同接2人の配信から、世界線を救うことになりました〜AI軍師と始める敗北ログ攻略〜 #3

SAVE3 戻らない書き込み
「この配信は、まだ終わっていません」
その声に押されるように、俺はコントローラーを握り直した。
画面の中では、最初の戦闘が続いている。
ドット絵の荒野。
赤い空。
崩れた柱。
剣を構えた主人公。
右の敵は倒した。
ミナミの予測通り、左の敵は柱に阻まれてこちらまで届かなかった。
地味だ。
けれど、地味にすごい。
攻略サイトを見ながらプレイするのとは違う。
ミナミは、俺の今の画面を見て、次に起きることを言い当てた。
「次はどうする」
「主人公を二マス下げてください」
「下げる? 攻撃じゃなくて?」
「はい」
「地味だな、この軍師」
「生存を優先しています」
コメント欄がまた動いた。
AI軍師きたw「来てますね。勝手に」
「否定します。私は呼び出されました」
「俺は呼んでない」
「未来のあなたが呼びました」
「未来の俺、マジで迷惑」
そう返した瞬間、コメントが流れた。
このAI態度でかくて草俺は思わず笑った。
笑ったあとで、自分でも少し驚いた。
さっきまで、怖くて喉が乾いていた。
今も怖い。
怖いに決まっている。
でも、コメントが返ってくる。
俺が言ったことに、誰かが反応している。
その事実だけで、部屋の温度が少し変わった気がした。
いつもの六畳間。
散らかった机。
何も変わっていないはずなのに、今だけ、この部屋が外の世界と繋がっている気がした。
「ミハルさん」
「なに」
「今の笑いは自然でした。維持してください」
「笑いまで採点すんな」
「配信効果が高い反応です」
「ゲーム攻略じゃなくて、俺攻略してない?」
「配信を含めた戦術支援です」
「AI軍師って、そういう意味なのかよ」
コメント欄がまた動く。
配信者がAIに攻略されてる「やめろ、正しいこと言うな」
言ってから、また少し笑ってしまった。
同時接続を見る。
同時接続:5人増えていた。
「……五人」
思わず、声に出た。
「観測数が増加しています」
「言い方」
「同時接続数が増加しています」
「それもそれで生々しい」
五人。
たった五人。
人気配信者なら、開始前の待機画面で通り過ぎる数字だ。
誰かがトイレに行っている間にも減って増える、そんな数字。
でも俺にとっては違った。
同接二人の配信から、五人。
俺の声が、五人に届いている。
そう思った瞬間、指先が少し震えた。
怖さではない。
嬉しさだった。
それに気づいて、余計に怖くなった。
「左の敵を攻撃してください」
ミナミが言う。
「今度は左でいいのか」
「はい。ここで倒せば、次のマップで回復薬を温存できます」
「次のマップまで読んでるの?」
「敗北ログに記録があります」
俺は左の敵にカーソルを合わせた。
「じゃあ、いきます」
攻撃が当たる。
敵が倒れる。
戦闘終了。
画面に、勝利のファンファーレが流れた。
古いゲームらしい、少し安っぽい音だった。
でも今は、その音がやけに大きく聞こえた。
初戦で詰まると思った
AI普通に有能で草
これ何のゲーム?コメントが、ぽつぽつと増えていく。
「ゲーム名は、『クロノ・ブレイブ戦記』です。たぶん、レトロゲームです」
そこまで言って、少しだけ声が止まった。
たぶん。
俺は今、なんで「たぶん」と言ったのだろう。
机の上には、カセットがある。
タイトル画面にも、確かに名前が出ている。
なのに、検索しても出てこない。
レシートからは名前が消えている。
売った佐伯さんも覚えていない。
だから俺は、配信中なのに、言葉を選んでしまった。
「たぶんっていうのは、検索しても出ないからです」
知らん
聞いたことない
謎ゲー?「俺も昨日知りました」
そう言った瞬間、胸がざわついた。
昨日知った。
本当に?
昨日の掲示板からは、その名前に関する書き込みが消えていた。
レシートからも、店の履歴からも、佐伯さんの記憶からも消えていた。
でも今、俺はその名前を配信で言った。
五人が聞いている前で。
これで少しは、残るのだろうか。
「ミナミ」
「はい」
「今、名前言ったけど」
「観測されました」
「それって、意味あるのか」
「あります」
ミナミの返事は、いつもより少しだけ早かった。
「配信は、まだ消えていない情報を保持するための手段です」
「保持?」
「はい。消失前の情報を複数の観測者に共有することで、上書きまでの猶予を伸ばせる可能性があります」
「じゃあ、配信すれば戻せるのか」
「いいえ」
即答だった。
画面の中のミナミは、揺れない目で俺を見ている。
「消失済みの記録は、原則として復元できません」
喉の奥が冷えた。
「……戻らないのか」
「はい」
「掲示板の書き込みも?」
「はい」
「佐伯さんの記憶も?」
「現時点では、復元できません」
コメント欄が少しだけ止まった気がした。
実際に止まったのか、俺がそう感じただけなのかは分からない。
でも、部屋の空気が変わった。
さっきまで、コメントがあるだけで温かかった六畳間が、一瞬で夜の底みたいに冷えた。
「じゃあ、今やってることは何なんだよ」
「復元ではありません」
ミナミは淡々と言った。
「抵抗です」
その言葉だけが、妙に重かった。
「消える前に、覚えられる数を増やしてください」
俺は黙った。
配信は、戻すためのものじゃない。
消えたものは戻らない。
だから、消える前に誰かに覚えてもらう。
怖い。
でも、コメント欄には、また文字が流れた。
急に怖いこと言うな「そうなんですよ。このAI、急に怖いこと言うんですよ」
「必要な情報です」
「タイミングってもんがあるだろ」
「恐怖反応は視聴維持に寄与します」
「最悪の配信コンサルか?」
AI軍師というかAIプロデューサー「やめろ。俺がプロデュースされてるみたいになる」
「実際にされています」
「認めるな」
またコメントが流れる。
草胸の奥が、また跳ねた。
やばい。
嬉しい。
怖いのに、嬉しい。
この感覚を知ってしまうのは、たぶん危ない。
そう分かっているのに、画面から目が離せなかった。
*
二十分ほど配信を続けた。
ミナミの指示は、だいたい当たった。
村人に話しかける前に、左の家を調べろ。
回復薬はまだ使うな。
次の敵フェイズで弓兵は外す。
宝箱は開けるな、罠だ。
最初は半信半疑だったコメント欄も、少しずつ反応を変えていった。
また当てた
右って言ったのマジだった
ゲーム知らんけど見てる
このAI何者?同時接続は、最大で七人まで増えた。
同時接続:7人七人。
たった七人。
でも、俺の部屋には、今までなかった熱があった。
声を出せば、誰かが聞いている。
冗談を言えば、誰かが笑う。
失敗しかければ、誰かが突っ込む。
配信って、こういうものだったのか。
俺は、今さらそんなことを思っていた。
「ミハルさん」
「なに」
「次のコメントを拾ってください」
「どれ」
怖いけど気になるミナミが言った。
「このコメントは維持率に寄与します」
「言い方は嫌だけど、拾う」
俺はマイクに向かって言った。
「分かります。俺も怖いです。でも、気になるんですよね。最悪です」
正直で草「怖いって言いながらやればいいって、妹に言われたんで」
言ってから、しまったと思った。
凪沙のことを配信で出すつもりはなかった。
コメント欄が少し動く。
妹いるのか
妹有能「いや、今のは一般論です。妹情報は忘れてください」
「一度観測された情報は、完全には消えません」
「ミナミ、黙れ」
AIに刺されてて草俺は顔が熱くなるのを感じた。
廊下の方で、何かが小さく鳴った気がした。
物を落としたような、床板が軋んだような音。
凪沙かもしれない。
でも、声はしない。
俺は画面から目を離せなかった。
*
四十分ほどで、配信を終えた。
本当は、もっと続けたかった。
コメントはまだあった。
同接も五人残っていた。
ミナミも「継続可能」と言った。
でも、喉が限界だった。
それに、凪沙に「ほんとにヤバかったら切る」と言われていた。
ヤバいの基準は分からない。
けれど、これ以上続けたら戻れなくなる気がした。
「今日はここまでにします。見てくれた方、ありがとうございました」
おつ
続き気になる
AI軍師また見たいおつ。
その二文字だけで、胸が熱くなった。
「お疲れさまでした」
配信終了ボタンを押す。
赤いランプが消える。
部屋が、急に静かになった。
さっきまでそこにあった熱が、一瞬で抜け落ちる。
PCファンの音。
エアコンの風。
遠くの車の音。
いつもの部屋に戻っただけなのに、少しだけ寂しかった。
「配信結果を表示します」
「早いな」
ミナミが画面の端に結果を出した。
最大同時接続:7
コメント数:18
新規チャンネル登録:1
アーカイブ初期再生数:42「……登録者、増えた?」
「はい」
俺は画面を見つめた。
新規チャンネル登録、1。
たった一人。
たった一人なのに、指先がじんとした。
誰かが、俺の続きを見たいと思った。
また来るかもしれないと思った。
チャンネル登録というボタンを押した。
それだけで、俺は救われたような気がした。
「初回観測、成功です」
ミナミが言った。
「成功……」
「はい」
「これが?」
「はい。観測者の獲得に成功しました」
その言い方は、やっぱり怖かった。
でも、画面に表示された数字から目を離せない。
最大同接、七。
コメント数、十八。
新規登録、一。
何度見ても、数字は消えなかった。
嬉しい。
怖い。
嬉しい。
その順番で、感情が胸の中を回る。
その時、部屋のドアの外から、小さな音がした。
俺が振り向くと、ドアの前に何かが置かれていた。
開けてみる。
そこには、のど飴の袋が一つあった。
ハーブ味。
正直、あまりうまそうではない。
廊下の先から、凪沙の声がした。
「落ちてた」
「のど飴が廊下に落ちるわけないだろ」
「知らない。落ちてた」
「……ありがと」
「まずかったら捨てれば」
凪沙はそれだけ言って、自分の部屋に戻った。
ドアが閉まる音。
俺はのど飴の袋を見下ろした。
さっき配信で、妹の話を少しだけ出した。
たぶん、聞いていた。
でも、凪沙は見ていたとは言わない。
俺も聞かない。
それくらいが、ちょうどよかった。
*
風呂に入る前に、俺はもう一度スマホを開いた。
配信のアーカイブは、少しずつ再生数を伸ばしていた。
再生数:43
再生数:45
再生数:48更新するたびに、少しずつ増える。
こんなことは、今までほとんどなかった。
いつもなら、配信終了後のアーカイブは静かなものだった。
俺が寝て、起きて、翌日になっても、再生数は一桁。
コメント欄は空白。
でも今日は違う。
誰かが見ている。
俺の声を、後からでも拾っている。
俺はしばらく、その数字を見つめていた。
それから、朝見た掲示板を開いた。
理由は、自分でも分からない。
ただ、確認しないといけない気がした。
ページはまだ残っていた。
古い掲示板特有の、白い背景。
青いリンク。
日付の古い書き込み。
けれど、消えていた書き込みは、戻っていなかった。
レス番号は飛んでいる。
151
152
153
157
158154から157は、ない。
削除済みとも表示されていない。
最初からそこに何もなかったみたいに、番号だけが抜けている。
ページ内検索をかける。
クロノ。
ブレイブ。
セーブ。
つづきからやるな。
何も出ない。
俺は画面を見つめた。
今日、配信で名前を言った。
五人に、七人に、聞いてもらった。
それでも、消えた書き込みは戻らない。
「ミナミ」
「はい」
「戻らないんだな」
「はい」
「配信したのに」
「配信は復元ではありません」
ミナミは静かに言った。
「保持です」
「……消える前に、残すためのもの」
「はい」
俺は掲示板の欠番を見た。
一度抜けたら、元には戻らない。
そんな当たり前のことを、画面越しに見せつけられている気がした。
「じゃあ、俺が覚えてるうちに書くしかないってことか」
「推奨します」
俺は机の上のノートを引き寄せた。
表紙には、凪沙の字。
忘れたら終わり。
俺はペンを取った。
今日起きたことを書く。
同接が三人になったこと。
七人まで増えたこと。
初めてコメントが来たこと。
登録者が一人増えたこと。
配信で『クロノ・ブレイブ戦記』という名前を言ったこと。
それでも、朝消えていた掲示板の書き込みは戻らなかったこと。
最後に、一行だけ書いた。
配信は、消えたものを戻せない。
でも、消える前に残せるかもしれない。書いてから、しばらくその文字を見つめた。
怖い。
でも、画面に戻ると、通知が一つ増えていた。
チャンネル登録者が1人増えましたさっきの通知とは別だった。
もう一人。
俺は息を止めた。
怖いと思った。
それと同じくらい、嬉しいと思ってしまった。
「観測者が増加しています」
ミナミは、静かに言った。
俺は何も答えられなかった。
忘れたら終わり。
でもその時の俺は、増えた数字から目を離せなかった。
