同接2人の配信から、世界線を救うことになりました〜AI軍師と始める敗北ログ攻略〜 #9
SAVE9 👁️
朝になっても、店は戻っていなかった。
スマホの地図アプリで駅前を開く。ドラッグストア、古い喫茶店、コインパーキング。その間に、何もない。何もない場所に指先を置いて、拡大して、縮小して、もう一度拡大する。
店名は出ない。GATEも、GEROも、中古ゲーム館も表示されない。
昨日の夜に撮った写真を開く。ドラッグストアの壁、特売のポスター、歩道。それだけだった。
昼間に撮ったはずのGATEの看板写真は、まだ灰色のノイズで潰れている。
この画像は表示できません画面の下に出る文字を見て、俺はスマホを伏せた。
ノートを開く。表紙に書いた文字が目に入る。
忘れたら終わり昨日の夜、力任せに書いたせいで、少し文字が太い。ページをめくる。
店がない。
入口なし。
看板なし。
ワゴンなし。
ドラッグストアの壁が続いている。
店員「隣はずっと壁」
勤務二年。
佐伯さん不明。
GATE写真、表示不可。その下には、凪沙に言われて書き足した佐伯さんのことが並んでいる。
黒いエプロン。
三百円ワゴン。
客よりゲームの話が長い。
「また来てよ」
「いいの入ったら取っとくから」読み返している途中で、ペンを取った。佐伯さんの顔。目元。声。手の動き。思い出せるものを書こうとして、ペン先が止まる。
昨日より、輪郭が遠い。
俺は慌てて書いた。
笑う時、少し肩が揺れる。
値札を貼る時、右手でケースを軽く叩く。
古いRPGの話になると長い。書き終えてから、息を吐いた。文字になったものだけが、机の上に残る。文字にならなかった部分は、どこへ行ったのか分からない。
「起きてんの?」
ドアの外から声がした。凪沙だった。
「起きてる」
「朝ごはん、パンでいい?」
「いい」
「カップ麺じゃないだけ成長」
「朝からカップ麺食わん」
返事をすると、少しだけ普通の朝に戻った気がした。
俺はノートを閉じる。でも、表紙の文字はまだ見えていた。
忘れたら終わり*
リビングに降りると、凪沙がトースターの前に立っていた。制服のリボンを片手で直しながら、もう片方の手でスマホを操作している。
「焦げるぞ」
「見てる」
「スマホを?」
「パンを」
凪沙はスマホを伏せた。トースターの中で、パンがじりじりと焼けている。テーブルには牛乳。昨日、俺が買って帰ったやつだ。パックの側面に、まだ水滴がついている。
「昨日、寝た?」
凪沙が聞いた。
「寝た」
「何時間」
「……ちょっと」
「それ寝たって言わない」
トースターが鳴った。凪沙はパンを皿に出して、俺の前に置く。焦げ目が少し濃い。
「配信、今日もやるの」
パンに手を伸ばしかけて、止まった。凪沙はこっちを見ていない。自分の皿にバターを塗っている。
「ミナミは、やれって」
「ミナミじゃなくて、お兄は?」
バターを塗る音だけが、しばらく続いた。
俺はパンを持った。指先に熱が移る。
「……やるしかない」
「しかない、ね」
「何」
「別に」
凪沙はパンをかじった。そのままスマホを片手で持ち上げる。画面を見た瞬間、眉が少し動いた。
「何見てるんだよ」
「天気」
「そんな顔する天気ある?」
「ある。湿気が敵」
スマホの画面はこっちから見えない。でも、凪沙の親指は天気アプリを見る動きじゃなかった。縦に流す。止める。少し戻す。画面の下の方を押す。また止める。
俺が見ていることに気づいたのか、凪沙はスマホを裏返した。
「なに」
「いや」
「お兄、最近人のスマホ見すぎ」
「見てない」
「目が見てる」
凪沙はそう言って、牛乳を一口飲んだ。白いパックの側面に、指の跡がつく。
「今日、変なこと言わないでね」
「配信で?」
「うん」
「どの変なこと」
「全部」
「範囲広いな」
「お兄、怖い時ほど説明長くなるから」
俺はパンを皿に戻した。
その指摘は、何度も聞いた。早口。コメント拾い遅い。怖いなら怖いって言え。数字に押されてる。
凪沙は配信を見ていないと言う。でも、見ていない人間の言い方じゃない。
「凪沙」
「なに」
「昨日の切り抜き、見た?」
凪沙の手が一瞬止まった。ほんの少し。パンの端についたバターが、皿に落ちる前に止まるくらいの時間。
「おすすめに流れてきた」
「早すぎないか」
「最近のおすすめ、そういうもんでしょ」
「そういうもんか?」
「知らない。私、動画サイトの仕組みじゃないし」
凪沙は皿を持って立ち上がった。
「学校行く準備する」
「まだ時間あるだろ」
「女子高生には色々あるの」
「便利な言葉だな」
「お兄も大学生なんだから色々しなよ」
階段へ向かう途中、凪沙が振り返った。
「今日、配信するなら」
「うん」
「数字、見すぎないで」
それだけ言って、二階へ上がっていった。階段の途中で、スマホの通知音が一度鳴る。凪沙はすぐに音量を下げた。
*
昼過ぎ。
大学には行かなかった。行くつもりでバッグを肩にかけたけど、玄関で足が止まった。駅前を通る。店の跡を見る。そう考えただけで、靴紐を結ぶ手が動かなくなった。
結局、俺は部屋に戻った。
机に座って、配信アーカイブを開く。昨日の名剥ぎの魔女戦。再生数は、朝の時点で九百を超えていた。コメントも増えている。
昨日リアタイしてたけど最後の空気やばかった
AI軍師が答えないの怖い
ボスの台詞、現実の店と繋がってる?
切り抜きから来ました
ミハルくん演技じゃないよね?演技。
その文字の上で、スクロールが止まる。
演技なら、どれだけよかっただろう。
指が勝手に返信欄へ向かう。
違います。
店は本当に。そこまで打って、全部消した。
ノートを見る。
GATE/GEROの話をしない昨日の禁止事項。もう配信は終わっているのに、その文字はまだ効いている。
俺は返信欄を閉じた。
代わりに、切り抜きチャンネルを開く。
ミハル切り抜き置き場登録者数は、昨日より増えていた。動画が並んでいる。
【AI軍師】配信者、開始3分で主導権を失う
【同接3人】初コメントに固まる配信者
【検索しても出ないゲーム】ビビりすぎて声が裏返るミハル
【クロノ・ブレイブ戦記】ボス撃破後、ミハルの様子がおかしいサムネは、どれも妙に見やすい。文字が大きい。切る場所も悪くない。俺が黙ったところは短くして、声が裏返ったところだけ残している。コメントを拾い損ねて固まった場面には、ちゃんと間が残っている。
嫌なところばかり切り抜かれている。でも、雑ではない。見どころを分かっている人間の切り方だった。
最新のショートを再生する。画面の中の俺が、ミナミに詰め寄っている。
「倒しただろ」
「はい」
「勝っただろ」
「はい」
「じゃあ何のために」そこで大きめのテロップが入る。
AI軍師、沈黙。やめろ。
そう思ったのに、続きまで見てしまう。
コメント欄。
この回から見始めた
ゲーム画面めっちゃ作り込まれてる
ミハルくんの反応ガチっぽい
AI軍師が冷たいの良い
元配信どこ?元配信どこ。
リンクが貼られている。俺のチャンネル。アーカイブ。知らないところで、俺の配信への道が増えている。
ミナミの声がした。
「二次ログの増加を確認しました」
机の上で、ホログラムが起動している。
「急に出るな」
「常時監視中です」
「言い方」
「切り抜き動画により、対象情報の外部記憶が増加しています」
「それ、いいことなのか」
「保持可能性は上昇します」
「でも、検知されやすくもなるんだろ」
「はい」
「じゃあ、悪いことでもある」
「はい」
「どっちなんだよ」
「両方です」
俺は椅子にもたれた。天井を見る。
見られないと残せない。見られすぎると、狙われる。
昨日から頭の中にある言葉が、また形を持ち始める。
「切り抜き作ってる人も、巻き込まれるのか」
ミナミは答えなかった。
俺は天井から視線を戻す。
「ミナミ」
「二次ログ生成者については、現時点で断定は非推奨です」
「聞く前から答えるなよ」
「推定される質問に対して回答しました」
「それが嫌なんだよ」
ミナミのホログラムが、薄く揺れた。
「次回配信では、切り抜きへの言及を避けてください」
「なんで」
「二次ログ生成者への注目が集中する可能性があります」
「注目されると」
「検知リスクが上昇します」
俺はスマホを見た。
ミハル切り抜き置き場。
投稿者アイコンは、初期設定みたいな丸い画像。プロフィール欄は空白。投稿者名以外、何もない。
「誰なんだよ、これ」
「不明です」
「調べられないのか」
「推奨しません」
「なんで」
「あなたが接触した場合、関連情報が強化されます」
「強化?」
「対象情報と二次ログ生成者の結びつきが濃くなります」
「それって、危ないってことか」
「はい」
俺はスマホを伏せた。
知らない方がいい。でも、知らないままでは守れない。その二つが、机の上で同じ重さになっていた。
*
二十時前。
配信準備をしていると、凪沙が部屋のドアをノックした。
「入っていい?」
「珍しいな」
「入るけど」
「聞いた意味」
ドアが開く。凪沙はマグカップを持っていた。湯気が少し立っている。
「のど、やばそうだったから」
「ありがとう」
「母さんが入れた」
「母さん、俺の喉に興味ないだろ」
「じゃあ私」
凪沙はマグカップを机に置いた。中身は蜂蜜入りの湯だった。
前も、のど飴を置いてくれた。見ていないと言いながら、俺の声の調子を知っている。
「今日もやるんだ」
「うん」
「ミナミの言う通り?」
「今日は、たぶん」
「たぶん」
「言う通りにする」
「たぶんって言った」
「言う通りにする」
凪沙は机の上のノートを見た。表紙の文字。
忘れたら終わり凪沙は何も言わなかった。ただ、指先で表紙の角を少し押さえた。
「これ、表に置いとけば」
「何で」
「配信中、見えるから」
「映ったらまずいだろ」
「自分に見える場所って意味」
「ああ」
「お兄、画面しか見ないから」
凪沙はそう言って、ノートをキーボードの横にずらした。俺からは見える。カメラには映らない。ちょうどいい位置。
「配信補助者として高い適性」
ミナミが言った。
凪沙が顔を上げる。
「今、なんか言った?」
「ミナミが」
「やめて。AIに評価されるの普通に嫌」
「有望な参謀だって」
「なお嫌」
凪沙はわざとらしく肩をすくめた。
そのまま、机の上のスマホに目を落とす。ミハル切り抜き置き場の画面は、もう閉じてある。でも、通知欄に一つだけ残っていた。
コメントが追加されました凪沙の視線がそこに引っかかった。すぐに逸らす。
「配信、始まるんでしょ」
「あと少し」
「じゃあ、変なこと言わないで」
「今日二回目」
「大事だから」
凪沙はドアの方へ歩く。出ていく直前、振り返った。
「あと」
「うん」
「コメント、全部拾わなくていいから」
「分かってる」
「分かってる人の顔じゃない」
「顔で判断するな」
「顔に出るから」
凪沙はドアを閉めた。廊下の足音が遠ざかる。
俺はノートを見る。
忘れたら終わりその横に、湯気の立つマグカップ。画面の中では、ミナミが配信手順を表示している。
開始時刻:20:12
終了時刻:21:00
推奨タイトル:
【続き】検索しても出ないRPGをAI軍師と進めます
禁止事項:
・SLOT4選択
・GATE/GEROへの言及
・切り抜き投稿者への言及
・コメント要求による進行変更
・配信延長禁止事項が一つ増えている。
切り抜き投稿者への言及。
俺はその行を見て、少しだけ目を細めた。
「ミナミ」
「はい」
「お前、何か知ってるだろ」
「現時点で断定は非推奨です」
「その返し、もう知ってる側の返しなんだよ」
ミナミは黙った。ホログラムの輪郭が薄く揺れる。
*
二十時十二分。
配信開始。
同時接続は、開始時点で三十六人。昨日より多い。コメント欄が動き出す。
来た
切り抜きから来ました
ナハギ戦見ました
昨日の最後やばかった
AI軍師今日もいる?切り抜きから来ました。
何度も流れる。同じ言葉が、少しずつ違う名前で流れていく。知らない人たちが、知らない道からここに来ている。
「こんばんは、ミハルです。今日も『クロノ・ブレイブ戦記』を進めていきます」
声は出た。少しだけ掠れた。
マグカップに手を伸ばす。蜂蜜の匂いがした。
「本日は第三章への移行が想定されます」
ミナミが言う。
「第三章?」
「第二章クリア後の進行です」
ゲーム画面を起動する。
セーブデータ。
SAVE 1 MIHARU CHAPTER 3
SAVE 2 NO DATA
SAVE 3 NO DATA
SAVE 4 MIHARU PLAY TIME 999:59SLOT4はまだある。でも、選ばない。SLOT1。決定。
画面が暗転する。
しばらくして、森のような場所が表示された。木々の幹に、目のような模様がある。枝にも、葉の隙間にも、石にも。全部が、こちらを見ているように並んでいる。
画面下に地名が出る。
見張りの森コメント欄が流れた。
見張り?
目が多い
今度は観測テーマ?観測。
その単語を見て、俺はノートを見た。拾わない。進む。
森の入口に、NPCが立っている。名前欄はない。
:見ているものは、見られている。
:記録するものは、記録されている。
:目を増やすなら、影も増える。コメント欄の速度が少し上がる。
目を増やすなら影も増える
切り抜きの話?
メタい俺は口を開きかけた。閉じる。
切り抜きへの言及禁止。
ノートの横に、ミナミの表示がある。
「進行してください」
「分かってる」
森を進む。画面の端に、小さな目がいくつも開く。主人公が一歩進むたびに、木の幹の目がこちらを向く。BGMはほとんどない。代わりに、葉擦れのような音だけが続いている。
途中、画面が一瞬だけ止まった。
ノイズ。
次の瞬間、画面左上に文字が出る。
OBSERVATION COUNT:043「今の」
「表示ノイズを確認しました」
「観測数か?」
「ゲーム内表示としては未登録の項目です」
「でも読める」
「はい」
コメント欄も反応する。
OBSERVATION COUNT?
43って同接?
今43人?俺は配信画面の数字を見た。
同時接続、四十三人。
数字が一致している。
「ミナミ」
「進行してください」
「同接と同じだ」
「進行してください」
「おい」
「進行してください」
言い方が硬い。隠している時の声だった。
俺はカーソルを動かす。主人公が森の奥へ進む。そのたびに、目が増える。画面の端だけじゃない。背景の木。地面。空の隙間。コメント欄にも、目の絵文字が流れ始める。
👁
見てるぞ
同接増えると目も増える?拾うな。拾うな。
自分に言い聞かせる。
それでも、画面右上の同接が増えるたびに、森の中の目が一つ増えている気がした。
四十五。四十七。五十。
画面の木の幹に、新しい目が開く。
「ミナミ、これ」
「対象情報の観測数とゲーム内変化の相関を検出しました」
「つまり」
「観測者の増加が、第三章の環境変化に影響している可能性があります」
「俺たちが見られるほど、ゲームの中も変わるってことか」
「はい」
「現実も?」
ミナミは答えなかった。答えない時の沈黙が、もう答えみたいだった。
コメント欄がまた速くなる。
切り抜きから来た人増えてる?
元配信やばいな
リアタイで見ると雰囲気違うリアタイ。今、見ている人たち。この人たちの記憶にも残る。コメントにも残る。端末にも、キャッシュにも。
残るほど、消えにくくなる。
残るほど、狙われる。
俺はマグカップに手を伸ばした。中身はまだ少し温かい。凪沙が置いていった湯気は、もう消えていた。
*
森の奥に、小さな広場があった。中央に、古い石碑。周囲には、目の模様が刻まれた木々。石碑には文字が書かれている。
多くに見られたものは、深く刻まれる。
深く刻まれたものは、深く削られる。俺は読み上げなかった。
コメント欄が先に反応する。
深く削られる?
怖
見られるほど危ないってこと?拾わない。
ミナミが言う。
「石碑の記録を確認しました」
「これ、観測数の話だろ」
「はい」
「見られれば残る。でも、見られるほど削られる」
「概ね正しい解釈です」
「最悪だな」
「保持と検知は同時に発生します」
「便利な言い方するな」
俺は石碑の前でしばらく動けなかった。
その時、コメント欄に一つ流れた。
このゲーム、切り抜きで伸びそう指が止まる。
伸びそう。
伸びる。
その言葉が、昨日までと違う重さで画面に落ちた。前なら、少し嬉しかったかもしれない。今は、どこに落ちたのか分からない。
「ミハルさん」
「分かってる」
「発話が停止しています」
「読んでただけ」
「進行を継続してください」
同じやり取り。でも、昨日より少しだけ、ミナミの声が遠い。
石碑の裏へ回る。そこには、古い木札が落ちていた。
アイテム取得。
見張り札を手に入れた。ミナミが即座に言う。
「重要アイテムです。保持してください」
「何に使う」
「現時点では不明です」
「お前でも分からないのか」
「敗北ログとの一致率が低下しています」
ホログラムがわずかに乱れる。
「また差分か」
「はい」
「俺、今日は言う通りにしてるだろ」
「はい」
「じゃあなんで」
「外部要因による差分が発生しています」
「外部要因」
視線が、コメント欄に向く。
切り抜きから来ました。ナハギ戦見ました。元配信どこ?
知らない人たちのコメント。
知らない道から増えた観測者。
「切り抜きか」
言ってから、しまったと思った。
コメント欄がすぐ反応する。
切り抜き?
ミハル切り抜き置き場?
本人見てるの?ミナミのホログラムが大きく乱れた。
「切り抜き投稿者への言及は非推奨です」
「今のは」
「非推奨です」
「分かってる」
「関連情報の強化を確認しました」
「分かってるって」
分かっていない。
たった一言で、コメント欄の向きが変わった。ゲームから、切り抜きへ。切り抜きから、投稿者へ。誰が作っているのか。なぜ早いのか。何者なのか。
コメントが流れる。
切り抜き主ここ見てる?
編集早すぎるよね
身内説ある?身内説。
その文字を見た瞬間、指が止まった。
俺はノートを見た。忘れたら終わり。その隣に、蜂蜜のマグカップ。その横に、凪沙がずらしたノートの角。
「ミハルさん、コメントへの反応を停止してください」
「……分かってる」
声が少し遅れた。
俺はゲーム画面へ戻る。広場の奥に道が開いている。そこへ進むと、画面が暗くなった。
木々の目が、一斉に閉じる。
代わりに、画面中央に白い文字が浮かんだ。
二次観測を確認。コメント欄が止まったように見えた。実際には、流れている。でも、俺にはその文字しか読めなかった。
「ミナミ」
「進行してください」
「今の、何だ」
「進行してください」
「二次観測って」
「進行してください」
画面の白い文字が、じわじわと滲む。
次の行が表示される。
生成者情報を照合中……ミナミのホログラムが大きく乱れた。
「即時終了を推奨します」
「なんで」
「即時終了を推奨します」
「今、照合って」
「即時終了を推奨します」
コメント欄が騒ぎ始める。
二次観測?
生成者って誰?
切り抜き主?俺は終了ボタンに手を伸ばした。でも、画面の文字から目が離せない。
照合中。
白い点が三つ、ゆっくり点滅している。
一つ。二つ。三つ。
次の瞬間、表示が乱れた。
SOURCE:N■■■■N。
それだけ見えた。
その後ろは、黒く塗り潰されている。
ミナミが言った。
「配信を終了してください」
今度は、推奨ではなかった。命令みたいな声だった。
俺は終了ボタンを押した。
赤いランプが消える直前、コメント欄に一つ流れた。
見つけた画面が暗くなった。
*
部屋の中が静かになった。
配信結果はすぐに表示されなかった。画面が少し固まっている。ミナミのホログラムも、輪郭が乱れたまま動かない。
俺は椅子に座ったまま、スマホを見た。
通知が来ている。
ミハル切り抜き置き場
新しいショートが投稿されました早すぎる。
配信を切って、まだ一分も経っていない。
画面を開く。
【第三章】リアタイ中にゲーム画面が切り抜き主を探し始める
再生数:9サムネには、白い文字。
二次観測を確認。俺は動画を開かなかった。開けなかった。
コメント欄だけが、勝手に目に入る。
早すぎ
今のリアタイで見てた
切り抜き主本人?
Nって何?N。
凪沙。
頭の中で、その二文字が勝手につながる。
違う。
Nなんて、いくらでもある。
名前。ニックネーム。ノイズ。なんでもいい。
俺はスマホを伏せた。
その時、廊下の向こうで小さく音がした。ドアが閉まる音。凪沙の部屋の方だった。
俺は立ち上がる。廊下に出る。
凪沙の部屋のドアの下から、細い光が漏れている。中で、何かを置く音がした。
それから、スマホの通知音。
一回。
すぐに消音。
俺はドアの前で止まった。
ノックしようとして、手を上げる。でも、叩けなかった。
叩いたら、何かが繋がる。繋げたら、濃くなる。
ミナミの言葉が頭の中で鳴る。
関連情報の強化。
俺は手を下ろした。部屋に戻る。
ノートを開く。今日のページに書く。
第三章 見張りの森。
OBSERVATION COUNT表示。同接と一致。
石碑:
多くに見られたものは、深く刻まれる。
深く刻まれたものは、深く削られる。
二次観測を確認。
生成者情報を照合中。
SOURCE:N■■■■
コメント「見つけた」最後の行を書いて、ペンが止まる。
N。
その一文字の横に、別の文字を書きそうになる。
書かなかった。
書かない方がいい。
でも、書かなければ忘れる。
俺はページの端に、小さく書いた。
凪沙?その上から、すぐに二本線を引いた。
消したつもりだった。でも、薄く読めた。
凪沙。
部屋の外は静かだった。
ミナミのホログラムは、まだ復帰していない。
机の上には、凪沙が置いたマグカップ。
底に、冷めた蜂蜜の湯が少しだけ残っていた。
