螺旋の記憶──Reincarnation:第7章【SFファンタジー】
第7章 忠義と愛と戦の爪痕
二学期も中盤を過ぎ、秋の気配が強くなってきた。
加納冬馬の左肩甲骨の痣は、日に日に片翼の形を完成に近づけていた。
鏡を見るたび、冬馬は複雑な思いを抱く。
これは「堕天使」の証か、それとも「守れなかった」罪の刻印か──
姫野夏美との関係は、静かに、しかし確実に深まっていた。
放課後、美術室で二人きりになる時間が増え、手を繋いだり、肩を寄せ合ったりする自然な触れ合いが普通になっていた。
互いに「好き」だとか「愛」だの「恋」だのと決して口にはしない。
暗黙の了解のように。
互いの想いは目を見れば分かるから。
言葉にする事で、黒い影が近づいて来るのを、二人は恐れていた。
佐々木隼人の存在はますます不穏さを増していた。
彼は一度冬馬に暴力を振るって以来、表立った暴力は控えていたが、夏美の後を尾けたり、冬馬に脅しのような視線を送ったりするようになった。
ある放課後、冬馬は美術室で一人、デッサンをしていた。
すると、また頭の中に、あの感覚が押し寄せる。
熱い奔流──
1701〜1703年、江戸時代。
赤穂事件の頃。
冬馬は──赤穂藩の若き足軽、山内 藤次郎として生きていた。
夏美は吉良家に仕える侍女、お絹だった。
主君の仇討ちを巡る緊張の中、二人は密かに恋に落ちた。
藤次郎は仇討ちに参加すべきか、お絹を守るべきかで苦悩した。
「私は、藤次郎様の邪魔になりたくない……
でも、離れたくない」
お絹の言葉に藤次郎は決意する。
討ち入りの夜、藤次郎はお絹を安全な場所へ逃がそうとした。
しかし、混乱の中でお絹は巻き添えとなり、刀傷を負って倒れた。
「藤次郎様……また、お会い出来ますよね……」
お絹の最後の微笑みは、以前の彼女たちと同じだった。
藤次郎は仇討ちに参加した後、切腹した。
背中に、深い刀傷を残して──
冬馬は美術室の床で目を覚ました。
痣が熱く疼き、翼の形がさらに鮮明になっているようだった。
夏美が部活を終えて美術室にやって来た。
笑みを浮かべていたが、顔色が優れない。
彼女の所属する水泳部では、外プールの水温が低い季節は、週に一度、地域の温水プール施設を利用する他は、グラウンドや体育館で体幹トレーニングを行っている。
その日は体育館でのトレーニングだと聞いていたが、開始早々、気分が悪くなり保健室で休んでいたと言う。
冬馬は夏美の体調を心配したが、どうやら体調不良は睡眠不足が原因で、彼女は夜毎見る夢に悩まされていた。
昨夜彼女は、さっき冬馬が見たのと同じ過去世を夢で見ていた。
「私、お絹という名で……
藤次郎様を守りきれなかった」
夏美の声は震えていた。
冬馬は彼女を抱き寄せ、静かに言った。
「今度は、僕が守る。
佐々木先輩のことも……全部、終わらせる」
しかし、その夜──
冬馬のスマホに、匿名のメッセージが届いた。
【夏美に近づくな。逆らえばどうなっても知らないぞ】
添付されていたのは、冬馬の自宅の写真だった。
螺旋は、容赦なく加速していた。
冬馬はスマホを握りしめ、窓の外の夜空を見上げた。
(もう、逃げられないところまで来ているのか……)
背中の翼がまた一歩完成に近づき、火傷のようなヒリつく痛みを放散していた。
体育の授業前などの着替えの度に、友人たちが冬馬の背中を見たがるようになっていた。
痣が小さかった頃から見てきた彼らは、ここ最近、見る度に育っている「赤い翼」が不思議で仕方がないのだ。
冬馬の左肩甲骨に生まれつきあるこの痣は、「単純性血管腫」と呼ばれるもので、自然に消えることはなく、身体の成長と共に大きくなるケースもある類の痣だ。
だから今も少しづつ身長が伸び、成人男性の体格骨格に変化しつつある冬馬にとって、痣が拡大しているのは成長期のせいかと思えるのだが、問題は拡大のスピードと、それに伴う痛みだった。
「すげえ! かっけー! こないだ見た時より輪郭がはっきりしてきたな」
「だろ?」
カッコイイと言われれば、自分でも少し得意な気持ちにもなってくる。
ニヤニヤ顔でからかう友人もいる。
「冬馬、お前、何になろうとしてる?」
「お前らが俺をチキン、チキン言うから、そのうち空を飛んでやろうと思ってさ。右側にも翼が生えてくるのを待ってるとこだ」
「もう片方の翼が生えてくる可能性もあるのか?」
「どうだろな。でも、どうせなら左右対称の方がサマになるよな」
冗談ではそう言うが、生えてきて欲しくはない。
「……ちょっと触っていいか?」
「やめろ! 触んなよ」
「なんで?」
「痛いんだよ。じっとしててもすごく。皮膚が焼けるみたいに」
これは本当だ。
友人の眉が心配げに寄った。
「そうなのか……?」
「うん。そんなワケで、ここ最近あんまり夜寝れてないから、保健室で横になって来る。体育の先生に伝えといて」
冬馬は一度脱いだワイシャツを着直して、更衣室を後にした。
欠伸を噛み殺しながら保健室に向かう廊下で、美術部顧問の美術教師と遭遇した。
ベレー帽を被せたら似合いそうな、髭もじゃ小太りの山下先生だ。
部活には滅多に顔を出さない。
非常勤講師なので授業のコマがある時間だけ学校に来て、空いている時間は自宅のアトリエで畳2枚分ぐらいの大きな絵を描いていると言っていた。
「加納。ちょうど良かった。お前が提出した課題の油絵な」
「あ、はい。どうなりました?」
「県のコンクール出品作品の中から選抜されて、全国区に回されることになったぞ」
「マジ? やった」
冬馬は小さくガッツポーズした。
冬馬はその夜も激しい記憶の奔流に飲み込まれた。
1861年〜1865年、アメリカ・南北戦争の最中。
冬馬は──北軍の若い軍医、リチャード・ハントとして戦場にいた。
夏美は──南部ミシシッピの農園で生まれた混血の娘、アンジー・モントゴメリーだった。
リチャードは、負傷兵を治療する野戦病院でアンジーと出会った。
彼女は逃亡奴隷として北軍側に保護され、看護を手伝っていた。
二人は戦火の中で、激しく惹かれ合った。
1863年1月。奴隷解放宣言。
「この戦争が終わったら、一緒に自由な土地で、新しい人生を始めよう」
リチャードは故郷に帰るアンジーの手を握り、誓った。
しかし、同年7月。
ゲティスバーグの激戦で状況は一変した。
リチャードは戦地を兵士らと共に移動中、背中に銃弾を受けて倒れた。
深手を負い動けなくなった者は、その場に取り残される。
リチャード自身も「俺に構わず行ってくれ」と言った。
彼はアンジーとの約束を果たせぬまま、夜空を見上げながらこの世を去った。
「アンジー……ごめん……
いつか……平和な世界で……」

冬馬はベッドの上で目を覚まし、荒く息を吐いた。
左肩甲骨の痣は、ますます翼の形を明確にしていた。
翌日、美術室で夏美にその夢を話すと、彼女も静かに頷いた。
「私も見た……アンジーとして、リチャードが戦場から帰るのをずっと待ってた。
でも、帰ってこなかった……」
夏美は寂しそうに目を伏せた。
冬馬は彼女の手を握り、静かに言った。
「戦争は、いつも人を引き裂く。
自由を叫びながら、結局、愛する人を失わせる……
人間は、何度もそれを繰り返してきた」
夏美は真剣な眼差しで頷き、呟くように声を落とした。
「今の世界も、まだ戦争が絶えない……
私たちの前世みたいに、愛する人を失う人が、たくさんいる」
冬馬は心の中で誓った。
この時間軸では、せめて夏美だけは自分が守ると。
そして、いつか──本当に平和な世界が来ることを願った。
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【作者より一言】
作品中に添付のバラード「The Last Prayer」は冬馬の前世リチャードの心情として作った曲です。
小説公開より以前にYouTubeにupしておいたところ、大勢の方が聴いてくださったようで驚いています。
『戦争』という言葉を意識的に避けて作詞しましたが、曲に込めた平和への祈りを汲み取り、共感していただけたものと信じています。
わたしたちの『集団意識』が世界を変えますように☆。.:*・゜
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