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同接2人の配信から、世界線を救うことになりました〜AI軍師と始める敗北ログ攻略〜 #6


SAVE6 もっと見てもらえるなら

 朝、スマホの通知で目が覚めた。

 枕元で、短く震える音がした。

 一回。

 二回。

 三回。

 止まったと思ったら、また鳴る。

「……うるさ」

 寝返りを打って、布団の中に潜った。

 でも、通知音は止まらない。

 手だけを伸ばして、スマホを掴む。

 画面を見た瞬間、眠気が少しずつ剥がれていった。

アーカイブ再生数:1,204
コメント:236
新規チャンネル登録:38

 しばらく、数字の意味が頭に入ってこなかった。

 一千二百四。

 昨日の夜、配信を切った直後は三百四十八だった。

 それが、朝には四桁になっている。

 俺は画面を閉じた。

 閉じた。

 はずだった。

 親指が、もう一度アプリを開いていた。

アーカイブ再生数:1,207

 三つ増えていた。

 たった三つ。

 なのに、布団の中で息を止めている自分に気づいた。

 コメント欄を開く。

スミグライ戦から来た
AI軍師が初ミスしたところ好き
ミハルくんの反応がリアルで草
これ演出じゃないなら怖すぎ
続き待ってます
ショートから来ました

 ショート。

 その言葉に、指が止まった。

 誰かが、切り抜いているのか。

 俺は動画アプリを開いて、検索欄に自分の配信者名を入れた。

 ミハル AI軍師。

 検索結果の上の方に、ショート動画が並んでいた。

投稿者名:ミハル切り抜き置き場

【AI軍師】予測が外れて素になるミハル
再生数:2,184

【検索しても出ないゲーム】ビビりすぎて声が裏返るミハル
再生数:846

【AI軍師】配信者、開始3分で主導権を失う
再生数:512

【同接3人】初コメントに固まる配信者
再生数:391

「……めっちゃ前からあるじゃん」

 最初の投稿の日付は、三日前だった。

 俺が初コメントに固まったところ。
 ミナミに言い負かされたところ。
 怖がって声が裏返ったところ。
 スミグライ戦で、ミナミの予測が外れて、俺が固まったところ。

 嫌なところばかり切り抜かれている。

 なのに、サムネもテロップも、妙に見やすかった。

 俺が何を言う前に詰まったのか。
 どこでコメント欄が笑ったのか。
 どの沈黙を残すと面白いのか。

 編集した人間は、そこを分かっている。

「……誰が作ってんだ、これ」

 投稿者名をもう一度見る。

 ミハル切り抜き置き場。

 知らない名前だった。

 でも、画面から目が離せなかった。

 自分の配信が、自分の手を離れて、知らないところで短く切られて、知らない人に見られている。

 スマホを伏せた。

 すぐに、また裏返した。

 ――数字に負けてる顔。

 凪沙の声が、頭の奥で鳴った。

「負けてない」

 小さく呟いた。

   *

 リビングに降りると、凪沙がトーストをかじっていた。

 母さんの姿はない。

 テーブルの上に、いつものメモが置かれていた。

今日も遅くなります。
晩ごはんは冷蔵庫。
牛乳まだあるから買わなくていいです。

「母さん、今日も遅いって」

 凪沙がメモを見ないまま言った。

「知ってる。見えてる」

「ならカップ麺食べないで」

「まだ何も言ってないだろ」

「顔に書いてある」

 俺は椅子に座った。

 トーストを一枚取る。

 凪沙がこっちを見る。

「お兄」

「なに」

「顔きもい」

「朝一発目でそれ?」

「数字見た顔してる」

 トーストをかじる手が止まった。

「……なんで分かるんだよ」

「分かるよ。口元だけ我慢してるもん」

「我慢?」

「ニヤけるの」

「してない」

「してる」

 凪沙はスマホを伏せた。

 その動きが妙に速かった。

「お前も何か見てただろ」

「天気」

「そんな勢いで天気隠す人いる?」

「雨かもしれないから」

「快晴だけど」

「うるさい」

 凪沙は目を逸らして、牛乳をコップに注いだ。

 俺はトーストをかじる。

 味があまりしない。

 スマホがポケットの中で一度震えた。

 見ない。

 見ない。

 そう思って、三秒後にはポケットに手を入れていた。

「ほら」

 凪沙が言った。

「負けてる」

「通知見ただけ」

「通知に負けてる」

 俺はスマホをテーブルに置いた。

 画面を下にして。

 凪沙は少しだけ目を細めた。

「今日もやるの?」

「……たぶん」

「たぶんって顔じゃない」

「どんな顔だよ」

「やるの決めてるのに、まだ人に止めてほしそうな顔」

 返す言葉がなかった。

 凪沙はトーストの最後の一口を食べて、立ち上がる。

「昨日、変だったよ」

「何が」

「全部」

「ざっくりしすぎだろ」

「ミナミが変だった。お兄も変だった。コメント欄も変だった。あと、最後に数字見てる顔が一番変だった」

「最後だけ悪口じゃない?」

「全部悪口だよ」

 凪沙は通学バッグを肩にかける。

 玄関へ向かいかけて、立ち止まった。

「お兄」

「なに」

「伸びてる時ほど、変なことしないで」

 昨日と似た言葉。

 でも、今朝は少しだけ違って聞こえた。

 俺は頷いた。

 頷いたはずだった。

 ポケットの中のスマホが震える。

 視線が、そっちに落ちた。

 凪沙はため息をついた。

「返事、軽」

「聞いてるって」

「聞いてるだけじゃなくて、守って」

 そう言って、凪沙は出ていった。

 玄関のドアが閉まる。

 テーブルの上には、伏せたスマホ。

 裏返せば、数字が見える。

 俺はトーストの残りを食べた。

 飲み込むまで、少し時間がかかった。

   *

「本日の配信について、推奨手順を提示します」

 午前十時。

 ミナミは、いつも通り出てきた。

 俺が何も聞いていないのに、画面に白いウィンドウが開く。

次回推奨配信:
開始時刻 20:12
終了予定 21:00

推奨タイトル:
【続き】検索しても出ないRPGをAI軍師と進めます

禁止事項:
・タイトル変更
・店舗名への言及
・G■■E表示への言及
・終了時刻の延長
・コメント欄の要求による進行変更
・SLOT4の選択
・妹の個人情報の言及

「増えてるな」

「必要です」

「禁止事項って、毎回増えるシステムなの?」

「逸脱が確認された項目を明示しています」

「俺のせいって言いたいわけね」

「要約としては正確です」

「そこは濁せよ」

 ミナミは表情を変えない。

 俺は配信管理画面を開いた。

 昨日のタイトルが残っている。

【閲覧注意】検索しても出ないレトロRPG、AI軍師が全部予測してきます

 昨日は、これで伸びた。

 ミナミは非推奨と言った。

 でも伸びた。

 予測は一度外れた。
 HP一桁まで追い込まれた。
 スミグライは、消えたはずのレス番号を吐いた。

 それでも、配信は伸びた。

 指がタイトル欄の上で止まる。

「ミハルさん」

「まだ何もしてない」

「入力準備を検出しています」

「準備くらいさせろ」

「タイトル変更は非推奨です」

「昨日もそれ言ってた」

「はい」

「でも伸びた」

 ミナミは黙った。

 俺は少しだけ笑った。

「そこ、黙るんだな」

「観測数の増加は確認されています」

「だろ」

「同時に、敗北ログとの一致率は低下しています」

「でも、観測数が増えれば保持率は上がるんだろ」

「単純な比例関係ではありません」

「分かりにくいな」

 俺はタイトル欄を全選択する。

 昨日のタイトルが青く反転した。

 削除。

 空欄。

 昨日より、指が軽かった。

「今日はこれでいく」

 俺は打ち込む。

【閲覧注意】存在しないゲームの第二章へ。AI軍師の予測、また外れるかもしれません

 打ち終えた瞬間、ミナミのホログラムが乱れた。

 昨日より長い。

 白い軍服の輪郭が、画面の端で二重にぶれる。

 小さなノイズ音。

「差分を検出しました」

「分かってる」

「推奨手順への復帰を提案します」

「今日はこれでいく」

「予測不一致を配信タイトルに含めることは非推奨です」

「みんな、そこが気になってるんだよ」

「興味本位の流入が増加します」

「見てもらえないよりはいい」

「保持対象の拡散範囲が制御不能になる可能性があります」

 保存ボタンの上で、指が止まった。

 制御不能。

 その言葉だけ、少し引っかかった。

 でも、昨日の数字が頭に浮かぶ。

 二十四人。

 アーカイブ一千二百。

 コメント二百三十六。

 切り抜き動画、二千再生。

 保存ボタンを押す。

配信情報を更新しました。

 ミナミのホログラムが、一度だけ暗くなる。

 すぐに戻る。

「記録しました」

「いちいち怖い言い方するな」

「事実です」

   *

 夕方。

 概要欄を整えていると、また手が止まった。

 昨日消した一文。

 近所の中古ゲームショップGEROで300円で購入。

 入れた方が、リアルだ。

 でもミナミは非推奨と言った。

 俺は地図アプリを開いた。

 検索欄に「GERO」と打つ。

 候補が出る。

 一番上。

GERO 中古ゲーム館

 二番目。

GATE 中古ゲーム館

 指が止まった。

 画面の上では、二つの店名が並んでいる。

 同じ住所。

 同じ営業時間。

 同じ地図上の場所。

 でも、名前だけが違う。

「……出た」

「何が表示されていますか」

 ミナミが言った。

「自分で見えてないのか」

「地図アプリの候補情報は取得できます。ただし、表示揺らぎの一部は解析対象外です」

「便利なのか不便なのか分からないな」

「表示内容を読み上げてください」

「GERO中古ゲーム館」

「はい」

「その下に、GATE中古ゲーム館」

 ミナミのホログラムが短く揺れた。

「差分を検出しました」

「昨日はG■■Eだった」

「はい」

「今日はGATEって出てる」

「はい」

「進んでるってことだよな」

 ミナミはすぐには答えなかった。

 その沈黙で、聞く前から分かった気がした。

「店舗名への言及は非推奨です」

「言われなくても分かってる」

 俺は地図アプリを閉じる。

 でも、すぐまた開いた。

 候補はまだ残っている。

GERO 中古ゲーム館
GATE 中古ゲーム館

 どちらも消えない。

 俺はノートを開いた。

GERO検索。
検索候補にGATE 中古ゲーム館。
同じ住所。
同じ場所。
店名だけが二重化。

 書いている途中で、ペン先が止まった。

 GERO。

 GATE。

 どちらが正しいのか分からない。

 いや。

 正しい方を、まだ俺が覚えているだけなのかもしれない。

   *

 二十時十二分。

 配信開始。

 赤いランプが点いた瞬間、コメント欄が動いた。

 いつもより速い。

来た
昨日のスミグライ戦見た
AIミス回から来ました
ショートから来ました
切り抜きで見たやつだ
今日は外れる?

 同時接続は、開始直後で三十一人だった。

同時接続:31人

 三十一。

 数字を見た瞬間、喋る予定だった挨拶が少し飛んだ。

 咳払いをする。

「こんばんは、ミハルです。今日も『クロノ・ブレイブ戦記』をやっていきます。昨日、第一章のボス、スミグライを倒して、今日から第二章です」

 コメントが流れる。

三十一人いるの草
増えたな
ショート見て来た
売れた配信者じゃん

「売れてません。まだ全然です。でも、見に来てくれてありがとうございます。ショートから来てくれた人も、ありがとうございます」

「発話速度が上昇しています」

 ミナミが言った。

「分かってる」

「コメント反応過多に注意してください」

「これは拾うだろ」

「開始直後から反応過多です」

AIに管理されてる
反応過多草

「管理されてません。サポートです。たぶん」

「訂正します。行動制御に近い支援です」

「訂正すんな」

 コメント欄に「草」が流れる。

 同接が三十四人になる。

 ゲーム画面を映す。

 第一章クリア後、画面には新しい章タイトルが表示された。

第二章:名前のない町

 コメント欄の流れが少し変わる。

名前のない町?
もう不穏
ナハギって出る?

「ナハギ?って名前、どこで見たんですか」

「前回の戦闘後、次回目標として一瞬表示されました」

 ミナミが補足する。

「俺より説明早いな」

「必要です」

 ゲームを進める。

 ドット絵の町。

 古い石畳。
 小さな家。
 中央に噴水。

 でも、町の看板は空白だった。

ようこそ、――の町へ

「名前がない」

「名前情報の欠損を確認しました」

「ゲーム内でもか」

「はい」

 町の入口にいるNPCに話しかける。

 名前欄には何もない。

   :ここは昔、別の名前で呼ばれていた気がするんだ。
   :でも、思い出そうとすると、頭に靄がかかったように何も言い出せなくなる。

「嫌な町だな」

名前欄バグってる
演出なのかガチなのか分からん

 俺は笑おうとして、少し失敗した。

「昨日、現実でもちょっと似たようなことがあって」

「ミハルさん」

 ミナミの声が割り込む。

「その情報の言及は非推奨です」

「いや、詳しくは言わない」

「非推奨です」

「一瞬だけ、店の名前が変に」

 ミナミのホログラムが乱れた。

 画面の端に、白いノイズ。

「ミハルさん」

 声が硬い。

 コメント欄が反応する。

現実でも?
店の名前?
何それ

 俺は一度、口を閉じた。

 言わない方がいい。

 それは分かっている。

 でもコメント欄は流れている。

気になる
言えないやつ?
現実連動してるの?

 マイクの前で、舌が上顎に張り付く。

 凪沙の声が頭の奥で鳴った。

 ――数字が増えた時ほど、変なことしないで。

 俺は画面左上の同接を見る。

 三十九人。

 もうすぐ四十。

「……まあ、昨日、地図アプリで店名が一瞬バグったんですよ」

「ミハルさん」

「詳しくは言いません」

「言及済みです」

「分かってる」

 コメント欄が速くなる。

現実もバグるの怖
店名バグ?
これ企画じゃないの?

 同接が四十二人になる。

 視線が吸われる。

 自分でも分かるくらい、コメントを拾う回数が増えた。

「コメント反応過多です」

「今日は人多いんだから、多少はいいだろ」

「進行が遅延しています」

「配信なんだから、コメント拾うのも進行だろ」

 言った瞬間、少しだけ凪沙の顔が浮かんだ。

 コメント拾うの遅い。
 怖いなら怖いって言え。

 それを、今は都合よく使っている。

 そう思ったのに、口は止まらなかった。

   *

 名前のない町を進む。

 町の人たちは、みんな何かを忘れていた。

   :俺は、何屋だったんだっけな。
   :棚はあったんだ。
   :箱もあった。
   :でも、何を並べていたのか、思い出せない。

 そのNPCのドット絵は、黒いエプロンを着ていた。

 俺は少しだけ固まった。

「……今の」

「進行を継続してください」

 ミナミが言った。

「黒いエプロン」

「進行を継続してください」

「佐伯さん…?」

 名前を出した瞬間、ミナミのホログラムがまた乱れた。

 今度は、画面の端だけではなく、ミナミの顔の半分が薄くぶれた。

「固有名詞の言及は非推奨です」

「配信中だけど、店員さんの話だろ」

「非推奨です」

 コメント欄が流れる。

佐伯さん?
誰?
店員?

 誰?

 その二文字が、妙に引っかかった。

 当然だ。

 視聴者は佐伯さんを知らない。

 知らないはずだ。

 なのに、文字が画面に流れた瞬間、胸の奥がざらついた。

 ゲーム画面のNPCが、もう一度喋る。

   :いらっしゃい。
   :……いや、違うな。
   :ここは店じゃない。
   :俺は、何を売ってたんだっけな。

 俺は口を開いた。

 でも、何も言えなかった。

 ミナミが言う。

「現在の目的地は町の北です」

「……分かってる」

 コントローラーを握り直す。

 黒いエプロンのNPCを置いて、北へ進む。

 一歩進む。

 もう一歩進む。

 NPCの姿が、画面の外へ消える直前。

   :……また来てくれよ。

 そんな台詞だけが、遅れて表示された。

 俺は足を止めた。

「ミハルさん」

「……分かってる」

 今度は、振り返らなかった。

   *

 二十一時。

 町の北にある塔の前まで来たところで、ミナミが言った。

「終了推奨時刻です」

 画面には、塔の入口。

 中に入れば、ナハギに近づくのだとミナミは言っていた。

 コメント欄はまだ流れている。

塔だけ見たい
あと少し
ナハギ見たい
ここで終わるの!?

「今日はここまでに」

 言いかけて、コメント欄が目に入った。

今同接47

 四十七。

 誰かが書いた数字だった。

 俺は画面左上を見る。

同時接続:47人

 昨日の二十四人の、ほぼ倍。

 手の中のコントローラーが、少し汗で滑った。

「ミハルさん、配信を終了してください」

「……あと十分だけ」

「非推奨です」

「塔の入口だけ見ます」

「終了推奨時刻を超過しています」

「十分だけ」

「ミハルさん」

「分かってる」

 何が分かっているのか、自分でも分からなかった。

 俺は塔に入った。

 画面が暗転する。

 コメント欄が一気に流れる。

きた
延長助かる
ナハギくる?

 塔の中は、壁一面に名前が書かれていた。

 人の名前。

 町の名前。

 店の名前。

 でも、その多くが黒く塗り潰されている。

■■■
■■■■
G■■E
■■■■■■

 G■■E。

 その文字が見えた瞬間、ミナミが大きく乱れた。

 音声にノイズが混ざる。

「即時終了を推奨します」

「今、出たよな」

「即時終了を推奨します」

「ゲーム内にもG■■Eが」

「即時終了を推奨します」

 同じ言葉を繰り返すミナミの声が、少しだけ遠い。

 コメント欄は盛り上がっている。

G■■E出た
さっきの店名?
現実と繋がってる?
やば

 俺は、画面を見ていた。

 ここで切るべきだ。

 切るべきなのに、コメント欄が流れる。

 今までで一番速い。

 今までで一番、見られている。

 塔の奥から、女の笑い声のような音がした。

 画面に文字が出る。

名を返してほしければ、奥へおいで。

「ナハギ……?」

「配信を終了してください」

 ミナミが言った。

 俺は、ほんの少しだけ迷った。

 ほんの少し。

 それだけだったと思いたい。

「……今日は、ここまでにします」

 そう言って、配信終了ボタンに手を伸ばした。

 でも、その前に、コメントが一つ流れた。

逃げるの?

 指が止まった。

 たぶん、ただの視聴者だった。

 ただ煽っただけ。

 でも、その一言が、マイクの前にいる俺を縛った。

 もう一歩だけ。

 塔の奥へ進む。

「ミハルさん」

「一歩だけ」

「非推奨です」

「一歩だけだって」

 主人公が、一歩進む。

 画面が暗転した。

 次の瞬間、塔の壁に書かれた名前が、一斉に滲んだ。

 そして、配信画面全体に白いノイズが走る。

GATE 中古ゲーム館

 一瞬だけ、そう表示された。

 画面の中央に。

 ゲームの文字でも、コメントでもない場所に。

 俺は息を止めた。

「……今の」

 言い終える前に、映像が戻った。

 塔の入口。

 何事もなかったみたいに、主人公は立っている。

 ミナミのホログラムは薄くなっていた。

「即時終了してください」

 今度は、俺も逆らえなかった。

「今日はここまでにします」

 声が少し掠れた。

 コメント欄には「え」「今の何」「GATE出た?」が流れている。

 俺は配信終了ボタンを押した。

 赤いランプが消える。

 部屋の中が、急に静かになった。

   *

 配信結果が表示された。

最大同時接続:52
コメント数:318
新規登録者:41
アーカイブ初期再生数:702

 五十二。

 数字を見た瞬間、体の奥に何かが跳ねた。

 でも、画面の中央に出た文字が消えない。

 GATE 中古ゲーム館。

 配信は切った。

 もう画面には映っていない。

 それでも、目の裏に残っている。

「本日の観測数は増加しました」

 ミナミが言う。

「……成功か」

「観測数の指標では、成功です」

「それ以外では?」

 ミナミは沈黙した。

 沈黙が長かった。

「推奨手順からの逸脱が複数確認されました」

「分かってる」

「店舗名への言及。G■■E表示への言及。終了推奨時刻の超過。コメント欄の要求による進行変更」

「分かってるって」

「敗北ログとの一致率が大幅に低下しています」

 俺は椅子にもたれた。

 手の中のコントローラーが、まだ少し湿っている。

「でも、伸びた」

 言ってから、自分で嫌になった。

 ミナミは何も言わなかった。

   *

 リビングに行くと、凪沙はいなかった。

 代わりに、キッチンの棚の上にのど飴が置かれていた。

 袋は開いている。

 中から一つだけ、個包装の飴が出されている。

 メモはない。

 俺はそれを手に取った。

 配信の途中、何度か喉が詰まった。

 たぶん、凪沙は聞いていた。

 見ていないと言いながら、聞いていた。

 俺はのど飴を口に入れた。

 甘さが広がる。

 でも、飲み込む時に少しだけ喉が痛かった。

   *

 部屋に戻って、ノートを開く。

 今日の出来事を書く。

第6回配信。
推奨タイトルを再変更。
ミナミ「差分を検出」

検索候補:
GERO 中古ゲーム館
GATE 中古ゲーム館
同じ住所。同じ場所。

配信中、第二章「名前のない町」。
NPCの名前欄が空白。
黒いエプロンのNPC。
佐伯さんに似ていた。

配信中にG■■Eについて言及。
二十一時を超えて配信延長。
コメント「逃げるの?」で進行変更。

塔内にG■■E表示。
画面中央に一瞬だけ「GATE 中古ゲーム館」。

最大同接52。

ショート切り抜き確認。
投稿者名:ミハル切り抜き置き場。
複数投稿あり。

 最大同接52。

 その下に書いた、ショート切り抜き確認、という文字を見る。

 俺はもう一度、動画アプリを開いた。

 ミハル切り抜き置き場。

 最新のショートが増えている。

【名前のない町】現実の店名バグを話してミナミに止められるミハル
再生数:317

「……もう上がってる」

 配信を切ってから、まだ二十分も経っていない。

 サムネには、俺が「地図アプリで店名が」と言いかけた瞬間の顔が使われていた。

 妙に間抜けな顔だった。

 でも、タイトルは分かりやすい。

 短い。

 見たくなる。

 俺は再生ボタンを押しかけて、やめた。

 投稿者名を見る。

 ミハル切り抜き置き場。

 知らない名前。

 知らないはずなのに、胸の奥が少しだけ引っかかった。

 俺はノートに一行足した。

切り抜きが早い。

 それを書いた後、ペン先が止まる。

 褒めているみたいで、少し嫌だった。

   *

「ミナミ」

「はい」

「明日、GEROに行く」

「非推奨です」

「なんで」

「現地確認は、追加の観測を発生させます」

「だから何だよ」

「消失処理を促進する可能性があります」

「でも行かないと分からないだろ」

「推奨しません」

 俺はノートを見る。

 GERO。

 GATE。

 同じ住所。

 同じ場所。

 違う名前。

「行く」

 ミナミのホログラムが、ほんの少しだけ乱れた。

「差分を検出しました」

「もういい」

 俺はスマホの地図アプリを開く。

 検索欄に、GEROと入力する。

 候補が出る。

GATE 中古ゲーム館

 今度は、一つだけだった。

 GEROは、候補から消えていた。

 指先が、画面の上で止まる。

 ノートに書こうとして、ペンを持つ。

 GERO、と書くべきか。

 GATE、と書くべきか。

 少し迷って、俺はどちらも書いた。

GERO / GATE

 斜線の真ん中に、インクが少し溜まった。

 黒い染みが、紙の繊維にゆっくり広がっていく。

 俺はノートを閉じた。

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