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螺旋の記憶──Reincarnation:第8章【SFファンタジー】


第8章 墜落する翼



加納冬馬の背中の痣は、完成した片翼の形となっていた。
しかし痛みは未だ消えず、夜眠れない日が続いている。
放課後、美術室で姫野夏美をデッサンしながら過ごす彼女との時間は、冬馬にとって唯一の安らぎだった。


佐々木隼人の影はもはや無視できない脅威となっていた。
匿名の脅迫メッセージは増え、ある日の放課後、学校の敷地内の駐輪場に停めてあった冬馬の自転車のタイヤに、刃物で傷がつけられる事件も起きた。


「もう、警察に相談した方が良くない?  これは脅しとも取れるし、器物破損は立派な犯罪じゃん」


タイヤが破損した自転車を押して歩く学校帰りの道で、夏美が怒りを露わに言った。

冬馬は静かに首を振った。

「証拠がない。尻尾を掴んで警察に突き出さないと、彼を止めることは出来ないよ」


その夜も冬馬は激しい記憶の奔流に飲み込まれた。


1944年、ヨーロッパ上空。
第二次世界大戦の激化する空戦。


冬馬は──連合国側の若いパイロット、エドワード・ブレイク中尉として、P-51マスタングの操縦桿を握っていた。


エンジンの咆哮が耳を劈く。


高度8000メートル。
雲海を切り裂きながら、ドイツ軍のMe-109戦闘機編隊に挑んでいた。


「マリー……待っていてくれ」


出撃前に交わした約束が、頭の中で繰り返される。
マリー・ルノー。
占領下のフランスで看護婦をしている、勇敢で優しい女性。
野戦病院で出会い、激しい恋に落ちた。


「生きて帰る。必ず」


エドワードは無線でそう言い、トリガーを引いた。
機銃が火を噴き、敵機の一機が炎を上げて落ちていく。


しかし──
後方から迫る2機のMe-109。
急旋回を試みた瞬間、激しい衝撃が機体を貫いた。


「くそっ……!」


右翼が吹き飛び、操縦不能に。


機体は煙を吐きながら、急降下を始める。
コックピットに炎が迫る。


エドワードは脱出装置を操作しようとしたが、背中に焼けるような激痛が走った。
敵の機銃弾が、シートを貫通して背中に命中していた。


墜落。
地面が急速に迫る。


「マリ──!」


炎に包まれながら、エドワードは最後に彼女の名を叫んだ。


地面に激突する直前、意識が途切れた。


冬馬は汗だくで目を覚ました。


(また戦争の時代だった……)

背中の痣は熱く、まるで実際に焼けているかのようだった。


翌朝、学校で夏美にその夢の話をすると、彼女も昨夜の夢で、ブロック宇宙の中の冬馬と同じ時間軸にいたことが分かった。


野戦病院で働いていたマリーは、エドワードの戦闘機が攻撃されたと聞き、安否の情報を待っていた。


(エドワード……どうか、無事でいて)


墜落した機体が発見されたという報告を受け、彼女は駆けつけた。
そこでマリーが見たのは、焼け焦げた戦闘機の残骸の中から運び出されるエドワードの遺体だった。



「エドワード……」



彼女は彼の冷たくなった手を握り、涙を流した。


戦後の混乱の中で、マリー自身も病に倒れ、静かに息を引き取った。



「私、マリーとして……君の亡骸を見た……」


二人は始業前の屋上で身を寄せ合い、互いの体温で震えを抑えた。



「耐えられないよな……僕たちは、いつもどちらかを失い、死を見せつけられる」

冬馬の声は沈んでいた。


夏美は彼の背中にそっと手を当て、制服のワイシャツ越しに翼の形をした痣に触れた。



その瞬間、冬馬の脳裏に、あの夏の日のプールでの出来事が蘇った。
初めて痣に触れられた時の、彼女の指の感触──
そして現実と重なるように、車椅子に座る夏美を見た記憶──



(ブロック宇宙に入り込むようになったのは、あの時からなんだよな……)


「今度は違うよね?
加納くん……ううん、冬馬。名前で呼ばせて。私は、冬馬を信じてる」

「じゃあ僕も、" 夏美 "って呼んでいい?」



「うん、いいよ。これからは人前でも、呼び捨てで呼び合おう」



夏美が照れくさそうに笑った。



「僕はこの翼で、夏美を守る。たとえ堕天使になっても」


「この翼って……?」


「夏美が今、手を置いてるところ。
プールで触ったの覚えてる?  あの痣がなぜか急成長して翼の形になった」


「マジ?」


「うん、マジ、マジ」

冬馬はワイシャツのボタンを外し、左の袖側だけ脱いで、夏美に見せた。

すると夏美は冬馬の「赤い翼」にそっと指で触れながら言った。

「ほんとだ……
でも、私……いつか、こうなるの知ってた。
プールで触ったとき、痣がこの形になってる冬馬の姿とダブって見えたんだ」



「……そうだったんだ」


冬馬は驚いていた。
あの時、自分は夏美の車椅子姿を見たことは言わずにおいた。





その日の放課後──
佐々木隼人が、ついに本性を現した。


冬馬が一人で校門に向かっていると、佐々木と数人の取り巻きが待ち伏せしていた。


その日、夏美の部活は、地元の温水プール施設で行われる日だったため、帰りは二人は別々だった。

佐々木は冬馬が一人で帰る日を狙ったのだ。

「加納。夏美に近づくなと言ったはずだぞ」



佐々木の目には、狂気じみた光が宿っていた。
冬馬は逃げなかった。



「彼女は、誰のものでもない。先輩が彼女を苦しめているんだ」



次の瞬間、佐々木の拳が飛んできた。
彼の取り巻きも加わり、殴る蹴るの暴行が始まった。
冬馬は身を縮めて頭と腹部をガードしながら痛みに耐え、夏美の笑顔を思い浮かべていた。


その場を通りかかった生徒が慌てて教師を呼びに行き、教師が駆けつける前に佐々木たちはその場から姿を消していた。


冬馬が保健室で傷の手当を受けていると、担任の岩見先生が慌てた様子でやって来た。
続いて体育系の部活でまだ学校に残っていた友人が二人、騒ぎを聞きつけ、冬馬を心配して駆けつけた。

幸い冬馬の怪我は、蹴られた脚や腕の打ち身による青痣と唇の端が切れた程度の軽傷だった。


「三年の佐々木と何があった?」

岩見先生の質問に、冬馬がどう答えようかと迷っていると、友人二人が口を揃えて言った。


「逆恨みですよ、先生」

「佐々木先輩がうちのクラスの姫野さんに振られて、姫野さんが冬馬と付き合うようになったから」


「そうなのか?」

岩見先生に確認するように聞かれて、冬馬は頷いた。


「佐々木先輩はまだ姫野さんのことを諦めていないみたいで、彼女に近づくなと言われました」


「そうか……でも、まあ、大怪我にならなくて良かったよ」


岩見先生の言葉に、保健室の養護教諭が大きく頷いた。


「本当にそう。腹部への蹴りがまともに当たっていたら、内臓破裂で死ぬ事だってあるんですから」


それを聞いて、冬馬はゾッとした。
冬馬自身、身を縮めてガードに徹していたのは、今世での最悪な結末を避けるためだったが、「死」という言葉をはっきりと口にされると、その影が確実に忍び寄っていることを実感させられた。


螺旋は、頂点に向かって激しく回転を始めていた。


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