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螺旋の記憶──Reincarnation:第6章【SFファンタジー】


第6章 古代のミイラと黒死病ペストの影


夏休みが終わり、二学期が始まった。
加納冬馬と姫野夏美の関係は、表向きは「同級生」のままだったが、二人の間には確かな変化が生まれていた。


昼休みや放課後、美術室や校舎の屋上で短い会話を交わす機会が増え、互いの過去世の記憶について語り合うこともあった。


夏美は明るく振る舞っていたが、佐々木隼人からの圧力は日に日に強くなっていた。
廊下ですれ違うたびに睨まれ、部活帰りに待ち伏せされることもあった。



「もう、限界かも……」

ある放課後、美術室で夏美がぽつりと零した。


冬馬はヴィーナスの胸像のデッサンの手を止め、静かに言った。



「僕にできることがあれば、なんでも言って」

「ありがとう、加納くん」



夏美は微笑んだが、その目は弱々しく翳っていた。




冬馬と夏美の親しげな様子は、当然、冬馬の友人たちの羨望の的になり、グループLINEで事ある毎にネタにされたり、からかわれたりした。


【冬馬、早く告白こくっちまえよ!】


【まだ早い。もう少ししたらな】


【お前、臆病すぎw】


【チキンめwww】


【うるせー】


冬馬は夏美に拒絶されることより、もし彼女と公に交際が始まった場合、その時点から残酷な別れのカウントダウンが始まるだろう事を予測して恐れていた。

かと言って、想いを伝えられずに同級生という立場のままでいるのも歯痒かった。



ある日曜日。
冬馬は夏美に誘われて「古代メキシコ展」の開催会場に来ていた。


職員室前の廊下の壁にポスターが貼ってあるのを夏美が見て、「行って確かめたい事があるから一緒に来て」と、冬馬を誘ったのだ。


何を確かめたいのか聞いても、彼女は「大した事じゃないの」と笑うだけで、具体的には答えようとしなかった。



展示会場は「マヤ」「アステカ」「テオティワカン」のブースに分かれており、二人は「マヤ」のブースから順番に見て回る事にした。



ガラスケースに多数並べられた展示品は、冬馬と夏美それぞれが見た夢の中で見覚えのある物もあったが、実際に発掘された小さな欠片を元に作られたレプリカが多い印象だ。



アステカのブースで、夏美が儀式用の黒曜石のナイフの前で立ち止まり、そのレプリカの横に添えられていた小さな欠片を指さし呟いた。


「私に使われたのと似てるけど違う」



「それを確かめたかったの?」



「ううん。確かめたいのはあっち」



夏美が指さした先。
それは保存状態の良い状態で見つかったとしてニュース番組でも紹介され、話題になっている少女のミイラが安置されているガラスケースだった。
周囲には人だかりが出来ていた。



夏美が足早に歩いて行くので、冬馬も後ろからついて行った。



少女のミイラは、テレビで見た時と同じ、前屈みの姿勢でガラスケースの中に座っていた。
『敵対部族から捕らえられ生贄となった推定年齢13歳の少女』と説明が添えられている。
アトラトナと同じ経緯で生贄になった少女の亡骸だ。
死亡時の推定年齢はアトラトナより若い。


見学している人の流れに沿って、夏美と冬馬がガラスケースの真正面に到達した瞬間──


少女のミイラがゆっくりと顔を上げた。


冬馬はギョッとして身体を硬直させた。
隣で夏美もハッと息を飲むのが分かった。
しかし、他の見学者は誰も気づいていない。
冬馬と夏美だけに見えている現象のようだった。


異変はそれだけに留まらなかった。
時間が巻き戻るかのように、干からびていた皮膚がみるみるうちに生前の瑞々しさを取り戻してゆく。
抜け落ちていた頭髪が伸び、空洞だった眼窩に眼球が形成された。


完全に「生きている人」の姿を取り戻した少女は鈍色に輝く瞳で冬馬を見つめた。
今にもガラスを突き破って、『現代』にやって来そうだった。

冬馬が唖然として立ち尽くす真横で、夏美がストンと膝から崩折れた。


「姫野さん?!」



「ん……だいじょうぶ。……ちょっと、立ちくらみ……」



冬馬は夏美が立ち上がろうとするのを助け、肩を抱いて支えながらその場を離れた。



会場を出て、近くにあったベンチに夏美を座らせ、冬馬も並んで腰を下ろした。

「大丈夫?」


顔を覗き込んで聞くと、夏美はこくこくと頷いて見せた。
しかし、まだ顔色が青い。

「もう平気。……加納くんも見た?」



「うん。……驚いたね」



冬馬が頷いて応じると、夏美がぽつりと言った。


「あの子……私と同じ村の子だった」

「それを確かめたかったの?」



冬馬の問いに夏美は再び頭を小刻みに揺らして頷いた。



「こないだテレビで見たとき、そんな気がしたの。
まさか、あんな現象が起きるとは思わなかったけどね」


夏美は笑みを浮かべていても、瞳に涙を滲ませていた。


その夜、冬馬は再び記憶の奔流に飲み込まれた。


14世紀中頃、ヨーロッパ。
黒死病ペストが猛威を振るった時代。


冬馬は──イタリアのフィレンツェで薬剤師の見習い、アントニオ・フェラーリとして生きていた。


夏美は──裕福な商人の娘、ベアトリーチェ・ロッシ。


生まれつき体が弱かったベアトリーチェに飲ませる滋養強壮薬の調合を、彼女の父である商人から依頼され、アントニオが定期的に届けていた事がきっかけで二人は知り合い、恋に落ちた。


アントニオとベアトリーチェの恋は彼女の両親から強く反対され、彼女は泣きながら家を飛び出した。
二人は貧しいアパートで密かに寄り添い、逃避行のような日々を過ごしていた。

街は死の影に覆われていた。
毎日、死体を運ぶ荷車が通り、鐘の音が絶え間なく響く。


貧しい暮らしの中で、元々身体が弱かったベアトリーチェは感染し、アントニオは、彼女を治療するために懸命に薬を調合した。



「あなたがいれば、病も怖くないわ」



ベアトリーチェはアントニオの手を握り、弱々しく微笑んだ。



しかし、黒死病は容赦なかった。


彼女は高熱にうなされ、首や脇に黒い腫瘍ができて、苦しみながら息を引き取った。



「また……会えるよね……」



ベアトリーチェの最後の言葉は、以前の彼女たちと同じだった。



アントニオは看病中に自身も感染し、背中に激しい痛みを残して倒れた。



冬馬は自分の部屋のベッドで目を覚ました。



左肩甲骨の痣は、さらに大きくなり、はっきりとした片翼の形を帯び始めていた。




翌日、学校で夏美にその夢の話をすると、彼女も頷いた。



「私も見た……黒死病の時代。
ベアトリーチェとして、君に看病されて……」

二人は美術室の隅で、静かに手を重ねた。



「僕たちは、何度生まれ変わっても……」



「うん。でも、次は違うよね?  次こそは」



夏美の声は明るかったが、冬馬は胸の奥に重い予感を抱いていた。



佐々木隼人の影は、ますます濃くなっていた。
ある日の放課後、冬馬は美術室に向かう階段の踊り場で佐々木に呼び止められた。



「おい、加納。夏美に近づくな。
お前みたいな陰キャは、彼女とは釣り合わない」



佐々木の目は、明らかに常軌を逸していた。



冬馬は静かに、しかしはっきりと言った。



「姫野さんは、佐々木先輩の持ち物じゃない」



次の瞬間、佐々木の拳が冬馬の頰を捉えた。



その後、冬馬がひとりで美術室でデッサンしていると、水泳部の部活を終えた夏美がやって来て、彼の顔を見るなり息を飲んだ。
駆け寄って来る。

「加納くん、その顔……もしかして佐々木先輩が?!」



冬馬の腫れ上がった片頬を見て、夏美はすぐに状況を正確に察知した。



「許せない!  私、文句言ってくる!」



踵を返して部屋から出て行こうとする夏美を、冬馬は慌てて手を掴んで止めた。



「ダメだ!  姫野さんは彼に近づかない方がいい。彼はなんだかおかしい」



夏美は驚いた目で振り向いた。



「佐々木先輩、性格が変わったと思わないか?」



冬馬がここ最近、ずっと気になっていた事を口にすると、夏美は記憶を辿るような、ぼんやりとした遠い目で頷いた。



「言われてみれば……そうだ。付き合い始めた頃は、あんな人じゃなかった」



「だろ?  姫野さんが別れ話を切り出したのも理由かも知れないけど、僕は、それだけじゃないと思う」



「他にも理由が……?」



「僕と……姫野さんの距離が縮まったから……動き出してるんじゃないかと。確証はないけど」



「動き出してるって……まさか」



「うん。……僕が暴力を受けて、それで済んでるうちはまだいいけど……僕は……今世では、絶対に、君を失いたくない」

冬馬の言葉は、夏美に告白したも同然だった。
冬馬は照れくさくなって、顔を赤らめながら視線を逸らした。

一瞬の沈黙の後、夏美は返事の代わりに彼の手をぎゅっと握りしめた。
その温もりが冬馬の心にじんわりと染みた。



冬馬の顔の腫れは、このあと夏美が保健室から氷嚢を拝借してきて冷やしてくれたお陰で、帰る頃にはだいぶマシになっていた。



螺旋は、容赦なく加速していた。
冬馬の背中の痣は、日に日に翼の形を完成させていく。
そして、運命は再び、残酷な選択を迫ろうとしていた。

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