隣のケージには2匹の仔猫がすでにスタンバイ済みだ。黒猫で被毛が艶やかだ。
「5匹の仔猫ちゃんたち、可愛いですね」と、保護主の女性が挨拶をしてくれた。
「よろしくお願いします。お互い里親が決まると良いですね」
 お隣の2匹の黒猫は少し体が大きいように思う。
「黒猫も可愛いですね。生後3ヶ月くらいですか?」と訊ねてみた。
「いいえ、もう6ヶ月くらいになるんですよ。譲渡会にはこれで3回目です」
 3回も譲渡会に参加して、里親が決まらいのか。
 アピールポイントを書いたボードを見ると、FIVなどの病気は陰性となっているというのに。
「なかなか厳しいんですね。うちはFIVに感染していると思うので、もっとかな」ため息を吐くと、
「他にも2匹兄弟猫がいたんですよ、譲渡会のお陰でもらわれていきました。この子たちにも新しいお家が見つかると良いんですが・・・」
 見ると黒猫もしなやかな体つきで人懐っこい。愛情たっぷりに世話をしてもらっていることが伺えた。

 他の仔猫のコーナーにも、5個くらいのケージが並んでいるが、やっぱり月齢が高い仔猫たちばかりのようだ。
 大人の猫のコーナーはもっとケージの数が多い。10才以上の高齢猫も多いようだ。FIVや猫白血病など、病気に感染していなくても、安住の場所を見つけてあげるのは容易ではないということだ。

「11時になりましたので、開場します」
 小湊さんの合図で会場のドアが開けられた。
 外で並んでいた人たちが次々に会場に入ってきた。子ども連れの家族も多い。午後3時までの4時間が勝負だ。
 仔猫たちは、4時間もこの狭いケージの中で頑張れるだろうか?
 いつも部屋の中を自由に走り回っているけど、慣れない場所で、しかも知らない人間に代わる代わる覗き込まれて、大丈夫だろうか?
 ビビりの斑と白は、兄弟猫に隠れるようにうずくまっている。尾曲や豆男も鳴いて不安そうにしている。堂々としているのは、一番体が小さい長子だ。唯一の女の子で気が強いから、こうした初めての場所でも気おくれしないのだろう。
 

「あのー、すみません。仔猫ちゃんたち、可愛いですね」
 ひとりの女性が声をかけてくれた。
「ありがとうございます。生後2ヶ月になったばかりです」
「可愛いー!」その女性は何度も可愛いと言いながら、子猫たちを見ている。
 そこへ夫と思われる男性が後からやってきて、アピールポイントを読み出した。
「ダメだ、この猫はFIV陽性と書いてある」
 確かに感染の可能性は高い。でも発症しているわけじゃないし、元気だ。
「FIVは発症しなければ、普通の猫と同じように元気に過ごせますし、死ぬまで発症しない猫も多いですよ」と、なるべく穏やかに、笑みを作って説明した。
「ダメダメ! 病気持ちは避けよう」と言いながら、女性の腕を引っ張ってほかの猫を物色しに行ってしまった。
 いきなりダメ出しをくらい、あっけに取られ、怒りよりもショックの方が大きかった。
 私の表情を見て、隣の黒猫の女性が「気にしちゃダメですよ」と慰めてくれた。
「ああいう人にもらわれたとしても、結局幸せになれないと思いますよ。だから良かったんですよ」
 その女性の言葉には怒りがこもっていた。きっと同じような経験をしてきたのだろう。先が思いやられる。

 その後も何人もの人に覗き込まれるうち、この環境にも慣れてきたのか、狭いケージの中でも、仔猫たちはじゃれて遊ぶようになった。とくに大胆になっていたのは長子だ。唯一の女の子で、体は白い被毛だが、額に麻呂の眉のような黒い斑点がある。それがチャームポイントだと、理恵さんがボードに書いてくれていた。
 そろそろ仔猫たちもお腹が空く時間だ。
 持ってきた缶詰の餌を皿に盛って、ケージの中に入れてやった。
 ほかの兄弟を押しのけて、長子が餌にかぶりつく。
 その様子を興味津々で眺めていた7歳くらいの男の子が、母親に長子を指さしながら、
「この子、可愛いよ。この子にしようよ」しきりにねだりだした。
 母親はアピールポイントを書いたボードと長子を交互に見ながら、
「可愛いですね。前に同じような模様の猫を飼っていたんです。よく似ています」と、懐かしむように目を細めた。
「一番最初に生まれた子で、長女だから長子と呼んでいます。兄弟はみんな雄なんですが、長子が一番強いんですよ」
「お宅で生まれたんですか?」
「そうです。私がへその緒を切りました」
「母親の猫ちゃんはどうしているんですか?」
「家で留守番です」この後、初子のFIV発症を伝えるべきかどうか悩んでいると、母親の方からFIVについて尋ねられた。
「猫エイズが陽性と書いてありますけど・・・」
「そうですね、感染の可能性が高いと言われています。母猫がFIVなので・・・」
 男の子は触りたくて仕方がないようで、
「ねぇ、ママ、抱っこしたい」と内緒話をするように母親に訴えてた。
「FIVは人間にはうつらないので、触ることもできますよ」と促してみる。
「じゃあ、少しだけ触らせてもらえますか?」
 ケージから初子を出して、男の子の腕の中にそっと乗せると、長子は途端に鳴きだし、爪で男の子の服にしがみついている。
「元気ですね」と言いながら、母親も長子の頭を撫でた。 
「あんずという名前の猫を飼っていて、昨年、病気で亡くなったんです。私はもう生き物は飼いたくないと思っていたんですが、息子が寂しがってしまって・・・」
「そうでしたか・・・それは辛い経験をされましたね」
 病気で亡くす――。初子のことが瞬時に頭に浮かんだ。
「今日は息子が気に入った猫がいたら連れて帰ってもいいよ、と約束しているんです」
 なんと、長子が気に入られれば、里親が決まるかもしれない。
  これはチャンスだ。男の子の反応が気になる。
「あんずちゃんに似ているかな?」子どもに媚びを売るようで気が進まないが、猫を飼った経験があるなら、猫の扱いには慣れているはずだ。
「うん、そっくりだよ」
「それは良かった。この子は女の子だけど、とっても元気なんだよ」
 男の子はパーカーの紐でじゃれ始めた長子を放そうとしない。その様子を見て、母親が「この子で良いの?」と優しく尋ねた。
「この子がいい!」
 ここで、きちんとFIVのことをちゃんと説明する必要があるように感じて、
「FIVのことなんですが――」と、説明しようとすると、
「わかっています。あんずもFIVでした。でも長生きだったんですよ。この子が生まれる前からずっと一緒だったんです」
「そうでしたか・・・」
「あんずとよく似た仔猫に出会えたのも、きっと縁ですね」
 長子がもらわれていく。
 嬉しい。嬉しいけど、寂しい。でも、やっぱり嬉しい。
 複雑な気持ちで、親子を受付に案内した。
「里親希望の用紙に必要事項を記入してください。後ほど連絡させていただきます」
 そう伝えて、子猫たちがいるケージに戻った。

 大仕事をひとつやり終えた達成感に満たされていた。
 肩の荷が少し下りた気分だ。
 ケージに戻ると、子猫たちが団子になってスヤスヤ眠っていた。
 里親が決まりそうなのは長子だけ。まだ4匹も残っている―――そう思うと、また大きなため息が漏れた。
 


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