【エッセイ】アルアルとノンアルの間で ——冷蔵庫の前で揺れる58歳
まえがき
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
酔いどれBowzRunner 我流迷走です。
では、さっそく……
人生には、どちらを選ぶかで未来が変わる瞬間があります。進むか、退くか。挑戦するか、諦めるか。そして今夜の私に突きつけられたのは、アルアルか、ノンアルか。
朝は爽やかに走りたい。しかし夜は、しっかり酔いたい。そんな都合のいい未来を手に入れるため、58歳の右手が冷蔵庫の前で揺れます。
ノンアルを選んだ小さな勝利は、果たして明日の朝を救うのか。それとも、ウイスキー増量という華麗なる帳尻合わせに終わるのか。
煎餅でもかじりながら、冷蔵庫の奥行き50センチで繰り広げられる人生の攻防を、気楽にお読みいただけると幸いです。
ではどうぞ。
冷蔵庫は、人生の縮図である
人生とは、選択の連続である。
右へ行くか、左へ行くか。
挑戦するか、諦めるか。
そして私は今夜も、冷蔵庫の扉を開けたまま考えている。
アルアルにするか、ノンアルにするか。
ちなみに「アルアル」とは、アルコール入りビールのことである。私が勝手にそう呼んでいるだけなので、居酒屋で「とりあえずアルアル」と注文しても、たぶん店員さんを困らせるだけなので、悪しからず。
冷蔵庫の中では、本物のビールとノンアルコールビールが、わざとごちゃ混ぜにしてある。
私は敢えてそうした。
自らの意志の強さを試すためである。
この程度の誘惑に勝てなくて、どうやって人生の荒波を乗り越えるのだ。
もっとも、私が今乗り越えようとしている荒波は、冷蔵庫の奥行き約50センチの範囲で発生している。
朝は走りたい、夜は酔いたい
私は暑さに、めっぽう弱い。
しかも、強面坊主という風貌に似合わず、お肌は超おデリケートで、紫外線にも弱い。
見た目は炎天下で重いタイヤを引いていそうなのに、実際は日差しを浴びると、「お肌が、お肌がぁ」と物陰へ逃げ込む。外見と中身の契約が、どうも上手くいっていない。
そんな私が、連日の殺人的な暑さの中で走ろうと思えば、気温も紫外線量も低い朝しかない。
平日は4時40分に起き、5時頃から走る。
休日は少し遅く、6時に起きて6時20分頃から走る。
夕方でもいいじゃないか、と思われるかもしれない。
いや、夕方は無理なのだ。
陽が沈む頃には、私という乗り物へガソリンを補給しなければならない。ガソリンとは、もちろんアルコールである。
朝は走りたい。
夜は酔いたい。
二兎を追う者は一兎をも得ずというが、私は二兎を追いながら、片手にビール、もう片方の手にランニングシューズを持っている。
ただし、早朝に走るためには、朝まで酒が残っていては困る。
つまり、酒量を減らさなければならない。
これはなかなかの難題である。
何しろ、自ら「酔いどれ」と名乗っているのだ。酔いどれが酒を減らすというのは、寿司屋が酢飯を減らすようなものである。下手をすると、屋号に関わる。
58歳、世紀の大発見
そこで私は考えた。考えて、考えて、考え抜いた。
頭から湯気が出ているのではないかと思うほど考えた。
そして、ついに一つの答えへたどり着く。
ノンアルコールビールを飲めばいい。
……ん〜、全くもって普通である。
頭から湯気まで出して導き出した答えが、スーパーの酒売り場に普通に並んでいる。
私の脳内では世紀の大発見だったのだが、人類はとっくに商品化していたらしい。
もっとも、完全に禁酒する訳ではない。
今までビールを3本飲んでいたなら、そのうち1本をノンアルへ替える。気分が乗ればビールは全部ノンアルにし、ウイスキーや日本酒やワインは、そのまま楽しむ。
……今、読者の皆さまの「そこは、そのままなんかい」という声が聞こえた気がした。
いいのだ。
いきなりすべてを奪えば、私の中の酔いどれが暴動を起こす。
目標は、週4日ほどビールの一部をノンアルへ置き換えること。毎日でなくていい。
自分に圧を掛け過ぎて、「もう辞めた」と酒瓶を抱き締める事態だけは避けたい。
志は低く。
継続は長く。
酒飲みの目標設定は、地面スレスレくらいがちょうどいい。
ノンアル界に、夜明けが来た
私がこの作戦に踏み切れたのは、最近のノンアルコールビールが美味しくなったからだ。
以前のものは、私にはどこか「ビールっぽさを組み立てた味」に感じられ、どうにも馴染めなかった。
ところが最近は、いったんビールを造ってからアルコールを抜く「脱アルコール製法」の商品が、身近な店でも手に入る。
まず飲んだのが「アサヒゼロ」。次に「ラガーゼロ」。個人的には「ラガーゼロ」が好みだった。
妻の前で、これ見よがしに缶を傾けた。
「プファー、美味い」
少し目を閉じ、うなずきながら言ってやった。
誰に何を証明したかったのかは、自分でも分からない。
おそらく、ノンアルで満足している自分を、私自身へプレゼンしていたのだと思う。
ちなみに、ノンアルのウイスキー、日本酒、ワイン風飲料も試したことがある。
こちらは、私には難しかった。
ビールは「のどごし」が大きな仕事をしてくれるが、ウイスキーや日本酒やワインは、味と香りが主役である。主役が欠席した舞台を、雰囲気だけで最後まで乗り切るのは、なかなか厳しい。
冷蔵庫前、最終決戦
こうして我が家の冷蔵庫には、アルアルとノンアルが入り乱れることになった。
扉を開ける。
冷気が顔に当たる。
右手が伸びる。
ノンアルを取ろうとする。
その横で、よく冷えたアルアルが、缶肌にうっすら汗をかきながら、こちらを見ている。
「本当に、そっちでいいのか」
言ってはいない。
でも、聞こえる。
アルアルの誘惑を振り切ってノンアルをつかんだ瞬間、私は小さな勝利を手にする。
ところが数日に一度、この勝利がとんでもない方向へ向かう。
「今日はノンアルを飲んだのだから、ウイスキーを少し多めに飲んでもいいだろう」
どういう計算をしたら、そうなるのか。
ビールで減らしたアルコールを、ウイスキーで丁寧に補充している。
節酒としては、完全に赤字である。
ノンアルを飲んだ事実だけを胸に、ハイボールをおかわりする58歳。
健康への努力を免罪符に替える速度だけは、年々上がっている。
妻という名の着火剤
それでも、ノンアルへ上手く置き換え、酒量まで抑えられた夜の翌朝は違う。
目覚ましが鳴る。
午前4:40。
頭が重くない。
口の中も、昨夜の居酒屋を引きずっていない。
私は静かな朝の空気の中へ走り出す。
走り終えて帰宅し、シャワーを浴びている頃、妻が起きてくる。
風呂のドア越しに声がする。
「走ったんだぁ」
たった一言なのに、これがやたらとうれしい。
私は誰にも見えない風呂場で、フリチンのまま、小さくガッツポーズをする。
58歳。
坊主。
早朝。
全裸で勝利を噛み締める。
オリンピックなら、確実に中継を切られる場面である。
シャワーを終えて風呂場から出ると、妻は不敵な笑みを浮かべて言った。
「凄いじゃ〜ん。いつまで持つかなぁ〜」
「どうだろうね」
私はクールに答えた。
だが、内心はメラメラである。
ぜってぇ、やったる。
そこで、ふと思った。
私は、完全に妻の術中にハマっているのではないか。
妻は、私が褒められるより、疑われた方が燃える人間だと知っている。「頑張ってね」ではなく、「いつまで持つかなぁ〜」と挑発した方が長続きすることを、たぶん私以上に分かっている。
けしかけてきたな。
まんまと火がついた。
でも、ありがとう。
酔っていない夜は、自分に酔う
今のところ、この作戦は続いている。
アルアルを選ぶ夜もある。
ノンアルを選べる夜もある。
ノンアルのあとにウイスキーを増やし、何をしているのか分からなくなる夜もある。
それでも、すべてを失敗だったことにはしない。
人は、昨日まで大好きだったものとの付き合い方を、今日から完璧に変えられるほど器用ではない。
好きなものを全部捨てなくても、付き合い方をほんの少し変えるだけで、明日の自分を助けられることがある。
ノンアルを飲んだ夜は、酔いが少し足りない。
そんなときは、こう思うことにしている。
未来——つまり、明日の朝は明るい。
そして、酔っていない夜は、そんな自分に酔えばいい。
……と、上手いことを言った自分に、もう一度酔う。
今夜も冷蔵庫を開ける。
アルアルとノンアルの間で、58歳の右手が揺れる。
その小さな迷いの先に、明日の朝の一歩目がある。
合掌。
そして、Love & Bowz ✌️
今回の教訓
一、ノンアルで減らした分をウイスキーで補えば、節酒会計は赤字になる。
一、夫を動かす妻の一言は、「頑張って」より「いつまで持つかなぁ~」である。
あとがき
健康のためにノンアルを選び、その達成感を免罪符にしてハイボールをおかわりする。人間とは、努力そのものより、努力した自分の扱い方で道を踏み外す生き物なのかもしれません。
けれど、完璧にできなかったからといって、すべてが無駄になる訳でもありません。アルアルへ伸びる右手を一度でもノンアルへ向けられたなら、それは立派な一歩です。たとえ、そのあと右手がウイスキーへ向かったとしても。
そして私を本気にさせたのは、健康への使命感でも強固な意志でもなく、妻の「いつまで持つかなぁ〜」でした。夫の操縦法を、妻は本人よりよく知っています。
さて次回、妻の掌の上で燃え上がった58歳は、無事に走り続けられるのか。それとも、また別の迷走をはじめるのか。
どうぞ、少しだけご期待ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。「我流迷走」では、「走る(ラン)」にまつわる「エッセイ(風?)」なものお届けしています。次回作へのモチベアップのため、スキ、フォロー、コメントいただけると嬉しいです。Love & Bowz✌️
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