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初めての保護猫 第26話(#シロクマ文芸部)

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<あらすじ>
 妻に先立たれ、やもめ暮らしの75歳の主人公は、買い物帰りに近所の田んぼのあぜ道で、泥だらけになっている猫を『初子』と名付け保護することにした。ところがその猫は妊娠していて、しかも猫エイズキャリアだった。
 数日後、5匹の仔猫の出産に立ち会い、仔猫の里親探しをする為、『ポチたま保護の会』主催の里親譲渡会への参加をすることになった。
 初子はFIVを発症し、日に日に弱っていく。
 保護当初は、面倒ごとのように感じていたが、世話を通じて徐々に情がわいてきた。
 ワクチン接種を終えた仔猫たちは、いよいよ譲渡会に参加し、最初に唯一雌の長子がもらわれていくことになった。
 その後、囲碁仲間のK氏の娘さんが斑の里親になった。 
 そして、離婚危機になっていた娘の美奈子も、夫の陽介と和解し、よりを戻すことになった。その際、白と豆男の二匹を一緒に連れて帰ることになった。
 そして数日後、長男の拓望家族が尾曲を引き取りたいと申し出があり、尾曲は長男家族の家に引き取られた。そんな折、初子の具合が悪くなり、悩んだ末、動物病院で診察を受け、初子の余命はそう長くないことを知らされ、自宅で静かに看取ることを提案される。
 そして数日後、遂に初子は息を引き取ってしまった。
 ペットロスで落ち込んでいたところ、「気晴らしのつもりで、保護猫の譲渡会のお手伝いをしませんか?」と誘われ、参加することになった。
そこで初めて保護猫の厳しい現実を目の当たりにする。 

 

 青い雨傘や黄色の雨傘を差して、近所の小学生たちが連れ立って歩いていく。梅雨のこの時期、子どもたちの登下校もひと苦労だろう。窓の外に目をやりながら、ぼんやりとその行列を眺めていた。
 雨合羽を着て、黄色い旗を掲げて引率しているのは、年配の男性だった。自分とそう変わらない年齢に見える。

 今朝は朝から時間を持て余し、何をして過ごそうかと、思いあぐねていた。
 これまでは、朝早くから仔猫たちに起こされ、餌の催促に応えるところから一日が始まっていた。
 仔猫たちが巣立ってからも、初子の容態が気になって、うかうか寝てなどいられなかった。
 初子を見送ったあとは、残されたケージの片付けや荷物の整理に追われ、それなりに忙しくして、寂しさをごまかせていたのかもしれない。
 でも今は、もう何もすることがない。
 初子を保護する前、自分はどんなふうに過ごしていたのだろうと、思い返してみる。
 テレビを観たり、庭の手入れをしたり、たまに買い物へ出かけて、そのついでに趣味の囲碁サロンに足を運んでいた。
 それが特に退屈とは思っていなかった。残された余生は、こんな風に静かに穏やかに過ごすのが、ある意味ではひとつの幸せなのだと感じていた。それも間違いじゃないが、今となっては何か物足りなさを感じてしまう。

 悶々と考え込んでいても、どうにもならない。
とにかく外に出てみようと、自転車にまたがった。勢いのまま街中へ走らせたものの、思い浮かぶ行き先は限られている。
 気がつけば、いつもの囲碁サロンのドアを開けていた。
 中では、いつもの顔ぶれがそろって、こちらに目を向けてきた。
「よう、久しぶりじゃないか」
 先に声をかけてきたのはK氏だった。
「もう死んだと思ってたぞ」
 冗談めかして言ったのはY氏。
 気恥ずかしさで、入り口でもたもたしていた足が、自然と二人のもとへ向かう。
「死ぬもんか。お前らより長生きしてやるさ」
 そんな下手な返しをしながら、空いていた席に腰を下ろした。
 それからは久しぶりに囲碁を楽しんだ。
「ブランクあるんだから、ハンデやるぞ」とY氏が言っても、頑として断った。盤上に集中していると、余計なことをくよくよ考えずに済む。それだけで心がすっと軽くなる。適度な疲れが、心の隙間をそっと埋めてくれるようだった。いくつか対局をこなして、三人でコーヒーを飲んでいるとき、K氏がふと思い出したようにスマホを取り出した。
「そういえばさ……これ、見てくれよ」
 待ち受け画面を覗くと、そこには幼稚園くらいの男の子が、猫と一緒に昼寝している写真が写っていた。
 お腹を見せてヘソ天で寝転ぶ斑の姿。その体は、うちにいた頃よりも一回り大きくなっていた。すっかり、この家の猫になっているようだ。
「大きくなったな。可愛いな」
 思わず、声が漏れた。
「だろー? もうすぐ小学生なんだ」
 いやいや、可愛いと言ったのは斑のことで……言い返そうかと思ったけど、やめておいた。
「ランドセル買ってやったら、そのランドセルにカイトが入ったって大笑いしてさー」
「カイト? カイトって名前にしてくれたんだな」
 なんだかカッコいい名前で安心した。斑とは、出産の時に毛色の特長で咄嗟に付けた名前だったから、どこか申し訳ないような気持ちもあったのだ。
「ああ、朱音がさ。お前ん家から仔猫を引き取って帰る途中で、カイトにするって決めたんだ」
「そうか……カイトか……」
 その名前を口にした途端、胸の奥がじわりと熱くなった。なぜだか涙がこぼれそうになった。
 二人の前だったから必死に堪えたけど、もし一人だったら、声をあげて泣いていたかもしれない。
「朱音さんに、ありがとうって、お礼を伝えてくれよな。可愛がってくれて、本当に嬉しいよ」
「まだ写真あるんだぜ。可愛いのがさー」
 K氏がスマホを滑らせながら、孫とカイトが一緒に映る写真を次々と見せてくれた。K氏は孫自慢をしたかったのだろうが、カイトの姿ばかりを見つめてしまう。
 どの写真も、自然体のカイトが写っていた。すっかりこの家の一員として、穏やかに暮らしているのが伝わってくる。
 突然知らない場所に連れて行かれ、母猫や兄弟たちと引き離されたはずなのに、それでもこんなにも懐いている。まるで、ずっと前からこの家の仔だったかのように……。
 朱音さんの膝の上で撫でられ、安心しきった表情で目を細めるカイトの姿に、また胸の奥がじんと熱くなった。
 ああ、本当に良かった。
 その幸せそうな姿を見て、自分の中の何かが、たしかに報われた気がして嬉しかった。

――こんなにも嬉しいものなのか。
 ふいに、譲渡会で出会った預かりボランティアの男性の姿が脳裏に浮かんだ。
 きっと、あの人もこの気持ちを知っているのだ。
 たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、その度に、こんな風に心が救われる瞬間を味わってきたのかもしれない。
 ――自分にもできるだろうか? 
 今朝、小学生を引率してた男性も、充実した笑顔を子どもたちに向けていた。保護猫預かりも、子どもたちの見守りも、そのどちらもボランティアだ。見返りを求めず、ただその場に必要とされることを、喜びに変えている存在だ。
 年老いた自分にも、そんなふうに誰かの役に立つことができるだろうか。
「いつでも遊びに来てくださいね」
 あの日、理恵さんがかけてくれた言葉が、ふと思い出される。
 仔猫たちの里親探しは、自分にとっては労力も気力も必要だった。
 無力感も味わった。
 小さな命にさえ、寄り添うことの難しさを教えてくれた。
「もう一度見せてくれよ」 
 斑の――いや、カイトの幸せそうな姿を目に焼き付けたくなった。
「画像をlineで送ろうか? たくさんあるぞ」
 そう言って、K氏はスマホを手渡してくれた。
 スマホを指で滑らせる。K氏の孫の傍らにカイトがいる。
 毛艶も良く健康そうだ。
「体調はどうなんだ? 元気なんだよな」
 初子のようにFIVを発症していないだろうか? それが気に掛かる。
「元気だよ。外には出してないし、毎日家の中で走り回ってる。よく食べて、よく寝て、いたずらばっかりさ」
 
 そうかそうか、元気なんだな。
 そうか――幸せなんだな。
 
 K氏にスマホを返し、囲碁サロンを後にした。
 自転車のペダルを漕ぐ足にも自然と力が入った。行く先はもう決まっている。
 外は気象予報通り蒸し暑く、六月にしては気温が高い。走り出してすぐに額に汗が滲んできた。
『ポチたま保護の会』へ行って、何て切り出せばいいのか――。
 そればかりを考えながら、自転車を漕いでた。

 

いよいよエンディングに近づいてきました。
理想通りに着地したいと思っています。
どうか、シロクマ文芸部の七月のお題で、奇跡が起こりますように……。

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