「THE:BLUELINE」 第1話
あらすじ
1ヶ月前から、桜井慧人の周りでは異変が起こっていた。友人、彼女、クラスメイトまでもが、まるで初めからいなかったかのように消え、何食わぬ顔で現れる、慧人の身に覚えのない友人や彼女。そして時折見る、荒廃した東京で慧人が人を殺し、それを見守る金髪青目の美しい少女の夢。ある日、慧人はネットで金髪青目の女の噂を耳にする。慧人はネットで得た情報を頼りに、金髪青目の女がいたとされる”喫茶未来人”へ向かう。その道中、慧人は人型をした謎の化け物に襲われる。時軸や、世界線レッド等意味不明な事を言う化け物。放たれるビームに慧人が死を覚悟したその時、夢に出てきたあの少女は、天使のように慧人の前に舞い降りるのだった。
補足 慧人が金髪青目の女を追った理由は、日々慧人の周りが変化していく中、その情報のみが変わらず、世界が変わり始めた時期と金髪青目の女の夢を見るようになった時期が重なっており、世界がおかしくなったこととその女に、何か関係があるのではないかと慧人が踏んだため。
本編
最近よく、不思議な夢を見る。
そこは、俺の知ってる東京とは全く違う。立ち並ぶビルも、沢山の人が住んでる家も、スカイツリーや東京タワーでさえも、全てが瓦礫と化していた。
少しだけ建物が残っている場所があって、俺はそこにある見通しの悪い路地裏にいた。
自分が今何をしようとしていたのか。何のためにそこにいるのか、全てが曖昧で、霞がかってて……でも、その衝撃だけは、鮮明に覚えている。
俺の手には、一本のナイフが握りしめられていて、震える手で、俺はそれを握りしめてる。
目の前には、縄で拘束された赤髪の男が一人。何か、俺の大切なものを奪った奴だ。でも、その大切なものが何なのかは、よく分からない。
そして目を開けると、目の前には血の水たまりがあって、俺は腰を抜かすんだ。手に残る感触が嫌で、ふと目をやると、そこには大量の血がついている。生暖かくて、ベトベトしていて……ああ、俺はもう戻れないところまで来ちまったんだなって、泣いて、泣いて、思いっきり泣いて、自分の中で何かを諦めた時。
側にいた青い瞳を持つ金髪の綺麗な女が、悲しそうに笑って俺に言うんだ。
「それじゃあ、一緒に来て」
と。
※
「桜井……おい、桜井!!」
「はっ!!」
目が覚めると、授業はとっくに終わっていた。それどころか、爆竹みたいな大声で俺を起こしたこいつ以外、誰一人としてこの教室にはいなかった。
「あれ……もう3時間目体育だっけ?」
口についたよだれを制服の袖で拭きながら言うと、俺の友達、篠原拓人は呆れた顔で言った。
「はぁ、3限どころか、今日の授業全部とっくに終わったぞ。お前、2限の頭から今までずーっと寝てたんだからな?」
「2限の頭から学校終わるまでって……マジ?」
授業一コマ50分。それが2限頭から6限まで、そこに休み時間3回分と昼休みの40分も入れてざっと……5時間!?
昨日は夜の10時に寝て、朝の7時に起きたのに、どうしてこんなにも眠くなるのか。15時間睡眠。昨日は13時間。このまま行けば、ギネス記録でも狙えそうだな。
と、自分の睡眠時間にドン引きしていると、拓人は半笑いで目の前の黒板を指さした。
「げっ」
黒板には一枚の張り紙が張ってあり、そして太々と男らしい文字で≪起きたら職員室に来い≫とだけ書いてあった。
「にっししし、行ってらっしゃーい。そんじゃ、慧の青ざめる顔も見て満足したし、俺は部活行ってくっか」
篠原が立ち上がると、およそ190ほどある迫力満点の筋肉質な巨体があらわになる。こいつはバスケの超有望選手らしく、U18の全日本選手にも選ばれてるんだとか。
「ちょ、おい待てよ……し、篠原!!」
篠原はにっしししと俺にピースをすると、カーテンをくぐるように教室の扉をくぐって行った。
「くそ……ぁぁ、わけ分かんねぇ」
俺は肩を落としながら、この後張り紙に書かれていた職員室に向かうか、ばっくれるかの二択について吟味する。
「そのまま帰れば、何事もなく楽……でもなぁ、帰ってやる事なんて特にねぇし」
ふともう一度、黒板の張り紙を目にする。これを書いた俺の担任は、女だ。厳しい事で知られているが、そこには確かな芯があり、しっかりと生徒と向き合おうという姿勢が、生徒達に慕われている、らしい。HRとかで見た感じ、普段は線の細い文字を書く人なんだが……。
「こりゃ……バックレたら偉いことになるな」
俺はまだ起きたての足でフニャフニャと、全身から骨が抜き取られたようにだらしなく歩いてたが、職員室の前についた瞬間。
「やっと来たか、桜井」
まだ開けてもいない職員室の扉の向こうから、担任の先生の声がしたと同時に、俺の体は一瞬で骨を取り戻したように固まった。
「(ゲっなんで分かるんだよ)」
「良いから、早く入ってこい」
こりゃとんでもない先生だなと感心しながら、俺は職員室の扉を開けると、そこには険しい顔つきをした30手前の美人な俺の担任がいた。
「私が何を言いたいか、もちろん分かるよな」
恐い、笑顔が恐い。
「えっと、俺が今日ずっと寝てた話?」
「違う!! ここ1ヶ月間、毎日授業中に寝てた話だ!!」
何とかごまかそうとしてみたが、流石は生徒からの信頼の厚い教師。俺が何をしようとも全部お見通しで逃げ道を塞いでくる。
「あっはは、ですよね~」
俺がおちゃらけたようにそう言うと、先生は深くため息を吐いて言った。
「はぁ、桜井お前分かってるのか? こんな授業態度じゃ大学入試何て無理だぞ? もう高2の秋だ。皆は夏からとっくに準備を始めてるっていうのに……」
「いや、俺だって分かってんだよ……分かってるけど、しょうがねぇじゃん。眠くなっちまうんだから」
すると、先生は怒りに満ちた笑顔で、俺に辞書並みに分厚いプリントの束を押しつけて言った。
「じゃ、起きてる今、寝てた分の勉強を取り返さないといけないな……補習だ、桜井」
「……ゲっ!!」
そして俺は、日が落ちるまでずっと、先生のスパルタマンツーマン補習をした。大体3時間くらいだったのに、5時間は勉強したような時間感覚だった。
「せ……先生、もう帰らせてぇ」
「うん、そうだな。よく頑張ったな桜井。やっぱりやれば出来るじゃないか」
やれば出来るって行っても、あの辞書みたいな分厚さのプリントの10分の1もまだ終わってねぇけど。
「たった3時間で5時間分進むなんて、桜井はマンツーマンでやると伸びるタイプなのかも知れないな」
嫌な予感が……。
「よし、桜井。お前は明日から毎日補習だ!!」
「え、いや待ってくださいよ先生!! それはきついっすって!!」
「いーや決定だ。元はと言えばお前がずっと授業中寝てるのが悪いんだ。文句を言う暇があったら、寝てた自分を悔いながら少しでも授業に追いつけるように頑張ることだな」
まあ、良いか。どうせ明日にはどうなるのか分からないし。
「……はーい、」
先生は満足そうな笑みを浮かべると「よし、帰ってよし!!」と言って俺の背中をポンっと叩いた。
短い付き合いだったけど、俺はこの先生が好きだ。補習は嫌だけど、出来る事なら、こういう先生の生徒でいたかったなと思う。
「あ、そうだ桜井。お前夜道には気をつけろよ? 最近何かと物騒だからな」
最近、この辺りでは奇妙な噂が広がっている。金髪の少女が宙を浮いている所を見たとか。血管が青色に光っている不気味な青い瞳の少女だとか。本来であれば都市伝説として処理される話だが、実際に見たって奴が結構いて、それがこの騒動を一般人の間で広まらせてる。
俺はその噂に興味があって、その情報を毎日ネットで調べてる。まぁ、と言っても、XXのハッシュタグとかでダラダラと情報を流し見してるだけなんだが。
「へーい、分かってますよ-」
校門に向かう途中も、駄目だけど歩きスマホをしながら情報収集。≪喫茶未来人って所に金髪青目の女が入ってくの見た≫。
「金髪……青目」
「慧人君!!」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには俺の隣のクラスの女子、倉田さんがいた。女子バレー部の副部長の割には意外と内気に見える。
「えっと……今日も一緒に帰ろ? 私達付き合ってるんだし」
「え? ああ……良いよ」
倉田さんは嬉しそうに俺の側に駆け寄ってくると、恥ずかしそうに顔を赤くしながら俺の隣をそっと歩いた。
「今日もずっと寝てたね、慧人君」
「あー、ちょっと眠くってさー」
俺は、彼女のことを知らない。
正確に言えば、存在は知ってる。俺が起きてる間は、篠原に倉田さんの事を散々からかわれていたから。
俺と彼女がどういう関係なのかは、何となくそのからかいから知った。でも、俺はそれ以外何も知らない。いつ俺と倉田さんが付き合ったのかも、どっちが告白したのかも、俺がどうして、倉田さんと付き合ったのかも。
いや、倉田さんだけじゃない。補習をしてくれた先生の事も、篠原のことも、俺は知らない。篠原も、先生も、倉田さんも、皆俺と顔なじみだったようだけど、俺は3人と今日、初めて会った。
俺の周りで異変が起き始めたのは、ちょうど1ヶ月前。俺がよく眠くなるようになった頃。兄弟がいなかった友達に突然、妹が出来た。片親が再婚して義理の妹が出来たとか、そういう夢のある話じゃなく。ある日突然、初めからそこにいたかのように、どこからともなくフッと現れて、この世界に溶け込んでいた。その友達は小学校からの付き合いだったから、家族の事情もそこそこ知ってる。3人家族で、両親も仲が良い。
授業の内容、特に歴史の内容もちょっとおかしく、数年前にあった第3次世界大戦未遂の年を覚えるための語呂がコロコロ変わってたり、数年前に出てきた知らない偉人だったり。
不気味に感じながら次の日学校に行くと、今度は俺の彼女が消えた。まるで、初めから存在していなかったかのように。俺以外、誰も俺の彼女の事を知らなかった。その日血眼になって街中を探したら、都内で有数の進学校に通っていることが分かった。
「え、俺の高校に通ってたはずじゃ………」
それからも異変は続き、気づけばクラスや先生含めたほとんどの人間が、俺の知らない人物ばかりになってしまった。
毎日何人かがクラスから消えて、知らない奴が何人かクラスに入ってくる。その内数人が俺の友達だって言ってきたり、俺の彼女を自称してきたり……。
この倉田さんも、その内の一人に過ぎない。明日になれば、きっと倉田さんは俺の彼女じゃなくなるんだろう。もしかしたら、最初の俺の彼女みたいに綺麗さっぱり学校からいなかったことになるかも知れない。
もしかいたら、初めからこの世に存在しなかったことになるなんて事も……。
1ヶ月も経つと、日に日に変わっていく人間関係にも慣れてきた。時々かなり気の合う友達が出てきても、次の日かもしくは数日後に疎遠になるかいなかったことになる。だから、俺は新しい人間関係に、あまり愛着を持たないことにした。
倉田さんも、喋ってて良い人だって分かる。可愛いし、優しいし、出来る事なら彼氏でいたいなんて気持ちもわいてくるけど……。
きっと明日には、お互い名前も忘れてる。
「それじゃあ、またね慧人君。明日は寝ないよう頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
……さようなら、倉田さん。もし縁があれば、また明日。
倉田さんと別れたあと、俺はXXに載っていた喫茶未来人とかいう店の情報を調べた。店の場所は割と近く、電車に乗って一駅。そこから徒歩10分もしないうちにつくらしい。
帰りは遅くなりそうだが、行ってみる価値はある。家には誰もいないから、俺が遅く帰っても迷惑かける事なんて無いし、それに何より……。
ずっと変化してきたこの世界で、変わっていない事が二つある。一つは俺が毎日学校で寝ているせいで、それが蓄積されて成績がやばいという事実と、金髪に青い瞳の女の噂。
女の特徴が、あまりにも俺の夢に出てくるあの女と酷似している。噂が出回り始めたタイミングも1ヶ月前。世界がおかしくなり始めたのも1ヶ月前。変な夢を見るようになったのも1ヶ月前。何か、関係があるとしか思えない。
何でも良い、手がかりが欲しい。この世界が、元に戻る手がかりを……じゃないと俺。
「くそ……孤独でおかしくなりそうだ」
皆に会いたい。世界が正常だった頃、俺の周りにいてくれた……あいつらと。
「悪いことは言わねぇ、今すぐ家に帰れ」
突如、背後から声がした。聞き覚えがある気がしたが、何だか普通の声なのに気持ち悪く感じる。俺の知らない、俺の知り合いだろうか。人によっては無視したってその場で面倒なことになりかねないし。
「よぉ、えっと……俺になんかようか?」
俺は声のする方を振り向くと、初対面の知り合いに、ぎこちない笑顔で挨拶をすると同時に、そいつがどんな奴なのかを確認する。クラスの陽キャか、陰キャか。男子か、女子か。クラスのマドンナか、一番権力のある一軍男子なのか。色んな立場の知らない知り合いが増える度に、こんな奴とも仲良くなれるんだ、っていうちょっとした自信がつく。
だが、そいつはあろうことか深々とフードを被って顔を隠していた。これじゃあ、一体誰なのか分からない。まぁ、分からなかった所でここでの会話で終わる人間関係なんだろうけど。
「俺は、お前がどういう奴なのかをよく知ってる。だから言わせてもらう。その先に行けば、お前は絶対に後悔する。全てを失うことになる」
「全てを……失う?」
何言ってんだこいつ……もしかして、ストーカーとか? 俺の事よく知ってるだとか言ってたし、怖ぇ……でもこいつ、どう見たって男だよな。声からしても体型からしても。
もしかして、男が趣味の男なのか? 勘弁してくれ。多様性の時代なのは分かるけど、俺はそういう趣味じゃねぇ。
さっさと話を切り上げて、ここから逃げよ。
「何言ってんだお前、俺ちょっと用事あるから、話があるなら明日にしてくんね?」
「やめろ!!……行くな」
そいつがどんな表情をしていたのか、見えなかったけれど……何となく分かった。深々と被ったフードの奥でこいつが……。
「お前は……その先に、進んじゃいけない奴なんだ!!」
一体どうして俺の事を、こいつは引き留めるのか。本当だったら話を聞きたい所なんだけど……俺は、こいつの一言が、癪に障った。
全てを失う……か。俺はもう、とっくに失ってる。友達も、彼女も。過去も。何もかも。1ヶ月前のあの日から、失い続ける日々。だから……。
「俺……この先に何かがある気がしてんだ。そんで俺、その先にある何かが欲しい。だから悪い、行かせてくれ!! じゃあな!!」
俺はその場から逃げるように、駅の方へと走って行った。
俺、何であんな臭い台詞言ってたんだろう。恥ずかしい……何て一人で考えながら。
「先、か……」
ふと、フードの奴が呟いた気がして振り向くと、そこにはもう、誰もいなかった。
駅について電車に乗っている間も、俺は何故かあのフードの不審者が言った言葉の事ばかり考えていた。何て言うか、意味が分からないのに、妙に鬼気迫ってるというか、心に響くって言うか。一体、今日の俺とどういう関係なんだ? 自称友達? 知り合い?
「何だったんだ、あいつ」
そんなことをモヤモヤ考えながら、俺は電車を降りて、喫茶未来人に向かって歩き出した。外はもうとっくに暗くなっていて、辺りには誰もいない。妙な静けさが、心をざわつかせた。
「えーっと確か、この角を曲がってその先の道を真っ直ぐ進めば近道なんだっけか?……って、めちゃくちゃ狭い路地じゃねぇか!!」
誰もいない夜の町で、寂しさを紛らわすためにほんの少し大きな声で突っ込みを入れたが、ド素人の突っ込み声が思った以上に反響して少し恥ずかしい気持ちになっただけだった。俺はその気持ちを紛らわすように、足早にその路地を突っ切っていった。
そして、路地の角を曲がったその時、俺の足は止まった。
「おい……ここって」
俺が、夢で見た場所。
両脇にある建物の錆も、ガスパイプの位置も、ひびの入ったコンクリも、何もかもが同じ……。
この先に……ある。おかしくなったこの世界に関する、何かが。
「こりゃ、ビンゴだな」
何か大きな事に片足を突っ込もうとしている気がして、恐怖とワクワクで、俺は変な顔をしていたと思う。それでも、手応えがあった。見つけたって言う手応えが。
垂れ落ちる冷や汗をハンカチで拭きながら、ゆっくりとした足取りで路地を抜けた、その時。
「世界線レッドの軸点を発見した。速やかに排除する」
キーーーーーーーーーッ。
やばい!!
直感的にそう思った。俺は後ろを振り向かず路地の外へ思いっきり走ると、後ろにいた何かの視界から外れるように、路地の建物の影に隠れた。
「何だ、何なんだ今の!?」
路地の方を向くと、地面にはビームのようなものがアスファルトを縦に真っ直ぐ切った跡があった。
「ッ……!?」
今俺、走り出してなかったら……。
想像しただけで、体の芯から恐怖に震えた。呼吸がどんどん荒くなっていって、悲しくもないのに涙が滲む。
涙で潤んだ視界でアスファルトの跡をたどり、俺はさっき背後にいた何かの正体を目にする。
「何だ……あいつ」
見た目は、どこからどう見ても普通の人間だった。でも、どこか異様な不気味さがあった。人間を模したアンドロイド、と言う表現が一番しっくりくるだろう。一挙手一投足全てが人間そのものなのに、表情に、その目に、生きている人間を感じない。
「何だよ……これ、また俺は……変な夢でも見てんのか?」
キーーーーーーーーーーッ。まただ、あの音。
直後、アンドロイドみたいなその何かは、まるで体の中からマグマが湧き上がってきたかのように体を真っ赤にすると、俺の方に目線を向けた。
「……」
夢であって欲しいのに、頭から足先まで、俺の体は命の危険を知らせるサイレンを鳴らしている。
逃げなきゃ……逃げなきゃ……逃げなきゃ。
頭で何度も、全身に指示を出しているのに、恐怖で動かない。
「くそ……あの不審者が言ったこと、素直に聞いときゃ良かった」
負け惜しみのように、情けなく呟きながら、俺は心の中で叫んでいた。
誰か、俺を助けてくれっ!!
「避けて!!」
赤いビームが発射されたその瞬間、俺には全ての世界がスローに見えた。そして、そんな永遠とも思える一瞬のその時間に、彼女は現れた。
隣町の高校の制服に身を包んだ、金髪の長い髪に、青い瞳をした綺麗な女。
彼女は、まるで天使みたいに、遙か上空から俺の前に舞い降りた。
あ、やっと会えた。
何て呑気な事をふと思っていたのも束の間、そいつはその場に立ち尽くしている俺を思いっきり突き飛ばした。
「どぅわっ」
俺は勢いよく地面に背中から倒れこんだ。
肘を大きくすりむいて、制服の袖が赤く染まる。だが、そんな痛みが気にならないほどに、俺は目の前の光景に釘付けになっていた。
「死にたくなかったら、速く逃げて!!」
やっと、会えた。夢に出てきたあの女に。
「あ……あんた、名前は」
「そんなこと聞いてる場合じゃないでしょ!! 貴方今自分の状況分かってる?」
彼女の言葉で、俺はふと我に返った。
そうだ、この震えは彼女に出会えた喜びじゃない。未だ俺の全身は、あのビームを出す化け物が危険だと警報を鳴らし続けてる。
でも、今逃げてしまえば、こいつに会えなくなってしまうかも。いや、死んだら元も子もないか。
「あんたは、大丈夫なのか?」
「大丈夫、私には力がある。自分の心配をして」
力……確かに、空飛んで俺の命を救ってくれる奴だ。普通の奴じゃないってのは見てりゃ分かるか。
逃げるのは正直男としてちょっと悔しい気もするけど。
「俺は桜井慧人!! 聞きたいことが山ほどある、後で俺を探してくれ!!」
そう叫びながら、俺は駅の方へと走り出した。背後からけたたましい轟音が響いている。爆発音やら、建物が崩れ去る音やら、ビームの音やら、そりゃあもう恐ろしくて振り向けなかったけど。
その音がどんどん俺の方に近づいてくるのが分かる。
「なんで、なんでこの人を狙うの!?……まさか、この人が時軸!?」
キーーーーーーーーーッ。
またあの音だ。やばいビームが出る奴。
ほんの少し後ろを振り返った時、あの無機質な目は、真っ直ぐに俺の目を見つめていた。
俺の側まで来ていた金髪青目の女は、体中に駆け巡る青い光のラインを両手に収縮させる。すると、女の手の周りから徐々に空間が歪み始めた。
だけど、その歪みの広がりは遅くって、彼女の全身を歪みが包んだ辺りで、あの化け物からビームが俺に向けて放たれる。
あ、死んだ。
次の瞬間、俺の目の前に空が映った。変わらない景色の端に映る金髪の女の青ざめた表情だけが、俺から離れていく。
寝起きみたいに急に思考が消えた。
首から下の感覚が無い。まるで、頭だけ地面に落っこちたような。
次の瞬間、俺は地面に頭を強く打ち付けると同時に、視界が徐々にぼやけていった。
俺の視界から、世界が消えていく。そんな時、俺の目に一瞬、あのフードの男が映った。あいつは俺の頭に変な時計みたいな物を投げつけると、フッと笑って世界と共に消えた。
※
また変な夢だ。
泣いてる。俺が泣いてる。それしか分からない。でも、それでも……前に進もうと思った気がする。
「はっ」
目を覚ますと、そこには知らない天井があった。体を起こして辺りを見回すと、普通の民家の風景だ。リビングがあって、台所があって、俺の寝てるベッドのある寝室があって。
「あれ……俺」
さっきまで変な化け物に追いかけられてたのに、やっぱり昨日のあれは……夢?
「……」
夢って事は、あの金髪青目の女も、俺の夢ってことか。折角見つけたと思ったのに。
「起きた?」
リビングの先にある廊下から女の声がした。聞き覚えのある声だ。彼女は扉を開けて俺の目の前に姿を現す。
「ごめん、勝手に連れてきて。聞きたいことが山程あるんだけど、ちょっと今は手が離せなくて」
ああ、良かった、夢じゃなかったんだ。張り詰めていた糸がフッとほどけるように、俺はとにかく安心した。
夢じゃなかったって事は、あの化け物も本物で、俺も彼女も生き延びる事が出来た訳だ。
「……ありがとう、助けてくれて」
俺がそう言うと、彼女は不思議そうな顔をしていった。
「助けてもらったのはこっちの方。あいつ、性能高かったし。君が時軸じゃなかったらと思うと・・・・・・」
「時軸?」
「こっちの話……桜井慧人だっけ、悪いけど店を手伝って欲しい。人が足りなくて」
店?……ああ、そうか。俺はあの後喫茶未来人に運ばれたって事か。んで、俺はこの喫茶店の2階に泊めてもらったと。ちくしょー、喫茶店じゃなくあの子の家に止めてもらってたら・・・・・・何てのはキモすぎるか。
「え、別に良いけど……」
あれ、今って何時だ? っていうか何曜日だ? 何日寝てた?
急いでポケットからスマホを取り出して日にちと時刻を確認する。
「良かったー、数日寝てたわけじゃないんだ……えっ!」
って事は、今日学校あんじゃん。ただでさえ単位がピンチなのに、ここで学校休んだりして単位もらえなかったら詰む!!
「ごめん、俺学校行かねぇと単位が! 放課後にまたここに来るから話はその時に!」
「行っても意味ない」
彼女は、俺にかぶせるように言った。真剣な眼差しから、何か只事ではない雰囲気を感じる。
「意味ないって……どういうことだよ」
「だって貴方今、この世界から消えてるから」
彼女は平然とそう言った。俺は彼女の言葉を聞いて、ただただ固まる事しかできなかった。まるで、時間が止まったように。
