【エッセイ】早起きは三文の徳? ——私が午前4時40分に起きる、実にくだらない理由
まえがき
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
酔いどれBowzRunner 我流迷走です。
では、さっそく……
今年の春から、私は午前4時40分に起きることにしています。5時でもなく、4時半でもなく、なぜか4時40分。そこには、人に話せば感心されるような理由が――残念ながら、ありません。
妻を起こさぬよう布団から脱出し、強面坊主が忍者のごとく家を抜け出す。そして、夜明け前の街を走り、noteを書く。聞こえだけなら立派ですが、前夜に酒が入れば、GARMINがどれだけ震えても起きません。
人生を整えたい58歳は、なぜそんな中途半端な時刻にこだわるのか。妻を沈黙させた、実にくだらない理由とは――。
煎餅でもかじりながら、気楽にお読みいただけると幸いです。
ではどうぞ。
午前4時40分、義雄が目を覚ます
人生は、一日の積み重ねでできている。
ならば、その一日のはじまり方を少し変えれば、人生も少しくらい変わるのではないか。そんなことを考えながら、私は毎朝、午前4時40分に起きている。正確に言えば、起きようとしている。
豆腐屋ではない。
パン屋でもない。
新聞も配らない。
ましてや、山寺で朝のお勤めをする坊主でもない。頭だけなら、いつでも即戦力だが。
それでも今年の春くらいから、午前4時40分になると、手首にはめたGARMIN(ランニングウォッチ)が、ブブブブ……と震えはじめる。
音は鳴らない。
隣では、妻が寝ている。
妻には妻の朝がある。私の突然はじまった奇妙な早起きに、付き合わせる訳にはいかない。
それに、妻まで一緒に起きてきたら、「一人きりの未来時間」ではなくなる。
つまり私は、妻を起こさず、こっそり起きなければならない。
早起きというより、脱出である。
強面坊主、忍びの者になる
前夜、深酒をせず、きちんと睡眠時間を確保できた朝は、GARMINが震えた瞬間に目が覚める。
いや、ときには、震えはじめる30秒ほど前に目覚めることさえある。
エスパーか。
自分でも驚く。
特殊能力を使って未来を予知したところで、分かるのは「もうすぐ腕時計が震える」という事実だけだ。世界は救えない。
目を開けた私は、布団の中で静かに息を潜める。
妻は寝ている。
よし。
掛け布団をそっと持ち上げ、抜き足、差し足、忍び足。
妻からは「修行僧」と呼ばれているが、実際にやっていることは忍者に近い。
強面坊主の修行僧が、布団から出た途端、忍びの者へ転職するのである。
音を立てないよう寝室を抜け、電気ケトルのスイッチを入れる。お湯が沸くまでにトイレへ行き、体重を測り、ランニングウェアに着替える。
やがて、小さく「カチッ」と音がする。
沸いた白湯をゆっくり飲みながら、スマホでメールなどを確認する。そして玄関のドアまで、再び抜き足、差し足、忍び足。
泥棒のように家を出て、健康のために走り出す。
善良なのか不審なのか、自分でもよく分からない。
今の時期は、外へ出る頃には空が白みはじめている。しかし冬の午前5時前など、月でも出ていれば、単なる深夜にしか見えない。
闇の中を走れば、以前エッセイに書いた、田んぼの中をうごめく高齢者たちに出会う。
あちらも、暗闇の中から突然現れる。
こちらも、暗闇の中を坊主頭で走っている。
お互いさまである。
なぜ、朝なのか
そもそも、なぜ私は、そこまで早く起きるのか。
理由はいくつかある。
まず、一日を少しでも長く、充実したものにしたいから。
これまでの人生を振り返ると、その日がうまくいくかどうかは、「午前中をどう過ごしたか」に大きく左右される気がする。
午前中を長くしたければ、早く起きるしかない。
午前中を後ろへ延長して、午後の時間を「午前だ」というには無理がある。
次に、誰にも邪魔されない自分だけの時間が欲しい。
日中は仕事がある。夜は妻との時間がある。世の中が活動をはじめれば、電話も鳴るし、用事も生まれる。気がつけば一日は、他人や社会に少しずつ切り分けられ、配給されていく。
だから私は、世の中がまだ寝ぼけている時間を、先に自分のために確保することにした。
走る。
noteを書く。
興味のあることを学ぶ。
今の自分だけでなく、これからの自分につながることをする。
私はこの時間を、少々気取って「未来時間」と呼んでいる。
ティム・クック(Apple CEO)、村上春樹(小説家)、ハワード・シュルツ(元スターバックスCEO)。
早起きだけなら、世界の名だたる成功者たちと肩を並べられる。
業績、才能、資産、影響力は、まったく並んでいない。
並んでいるのは、起床時間だけである。
最大の理由は、夜にある
そして、早起きをする最大の理由。
朝は、頭が一番冴えているから。
……ということにしておきたいが、本当のところは少し違う。
夜は酔いたいのである。
妻と乾杯し、いろいろな話をしながら、おいしいお酒をいただく。一日の緊張を解き、心を豊かにし、夫婦の絆を深め、明日への活力を養う大切な時間。
そんな最もらしい説明はいくらでもできる。
だが、要するに飲みたいのだ。
名に恥じぬ「酔いどれ」を維持するため、夜の私は未来をつくるどころか、目の前の一杯を空にすることで忙しい。
noteを書こうとしても、酔いが回れば文章も回る。
同じ箇所を三度読み、三度とも「なかなかいい文章じゃないか」と感心する。翌朝読み返すと、同じことを三度書いてある。
使い物にならない。ダメ人間と化している。
したがって、「未来時間」を確保できるのは朝しかない。
意識が高くて早起きしているのではない。
夜の意識が低くなるので、朝に前倒ししているだけである。
妻への重大発表
早起きをはじめると決めた日、私は妻へ高らかに宣言した。
「明日からオレ、早起きするから」
「何時?」
「一先ず、5時45分からはじめる」
「はじめる?」
「そう。慣れたら5時30分。それにも慣れたら5時15分。15分ずつ早くしていって、最終的には4時40分起きにしようと思って」
「15分ずつなら、4時45分じゃないん?」
「最後の5分は、義雄になるための微調整だ」
妻の眉間に、小さな谷ができた。
「はぁ? 何それ。坊さんにでもなるつもり?」
そして私の頭を眺め、付け加えた。
「頭はそれっぽいけど」
「なんやねん、それっ」
「でも、なんで4時40分みたいな中途半端な時間なの? 5時じゃダメなん?」
来た。
待ってました。
私は、この質問を待っていた。
「よくぞ聞いてくれた。何を隠そう――いや、前は隠すが――」
「どうでもいいから、早く言って。何っ?」
「なぜ4時40分なのか。それは……」
私は、もったいぶって一呼吸置いた。
「『よ・し・お』だから」
時が止まった。
妻は私を見ている。
私も妻を見ている。
壁の時計だけが、社会的責任を果たすように時を刻んでいた。
やがて妻が口を開いた。
「ナンじゃそれ?!…」
そして、小さく息を吐いた。
「…早く寝たら?」
そう。
私は、ダジャレで午前4時40分に起きているのである。
実にくだらない。
どうでもいい。
どうしようもない。
だが、「義雄=440」を思いついた瞬間、自分の中で「上手いっ」「オレって天才っ!」と思ってしまったのだから仕方がない。
人生を整える崇高な習慣。その起床時刻を決めた理由は、単なる語呂合わせである。
「そもそも、そんなに早起きして何するの?」
「走る日は、走ってからnoteを書く。走らない日は、その時間を全部noteに使う」
「大丈夫なん?」
「何が?」
「睡眠不足になるよ」
「大丈夫。21時には床に入るから」
「はぁ? 小学生か。てか、やっぱり修行僧じゃん」
見た目は少々近寄りがたい58歳の強面坊主。
生活時間は、小学生。
妻にとって、私の突然の決意は「?」が数珠つなぎになったようなものだったらしい。
最後に一つだけ、厳命された。
「隣で寝てる私を、4時40分に起こさないでね」
御意。
早起きは、前夜からはじまる
4時40分に起きるには、睡眠時間を確保しなければならない。
年齢を重ねるにつれ、睡眠不足の翌日は、露骨に使い物にならなくなった。頭は霞み、体は重く、判断力は酔っていないのに酔っ払い並み。
だから21時には床に入り、本を読みながら眠気を待つ。そして、21時40分にはアイマスクを着け、眠る体制へ入る。
野比のび太のように、三秒で眠れれば問題ない。
しかし本が面白過ぎると、文字を追う目だけが冴えていく。
さらに厄介なのが、晩酌である。
午前4時40分に起きたい義雄の前に、350ミリリットルの缶が立ちはだかる。
440対350。
数字だけなら義雄が勝っている。
しかし、アルコール度数が加わると話は別だ。
その辺りの情けない葛藤は、前回の「【エッセイ】アルアルとノンアルの間で——冷蔵庫の前で揺れる58歳」に、これでもかというほど書いた。
GARMIN、義雄を見限る
深酒した翌朝は、GARMINの振動など、まったく感じないことがある。
きっと手首の上で、必死に震えてくれていたはずだ。
「起きろ、義雄!」
「お前が決めた4時40分だぞ!」
「未来時間はどうした!」
GARMINは、小さな体を震わせ、懸命に私を起こそうとしたに違いない。
だが、酔いどれは強い。
気がついたとき、GARMINはすでに説得を諦め、何事もなかったように普通の時計としての職務へ戻っていた。
表示された時刻は、6時30分。
「うわっ、やっちまった!」
2時間近く寝過ごしている。
しかも、いつも6時に起きる妻まで、隣で平和に寝ていた。そんな日に限って、妻も目覚まし時計をセットし忘れていたのである。
怖い。
非常に怖い。
ただ、慌てて起きたものの、その後の普段の生活には、何の支障もなかった。
走らない。
noteも書かない。
それだけで、仕事には間に合う。
早起きって、すごい。
なくても普通に暮らせる時間を、私は必死でつくっているのだ。
しかし、その朝は、胸の奥に小さな敗北感が残った。
また酒に負けた。
いや、またではない。
またまたまたまた……である。
これが「酔いどれ」というものか。
朝が整えば、少し胸を張れる
それでも、4時40分に起きるようになって、確かに変わったことがある。
何か大きな成果を手に入れた訳ではない。
急に仕事ができる男になった訳でも、人生の迷路から抜け出せた訳でもない。
相変わらず、我流で迷走中である。
ただ、朝が整うと、その日一日が整う。
厳密には、「整う気がする」だけなのかもしれない。
それでも、走るなり、文章を書くなり、自分で決めた朝を思ったようにはじめられると、いつもより少しだけ胸を張って一日を過ごせる。
胸を張れば、目線が少し上がる。
目線が上がれば、見える景色もちょっと変わる。
その小さな変化が、仕事や人との接し方や、自分自身への向き合い方を、ほんの少しずつ好転させてくれる。
私は、そう信じている。
早起きは三文の徳という。
誰にも邪魔されない朝の「未来時間」は、今の私にとって、三文どころではない価値がある。
はじまりは、「義雄だから4時40分」という、実にくだらないダジャレだった。
でも人生なんて、案外そんなものかもしれない。
はじめる理由はくだらなくても、続けているうちに、そこへ自分なりの意味が生まれる。
午前4時40分に起きたい義雄。
夜になると酔いたい酔いどれ。
今夜も、この二人が私の中で戦っている。
そして翌朝、どちらが勝ったかは、GARMINだけが知っている。
今日も、酔いどれBowzRunner 我流迷走!<弘中義雄>は元気です。
合掌。
そして、Love & Bowz ✌️
今回の教訓
一、人生を変える立派な習慣も、きっかけはダジャレくらいでちょうどいい。
一、午前4時40分の義雄は、前夜の350ミリリットルにしばしば敗れる。
あとがき
「なくても普通に暮らせる時間を、私は必死でつくっている」
早起きをしても、収入が上がる訳でも、人生の迷路から抜け出せる訳でもありません。寝過ごしたところで仕事には間に合い、社会も何事もなく回っていく。それでも、自分で決めた朝を思いどおりにはじめられた日は、ほんの少し胸を張れる。そんな感覚に覚えのある方もいるのではないでしょうか。
立派な習慣に、立派なきっかけは必要ありません。「義雄だから4時40分」程度で十分です。問題は、前夜の350ミリリットルが思いのほか手強いこと。
人生を整えたい男と、今夜を楽しみたい酔いどれ。その戦いに、いまだ決着はついておりません。
次回もまた、立派な理屈の裏側に隠れた、我流迷走のどうしようもない現実をお届けします。どうぞお楽しみに。
最後までお読みいただきありがとうございました。「我流迷走」では、「走る(ラン)」にまつわる「エッセイ(風?)」なものお届けしています。次回作へのモチベアップのため、スキ、フォロー、コメントいただけると嬉しいです。Love & Bowz✌️
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