同接2人の配信から、世界線を救うことになりました〜AI軍師と始める敗北ログ攻略〜 #5
SAVE:5 差分
朝起きて、まずスマホを見た。
昨日より、迷いがなかった。
指が勝手に動いた、なんて言い訳もできない。
俺は、見たかった。
配信アプリを開く。
アーカイブ再生数:389
コメント:81
新規チャンネル登録:11「……増えすぎだろ」
昨日の配信終了直後は、二百十一再生だった。
それが、朝には三百八十九。
コメントも増えている。
登録者も増えている。
数字を見た瞬間、スマホを持つ指に力が入った。
閉じた方がいい。
そう思ったのに、俺はコメント欄を開いていた。
AI軍師の予測えぐい
七分後ほんとに来たの怖すぎ
続き気になる
ミハルくんビビってるのにちゃんと進めるの草昨日の「覚えています」という文字が頭をよぎる。
背中が冷える。
なのに、画面から目が離せなかった。
「……やばいな」
分かっている。
これは、たぶん良くない。
良くないと分かっているのに、頬が緩む。
その時、頭の奥で声が鳴った。
――数字に負けてる顔。
「……うるさいな」
誰に言ったのか分からない。
部屋には俺しかいない。
凪沙はもう学校に行った時間だ。
机の上には、ノートが置いてある。
忘れたら終わり。
その文字の横で、昨日書いたメモが目に入る。
20:43頃
コメント欄に「覚えています」
すぐ消えた
ミナミは確認できないと言ったあのコメントのことを考えると、背中が冷える。
でも、スマホの画面には新しいコメントが増えていく。
恐怖と嬉しさが、混沌とする。
「ミハルさん」
机の上のスマホが淡く光る。
ミナミが表示された。
「本日の配信について、推奨手順を提示します」
「朝から仕事熱心だな」
「必要です」
画面に、いつものように情報が並ぶ。
次回推奨配信:
開始時刻 20:12
終了予定 21:00
推奨タイトル:
【続き】検索しても出ないRPGをAI軍師と進めます
禁止事項:
・SLOT4の選択
・消失済み情報の断定的言及
・妹の個人情報の言及
・配信時間の延長
・タイトル変更「……タイトル変更も禁止に増えてない?」
「はい」
「昨日は変更不可ってだけだったろ」
「明示しました」
「嫌な明示だな」
「観測導線を維持するためです」
観測導線。
最近、ミナミはその言葉をよく使う。
どの時間に配信するか。
どんなタイトルで出すか。
どの情報を言って、どの情報を言わないか。
それらが、消えかけたものを残すために必要なのだと、ミナミは言う。
理屈は分かる。
でも、画面に並んだ昨日と同じタイトルを見た瞬間、胸の奥が少しだけ冷めた。
「これさ」
「はい」
「昨日とほぼ同じじゃん」
「はい」
「見に来る人、増えるかな」
「増加は見込まれます」
「でも、もっと分かりやすいタイトルの方が伸びると思うんだけど」
「非推奨です」
返事が速い。
「例えばさ」
俺は配信管理画面を開いた。
タイトル欄にカーソルを置く。
ミナミのホログラムが、ほんの少しだけ濃くなる。
「【閲覧注意】とか」
「非推奨です」
「まだ打ってないだろ」
「思考傾向を検出しています」
「人の考え読むな」
「表情、視線、入力準備から推定可能です」
「嫌すぎる」
でも、指は止まらなかった。
俺は推奨タイトルを消す。
真っ白になったタイトル欄を見た瞬間、衝動を抑えられなかった。
今までミナミの指示を受けていたが、自分の中のプライドが邪魔をした。
「ミハルさん」
「分かってる」
「タイトル変更は非推奨です」
「分かってるって」
俺は新しいタイトルを入力する。
【閲覧注意】検索しても出ないレトロRPG、AI軍師が全部予測してきます打ち終えた瞬間。
画面の端で、ミナミのホログラムが一度だけ乱れた。
白い軍服の輪郭がぶれる。
ノイズ混じりの音が、短く鳴る。
「……今の」
「差分を検出しました」
「差分?」
「推奨手順からの逸脱可能性です」
「可能性っていうか、まあ……変えたけど」
「敗北ログとの一致率が低下しています」
その言葉に、寒気がした。
「タイトル変えただけだぞ」
「はい」
「それでそんな大げさなことになるのかよ」
「観測導線の変化は、以降の分岐に影響します」
「でも、見てもらえなきゃ意味ないだろ」
言ってから、自分でも少し強い口調になったと思った。
ミナミは黙る。
数秒後、いつもの声で言った。
「推奨手順への復帰を提案します」
俺はタイトル欄を見る。
新しいタイトル。
少し煽り気味で、少し恥ずかしい。
でも、たぶんこっちの方が伸びる。
「今日はこれでいく」
「非推奨です」
「分かってる」
俺は保存ボタンを押した。
画面に表示が出る。
配信情報を更新しました。*
昼、大学で牧野に会った。
講義室の後ろの席。
いつもの場所。
牧野は俺を見るなり、にやっと笑った。
「白瀬、昨日また流れてきたぞ」
「何が」
「AI軍師のやつ。おすすめに」
「あー……」
俺は返事を濁した。
昨日の配信が外に出ている。
それは分かっていたはずなのに、実際に友人の口から聞くと、妙に落ち着かない。
「なんか伸びてない?」
「まあ、ちょっと」
「ちょっとって顔じゃないな」
「どんな顔だよ」
「コメント欄見て寝不足になった顔」
「……否定しきれない」
「配信者だ」
「底辺だけどな」
「底辺は朝から三百再生でニヤけないだろ」
「見てんじゃん」
「おすすめに出たら押すだろ、普通」
牧野は笑った。
俺も笑った。
でも、胸の奥では別のことを考えていた。
おすすめに出ている。
牧野が見ている。
知らない誰かも見ている。
俺の配信は、もう部屋の中だけのものじゃない。
「次いつやんの?」
「今日」
「毎日やってんの?」
「まあ……今だけ」
「体力あるな。俺なら三日で喉終わる」
「俺も終わりかけてる、喉痛いし。」
「のど飴なめろよ」
その言葉に、一瞬だけ凪沙の顔が浮かんだ。
のど飴を廊下に置いていった凪沙。
見てないと言いながら、全部見ている凪沙。
――お兄、早口。
また、声が頭の奥で鳴る。
「どうした?」
「…いや、なんでもない」
俺は机に視線を落とした。
牧野は何も知らない。
でも、少しずつ近づいている。
それが安心なのか、不安なのか、自分でも分からなかった。
*
夕方、家に帰ってから配信概要欄を整えた。
新しいタイトルは、何度見ても少し強い。
【閲覧注意】検索しても出ないレトロRPG、AI軍師が全部予測してきます「閲覧注意は過剰です」
ミナミが言った。
「分かってる」
「過剰な煽動は、観測者の流入傾向を変化させます」
「それ、悪いことなの?」
「必ずしも悪いとは限りません」
「じゃあいいだろ」
「推奨はしません」
「便利な言い方だな」
俺は概要欄に説明を書き始める。
昨日の続き。
検索しても情報が出ない謎のレトロRPG。
AI軍師ミナミの予測が当たりすぎて怖い。
そこまで書いて、手が止まった。
このゲームをどこで買ったか。
それを入れた方が、リアルだと思った。
中古ショップの三百円ワゴンで見つけた。
そう書けば、妙な説得力が出る。
俺は概要欄に打ち込む。
近所の中古ゲームショップGEROで300円で購入。そこで、ふと手が止まった。
「GEROって、正式には何だっけ」
「店舗名の言及は非推奨です」
「概要欄ならいいだろ」
「…」
ミナミは何も言わなかった。沈黙が答え、というやつだ。
「はいはい」
俺は地図アプリを開いた。
正式名称だけ確認するつもりだった。
検索欄に、GERO 中古ゲーム館、と入力する。
結果が表示される直前。
画面が、一瞬だけ乱れた。
検索結果の文字が潰れる。
白いノイズが走る。
店名らしき文字列が、ほんの一瞬だけ見えた。
G■■E 中古ゲーム館「……え」
次の瞬間、表示は切り替わった。
GERO 中古ゲーム館いつもの店名。
黄色い看板。
間の抜けたカエルのロゴ。
営業時間。
住所。
全部、普通だった。
俺は画面を見つめる。
「ミナミ」
「はい」
「今、検索結果、乱れなかったか」
「表示ノイズを検知しました」
「じゃあ、見えてたんだな」
「はい。ただし、文字列としては解析不能です」
「俺には、G■■E 中古ゲーム館って見えた」
「その読み取りを記録します」
「バグ……じゃないよな」
「現時点での断定は非推奨です」
「断定じゃない。嫌な予感だよ」
「その表現は記録可能です」
「なんでも記録にするな」
「記録しなければ、保持できません」
その言葉だけ、妙に冷たく聞こえた。
俺は地図アプリをリロードする。
GERO 中古ゲーム館。
もう一度。
GERO 中古ゲーム館。
何度見ても、普通の表示に戻っている。
見間違い。
そう思うには、胸の奥がざわつきすぎていた。
俺はノートを開く。
GERO検索。
表示前にノイズ。
一瞬だけ「G■■E 中古ゲーム館」に見えた。
ミナミは表示ノイズを検知。
文字列としては解析不能。
リロード後はGERO。書き終えてから、概要欄の一文を消した。
近所の中古ゲームショップGEROで300円で購入。
その文字が消える。
でも、消した後の空白が、妙に目についた。
「店舗名の言及回避は適切です」
「……うるさい」
「配信開始まで、残り二時間十三分です」
「分かってる」
俺はノートを閉じた。
忘れたら終わり。
その言葉が、今日は少しだけ重く見えた。
*
二十時十二分。
配信開始。
タイトルを変えたせいか、開始直後から昨日より人がいた。
同時接続:9人九人。
昨日は三人だった。
たったタイトル一つで、こんなに違うのか。
そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
――数字に負けてる顔。
凪沙の声が頭の奥で鳴る。
俺は画面に目を戻した。
「こんばんは、ミハルです。今日も『クロノ・ブレイブ戦記』をやっていきます」
コメント欄が流れる。
昨日の続ききた
閲覧注意から来た
AI軍師って何?
七分後予測の切り抜き見た「タイトルは、ちょっと……分かりやすくしました」
「推奨外です」
ミナミが即座に言った。
「配信中に言うな」
「事実です」
AIに即ツッコミされてて草
推奨外って何w
軍師きびしい「怒られてません。意見が分かれてるだけです」
「訂正します。推奨手順から逸脱しています」
「もっと悪く言うな」
コメント欄に「草」が流れる。
同接が十二人になった。
昨日の中盤くらいの数字が、もう開始数分で出ている。
タイトルを変えたのは間違いじゃなかった。
そう思いかけた瞬間、ミナミの輪郭がまた一瞬だけ乱れた。
ノイズが走る。
「差分を検出しました」
「また?」
「観測者流入の傾向が、敗北ログと一致しません」
「でも増えてる」
「はい」
「ならいいだろ」
「判断保留」
「そこは否定しないんだ」
ミナミは答えなかった。
俺はゲームを開始した。
前回到達した村の奥。
ボス前の扉。
昨日、ミナミの指示で配信を切った場所だ。
「本日の目標は、第一章ボスの撃破です」
「今日はそこまでやっていいんだ」
「はい。ただし終了予定時刻は二十一時です」
「ボス長引いたら?」
「撤退を推奨します」
「ボス戦で撤退って配信的にどうなんだ」
「生存率を優先します」
「軍師としては正しい」
コメント欄が流れる。
撤退推奨草
AI冷静すぎ
配信映えより生存率俺は扉の前に立つ。
「入ってください」
「了解」
ボタンを押す。
画面が暗転した。
第一章のボスは、村の地下に眠っていた獣だった。
黒い獣のような姿。
体の一部が墨をこぼしたように滲んでいて、動くたびに輪郭が崩れる。
名前欄に文字が浮かぶ。
墨喰いの獣 スミグライ
「スミ…グライ……?」
「第一章ボスです」
戦闘が始まる。
ミナミの指示はいつも通り正確だった。
「一ターン目、防御してください」
「攻撃じゃなくて?」
「防御です」
防御すると、スミグライの初撃をギリギリで耐えた。
防御してなかったら死んでた?
怖「二ターン目、右の燭台を調べてください」
「戦闘中に?」
「はい」
言われた通りにすると、燭台が倒れ、スミグライの体にまとわりついていた墨が薄くなる。
そんなギミックあるのか
AI軍師ほんと何「三ターン目、攻撃。通常攻撃ではなく、昨日入手した短剣を使用してください」
「短剣弱くない?」
「墨属性に対して補正があります」
「属性が独特すぎる」
短剣を使う。
大きなダメージが入る。
コメント欄が盛り上がる。
順調だった。
順調なはずだった。
四ターン目。
ミナミが言った。
「次は回復してください」
「HPまだ半分あるけど」
「回復してください」
「分かった」
俺は回復薬を使う。
次の瞬間、スミグライがこちらを見た。
画面が大きく揺れる。
スミグライは、墨を吐き出した。画面上に、黒く滲んだ文章が表示された。
154:つづきからやるな
155:SLOT4を見るな
156:そのAIを信用するな
157:妹を巻き込むな息が止まった。
掲示板から消えたはずのレス番号。
154から157。
戻らないはずの文字。
それが、ゲーム内に表示されている。
「ミナミ」
「攻撃を継続してください」
「今の見えただろ」
「攻撃を継続してください」
「見えたかって聞いてる」
ミナミのホログラムが乱れた。
さっきより長い。
声に、一瞬だけノイズが混ざる。
「……敗北ログとの差分を検出」
「差分じゃないだろ。今の、掲示板の」
「攻撃を継続してください」
同じ言葉。
でも、声が少しだけ硬い。
コメント欄もざわついている。
今の何?
番号?
SLOT4って出た?
妹って書いてなかった?妹。
その単語を見た瞬間、背筋が冷えた。
凪沙のことを言うな。
巻き込むな。
でも、もう文字として出てしまった。
配信に、乗ってしまった。
「ミハルさん」
ミナミの声が低くなる。
「コメントを拾わず、戦闘を継続してください」
「……分かった」
本当は、分かっていなかった。
でも、戦闘は続いている。
敵は待ってくれない。
俺は指示に従い、攻撃した。
ミナミの予測は、その後も当たった。
ただ、一度だけ。
スミグライの行動予測が外れた。
「次の攻撃は単体です。防御は不要です」
ミナミがそう言った直後。
スミグライは全体攻撃を放った。
黒い墨が画面全体に飛び散る。
HPが赤くなる。
「おい!」
「……予測を修正します」
「外れたのか」
「敗北ログとの一致率が低下しています」
コメント欄が一気に流れる。
今の予測外れ?
初ミス?
普通に危なかった
AI軍師にも分からんことあるんだ俺は返事ができなかった。
視聴者は笑っている。
でも俺だけは、朝のノイズを思い出していた。
タイトルを変えた時。
ミナミが言った言葉。
――差分を検出しました。
俺が変えたから。
俺が推奨を破ったから。
ミナミの予測が、少しだけ外れた。
それでも、なんとかスミグライは倒した。
最後はHP一桁。
ギリギリの勝利だった。
第一章 クリア画面に文字が出る。
コメント欄は盛り上がった。
ギリギリすぎ
熱い
AI軍師でも外すんだ
第一章クリアおめ同接は二十四人になっていた。
同時接続:24人二十四。
昨日の最大十八人を、超えた。
初めて、二十人を超えた。
怖かった。
危なかった。
ミナミの予測も外れた。
でも、伸びた。
伸びてしまった。
「第一章クリアです。ありがとうございます」
マイクの前で笑おうとしたが、口元が引きつっているのが自分でも分かるくらい動揺していた。
おめ
ギリギリだった
手震えてない?コメントを目にして、俺は慌ててコントローラーを机に置いた。
*
二十一時。
ミナミが言った。
「終了推奨時刻です」
今日は、ボスを倒した直後だった。
区切りとしては、ちょうどいい。
でもコメント欄はまだ流れている。
もうちょい見たい
次の章だけ見せて
SLOT4見ようぜSLOT4。
その文字が流れた瞬間、ミナミのホログラムが短く乱れた。
「SLOT4の選択は非推奨です」
「分かってる」
「配信を終了してください」
「分かってるって」
コメント欄を見る。
二十四人。
今までで一番多い人数が、まだ見ている。
ここで切るのか。
切った方がいい。
それは分かっている。
凪沙の声が、頭の奥で鳴る。
――数字に引っ張られてるよ。
俺は息を吸った。
「今日はここまでにします」
えー
おつ
次も見る
SLOT4いつ見るの?「SLOT4は……まだ見ません。たぶん」
「断定してください」
ミナミが言った。
「まだ見ません」
コメント欄に「草」が流れる。
俺は配信終了ボタンを押した。
赤いランプが消える。
部屋が静かになる。
ミナミが結果を表示する。
最大同時接続:24
コメント数:112
新規登録者:15
アーカイブ初期再生数:348数字が並ぶ。
昨日より、全部増えている。
タイトルを変えた。
ミナミの推奨を破った。
予測は一度外れた。
でも、伸びた。
その事実が、俺の中で嫌な形に残った。
「本日の観測は成功です」
「成功なのか」
「観測数は増加しました」
「でも、予測外したよな」
「敗北ログとの一致率が低下しています」
「タイトルを変えたから?」
「要因の一つと推定されます」
「でも、同接は増えた」
ミナミは沈黙した。
その沈黙が、答えみたいだった。
「次回は推奨手順に戻してください」
俺は返事をしなかった。
*
リビングに行くと、凪沙がソファでスマホを見ていた。
俺が入ると、また画面を伏せる。
「……また見てた?」
「見てない」
「今の動き、完全に見てた人の動きだったけど」
「自意識すご」
いつもの返し。
でも、今日は少しだけ声が硬かった。
「タイトル変えたでしょ」
俺は黙った。
「見てたじゃん」
「見てない。おすすめに出てた」
「同じだろ」
凪沙はスマホを伏せたまま、俺を見た。
「伸びた?」
「……まあ」
「嬉しい?」
答えに詰まる。
凪沙はため息をついた。
「お兄、分かりやすすぎ」
「何が」
「嬉しい時、怖い顔する」
「怖い顔?」
「笑っていいのか分かんない時の顔」
俺は何も言えなかった。
凪沙は続ける。
「今日、なんか変だった」
「配信?」
「うん。いつも変だけど、今日はもっと変」
「どこが」
「ミナミ、ちょっと焦ってなかった?」
「AIが焦るかよ」
「じゃあ、お兄が焦ってた」
「それは……まあ、焦った」
あのレス番号。
154から157。
妹を巻き込むな。
言おうとして、やめた。
妹の個人情報の言及は禁止。
配信外でも、言わない方がいい気がした。
凪沙は俺の顔をじっと見る。
「何か隠してる?」
「隠してない」
「嘘下手」
「本当に」
「お兄」
凪沙の声が少し低くなった。
「数字が増えた時ほど、変なことしないで」
俺は返事に詰まった。
「ミナミの言うこと全部信じろって意味じゃないよ。でも、お兄、今、自分の判断っていうより、数字に押されてる」
「……分かってる」
「分かってない顔」
またそれだ。
「その顔、やめろ」
「やめない。分かってない時のお兄、だいたい同じ顔するから」
凪沙は立ち上がる。
そして、キッチンに向かった。
「のど飴、棚に入れといたから」
「……ありがと」
「別に。母さんが買っただけ」
「母さん、のど飴買わないだろ」
「じゃあ私」
「素直だな」
「うるさい」
凪沙はそれだけ言って、自分の部屋へ戻っていった。
その背中を見ながら、俺は思った。
巻き込むな。
あの文字が、頭から離れなかった。
*
部屋に戻って、凪沙が買ってくれたのど飴を舐めながらノートを開いた。
今日の出来事を書く。
第5回配信。
推奨タイトルを変更。
ミナミ「差分を検出」
ホログラムにノイズ。
GERO検索。
表示前にノイズ。
一瞬だけ「G■■E 中古ゲーム館」に見えた。
ミナミは表示ノイズを検知。
文字列としては解析不能。
リロード後はGERO。
第一章ボス戦。
墨喰いの獣 スミグライ。
消えた掲示板レス154〜157らしき文章がゲーム内に表示。
154:つづきからやるな
155:SLOT4を見るな
156:そのAIを信用するな
157:妹を巻き込むな
ミナミの予測が一度外れた。
最大同接24。最後の行で、ペンが止まる。
最大同接24。
それを書く必要があるのか、少し迷った。
でも、書いた。
これは記録だ。
そう自分に言い聞かせる。
机の横では、配信結果の数字がまだ表示されている。
最大同時接続:24
コメント数:112
新規登録者:15昨日より増えている。
ミナミの推奨を破ったのに。
俺は椅子にもたれた。
「ミナミ」
「はい」
「俺がタイトル変えたせいで、何か悪くなったのか」
「敗北ログとの一致率が低下しました」
「それは聞いた」
「現実側の消失処理に変動が発生している可能性があります」
「GEROのノイズも?」
「可能性があります」
「スミグライのレス番号も?」
「可能性があります」
「凪沙のことも?」
言ってから、口を閉じた。
部屋が静かになる。
ミナミはすぐには答えなかった。
数秒後、いつもの声で言った。
「妹の個人情報への言及は非推奨です」
「配信してないだろ」
「推奨は変わりません」
「……なんでだよ」
「観測対象に含まれる可能性があるためです」
「観測対象って」
ミナミは、少しだけ沈黙した。
「現時点では回答を推奨しません」
「またそれか」
「次回は推奨手順に戻してください」
同じ言葉。
何度も聞いた言葉。
俺は配信結果の数字を見る。
二十四。
あと少しで三十人。
そう思ってしまった。
思ってしまった瞬間、ミナミのホログラムがわずかに乱れる。
「差分を検出しました」
「……まだ何もしてない」
「思考が、推奨手順から逸脱しています」
俺は笑った。
乾いた笑いだった。
「思うくらい、自由にさせろよ」
ミナミは答えなかった。
机の上のノートを見る。
忘れたら終わり。
その下に、自分で書いた文字がある。
ーー妹を巻き込むな。
そして、その横に、最大同接二十四という数字があった。
どちらも消えなかった。
どちらも、俺の頭の中に墨みたいに染み付いていた。
