サイズ、回数、そのこころは
性行為において男性と女性の評価するポイントは違うと思います。
もちろん見た目の好みやタイプはプラスアルファに働くことはありますが、
男性が
「これは喜ぶはず!」
と思ってることって、果たして女性にとって喜ばしいこととは限らないと思います。
大きいほどいい?
私自身が男性のサイズにそれほど一喜一憂しないという話は過去にしたことがあります。
そして体位をいろいろ展開することについてもわたしはそれほど魅力を感じません。
男性ってそのスペックに重きを置きすぎ?
この件に関してすごく共感する記事がありました。
不良妻Yさんの記事で印象的だったのが、お相手の男性が「大きさ・回数」に強い自信を持ち、それをダイレクトにアピールしてきた、というエピソードです。

これは決して珍しい話ではなく、むしろ男性側の価値基準がよく表れている例だと感じました。
実際、思いやりを伴わないそれは兵器ですし、
もし誇らしげに言われたとて私からしても
「へぇーそうなんだ😇」
案件です。
Yさんの出会った彼は21歳と若く、そんな若い世代にもまだ「サイズ・回数神話」みたいなものが浸透しているのかと妙に感心しました。
(だいたいどうして自分のサイズ知ってるの?測るのってもしや男性の間では常識なんでしょうか…)
ちなみに女性用風俗では。
当たり前ですがセラピストのサイズは様々です。でもそれが満足度に影響するということはありません。本番行為がそもそもNGというのもありますが、結局それがなくともサービスは成立し、施術だけで満たされて帰るのです。挿入型のオモチャを使うことはありますが、そのサイズが大きければいいということでもありません。
結局は女性の反応に気を配り、からだをどれだけ大切に扱ってくれるかというところに私たちの気持ちいいセックスがあるのです。
それを「自分は○○㎝だから」「一晩で○回できるよ!」と、そこだけ切り取られても、私は魅力を感じることができないのです。
ただ、そのものを造形としてとても美しいと感じた相手はいます。これはかなり踏み込んだ体験になるので有料で書いています。最後にリンクを貼るのでよろしければ。
サイズや回数が無意味だとは思いません。ただ、それが評価の中心に来ていることに私は違和感があるのです。
私たちが求めているのはスペックではなく、どう扱われたかという体験そのもの。
数字で語られるセックスと、記憶として残るセックスはたぶん別のものです。
男性が間違っているという話ではなく、そもそも見ている指標が違うのだと思います。
くだんの造形美に私が興奮した話です。↓
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