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善意で人は壊れる。

この記事は、自己紹介【本編】を現在の活動に即して再編集した要約版です

私は、悪意のある人間ではありませんでした。
むしろ「ちゃんとやろう」としてきた側です。

でも、振り返るとわかる。
「良かれと思って」が、いちばん人を追い詰めることがある。

「ずれ」から始まる、すれ違い

だれもが「正しさ」をまとって生きている。
けれど、現実にあるのはいつも「事情」だ。

職場で空気が止まる瞬間。
良かれと思ったアドバイスが、なぜか相手を傷つけてしまうとき。
SNSの投稿が、思わぬ形で炎上するとき。

その多くは、悪意ではない。
立場、文脈、前提が、少し食い違っただけだ。

だが、その小さなずれを
「自分は正しい」で押し切った瞬間、
関係は歪みはじめ、「ハラスメント」が顔をのぞかせてくる。

「地獄への道は善意で舗装されている。」

──海外のことわざ

これは比喩ではない。
現場で何度も見てきた実態そのものだ。

光の裏に、必ず影がある

広告、不動産、ハラスメントという
一見まったく違う業界を渡ってきた。

CM撮影、海外ロケ、有名タレントとの現場。
華やかな広告の世界で走り続けていた。

でも、気づけば毎月100時間超の残業。
誰も悪くない。
それでも、削れていく生活。

電通の過労死事件、そしてコロナ禍。
「働き方」が、社会の問いになったとき、
自分の中にも問いが残った。

「この正しさは、だれを守っているのか」

「善意」という言葉を疑うようになった決定的な出来事

電通の過労自死事件だ。

広告代理店の新入社員だった高橋まつりさんが、入社数か月で命を絶った。
当時の私は、同じ業界の中にいた。

「忙しいのは当たり前」
「若手は踏ん張れ」
「クライアントのためなら徹夜も当然」

そうした価値観を、私は疑っていなかった。
疑わないことが、誠実だと思っていた。

でも、母・高橋幸美さんの手記を読んだとき、
思考が止まった。

『勉強しなくていい、頑張らなくていい、生きていてほしかった』

この一文は、努力や成長や成功を信じてきた私の足場を崩した。

頑張ることは正しい。
成果を出すことも正しい。
会社を伸ばすことも正しい。

その正しさの延長線上で、
人が削られていく。

これは悪意ではない。
むしろ、真面目な人ほど飲み込まれる構造だ。

私は、その真っただ中にいた。

だからこそ、
ハラスメントを「悪い上司の問題」に矮小化できない。

電通事件は、誰かの過去ではない。
いまも続く「私たちの問い」だ。

「売れない」のではなく、「見えていない」だけ

会社に依存しない働き方を探る中で、不動産投資に出会った。
100冊の本を読み、50社のセミナーに通い、ようやく買った一棟目。

その物件を紹介してくれたのが、いま所属するSAグループだった。

空き家、底地、共有持分、再建築不可。
「ワケアリ」と呼ばれる不動産ばかりを扱う会社。

最初は戸惑った。
なぜ、こんな面倒なものを扱うのか。

でも気づいた。

「売れない」のではない。
「価値が見出されていない」だけなのだ、と。

だれかにとって「いらないもの」でも、
見方を変えれば「資産」になりうる。
これは、不動産に限らない話だと感じた。

ハラスメントにも、同じ構造があった

そして出会った、もうひとつの「ワケアリ」。
それが、職場の中に潜む「働きづらさ」だった。

パワハラ、セクハラ、マタハラ、カスハラ・・・・

多くは、悪意から始まらない。
「君のためを思って」から始まる。

だからこそ見えない。
だからこそ、疑われない。

この構造に立ち向かうため、
国内初のパワハラ対策資格「雇用クリーンプランナー」を立ち上げた。

だれかを裁くことではない。
最初の違和感を、「気のせい」で終わらせないためだ。

違和感のそばに立つ

訳あり不動産も、ハラスメントも、
本質は「だれも手をつけたがらない面倒」だ。

面倒。
ややこしい。
触れたくない。

でも私は、その横に立つ。

完成された答えより、
まだ言葉になっていない違和感を拾う。

正しさの外に落ちたものを、
もう一度、「問い」として扱う。

それが、私の仕事だ。

未完という希望

神は完成を急がない。諸君、明日はもっといい仕事をしよう。」

──アントニ・ガウディ

この言葉に救われた。

私は、善意で人を傷つけてきた側だった。
だからこそ、善意を疑う。

完成より、検証。
断罪より、構造。

不動産も、広告も、ハラスメントも、
どれも未完で、途中だ。

だからこそ、関わり続ける意味がある。
これは自己紹介であり同時に、立場の宣言だ。

ただ一つ、いまも自分に問い続けていることがある。

善意を握りしめたまま、人を傷つけない方法はあるのか。

私は、その答えをまだ持っていない。

最後にお知らせです。
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