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初めての保護猫 第11話(#シロクマ文芸部)

※第10話はこちら

<あらすじ>
 妻に先立たれ、やもめ暮らしの75歳の主人公は、買い物帰りに近所の田んぼのあぜ道で、泥だらけになっている猫を『初子』と名付け保護することにした。ところがその猫は妊娠していて、しかも猫エイズキャリアだった。
 数日後、5匹の仔猫の出産に立ち会い、仔猫の里親探しをする為、『ポチたま保護の会』主催の里親譲渡会への参加をすることになった。
 生後2ヶ月を前に仔猫5匹のワクチン接種に連れて行った。その傍ら、初子がFIVを発症し日に日に弱っていく。
 ワクチン接種を終えた仔猫たちは、いよいよ譲渡会に参加し、唯一雌の長子がもらわれていくことになったが・・・。

 窓を開け、空気を入れ替える。
 網戸越しに新鮮な空気が部屋に満ちていくのがわかる。春になり、庭には梅が咲き、メジロやヒヨドリなどの小鳥が入れ替わり立ち替わり蜜を吸いにやってくる。世界がカラフルになり、気分が高鳴る季節がやってきたのだ。
 深呼吸をして、肺の中に梅の香りを存分に吸い込み、部屋の中に目を移す。すると途端に、足りない感覚にダメージを受ける。
 足りない……足りないのだ。圧倒的に……。
 たかだか体重が1kgにも満たない仔猫が、1匹もらわれていっただけで、圧倒的な空虚感が部屋中に漂っている。
 兄弟猫の中でも一番元気でやんちゃだった長子がいないのだ。

 譲渡会の後、ポチたま保護の会代表の小湊さんが、
「田沼さんという方なんだけど、持ち家だからもちろんペットOKだし、ご家族の理解もあるし、何より猫を飼っていた経験もあるから、大丈夫だと思うわ。さっそく長子ちゃんをトライアルに出しましょう」と、太鼓判を押していた。

 7歳くらいの男の子と、その母親が長子を気に入って、家族に迎え入れてくれたのだ。まず2週間ほどのトライアルを経て最終決定となるが、きっと気立ての良い長子のことだ。新しい家族にすぐに慣れて、気に入ってもらえるに違いないと思っていた。
 ケージに入った長子が、一匹だけでのお出掛けに、不安を抱いてるように見えたのは、おそらく……私の気持ちがそう見えさせたのだと思う。
 小湊さんが田沼さんのお宅へ長子を送り届けてくれた。
 玄関先で「それじゃ、元気でな。可愛がってもらうんだぞ」と、ケージの中の長子に声を掛けた。
 やっぱり爽やかな春の風が吹く、穏やかな朝だった。

 長子がもらわれてから、3日が過ぎていた。
 田沼さんからポチたま保護の会にメールが届いたらしい。添付されていた写真には、男の子の膝の上で眠る長子の姿や、おもちゃでじゃれて遊ぶ様子が写っていた。まるでずっと前から田沼家の猫だったかのようだ。
 幸せそうだった。
 ―――まだ3日だぞ。早すぎないか。
 もう俺のことなんて忘れてしまったのだろうか?
「初子、長子はもう、よその子になってしまったよ」初子の体調はここのところ優れない。もともと良くはなかったが、さらに食が細くなった気がする。
 今日からウェットフードにお湯を混ぜて、お粥のようにしてみよう。
「何か欲し物はないか? どうして欲しい? どこか痛いところはあるか?」声を掛けるが、じっと目を閉じて横になっている。
 俺だったら、娘たちを呼び寄せ、あれが食べたい、ここが痛い、早く病院へ連れて行け……と、娘たちがうんざりするほど、大騒ぎをするだろう。
 病院でも医師を相手に病状を訴え、何とかして欲しいと懇願するに違いないのだ。
 でも、初子は鳴くこともなく、ただじっと横になって耐えている。
「俺は初子のように我慢強くはなれないよ。えらいな…初子は」

 4匹の仔猫たちは、寝て、食べて、遊んでを繰り返して毎日を過ごしている。長子がいないことを、不思議に思わないのだろうか?
 ただ、餌を食べる時は、今まで兄弟を押しのけて、一番ガツガツしていた長子がいなくなったことで、平和で行儀の良い食事風景になっている。
 理恵さんから、ネットの里親募集サイトで、残り4匹の募集記事を掲載したと連絡があった。何から何までお世話になっている。
 仔猫たちはますます活発になり、部屋の中はおもちゃだらけだ。
 8畳の洋間を猫たち専用の部屋にしているが、このままでは家中を開放しないと収まりがつかなくなりそうだ。
 斑や尾曲は、ドアが開くたびに隙を狙って脱走を試みる。ちょっとどんくさい白は、一歩遅れて俺の足に飛び掛かり、よじ登ろうとする。
 俺の体は仔猫たちの爪痕で傷だらけだ。仔猫たちの爪切りだけでも大仕事で、これが永遠に続くと思うと、どっと疲れが出てしまう。

 初子のケージの掃除をしているときだった。
 突然、玄関のドアが開く音がした。
「父さーん、いるんでしょー」と言いながら、ドカドカと部屋に入ってきたのは娘の美奈子だった。
「どうしたんだ? チャイムくらい鳴らせ」
 いきなり部屋に入ってきた見知らぬ人間に驚いて、子猫たちはいっせいにソファの下に逃げ込んでしまった。
「しばらくここに置いて欲しいんだけど、良いでしょ?」
「マンションはどうした? リフォームでもするのか?」
「私だけ……私だけ、住む場所が決まるまででいいから」
「何言ってるんだ、陽介くんは何と言っているんだ? 仕事はどうする?」
 夫婦仲は良かったはずだ。去年だってヨーロッパ旅行へ行き、お土産を送ってきた。仕事先も、ここからだと1時間半はかかる。
 美奈子は黙ったままだ。
「コーヒーでも飲むか」言いにくいことがあるようだ。まずは落ち着いてじっくり話を聞くしかなさそうだ。
 こういう時は、やっぱり妻がいてくれたらと思う。男親というのは、つい結論を急がせてしまいがちだ。
「ほら、コーヒー。早く飲まないと冷めちまうぞ」  
 美奈子は何も言わない。
「何があったんだ」もう一度、なるべくゆっくりと落ち着いて聞いてみた。
「陽介が……浮気してるみたいなの」ボソリと言う唇が震えている。
 陽介君は人当たりも良いし社交的な性格で、女性の友人もいた。美奈子も陽介君のそんなところに惹かれていたんじゃないのか?
「友だちなんじゃないのか? ちゃんと陽介君と話し合ったのか?」
「話なんてできる訳ないじゃない! 女の人とホテルから出てくるところを見たんだから」
 決定的な瞬間を目撃したわけか。それが本当なら、陽介君も言い訳ができないだろう。今にも泣き出しそうな美奈子を見ると、ふつふつと怒りが込み上げてきた。「美奈子さんを大事にします。決して泣かすようなことはしません」と誓った、あの時の陽介君の姿を思い出していた。
「しばらく、ここにいるのは構わないが、やっぱり話し合いはしたほうがいいぞ」
「わかってる…」
 仕事も、一週間ほど休日を取ったようだ。そのうち陽介君から連絡があるかもしれない。それまで、自分からは何もいわないほうがいいだろう。

 仔猫たちも、美奈子が落ち着いた気配を感じ取ったのか、ソファからそ―っと出てきた。
「やだ、可愛い……」と、ようやく美奈子の口元がほころんだ。
 ちょうど仔猫たちがお腹を空かせる時間だ。
「エサやってみるか?」
「やる、やる!」
 仔猫たちの世話をすれば、少しは気が紛れるかもしれない。

 
 ※第12話へ

まだまだ終わりそうにありません💦
いつまで続くのか・・・。
私、大丈夫か??

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